ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
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レイサを追い出したことにシャニーは罪悪感に苛まれていた。
そんな彼女に突然振り上げられたアルマの怒りを最初は理解できなかったが、破壊した者が自分ならその後を創るのもまた自分の責任なのだと言われていたと分かり、彼女はレイサに侘びを入れに行く。
ところが、レイサからは更に突き放される形となり彼女は決意する。部隊を立派にして見せてレイサを認めさせてやると。
十八部隊の実質の指揮官となった彼女は隊員たちに過酷な特訓を強要していく。レイサを認めさせ、早く上位部隊へ配属されるために。
特訓のおかげで実力をつけた彼女達だが、無謀はついに負傷者を出してしまう。
それでも特訓を続けようとするシャニーにウッディや部隊の仲間がついに背を向けて、独善の先にあった孤独に苛まれてようやくに過ちに気づく。
もう二度と仲間を道具のように扱ったりしないと侘びたシャニーを温かく迎え入れた仲間たちもまた、彼女に頼りっぱなしだったことを詫び、彼らは新たな誓いを胸にレイサへ部隊に戻るようお願いして、ようやくに事件は収束した。
シャニーは負傷者本人のミリアにも直接侘び、彼女の願いで武器屋へ向かう。
そこでミリアは自分だけの道を探し、クロスボウを手に入れる。
誰も通ったことのない先駆の狙撃手の誕生だった。
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第1話 団長選出戦
──エレブ新暦1000年7月
部隊に起きた大事件も結果的に結束を深めて終息した翌日。
再び穏やかな時間が戻ると思われた十八部隊だが、その予想は簡単に裏切られることとなる。
「んー、みんな揃ったね。……なんか足りない気がするけど」
久々の朝礼にレイサは皆の顔をじっくりと眺めた。
気のせいだとは分かっていても、皆の顔がいくらも凛々しく見える。何枚ぐらい皮を破ったのか。
自分の居なかった僅か数週間の話だ。そんなに変わるはずもないと思いつつも、やはり何か嬉しい。
しかし、その中に何か足りないものがあるような気がする。
──アルマだ
彼女と、いつも彼女と行動を共にしている者達は今日も独自に稽古しているらしい。
「シャニー。ちょっくら行って呼んどいでよ」
「はーい」
言われるままに、シャニーはいつもアルマたちが稽古をしている場所へ向かった。
そこにはいつもどおり厳しい稽古を積むアルマ達がいる。
空気も動きもまるで違う。これが部隊として動いても戦えそうなくらい。
「ねぇ、アルマ、レイサさんが戻ってきたからさ、早くこっちに来てよ」
友の呼ぶ声に、アルマはそちらを振り向いた。だが、彼女から返ってきた言葉はシャニーの望んでいたそれではなかった。
「シャニーか。なぜ戻る必要がある?」
「何でって。部隊長が呼んでるからに決まってるじゃん」
「私にとっては、もう部隊長ではないよ」
慣れてはいてもここまでつっけんどんでは意味が分からなくて困惑に首を傾げる。
新人部隊の部隊長レイサと新人部隊所属のアルマ。その他には何も無いはずなのに。
「アルマがレイサさんの事をどう思ってるかは知らないけどさ、認める認めないの話じゃないじゃん」
見当違いなことでも言ったのか、指を立てて違うとジェスチャーが返って来た。
アルマの周りにいる者たちも、どこか鬱陶しそうな眼差しを向けてきている気がする。何だか、とても居づらい空気。
「私はね、もう所属は十八部隊じゃないのよ」
「は?」
余計に言っていることが分からなくて眉間に困惑がありあり浮かぶ。
反応に困るシャニーへ、アルマはその答えを教えてやる。
「私達は第二部隊所属の見習い部隊。私はその部隊の隊長というわけ。だから、私の上司はイドゥヴァ第二部隊長と言うことになる」
驚きが声にもならないくらいシャニーの口はぽかんと空いたまま。
自分の知らない間に彼女は十八部隊から籍を外し、一気に第二部隊に所属していたのだ。
第二部隊と言えば団長直下の第一部隊の次に大きな部隊だ。
「そ、そんな事誰に??」
「もちろん、イドゥヴァ第二部隊長の命令だし、ティト団長の承認も受けている正式なもの。もう、呼び捨てて呼ぶのもやめてもらいたいところだけど、お前は別に良いよ」
親友が自分とは全然違うところに行ってしまった気がした。
(なぜイドゥヴァ部隊長が……なぜティトお姉ちゃんが?)
アルマはそれっきり、稽古に戻ってしまってこちらに来る素振りもない。
仕方なく部隊へ戻り、状況を報告しようと踵を返す。その背中へ、アルマは何かを思い出したかのように突然声をかけた。
「……ま、でもレイサ部隊長にもいろいろ世話をかけたし、今回は大人しく従っておくとしようか」
今や部下となったほかの新人達を引き連れて、アルマはイマイチ状況を飲み込めないで立ち尽くすシャニーの横を通過して新人部隊の方へ歩いていった。
◆◆◆
数日後、今日の朝礼も特に部隊長からの指示はない。
もう慣れたが、この指示がない事こそ十八部隊にとっては指示そのもので、隊員たちは今日も自らの意志で動き出す。
稽古を始める者もいたし、精鋭部隊の稽古を見学に行く者もいた。そして、天馬に乗って城の外へ飛び立っていく者も……。
「シャニー! どこ行くの!」
「さんぽー」
そのまま手馴れた様子で天馬を駆り、彼女はすぐさま見えなくなった。
「いくら自由だからって……。ねぇ部隊長」
「んー?」
呆れるルシャナたちだが、部隊長の姿を見て何となく納得してしまう。
彼女は今までどおり、木の上に登り昼寝を始めていた。
何をするのも自由。だが自分で考えて、すべてを部隊の責任で行う。
誰かに依存するのではなく、自らの意志を持つ。それがレイサの目指すものだった。
彼女は散っていく隊員達を眺めながら暫く寝転がった後、すぐさま起き上がり突然姿を消した。
「少し知らない間に随分偉くなっちゃったねぇ」
背後からの突然の声に、驚いて振り向いたのはアルマだ。
背後からの気配に気づけなかったことに、焦りと苛立ちを隠せない。その相手が、特別警戒する必要のある相手だと分かると尚更だ。
「ふふ、これもレイサ部隊長のおかげですよ」
「感謝されると気持ちいいね」
アルマは軽く笑ってレイサにお辞儀をし、レイサもアルマに笑って返してやる。
返って来た笑みにアルマは笑いながらも彼女から目線を逸らした。
それを逃がすつもりはなく、レイサはさっそく本題を単刀直入に突っ込んだ。
「ところでさ、イドゥヴァはどうやって団長を言いくるめたんだい?」
「言いくるめたなんて人聞きの悪い事を。第二部隊長は私の事を思って」
「ホントにそうかな?」
アルマはまたレイサから目線を逸らしたが、再び彼女をしっかりと見つめるときっぱり言い放った。
「そうです。私は第二部隊長を信じていますから」
そうかと言わんばかりにレイサはアルマの視線を外して歩き始め、真横に立つと彼女の肩をポンポンと叩いた。
「あんまし外道な事考えてるとそのうち痛い目見るよ。うまくやってると思っててもね」
反論しようとした時には、もうレイサの姿はそこにはなかった。
むしろはじめからそこには居なかったように。
レイサの手を振り払おうとして伸ばした手をじっと見つめながらアルマは暫く動かず、やっとその手を下ろすとふっと目を閉じて笑ってみせた。
◆◆◆
新人達が入団してから早3ヶ月が過ぎ、イリアの短い夏も折り返しに近づこうしていた。
この先は、炎さえ凍てつかせる冬将軍がイリアの全てを沈黙させる時期に近づいていく。
「シャニー、あんた今日も“さんぽ”かい??」
「うん、それじゃ行って来まーす」
今日もふらふらとシャニーが天馬に乗り、“さんぽ”に出かけていった。
「昼までには帰るんだよ!」
まるでやんちゃ娘に声をかける母親か何かのよう。
レイサの言葉に応えるように、シャニーは前を見ながら後ろへ向かって手を振った。
もっとも、昼の時間になれば腹を空かせて帰ってくるから、別段注意することでもないが。
他の隊員たちも自分で一日の行動を決めて動くことが普通になっており、皆で役割分担を決めて部隊を自治している。
レイサはそれを見ているだけ。聞かれればアドバイスはするが、彼女から指示する事は殆どなかった。
「ねぇ、予算申請って誰が担当だっけ?」
そこへ、不意に男性の声が聞こえてくる。ウッディだった。彼は医務だけに留まらず騎士団の事務もある程度引き受けていた。
「あ、ウッディさん!」
女しか居ない天馬騎士団では、否応にも男に女は群がった。まして相手が優しい軍医と来れば、狙う者も少なくない。仮病を使って医務室へ転がり込む者すらいる。
今日もさっそくミリアがキラキラした目でウッディに絡みだし、後から来たルシャナが彼女のお尻を叩きながらウッディの質問に答える。
「シャニーじゃないの? 確か足が出ても団長に話しかけやすいからって、そんな流れだったと思うけど」
「担当替えたほうがいいんじゃない……? 何これ」
ミリアの首根っこを捕まえたルシャナは、ウッディの差し出した十八部隊作製の予算申請用紙を受け取って他の隊員たちと覗き込む。
すぐさま彼女らは眉間にしわを寄せた。
────何だ? この計算……
「鉄の槍を10本購入で、何で10000ゴールドなの?」
ウッディの質問に、皆は手を広げてジェスチャーする。
「さぁ……。レイサさんも盗賊で金には目がないはずなのに、なんで桁間違いに気付かないのかな」
「あいつも部隊長も、いつも指を折って計算してるよ」
一応、部隊長であるレイサの承認が必要であるものの、予算申請など部隊の事はすべて隊員たちが行っていた。
言われたからではなく、自分達の部隊の事は、自分達で考える。その意識が、着実に彼女らに養われてきている。
シャニーもレイサが望んだとおり、武技だけでなくイリアの様々なことを見て知ろうとあちこち飛び回っている。
”さんぽ”先で見聞きしたことをよくレイサに報告しに来るし、目的を持って相談にも来る。
何とかイリアを変えたい。民の為になりたい。その気持ちが言動を変え、つい最近も天馬騎士団と聞いただけで追い返されたと泣いて帰って来たばかり。
敵国についた代償は大きいが、今日も彼女は笑顔で空に消えていった。
いつかきっと芽が出る。そう信じてレイサは青の騎士を送り出した。
隊員達のお喋りにウッディは絶句するしかないが、これが十八部隊のルール。
もう少し数字に強くなれば言うことは無い。ウッディのため息がまた一つ増えた。
◆◆◆
一方、会議室では全部隊の部隊長が集結して会議が催されていた。皆の手元にある資料の題目は……。
──上期終了における、正式な団長の選出について
団長作成のその資料は几帳面なティトの性格を反映してか美しく、見やすく作製されている。
そのおかげもあってなのだろうか、会議は途中までスムーズに進み、重要項目の案が色々出されていた。
「今までは暫定として、私ティトが団長を務めていましたが、そろそろ正式な団長を選出したいと思います。選出方法ですが、以前までは前団長の指名という形をとっていましたが、異議はありますか?」
ティトが採決を取るとすぐさま挙がる手。イドゥヴァとその仲間達だった。
発言を許されたイドゥヴァはすくっと立ち上がる。
他の部隊長達の興味は発言の内容ではなかった。
イドゥヴァの言う事など大方予想がつく。それよりも、どうやってティトを言いくるめるのかに注目していた。
ティトはともかくとして、イドゥヴァが居るうちは、団長候補にはなれない。
団長という地位より、今のある程度安定した地位の方がよっぽどありがたいものだった。
「新団長選出は、今後の天馬騎士団にとって明暗を分ける最重要事項。いかにティト団長の功績が素晴らしいとは言え、団長一人の独断に天馬騎士団の将来を託すというのは、いささか危険だと思います」
部隊長達は場に慣れた張りのある声になるほどとつい納得してしまう。
団長一人の腕に、天馬騎士団……もっと言えばイリアの将来はあまりにも大きすぎて抱えるには荷が重過ぎる。
「そうですね。では具体的に、何か良い選出方法はありますか?」
ティトも前々から、団長の選出の仕方には疑問を抱いていた。だからこそこの会議を開き、新たな選出方法を模索しようと考えた。
────来た
ティトの質問にやや食い気味にイドゥヴァが喋りだす。
「はい、私はエトルリアの議会を倣って立候補者への選挙制にするのが良いかと思います」
どよめく室内。選挙だなんて今までやったことも無い新しい試みだ。
面白がる者もいれば煩雑さに拒絶の色を見せる者もいる。
「ただ、全団員に選挙権を与えると何かと手間がかかるので、分隊長以上の身分者にのみ選挙権を付与しては如何でしょう?」
イドゥヴァの案はかなり具体化されたものだった。
イリアを皆で創っていくという観点から考えると、一人ひとりの意識が反映されやすいそれは名案だ。
「イドゥヴァさん、ありがとう。他の方も何でも良いのでまず発案してください。その後絞込みをして最適な案を選定する時間を設けますので」
ティトの音頭に、皆からは実に様々な意見が出された。
クジといった冗談案や、年功序列案、傭兵ランクの高い者を団長とする案、更には闘技場形式によるトーナメント戦の優勝者を団長にするといった過激な案も飛び出した。
だが結局、その後の絞込みによってイドゥヴァが起案した選挙案が妥当という結論に至った。
「では、次回の団長選出は、イドゥヴァ第二部隊長の案を採用しましょう」
イドゥヴァやその仲間達の口元が緩むかに思われたが、それとは真逆だった。
彼女らはティトから続けて出た言葉に、一層口元をきつくする。
「しかし、一人ひとりがイリアを創っていく大事な構成員である以上、いくら手間がかかるとは言え、選挙権に制限をかけることには個人的には同意できません。皆さんはどのようにお考えですか? 異論のある方は挙手してください」
それもそうだと、他の部隊長はすぐさまティトの考えに納得する。
手間がかかるとは言うが、どの道面倒な事は暇な事務方や十八部隊に任せるつもりだったので苦にならない。
結局誰も異論を述べる事はなく、選挙権は団員全員が持つこととなり、会議が終ると皆はさっさと会議室を後にしていく。
「やれやれ、皆結構他人事だね」
レイサは部屋に残って、ティトと会場の後片付けをする。こういう雑仕事は殆ど手伝っていた。むしろ十八部隊は庶務が仕事なのだという雰囲気さえ漂っている。
「ええ、皆進んで団長になろうという人はいないのでしょうか」
「……まぁ、なったら色々面倒なことがあるしね。仕事以外で」
レイサの言う事が何を指しているか、ティトには分かっていたが言わなかった。
イリアを創っていく上で、最も排除しなければならないことの一つ。
しかし、ティトには僅かながらにも安堵の気持ちがあった。
これで……自分に課せられた重大な使命を終えられる。団長の任は……自分には荷が重過ぎる。
逃げてはいけないと自分に言い聞かせても、何処からともなく湧き出る甘さに、彼女は腹が立った。
その頃、イドゥヴァは部屋に戻って色々画策をしていた。その顔には苛立ちがはっきり表れて机を指先でトントンと何度も叩く。
途中まではいい流れだったのに、少し厄介なことになった。あのヒヨッコ団長は何処までも邪魔をしてくれる。
「まぁいいでしょう。あの部隊の票をいただければ、勝ちは決まったも同然。問題は団長に味方するあの二人をどうするか……。ここはあなたにひと頑張りしてもらいましょうかね」
机に座り次の作戦を考える彼女の傍らでは、イドゥヴァの問いかけに任せろと頭を下げるアルマの姿があった。