ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前話のあらすじ

模擬戦で大怪我を負ったミリアを医務室に運び込んだシャニー達。
軍医ウッディは彼女のやり方に激昂し、シャニーは飛び出してしまう。
その夜、シャニーは一人で悩んでいた。何故こんなことをしているのか、自分でも分からなくなって。
その場に現れたウッディは今までの過ちを認めて前を向くように諭す。
シャニーが持っていた、そして失いかけている輝きの復活を皆が待っていると背を押して。


第6話 憧れの人

 長く眠れない夜を越えて、翌日登城したシャニーは皆を集めた。

 やはり皆不安げな顔をしている。今までなぜ、こんな顔をしている仲間たちに声をかけてあげられなかったのだろうか。

 己の愚かしさを噛みしめ、自然と膝が地に着く。

 

「皆、今までごめん! あたしは、大切なモノを見失っていたよ。いくら強くなりたいからって、皆に認められたいからって、仲間同士で本気で殺し合いをするなんて……。バカだった。ホントに……ごめんなさい」

 

 皆は朝一番でシャニーに集められ一体何事かと不安がっていたが、彼女の言葉を聞いてほっとしたようだった。

 シャニーの顔からは昨日までの殺気立った気配が消えていることが分かり、重く喉に痞えていたものが剥がれ落ちるように、ルシャナが声をかけシャニーに歩み寄る。

 

「私たちもあんたに頼りすぎてたよ。同期で仲間同士だったはずなのに、いつの間にか上下関係みたいになってさ」

 

 こんな惨めな幼馴染の姿は見たくなかった。膝をついて頭を下げるシャニーの手を取り立ち上がらせた。

 

「あんたはいつでも元気で優しくて、足を引っ張ってた私たちにも色々教えてくれたから、ついつい頼っちゃった。でも、何もかもあんたに任せっきりになっちゃって。私たちこそごめんなさい」

 

 心が解けるような言葉をかけながらさっと差し出された手。

 顔を上げるとそこにはルシャナの微笑みがあった。その奥では仲間たちが涙を浮かべて安堵の表情を浮かべている。

 

「でもよかった。あんたが帰ってきてくれてさ」

 

「みんな……」

 

 ウッディの言ったとおり、仲間は受け入れてくれた。ひどい仕打ちをした自分を温かい言葉と眼差しで。

 凍てついた心が動き出す。もう涙を堪え切れない彼女を仲間たちが皆集まって肩を支える。

 

 彼女達も昨日シャニーが部隊から消えてから、皆で集まって話し合いをしていた。

 あいつに聞けば分かるから……最初は軽い気持ちだった。それが日常化していくうちに当然になってしまった。

 自分で考えるということをすっかり忘れて。彼女達の心の中で、レイサの言葉が何度も響いていた。

 

 ────新人は、考えることが仕事

 

「あたしはようやく分かったよ。今までみたいな事をしてても、絶対あたし達は真の意味で成長できない。あたしはバカだった。散々忠告してくれたレイサさんまで失望させて……。もう一度、レイサさんに謝ってくる」

 

 レイサが居るであろう倉庫へ一歩を踏み出そうとした手に伝わる温かい感触。

 仲間が彼女の手を掴んで、振り向いた彼女の目を皆で見つめていた。

 

「あんたが行くなら、私たちも行く。もう、あんただけに責任を負わせないよ」

 

 何もかも被せて、自分たちは従っていればいいだけ。

 幼馴染を追い詰めた責任は自分たちにもある。ルシャナが彼女の手を握り、もう片方の手をレンがそっととる。

 

「ん、仲間」

 

 嬉しかった。嫌われたかもしれないと、登城するまでずっと不安で胸が潰れそうだった。

 でも、仲間は自分の事を頼りにしてくれていた。帰ってきてくれて嬉しいと言ってくれた。仲間だと言ってくれた。

 またしても崩れ落ちる。一方通行な頼る、頼られるの関係には決してないものに初めて気付く。

 いや、昨日の自分達にはない何かが、きっと新たに生まれたのかも知れない。

 彼女たちは新たな誓いを胸に、新たなスタートを切るために城の中へと消えていく。

 アルマやその一派がじっとその光景を眺めていると、イドゥヴァが彼女らの様子を見に来た。

 

「おや、アルマ、おはよう」

 

「これはイドゥヴァ部隊長、おはようございます」

 

 アルマはイドゥヴァに頭を下げ、それをイドゥヴァは目を細めて笑みを浮かべる。

 

「どうしたのです? 貴女に珍しく城の方など眺めて」

 

「いえ、部隊長の御気を煩わせるほどでもありません。無責任な人間がいたので少し残念に思うだけです」

 

「シャニーですか……、まぁ彼女もそのうち気付くでしょう。それより、団長にはうまく説明しておきましたよ。これからも十八部隊を……そして例の件、頼みますよ」

 

「はい、お任せください」

 

 再び頭を下げるアルマを見下ろし、イドゥヴァはまた笑みを浮かべて自らの部隊へと踵を返す。

 頭を下げながら、アルマもまたイドゥヴァの後姿を見て不敵な笑みをこぼしていた。

 

 ◆

 シャニー達は真っ直ぐ倉庫を目指す。集団で廊下を駆け抜けていく様子に誰もが何事かと振り向くがお構いなし。

 地下へと続く階段を駆け下り、角を曲がる。中から音がする……一層足取りは早くなる。

 

「レイサさん!」

 

 倉庫を整理する盗賊へ最初に声をかけたのはシャニーだった。

 彼女の声に、呼ばれた方はゆっくり声の主のほうを向いた。

 

「どうしたの、あんた達。朝っぱらから深刻そうな顔してさ。誰か死んだの?」

 

 軽く冗談を飛ばしてくるが、今日はそんな冗談に乗るような気分ではない。

 シャニーは仲間たちの一歩前に出るとすぐに頭を下げた。

 

「レイサさん、好き勝手してごめんなさい!」

 

「何で謝るのよ? あんたに部隊を任せたのは私じゃない。好き勝手やって良いんだよ?」

 

 レイサが再び整理に戻ろうとするのを、シャニーは彼女の目線の方へ回りこんで止め、彼女の目をしっかりと見つめて再び話しかけた。

 

「あたし、間違ってた。皆に言われてようやく分かったよ。あたし達の役目は戦うことじゃないって。戦は民を握り潰す。戦以外で、民を守る方法を探さなくちゃいけないんだ」

 

 レイサはシャニーを制止せずに黙って彼女の言葉を聞いていた。

 他の隊員たちも、どうやら同じ事を考えている。シャニーが紡ぎ出す言葉に、コクコクと小さく首を傾けているのが良くわかる。

 前も分かったと言っていたこと。今度こそ本当に分かってくれたのだろうか。

 

「あたしは……動機と手段を混同してた。戦うことが、民を守ることだと錯覚してたんだ。いつの間にか、戦ってお金を稼ぐ事が、国に貢献することだと思って。そのために、早く戦に出られるように、皆に評価されるために、仲間を、大切な故郷を同じにする家族を道具みたいに……」

 

 頭は分かっていたのかもしれない。けれど、心はそれを理解しようとしていなかった。

 自身で咀嚼せず拠り所となっていないままでは、ちょっとした周りの言葉で簡単に揺らいでしまう。

 その行きつく先でとんでもない過ちを犯した罪悪感。

 

 泣きそうになるシャニーへレイサが一声かけようとしたとき、後ろで見ていた仲間達がレイサに向かって話しかけてきた。

 この前まで天馬の乗り方すら知らなかったヒヨッコ。だがその目は入隊した時とは明らかに違った。

 

「私たちも、今のイリアはおかしい気がします。民を守るために戦う……。そのために、同胞同士が殺しあう。騎士だってイリアの民には変わらないはずなのに、民を守るために民を殺してる。なんか、変です」

 

「へぇ……あんた達。ヒヨッコのクセに一人前な事言うじゃない」

 

 皆の考えの変わり方にレイサが思わず声を漏らした。

 今なら話を聞いてくれそうだ。シャニーはレイサの手を取るともう一度ばっと頭を下げた。

 

「あたし達の今出来る仕事は、考えることだと思うんだ。だから、もっといろいろ知りたい。今までのことは、あたしが間違っていた。でも、もう同じ過ちを繰り返したくない。だから……レイサさん、戻ってきて、お願い!」

 

 レイサはシャニーが頭を下げるのを止めさせる。よく見ると、周りに隊員も同じように頭を下げていた。

 その場の気から、それは単に頭を下げているわけではないことが伝わってくる。

 

「……分かったよ。たいした事は出来ないけど、あんた達がそう言うならとりあえず部隊には戻るよ。でもね、私は見てるだけだよ。教えたら意味ないからね。部隊はあんた達で切り盛りしなさいよ」

 

 皆の顔に笑顔が戻った。ようやく、歪んでねじれた時間が淀みを払って動き出した気がする。

 生まれ変わった部隊の最初の仕事と、皆はシャニーのほうを見た。

 

「じゃ、今までどおりあんたがリーダーね」

 

「え?」

 

「うん、シャニー今まで私たちをまとめてくれてた」

 

 ルシャナとレンが先頭に立って、皆でシャニーの背中を押して稽古場に戻る。

 最初は頼れる人間がひとりしかいなかったから。いつからだろう、それはいつしか消去法からの選択ではなくなっていた。

 誤った道に進みそうにはなったが、彼女は頼れる仲間。彼女を暴走させたのは、自分達にも原因がある。

 自分達も二度と、同じ過ちは繰り返さない。彼女らは誓っていた。頼るだけでは、ダメなのだと。

 

「私たち仲間同士じゃない、困ったら何でも言ってよ!」

 

 仲間たちの声にシャニーは涙を拭いた。絶対にもうこの家族を裏切ったりしないと。

 

「……うん! よーし、じゃあ早速特訓メニューを!」

 

「それじゃ今までと変わんないじゃん!」

 

 彼女らの笑い声を聞き、レイサも笑みをこぼしながらその後を追う。

 民を守るために戦うことも大切ではあるが、それは一つの手段に過ぎない。

 必要なものはそれではない。何の為に。今はそれを一番に考える時。

 

「家族を愛せ、愛されろ……あんたはそれを失くしちゃいけないよ。上層部のバカ共のようにね……」

 

 信は全てにおける礎。

 十の為の一の、ほんの一部を手に入れた彼女らへ、レイサは小さなエールを送った。

 

 ◆

 部隊が少し落ち着くと、シャニーは一人で城の中へと再び入っていく。

 本当は朝一番で行かなければと思っていた場所だ。

 事務所のゾーンを抜け、食堂からの良い匂いも払い、たどり着いたのは城の一番奥。ここを目指さなければ普段では辿り着かない場所。

 

「おはよー……?」

 

 そっとドアを開ける。冷たく薬品臭い空気が鼻を刺す。声に気づいてウッディが小さく手を挙げて、普段通りの微笑みにシャニーも自然と笑みが浮かぶ。

 

「ウッディ、ミリアは大丈夫?」

 

 レイサに仲間と共に誓いを見せたあの場面は一人欠けていた。

 自分と同じくらい元気な部隊のムードメーカーが。昨日、模擬戦で大怪我をした本人。

 一番に謝らなければならない相手。部隊の大事な“家族だ”。全てを話す必要があった。

 

「今寝てると思うよ」

 

 小声で窓辺のカーテンに仕切られたスペースを指さされ静かに向かう。

 ウッディの言う通りミリアは寝息を立てていた。

 その横にそっと座り、起きるまで待つことにする。

 秒針と実験用のマウスが回し車で走る音だけが部屋の時を進めていく。

 静かな時の中でミリアの顔を見つめていると罪悪感ばかりが浮かんできた。人を道具のように扱えてしまう自分の心が恐ろしい。

 

「あ……? あ、先輩、おはよーございますッス……」

 

 どれだけ時間が過ぎたか分からないが、ようやくミリアが目を開けた。

 まるで死人が生き返ったかのように顔中に笑顔が咲く。

 いきなり目の前にそんな顔のシャニーがいて驚いた様子だったが、ミリアは手を挙げて笑顔を返してきた。救われた気がする。

 

「ミリア、本当にごめん。あたしバカだったよ。もう絶対あんなことしない。あなた達を自分の欲の道具に使ったり……しない」

 

「先輩、謝らないで欲しいッス。ウチが実力不足なだけっスよ」

 

 頭を下げてくるシャニーにミリアは笑って見せた。

 入団した時から良く稽古をつけてもらったのにちっとも上達しない自分が不甲斐なかった。こんなにも頭を下げさせてしまっている。

 

「いや、あたしは間違ってた。こんなあたしだけど、これからは皆を大事にするって誓う」

 

 騎士団に入って初めてできた友達。それをこんな包帯だらけにした事実は消えない。

 だからこそミリアに直接会って、その目を見て伝えたかった。過ちとこれからを。

 朝から部隊で起きたことを説明するとミリアは何度も頷いた。

 

「みんなも同じ思いだったんスね。良かった良かった。解決したなら、それでいいじゃないッスか。ウチも同じ思いッスよ」

 

 体はまだ痛いはずなのにニコニコして嬉しそうにするミリアに救われた気がするし、だからこそ使命感が湧く。

 自分を愛してくれる人を、絶対に裏切れないと。こんな気持ちは見習いの時には気づかなかった。

 

「そうだったんスね。あー、ウチもその場面居たかったな」

 

 レイサに詫びて誓いを皆で口にした場面を説明するとミリアは残念そうにした。

 自分たちのリーダーが戻ってきて、それをみんなで支えてみんなの場所に帰る。大事なシーンだと思った。

 その支える手に自分が加われなかったことが悔しい。

 

「本当にごめん。あたしはもう少しで大事な家族を失うところだったよ」

 

 再びシャニーが頭を下げた。大事な人にこんなことをさせてしまっている。

 もっと自分に実力があれば……いや。ミリアは自分でそれを否定した。そっと置かれる手。

 大事な人が打ちひしがれているなら、無力な自分でも出来ることは一つしかない。

 

「先輩、ウチはケガして良かったと思ってるッスよ」

 

「え……?」

 

「だって、大事な人がウチらのところに帰ってきてくれたんですから。安いもんッスよ」

 

 どうやって返せばいいか分からない。だけど、お互い溢れだすものはもう止められなかった。

 

 ────おかえりなさい

 

 それを互いに伝えるように気づけば抱擁していた。

 

「ウチら見習い未経験組にとって、いや、皆にとって先輩は憧れ、誇りッス。強くて、明るくて、優しくて。そんな憧れを頼りっぱなしで潰しかけたウチらを許して欲しいっス」

 

 初日に受けた衝撃は今も忘れられない。

 槍の使い方も、天馬の乗り方もまるで知らない自分たちの横を颯爽と駆け抜けていく同世代の横顔。

 とても同じ目線で歩けないと思っていたら声をかけられ、ヘトヘトに倒れこむまで稽古に付き合ってくれた。

 その憧れの存在の輝きを消しかけたのは誰だ? ケガで動けなくなってじっくり考えた。

 

「ウチも謝るから、先輩ももう謝らないで。いつもの憧れの先輩で戻ってきて欲しいッス」

 

「ありがとう。ごめんなさい……」

 

 ふうっとため息が出た。謝るなと言っているのに。

 仕方なく、ミリアはポンポンとシャニーの肩に手を置いてこちらを向かせ、ハンカチで涙を拭わせると笑った。

 

「先輩が自分を許せないなら、お願いを2つ聞いて欲しいッス。そしたら許すッス」

 

 思いがけない提案にシャニーが驚いていることが真っ赤に腫れた目から伝わってくる。

 もったいぶって一度目を閉じる。この部隊に入ることができて良かったと思える。

 レンしかいなかった。心から話ができる相手は。それが一気に広がった気がする。

 

「これからはシャニーって、名前で呼ばせてもらうッス」

 

「え、それは構わないというか、そっちの方が嬉しいよ?」

 

 お願いと言うからどんな内容かと思っていたのに、逆に驚いた。

 でも、シャニーにとっては普通でも、ミリアには勇気のいるものだった。

 明らかに立場も周りの評価も違う相手。年は1つしか離れていなくても、ずっとずっと遠くにいるように思えていた。

 もう、そんな距離感は取り払おう。支えるために手を取り合うなら、傍に居たい。

 

「さっすが。じゃあ2つ目ッスよ。2つ目は次の休み、付き合って欲しいッス」

 

 これもまた、シャニーにとってはこれで良いのかと思うようなお願いだったが、ミリアがこう言うなら喜んで付き合おうと彼女は大きく頷いたのだった。

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