ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
レイサと決裂したシャニーのやり方は翌日から豹変した。
隊員達はリーダーのあまりの変わりように狼狽するが、ついていくしかない。
ついていかなければ、もう頼れる人は誰もいなくなる。
暴走する妹の振舞いを部下から聞かされティトは愕然とする。
事情を聴くため部隊長レイサの許へ行くが、彼女は制止をレイサに止められてしまうのだった。
厳しい訓練が終わり、どの顔も疲労に沈んで会話もろくにないまま帰路に就く。
そんな重い空気を跳ねのけるような気が室内稽古場から伝わってくる。
その中では物陰からじっと部屋の中央を見つめる銀色の瞳。
レンの視界の先では物足らないと言わんばかりにシャニーが一人で黙々剣を振っていた。
その横顔は一緒に武器を探していたつい1か月前とは全く別人。
しまいには怒りを吐き出すような掛け声を上げながら、鬼気迫る様子で振り始めるものだから、一度は手をぎゅっと握って柱にしがみついた。
だがそれではここに来た意味がない。レンは一つごくりと息を飲み込むと稽古場に足を踏み入れる。
「シャニー」
びっくりして顔だけ振り返るシャニーは紅潮し息が上がっている。
だが、それ以上にレンが気になったのは瞳だった。まるで睨むような眼。
「何?」
そう返してくるだけでこちらを振り返ることもない。
「シャニー、最近……ヘンだよ」
背中から槍で突かれたような感覚。感情の起伏があまりなく物静かなレンが、このようにストレートな物言いをしてきたのは初めてだった。
思わず剣を下ろして彼女の方を向く。親友の目は震えていた。
「ど、どうしたの? ヘンってどういうこと?」
「う、ううん。何か……シャニーじゃないみたいって思っただけ」
最近の猛特訓のことを言っているのだろうか。
話を聞こうとしたが、「あっ、ちょっと!」レンは言い終わるや否や駆け出して部屋を出て行ってしまった。
一人残されたシャニーはしばらく俯いていたが、再び構えるとまた大きく叫びながら剣をひたすら振り始めた。
その日も、新人部隊はいつもどおり休む間もなく激しい特訓を続けていた。
他の部隊の大半は傭兵に出てしまっていない為、中庭すべてが激戦の場となっている。
「ね、シャニー。皆で総当たり戦やってみようよ!」
今では大分厳しい稽古についていけるようになり、自信がついてきた。力がついてくれば、それを使ってみたくなる。
「よし、そうだね。やってみようか!」
普通ならここで釘を刺されるのだが、この未熟な部隊長ではそれは出来なかった。
向こうで稽古をするアルマたちのグループにも呼びかけて、闘技場形式の模擬戦を行うことになった。
今日は邪魔な他の部隊も出払っていていない。実戦形式の稽古をするにはもってこいのコンディション。
皆くじ引きで対戦相手を決め、一対一の模擬戦を行う。これも天命か、シャニーはアルマと戦うことになった。
早速彼女らは天馬に乗り、準備を整える。彼女らの一騎打ちが開幕戦だ。
「とうとう、アルマと本気で戦うときが来たね。勝つのあたしだよ!」
「ふん、精々今のうちに虚勢を張っておくんだな」
お互いに相手を挑発し終わらないうちに空中に舞い上がる。
演武かと見間違えるほどの、華麗で熾烈な真剣と真槍のぶつかりあい。皆は見とれていた。
実力をつけてきたとは言え、まだまだ実戦経験者とは比べ物にならない。早くあのようになりたい。彼女らは羨望の的であった。
しかし皆はまだ気付いていない。いや、忘れてしまっていた。彼女らもまだまだ未熟な、自分達と同じ新人であるという事を。
結局、彼女らの演武は数十分に亘り、お互い天馬から降りてのぶつかり合いでも決着はつかず時間切れで引き分けとなった。
互いに久しぶりだった。こんな息が切れるほどに戦ったのは。相応の相手と武器を交えたのは。
もう満足。相手の実力を認め、自分の足りないところを模擬戦で見つけることが出来た。
やはり実戦形式の模擬戦は得るものが多い。理論だけでは絶対に強くはなれない。
だが、この考えが通用するのはある程度実戦を経験してきた者だけであった。
────自分なら出来るし大丈夫。皆にも言わないでも分かる一般的なレベル
それが大きな間違いに発展するとは、このとき誰も思っても見ない。
次々に始まる一騎打ちは内容のあるものばかりで、最近の特訓で取り入れた実戦的な要素をそれなりに戦闘に生かそうとする行動があちこちで見られる。
仲間の目に見えるほどの成長に、シャニーは人にものを教える悦びを存分に味わう。
この方法で間違っていない。皆は自分の指導でどんどん成長している。そのことで、彼女は自信を確信へと変えつつあった。
また二人の天馬騎士が相棒にまたがり宙へと舞って行く。
あの若草色の髪は誰だかすぐ分かる。ミリアはシャニーのほうに手を振った。
今までずっと稽古に付き合ってもらった。今日はいいところを見せて成長をアピールするつもりだ。
それを皆が見上げ、槍と槍が交差する。次の瞬間だった。
「! うぁ……」
片方の天馬騎士が、空中に赤い華を撒き散らしながら落馬していく。
時が止まる。誰もが息を呑み、目を見開いて声さえ出てこない。修練用の武器ならばそんな致命傷を与えられないと高をくくっていた。
「ど、どうしようシャニー!」
皆は落馬してきた仲間を取り囲む。シャニーも気が動転してしまっていた。
(な、なんで?! 穂先には布を巻いてあったはずなのに!)
穂先を覆っていた分厚い布が無い。槍の打ち合いをしている間に外れてしまったのか。
まさかこんなことが起こるとは。急所に攻撃が入るとは予想もしてないなかった。
彼女は動揺しながらも、とっさにある人物が頭に浮かんだ。
「ちょっと待ってて!」
シャニーはミリアの応急処置をアルマに任せ、城へと駆けて行った。
「……何をそんなに慌てる必要がある? このぐらいは想定できるだろうに」
アルマは独り言を漏らしながら、手馴れた様子で止血処置を施していく。
誰かがこのような怪我を負う事は分かっていた。だが、彼女は模擬戦を止めなかった。
「うぅ……。痛いよ……」
「痛いのが嫌ならば、相手の攻撃を喰らわないで済む術を身につけることだな」
そんな簡単に言うなと苦痛の表情を浮かべるミリアへ、出来ないなら死ぬ前に騎士など辞めてしまえとアルマは睨み返した。
傭兵はそんなに甘くはない。怪我をしても助けてもらえる状況は天馬騎士団ではまずありえない。
自分の命は自分で守る。例え部隊内でも仲間の助けを頼りにしてはならない。これは、傭兵騎士として当然のルールだった。
仲間を助ける余裕があるなら、一人でも多く敵を倒し祖国へ1ゴールドでもたくさんの金を送れ。
それが古くからのイリアの慣わしであり、騎士同士の関係を形作る基盤。
昔からのしきたりなど壊してしまえと考えるアルマも、自分の考えに適合するこの慣わしだけは従っていた。
下手な仲間意識で足元をすくわれては本末転倒。それでも、彼女が仲間に稽古をつけている理由は一つでしかない。
「あいつは……やっと分かったかと思ったが、やはりその程度なのか?」
このような応急処置で止まるほどの怪我ではない。
アルマは止血処置も程ほどに済ませ、シャニーの駆けて行った方を睨みつけると、再び槍をとった。
「お前達、何をしている。止血はした。後は専門の人間に任せておけばいい」
皆はアルマの言うことが理解できなかったようだ。
彼女は槍を突き立てて静かに、しかし威圧感を覚えるような物腰で皆に迫る。
「分からないのか? 時間の無駄だ。早く模擬戦を続けるぞ」
アルマは肩で群がる仲間達を割いていく。倒れた仲間を心配しつつも、皆は無言のまま戻っていくしかなかった。
「ミリア、しっかりして」
相棒のレンだけがその場に残り、ニイメから教えてもらったばかりのライブの杖をかざすが、まだようやく下級の攻撃魔法を扱えるようになったばかり。まるで効果はない。
この異様な光景をも、レイサはただずっと物陰から見ていた。助けるでも、突き放すでもなく。
この部隊のリーダー達が足りないものを見つけ、失いかけたものを取り戻すまで。
誰にも理解されず、誰からも評価されない。それでも、彼女は見つめていた。自分が今まで最愛の人にしてきてもらったように。