ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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第5話 黎き空の向こうに(後編)

 翌日、目が覚めたシャニーは、すぐに違和感を覚えた。

 なんだか、周りが明るいなぁ。あれ、時計、時計……。

 預けていた柱から身を起こすと、ぼんやりとした視界の正面に映りんでくる時計。……──針の位置、おかしくない?!

 仰天して飛び上がろうとした途端だった。

「ふぎゃ?!」

 ガチャンと大きな音が頭に響いてきて、目に星が走った。お尻を突き出したまま、頭を押さえてうずくまる。机の柱にもたれていたのを忘れていた。

「……~~~~────ッ」

 し、死ぬ……、みんな助けて……。

 うめき声を漏らしても、周りの気配たちは心配するどころかクスクスしている。ちらっと見上げたら、複雑な表情を浮かべている仲間たちと目が合った。

 もうちょっと、心配してくれてもよくない?

 

 おかげで目が覚めたってもんだ。 

 頭をさすりながら、笑って深夜の決戦を仲間に説明する。

 ルシャナたちは最初は嬉しそうに聞き、存続を知るとガッツポーズした。でも、その後に付け加えた、団長に括りつけられた条件を聞くと、誰もが眉間にしわを寄せ始める。やっぱり、そうなっちゃうよね。

「……分かったよ。背に腹は代えられないし、今回は万事休すか」

 飲まなければ十八部隊の存続どころか、部隊全員の身分剥奪まであった。いつもは怒りを口にするルシャナも、ぐっと押し込むように一度口を噤み、そしてシャニーを労った。

「ありがとう、シャニー」

 仲間たちがとりあえず飲み込んでくれてほっとした。

 シャニーは明るく声を弾ませる。

「十八部隊を存続させてくれるって言ってたし、とりあえず良かった、良かった」

 仲間たちと一緒にはしゃぐ。勝ち取った十八部隊の明日に両手を広げて飛び跳ねていると、ミリアが白い歯を見せてきた。

「良かったッス! シャニーの笑顔が戻ってきて!」

「え? あたし?」

「これッスよ、十八部隊の原動力って!」

 ミリアは相変わらず大げさ。でも、やっぱり、嬉しい。

「あはは。なら、ずっと笑ってよっかな!」

 彼らの喜ぶ姿を見て、シャニーは決めた。

 みんなには、あのことは言わないでおこう。イドゥヴァさんに謝ったこと。団長選出戦での行動は間違いだったって。

 今でも納得できたワケじゃないし、思い出したら、なんだかムカムカしてきた……。

 剣を取り、今も歓喜に咲く詰所を後にして室内稽古場へと向かう。

 こういう時は、剣を振って気持ちを落ち着かせるに限る。こんなままの気持ちじゃ、セチに力を貸してもらえないよ。

 

 静かに、しなやかに剣を振るう。暖かな陽が差し込む落ち着いた場に、空を裂く鋭い音が響く。

 分かる。剣が裂く音に、雑味がある。理解している以上に、心がイラついているみたいだ。

 あたしだって、ムカつくことはある。ううん、あたしが一番、腹立ってる!

 たまには吐いてしまおうと、大きく剣を振りかぶった時だ。

「────ッ?!」

 いきなり背後から牙をむく、黒い風が首元を襲った。

 首に食いついてきた短剣を弾いて火花が散る。

 ホント、相変わらずの挨拶だよ。こうやって、油断が無いか試してくるのは一人しかいない。

 振り返ったら、やっぱりいたのはレイサさん。でも、その目を見てウッとなった。

 宿していたのは怒り。ぐらぐら湧きあがる黒いマグマみたいな、ハッキリした怒りで睨まれていた。

「イドゥヴァの軍門に下ったか」

 そして突きつけられた言葉。

 怒っている人は、ここにもいた。もしかしたら、一番怒っているかもしれない。十八部隊として頭を下げたということは、レイサさんにも頭を下げさせたも同然だ。

 シグーネさんを弔いもせずにいたイドゥヴァさんを、嫌っているのは知っている。

「レイサさん……、ごめんなさい。あの時は、ああするしか」

 それしか絞り出せなかった。

 レイサさんやゲベルは、地元カルラエのスラムをはじめとした、闇の住人でしか行けない場所をわざわざ回って嘆願書をもらってきてくれた。その信を踏みにじる行為だったかもしれない。

 だが、短剣をしまってシャニーへ歩み寄ったレイサは、静かに彼女をなで始めた。

「皆まで言わなくていいよ。あんたは最善を尽くした、そうだろ?」

「レイサさん、怒ってないの?」

「ま、思うところはあるけどね。あんな事させて……あの女、出来るものならぐちゃぐちゃにしてやりたいところだ」

 まるで、その場を見ていたような言い方。

 そこまで考えを巡らせてハッとした。レイサさんは、そう言うのが大好きなのを忘れていた。

「ええと……もしかして、イドゥヴァさんとのやりとり、天井裏で見てた?」

「それが仕事ってもんさ」

「じ、じゃあ……──土下座も?」

「思い出しただけで反吐が出るよ」

 体中の筋肉が、凍り付いてしまったかのように動かない。

 あの部屋での出来事は、自分とアルマだけの秘密にしようと思っていたのに。

 何かいい説得方法は無いかな……そう頭を絞っていたら、ふいに笑いかけてきた。

「大丈夫さ、妙な真似はしないよ。あんたがあそこまでして守ったものを、踏みにじるわけにいかないからね」

 そう言ってもらえて、本当に救われた。

 レイサさんやみんなに申し訳ない気持ちはある。

 でもそれ以上に、この戦いは勝って終わったと伝えたかった。決して、イドゥヴァさんになびいたわけじゃないし、軍門に下ったつもりだってない。

 色々とやりづらくなったかもしれないけど、守りたいものは守った。だから、最高の形で終わったんだ。

「あたしは待ってくれている人のために頭を下げたんだ。負けたつもりはないもん」

 ────上等

 レイサさんはふっと笑っている。安心したような顔。きっと、認めてくれたんだ。

 シャニーは春風のように朗らかに言った。

「ようやく掴み取ったんだからさ、これからまた頑張っていけばいいんじゃないかなってね」

 去年からずっと、少しずつ積み重ねてきた希望。

 今まではティトお姉ちゃんに傘になってもらってきたけど、今回は自分たちの力で逆境を跳ねのけた。

 一人前の騎士になって、今度は一人前の部隊になれた気がした。さっきまで心をざわつかせていた怒りが、ふっと消えていく。

 そうだよ、そんなことに気を煩わせている暇はないよね。ようやく、自由に羽ばたけるようになったんだ。

 翼の生えた背中を、レイサさんが力強く押してくれる。

「ああ、あんたが折れない限り、負けはしないよ。ほら、行っといで。みんな待ってる」

 稽古場の外で手を振り名を呼ぶ仲間たちを見つけ、シャニーは妖精のような軽いステップで駆け出した。

 何度も、何度も、剣はこれからも折れるかもしれない。でも、シャニーっていう名の剣は、どれだけ折れても一本しかない。

 折れても、折れても、それを握りしめて立ち上がれば、負けないんだ。立ち上がって掲げることさえ出来れば、みんなが支えてくれて、新しい剣になる。それを、知った。

「みんな、あたし達の誓いはこれからも変わらないよ! みんなにありがとうって言いに行こう!」

 仲間の許へ戻ったシャニーはさっそくオーダーを伝えると、剣をスッと引き抜いて頭上に掲げる。

 春の日差しを受け、輝く銀の剣を見上げる仲間たちの顔も明るい。

 希望、まさに刃に掲げられた光は十八部隊にとって希望そのもの。ルシャナは自身の槍を高く掲げ、剣へと添えて叫んだ。

「給料泥棒と蔑まれようと、信じてくれる人たちの為に戦う。それが十八部隊さ」

 今回は二人にすぐミリア達も加わってきた。若草色の髪を揺らす桃の瞳が自信を拳に突き上げる。

「やっぱりこの四人が十八部隊ッスよ。他の奴じゃ務まりませんって! ウチはリーダーを支えたいし、ルシャナやレンを守りたい」

「ん、絶対に負けない。シャニー、約束守ってくれた。私もシャニーを守る」

 レンは誓いと共に杖を掲げながら、シャニーの右手をぎゅっと握った。

 大事な家族を独りにしない。絶対に守る──その気持ちを受け取ったシャニーは朗らかに笑い、爽やかな声を張り上げた。

「よおし、みんな行くぞー! 第十八部隊、出撃する!」

 本当はこの円陣にもう一人、大事な親友に入って欲しかった。でも、今は違う道を歩む。掲げた武器に彼女の分の想いも込めた。

 掴み取った新たなる初陣を前に、仲間をぐるっと見渡したシャニーは、青空を見上げて皆と誓いをありったけ叫ぶ。

────イリアの礎たれ! 

 新たなる出発を切った天馬たちが、紺碧の空へと吸い込まれるように消えていった。

 

 

 

◆◆◆

 翌週、団長選出選挙があったが、事前の予想通りイドゥヴァの圧勝で終わっていた。

 大抵こうなるから、前団長の指名制になっていたのだが、結局元に戻った形だ。

「イドゥヴァ団長、当選おめでとうございます」

 団長室の机に腰かけるイドゥヴァに、アルマが静かに頭を下げる。

 前回のような祝賀会の予定はなく、団長室にいるのもアルマと配下の第二部隊の面々だけ。

 新たな出発にしてはとても静かで、どこか不気味な空気が部屋を包み込む。

 その気を放つ新団長は、掴みとった栄光を前に武者震いしていた。

「ついに……ついに私が団長に……ふふふ……」

 いつも冷然なイドゥヴァも、この時ばかりは相好を崩していた。

 この瞬間の為に、どれだけ長い時間と、どれほどの屈辱に耐えてきただろうか。

 ようやくに苦労が実をむすび、そして……飛び回る『妖精』にも鎖を繋げられた今、もう邪魔するものはない。

 彼女の手には六枚の紙が握られていた。それは十八部隊の投票用紙。レイサやゲベルも含めたすべてが、イドゥヴァの名前を記していた。

(それが最後の、『妖精』の反抗ですか)

 一枚取り出した紙、それは企画書でよく見てきた筆跡……シャニーのものだ。

 用紙の上の部分が大きくよれて、端がわずかに裂けている。

 出来まい、それ以上は出来まいよ。忠誠を誓ったのなら、それ以上引裂けば、すなわち騎士の全てを引裂くことになるくらい、ようやくあの小娘も理解できるほど成長したようだ。

「早速、各騎士団へ連絡を。アルマ、今夜の会合の手配をお願いします」

「イエス、マム」

 今日からようやく始まるのだ。丸々一年、後れを取ったが、ようやくに。

 あらゆる準備が遅れている今、次の一年で取り戻さなければならない。

 アルマを見上げたイドゥヴァは矢継ぎ早に指示し、最後に彼女を手招きして呼びつけた。

「アルマ。これはまだ内々の話ですが、貴女には第二部隊の部隊長……そして副団長として、私の右腕となって働いてもらいます」

「身に余る光栄、謹んでお受けいたします」

 団長が第一部隊を、副団長が第二部隊を率いる。これまでと一見変わらないが、中はがらりと変わる。

 団長と反目の槍の関係から、腹心と変わったのだ。

 上位二部隊が同じ方向を向けば、それは騎士団全体が同じも同義。まずは、アルマに旧第一部隊の連中の“教育”をしてもらうことになろうか。

 新しい朝の到来を知らせるべく、早速イドゥヴァはアルマと共に詰所を出た。

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