ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
十八部隊を襲った大事件が解決した翌日、シャニー達はアルマと彼女が引き連れていったメンバーが十八部隊から外れ、第二部隊付となったことを知り仰天する。
一方、ティトが暫定団長を務めてきた中、正式な団長の選出選挙が行われることになった。
今度こそ団長の座を手中に収めようとイドゥヴァが動き出した。
カルラエ城で部隊長会議が行われていたころ、シャニーは城から少し離れたところにある村の上空から眼下を見下ろしていた。
見習い天馬騎士としてまわった世界。その経験は彼女の視野を広めた。イリアの外のことは。
おかげで肝心なイリア内のことは全然分からない。
イリア民としていろいろ知っているように頭では思っていても、いざ何か仕事をするとなったとき、つくづく思い知らされるイリアへの無知。
そこで彼女は団長から与えられた時間を活かして、イリア内を回っては勉強の最中。
さんぽに行くと様々な問題が見えてくる。
騎士団が把握している事とはまるで違う話を、地域の村人から聞かされた。毎日が発見であり、毎日が問題提議の連続。
最初は天馬騎士団と聞いただけで青筋を立てて追い出されることもあったが、足しげく通って声をかけ続けたら、最近になってようやく話を聞いてくれるようになった村も多かった。
そうやって少しずつ村人から話を聞くたびに取ったメモは10冊を超えた。
メモを取ればとるほど自分は何も知らなくて、一人前を名乗れるような状況ではないことを思い知らされる。
「強くなっていつかきっと、このメモすべてを解決できるようになってやる」
シャニーのこの頃の口癖だった。剣だけでない様々な強さを身に着け、イリアを良い国に発展させたい。
見習いの頃はそこまで強く感じなかったこの気持ちが、叙任を経て村人の話を聞くうちにどんどん強くなっている。
それでも、今はどれをとっても半人前だ。知識も、騎士としての経験も、人を動かす力も。
気持ちが先走る彼女にとって、これほど歯がゆい事はなかった。
今はそれをぐっと抑え、自分に欠けているものを少しずつ吸収しようと決意する。来るべき将来に備えて。焦ってもろくなことは無いと学んだのだから。
「今日は何処へさんぽに行こうかな~。……ん?」
下のほうをきょろきょろと見まわしていると、何かがピンと来た。
この気持ちは……あまり良い知らせではない。
天馬を旋回させ、もう一度同じ場所を眺めてみる。あまり高度を下げると誰から狙われるか分からないのでそうは下げられないけれど、この高さからでも何が起こっているか想像がついた。
「大変だ! 賊が村を襲ってる!!」
そこまで大人数ではないが、大男達が村落を襲い、家に火を放っている。
上空から見下ろす白銀の大地にはっきり見える、まるで生きているかのように躍動する炎。
戦が終わり、ただでさえ貧しいイリアでは賊に堕ちる者が続出した。
騎士団は復興資金を稼ぐ為にあらかた傭兵に出払ってしまっている。
賊で荒れるイリア。騎士が守るべきイリアが、騎士に守られることなく蹂躙されている。
何かおかしいとシャニーは感じていたが、今まさにそれが目の前で現実となっていた。
「どうしよう! このままじゃ皆殺されちゃう……」
考える頃には、もう体が天馬に指示を与えていた。
仲間を呼びに戻っている時間の猶予はない。幸い相手はそこまで大人数ではなく、賊討伐は見習いの頃に嫌と言うほど経験している。
「へ、この頃は同業者が増えていけねぇ。騎士共が金、金、金ってせっせと人殺しをしに行ってんだから、俺達が同じことをしちゃあいけねぇわけがない。野郎共、さっさと巻き上げちまえ。抵抗するなら容赦するなよ!」
首領が改めて言わずとも男達は好き放題だ。久しぶりだ。
こんなに隙だらけの村は。血に飢えた獣達が、我先にとうまい肉に喰らいついている。
「良い女だぜ! 俺もアニキの食い残しを……!? っ」
他の男達が、後ろで響いた突然の物音に焦ってそちらを向く。
何が起きたか分からないが、そこには仲間が倒れて動かなくなっている。
悲鳴を上げる間もなかったのか、首筋に残されていたのは鋭い一太刀。
「な!? なんだ??」
「あ、アニキ! あいつです!」
首領はその声に、仲間を殺した相手を確認するや否や持っていた手斧をそちらへ凄まじい力で投げつけた。
その巨体からは想像も出来ない手際のよさなのに、見切ったようにいとも簡単に避ける天馬が蒼穹に駆け、回避が移動の一部であるかのようにそのまま白い騎士がこちらへ突っ込んでくる。
「!?」
目にも留まらぬスピードで自分達の横を突き抜ける一陣の風。
背後に振り返ると、もうあんな上空まで達している。
「おい! しっかりしろ!」
首領が声を追うと、また仲間が倒れていた。
「なんだ?! 白い悪魔は前の戦争で死んだんじゃなかったのかよ!」
旋回する隙も見せずに、相手は再びこちらに向かって襲い掛かってくる。その様子はまさに、地上で這い蹲る小動物を狙う隼。
「くそっ、女に負けるのは気に障るぜ!」
首領は舌打ちをしながらも撤退を始め、村から出ると騎士の姿がどんどん小さくなる。
どうやらこれ以上は追いかけては来ないと分かると途端に湧き上がる怒り。
「何が違うってんだよ。自分らだって殺して奪ってるクセによ。あー無性に腹が立つぜ。女に負けるのはぜってー許せねぇ」
彼は苛立ち紛れに、そばにあった石を村の方へ投げた。
何か、自分達の獲物を横取りされたように気分。
このままでは腹の虫が収まらないが、白い悪魔が生きていたとなっては流石に太刀打ちできない。
怒りを我慢しなければならない事ほど、腹が立つこともなかった。
騎士団などどうせ傭兵に出て守備兵など来ないだろうと高をくくっていた事は確かにあるが、それにしてもたった一人に散り散りにされるとは。
「ちくしょう! 覚えていやがれ……」
◆◆◆
一方村では、山賊が逃げたことを見届けてシャニーが安堵の表情を浮かべていた。
山賊が居なくなったからだけではなく、暫く実戦に出ない間に腕が鈍っていないか心配だった。
空と言うアドバンテージを利用し、宙から襲い掛かって戦場を支配する。これぞ天馬騎士。
仲間がいるときは天馬から降りて剣術で天敵の弓兵を狙ったりもするが、無勢を無視できるこのスタイルこそが天馬騎士の生命線だ。
村人の安否を確認するため天馬に高度を下げさせて飛び降り、甘える天馬を宥めながら村を見渡す。
生き残っている村人達が一斉に寄ってきた。
「ありがとうございます!」
口々にかけられる感謝の言葉。シャニーの顔にも笑顔が戻る。
自分の誓いを守ることが出来て嬉しい気持ちを抑え、怪我人を城へ運ばなければならないと始めた準備の最中だった。
後ろから突然襟を掴まれて視界が宙を飛ぶ。思わず護身術を使おうとしてしまうぐらいに酷く驚いた。
目の前には村人。ひどく怒っている。何故だか分からなくて抵抗もできない。
「な、何か?」
「……なぜだ?」
重い怒りにシャニーは縮こまってしまう。
「え?」
「なぜもっと早く来なかった? 何でこんなに守備が甘いんだ?!」
村人からの予想外の叱咤。喜ばれると思ったのに、逆に責められてしまう事になるなんて。ついつい飛び出した反論。正しい事をしたはずだった。
「だって、今騎士団はイリアの復興資金を稼ぐ為に皆傭兵に出払っていて……」
何か心苦しい。次第に相手の目を見て話を出来なくなってくる。反論すればするほど、矛盾が鮮明になっていく。
「そんな事は理由にならないだろ! 何の為の騎士団だ! イリアの復興の為にイリア内を蔑ろにするのか。そんな言い訳が通用するものか!」
村人の言葉によって決定的となった矛盾。もはやシャニーは何も言えなくなってしまった。
良いことをした、ではない。当然の事をしたに過ぎない。本来なら、もっと村々を巡回し平和維持に努めなければならない。
元々は傭兵に出ていない部隊が交代で務めていた警備任務。
人手不足の今では尚更その頻度は減って物騒になっていた。戦後で賊が増えているというのに。
「……申し訳……ありません」
「本当に申し訳ないと思っているのか!?」
「あなた、やめて。この人が来なければ、私たちだって殺されていたかもしれないのよ」
村人の妻と思しき人が走り寄ってきて怒りを静める。
どうやら先程の襲撃で、夫妻の子供が怪我をしたらしかった。
「助けていただいてありがとうございました。まだ私たちは幸せな方です。最近では騎士団の方々もイリアの為にお忙しいようですね。どうか無理をなさらずに」
温厚な夫人は、シャニーを気遣ってくれた。だが、その気遣いが逆に矛盾と責任として彼女に重くのしかかる。
(本当は、あたしたちが守って当然なのに……)
騎士団の到着が遅れ、全滅してしまった村もあるらしい。
夫人の言う幸せは、それに比べればまだ幸せ、という意味だろう。
それが異常であることはシャニーにも分かること。
自分達は、イリアを守る騎士団であり、自分の誓いは、イリアの民を救うこと。
それが、こんなレベルで幸せと言われていて良いのだろうか。何か悔しさを隠しきれない。
悔しさだけではなく、怒りもこみ上げてくる。誓いだけ一人前で、何も出来ない自分に。
◆◆◆
騎士団に帰ると、アルマが珍しく十八部隊に顔を出している事に気付く。
しかも何を思ったのか、彼女が嫌っているはずのレイサに頭を下げているではないか。
目をごしごしとこすってみるが、これは夢でも幻影でもなんでもないようだ。
「よろしくお願いします」
「あんた、完全にあのクソ小母の手下になっちまったね」
アルマはレイサの言葉に軽く笑っていたが、きっと彼女を見据えなおすと力強く言い放った。
「私はあの人を尊敬しているのです。いくら十八部隊長と言えど、侮辱は許しません」
「ふーん」
「……それより、今の件、よろしくお願いします」
再び赤い短髪を下へ垂らす。
それにふぅっとため息をつきながらレイサが首を縦に振ったことを見届けると、用事は済んだとありあり分かるくらいアルマは足早に去っていく。
その足で今度は第五部隊へ向かうらしい。彼女にはいつもの落ち着きがなかった。
「……そこまでして団長になりたいのか、あのお局様は」
レイサが見せる沈んだような、厳しい顔。
シャニーはその理由が分からなかったが、そんな顔をして欲しくなかったのですぐに声をかける。
「たっだいま!」
その声を見切っていたかのように、レイサはシャニーのほうに目をやる。
予想通り昼前に帰ってきたので何も驚く必要もなかった。彼女の腹時計は実に正確である。
「おかえり、どうだった。今日は何か得るものはあったかい?」
「あのね、村が賊に襲われていたから、それを退治してきたんだ」
自分の成果を上司に報告する。その言葉に何かいつもどおりの力強さ、誇らしさがないことに違和感があるが、レイサは褒めてやった。
「そうか、それはよくやったじゃないか。村人も感謝してたろう?」
「それがね……」
ことの経緯を話すシャニーに口を挟むことなく、最後まで黙って聞いていた。
報告は次第に疑問をレイサにぶつける時間に変わった。
今の騎士団は民を守る騎士団とは言えないのではないか、と。
「そうか、そんなことがあったのかい。……確かに、一理あるね」
「でしょ? 今皆は、民の為と必死にお金を稼いでる。それに執着しすぎて、一番大切な民を置き去りにして、不安な気持ちにさせちゃってる。……あたしも誓いを守ってるつもりになってた。でも、実際はこれっぽっちも守れてない。何か悔しいよ」
唇を強く噛むシャニーは今にも泣きそうだ。思い出されるあの光景。村人に怒鳴られ、何も言えない悔しさと無力な自分への怒りに拳を震わせたあの時。
また一つ、妹分が皮を破ろうとしている。
問題を見つけて注視することが出来た。見つけた問題を彼女はどうやって解決するだろう。
仕方ないと諦めたり、愚痴を言ったりだけでは、何の進展も得られはしない。
現状を客観的に見つめ、慣習に流されることなく事態を打開することができるか。少しだけ、助け船を出してみる。
「シャニー、今がおかしいって分かったのなら、あんたはどうすればいいと思う? お金も大切なんだよ?」
「それは分かるよ。でももっと……イリアの中の事を大切にしなくちゃって思うんだ。皆嫌がってやらないけど……絶対おかしいよ」
皆、国内案件は嫌がってやらない。たらいまわしの案件は今でもいくつかある。
その理由は、今目の前にいる若い心には言っても飲み込めまい。
レイサはしっかりと自分の意見を言う妹分を撫でてやった。こうしてやると彼女が喜ぶという情報は、団長から収集済みだ。
「よく言ったね。その通りだよ。私たちは民の騎士だ。民を置き去りにして自分達だけ突っ走っても意味がない。でも……批判だけなら誰でも出来るよ。そこまで言ったんだから、きっと頑張りなよ」
うんうんとうなずいて見せる笑顔はきっと分かってくれたに違いない。
彼女が解れば、その考えは部隊内に一気に広がっていく。仲間の許へ駆けていくその背中を眺めながら、レイサは聞こえないようにささやいた。
「シャニー。ちゃんと民の為に剣を振るったね」
少しずつ成長する妹分を心の中でもう一度撫でてやる。
だからこそ足らない。守るだけでは足らない。守られることも必要だ。
これからの成長でそのうち気づいてくれることを願うレイサの顔には厳しさが浮かんでいた。
「さて……首領をしとめてないとなると……これはちょっと厄介なことになったね」