ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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シャニーはとあるオジサンをデートに誘う事にします。
もちろんそれはキケンなデート。火遊びどころではない、下手すれば燎原と化すほどに。
でも、そうでもしないと見つけられそうにない。セチと共に剣を握れる術を探すには。

カギとなる彼はきっとやって来る。これだけの“匂い”を漂わせて誘惑してやれば、必ず来る。


第5話 青き妖精

 非番の日、シャニーは両手に武器をとり、狭い家の中を風のように飛び回ってせっせと家事をこなしていた。

 

「ヤッター! 最速更新っと!! 次ぃ!」

 

 洗濯物を篭一杯に詰めて放ったかと思うと奥の部屋へと消えた。戻って来た手に槍……では無くモップを握り、廊下を駆け抜け洗濯物を飛び越していく。

 何とも騒がしい家事風景だが、彼女の後姿から鼻歌が聞こえてくることは無く、常に意識は別のところにあった。

 

「ハッハッハー! 風の妖精のスピードを見るがいい! ササササッーと!」

 

 誰に向かうでもなく得意げにはしゃぎながら旋風の如くモップを滑らせる。

 こうして家事をいつも以上にてきぱきとこなしているのも、午後にとある作戦を計画しているからだ。

 

「あたしってば、やれば出来るじゃーん! さって、準備、準備〜っと」

 

 あっという間に家事を終えた彼女は一息つくこともせず、その足で寝室へ駈け込んでいく。

 しばらく無音が家の中を包み、ようやく出てきた彼女は軍服に身を包んでいた。

 

「お母さん、行ってくるね。最近ね、みんながお母さんに似てるって言うんだ。へへっ、ちょっぴり照れちゃうよ」

 

 姿見でしっかり確認し、帯剣ベルトをもう一度締め直す。ようやく自身でも、この士官着姿を見慣れてきた気がする。

 準備を整え終わった彼女は姿見の中の自分にひとつ頷くと、天馬にまたがり空へと飛び立つ。

 

「皆に守ってもらったんだ。今度はあたしが守る番に回らないと」

 

 今のまま──力を持っているだけでは、いざという時に皆を守る剣にはなれない。

 もう、この前のような失敗は繰り返したくはなかった。十一月の事件を思い出しながら、シャニーはひたすら雪原を目指す。

 失敗しないためにはとにかく準備しておくしかないが、準備するには相応の環境が必要になる。少なくとも、人里の近くではまだ自信が無い。

 

「ここまで来れば大大丈夫かな。ちょっと降りよーよ!」

 

 シャニーがようやく天馬に降下指示を出したのは、カルラエ城から西に遥か遠い針葉樹林帯のど真ん中。

 あたり一面に広がる緑のキャンパスの中に、一点だけ白くぽっかり色の抜けた場所があり、彼女はそこに降り立っていた。

 

「危ないからここに居てね。()()()()()()、逃げちゃっていいからさ!」

 

 相棒が翼の中に包んでくる。守ろうとしてくれているのだろうか。心配そうに見つめる彼を撫でながら語り掛け、木の裏に留めて手を振った。

 雪原の真ん中まで歩いてきたシャニーは、ふうっと大きく息を吸い込み目を瞑った。意識を集中させ、胸元に手を置いてそっともう一人の相棒に語り掛ける。

 

「セチ、お願い。──力を貸して」

 

 少しずつ扉の向こうに意識を伸ばし、その奥へと踏み込んでいく。

 彼女の周りを青焔(エーギル)が包み始め、辺りの景色を蜃気楼のように大きく揺らめかせ始めた。

 少しずつ、少しずつ深淵へ手を伸ばし、奥から伸びてきた手に掴まれたような感覚を覚える。刹那、意識を奪われてしまいそうな卒倒感が襲ってきて、堪らず顔をしかめた。

 いつもならここで止めてしまうが、セチと約束した今日は奥歯をぐっと噛みこみ、黎い深淵へと更に入り込む。

 

「くっ……飛びそう……。このままじゃ、ヤバい……」

 

 自分でも分かる。渦巻くエーギルが、普段とはまるで違う激しい流れで体中を滾り、そして辺りに噴き出していることが。

 その激しさに意識が今にも押し出されそうだが、今日は止めるわけにはいかない。相棒と共にこの剣を握る為にここに来たのだ。

 ここまで“餌”の匂いを漂わせれば、絶対にあの男はやってくる。

 

「ようやく()()()か。風の妖精さんよ」

(来た────ッ!!)

 

 背後の声に一瞥すれば、炭の如く焼けた黒い肌を見せつける長身のサングラス男が仁王立ちしていた。

 普段はあまり遭遇したくない男だが、今日はこちらからデートに誘ったのだ。今にも飛びそうな意識に鞭打って振り返り、戦乙女は強気な笑みを男へと投げつけた。

 

「やっぱり来たね、ソルバーンさん」

「あん?」

 

 普段のビビった顔が無いことにソルバーンは違和感と興奮を覚えた。サングラスを取り、黄金の眼でまじまじ見つめる。

 

(いい面してんじゃねえか……これなら今すぐ“喰って”もそれなり良い味を出しそうだ)

 

 彼女の周りを吹き荒れるエーギル……風刃に包まれる姿はこれまで見た仮初では無い。下手に突っ込めば、それだけでかまいたちの餌食になりそうだ。アレでは矢だの魔法の類は風に巻かれ、もはや目標を失うだろう。

 しっかりと見据えてくるその瞳からは、セチの翠緑の魔力が溢れている。以前ほど彼女の怒りを感じないあたり、どうやら……セチと会話したらしい。

 

「待ってたんだよ、あなたのことを」

(ハン……。力を持てば、使ってみたくなるのが“人”ってわけか)

 

 おまけに彼女は、自らわざわざ舞台を整えたと伝えてくるから愉しみで仕方ない。

 面白い。ようやく、ようやく剣を握る気になったらしい。

 高慢な者共はそれを品性の欠けた“人”らしい愚かな感情だと罵るのだろうが……それこそが生きる道であり、生きる価値だ。高みを目指さない生に価値など無い。

 

「ほう? この俺を待つとは、死地と決めたって事で良いんだな?」

 

 シャニーは思わず剣を抜いた。目の前でソルバーンが嬉しそうに目を瞑り、異能を解放し始めたのだ。

 見る見るうちに彼の周りは発するエーギルで歪みだし、赤く黒いものが燃え上がりだしている。

 ぞっとするほどの闘気と熱波が、ただでさえ飛びそうな意識をこれでもかと揺さぶってくる。こんな男と付き合っていたら、いくら命があっても足りない。

 

「勝手に殺さないでよ。まだ十五だよ。これから人生楽しむんだからさ」

 

 それでもデートに誘ったのは、これから先を楽しみたいからだ。いつまでも恐怖に怯え、何も出来ない屈辱に震えているのは嫌だ。

 それを伝えた途端、ソルバーンの口元がニッと吊ったのが見えた。

 

「という事は、俺を倒す自信があるのか。面白い! さぁ見せてみろ、『妖精』の力!!」

 

 興奮と共に熱波があたりに迸った刹那、爆発でも起きたかのように彼の体から赫灼とした業火が吹き荒れ、一気に辺りの雪を吹き飛ばした。

 以前も見た、黄金の眼を赫々とさせて獲物を見つめる業火の魔人。それが目の前に現れ、ごくりと息を呑む。

 

(底が見えないぞ……。どんなデタラメだよ……)

 

 空すら焦がし尽くそうと延びてくる焔──その強烈さは以前対峙した時と比べ物にならない。九月に叩きのめされた時ですら、彼は手を抜いていたのをハッキリと示してくる。

 普通の人間なら、この熱波だけで火傷を負い倒れているに違いない。セチの魔力が生み出す、全身から吹き荒れるこの風の障壁が無ければ、シャニーにも立っていられる自信はなかった。

 

「────さぁ、血の臭いに咽せ返る、魔人同士の狂宴の(バリトゥード)始まりだぜ!!」

 

 好戦的にこれでもかと吊り上がる魔人の口元を見ても、シャニーは剣を構えなかった。ここに来た一番の目的は、この魔人と戦う事ではないからだ。

 もちろんこちらから誘惑した手前、付き合わずに済ます訳にはいかないが、()()()()が読めないなら最初に持ってくるしかない。

 魔人の眼をキッと見つめ一歩踏み出す。せっかくの獲物を前にマテを喰らったソルバーンが、舌打ちしながらギラギラした目で見下ろしてくる。

 

「戦う前に、教えて欲しいことがある」

「興が覚めちまうぜ。なんだ? 事後まで起きてる自信が無ェのか?」

 

 彼は早く見たかった。ようやく覚悟を決めた風の妖精が宙に舞う姿を。

 待てない、辛抱ならないと渦巻く炎が一層に荒々しく吹き出すが、そんな興奮を冷ますようなことをシャニーが口にした。

 

「ソルバーンさんはどうやってこの力を制御してるの?」

「制御……だと?」

 

 どうやらまだ、覚悟が決まっていないと見える。力を制御しようとする時点で、限界を低く構えているわけだ。

 本質を捉えきれていない未熟な風を前に、ソルバーンは思わず額に手をやって再び舌打ちを始めた。

 そんな苛立ちにシャニーは付き合っては居られなかった。今でさえ、いっぱいいっぱいで、答えを聞き出すまではと気を張っているのだから。

 

「あたしは見れば分かると思うけど……()()()()()なんだ。ソルバーンさんはそんな風には見えないから」

 

 激流に呑まれそうになっているのを、指の二、三本でかろうじてひっかかっているだけの意識。

 目の前にいる好戦的な魔人のぎらつく眼光を見たって、彼も同じ状況とはとても思えない。現に、問うた途端、ソルバーンは見下した眼をぶつけてきた。

 

 ソルバーンにとっては信じられない問いだった。理解できない。契約者のくせに、何故従おうとするのか。

 

「簡単な話だ。()()()()()ばいい」

 

 精霊に契約を結ばせるだけのものを持っているのなら、その力の中に精霊を引きずり込んでしまえばいいだけの事。“持って”いるだけではない、“まんま”の彼女にならそれは簡単なはずだ。

 

「全然簡単じゃないし……。どこまで規格外なオジサンなのさ」

 

 それなのに、まだこんな事を零して己の限界を下げようとする姿はもどかしく、純粋に腹が立つ。このまどろっこしさもまた“人”の愚かしさというわけか。

 

「気持ちに任せちまえばいいだけだ。さっさと目ェ醒まして狂っちまえよ?」

 

 理性など、自分が勝手に作り上げた理想像と比較するルールに過ぎない。

 客観視する自分に縛られた哀れな理想像などに惑わされず、心と認識する向こう側を知り、魂そのものが求める叫びに身を委ねてこそ、理想を越えた至高に辿り着く。

 まだ、この稚き(セチ)は目を醒ましていない。己の叫びにどこかでブレーキをかけ、どこかで拒絶している。

 

「楽しみだぜえ、踊り狂う妖精の剣……全部ぶっ壊しちまえヨォッ!!」

 

 狂喜を叫ぶ魔人。噴き上がる焔が天を鷲掴みにするが如く焦がし、シャニーの髪も顔もすべてを赤く染め上げた。

 

(焔の魔人……。あたしも、()()()こうなる……)

 

 身に任せて……破壊の衝動に預けたらこうなってしまう。

 あまりにも分かりやすい最悪例を目の当たりにして、絶対に自分はこうなってはいけないと確かめた彼女は剣を鞘に納めた。

 それはあまりに臆病で理解出来ない行動に映る。ソルバーンは困惑と共に怒りをその眼に滾らせた。

 

「何でだ、何で自分に枷をする? その力があれば天馬騎士団を牛耳るなんぞ朝飯前……いや? ──イリアをどうにかする事も出来るはずだ」

 

 剣を収めても、見据えてくる瞳は変わらずセチの魔力を湛えている。それでも、戦意をまるで感じない。

 簡単なことだろうに。芯から求める叫びなら、精霊を懐柔するくらい。その叫びに呼応して契約を結んだわけで、セチはそれを待っているはずだ。

 

「あたしの剣は民の為の剣。それが相棒との約束だもん。そんな外れた剣は持ってないんだよ」

 

 まだ目醒めて間もない寝ぼけ眼でも、全てを屈服させる剣としては十分なキレがあるに違いない。なのに、まだこんなことを言っている。

 騎士道とかいうヤツはどうにも嫌いだ。こうやって自身の叫びに蓋をして、退屈で窮屈な人間を増やすだけの箱庭。

 

「もっと愉しむことを知ったほうがいいぜ」

「楽しんでるよ。イリアのみんなを守るために飛び回る毎日をさ」

 

 ソルバーンの助言にシャニーは静かに目を瞑った。

 この男の狂気はよく分かったが、同時に大事なことをしっかりと教えてくれた。ただ、彼と自分では向いている方向が違うというだけ。

 

「あたしの気持ちに任せるまま……か」

 

 静かに自分の気持ちを見つめてみる。

 怒りや憎しみ、不安に寂しさ……そんなもの、一杯あった。自分にはそんなものは似合わないと向かい合って来なかっただけで、いつでも心の中のあちこちに浮かんでいたのがセチと話して分かった。

 でも、それは浮かんでいるだけだ。いっぱいに満る心に浮かぶ泡沫。そんなちっぽけなものばかりを見つけて何も出来ないと怯え、満たしてくれる大切なものも、求めた本来も、強さも弱さも見失った。

 この心一杯に広がっているものは……繋いだ絆。たくさんの人たちの顔が浮かび上がってくる。

 

 彼らが叫ぶ名前はなんだ。

 この数か月、力の前に震え、己を己では無いと言って失っていた自分の名前はなんだ?

 その名を持った者が叫び続けてきたものは何だ? その者に皆が祈ってくれたのは何だった?

 意識がはっきりしてくる……鮮明となった意識が失った名前をしかと掴み取った。

 

(イリアの礎であれ。この剣こそ、あたしの軌跡。この軌跡こそ、みんなの希望を守る暖かな風でありたい……あたしの名は────)

 

「ほう……いい感じだ」

 

 青焔が一気に膨らんだかと思うと辺りを歪める焔の流れはすっと収まり、感情と感情のぶつかり合う烈風は静まった。

 叫びに身を預けたエーギルの流れは清流そのもの。再び開かれた瞳は溢れる魔力で翠緑に光る。

 その光景をソルバーンは満足げに見つめ、進化の瞬間をしっかり焼き付ける。

 

「だが……まだ濁ってんな。もっとだ、もっと高めろ!」

 

 ようやく自分を取り戻した瞳ははっきりしている。だからこそソルバーンは満足しなかった。

 この領域まで来たのなら分かるはずだ。天井など、その蒼天に無いという事を。

 

「掴んだ気はする……」

 

 そんな魔人の咆哮を聞いていないのか、シャニーは翠緑に光る眼で自身をぐるりと見渡すと一つ確信を漏らす。

 先ほどまで飛びそうだった意識は鮮明と戻ってきた。けれど、はっきりしてさらに強くなった、操られているような感覚。相変わらず呑まれたままということか。

 ソルバーンのように呑み込んでやろうとは思わない。望みは、セチと共に剣を握る事。これからまだまだ修行が必要のようだ。

 

「でも……」

 

 静かに剣を抜き脇に構えると、ソルバーンが飢えた笑みが浮かべてきた。そう、だからこそ、彼でなければならないのだ。

 

「一度こうなると、今のあたしには止める術が無いんでね。──とことん付き合ってもらうよ!」

 

 扉の奥へ踏み込む術は心得た。

 だが、一度踏み込んだらもう後ろにあったはずの道は消えてしまう。今までもそうだ。解放した力を自力で収めたことは一度も無い。

 今回も力と同化する術を知るためだけに彼を呼び寄せたわけではない。“後始末”も彼ぐらいでなければ頼めない。

 

「いい反応だ……」

 

 目の前に凛と構える清流に、ソルバーンも興奮を口元に隠せない。久しぶりに暴れられそうな相手の闘志はゾクゾクと沸き立つ焔を激しく揺らめかせる。

 

「これなら少しは燃えられそうか」

 

 轟々と燃え盛り、爆発するように膨らんでシャニーを呑み込もうと手を延ばす焔。周りを駆ける風が炎圧を吹き飛ばす。

 赤の中でもはっきり主張してくる翠緑の瞳は、剣を握りなおして鋒を魔人へ向けた。

 

「苦労が楽しくなるほど苦労しろ、それが苦労ってもんだって師匠にも言われたしね。燃え尽きるまでやってやるさ!」

 

 この剣が一体どこまで業火の魔人に通用するのか……今の内に見ておきたかった。

 九月に戦った時はまるで丸腰も同然だったが今回は違う。呑まれたままとは言え、セチと同じ方向を見つめて握るこの剣は以前とはまるで別次元────天にさえ届きそうでゾクゾクするほどに。

 ようやく取り戻した自分の名を、剣を確かめたい。

 

「ディークか……はっ、らしいな」

 

 教えを宿す剣が今、己の名として新しい道を切り拓く様を見たら、あの男はきっと喜ぶだろう。

 ソルバーンは戦友を思い出して笑うが、すぐにその笑みは蔑みを含みだす。

 

「しかし……こりゃあ騎士の言葉とは思えねえな。私闘は禁止じゃなかったのか?」

「自分の剣を手に入れるために必要なことだから」

 

 結局、妖精が自由に飛び回るのに、箱庭では窮屈過ぎたという事か。

 素直にそう言えばいいのに、こういうところはやはり騎士なのか退屈な言い回しをしてきた。

 

「どのみち、人間じゃないあなた相手に騎士道なんか関係ない」

 

 突き向けていた剣を再び脇に構え直すと、シャニーは咆哮一閃に飛び出した。

 

「行くぞッ、『赫竜』の魔人!」

「“同類”が何を言う。さぁ見せて見ろ『妖精(セチ)』!」

 

(軽いッ。体が軽い……これなら!)

 

 構えを取るソルバーンに突っ込んだシャニーは、今迄の自分とはまるで別人のような体の動きに驚嘆を漏らしながら駆ける。

 身を包む風に体が浮く感覚は、天馬で滑空しているかのようだ。周りを渦巻く烈風でソルバーンの拳から飛んでくる火炎を跳ねのけながら距離を縮めていった。

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