ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
そんな筈はない。そんな事を考える訳が無い。これは嘘だ。きっとそうだ。無い、ありえない。
なのに何故、何も言い返さない?違う……、違う、違う────
何だか、妙に疲れる。おまけに今のは何だ?自分か?それとも──アイツか?
11月の事件以降気になって来た、聞こえないはずの声。それが今ではハッキリ話しかけてくる。
最近、気合を入れ過ぎていたのかもしれない。疲れているだけだ、そうに決まっている。
シャニーは仮眠室で休息を取る事にするが……。
第1話 交錯する声
「────ッ!!」
頭から被ったブランケットを跳ね飛ばす。
昏い決意をそのまま映したような薄闇の仮眠室。手を伸ばしたらすぐ届きそうな距離に仲間達がいるのに、それでもダメだ。真っ暗にしていたらそのまま呑まれてしまいそうだ。
とは言え、体は疲れている。少しでも休めなければ。びっしょりとかいた汗を拭いながら、シャニーは誰に向かうでも無く問いかけた。
「一体、何をしたって言うの? ねえ、答えてよ、どうしてなの? ねえ……」
──エレブ新暦1001年 2月
今日も詰所には異様なほど静かな時間が流れている。
リーダーが戦っているこの時間は何も手につかない。誰もが机にお尻を引っかけて天井を見上げていたが、ピンとルシャナの目線が廊下に引っ張られる。
たくさんの足音と喋る声が聞こえてくる。
ブーツが床を叩く足音がまっすぐに近づいてくる。その足取りにルシャナ達は顔を見合わせて眉を下げたが、すぐに止めて扉に視線を戻した。
「おかえりリーダー、どうだった?」
シャニーがドアを開けると、早速ルシャナと顔が合った。どうやら待っていてくれたらしい。
掛けられた労いにふっと笑みを浮かべてハイタッチまでが精一杯だった。
脇に抱えていた資料を机へどさっと音がするくらい乱雑に置き、転がり込むように椅子に座って天を仰ぎながら大きく息を吐きだした。
自然に集まって来たどの顔も苦い顔をしている。どうにも気持ちが態度に出てしまって良くない。態度や表情を相手に“観”られるな──よくディークに叱られた事をまた思い出してしまった。
「二勝三分け。負けなかったから良かったのかなぁ。なーんか……負けた感じ」
毎回の部隊長会議では枯れてもいい位の覚悟で闘志を乗せて戦うから、会議が終わった後はいつもぐったりしてしまう。
成果が大きければそんな疲れも吹き飛ぶのだが、今日は満足出来るようなものではない。三分け──企画自体は承認されたものの、イドゥヴァの指示で彼女の息のかかった部隊に実行部署を移されてしまった案件の事だ。分けと言っても、結局イドゥヴァに屈した気がして素直には喜べない。
「その三分けってやっぱり……」
「うん。大きな三つは全部持っていかれちゃったよ」
はぁっと大きなため息をつきながらルシャナの問いに答えたら、悔しさでむせ返りそうになった。頭を椅子の背に任せると自然に目が閉じていく。
耳が早い事に、ティトがイリア連合会議で報告していると知ったらしい。報告出来そうな規模の大きい案件と見るや、イドゥヴァはすぐに十八部隊から取り上げて自身の息がかかった部隊で処理してしまう。
連合会議で名前が挙がるのは、当然ながら実行部隊の活動が主になる。百歩譲って、信じてくれた人たちの祈りを叶えてあげられたと思えればいい。だが、最近のイドゥヴァはそれすら奪おうとしている気がする。
──あなたも進歩しませんね
直接攻撃を仕掛けてきた言葉を思い出して口元が歪む。
「提案力は認めますが、もっと資金の事も検討しないと。しっかりしてください」
食いついて食いついて、今回も何とか企画を通したのだが、その終りにイドゥヴァはそんな言葉を投げつけてきた。どれだけ気を張っていたって、ストレートな個人攻撃は堪える。思い出してしまうと尚更だ。
だが、それ以上に不安を湧き上がらせるのは、彼女が締めに使った言葉──
「他の人間と入れ替えを検討しないといけませんかね」
十八部隊そのものを取り上げられてしまうのではないか。
普段なら少し疲れても笑ったり面白い本を読んだり、ふとしたことで吹き飛ぶが、今はとても笑ってなどいられない。まるで疲労が取れず、乾いた瞳がうっすら開く。ようやく手に入れたものが、奪われようとしている……。
「……十八部隊はあたし達の部隊だよッ」
ばっと目を開けた彼女は、机上に広がる資料を見つめながら副団長への怒りを吐き出す。
自信はあった。自分たちを差し置いて、十八部隊を任せられる人間など居ないと。
一体国内の何を知っていて、あんなことを言えるのか。言えるものなら会議室で叫んでやりたいくらいだ。予備費何て取っておいて一体どうするつもりなのか。イドゥヴァが民に還元すべきものを抱え込んでいるようにしか思えなかった。
でも、自分の稼ぎはゼロ。いや、十一月の事件を考えれば赤字かもしれない。悔しい、何も言い返せない。その時だ────
「ねえねえ? 何をガマンしてるのぉ?」
ふいに頭の中に囁いてきた自身の声に思わず顔をしかめる。
(まただ……)
自分の声が、自分の口調のままで喋りかけてくる。
十二月まではぼんやり遠くに聞こえる程度だったのに、最近はもう目の前にいるかのように鮮明と聞こえてくるし、自分に向かって言っているのだとはっきり分かる。
しかめていた顔はさらに歪み、ギリっと奥歯を噛みこんだ。
「ご、ごめん。──ちょっと稽古してくるよ」
言い終わりもしないうちに、シャニーは部屋を飛び出して行った。残された仲間達は顔を見合わせて渋い顔。
疲れ果てて動かない思ったら、バッと跳ね飛ぶ勢いで立ち上がり、ドアの空くのも待てずに肩をぶつけて出て行く──それだけなら、動いていないと死んでしまいそうな人間だし驚きもしない。だが、最近は明らかに異常なのだ。
「まただ……」
ルシャナがため息交じりに漏らすと、ミリアやレンも寄って来た。考えている事は同じらしく、顔を見合わせて互いの不安を確かめ合う。
「シャニーまた剣を振りに行っちゃったッスね。午後からどうするんスかね」
ミリアの困惑の眼差しは、窓の外に見える室内稽古場に点いた灯をじっと見つめている。最近はこうして剣を振りに籠ってしまうことが異様な頻度で増えていた。
会議の結果を村人たちに報告してあげたいし、久しく行けていない場所にも足を運ばないといけない。昼休憩までの残り一時間で、午後の活動を決めないといけないのはリーダーが一番分かっているはずだろうに。
「大丈夫かな……シャニー」
レンの小さな拳がぎゅっと握られる。
剣を持って一人で籠るときは、良くないことを考えている時。しかも、普段不満を漏らさない彼女が目に見えてそんなことをする時は、もう限界のサイン。十八部隊にいるものなら誰でも知っている事。
そこへ、天井からレイサが降りてきた。
「レン。……ちょっと」
レイサをレンはじっと見つめ、二人は頷きあうと部屋を出ていった。
◆◆
室内稽古場ではシャニーが無心に剣を振り下ろし続けていた。
向こうに見えるろうそくの明かりをじっと見つめ、赤く染まった瞳で振るう剣。鋒が鋭く空を裂く音は研ぎ澄まされていて、清々しいほどに高く雑味無く響く。
その剣をじっと見つめている眼差し。頭の中に居座る存在をシャニーははっきり
「ふふふっ、いい剣の振りしてるね~」
何かを企んでいるような悪意のある笑い声を、颯に繰り出す太刀風で無理やり掻き消していく。
「ウルサイッ」
「あなたの剣と私の魔力……一緒にしたらスゴイことになると思うんだけどなぁ?」
囁きかけてくる。おいでと呼びかけ、引きずり込もうとしてくる恐ろしい声。今更ながらにあの黒き紳士の言葉が頭の中を駆け抜けた。
──力を手に入れる事は悩みの解決にはならない。新たな悩みを背負いこむ事になる。それでもいいか?
悩みどころの話ではない。純粋に恐ろしかった。
力をものに出来ていないのに声だけはどんどん大きくなってくる。その不安を掻き消すには、ひたすら稽古して自分を納得させるしかない。握る剣に力が籠る。
「何さ、無視するの? ヒドい人だね」
吐き捨てるような言葉が頭の中に響く。それでもシャニーは答えず黙々と剣を振るい、そのうち怒声をあげながら激しくなる。
ついに疲れ果てて剣を下すと、肩で大きく息をしながらそのまま膝を突いた。
そんな無様な姿を見下ろすような視線は、しばらく静かになっていたが消えてくれない。大きなため息が聞こえたかと思うと、嘲りに塗れた声でまた囁いてきた。
「……だからずっと言って来たのに。──あのまま寝てれば良かったのにって」
初めて聞こえてきた時から、おそらく同じことをずっと言い続けてきたのだろう。最近でこそあれこれと騒がしいが、最初は明朗に聞こえず同じトーンが繰り返されていた覚えがある。
ようやく息を整えたシャニーは静かに立ち上がるが剣は降りたまま。
今まで恐ろしくて聞けなかったが、もうここまで目の前に居られるのでは避けて通れない。意を決し、
「あたしもずっと聞きたかった。それ……、どういう意味?」
おっと、頭の中の視線が揺れたのが分かった。
「簡単な話でしょ?」
だが、相変わらず視線に乗る敵意にも似た鋭さと声に滲む侮蔑は消えない。見えないものが放った言葉に、彼女の手から剣が滑り落ちていった。
「私があなたとして生きていれば、今頃……うふふっ」
絡みつくように聞こえてくる笑い声に青の瞳が揺れ、口元がわなわなと震えだす。
自分の声がこんなにも恐ろしく感じた事はかつて無かった。死ねば良かったのに────この声はずっとそう言い続けていたのだと分かって、思わず胸元を強く握りしめた。
何故そんなことを言われなければならないのか、理解が追い付かなくて表情が固まる。そんな事などお構いなしに、頭の中から追い討ちをかけるように突っついてくる。
「私が質問に答えたんだから、あなたも答えてよ。なんでガマンするのさ?」
ずっとこれも聞かされてきた言葉だ。この声が何を言いたいのか分かっているからこそ、今までも一貫して否定してきた。
そんなはずがない、あるわけがない──今回も何度も首を振って拒絶するが、頭の中から突き刺してくる視線は、言葉にせずとも囁いてくる。嘘は良くないと。
もうどうにも辛抱ならない。手にかろうじて引っかかっていた剣を握り直し、地面に叩き付けるとありったけで怒鳴ってしまった。
「ガマンなんてして──ッ!」
「殺したいんでしょ? ……副団長をさぁ」
びくっと震える瞳を見つけて、頭の中からまた見下ろすような笑いを投げつけられる。何も言い返せない。
(なんで? 何で何も声が出ないの??)
確かにイドゥヴァには今まで散々にやられてきた。団長選出戦で彼女の顔に泥を塗って以来、何をするにも厳しい当たり方をされて来た。けども、そんな風に思ったことは一度も無いはずだ。なのに……なぜ自分は何も言い返さない?
もう、何が本当で何がまやかしなのか……虚実綯い交ぜになった心は制御が利かず、狂ったように怒声をあたりにぶちまけた。
「うるさい! あんたにあたしの何が分かるんだよ!」
そこまで怒鳴ってようやくに頭の中から視線が消えた。
だが、シャニーもあまりの仰天に息が詰まり、目が飛び出しそうになった。
怒鳴り散らして振り向いた先にはレンがいて、彼女は今にも泣きだしそうなほどに銀の瞳を揺らしていたのだ。
「レ、レン……。ごめん、びっくりさせちゃったね」
一体どう取り繕えばいいのか分からない。おろおろしながらレンの肩に手を置くが、彼女は震えたまま。いや、手を置いた途端にますます震え始めてしまった気がする。
あんな自分でもびっくりするような怒号を聞かれてしまうなんて。
「シャニー……大丈夫?」
ところが、心配したはずなのに、レンから逆に心配そうに案ずる声をかけられてしまった。
「なんだか……悪いエーギルの流れをしてる」
魔法を扱う者には他人のエーギルの流れが分かる。
対象の宿すエーギルが大きければ大きい程はっきり見えるそれが今、大きく揺らぎ、歪み、そして黒く重く濁っている。いつも爽やかに笑うリーダーからは真澄の青が溢れだしていたのに、今それに黒が滲み荒々しく揺れているようにレンには見えていた。
もちろん魔法を扱えないシャニーにはレンが何を言っているのか分からない。それでも、とにかく不安げな銀の瞳を安心させようと笑って見せた。
「大丈夫だよ、大丈夫! あの力をものにしようと思ってさ。稽古しすぎたかな」
一体どれだけの力で叩きつけたのだろう。部屋の隅まで弾け飛んでしまった剣を拾い上げると丁寧に刀身を拭き、じっとその刃に自身の顔を映してみる。この顔はずっと──殺意を滲ませてきたと言うのか。
(そんなことない! 絶対に、絶対にない!!)
あの声はまやかしだ。そうに決まっている。
再び剣を上段に構えて振り下ろした途端だった。鋭い金属音と共に、手に衝撃が伝わってきて無理やり剣が視界の中で止められた。
「そう思うんなら止めな。そんな蒼い顔してやることじゃないだろ」
シャニーのほぼ正面にレイサがいて、彼女はシャニーの剣を短剣で受け止めていた。
(あたし……仲間がいるのに気づかず振ってたっていうの……? 違うっ、そんな、そんなつもりじゃない! 殺意なんて無かった。無かった……)
「一旦休みな。あんた、帰って来てから働き過ぎなんじゃないの?」
レイサに言われるまでもなく、再び剣を放り出すようにして落とし、シャニーはその場に座り込んでしまった。なぜか漏れ出す笑いが声を震わせる。
「やっぱ……疲れてるのかなぁ」
一緒になって屈みこんだレイサとレンが目でしきりに訴えてくる。早く言え、隠すなと。
耐えられなくなって、シャニーはやつれ切った乾いた声で白状した。
「最近いろいろな声が聞こえてくるんだよね。頭の中から、あたしの声がさ」
苦笑いする顔は弱々しく白い歯を見せてきた。
思わず顔を見合わせる二人。イドゥヴァの毒を浴び過ぎてついにメンタルをやられたかと思ったが、彼女から噴き出すエーギルの流れ自体は弱ってはいない。むしろ爆ぜるように燃え上がって、いつもの穏やかで澄んだ青焔はどこかへ吹き飛んでしまっているようにレンには映っていた。
こんなことを言ったら仲間が驚くことは分かっていた。予想通りの反応に、シャニーはゆっくりと立ち上がって剣を拾うと彼女たちに背を向けた。
「ちょっとあたし、昼休憩使って一眠りしてくるよ」
静かな足音が部屋を出ていくと、張り詰めた空気がなくなって静寂が戻り、レイサたちは大きく息を吐きだした。
剣を止められてぎょっとするあたり、本当に気づいていなかったらしい。だいぶ追い詰められている。これ以上は放っておけない。
ずっとリーダーが黙っていた理由は分かったが、同時に二人に浮かんだものは彼女達の視線をすぐに結ばせていた。
「……レイサ」
レンの銀の瞳がレイサを見上げると彼女も小さく頷く。
助けてあげたいが、自分たちではどうすることもできない領域。祈るように見上げてくる瞳に、レイサは最後の手段を持ちかけた。
「ああ。ちょっと様子見て……話振ってみるかね」
◆◆
仲間たちと離れたシャニーは詰所の仮眠室へ向かった。
少々、年初めから気合を入れていた自覚はある。だけど、この疲れ方は異常だ。
ブランケットを頭から被って目を閉じる。目の前が真っ暗になると、あれこれ声が聞こえてくる。これは……アイツの声ではない。本当に自分の声のはずだ。
(あの時……何もせずに放っておけばよかったよ)
あの時……あの時とはいつだろう。よく分からなくなってきた。本当にこれは自分の声なのだろうか?きっと十一月の事件の事を無意識に思い出してしまったに違いない。……そう思った時だった。
(どうしてこんな、こんな仕打ちを受けないといけない?)
はっとした。今のは本当に自分の声か?
「一体、何をしたって言うの? ねえ、答えてよ、どうしてなの? ねえ……」
「────ッ!!」
ブランケットを跳ね飛ばす。今の声は間違いない。問いかけてきたのだ、アイツが。急に怖くなってきた。だけど、体が疲れ切っているのか、仮眠室の外に出たくても動けない。そこに語り掛けてくる声。
(見て見ぬ振りは嫌いだから、あの時飛び出してしまったけど、こんなことになるんだったら……応えなければよかったよ)
それだけ言うと声は頭の奥へと消えて、もう呼びかけても何も返って来ない。びっしょりとかいた汗を拭いながら、シャニーは頭に手をやり呟いた。
「一体、何をしたって言うの? ねえ、答えてよ、どうしてなの? ねえ……」