ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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こんな事なら、あの時……。
月光に照らされる剣。床に転がるものをシャニーはじっと見下ろしていた。
求めたのは、守る為の剣だったはず。なのに今握っているものは何だ?
それは恐怖──侵食を抑え込みたいがため力を求め、更に深淵へと踏み込み、恐怖に呑まれていく。
誰にもこんな姿は見せられない。夜明け前の稽古場で独り、魔人は懊悩煩悶していた。

侵食はとうとう滲み出て仲間達を困惑させる。
以前から心当たりにあるレンとレイサは、ついに最後の切り札に賭ける事にした。


第2話 侵食する夜

「らぁぁぁぁ────ッッ!!」

 

 大きく振りぬいた剣が稽古用の案山子を真っ二つに切り裂いた。

 迸る青焔が消え、膝を突いたシャニーは肩を大きく上下させて体を震わせる。

 

「こんな……こんなはずじゃなかった……。こんな事の為に、あたしは……」

 

 目の前で今も無残に転がり揺れる案山子の残骸。このままでは……いつこれが()()()()()()()()か分からない。

 あの時……言われた通り踏み留まれば良かった。

 何もせずに後悔するのは嫌だから、あの時飛び出してしまったけど、こんな事になるんだったら……言われた通りにしていれば良かった。

 

(……ああ、ヤダ……また聞こえてきた……)

 

 耳を塞いでも話しかけてくる声にもう抗えず、頭を抱えて天に吼える。

 一体どうすればいい、どうすればこの苦しみから抜け出せるのだろうか。

 徐々にセチの力を具現化できるようになっているのは、真っ二つになった証人が教えてくれる。だがそれは、少しずつ黎い世界へ踏み込んでいるからだ。呑み込まれそうな感覚との闘い。どこまでなら、呑まれずに済むか……消耗するばかりだ。

 

──守りてえってのは口だけ。実際は、()()()()()()()()()()()()ってわけだ。それで免許皆伝とは、師匠(ディーク)も随分甘ちゃんだな。

 

 うずくまっていたら、ソルバーンの声がのしかかるように思い出された。悔しい。ディークを貶められ、あの男の言う通り立ち上がれずに居る。

 だが、悔しささえ呑み込んで心を支配するのは恐怖だった。黎い世界へ意識を引きずり込もうとする声は日に日に大きくなってくる。声が大きくなる度に強く具現する精霊(セチ)の力。恐怖に体が震えているのに、心は求めてしまっている。恐怖を抑え込むために、力を自らのものとしようとしている。

 これではあの男と同じではないか。人を同類呼ばわりした、あの業火の魔人と。

 

「あたしは……魔人になっちゃったの……? ……イヤだ……──イヤだァッッッ!!!」

 

 欲しかったのは守る剣だった。

 未だ月光輝く夜明けぬ稽古場で、シャニーは天へ懊悩を叫んでいた。

 

 

 

◆◆◆

 今日も晴天が何処までも続くイリアの空。天馬隊が遠くに見え、カルラエ城へと吸い込まれていった。

 村々への午前の巡回を終えた十八部隊は、厩舎から出てくると急ぎ足で詰所に戻った。もうあまり時間が無い。

 

「……うるさいなっ」

「えっ?!」

 

 昼休憩を前に、村で集めてきた情報をまとめようと席に着いたミリアは、後ろからいきなり飛んできた声に思わず肩をすくめた。何も音を立てたつもりは無いはずなのに、リーダーの声が真っすぐに突き刺してきたのだ。

 何事かと振り向いた先では、滲む苛立ちを噛み砕くように顔をしかめるシャニーの姿があった。

 どうやら自分に向かって言ったわけでは無いと分かり、ミリアはあちこち見渡してみた。やはりそんな騒がしさはこの詰所には無い。

 

「どーしたんスか? シャニー」

「えっ?! な、何でもない! 何も言ってないよ、あたし」

 

 不思議に思って声をかけると、寝ているのを叩き起こしたようにシャニーが肩を跳ね上げて驚きだした。何度も顔を横に振って、聞いてもいないようなことを口にし始める。やはり様子が変だ。

 ミリアが怪訝そうな眼差しを送れば送るほど、シャニーの顔には焦燥が募っていく。

 

「ちょっとあたし、席外すね」

 

 こう言って場を離れるしかシャニーには術が無かった。

 これ以上仲間と共にいたら、今度は何を聞かれるか分からない。もう既にレンに怒鳴ってしまっているのだ。

 席を跳ね飛ばす勢いで立ち上がると、言い終わりもしないうちにつま先で地面を蹴って扉に手をかける。

 

「待ちな、シャニー」

 

 急に体が動かなくなった。何かに張り付けられたかのように、背後から近づいてくる黒の眼差しから逃げられない。間違いない……これはレイサの暗殺術だ。

 

「あんた、正直に言うんだよ? この前言ってたことは本当なんだね?」

 

 影縫いが解かれたのか、体が軽くなった。でも、間髪入れず正面に回ってきたレイサに肩を掴まれた。ぎっと睨まれて動けない。

 

(何もわざわざここで言わなくてもいいじゃん……)

 

 焦ったシャニーはすぐにレイサを連れて外に出ようとするが、レイサの手がぐっと肩に食い込む。

 走る痛みに驚いて目を合わせると、あったのはいつもの優しさではなかった。思わずウッと身を退いてしまうくらいの威圧感で部屋に押し戻される。

 

「や、やだなぁ。そんな怖い顔しなくても」

 

 とっさに笑顔を作って場の空気を換えようとしたのが間違いだった。部屋に聞いたことも無い怒声が響いた。

 

「シャニー! 冗談言ってんじゃないんだ。ちゃんと答えな! この大事な時に、部隊の事もそうやって抱え込むつもりか!」

 

 ミリアやルシャナも、何事かと集まってきてしまった。

 正面にはアサシンの目をしたレイサ。左手にはルシャナとミリア……思わず視線を逸らした右手にレンの不安げに見つめる顔。再び左へと視線が揺れる。

 逃げ場を失った顔はついに下を向いた。だが、宙づりになった視界の左端に親友の手が見え、そっと手を取ってきたのが見える。

 

「シャニー、私たち仲間でしょ? 信じてくれないの? 私たちの事」

 

 そんな事は無い! ────ばっと顔をあげたシャニーは目でそう訴えた。

 仲間を信じていないわけではない。こんなことを言ったって皆を困惑させるだけだから、何も言ってこなかっただけ。

 

(言えるはずないじゃん……。こんな……あたしだって飲み込めていないのに……)

 

 黙ったままでいたら、ルシャナがみるみる目じりを釣り上げだした。信じている、だからこそ……逃げるように視線を外して瞠目した。誰もが彼女と同じ眼をしていたのだ。

 仲間からまでこんな顔をされてはもう耐えられない。観念したようにシャニーはその場に座り込んだ。

 

「……声が聞こえる」

 

 しばらく黙ったまま動けなかったシャニーが必死に絞り出した言葉はそれだけ。

 よく言ったとルシャナが屈みこんで背中をさすってやると、シャニーの背中は丸まってますます俯いてしまった。

 

「どんな声なのさ?」

 

 彼女に覆いかぶさるようにして抱きしめてやり、少しずつ答えを引き出していく。

 

「いろいろだよ。いろいろ……」

 

 観念してシャニーは顔をあげ、大きく深呼吸して目を瞑ったまま天を仰ぐ。

 普段の笑顔が剥がれ落ちたその顔には悲愴が張り付いて、再び開いた別人のような瞳が堰を切ったように語りだした。今まで、あの声が自分に向かって突き刺してきた言葉の全てを。

 話せば話すほど仲間たちの表情も硬く、沈んでいく。

 

(やっぱ……そういう反応になるよね……)

 

 思った通りだ、信じられる筈が無いのは分かっている。だけど……これほど家族を心配させては、もうダンマリではいられない。

 ここまで来たら全部吐き出すしかない。恐怖も弱さも全てさらけ出すつもりで彼女は続けた。

 

「独りになるのが怖いんだ。アイツ、独りになるのを狙ってるみたいで」

 

 この前の昼休憩だって仮眠室へ行って後悔したばかり。結局あの後ベッドを飛び出し、食堂の隅っこでじっと天井を見上げていた。

 仲間の許へ帰れば、また変なことを彼女たちの前で言ってしまうかもしれない。でも、彼らから離れて独りでいるところをあの声は待っている。

 

「それで最近ウチの家に泊まってたんスか? 言ってくれればよかったのに」

 

 ようやく合点が行ったと顔が言っている。ミリアも妙に感じていたようだ。俯いたら彼女も屈みこんで手を握ってくれた。仲間の手が温かく、寄りかからずにはおれない。

 どうすればいいの? ────もう一人では太刀打ちできなくて、救いを求めて仲間たちを見つめる。

 

「言えるわけないよ、こんなの」

 

 もっと早く口に出来てさえいれば、ここまで心が疲れ果てる事も無かったかもしれない。

 だけど言えなかった。仲間にネガティブな話をして部隊の空気を悪くしたくなかったし、何より自身の問題。守る剣を求めて踏み入った道だから自分で解決したかった。

 それがこんなに仲間に迷惑をかけるなんて。後悔が頬を伝って零れ落ちた。

 

「一月まではそんな顔してなかったじゃないか。最近急になのかい?」

「うん……。何でかな」

 

 レイサには不思議でならなかった。

 誰もが頷くほどに、一月は元気いっぱいだった。特にゼロットから槍の贈呈を受けた最終週は、まさに太陽の如き眩しさだったとはっきり覚えていた。

 はつらつとした笑顔が天馬を駆り、空に明るい軌跡を描く姿は、これから始まる一年を現しているかのように思えた。なのに、それが二週間も経たない内にこんな事になるとは。

 レイサの問いに本人も答えられずに唇を噛むばかりだが、レンには心当たりがあった。

 

「最近剣の稽古でエーギルを使うことが増えたから活性化してるんだと思う。たぶん」

 

 シャニーのエーギルの波動が急におかしくなりだした事自体は、レンはだいぶ前から気づいていた。

 最初に気づいたのはヴァルプスギルと戦った十一月。そこから一か月空いて忘れていた。リキアから帰ってきた一月あたりから使いだした魔力を乗せた剣は、振ろうとすればするほど青焔(エーギル)が揺らぎ、爆ぜて濁っていった。

 それでも本人は笑顔だったから大丈夫だと思ったのが間違いだった。

 

「使わなきゃモノにできない。でも、使うとアイツの声が聞こえる……全然上達してるようにも思えないし」

 

 使い始めた一月の頃と状況はあまり変わらず、落胆も大きかった。

 いつもいつも、鎖の断たれた向こう側と意識を繋げ、魔力を一定まで開放した途端に襲ってくる卒倒感。そのままでいたら、また十一月と同じことをしてしまいそうで、そこでいつも止めてきた。

 

「一回開放してみればいいじゃないか」

「簡単に言わないでよ!」

 

 レイサに軽い感じでそう振られ、気づいたら怒鳴っていた。

 悲鳴にも似た叫び声は自分の声では無いような気さえして彼女自身も驚いた。

 それを浴びてもレイサは表情を崩していないが、シャニーは後悔に思わず視線を逸らす。

 

「……ごめんなさい」

 

 こんなにも自身を抑えられないくらいに動揺していたなんて。だけど、レイサの言う通りに出来たらどれだけ楽だろうか。

 

「自分を制御出来なくなるんだよ。怖いんだよ……怖いの…………」

 

 剣を扱いきれない悔しさが滲み、辛抱できずに俯いた。

 すると、湧き上がってきたのは悔しさより明確な恐怖だった。得体の知れない声に、意識に、呑み込まれそうになって逃げ場を失っている事への恐怖。

 

 そこまで吐かせて、レイサはようやくシャニーの肩から手を離し、しっかりと頭を撫でて抱きしめてやった。

 

「私たちが助けてやるから、不安だったら何でも言うんだよ。黙ってるのは絶対禁止、いいね?」

 

 シャニーを撫でながらレンに目やれば、彼女も小さく頷いている。

 時は来た。二人は今夜にでも向かうことにした。こういう話に詳しいであろう賢者の許へ。

 

 

 

◆◆◆

 薄暗い庵の中はびっしりと古代魔導書が棚に並べられている。埃臭い彼らは、狭間を歩く者達をそのまま飲み込んでやろうかと言うほど天井までそそり立つ。

 読書には無関心で普段は本など見向きもしないが、古書特有のどこかかび臭いが鼻をつくその場所でレイサの眼が久々に踊っていた。

 

「うひょー、相変わらず銭の臭いがプンプンする場所だな」

「レイサ、早く歩く」

 

 少女盗賊時代に忍び込んで痛い目を見た場所だが、何度来ても宝の山にしか映らず盗賊魂が疼いて仕方ない。

 子供のようにはしゃぐレイサを一回り下のレンが引いていく。声を聞きつけてきたのか、向こうから腰の曲がった白髪の老婆が杖を突いて歩いてくるのが見える。

 

「何だい? 死臭をプンプンさせた奴が来たと思ったら、おまえかい」

「冗談キツいね、相変わらずばーさんは」

 

 孫を出迎えるには余りに過激な言葉を投げつけてくるが、前科があるから仕方ないのか。

 今もレイサの目に映っているのは、希少価値も飛び切りの一番高額な最上級古代魔(ゲスペンスト)導書のようだ。それを庵の主ニイメは見抜いているらしく、杖で孫の頭を引っ叩いた。

 顔をしかめるレイサを押しのけてレンがぺこりと頭を下げる。

 

「師匠、お疲れ様です」

「おお、レンかえ。今日はリザイアの研究でもするかい?」

 

(え、エライ態度が違うじゃないか……)

 

 レイサは婆の明らかに綻ぶ目元を見て思わず口元を歪めた。レンとは四月ごろからの付き合いだからまだ一年経っていないのに、ニイメのこの心の開きぶりは信じられなかった。

 こんな孫を見るような目を見たことは無かった。ニイメとの約束を守って一度も欠かさず魔道研究に勤しんできたレンと、毎日昼寝三昧の盗賊では無理もないか。

 なら、レンから言って貰った方がよさそうだ。彼女にウインクして背を押してやる。

 

「師匠、私のリーダーを助けてください。師匠しか頼れる人がいないの」

 

 唐突な愛弟子の言葉に最初は首を傾げたニイメだったが、悲痛に歪む彼女の言葉に耳を傾けるうち、彼女は二人を庵の奥へと案内して座らせた。

 用意した暖かい茶に心が落ち着いたか、次から次へとリーダーの異変がレンから溢れ出し、助けて欲しいと何度も何度も銀髪が揺れる。

 

「ほう……、そりゃ興味の湧く話だね。あたしも話に聞いたことがあるくらいだけど」

 

 ニイメがようやく口を開き、ほっとする二人。もしニイメまで知らなかったら八方塞になるところだ。

 知ってさえいれば、後は知識欲が彼女を動かしてくれる。そういう人だ、ニイメと言う研究家は。

 

「聞いたことあるのか。さすが伊達に六十年以上生きてるだけあるね」

「自然魔法は専門じゃないから、アテが外れるかもしれんがね」

 

 おだてるようにレイサは褒めるが、ニイメにふんと鼻で笑われた。

 ここまで露骨に態度を分けなくてもいいとも思うのだが、今回ばかりはこの意地悪な婆さんに感謝するしかない。魔法のまるで分からない自分では、あの子を助けてやれないのだ。愛してくれる者など居なくなったこの世界で、好きだと言ってくれたあの子の事を任せられる人は、自分を闇から引き揚げたこの婆しかいない。

 

「悪いね、ばーさん。いつも面倒ごと持ってきちゃって。肩くらい揉むよ」

 

 さっそくニイメの背後に回って肩を揉む。相変わらずニイメの顔はツンとしたままで、おまけに憎まれ口まで叩いてきた。

 

「別にあんたの為じゃないさ、可愛い弟子の為だよ」

「ハン……。……ありがとよ。ばーさん」

 

 何かして欲しければ、まず自分がしなければダメだという事か。それをいつでもできる者たちが羨ましい。お互い素直でないからいつもこんな会話しか出来ないのがどうにも歯痒い。

 

「大事なんだろ? そのリーダーの子は」

 

 一つ茶を啜ったニイメは湯呑を置くとしっかりとレンの瞳を見つめて問う。

 答えなど聞かなくとも彼女の瞳で分かるが、その口から聞きたかった。引っ込み思案な弟子が、外の世界でしっかり他人と絆を結んでいる姿を。

 

「私……私たちの大事な人。ずっと私を引っ張ってきてくれた人だから……恩返ししたいの」

「だったら、その子を連れてきな。一刻も早くだよ」

 

 ばしっとお尻へ不意打ちを浴びせてやったら、レイサは思わず体反らせて痛がって見せてくるが、演技ばかり一流の孫など心配するだけ無駄だ。

 ニイメはレイサの腰に手を回してテーブルに屈ませると、二人の目を見て冷たく言い放った。

 

()()()()()()()()じゃ手の施しようがないよ」

 

 見る見るうちに歪んでいくレンの瞳。分かっているなら早くしろと、ニイメの眼が更に厳しくなった。

 魔道を扱う者ならその意味はすぐに分かる。分かるからこそ、口にした言葉も恐ろしくてどこか口ごもってしまう。シャニーが戦っているのは、魔道のそれとはまるで次元が違うとレンは薄々気づいていた。

 

「呑み込まれる……何に?」

「巨いなる精霊の力──さ」

 

 目の色が変わった。挨拶も済ませず珍しく走って庵を飛び出したかと思うと、レンは天馬の嘶きと共にあっという間に見えなくなった。

 残されたレイサも顎で行けとジェスチャーする婆の顔から察し、目つきが変わったアサシンは一瞬でその場から姿を消した。

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