ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
シャニーが豹変したことで、アルマと共に十八部隊は同じ方向へと向かう事となる。
だが、突き進んだ道はすぐに最悪の形となって彼女たちを飲み込んでいく。
普段なら絶対に採る事がない選択肢を選び続けた先に待っていた。
血が軌跡を描いてミリアが大怪我を負ってしまう。
目の前に突き付けられた現実に狼狽するシャニーの背中をアルマは睨んでいた。
城の中に駆け込む。そのままの勢いで角を曲がり、勢いに任せて目の前にあるドアを思い切り押し開けた。
中の様子など気にかけていられる余裕はない。部屋中を見渡す。
隅であたふたする軍医がいた。マウスに研究中の試薬を投与していた彼は、驚いてマウスごとピペットを床に落としたようだった。
「ねぇ、ウッディ!!」
慌ててガラスをかき集めつつ、逃げるネズミにあたふたするのをお構いなしに、シャニーはウッディを立ち上がらせて自分のほうを向かせる。
三重のアクシデントに体がびくっとなって、彼の頭は目が回りそうになっている。
「うわ、な、何? うわ、シャニーか!」
「何よ、人を化け物みたいに!」
「城の中を移動するときは、静かに行動しろと団長にも言われたじゃないか。少し落ち着けよ」
「別に焦ってなんかないもん!」
ウッディの静止にも彼女の動揺は収まらない。顔が蒼褪めているようにも見える。
彼女に限って病気という事はありえそうにないし、ここまでこちらの事に配慮を利かせないというのはおかしい。
「シャニー、何があったんだ。ゆっくりでいいから話してよ」
ウッディはシャニーの背に手をやり、そしてゆっくりさすってやる。
それをされると何か喉に詰まっているものがとれるような気がして、今まで出てこなかった言葉が一気に口から噴出す。
「あのね! 大変なの! 仲間が大怪我して、出血が酷いの。お願い助けて!」
そんな事だろうと思った。治療の準備をしながら、彼はシャニーからことの経緯を詳しく聞く。
彼女の口からはウッディでも想像していなかった事件が飛び出して仰天した。
「なんだって?! なんで仲間同士でそんな危険なことをするんだよ!」
彼は思わず準備をする手を止めてシャニーに向かって怒鳴りつけた。
彼女が部隊長を追い出し、事実上の指揮官であった事はウッディも医務室を訪れる騎士たちが口にする噂で知っていた。
だが、そんな彼女がまさか真剣で切り結ぶことにゴーサインを出すとは思っても居なかった。
医者であるウッディにとっては、仲間同士で武器を振りあうと言う事だけでもやめて欲しいことなのに。
「だって!」
「だってじゃない! ……言い合っている場合じゃない。早く患者を連れてきて。ベッドの用意をするから」
シャニーは泣きながら部屋を出て行く。何か焦っている。ウッディはそう感じていた。
そんなに患者が重症なのか。いや……それだけではない。彼女の焦りはそのことによるものだけではない。
むしろそのことのほうが大きなウェイトを占めているかもしれない。
幼馴染の勘とも言うべきウッディの第六感が、そうささやいて止まなかった。
暫くして、十八部隊のメンバーがシャニーと共に怪我をしたミリアを運んできた。
皆でベッドに寝かせ、ウッディの治療に全てを任せる。彼は止血している手拭を解くと目を疑った。
「……急所だな。幸いそこまで傷が深くないから命には別状はなさそうだ」
彼は丁寧に消毒と止血をし、容態が落ち着いたら縫合すると皆に説明する。
皆は命に別状がないことを知ると、安堵のため息に潰れそうになった。
しかし、ウッディには疑問だった。それは周りにいる騎士達の人数。十八部隊は、もっと多くの人間が所属しているはずである。
「他の皆は?」
「稽古してる」
シャニーのさも当たり前かのような返答にウッディは腰が抜ける。
仲間がこんな目に遭っているのに、まだ同じことをしている者達がいるのだ。
「大丈夫そうだし、あたし達も稽古に戻ろう? さっきの続きから行くよ」
「えっ」と周りが一度シャニーを見つめるが足取りは変わらず出口を目指す。
そのシャニーの言葉に、とうとうキレてしまったのはウッディだった。
「なんだと!? またお前は仲間に剣を振ろうというのか! 何を考えているんだ! 天魔に取り付かれたか!」
「だって! だって……皆が強くなる為には実戦形式での稽古を積まないと……」
「ふざけるな! 仲間同士で殺しあってまで強くなりたいのかお前は! 見損なったぞ!」
ウッディのいつもと違う様子に、シャニーも動揺してしまう。
彼の言うとおり、自分のやり方が強引過ぎる事は彼女にも分かっている。
しかし、それでもその方法を強行するしか道はない。
部隊として皆に、レイサに認められるために。初めて置かれた状況にどうしていいか分からなくなっていた。
「あたしはあたしの責任を果たしているだけだよ!」
隊員たちは当初からこの言葉に疑問を持っていた。
前にも聞いたこの言葉。危険な稽古を強行しようとした彼女を皆が止めようとした時に放たれたものだ。
「ふざけろ! 何が責任だ! 何が強くなるだ! お前の責任は、仲間を犬死させることなのか! 部隊長を追い出してまでしたかったことはそんなことか!」
穏やかというより抜けた感じのあるウッディは、いつもシャニーの尻に敷かれている状態だった。
その彼が今、声を荒げてシャニーを睨みつけている。
周りもぱっと見の印象と違う軍医の様子に、ただ状況を見守るしかない。
「あたしは部隊長に誓ったんだ。部隊を立派にしてみせるってね。そのためには、強くなって皆を見返してやらなきゃいけない。強くなる事は、あたし達にとって大事なことなんだよ!」
────給料泥棒さん
今でも頭にこびりついて離れない言葉。あんな屈辱を受けるのはもうたくさんだ。
早く強くなって、正式な部隊に配属されたい。その気持ちがどんどん口調を激しくさせる。
「強くなれば皆にも認められる。戦場でも戦死しなくて済む。戦わないウッディには、あたしの気持ちなんて分かるわけがない!」
「分かるわけないだろ! そんな歪んだ考え!」
机を拳が叩きつける音が医務室に響く。シャニーの怒りをウッディが一閃していた。
「たとえお前が世界中から認められようとも、そんなやり方をしている間は、僕はお前を認めない。それ以前に、そんな狂気的なやり方じゃ、誰も認めてはくれないと思うがな!」
とうとうシャニーも頭に血が昇ってきた。こうなってしまうと、周りの意見など全く耳に入らなくなってしまう。
「知ったような口利くんじゃないわよ!」
「知った風な口を利いているのはどっちだ! 今はお前しか頼れる者がいないから、皆は従っている。僕はそう読んだけどね。違うのかい?」
皆はお互いの顔を見合わせるが、誰一人としてその考えを否定するものはいない。
今のシャニーは、シャニーではない。皆そう感じていた。
常に何かに背中を蹴り出されているような感じで、自分を攻め立てて行動しているように見える。
自分のペースを崩さず、自分なりのやり方に自信を持っていたはずの彼女が、何かに怯えている。
今までは分からなかったその何かが今では何となく分かるから、ウッディの言葉は否定できなかった。
その場の雰囲気はシャニーにとっては過酷。誰からも自分の味方をするような発言は無く、孤独をひしひしと感じる。
今まで孤独であった事はなかった。常に誰かが傍にいて助けてくれた。今はそんな人間はいない。初めての孤独が、彼女の体を串刺しにする。
耐えられなかった。
「何よ……みんな。みんな、あたしの事悪く言ってさ。こんなに、こんなにあたしは頑張っているのに! あたしは自分の責任を果たしているだけなのに!」
「シャニー、待て!」
彼女は突然駆け出し、ドアを勢いよく開けて出て行った。
その瞳に、悔しさの塊を浮かべて。悟られまいとしていたが、それはウッディには叶わなかった。
◆
その夜、シャニーは城の中庭で夜空を眺めていた。
漆黒の夜空に映える満点の星たち。その中でもひときわ輝くまん丸の月が眩しい。
その美しさに惹かれ、その大きさ、広大さにめまいがしそうになる。
それに比べて、自分は何とちっぽけな存在なのだろう。
妙な意地を張り、その場の感情に惑わされて。
常に輝いて、何があろうと変わらない。そんなものへとても強い憧れを抱く。
師匠もそうだった。何があろうと、どんな不利な戦況だろうと、決して己を崩さない。
自分のように、すぐ感化されて周りが見えなくなるような事はなかった。
「あーぁ……あたし、一体何やってんのかなぁ……」
石段に腰かけた背は丸まり。突いた手にあごが乗っている。
上目使いで空を眺めてみると星は輝き、月はそれらをまとめるかのごとく一層明るく輝いた。
自分も輝いていたい。でも……今の自分はみすぼらしい。
「何のためにあんなことしてんのかなぁ……。強くなりたいから……? 違うよなぁ……」
彼女も分かっていた。何か自分がおかしいことをしているという事は。
あの大人しいレンに面と向かって言われなくたって、そんな事は分かっていた……はずだった。
しかし、それでも自分は間違っているとは思えなかった。
あちこちで十八部隊は酷評されている。見返してやりたい。自分は、ダメな部隊長の代わりに部隊を立派にしようと頑張っているだけ。
少々強引なやり方だが、レイサに誓ったのだ。今更彼女の許へ行って頭を下げるなんて事は出来ない。後戻りできなくなっていた。
何の為に……それは……部隊を強くする為……。本当にそうなのか……。
彼女は自分の心が分からなくなっていた。
いつも自分の気持ちに忠実な彼女が、自分の気持ちを分からなくなっている。
ウッディの言っていた事も、反論はしたが頭の中では同意していた。仲間同士で殺しあってまで、強くなんてなりたくはない。
皆が苦しまずに、仲良く暮らせたらどんなに幸せだろうか。
だが、極寒の国イリアではその願いは叶わない。それを変えようと誓ったはず。
今の自分は自らの誓いに反した行動をとっている。なぜそんな事をしているのか……。
部隊を強くするため。何のために強くしようとしているのか……。戦場で活躍できるようになる為。
結局、イリアを変えようと思っているくせに、戦場での活躍を考えてしまっている自分に腹が立った。
それしか道がない自分が悔しかった。もっと、もっといい方法があるはず。なのに思いつけない。
どれだけ高らかに誓いを掲げても、結局守れないで世間に流されていては意味がない。
むしろでかい口を叩いておいて何一つ出来ないなら、最初から従っているほうがマシにすら思えた。
────イチニンマエなら出来るだろ
レイサの言葉が蘇り、シャニーは唇を強くかみ締めた。
不意に背後に人の気配を感じ、シャニーは驚いて後ろを向き、身構えた。
(あたしは……何をこんなに追い詰められているんだろう)
シャニーは背後に現われた人物の顔を確認するや否や、自分の手が思わず剣にかかっていることに気付く。
全く警戒する必要のない相手にまで、身構えて武器を取ろうとしている。
心に余裕が全くなくなっているのが、自分でも嫌というほど分かった。
「シャニー、探したよ」
白衣を着た幼馴染が、分厚い本を手に自分の横にあぐらをかいて座り込んだ。
彼女は剣から手を離したものの、今最も会いたくない相手が横に座ってしまい、何ともしがたい雰囲気になってしまう。
そんな彼女の様子に気付いたのか、ウッディは本を置いて立ち上がり、彼女の手をとった。
「シャニー、昼間はごめん。みんなの前で怒鳴りつけたりして」
手の温もりを感じる。この温もりに、シャニーの凍りかけた心がいとも簡単に解けていった。
「謝らなくていいよ」
「いや、あんなみんなの前で怒鳴ったら、お前の居場所がなくなることぐらい少し考えれば分かることだった」
ウッディは何でも自分のせいだと思い込む悪癖がある。
シャニーはそれが分かっていたから、今回もきっとそんなことだろうと最初は思った。
たが、いつも以上に真摯な態度に何かを感じて気づいたら謝っていた。
「あたしが悪いんだよ。あんなやり方がおかしいのは……あたしだって分かってるよ……」
「なら! ……ごめん。なら何で……止めないんだよ」
彼はシャニーの目を真っ直ぐに見つめる。彼女が悩んでいる事はずっと知っていた。
いつも眩しいぐらいに輝いて真っ直ぐこちらを見つめてくる彼女の瞳が、暗く沈んでこちらを見ようとしないからだ。
感情を隠す事は難しいことだが、特にシャニーは苦手としている事を知っている。
「それは……あたしにも分からないんだ。ねぇ、ウッディ、あたしは……あたしはどうすればいいんだろう。皆に嫌われちゃってるのかな……」
瞳を潤ませる彼女にウッディも焦ってしまった。
滅多に泣かない彼女が、自分の前で不安に心を押しつぶしそうになっている。
シャニーの肩を引き寄せ慰めてやる。いつも自分を尻に敷いている彼女だが、こういうところはまだまだ未熟だった。
そのまま肩を持って座らせる。しばらくそうしていると、やっと泣き止んだ。
「シャニー、お前が一生懸命なのは分かるよ。苦しいくらいにね」
「……ホント?」
ウッディの言葉に、シャニーは救われた気持ちになった。
誰からも認められない、理解されない苦しみに心のやり場を失っていた。
周りの目、幼馴染に置いて行かれる不安、レイサに見放された喪失感……。
愛されたい、認められたいという気持ちが人一倍強い心は焦り、仲間から認められなくても、この方法しかないと自分自身を追い詰めては、また孤独を稽古で埋める。
悪循環だった。人は愛されたくて壊れていくものなのか。
「あぁ。そうだ。この本を見てみなよ」
ウッディは思い出したように、先程地面に置いた本を手に取る。どう見ても学術系の分厚い本だ。
シャニーはウッとしてまう。勉強は嫌いだった。騎士になれば勉強しなくて済むと、心の片隅で思っていたことすらあるほど。
「なによ、これ」
「そんな顔しないでさ、ちょっと見てみてよ」
ウッディはその分厚い本をぱらぱらと手馴れた手つきでめくる。彼は何か挿絵のあるページを見つけ、そのページを彼女に見せた。
「うっ?! な、何なのよ、これ……」
見せられた挿絵に、思わず口を手で覆った。それは医学用の人体解剖図だったのだ。
全く知識のない彼女には、人の体がバラバラになっている絵など衝撃がきつすぎる。
例え戦場で首が飛ぶ瞬間を見ている彼女でも、それとは違う戦慄が走る。
ウッディは驚くシャニーに色々と説明していく。人の体のつくりや、仕組みを。
難しい事は分からないにしても、彼の分かりやすい説明に何となくではあるが話についていく。
「へぇ……人間の体ってうまくできてるんだね」
「そうだよ。人の体こそが、一番の魔法だよ。これほど不思議で神秘的なものもない」
シャニーは、ウッディの瞳が輝いていることに気付く。
やはり自分の知識を人に広める事は、学者精神旺盛な彼にとっては至福のときのようである。
「あたしもこんな風になっていると思うと、すこしゾクっとするけどね……」
「当然そうだよ。お前が生きている限り、心臓はずっと動き続けるし、脳は働き続ける。腸だって……」
「いやぁ、あんまし聞きたくないかなぁ」
シャニーはウッディの語りを必死で止める。彼女にとっては気味が悪いだけ。
言われたとおり話を止めたが、彼は真面目な顔で彼女を見つめた。
「なによ?」
困惑の眼差しを向けるシャニーに、ウッディは再び顔を彼女から離し、夜空を仰ぐ。
「でもね、これだけ精巧でも、ちょっとした事ですぐ機能しなくなってしまうんだ。病気になったり、年老いたり……。昨日まで元気だった人が、今自分がどうする事も出来ずに、神の許へ旅立っていく。……儚いとは思わないか?」
ウッディは研修生時代から、多くの人の死を見つめてきた。
どれだけ自分が勉強し知識を積んでも、どうする事も出来ない、人の死。
医者であるウッディにはそれは認めることが出来ないものだった。
「僕が戦を嫌うのは、そんな儚く、大切な命の炎を簡単に吹き消してしまうからだ」
彼の真顔にシャニーは返す言葉がなかった。今日、その大切な命の炎を吹き消しかけた張本人なのだから。
「死んでしまうこと。それは人が生き物である以上、未来永劫不可避だ。でも、人が私欲の為に、他の人の命を握り潰すなんてことは絶対に許せないよ。だって、どんな偉い人でも、どんな悪人でも、命の大切は変わらないよ。たった一つの命だもの。皆エリミーヌ様に祝福された“この世でたった一つ”の輝きなんだもの」
何を言われているかはっきりと分かる。
彼が話している間から既に瞳は揺れていたが、最後まで聞き終わるともう辛抱できずにシャニーは下を向いて泣き出してしまった。
「ごめんなさい……」
顔を手で覆い泣き崩れるシャニーを、ウッディはその背をさすって宥める。
そして顔を上げさせると、指で涙を拭き取りながら静かな笑みを浮かべた。分かってもらえればそれだけでいい。
「謝る相手は、僕じゃないだろ?」
シャニーは泣くのを止め、彼の笑顔に真っ赤な目のまま頷く。
自分の悩みが幼馴染の言葉で吹っ切れ、誤った道を歩んでいることを再度認識させられた。
今しなければならないことがボンヤリではあるが分かったような気がする。
それは、これからもずっと根底に置かなければならないことだと、幼馴染に気付かされた。
もう泣いてはいられない。涙を払った顔にはいつもの笑顔が戻ってきた。
「ありがとう、ウッディ。やっぱあんたはイイヤツだね」
「よせやい。お前のしょ気た顔なんか気味が悪いからな」
「何よ! 前にも行ったけどねー、あたしは悩み多き乙女なんだから!」
ウッディは聞いていませんと言わんばかりに目線を横に逸らす。
彼女は当然の如く顔を膨らませて、こっちを向けようと彼の耳を引っ張った。
いつもが戻ってきた気がして、耳に伝わる感触を、指先に触れる感覚をお互いに感謝する。
どのくらいそうしていていただろうか。しばらくして、二人は城の方へと歩みだしていた。
「正直さ……ウッディに嫌われちゃったかな、って思ってたんだ」
シャニーは照れながらも安どの表情を浮かべつつ幼馴染を見上げた。
今まで大切にしてきた仲間に突き放されたあの瞬間。あのときの気持ちは言葉には表せない。
────本当に、仲間が突き放したのか? 先に突き放したのは……自分ではないのか?
自分が悪いと分かっておきながら、意地を張って謝る事も出来なかった。
そんな自分とは対照的に、彼は自分の気持ちを読み取って優しく諭しに来てくれた。
同い年のウッディが、自分よりはるかに年上に感じてしまう。
いつまでも幼い自分が情けなかった。一人前と豪語していた自分が。
「嫌うわけないだろ? お前と僕はずっと、友達じゃないか」
「皆は……」
「皆が従っていたのは、君しか頼れる人がいないからだと昼間は言ったけど、ホントは違うと思うよ」
ウッディはシャニーの背中をさすってやる。彼の手は魔法の手だ。何か気持ちが和らいでいくのが分かる。
「シャニー。人を従えるのは力じゃないと僕は思うよ。確かに、力は人を表面上は動かせる。けど、もっと大切なものがあると思うんだ。以前のお前はそれを持ってた。でも、今のお前は失いかけてる。特別何かをする必要はないよ。焦りを捨てて、今までどおりのマイペースなシャニーで居ればいいんだよ」
「今までどおりの……あたし?」
「そうさ。大切なのは力じゃないよ。心さ。目に見えない強さだよ。心の強さってさ」
随分くさいことを言う。シャニーは心の中でそう思った。
だが、次の瞬間、自分の心の中で何かがはじけるような気がした。
目には見えないけど、皆が持っている心。皆が持っているけど、何を考えているか分からない心。
自分は、自分の心の赴くままに、周りに形振り構わず振舞っていた。相手の心を、自分の心で踏み躙っていた。
────戦は、命を握りつぶす
命の象徴とも言える他の人の心を握りつぶしていた。しかもこともあろうに指揮官という立場を使って。
(今のあたしは……最悪だ)
他人の心に敏感であったはずの彼女が、いつの間にかそれを忘れかけていた。
動機を正当性と履き違え、仲間を自分の目的の手段として用いようとしてた。
心の奥でうごめいていたものが何か見えた途端、自分自身が怖くなる。今まで知らなかった、自分の悪い一面。
しかし、それでしょげている時ではないと己を戒めた。
自分の悪い一面を幼馴染が教えてくれたのだから。もう二度と、同じ過ちは繰り返すまい。彼女はそう心に強く命じる。
自分の、いや騎士の目的は戦うことではない。精鋭部隊で活躍することでもない。
部隊長や団長が望み、また自分も目指したい何かが、彼女には輪郭だけではあるが分かったような気がした。
「……あたし間違ってた。皆は許してくれないかもしれないけど、きっと頑張って見せるよ」
「いや、皆許してくれるよ。それどころか、きっと早く帰ってきて欲しいと思っているよ。前みたいな笑顔でね」
ウッディの励ましに、彼女はニカっと笑って見せて彼の手を掴むと、振り切れんばかりにぶんぶん振って城へと戻っていった。
────力さえあれば、簡単に人など動かせる
────人を動かすのは力じゃない、心だ
今までずっと、アルマの言葉に疑問を持ちながらもそれを否定できず歩いてきて、ついには自分も同じ道を歩みかけていた。
それを防いで、自分の疑問を吹き飛ばしてくれた幼馴染の言葉をかみ締めながら。