ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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イリア連合会議──今回が新時代の号令となるはずだった。

還ってきた来た盟主ゼロットの高らかな宣言は場の空気を一変させた。
無論、ゼロットの方針は従来より変わっていない。
全ては民の為に──統一国家を目指す中で根幹に置かねばならない礎を再確認しただけだ。
しかし、次期天馬騎士団団長と目されるイドゥヴァの目は焦燥に駆られるのだった。


第9話 孤塁の女王

────2月20日 17時 50分 エデッサ城 大会議室

 

 巨大な円卓を囲む者たちは定刻をひたすら待っていた。

 この規模ともなるとざわめきは無く、あまりにも張り詰めた緊張の静寂が包む。

 右も左も、イリアをまとめる騎士団の長ばかり。ティトはもちろん、フェリーズの姿も向こうに見える。

 その光景を見つめてイドゥヴァはほくそ笑んだ。

 ようやくこの舞台に立てる。時間は掛かったが、隣の目障りな小娘が退団すれば、遂にスタートを切れるわけだ。

 ぐるりと円卓へ滑らせるように視線を一周させていると、ついにイリア連合の長が入室してきた。

 

「今日は天馬騎士団のティト団長から特別報告があったな。お願いできるか?」

 

 定例的な挨拶もほどほどに済ませたゼロットは、早速にティトへと主役を渡す。

 ここまで来て少しざわめきを見せた室内で、イドゥヴァはさらに目を細くし、団長の宣言を待つ。ここで口外してしまえばもう引き返せまい。正式な手続きを待たず決定的となるはずだ。

 震える足元を律し、手を突き静かに立ち上がったティトは、ぐるりと円卓を見渡して一礼すると淑やかな声を会議室に響かせた。

 

「私、天馬騎士団団長ティトは、3月末をもって、天馬騎士団を退団する事となりましたのでご報告いたします」

 

 事前通達の無かった騎士団長達から驚きの声が上がり、会議室内が騒然となった。

 イドゥヴァの視線に気づいて静かに頷くフェリーズは、歴史の終わりと始まりを確かに感じ取っていた。

 ついに潰えることになるのか。初代から代々受け継がれて来た『バリガンの加護』も、この97代目を最後に途絶えるというのか。いや……おそらくは98代目もまたそれを握りしめるのだろう。ただ、振り向ける先がまるで違うだけで。

 

「うむ、天馬騎士団の再建という重責を果たしてくれて感謝している。エトルリアでも頑張ってくれ」

 

 そんな交錯する視線をよそに、ゼロットから退団の経緯が説明されて場は更にざわめいていた。

 イリア三柱のひとつ──天馬騎士団の団長が、大国エトルリアでも五本指に入る名門貴族へと嫁ぐ。エトルリアとの関係を強固にするにはこれ以上無い話で、政略結婚かと口を滑らせる者までいる。

 手をサッと上げ、彼らの声を止めたゼロットは再びティトに視線を移す。もうこの場から、新しい天馬騎士団は始まっているのだ。

 

「後任の団長についてはもう決まっているのか?」

 

 誰もがごくりと息を呑むのもやむをえまい。イリアでも特に力を持つ騎士団の長。その強大な力を一体誰が握るのかによってイリアの進む道は──引っ張られる中小の騎士団の命運は大きく変わってくる。

 十中八九、隣に座っている副団長なのだろうと誰もが思っていた。騎士団の長しか上がることの許されない、この斉いし舞台の袖に上がっているのだから。

 しかし、ティトからの発表は若干に言葉を濁したものだった。

 

「いえ、後任については3月に実施予定の選挙結果に基づいて任命します」

 

 どこまでも往生際の悪い小娘……ピクリと目じりが吊ったイドゥヴァは内心ティトを罵った。

 前回の選出選挙を見れば明らかではないか。自分を差し置いて立候補できる者など誰もいないのだ。それが分かっているからこそ、こうして呼んだはずだろうに。

 何も身動きを取れない小娘の最後の抵抗か。この娘もまた、あの憎い女の血を引いているのだと今更ながらに思わされる。

 

「そうか」

 

 短く受け取ったゼロットは、円卓を見渡して木管楽器のような広く深い声で新生天馬騎士団の、そしてイリアの新たなる出発を宣言した。

 

「我々イリア連合は、これから激動の時代に突き進むことになろう。統一国家建国に向けて、一層に結束を高めていかなければならない」

 

 誰もが視線を他の騎士団の長へと向けている。

 統一国家の建設……にわかにマジョリティへと膨らんだこの議論。

 いつもその中心に据えられてきたゼロット自らの宣言は、それまでの賛成論とは意味が違う。

 待っているのは吸収と合併。

 対等な合併など存在しないだろう。おそらくはイリア三柱に全てが収まることになる。

 自然と場の視線はゼロットやフェリーズへと集まり、フェリーズは相変わらず柔和な笑みを浮かべながらも、その眼は強く遠くを見つめている。

 

「天馬騎士団の担う責任は大きい。頼むぞ、ティト団長、そしてイドゥヴァ副団長」

 

 ゼロットの激励を皮切りに、万雷の拍手を受けてティトが静かに頭を下げて席に着いた。

 もう今日の仕事は全て終わったと、心の声が顔に滲んだのは一瞬。凛とした普段通りの目で円卓の中心に視界を戻す。

 その横でイドゥヴァが深々と頭を下げながら、これ以上無いほどに相好を崩していた。場の反応は……予想通り。これで状況は整ったわけだ。後は着々と準備を推し進めるのみ。

 

「今後、この場を用いて建国に向けた討議を行う時間も増えるだろう。諸君も大いに参画していただきたい」

 

 今まではそこまで大激論が繰り広げられることも無かった。今後は互いの利権をかけ、諸説紛々として雁行のような状態が続くのだろう。

 それは、この部屋の中で納めなければならない。そうでなければ、悲惨な思いをするのは民なのだ。ゼロット自らが声をあげたのは、そこを確かとする為だった。

 動き出した大きな歯車を前に、誰もが覚悟を決めた眼差しを白き円卓に向けていた時だ。

 

「ああ、そうだ」

 

 突然にゼロットが話題を変えるかのように切り出す。「私からもう一つ、今日は諸君に報告することがある」

 国家建設に向け、全ては民の為に──この声を大きくするための大事なピース。いや、現状の外征至上主義に待ったをかける象徴とも言って良い。この場でも散々に批判されて来た若き花々をゼロットは高く掲げた。

 

「先月、我々イリア連合として天馬騎士団の第十八部隊へ、その功績を讃えて銀の槍を贈呈したことを報告させてもらう」

 

 場が再びざわついたことは言うまでもない。

 今まで十八部隊の処遇については、この場でも何度か話題に上がってきた。稼げる金を稼がないその態度から、団長ティトへ容赦ない声を浴びせた者も少なくない。

 そのティトの意志が、盟主ゼロットによって肯定されたのだ。あろうことか、名誉の銀を贈ってまで。

 これまで非難を浴びせてきた者たちが視線に困ったのは言うまでもなく、その中でもイドゥヴァは目にありあり狼狽を映していた。

 あの部隊がまさか……イリア連合の中で存在を肯定されてしまうなど。

 そんな焦燥に駆られた心を煽るような拍手──フェリーズだ。

 

「ほお、素晴らしい。さすが『妖精』ですね」

 

 これ以上無いほどに相好を崩し、自らが十八部隊長へと贈った称号を口にしながら称賛する様は、自身に先見の明があったとでも主張したいのか。

 彼もティトを面直で責めていたくせに、今も大きく拍手するフェリーズをイドゥヴァは恨めしく見つめていた。

 

「うむ。国内軽視は今後国家建設においても重大な懸念となる。各騎士団も事情はあろうが注力をお願いする」

 

 だが、話題はどんどんとイドゥヴァを追い詰めるように進められ、場の空気が変わっていくのが嫌でも伝わってくる。

 たった、たった4人の小娘たちに追い詰められている気がして、彼女の眉間はみるみる厳しくなっていった。

 これでは……これではあの時と同じではないか。ほぼ掴みかけた栄光を掻っ攫った、新進気鋭の青髪。12年前のあの日と……同じではないか。

 その怒りに止めを刺すかのように、ゼロットの声が目の前を通り過ぎていく。

 

「ティト団長。君が様々な苦難に屈することなく着実に積み上げた結果だ。本当に感謝している。後ほど勲章を授与しよう」

 

 イリア連合からの勲章……それはイリアとしての価値観の肯定と称賛。

 一気に周りの白が黒にひっくり返っていく気がして、言い尽くせない程の絶望感がイドゥヴァにのしかかった。

 横ですくっと立ち上がり一礼したティトからは、追い打ちをかけるような声が飛んできて突き刺してくる。

 

「ありがとうございます。残り短い期間ですが、尽力させていただきます」

 

 死してなお……楔を残したというわけか。あの女も、その娘も。

 致命的な一撃を受けたイドゥヴァの耳には、それ以降の議論など何も入っては来なかった。ただ口をわなわなとさせ、行き場を失った視線が円卓の白の中で泳ぐばかりだった。

 

 

 

◆◆◆

 連合会議は定刻で終了した。一人、また二人と会議室を後にしていく。

 最後までゼロットと談笑していたフェリーズもようやく部屋を出ると、そこには静かに頭を下げる赤髪の騎士がいた。

 主よりも余程落ち着いた眼差しに柔和な笑みで返し、先で待っていたイドゥヴァと共にエデッサ城の中庭を歩いていく。

 彼女は重い空気を引きずっていて無言が続く。

 厩舎が大きくなってきた。だいぶ城から離れ、淀んだ空気を払い退けるようにようやく突いて出た罵る声。

 

「何が……建国に向けた懸念ですか。その気になるには早いのではないですかね」

 

 ゼロットは王にもうなったかのような言い草だった。宣言したからと言って、簡単に進まないのは自明の理。

 だがイドゥヴァが口にしたそれは、もはや願望に近いようなもの。ここまで積み上げてきたものを守るには、とんとん拍子に行って貰っては困る。

 主の目に湧きあがる焦りをずっと横目に映していたアルマは堪らず声をかけた。

 

「しかし、十八部隊の処遇については慎重に決定すべきかと」

「分かっていますよ、そんなことは」

 

 本当か?────そんな眼差しを彼女からに向けられていたのだが、まるで気づかずイドゥヴァの足取りは重くなるばかり。

 これまでの論調は追い風。外部圧力も利用して、ティトの実権が失われたタイミングで十八部隊を潰す計画だった。

 こうして大々的に存在を肯定されてしまっては、下手なことをすればこちらの立場を危うくしかねない。

 弱き花々が見せたまさかの棘に刺され、脳裏にはあの顔が浮かんだ。

 

「シャニー……あなたはどこまで私の邪魔をすれば気が済むんですか」

 

 7月の選挙から始まり、11月の事件。そして極めつけは今回のこれだ。

 思い出せば思い出すほど浮かび上がる、団長の座を掠め取ったあの女の顔。シルエットのみならず、あの気質がどうしても母親を思い出させ、苛立ちを噛み砕く口元が震えてくる。

 その存在が、今イリアを味方につけ立ちはだかろうとしている。たった十六になろうかの小娘にまた足元をすくわれるというのか。何度も首を横に振った。

 

「ここまで来て……これ以上邪魔される訳にはいかないのですよ」

 

 計画も次のステップに移らねばならない時が来た。

 ゼロットが宣言せずとも、建国推進派が主流となるのは分かっていた。それが強力に後押しされた今、初動こそが何よりも肝心だ。

 今立ちはだかるのなら────

 

 その決意の眼差しにフェリーズは困惑しながらも、哀れむような、見下ろすような視線を向けていた。

 

「イドゥヴァ殿、そう心配めされるな。『妖精』は貴女の配下なのですよ? どちらに剣を向けさせるも貴女なら自在のはずでしょう」

 

 どれだけの力を持っていようとも、所詮は叙任騎士。二人の間にある力の差は抗いようも無いはずだ。どうしてこうも怯えているのか、フェリーズには全く分からなかった。

 団長こそが生殺与奪の権を握る。殺すことばかりを考えている彼女の心が全く理解できない。あれほどに使える剣も、そうそう無いだろうに。

 

「フェリーズ卿、あなたも11月に思い知ったはずです。彼女にルールなど通用しないのです」

 

 知った風な口を────喉元まで出かけた言葉を飲み込んだが、思わずイドゥヴァは睨んでしまった。

 あの小娘があの事件を知っているとは思えない。誰も知るはずが無いのだ、あの雪崩に巻き込まれて団長が死んだ事件は、誰も。当時の報告書も、誰も入れない地下書庫の奥で氷っているはずだ。

 だからと言って、いつ寝首を掻くか分からないあの剣を傍に置いておくのは恐ろしかった。

 

(直接手は出せない。でも、手遅れになる前に……──ああ、どうすれば……)

 

 焦燥の眼差しは天馬と共にあっという間に西の空へと消えていった。

 

「どんな名刀も……手にした者が愚者ではただの鈍というわけですか」

 

 これはチャンスだ。一枚岩で無い状況で、ゼロットが扉を開けたのだ。

 ()()()のはずが彼女は震えていた。あろう事か、切り拓く剣を放り捨てようとしている。

 やはりあの時、糸目をつけずに投資するべきだったか。フェリーズはその口元から柔和な笑みを消していた。

 間違いなく、新団長の下であの剣が輝くことは無く、下手をすれば母親と共に地下書庫へ永遠に封じられるかもしれない。

 惜しい、実に惜しい。部外者のままとなってしまった今は、そうならないようにただ『妖精』が“下手”を起こさない事を祈るのみ。

 

 

 

◆◆

 一方、カルラエ城に戻ったイドゥヴァは、アルマと共に第二部隊の詰所へと戻っていた。

 その手に宝玉を転がしながらじっと見降ろしていた彼女は、横に立っているアルマにきっと目を向けた。

 

「アルマ、貴女は何かいい手段を持っていませんか? シャニーを大人しくさせる方法を」

 

 これ以上大きな顔をされては、どんどん選択肢を狭められてしまう。何とか手を打たなければ……その気持ちは言葉を選ぶ余裕すら奪って思うまま飛び出した。「弱みを握ったりだとか?」

 彼女の傍にいればいるほど、弱点だって分かるはずだ。あれだけ攻撃してやってもびくともしないのでは別の手段を考えるしかない。

 

「彼女の弱点……ですか」

 

 静かに目を閉じると、必死に剣を振るう青髪の背中が見えてくる。

 彼女に恨みなど無いアルマは、その気になれなかった。ライバルとは言え蹴落とそうとは思えない、あの垣根を作らない朗らかな顔を裏切りたくはない。

 

「強みこそが弱み……でしょうね」

 

 彼女は親友を信じた。両極端な奴だが、弱さ以上に強さを持つ親友なら、弱みを突かれてもきっと戦ってくれるだろうと。

 

「なるほど、そう攻めますか」

「ええ。彼らを盾に取れば、彼女は必ず交渉の場に上がるでしょうね」

 

 妙案を得て、口元がこれ以上無いほどに吊り上がるイドゥヴァの姿は、もはや大蛇と呼んでも過言ではないほど毒を湛えている。

 その眼光を横目に流したアルマの顔つきは鋭い。

 提案はしたものの、自分なら絶対に使わない手でもあった。

 もし、彼女とやりあうなら真正面からぶつかって、参ったと言わせたい。これだけやってきて勝てないのなら、そういうことなのだと覚悟を決めて今まで歩いてきた。

 

「それも一つの選択肢にしておきましょうかね。カードは何枚あっても困りませんから」

 

 しかし、新たな団長は決してそうでは無いようだ。

 本当ならあの女の許へ送ってやりたいくらい、とにかくあの顔は見たくない────いつもイドゥヴァはそう漏らして来た。

 実害も出始めている以上、3月迄に何としてもケリをつけたいのだろう。そうなれば……。

 選択肢が絞られたのか、イドゥヴァの目が徐々に据わっていく。

 なぜここまでの私憤を抱き、八つ裂きも辞さない構えでいるのか。腹心のアルマですら分からなかったが、新たな出発を凶変が襲う予感ばかりが膨らむのだった。

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