ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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あらすじ

新生天馬騎士団の団長に就任したティトは騎士団の人事に着手する。
ほとんど決まった人事の中で残った1%がずっと彼女を団長室に幽閉していた。

部屋の外では団長になり損ねた重鎮が不満を漏らし、それを鼻で笑いながら一人の女性が団長室へと入っていった。


第2話 銀の意志

 ティトは姉からブローチと想いを受け取ると、そのままエデッサ城を後にする。

 城の外まで見送ってくれた姉の姿がどんどん小さくなって、そして見えなくなってしまった。

 鈍色の空に舞い、実家のある村を飛び越え……天馬騎士団の本拠地であるカルラエ城に戻ってきた。

 そこで出迎えてくれたのは、意外な人物だった。

 

「ホッホ、お帰りなすったか、毎日大変じゃね」

「あ、あなたはニイメさん! どうしてこんな所に?!」

 

 天馬から飛び降りたティトは、『山の隠者』と名高い闇魔法の大家ニイメに深々と頭を下げた。

 ニイメはそんな彼女を見ているのか見ていないのか、カルラエ城を見上げている。

 

「世界が変わりつつある……。その現場を見に来ただけさ」

 

 世界の理を追及するニイメにとっては、欲で動く人間の行動などどれも取るに足らないものであった。

 歴史は繰り返される……ただそれだけのこと。それでも、祖国が生まれ変わろうとしているところは見ておきたかった。

 

「はい、必ずイリアを正しい方向へ。天馬騎士団の総力を挙げて、きっと!」

 

 ニイメはティトの力強い言葉に彼女を見上げた。

 細い体にも、その瞳には強い意志が燃えている。年寄りが出てくる幕ではないと改めて悟る。

 

「ホッホ、強い娘だねえ。まるでわたしの若い頃を見ておるようじゃ」

「光栄です。私もニイメさんのように、後世に誇れる人になりたいと思います」

 

 ニイメは後ろを向くと、ティトが言い終わるか終わらないかのうちにそのまま歩き出し、ある程度距離開けた後にようやく止まってティトの賛辞へ返した。

 

「あたしはあたし。あんたはあんただ。思うようにやるといいさ。あたしは単に、自分の知識欲を満たしたいだけなのさ。だけど、あんたはあたしのように、自分の為に動いちゃダメだ。誰の為に戦うのか、よぉーく考えるんだね」

 

 背の曲がった白髪の老婆が角を曲がり、姿が見えなくなるまでティトはずっと彼女の背を見つめていた。

 

 

 

 イリアの大先輩からの期待を胸に刻んで城に戻ると、城にいた天馬騎士達にユーノの言葉を告げ、そして自分が暫くは団長として天馬騎士団の再建に尽力を注ぐ旨を明らかにした。

 皆は、ティトが寝る間も惜しんで自分達を探して訪ねてきてくれたことを知っていたし、彼女の生真面目な人柄を嫌う人物はあまりいなかった。誰も異を唱える者はいない。

 

「隊長……あ、団長。私達も協力しますから、きっと天馬騎士団を再建しましょう」

 

 かつてティトと共にあった部下が真っ先に彼女へ声をかける。

 ティトは無言でうなずくとそのまま部屋に入っていく。団長としてやる事は山のようにあるのだ。

 

「やれやれ、あんなヒヨッコが暫定とは言え団長ですか。先が思いやられますね」

 

 ティトが部屋に入って行ったことを確認するや否や、すぐさま聞こえる声があった。

 それは、生き残った天馬騎士の中でも一番のベテラン、シグーネ前団長のときに副団長として影から支えた旧天馬騎士団第二部隊長、イドゥヴァだった。

 

(経験から考えても、私が団長に推されても良いはずなのに……)

 

 彼女は不満を隠しきれない。それを昔からの部下が慰めるが、慰めにはなっていなかった。

 

「きっとイドゥヴァさんなら、新団長も悪い待遇はしませんよ」

 

「いえ、あの人はきっと、新体制を作るために旧幹部は組織の上位には組み込まない。ヒヨッコだけで何ができると言うのでしょうね。あと一息だったと言うのに……」

 

 何の為に何年もシグーネに頭を下げて彼女の言いなりになっていたのか、イドゥヴァには分からなくなってしまった。どうしても愚痴が先行する。

 それを、騎士とは到底思えないような格好の女性が窓の縁に座って聞いていた。

 

「ホント、あと一息だったのにね。さっき、自分がやると何で言えなかったんだか」

 

 ポツリと漏らす蒼緑の髪の女性はすっと立つと、風を斬るようなスピードで突如姿を消した。

 他の騎士にとっては今の女性が誰なのか、よく知っているものはいない。

 

「姉貴は可哀相だね。まともな部下に恵まれなくて。ま、一人はまともなのがいたようだけど、そいつに殺されてちゃ世話ないわね」

 

 ◆

 ティトは部屋に篭ると、それっきり出てこなくなってしまった。

 彼女は部屋で新生天馬騎士団の人事について悩んでいた。

 精鋭部隊の隊員名簿……。各部隊の部隊長の選任。人事についての99%は決まっていた。残りの1%が、ティトを部屋に幽閉している。

 

 誰にするべきか、本当に悩む。人を配置することが如何に難しいことか……。

 ここの部隊長ばかりは、経験でも、実力でもない。大切なのは人柄。不向きな人間を選任すれば、天馬騎士団の存亡に関わる。

 

「おやおや、頑張ってるね、団長さん」

 

 ティトははっとして後ろを見る。そこには、先程の蒼緑の髪を揺らす女性が居た。

 

「レイサさん!? 今は中に入ってこないでください!」

 

 必死に忠告したが、彼女は自分の話を聴いているのかいないのか……。

 彼女が気付いた時には、レイサは机の上に広げてあったメモ書きした紙を手にとって眺めていた。

 

「人事かぁ、姉貴もこれにいっつも時間かけてたよ。人には、仕事はさっさとしろって煩かったのにさぁ」

 

 レイサには机で奮闘する若い団長の姿が、在りし日の姉に重なって見えてしまった。

 居なくなってみると……何かこう、重いものを感じる。ケンカする時には、さっさとクタバレと何度罵った相手だったろう。

 

 ────人間って、本当に気付くのが遅いよね。気付いた時に後悔しても、どうしようもないのにさ

 

「レイサさん、その……シグーネさんの事は、本当に申し訳ありませんでした。謝って許してもらえることではないですが……」

 

 ティトは自分が殺めてしまった、前団長にして姉であったシグーネを思い出すレイサに頭を下げたが、レイサはすぐに彼女の肩を持って上体を起こしてやり笑顔で返した。

 

「まーだそんな事言ってるの? あんたも姉貴も騎士だったんだ。騎士って人殺しが仕事じゃん?」

 

「それは……」

 

「騎士は民を守るために戦う? それは建前じゃん? 結局、人殺しってことじゃない? 何で私に謝るのさ。あんたは騎士として誓いを守った。ただ、それだけのことさ」

 

 ティトにはレイサのことが良く分からなくなった。

 騎士だから敵を倒すのは当たり前だ。特に自分達は傭兵騎士。やらなければ、やられる。

 それでも、やはり家族が殺されたら、自分がどういう行動をとってしまうか分からない。

 姉を殺した人間が、今目の前にいる。自分なら、仕方ないと……口では言うだろう。レイサも、そんなところだろうか。きっと内心、自分を憎んでいる。邪推かもしれないが。

 

「あんたも私も。いや、イリアに生きる軍人は皆、民を養うために戦ってる。私は別に、あんた達騎士のやる人殺しが悪い事だとは思わないよ。自分達が生きていくには、誰かを殺さなきゃいけない。それが、イリアって国だ」

 

 彼女は本当にサッパリとした物言いをする。時には他人がぎょっとすることでも平気で言ってしまう。

 しかし、そのサッパリとした言葉の中に、どれだけの意味が込められているのかを考えると、時々怖くなった。

 

「それに、あんた達は力の無い人たちを殺しているわけじゃない。相手もそれなりに力を持って、それを仕事としている者達なんだ。……自分を責めすぎて、いい事なんか一つもありゃしないよ。私に謝るぐらいなら、せめて姉貴があの世で心配しなくてもいいような、立派な団長になってやんなよ」

 

 ティトには、ぼろきれをまとったような格好をしているレイサがシグーネに見えた。

 かつて、彼女はシグーネによく可愛がってもらっていた。

 見た感じは近寄り難い雰囲気の、いかにも厳つい女将軍という感じのシグーネ。

 だが実際近くで仕事を共にすると、とても面倒見の良い人だった。

 特に新人隊員に対しては、精鋭部隊のことで忙しい合間を縫ってはよく世話をしていた。

 その頃によく言われた言葉がティトの脳裏にはっきりと今でも刻まれている。

 

 ────謝るぐらいなら手を動かしな。あたしはね、あんたが憎くて怒っているわけじゃないんだ。あんたなら、もっと良い結果をきっと出せると思って叱っているんだよ。

 

 ────いいかい? 謙遜も自慢もいらないよ。結果を出せば、周りの者が自分を見て評価してくれる

 

 

「分かりました。レイサさん。私、きっとシグーネさんのような立派な団長になって、レイサさんのような強い人になります」

 

 ティトにまっすぐ見つめられてレイサは照れたような格好をしたが、すぐにそれを否定した。

 

「姉貴のようになっちゃいけないよ。そして、私のようにもね。私は、平気で力の無い人間を殺して、欲しい物があればかっぱらってしまうただの盗賊さ」

 

 ティトは飛びそうになるぐらいの勢いで首を横に振る。

 レイサはシグーネからの命令で、密偵やら要人の暗殺やらをするアサシンだ。

 妹に暗殺を依頼する姉の気持ち……ティトには分からなかった。

 

「あんたは希望や夢を失っちゃいけないし、私みたいに闇の中でしか生きられなくなっちゃダメさ。自分の意志で歩かなきゃね」

 

 アサシン……手を一撃で死へ至らしめる『瞬殺』という闇の剣の使い手。

 だから彼女は、命の儚さを誰よりも強く知っていた。陽の下で暮らせる喜びを知っていた。

 さっきまで笑っていた人間を、単なる肉の塊に変えることがどうしてこうも簡単なのだろう。

 いくら仕事といっても、無抵抗の人間の喉元を狙うのは……昔は何も感じなかった。仕事だから。

 レイサもその姉も、失ってはいけないものを失ってしまっていた。そして彼女は今もこうして生きている。

 レイサの場合は、失ってしまったもののお陰で、取り戻したものもあったようだが。

 

「邪魔したね。さぁて、仕事でもしてこようかな」

 

「レイサさん! 仕事って何ですか?」

 

「しがない盗賊の仕事といったら、一つしか無いだろ?」

 

 レイサは言い終わるか終わらないかのうちに、疾風の如く目の前から消えてしまった。

 一人残されたティトは、机に残されたメモをじっと見つめ、書いてあった新人部隊の部隊長候補の名前の全てに横線を引っ張った。

 

「単なる傭兵で……新人を終らせてはいけないかもしれない……」

 

 

 

 ◆

 盗賊風の女が団長の部屋から出てきたことに違和感を覚えた者は少なくなかった。

 同じ天馬騎士団所属の者とは言っても、アサシンのことをよく知る者は少ない。

 ましてそれが、前団長の妹だなどと知る者は殆どいなかった。数名を除いては。

 

「あれは……レイサではないですか。なぜあんな奴を。シグーネも何を考えていたのだか」

 

 イドゥヴァだった。彼女は向こうで短剣を使ってジャグリングをするレイサに何か腹が立った。

 姉を殺されても、飄々とした顔つきで遊んでいる。

 それどころか、姉を殺した相手の許へ媚を売りに行くとは、流石の自分でも出来ないだろう。

 

「レイサ、少しは鍛錬でもしたらどうなのですか?」

 

「私は盗賊なの。戦う事は向いていないのさ。私の専門はかっぱらいと逃げること。そんな事の練習していいの?」

 

 レイサは手に財布を取ってイドゥヴァに見せ付けた。

 それを見た彼女が焦ったのは言うまでも無い。その財布は彼女のものだったからだ。

 笑顔で財布を見せ付けるレイサから、ぱっとそれを取り上げる。

 

(いつの間に私の懐から盗み出したのか……)

 

 馬鹿にされたようで余計に腹が立つ。

 

「あなたという人は……。妹が低俗な盗賊だなんて、シグーネもさぞ惨めでしょうね。もっとも、自分が死んでも涙一つ流さない薄情な妹が相手なら、もうとっくに見捨ててしまっているかもしれませんが」

 

「姉貴は騎士だった。いつか死ぬのは分かっていた。ま、私には槍とか扱う素質がなかったから、これぐらいでしか役に立てなかったけど、それなりに尽くしたつもりだよ。少なくとも、自分が死んでも後継者争いにしか目が無い部下よりはね。よっと……!」

 

 レイサは再びジャグリングを始めだす。

 

(こんな女に……!)

 

 普段討伐される側の低俗な盗賊に馬鹿にされてついカッとなったイドゥヴァは思わず槍を取って、レイサへ向かってそれを突き向ける。

 

「なっ……」

 

 気付いた時には、もう自分の首筋にレイサが短剣を当てていた。そこは寸分の狂いもなく、首の急所。

 

(あの短時間に身を翻して首筋に噛み付いたというのか?!)

 

 舌なめずりをしながら、短剣を徐々に首筋に食い込ませるレイサの目は殺気に満ちている。

 

「ふふ……。人間ってさ、本当の事を言われると熱くなっちゃうものだよね」

 

「ぐ……っ」

 

「確かに私は闇でこそこそ生きてるゴミかもしれない。私だって、弱い人間は殺したくない。でもね……、姉貴を侮辱する奴が相手なら、強かろうが弱かろうが、無性に殺したくなるよ? ふふふ……、このまま、ぐちゃぐちゃにしちゃっていい?」

 

 とうとう、イドゥヴァが前言を撤回しその場は収まった。

 何事もなかったかのように再びジャグリングを始める。この飄々とした顔、何を考えているのかサッパリ分からない。

 そこへ、聞きなれた若い声が呼ぶ。

 

「レイサさん、少し話があります。ちょっと向こうまでよろしいですか?」

 

「はーいはい。私はいつでも暇だし、なんなら朝まで付き合ってもいいよ?」

 

(どうしてあんな盗賊を、団長は……)

 

 二人の後姿をじっと見つめるイドゥヴァの口元はこれでもかと唇に歯が食いこむ。

 やはり、先程団長に媚を売っていたのは確かのようだ。

 

 しかし、あんな若い者が団長では、次期団長を狙う頃に自分が現役でいるかどうか分からない。

 それも分からずに媚を売るとは、所詮盗賊の頭ではその程度。

 イドゥヴァはレイサを貶めることで、自分の怒りを納めた。

 

 

 

 ◆

「えぇ?! ちょっと、待ってよ。私がどうして部隊長なんか務めなきゃいけないのさ!」

 

 レイサの仰天する声が廊下に響く。

 ティトはあろうことか、新人部隊の部隊長の任に就いて欲しいとお願いしていた。

 新人は弱いし、何も知らないし。おまけに今年は、戦後の人手不足を補う為に見習い修行を免除するとのこと。

 見習い期間を経て成人となる15歳で入団が普通だが、今年は天馬の乗り方すら知らない14歳まで入団してくるというのだ。

 そんな者達を、自分のような盗賊が従えていけるわけがなかった。

 

「待ってよ! 私は天馬の乗り方も槍の扱い方も知らない、ただの盗賊なんだよ? 教えられるのは瞬殺の技術ぐらいだし、部隊長を任せられる人なんて他にもいくらでもいるじゃない。何で選りにも選って私なのよ」

 

「これからの新人に必要なのは、天馬の乗り方や、槍の扱い方を教えられる人ではないのです。もちろん、それも大切な事ですが、イリアが生まれ変わる為にもっと他の事を新人に学んで欲しいのです」

 

 ティトの真剣な目に、レイサも狼狽することをやめた。

 自分より若い団長が、強い意志を持って自分に接している。

 

(彼女も大変だよね。自分も役に立てる事は頑張ろうか。それが……姉貴への償いになるならさ。出来の悪い妹を持って不幸せだっただろうし)

 

 レイサはそう自分を落ち着かせる。

 

「……で、私に何ができるって言うのさ」

 

「あなたは、よく人の事を見ています」

 

「そりゃ、そうさ。密偵なんて仕事は、人の表情一つとっても貴重な情報源だからね」

 

 ────盗賊なんだから当たり前じゃん とは言えなかった。

 ちょっとした隙を突いてモノをいただくカッパライだった自分にとって、人の視線一つも見逃すわけにはいかない大切な情報。

 それが密偵、そして瞬殺剣を扱うことにも大切な事だったのは偶然だった。

 

「あなたは優しい人です。そして、誰よりも強い人だと思います。命の大切さ、脆さを、誰よりも知っている人だと思います。だから、隊員たちにあなたの知っている事をすべて教えてあげてください。新人を単なる傭兵の駒として終わらせてはいけない。イリアを担っていける人物へ育てて欲しいのです」

 

(私が優しい?)

 

 そう思ったが、レイサはそれを喉元でぐっと押し込んだ。

 姉も言っていた。自分では自分は分からない。

 周りの評価したものが自分であるのだと。自分が教えられること……。心構えや、瞬殺剣ぐらいしかない。

 

「教えられることなんて殆ど無いよ。傭兵に命の大切さなんて教えても、意味無いんじゃないかな。それに、散々人を殺してきた私が教えたところで説得力無いよ。瞬殺剣でも教える?」

 

「傭兵だからこそ、命の大切さを知っておいて欲しいのです。槍の扱い方などは、時をみて私達が教えますので。命の大切さが分かれば、自分達が何の為に戦うのか、きっとわかります。……分かってもらわなければ、イリアが生まれ変わる事は出来ないでしょう。レイサさんは、いつまでもイリアが傭兵を生業として、血で血を洗っても良いと思いますか?」

 

「思わないね。姉貴みたいな人間は出ないようになって欲しい」

 

 ティトはレイサの即答に黙ってうなずいた。

 彼女もまた、かつて戦場で同胞を何人も殺した。その都度、自分がイリアを支えていくからとその者たちを弔った。

 そしてベルン動乱。大切な妹シャニーすら、自分は手がけそうになった。

 二度とそんな思いはしたくないし、これからの新人にも出来る限りさせたくない。

 

 しかし、イリアが傭兵を生業とする限り、それは叶わない。

 何の為に戦っているのか、新人のうちに明確にして欲しい。そして、イリアを変えていって欲しい。

 一人では、そんな大業は為し得ない。でも、一人ひとりの意識が変われば、それは無理ではないはず。

 

 意識を作るには、新人の時期が一番肝心だ。

 そこで槍の扱い方だの、天馬の乗り方だのを教えるだけでは何も変わらない。ティトはそう考えた。

 

「新人は、イリアを支えていく大事な人財。傭兵だけで終らせてはいけないのです。お願いです、力を貸してください。レイサさんは、誰よりも命の大切さを知っています。それを教えてあげてください。そして、その大切な命をぶつけ合う仕事を、彼女らに教えて欲しいのです」

 

 レイサは今までずっと独りで仕事をしてきた。誰かを従えるなど初めてで将としては新人。

 それがいきなり、どの部隊長よりも責の重い新人部隊を任せられるとは。

 本当なら逃げたいところだ。だが……この新団長からは逃げられそうに無い。逃げることが自分の専門なのに。

 

「分かったよ。できる限りはやってみる」

 

 承諾を得られて、ティトの顔にも束の間の笑顔が宿る。

 またユーノの時のように断られたらどうしようかと思っていたのだ。とても嬉しい。

 

「ありがとうございます! では、もうすぐ正式に人事を発表するのでそのまま控えていてください」

 

 ティトは再び団長室へと戻っていった。

 独りになったレイサは腰の両側に差している短剣ではなく、腰の後ろに差していた短めの騎士剣を鞘から引き抜いてみる。

 それは立派な銀製の剣。イリア騎士を束ねるゼロットから、姉貴が賜ったもの。

 

「姉貴……。姉貴は本当に良い部下を持ったね。あいつなら、手伝ってやろうと思うよ。姉貴みたいに命令口調じゃないしね。でも、何かと気負っちゃう性格みたいだね。助けてやらないと」

 

 春を迎えたイリアの空には雲の隙間から眩しい太陽の光がこぼれ、今ここに新生天馬騎士団が産声を上げた。

 そして、イリアは大きな変化の時代へと突き進んでいく。

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