ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
レイサを追い出した十八部隊は部隊長不在のまま実戦経験者のアルマとシャニーを中心に稽古を続けることになった。
だが、罪悪感に苛まれるシャニーは虚ろなまま。
これに腹を立てたアルマが彼女へ武器を振り向ける。
最初は彼女の言う事の意味が分からなかったシャニーだが、中途半端に事を起こして放り出すなと言う意味と知った彼女は飛び出すのだった。
シャニーはそのまま部隊へは戻らなかった。
カルラエ城中を走り回る。廊下も室内も所構わず駆け抜ける。周りからは何事かという好奇の視線を浴びるが、本人は気付いていないのか気にしていないのか。
「あら……? あれはシャニーじゃない。何をしているのかしら」
とうとうその鉄砲玉は姉に見つかってしまった。
妹の腕を掴んであっさり暴走を止めるあたりはさすがに手馴れている。
「こらっシャニーさん、廊下は走ってはダメと何度言わせたら分かるの! もう少し落ち着きなさい!」
「うるさいなぁ、今忙し……げっ、お姉ちゃん?!」
腕を急に捕まれて体だけ飛んで行きそうになった。
おまけに説教までされ、ついついいつも姉にしていたような反応をとってしまう。
その相手が本当に姉だと気付いたのは、相手の顔を見てからだった。
「お姉ちゃんと呼んではダメと何度言ったら分かるの! 大体貴女はねぇ!」
くどくどくど……姉の説教をうんざりしながら聴く。
耳を動かせるなら、こういうときに耳を自分で塞いでしまいたいとすらシャニーは思った。
「もう! 分かってるよ! そんな大きな声で言わなくても分かってるよ」
「分かっているなら直しなさい! 直らないなら分かっていないのと同じよ!」
「そんなすぐ直るわけないじゃん!」
「何年前から言っているのよ! 口答えするのもいい加減にしなさい、シャニー!」
暫くの間、廊下を静寂が包んだ。妹が黙するのを見て、ティトも少し怒りすぎたと反省する。
だが、自分は間違ったことを言ったわけではないと謝るに謝れずにいた。
「へへへ、だーんちょ! ごめんなさい!」
ティトが妹へどう繰り出そうと頭を悩ませていると、シャニーからいつもの人懐っこい顔を見せられてしまった。
彼女にとっては手痛い先制攻撃であった。
「……少しも反省していないようね」
「反省したよ、すっごく。でもね、あたし嬉しかったよ」
いつも叱られれば少しはしょ気る妹が今回はもう笑っている。
それどころか、自分を茶化してくる。その上、今回は叱られて嬉しいと言った。
(……何か変なものでも食べたのかしら)
妹の食い意地を知っているからティトは本気で疑っている。
「だって、お姉ちゃんが久しぶりにあたしの事をさん付けしないで呼んでくれたんだもん」
「あ……」
言われてからティトは気付く。口答えばかりする妹に腹が立っていたとは言え、部下である人間に妹として接してしまった。
「だってさ、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ。そりゃ天馬騎士団の団長ではあるけどさ。お姉ちゃんはいつでも、あたしにとってはお姉ちゃんだよ。さん付けとか、なんか遠い人になっちゃったみたいでヤダよ」
妹は本当に素直だった。素直というか、子供というか……。無垢というか。
肩肘張って生きていることが自分でも分かっているティトは、時々妹の天真爛漫さが羨ましく思えた。
「……何を言っているの。私にとっても貴女は大切な妹よ。前にも貴女はそう私に言わせたじゃない。でもね、今は仕事中なの。礼儀をわきまえなさい。貴女はもう少し……」
「あ、そうそう! 今レイサさんは何処にいるの?」
「え? 武器庫にいるはずよ。って、人の話を聞きなさい!」
ティトが追いかける間もなく、シャニーは走り去っていた。
(……やっぱり反省してないわ……)
追いかける気力も抜けていく。
シャニーは姉に教えてもらった場所を目指して一目散に駆けて行く。
廊下を走るなと姉に注意された事など、もはや頭の片隅にもなかった。
彼女が向かう倉庫ではティトが言っていたとおり、レイサが倉庫の片づけをしている最中だ。
「ったく、ホント天馬騎士団は貧乏騎士団だね。ロクに売れそうな武器を置いてないじゃないか」
その職業柄、目利きに優れている。いくらイリアが貧しいとは言っても、右を見ても左を見ても鉄製の武器しか置いていない。
たまに見つけるよさそうな武器も、銀製かと思って手に取ってみれば鋼製。
天馬はスピードでは竜騎士を凌駕するが、パワーが圧倒的に劣る。このような重い槍は悪戯に機動性を低下させるだけ。
仕方なく、比較的軽量で扱いやすい鉄製の武器を集めて整頓する。
質の良い武器が欲しい。それは誰もが願う事であったが、今のイリアの情勢では叶わない話。
騎士団が多く点在し、小国乱立とも言える状態は一つの騎士団による全土の支配を防ぐ反面、財力が分散して国として強力な基盤を形成する事の妨げとなっていた。
イリアの統一。それはイリアの民の夢である。
イリアの中でも特に人望の熱い聖騎士ゼロットも、なかなか各騎士団を一つにまとめるということに手を焼いていた。
それは人間の性、欲から来るもの。人は、一度手にした力をそう簡単には手放したがらない。
表面上ではゼロットの事を慕っていても、やはり内心では、自分こそがと短剣を忍ばせている。
それが権力人の性だ。レイサはそれを嫌と言うほど知っていた。姉がその中心にいたのだから。
姉の傍にいた部下の殆ども、結局は権力を求めて力を持っていた姉に集っていただけ。
姉はよくイリアの村々を訪ねては、皆の無事を確認していた。その傍らに、いつも部下を従えながら。
その連中は後に皆幹部になっていた。彼らは何とか団長に顔を覚えてもらい、気に入ってもらおうと必死であったに違いない。
その中には、あのイドゥヴァもいた。常にシグーネの傍で愛想笑いを振りまいていたのを覚えている。そして姉の死後、彼女はそれを悲しむ事もなく、次期人事のことに躍起になっていた。
(人間って何でこう汚いんだろうね。私が言えた立場じゃないか。……ん?)
レイサはふと、後ろから聞こえてくる何の警戒もない足音に気付く。
ばたばたと音を立て、全力で走りこんでくるその足音に、彼女は振り向いて身構えてしまった。
「あ! いたいた、レイサさん!」
身構えて損をした。そんな気持ちを顔に表さないように、レイサは元気の塊に対峙する。
「何、私に何の用?」
鬱陶しそうに答えてやったが、シャニーも分かっているらしい。いつものような笑顔では話してこなかった。
「あのね、レイサさん。あたし、レイサさんに謝りに来たの」
そう言うや否や、彼女はレイサに向かって頭を深々と下げた。
レイサはそれをすぐに止めさせようとするが、彼女は止めなかった。
「あの時はごめんなさい! あたし、無責任な事言って。お願い戻ってきて!」
「何で戻らなきゃいけないの? 好きなようにすればいいじゃない」
「だって、レイサさんがいなくなってから、部隊の雰囲気ががらりと変わってしまって……」
そこまで言ったシャニーの口を、レイサは手で塞いで睨みつけた。
「それは違うね。あんた達が変えたんだよ」
シャニーも今回は退かない。自分の口を塞ぐ手を跳ね除けて、頭をきっと持ち上げて言い返す。
「だから! レイサさんに戻ってきてもらえば……!」
何か、頬が熱い。シャニーは今までに感じたことのない感覚に戸惑ってしまう。
頬をレイサの手に打たれていた。彼女は腰に手をあて、威嚇するような格好で呆然と立ち尽くすシャニーを叱った。
「邪魔だからって追い出しておいて、収拾がつかなくなったから戻って来いって? あんたは何て言って謝ったっけ? 無責任で悪かった? 何処まで無責任なんだい、あんたって子は!」
「そ、それは……」
「第一、あんたは私の稽古の内容で良かったと思っているのかい?」
なんて勝手な事を言っていたのだろうか。悔しかった。レイサにここまで言われないと分からない自分が。
しかし、だからと言ってここでしょ気る彼女でもなかった。
「……いえ、あんな内容では、いつまで経っても上達しないと思ってる」
思ったとおりの答えが返ってきた。
「なら、そう簡単に謝るんじゃないね。あんたが私を追い出した理由は、稽古がぬるいからじゃないか。自分の言った事には責任を持ちな。あんたはイチニンマエの天馬騎士なんだろ?」
「でも……あたしが悪い事は……」
「言ったことを即撤回するような奴は誰にも信用されないよ。一度決めた事は、自分で何とかするんだね。誰かにやってもらおうなんて甘い考えは捨てな。叙勲を受けたイチニンマエの天馬騎士ならできるだろ、そのぐらい」
レイサは再び倉庫の整理に取り掛かった。
それ以降はどれだけ話しかけても反応してくれない。それでもしつこく話しかけてくる彼女の首に、レイサはとうとう短剣を突きつけた。
「鬱陶しいね! 一つの事もきちんと出来ないくせにウダウダ言ってんじゃない! まぁ、私は知らないから精々頑張るんだね。イチニンマエのシャニーさん」
シャニーから短剣を離し、そのまま体も突き飛ばした。
その顔は彼女を嘲り笑っていた。出来るものならやってみろと言わんばかりに。
突き放されたシャニーはしょ気るどころか、その反応に逆切れしてしまう。
自分が悪いからとは言え、こんなに謝っているのに、ここまで馬鹿にされるなんて。
「分かったよ! もう頼まないもん! レイサさんがいなくたって、いい部隊にしていくんだから見ていなさいよ!!」
シャニーは来た時より更に大きな足音を立てながら、倉庫を後にしていく。
怒っている事をアピールするように、壁に立てかけてある槍を思い切り蹴飛ばしていった。
その後姿は決意と言うより、意地。肩を張って歩いているのがよく分かる。
レイサはほっとしていた。これはある種の賭けだった。
ここでもし彼女が思惑通りに動かず、しょ気てしまっていたら彼女は間違いなく潰れていた。
人によって叱り方は変わって来る。間違った叱り方をすれば、間違った方向へその人は進んでいく。
褒めることより遥かに難しさに頭を悩ますのは叱る事であり、叱り方。
その人を本当によく見て、よく知っていなければならない。
「やれやれ、とりあえずはうまく行ったね。まぁこれであの子には嫌われちゃったかもしれないけど。……せっかく私の事を好きだと言ってくれる人ができたって言うのに、私って本当にバカだねぇ」
整理したのにシャニーに蹴られてばらばらになった槍を、一本一本片付けながらぼやいた。