ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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シャニーは姉のユーノに会いに行きます。
最後に会ったのはお見舞いに来てくれた8月で実に5か月ぶり。
ゼロット不在の間を切り盛りするユーノの許にはいろいろな情報が入ってきます。当然、11月の契約違反の話も……。

「お姉ちゃんはどう思った?」

シャニーは聞かずにはおれませんでした。


第11話 この白銀に誓って

「…………。ふうむ……」

 

 四方にこれでもかと武具や勲章が飾られた、書斎と言うよりは応接間のような広い部屋。静かな空間に、椅子にどっかり身を預けた男性の感嘆がひとつ漏れた。黒髪を短く整えた彼は、手にした紙面へ真剣な眼差しを注いでいる。

 またひとつ机に積まれた資料を手にした時、ノックが聞こえてきた。

 

「あら、お仕事中でしたの? 私が済ませておきますから、帰国中くらい、ゆっくりなさってください」

 

 紫髪の女性は部屋に入るなり驚いたようで、黒髪の男性に柔らかい声をかけて労い、運んできた盆からコーヒーカップを添えた。

 

「すまないな。休んでいるつもりだったのだが、ついつい……な」

「それは……?」

 

 男性の手にした資料に女性が目を落とすと、見慣れた刻印が映った。

 

「うむ。先日天馬騎士団から入手してな。なかなか面白い」

 

 男性の指差す先を追うと、資料の右下に記されたサインに行きついた。よく知るその名前を見つけ、女性の目元が柔らかく綻ぶ。

 

「ふふ、あの子も頑張っているのね」

「ああ。一年前はまだまだ時間が掛かると思ったが、さすがお前の妹と言うところか。民の力になってくれているようで安心した」

 

 男性から驚きと喜びで感嘆が漏れる。彼にとっては懸念している事だった。それを動かそうとしている者がいて、まさかそれが彼女だとは。脳裏に浮かぶのは散々おもちゃにしてくれた小悪魔な笑みだが、それが今どうなっているのか興味が湧いた。

 

「それを聞いたら、きっとあの子も喜ぶわ。苦労も多いようですし」

「そうか。『妖精』……だったか。色々……聞いてみたいものだな」

 

────なかなか騎士団内でまとめられず、却下した案件も多いのです

 天馬騎士団長も同じように苦労を語っていたことを思い出す。なぜ纏まらないかは推測の域を出ないが、せっかく出た芽だ。

 資料へ再び目を落とす。黎明抜け行く故郷を色付け始めた花に、彼は何度も頷いていた。

 

 

 

◆◆◆

 一月も最終週の中日。この時期になると吹雪は止んで太陽が顔を出す日も珍しくなく、近づく冬の終わりを少しずつ実感できるようになる。

 今日もイリアの空を駆ける十八部隊は、抜けるような空を見上げてどの顔も柔らかい。やはり青空と太陽の下を飛んだ方が、仕事も俄然やる気が湧き上がるというもの。

 イリア東部の村を訪れ、そのままエデッサまで足を伸ばして昼休憩にする流れ。その顔に浮かぶ笑顔がどこか普段よりさらに活き活きしているのは、太陽の輝きのおかげか、それとも繁華街を前にした弾む心か。

 

 エデッサに降り立った四人はそのまま繁華街へ向かいかけたものの、先頭の水色のマントが翻るとすぐに止まった。

 井戸端会議の円陣はすぐに解かれた。手を振って皆と別れ、再び天馬に乗って飛び出していくのはシャニーだ。士官着の彼女は天馬だけでなく、着ている服に騎乗用のサイハイブーツまで白で目立つ。

 

「じゃあみんな、後でねー!」

 

 彼女は宙で一回転して弧を描くと、仲間たちに手を振ってそのまま城下町の奥へと一直線。

 目指す先はどんどんと近づき大きくなってくる。あの大きな城の中に大好きな姉がいると思うと、ワクワクする心を抑えられない。

 興奮に青い瞳がどんどん輝き、さらに天馬のスピードを上げていく。みるみる近づく正門を前に高度を落としもせず、そのまま城内へ突っ込んだ。

 

「おーい、お姉ちゃーん!」

 

 城の外壁部まで辿り着いてようやく高度を落としたシャニーは、迷うことなくある部屋の窓を覗き込み、爽やかな声で姉の名を叫ぶ。

 中には見慣れた紫髪の女性がいて、突然の声に驚いたか辺りを見渡し始めた。もう一回名前を呼び、窓をコンコンと叩いたら、やっと気づいたユーノが小走りにやってきて窓を開けてくれた。

 

「まぁ、シャニー。どうしたの?」

「ううん。エデッサの方に来たから、久しぶりにお姉ちゃんに会いたいなって思って」

 

 それを聞いても、ユーノはあまり驚かなかった。ずっと昔から見てきた妹だから、このくらいなら普通に映っていた。

 八月に会った時は別人かと思うくらい沈み込んでいたから一安心だ。こうしてはつらつとした笑顔で天馬を駆る姿は、自然に笑みを浮かべさせてくれる。

 ところが、その元気が眼下を一瞥した途端、顔をゲッと歯が見えるほど凍りつかせ両手を挙げだした。

 

「貴様何者だ! 降りてこい! 従わなければ撃ち落とすぞ!」

「な、何者って……?! 前一緒に住んでたじゃん! あたしだよ! シャニーだよ!」

「いいからさっさと降りてこい!」

 

 姉妹の間柄だから特に驚かなくても、ここがイリアの要衝だとシャニーはすっかり忘れていた。

 城門を無視していきなり突っ込んできた鉄砲玉が、あろう事か夫人の部屋に迫っている──そうとしか映っていないらしい。衛兵たちが怒鳴っているがそれだけで済まなかった。

 彼らは蟻の巣を突いたように集まりだして弓を向けてきたではないか。あれだけの数に掃射されたら矢躱しなど無意味だ。

 

「あわわ……っ、そっ、そろそろ思い出してよォ?! あたしだって関係者なのにぃ!!」

「降りてこい! 話はそれからだ!」

 

 真っ青な顔のままありったけ叫んで団員証を見せるシャニーだったが、ますます弓が引き絞られて固まった。

 

「みんなありがとう。この子は私の妹だから大丈夫よ。ね、『妖精』さん?」

「『妖精』……。これは失礼しました」

 

 顔を出したユーノがニコッとして掛けた一声ですぐに彼らは去っていった。あの称号も案外使えるらしい。

 胸を撫で下ろしたシャニーはすぐに姉に視線を戻す。

 

「忙しかった?」

「いいえ。さぁ、中へどうぞ。お茶を用意するから少し待っていてね」

 

 手を挙げて満面の笑みで返す妹が天馬を下す後ろ姿を、ユーノはじっと笑顔のまま見つめる。ちょっと顔を見て喋っただけですぐ分かる。天真爛漫は変わっていなくても、もう自分の知っている見習い騎士ではないのだと。

 

 

◆◆

 しばらくするとノックする音が聞こえ、扉を開ける執事の横にニコニコする妹の姿が見えた。

 だが、彼女が着ているのは軍服だ。シャニーが見習い修行に出る前はこの城で一時期一緒だったが、その時は普段着で妹として暮らしていた。今は任務中なのかしっかりと天馬騎士然の格好をしている。

 それに何より目を引いたのは、彼女が着ている軍服の変化。白のミニワンピース風の服に白のサイハイブーツ、水色のマントと士官衣装をまとう姿は天馬騎士団の幹部であることをそれだけで示す。

 

「あなたがその服を着ているのは初めて見たわ。頑張ったのね」

 

 噂には聞いていたが、この年での部隊長への抜擢は異例だ。だいたいが三年くらい部隊で経験を積んでから次のステップが普通なのに、ティトも彼女にしては随分と勝負に出たように映る。

 

「えへへ、毎日頑張ってるよー」

 

 頭を撫でられて嬉しそうにする妹の姿は、やはりどこか稚さを残しているが、それでもここまで嬉しそうにするなら、その責を果たしているという事だろう。

 

「あなたの事は良く聞いているわ。さすが部隊長就任の最年少を更新しただけあるわね」

 

 もう一度妹の顔に視線をやり、その青い瞳を見つめてみる。よく知る朗らかな眼差しだけではない。大事なものを見つけ、誰かの為に戦う強さをはっきりと感じる。

 入団半年での部隊長就任は歴代でも最年少であり、それまで記録を持っていたユーノを三か月も上回るスピード出世だった。

 ところが、その話を振られるとそれまでの笑顔が嘘のように沈み、はぁっと大きくため息をつき始める。

 

「お姉ちゃんには敵わないよ。色々失敗ばっかりしてきてるし」

 

 シャニーにとってはとにかく失敗だらけの一年だった。入団から九月までは、今思い出しても顔から火が出るほど恥ずかしい光景ばかり浮かんでくる。だけど、全てのプロセスが今を導く必要なシーンだったと受け止めてきた。

 

「……あ、色々ってことは十一月のことも……」

「ええ、もちろん」

「はうあ……。やっぱり……ガーン……」

 

 それでも、それまで起こした失敗とはまるで別次元の大ごと──契約違反の話までは耳に届いていて欲しくなかった。

 不思議だ。特に表情を変える事もなく姉はそのまま頭を撫でてくれる。

 

「お姉ちゃんはどう思った?」

 

 一度は俯いて外れた視線だったが、懇願の眼差しが再びユーノを見上げる。

 聞かずにはおれなかった。姉は、世界で一番の味方だと信じたユーノはあの事件をどう見たのだろうか。

 姉の事だから優しい言葉をかけてくれるかもしれない。その言葉は確かに恋しい。けど、今欲しいのは慰めの言葉なんかではない。……ワガママか。

 その意図を汲んでくれたのか、特に考える素振りも無く、優しい笑顔のままで姉は返してくれた。

 

「え? あなたらしいと思ったわよ」

「へ? それだけ?」

 

 もっと、あの時ああするべきだったとか、部隊長としては思慮が足らなかったとか、先輩としてアドバイスをもらえると思っていた。騎士団中からそんな声を投げつけられてきたから姉の言葉を聞きたかった。でも、ユーノは笑っているだけ。

 何か、肩透かしを食らったような気分。失敗をらしいと言われてしまっては、ストレートに叱られるよりよっぽど堪える。

 

「ええ、それだけよ? だって、あなたがその時最善だと信じたのでしょう?」

「────ッ」

 

 ユーノの言葉の意図はまるで違った。

 その時、その場にいた者が導き出した結論を、現場を知らない人間が結果だけで判断など出来はしない。

 

「現場に最良なんてそうそう無いもの。逃げずに、信じた最善を貫いたのね」

 

 結果は常に最良と比較されるもの。大事なことは行動した者たちが最善を尽くしたかどうか。覚悟を宿す青焔の瞳を見れば、シャニーが何度も頷かなくとも答えは分かる。

 

「私はそれを信じるだけ。辛い思いをしたわね」

 

 じんわりと心が喜びに溢れて零れ落ちてくる。

 姉から一番に欲しかった言葉は叱責なんかではない。信じている──世界で一番に信じている人から贈られた想いは、部隊長としてどれだけ凛としようとしても、溢れる気持ちを抑え込むには優しすぎた。

 

「ありがとうお姉ちゃん。いつも、いつもあたしのこと、大事にしてくれて。だーい好きだよ! うん、大、大、大好き……」

 

 気づけばユーノの胸に飛び込んで、その温もりの中で傷ついた翼を癒していた。やはり姉と言うよりも母だった。

 だけど、すぐにばっと顔をあげた。大事な人がまた一人信じて支えてくれていると分かって、喜びがめそめそを吹き飛ばす。昼休憩の時間を使って来ているのだからもっともっとお喋りしたい。

 

「あ、そうだ。アリスちゃん大きくなった? 久しぶりに会いたいな」

 

 最後に会ったのはいつだろう。動乱が収束して間も無い頃だった。あれから一年弱経ってどんなに成長しているのかと思うと、姉に連れられて歩く廊下もスキップしてしまいそうだ。

 その軽く跳ねる気持ちを、纏う士官服が押さえ込む。ちゃんと自分が一人前の騎士として生きていると姉に見せたかった。

 

「うわー、カワイイなぁ!」

 

 部屋で乳母と共に女児がふらふらと遊んでいる。

 普段見かけない人に興味津々なのか、屈託のない笑顔と言葉にならない嬉しそうな声をあげながらよちよちと歩いてくる姿に、思わずシャニーは目を輝かせて抱き上げた。

 

「あたしもいつかこんなかわいい子欲しいなぁ」

 

 しばらく頬ずりして抱いていると、普段考えたことも無かったはずなのに急に漏れてくる言葉。自分の娘、一体どんな子なのだろう。赤ちゃんとは本当に魔法だ。

 

「ふふ……。焦らないでまずは良い人を見つけなさい」

 

 随分先の未来に想いを馳せてうっとりする妹にユーノはふっと笑う。

 妹の場合はもう出会っているらしい事は、掛けた言葉への反応で分かる。その成就を祈るように娘をあやす妹を見つめていると、廊下から足音が聞こえてドアが開いた。

 

「おや、シャニーじゃないか」

「あっ、お義兄ちゃん! 帰って来てたんだね! おかえりなさい」

「うむ。先週帰国したところでな」

 

 聞いたことのある男性の声に呼ばれ、振り向いたシャニーはあっと驚いた。

 そこに立っていたのは黒髪を綺麗に整えた立派な体躯の男性。この城の城主でありユーノの夫ゼロットだった。

 

(この人が、もしかしたらイリアを統べる王になるかもなんだ……?)

 

 思わずまじまじと見つめていたら、ゼロットは視線を外して娘に目をやりだした。

 以前おもちゃにしてしまったから警戒されているのだろうか。本当はエライ人なのだが、こうされるとついついイタズラ心が疼いて我慢するのも大変だ。

 

「アリスを見てくれているのか? 可愛いだろう?」

「うん、すっごいカワイイ!」

 

 威厳溢れるその眼差しとは裏腹に、彼の口から出てきたのは娘への真っすぐな愛情。シャニーが抱く娘を屈んでじっと見つめ、偉大な騎士とは思えないほどに相好を崩して笑うさまは妙にギャップがある。シャニーは思わず口元を抑えて笑ってしまい、ゼロットはばつ悪そうにまた視線を外す。

 

「なんか義兄ちゃん見たの、一年ぶりくらいな気がする」

「そうだな。あちこち傭兵に出回っていたからな。四月あたりまでは内政に主を置くつもりだ」

 

 聞けば、イリアの長い冬を支えるため、春先からずっと世界中で戦い続けてきたらしい。ある時は戦場に立ち、ある時は町の者を助け、さらにある時は他地方の復興作業に従事し……。

 きっとこうして娘を溺愛するのも、長い間ずっと逢えなかったからに違いない。

 

「お義兄ちゃん。アリスちゃん、パパにだっこして欲しいって言ってるよ」

「うんうん、可愛いな。ユーノにそっくりだ」

 

 そして、またすぐに別れなければならないのだろう。自然に赤ちゃんをゼロットへ渡していた。逢いたい人に逢いたくても逢えない辛さは心得ているつもりだ。

 しばらく娘を抱っこして話しかけていたゼロットだったが、まるでスコールのようにぐずりだしてしまった。あやす手段を持たない彼が仕方なくユーノに娘を任せる顔は申し訳なさそうで、やはり偉大な騎士とは思えない。

 

「そうだ、シャニー」

 

 手が空くと何かを思い出したようにゼロットに呼ばれた。

 

「ちょうど君を呼ぼうと思っていたんだ。後で私の部屋に来てくれ」

「え? あたし?? はーい。何かな? お土産とかかな!」

 

 思わず自分を指さしてしまう。好奇心でゼロットを見上げたら、彼は軽く笑って歩き出した。

 

「まぁまぁ。それは来てからという事で」

 

 もったいぶられるとますます気になってしまう。腕時計に目を下すと、そんなに時間の余裕はなさそうだ。姉に手を振り、ゼロットについて部屋を出た。

 

 

◆◆

 通された書斎は初めて入る気がする。ぐるりと見渡すと、書斎と言うよりももっと厳かな場所だった。騎士団の大きな紋章旗が奥に飾ってあり、左右の棚には勲章がこれでもかと彼の武勲を称えている。

 

「君も大分騎士らしくなったな。もう部隊長だものな。その年で全うし立派なものだ」

「えへへ。ありがとうございます……かな」

 

 彼が自分をシャニーとしてではなく、天馬騎士団の部隊長として呼んだのだと薄々気づいていたが、そう声を掛けられると自然に背筋が伸びた。

 

「これ、君たちが作ったと聞いたが本当か?」

 

 席に着いたゼロットが引き出しから何かを取り出して見せつけてくる。

 結構な量があるそれが何か分かると、シャニーはあっと無意識に声をあげながら指を差していた。

 忘れるはずも無い、汗を流して情報を集め、浴びせられた苦情に涙を堪えながら生み出した誓いの結晶。ゼロットが手にしていたのは、国力向上任務で作って来た企画書だったのだ。中にはイドゥヴァにボツにされてお蔵入りになったものまである。

 

「え、なんでそれを?」

「イリア連合会議の時に、ティトさんが資料として見せてくれたものだよ」

 

(お姉ちゃん……ありがとう)

 

 思わず姉への感謝の言葉を心の中で唱える。

 騎士団の中でなかなか評価してもらえない悔しさに耐えてきた。振り向いてくれない大勢に訴え続け、少数でも好きだ、信じていると言ってくれる人のために剣を取り戦い続けてきたつもりだった。それがまさか、イリア全土の騎士団長が集まる会議で報告されてゼロットの耳にまで入っていたなんて。

 ────信じているわよ。私と一緒に戦って欲しい

 八月の終わりに姉から掛けられた言葉がふと脳裏をよぎる。彼女もずっと戦ってきたのだと、改めて大好きな姉へ尊敬の念が湧いた。

 

「我々も国内軽視は問題視している。それを専門に扱ってくれていることは感謝しているんだ」

 

 傷ついてきた心が癒えていく気がする。シャニーにとってゼロットから掛けられた言葉は、もう天にも昇るほど嬉しいものだった。

 毎日ボロボロになるまで戦ってきた。自身に鞭打ち闘志を出し尽くした部隊長会議の後は、もう疲れ果てて呆然と空を眺め続けたことも少なくない。

 それが、こんな偉大な人に認められ、感謝されるなんて思ってもいなかった。誰にも認められない、誰にも理解されない──そんな風に考えていたのが間違いだったと改めて思い知る。ゼロットの声はすなわち、イリアの声と言っても過言ではない程に大きな影響があるのだ。

 

「そう言って貰えると嬉しい。部隊の子たちもきっと喜ぶと思うよ!」

 

 まっさきに、今頃昼食に舌鼓を打っているであろう仲間たちにゼロットの言葉を伝えてあげたかった。朝から晩まで共に過ごし、苦しみを分かち合い涙を拭いあって来た仲間たち。自分だけが労いを受け取るにはもったいない気さえしてくる。

 

「これからも是非、素晴らしい提案をして欲しい。イリア連合として活躍を期待している」

 

 イリア連合、それはすなわちイリアに根を下ろす騎士団の元締め的な組織。連合会議もその催しの一つだ。その長であるゼロットからの激励は、多くの騎士団から活動が認められたということ。

 席を立ったゼロットに呼び寄せられ、さっと差し出された手に面食らう。

 

(こんな凄い人と……あたしが?)

 

 さっきまで義理の兄妹として接していたはずだが今は違う。イリアの頂点に一番近い人が、騎士団の幹部へ手を差し出しているのだ。

 ようやく認められた。バリガンの再来と謳われる騎士の中の騎士。その手をしっかり握った彼女はすくっと背筋を伸ばし、天馬騎士団の幹部として敬礼してみせた。

 

「はいっ、天馬騎士団 第十八部隊一同、身に余る光栄、謹んでお受けいたします!」

 

 若さ溢れる爽やかな声に乗って掲げられた誓い。真澄の瞳は活き活きと輝いてゼロットを見つめる。

 イリアの黎明の空に色を与え、新しい時代の軌跡を描くであろう新進気鋭の瞳にゼロットも無言のまま敬礼を返す。

 初めて対峙する偉大な騎士の威圧感に更に背筋を伸ばした彼女だが、やはり慣れないことは長続きしない。

 

「……なーんてね。へへ」

 

 ついつい茶化してしまう。やっぱりこんな堅苦しいのは苦手だ。

 

「やれやれ。騎士らしくなったと思ったのだが、君らしさは相変わらずだな」

 

 舌を出しながらニコっとする彼女に、反応に困ってしまいゼロットも笑うしかなかった。

 前もそうだった。自分から人を乗せてきたくせに、最後はふらっと肩透かしを食らわせてくる。『妖精』なんて渾名されるのも頷ける話だ。

 その風の妖精が凍てつく村々に暖かい風を吹き込み、少しずつ春を呼び寄せてきたのなら、これからも信じて託すだけだ。

 

「褒めるだけでは何も残るまい。これを君の部隊へ贈ろう」

 

 ゼロットは机から離れると、その隣に飾ってあった槍を取ってシャニーへと手渡した。

 どこの店でも売っているような鈍色の鉄槍なんかではない。しっかりと宝飾が施され、まるで意志を示すかのように細くともまっすぐに聳える白銀の槍は、部屋の中でもその輝きを失わず気高い。

 

「わぁ……。綺麗な槍……」

 

 思わずシャニーも声をあげた。こんな綺麗な槍は見たことが無い。

 去年の九月まで平隊員だった身には銀製の武器など無縁で思わず擦ってしまう。自分が扱うにはずっしりと重いが、この槍を扱う責任を背負うようで、持つだけで身が引き締まる。こんなものをもらっていいのかと聞こうとしたら、もうゼロットは背中を向けている。

 

「ユーノが言っていたが、君は確か槍より剣のほうが嬉しかったか」

 

 奥の棚に置いてあった剣を持ってくるとずいっと手渡された。これもまた、鞘に施された宝飾からしてかなり高価なものだとすぐに分かった。

 何か引き抜くことさえ気が引けるほどに高潔な輝きを放っているが、剣使いとしての好奇心がどんな刀身かと疼いて仕方ない。気づけば目の高さに剣があった。

 

「剣使いはあまりいないし、置いておいても仕方ないからな。好きにすると良い」

 

 中から現れた銀製の刀身には自分の顔が映っている。

 鋒で天を衝き顔の前で掲げてみる。美しい刀身を見上げていると、ゾクゾクと覚悟が湧き上がってくる気がした。

 ────この剣で、この手で、未来を切り拓いて見せる

 誓いを改めて心の中で唱え、そっと鞘へと剣を収める。

 

(この剣に相応しい騎士にならなくちゃね!)

 

 人々の希望であり続ける……その気持ちが更に高まった。人々に信じてもらえ、高みにいる人たちからも認められた。その自信が瞳を凛々とさせる。もう、迷う事など無い。

 

「ありがとう! でも、いいの? 銀の武器ってすっごい高いんじゃ」

 

 銀製の武器など、大国の将が持っているイメージしかない。天馬騎士団でも団長のティトか副団長のイドゥヴァしか持っているのを見たことは無かった。何より扱いが難しいのだ、銀製の武器は。そんな高価な武器を剣も槍もともらってしまうのはなんだか気が引ける。

 

「君はもう部隊長だ。騎士団の代表……騎士団外の人にそう見られていると思いなさい。連合会議で名前が出ている以上、もう君は無名の存在ではない」

「イリアの騎士団のみんな知ってるってこと……?」

「そうだ。だからそれなり身を整えないといけない」

 

 何だか夢で見ているようだ。いつも村人相手に仕事をしていて、他の騎士団などあまり接点が無いはずなのに、皆は自分を知っている。不思議な感覚に実感が湧いてこない。

 

「私の前では天真爛漫な義妹でも良い。だが、騎士として歩く以上はそうはいかない。名を知られる者は、その名に恥じぬよう振舞わねばならない。分かってくれるな、『妖精』」

 

 銀製の武器は名誉の象徴であり、これ以上ない信頼の証。ゼロットの言葉に剣を握りしめ、これを振るう責任をしっかりとシャニーは噛みしめた。刹那、今更ながらにはっとしてそっと耳に手をやる。ロイがこのピアスをプレゼントしてくれたのは、きっとその意味もあったのだと。

 剣を受け取ったことを確かめたように、ゼロットが両肩にしっかりとその手を置いた。

 

「これから先、イリアは激動の時代に入るだろう。その時はぜひ力を貸して欲しい」

 

 無意識のうちに、シャニーは思わずゴクリと息を呑んでいた。

 ────もし王国騎士団の部隊長とか任されたら、ウチを一番に呼んで欲しいッス!

 揚々と語っていたミリアの言葉が脳裏に蘇る。ゼロットの目は本気だ。

 しばらく緊張に固まっていたが、彼女の顔にはすぐいつものいたずら好きな笑みが浮かんだ。今できること精一杯やる、それは別に何も変わらないはずだ。

 

「うん。あたしの出来る事なら何でもするよ。任せてください、ゼロット王!」

 

 途中までは頷いて聞いていたゼロットだったが、シャニーが最後を締めた言葉にはあからさまに困惑を浮かべた。

 

「止しなさい。そんな噂をあまり言いふらさないでくれよ」

 

 してやったりと舌をペロッと出して笑ってくる顔は、どれだけ凛と構えていてもやはり成人して間もない華奢な乙女。

 だが、この高みまで登って来た者には老いも若いも関係ない。

 イリアの未来を背負って立つ黎明の剣の目醒めに、ゼロットもまた決心して妻の許へと戻っていくのだった。

 

 

 

<第四章 黎明の剣 終>

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