ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
レイサを追い出し、部隊を二分する原因になった罪悪感に苛まれていたシャニーだが、
アルマや幼馴染の言葉にもう一度レイサの許を目指すことにする。
だが、その事がさらにレイサを激高させてしまうことになり、
彼女は引き返せない意地と、配属を手にするための独善を突き進むこととなっていく。
──エレブ新暦1000年 6月
「ちょ、ねぇ……何これ、重……っ」
翌日から、シャニーのやり方は一変していた。
ミリアは朝一番にシャニーから手渡された槍の重さに顔を真っ赤にしている。
彼女たちの手に握らされたのは、使い慣れた修練用の槍ではなかった。
「鋼の槍! 天馬騎士ならそのぐらい誰でも扱えるでしょ」
「そうじゃなくて……重いッスよこれ! これじゃ天馬の上で扱えないッス」
「シャニー、あんただってこんなの使ってるの見たことないよ?」
ミリアやルシャナを皮切りに周りから口々に飛んでくるブーイング。
それを彼女は剣の鞘で城の壁を思い切り叩き、大きな音を立てて鎮めた。
「実戦ではそういう槍を使うの! いやなら天馬騎士辞めれば?! ほら、行くよ!」
ミリアとルシャナは顔を見合わせた。
周りもシャニーのまるで人が変わったかのような態度に当然のように疑問を感じて背を追う足取りがぎこちない。
こんな事は初めてだった。疑問に抵抗感も加わった妙な気分で着いていく。
「こんな稽古……厳しすぎてついていけないよ」
シャニーが指示した稽古は、ほぼ実戦と同じようなものであった。
それを真槍でやっているのだから危険極まりない。
実戦と稽古では話が違う。皆、仲間同士へ真槍を突き向けることに抵抗を隠し切れない。
「何言ってんの! このぐらいこなせなきゃ実戦では生きていけないよ。強くなりたくないわけ? もしそうなら稽古から抜けていいよ。こっちだって真剣なんだから!」
皆はまた顔を見合わせ始めた。一体何があったと言うのだろうか。昨日の午後の稽古に顔を出さなかったと思ったら、今日のこの振る舞い。
今まであんなに優しかった彼女がまるでアルマと同じ、いやそれ以上にきつい剣幕で強硬な稽古を強要してくる。
やめたくても、皆はやめるわけには行かなかった。
アルマに見捨てられ、もう彼女しか自分達に槍を教えてくれる人物はいないのだ。
今までも十分真剣だった。だが、それは当たり前。仕事なのだから。
今要求されている真剣は今までのものとは違う。それが実際に何であるのか。具体的には分からなくても皆は肌で感じ取っていた。
「ねぇ、シャニー。どうしちゃったのよ!」
「そうッスよ。そんなイライラしてるなんてシャニーらしくないッス!」
やはりおかしい。そう感じた二人は顔を見合わせてシャニーに駆け寄った。
ルシャナ達は稽古を強行するシャニーを止めようとする。
「あたしは、自分の責任を全うしてるだけだよ!」
彼女は剣を取り、再び向こうで槍をぶつけ合う同僚の下へ天馬に乗って駆けて行ってしまった。
残された仲間も仕方なくそれを追う。何か不安だった。部隊の空気がまた一段とささくれ立っていく。 皮肉にも、それを最も嫌っていたシャニーの手によって。
感情豊かな彼女が何か焦っている事は、誰にでもすぐに分かった。
だが、それが何なのか分からないのではどうしようも出来ない。
「ふ、アイツもようやくその気になったか。これで面白くなってくるな」
その様子を見て喜んでいるのはアルマただ一人。
現状を壊す事を手伝ってくれる、ある程度実力のある人間がようやく動き出した。
(これで私も思う存分志へ突き進む事が出来る)
シャニーたちの様子にアルマが安堵するように再び自分の部隊へ戻っていく。
それを木陰からレイサがずっと見つめていたが、アルマは気付いていないようであった。
◆
今日はあいにくの季節外れな吹雪。流石の上位部隊も吹雪の中では訓練は出来ない。
皆は仕方なく、各地の騎士団や貴族と締結した契約書などの整理をしていた。
非情なまでの単純作業。第二部隊のイドゥヴァたちは整理も程ほどにして、井戸端会議を開いていた。
「よく降る雪ですね」
「まったく。降ってくる物が金なら誰も文句は言いませんけど、雪ではね……」
外で降りしきる雪は、自分達を苦しめる事にしか能がない。
雪がなければ、そう考えた夜が幾夜あっただろうか。しかし、それが叶う事は未来永劫ないだろう。
イリアが夢に対してストイックな考えが先行するのも、この自分達の力ではどうしようも出来ない雪の重みがあるからかも知れなかった。
夢を語る暇があるなら、現実と向き合え。それが一般的な考えになってしまっていた。
そして傭兵という厳しい世界に身を置くことで、いよいよ現実しか見えなくなっていく。命を守るために。
「ん?」
ふと窓辺に移したイドゥヴァの視界に雪の中で動くものが入り、彼女は目を疑った。
新人部隊がいつも自分たちが訓練をしている場所で稽古をしていたのである。
「ねぇ……、寒いよ。無茶しないで今日は休もうよ……」
「止めたければ止めればいい! やる気がないなら降りて!」
その光景は異常であった。こんな吹雪の中、天馬を駆って槍を振る。実戦でもまずありえないほど過酷な事を、新人部隊がやっている。
そして、それを指揮しているのはあの生意気な女盗賊ではなく、団長の妹。
一体何が起きているのか、イドゥヴァは理解できなかった。
「あの子、この頃人が変わったように特訓してるって噂になってる子ですよ。部隊長を追い出してまで」
部下から聞かされ、イドゥヴァは更に違和感を覚える。
彼女は真っ先に独り黙々と作業をしているであろう団長の部屋へ入っていく。
「団長、よろしいのですか?」
「あら、イドゥヴァさん、どうしたのですか?」
「やはり、あの盗賊では皆の信頼を得るには荷が勝ちすぎたようです。団長の妹さんが、レイサを追い出して部隊を指揮しているようですよ」
それを聞いてティトは持っていた契約書類をばさりと落とした。
自分の目の届かないところで、妹がとんでもないことをしていると聞かされて頭が真っ白になる。
望んでいることと全く正反対の事を妹がしているなんて。
「な、なんですって?! 本当ですか??」
「本当です。現に今、この吹雪の中で部隊を引き連れて外で訓練してますよ」
ティトは慌てて窓にしがみつく。そこには、にわかには信じがたい光景が広がって頭がぐわんぐわんとしてくる。
騎士団を統括する立場の中、なかなか彼女らまで目が行き届かなかったとは言え、ここまで深刻な事態が引き起こされているとは思っても見なかった。
「レイサさんは?!」
「あの盗賊なら、倉庫じゃないですか? この頃ずっと何かしてますよ。仕事が無くなったことを良いことにサボっているか、何か企んでいるとしか思えません。早急に彼女も何か対策を立てないと……」
イドゥヴァが言い終わらないうちに、ティトの足は倉庫へ向けて駆け出していた。
一方倉庫では、相変わらずレイサがごそごそしていた。
彼女は手に何か本らしきものを取り、それをずっと眺めている。
その彼女の高い耳が、倉庫へ走りこんでくる足音にいち早く気付いく。
「おや、団長さんじゃないか。“廊下は走るな”じゃなかったのかい?」
彼女は本から目を離すと、走りこんできた空色の髪の女性に声をかける。
珍しく息を弾ませて廊下を走ってきたことに違和感を覚えたが、どうしても茶化してしまう。
「レイサさん、どういうことですか?!」
「んー? 何が?」
「シャニーが……うちの妹が、レイサさんを部隊から追い出して好き勝手やっていると聞きましたが」
「へぇ、あいつ頑張ってんだ。さすがあんたの妹だね」
あまりにも他人事な返答に、ティトは調子を狂わされてしまう。
部下が上官を追い出して部隊を指揮するなど前代未聞だった。
────何をそんな暢気なことを言っているんですか
そう言おうとしたティトへ、レイサが先に繰り出した。
「そんなことよりさ、見なよ、これ」
言われるままに、ティトはレイサが持つ本に目を下ろした。それは古いアルバムだった。
寒いイリアではカビも生えずに、キレイな状態で残っていたようだ。
中をよく見ると、何十期か前の新人部隊の集合写真のページだった。
「これこれ、一番前の列の一番真ん中、これ姉貴だよ」
レイサが指差す場所に座っているのは、若い頃のシグーネだった。
団長のときに見た厳格さはそこにはない。優しそうな笑顔が写真の中で映える、美しい女性。
ティトは、自分の知らない元団長に思わず息を飲んでしまう。
(この瞳……ユーノ姉さんと同じような……優しそうな顔……)
「はぁ、いつからあんな風になっちまったんだろうね。姉貴の優しさは、いつの間にか打算に変わってた。滅多に笑わなくなった。団長になるってのはそういうことなんかな?」
レイサの目は本当に悲しそうだった。悲しいと言うより寂しそうでもある。
ティトは元からそこまで感情を表に出すタイプではないが、自分にもそれが当てはまっている事に気づいた。
この頃笑っていない。
「私はシグーネさんのように優しいとは言えないですが、やはり笑わなくなっています……」
「いや、あんたは気疲れしてるだけさ。姉貴が笑えなくなった理由とは違う。あんたは、姉貴とは正反対だよ。今のところは、ね」
慰められているのかどうかよく分からない。
だが、シグーネが笑えなくなった理由。それが知りたくて仕方がなかった。
シグーネの事は騎士としては憧れていたが、笑えなくなりたくはなかった。
「なぜシグーネさんは笑えなくなったのですか?」
「あんたは知らなくていいよ。少なくとも、あんたが目指してるものを達成できれば、そんな人は出なくなる」
教えてくれなかった。この人はいつもそうだ。自分で考えろという事なのだろうか。
しかし、彼女ははっとした。また、彼女のペースに持って行かれ、本題を忘れかけていた。
レイサといい、シャニーといい、どうしてこうも自分のペースを崩す人間がまわりに多いのかと少し萎える。
「ところで、シャニーが好き勝手やっていると言うのは本当なのですね?」
「あぁ。現状に不満なら自分で何とかしろとは言ったよ?」
「しかしそれでは、レイサさんの立場がないじゃないですか」
すでに末端ではあちこちで噂になっているらしい。
追い出した側も、追い出された側も、黒い噂の種となって嘲笑されていた。
レイサはそんな事お構いなしと言った感じだ。現状の価値観などどうでも良いといった構えである。
「あいつはね、国を好転させる為のいいモノを持ってる。でも、今のままじゃダメだね。壊したのが自分なら、新しく創るのも自分の仕事さ。それは教えた。だから今それを実践してんだよ、あいつは。あいつなりの方法でね」
「でも! いくらなんでもやり方が強硬すぎます。団長命令として止めてきます」
ティトが小走りに倉庫を出て行こうとする。
だがそれが、何か威圧されるような、黒い瞳によって封じられた。
足がすくんで動かない。その瞳の持ち主は、どう考えても後ろにいる第十八部隊長だった。
「ダメだよ、特別扱いはしないんだろ?」
「しかし!」
「確かに、あのままじゃ姉貴と同じ道を辿るね。でも、そこで私たちが助けたら何もならない。自分で自分の間違いに気付かない限り、同じ失敗を繰り返すよ」
団長として、危険な事をする者を放って置くわけには行かない
。だが、レイサの言う事も一理ある。間違いは指摘して、正してやることが親切なのだろうか。
何か、実の姉である自分よりもシャニーの扱いに慣れているようで不思議な感じだ。
「……わかりました。暫く様子を見ることにします」
「なぁに、あいつならきっと上から教えられなくても、周りから教えてもらえるさ。命令と仲間からの指摘じゃ、重さが全然違うからね。だから仲間は大切にしなきゃいけないんだよ。それを忘れかけてる。姉貴のようにね」
レイサはアルバムを勢いよく閉じるとキャビネットの中にしまい、思い切り伸びをしながら倉庫を出ていく。ティトもそれに着いていく。
「ま、何もしない部隊長じゃ、部下が不満に思うのも仕方ないことさ」
「とんでもない。貴女は新人達の事をよく見て、正しい方向へ伸ばそうとしてくれています。でも……それなのにあの子達に理解されなくて、何か不憫です」
ティトはまるで自分のことのように残念がる。
こんなに気遣ってくれているのに、彼女らにはレイサはただ部隊を引っ掻き回して出て行ったとしか映っていないだろう。
「いーんだよ! 悪者を倒して団結すりゃ、いい雰囲気じゃない」
レイサの言葉に、ティトはやるせなさを感じずにはおられない。
彼女は、わざと悪者を演じているようだった。彼女らに花を持たせるために。
「今はね、将来皆を引っ張っていけるような奴がいるかどうか探してんのサ。で、一応見つけたは見つけたけど、どっちも今んとこ大切なものが欠けてるし、光るモノも磨き方が足りないし」
困ったものだと両手を広げる眼差しは優しい。まるで妹を語るかのようだ。
だが、その眼が急に厳しくなる。腐るか伸びるか、勝負に出たのだから今は見守るのみと。
「自分で見つけなければ意味がない。私はそれを後押しするだけサ。だから、もう少しだけ待ってあげなよ。お姉ちゃん」
ティトの肩をポンポン叩くと、そのまま廊下の角を曲がって行った。
彼女には自分の心を見透かされているようだった。
特別扱いはしないと言いつつも、どうしても気にかけてしまう自分。
皆に厳しいくせに、自分には甘く感じて、ティトは恥ずかしかった。
「あー、言い忘れた。あんたも少し休みなよ? 気疲れは病の元だよ!」
向こうから再びレイサの声がした。心に沁みわたる労いの言葉。
ティトにとっては、もう一人の姉であった。
◆
それから暫くして、新人部隊は別部隊かと見間違えるほどになっていた。
シャニーとアルマが中心となって精鋭部隊に勝るとも劣らない鍛錬法を採用し、朝から晩まで稽古に励んだ。
隊員たちはどんどん腕を上げてきている。数ヶ月前まで天馬に乗った事もなかった少女達には思えないほどに。
早く昇格するために、皆必死になっていた。
稽古についていけない者は定時後に居残りで特訓し、皆との差を出来る限り埋める。
その何か殺気立った様子に他の部隊も何か感化させられたようで、いつも適当に済ませる稽古を、修練用の槍から鉄の槍に持ち変えて励む。
今日もその様子を、ニイメがゆっくり歩きながら眺めていた。
カルラエ城は、彼女の日課である散歩のコースの一つ。
最近の変貌はレンから聞いて知っている。
彼女は騎士達が稽古をする様子を眺め、槍と槍が激しくぶつかり合う音を足元の落ち葉をかき回すことで掻き消しながら歩く。
「イリアは変わりつつある……。ここも昔とは雰囲気が違うね。だが……この雰囲気は好きにはなれないね。騎士共は動機と手段を履き間違えているよ」
彼女はブツブツと老人特有の愚痴を漏らしつつ、城壁の周りに沿ってそのままゆったり歩む。
いつもは城に立ち寄って一服してから帰る彼女だが、今日はそのまま城門を素通りして山へ帰っていった。
確かに天馬騎士団は生まれ変わった。だが、生まれ変わって早々に道を踏み外しそうになっている。
しかもそれが、こともあろうに新人達の手によって引き起こされているのだ。
まだ何も知らないヒヨッコたちの行動で騎士団が揺らいでしまうとは、どんな軟弱なのだろうか。
ニイメには騎士団の上層部が何とも言えぬ堕落した日常と暗黙の了解のみで出来ているような気がしてならなかった。
ちょっとした雪崩で決壊してしまうような、そんな脆弱な基盤。
これでは変わったとは言えない。騎士達の心はまとまっていない。ニイメはそう感じていた。
堕ちた騎士達の、馴れ合いとも言える生ぬるい日常。
戦場で統率の取れた行動が出来ず、戦死者が多いというのもうなずける話だ。
天馬騎士団が騎士団として真の意味で生まれ変わるには、まだ時間がかかりそうである。
「きっかけがないとダメだね。きっかけなんて何処にでも転がってる。転がっているきっかけを、石ころとしてみるか、宝石としてみるかの違いだよ」
山の何処からか、仙人の声が聞こえてくる。
彼女は不安でならなかった。このままではいずれイリアは分裂してしまう。
今は騎士団同士が表面上は手を取り合い、イリアの開拓に血心を注いでいる。
だが、その表面上の馴れ合いすらも無くなるときが、このままでは来る。
新人達に期待はしているが、彼女らがあまりにも過激な道へと進んでいる事にニイメはある種の危機感を覚えていた。
堕落した現状を壊す事は大切かもしれない。だが、その壊した先をしっかり考えて居なければならない。
無理を通していれば、それによって生じた歪が大きな災いとなって目に見える形で現われる。そして、人は事が起ってから後悔し、反省する。
それが取り返しのつくことであるならば。