ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
団長選出戦に向けて囲い込みを始める両陣営。その間にもイリア内では悲劇が繰り返されていた。
その惨状を目の当たりにし、自らの弱さ、小ささを思い知るシャニーはただ泣くばかりだった。
そんな彼女にレイサは前を向けと諭すが、剣を折られた彼女にはそんな力は残されていなかった。
こんなに重い足取りでカルラエ城の中を歩くのは初めてかもしれない。
笑っていれば人間愉しく生きていけると自分で言っていたくせに、今は笑う気になんてなれない。
どうすればいい? どう受け止めればいい? 城に帰ったシャニーの重い足取りは、無意識のうちに団長室へと向かっていた。
「団長」
ノックも無くすうっと開いたドア。聞きなれているはずなのに、ティトは何かゾクっとする思いだった。
落ち着かない様子で声を追うと沈んだ蒼がそこにはあった。
「シャニ……シャニーさんじゃない、どうしたの?」
「うぅ……お姉ちゃん!」
何とか平素を装おうと努めていたが、やはり十何年もの付き合い。そう簡単に相手へ気持ちを隠し通す事は出来なかった。
姉の顔を見た途端、もう騎士である事を忘れてしまうぐらいの感情がこみ上げてきて泣きじゃくった。
妹の泣き顔を見ると流石に小言は出来ない。それどころかどう声をかけていいか分からない。
妹が生まれてからずっと一緒に暮らしてきたのに、シャニーを頭の中でイメージするといつも笑顔が浮かんできた。
それほどに朗らかな妹が、今自分の前で泣き崩れている。
とにかく、この場所では受け止めてあげられない。
彼女は妹の顔を拭いてやるとそのまま団長室から出て、更に城も出て……城下町に彼女を連れて行った。
カフェテリアに一緒に入る。昔は良く二人で喫茶しに来ていたが、シャニーが騎士になってからはそんな機会など今まで全くなかった。
「さ、ここなら思う存分話せるわ。ここでは私とあなたは上司と部下ではなく、姉と妹……家族よ」
シャニーは嬉しそうな顔をしたがすぐに先程の沈んだ顔に戻り、昼にあったことを一つ一つ、惨事を思い出しながら話す。
「まぁ……なんて事。私の力が、至らないせいね……」
「そんなことないよ! お姉ちゃんは騎士団全体をまとめなきゃいけないんだ。もっと末端のあたし達がしっかりしていれば」
「……それでは通用しないことが、貴女にも分かっているはずでしょう?」
団長の身からすれば、各部隊からの報告から状況を把握、確認するしかない。
イリア内のことが疎かにされている現在、イリア内の事を詳しく把握する事は困難だ。
それでも民や他騎士団がそんな言い訳じみたことを聞いて何を思うか。伏していく空色の瞳。
「私も、もっとイリア内のことに力を注ぎたいと思っているわ。でも、そのためにはやらなければならないことが多すぎて……」
こんな愚痴紛いのことを言ったところで、言い訳は聞き苦しいと他騎士団から言われるだけだろう。
イリアの中でも特に天馬騎士団の管轄地は復興が遅れているのだから。
「ねぇ、貴女はどう思っているの?」
ちょうどいい機会だ。普段報告から吸い上げられない末端の想いに触れてみることにした。
「もっと、イリア内のことに重点を置かないとダメだよ。民の為に戦っているって言える状態なのか解らないじゃない」
思った以上に強い言葉を放つ妹。面食らった以上に嬉しかった。自分の意図通り、妹がレイサの下で成長してしてきている。
今までは難しい話をしても分からなかったし、いきなり難題を提示してもきっと頭がパンクするだけだろうと思い避けていた。
今の妹の目は真っ直ぐ問題点へと注がれている。もう今なら、きっと応えてくれるかもしれない。一人の天馬騎士として、議論することが出来るかもしれない。
いつまでも新人部隊に置いておくつもりはないし、いつまでも新人気分で居てもらっては困る。
それはシャニー以外にも言えることだったが、無性に妹と議論したくなった。
一昔前まで、何を言ってもすぐ口答えをしてきた、でも可愛くて常に気にかけていた妹。それが今、自分の前に一人の天馬騎士として座っている。
昔がとても懐かしく感じるが、いつまでも時は止まってはいない。ティトは思い切って、シャニーに向かって考えをぶつけてみることにする。
「じゃあ聞くわ。貴女はどうすればいいと思う?」
そう問われてシャニーが目を真ん丸にする。姉が自分の意見に聞く耳を持ってくれるなんて。
今までまともに取り合ってくれなかった姉が、騎士として初めて自分を認めてくれた。
この機会を逃すわけには行かない。いくら姉妹とは言え、部隊長を経ずに団長に直接意見できる機会など滅多に無い。
「もちろん! もっとイリア内のことに重点を置かなきゃって思ってるよ!」
「……具体案は?」
ティトは慎重に言葉を選びながら純色な騎士の意見を聞いていく。彼女はレイサに感謝していた。彼女の持つ色は、今も変わらず澄んでいる。
「具体案……。そんなの、イリアの守備に多く配置すればいいだけじゃん」
「今はイリアの復興資金を調達しなければならないのよ? 破壊されたイリアを復活させる事が民の為になる。そうは考えないの?」
「でもさ、目の前で苦しんでる人も救えなくてイリアの復興ってできるのかな」
ティトから問われた話は十八部隊内でも良く議論してきたもの。なかなか答えは出てこないが、遅れます、出来ませんと言ってはいけないもの。
民のために────それを誓いとするなら、行動で示さなければならない。それなのに……。瓦礫と化した村を思い出して拳に力が籠りスカートを握りしめる。
「あたし……救えなかった。誓いを守れなかった。悔しいんだ。出来てるつもりで、出来てないんだもん。亡くなった人たちと正面向いて、イリアのために頑張ってるなんて……今の状態じゃ言えないよ」
思った以上にシャニーが色々考えている事に内心ギョッとするほどだった。
(これはとことんまで、この子の気持ちを聞いてみてもよさそうだわ)
ティトは一旦席を立つと、妹に紅茶を持ってきて、ついでに軽い焼き菓子も付けてやる。妹も色々考えて疲れていることは顔に残る涙の跡を見れば分かる。
「さ、ゆっくり話しましょ。ホラ、食べて」
言われるままに焼き菓子をほおばる。ティトには先程より表情が緩んでくるのがすぐに分かった。
「目の前の民も救えなくて、イリアの復興なんて出来ない……。なるほど、言い返す言葉もないわ」
「なんか本末転倒になっていると思うんだ。戦ったおまけで民を守れているのか、民を守るために戦っているのか。騎士の仕事は、イリアの為に、人々の為に戦うことじゃないの?」
何も言い返せなかった。妹の言っていることはまさに今の天馬騎士団の縮図。
自分でもうんざりしているほどに、騎士団の中は自分たちのために戦っている状態だ。
望まずともそれを助長してしまうことになって心が黒々と沈んでくる。
「……確かに。今の騎士団の雰囲気は異常なものがある。皆必死に名声を得て、ランクを上げようとしている。最初は私も、報酬を多く得て、民の為に頑張っているのだと思ったわ」
持っていたティーカップをそっと受け皿に下ろす。
何も知らなかった新人時代、姉ユーノに色々教わっていた。そのとき、自分も似たような質問を姉にぶつけたことがティトにはあった。
「団長、どうして皆はあんなに名声を得ることに必死なの?」
そのときの姉は、一瞬黙した。あの理由も今となっては分かる。
「皆ね、傭兵としてのランクを上げて、少しでも多く報酬をイリアの為に送ろうと頑張っているのよ」
そうは思えないから、ティトは聞いたのに。その言葉の裏にある真の意味は違った。
────それは、自分で見つけなさい。そして、それに対してどう思うか、自分自身の考えをしっかり持ちなさい。
「じゃあ、何で変えようってならないの?」
シャニーの言葉は、今のティトにとってはあまりにも厳しい言葉だった。
「変えようと思っているわ! 私だって、どれだけ毎日そのことを考えているか!」
肩をすぼませる妹を見て、彼女ははっと我に返る。こんなに自分を出して話をしたのは本当に久しぶりだった。
「……ごめんなさい、大きな声を出して」
大人気ないと思いつつも、妹が相手ならもう少し気を緩めてもいいのではないかとも思う。自分のことながら不器用な性格が時々嫌になる。
「でも、私は私なりに考えているつもりよ。どうしたら、騎士団が民の為に動けるのか。今の騎士達は、自分のために動いているわ。それはイリア騎士としてタブーとされているはずなのに」
シャニーにも思い当たる節がいくつかあった。
イリアのために戦っていると言いつつも、イリア内の守備より外へ傭兵に出ることを好しとする風潮。民の為の騎士団なのに、民に相談する事もなく展開される事業……。他にも色々ある。
だが新人の自分には、それを変える力もなければ、おかしいと主張して振り向いてくれる者も殆どいない。
「私が貴女を新人部隊に配属したのも、それを考えてのこと。貴女は私の思惑通り、色々吸収して、色々考えて、こうして議論が出来るようになってくれたわ」
「お姉ちゃん……」
ティトには分かっていた。もし、シャニーを普通の部隊にいきなり配属したら、今の慣習を是とする古参騎士達と衝突することが。
話を聞いて受け止めてくれる。そんな部隊に新人部隊をしたかった。
他の新人も同じだ。新人の間に、歪んだ価値観を植えつけて欲しくない。
これからの騎士団を形作っていく者達に必要なのは、しっかりした自分の考えを持つこと。
騎士団と言う縦の関係の中で、ただ上から言われた事をこなし、気に入られようと必死になる。そんな風にはなって欲しくなかった。
────新人を、傭兵のままで終わらせてはいけない……
「さ、4か月弱、新人部隊で培った事を色々聞かせて。どうすれば、イリア内のことを重視できると思う?」
シャニーは何か自分が情けなくなった。
姉は自分の実力を見くびって、新人部隊に入れたわけではなかった。自分の事を良く知っていたからこその選択だった。それを自分は……。
騎士団に入ってからこんな気持ちになることばかりだ。この4か月弱、色々知ることがあったし、考え方が変わったと自身でも驚くこともある。
普通の部隊で過ごしていたら、一体どんな風になっていたかとすら思うほど。
「人手不足なら、騎士を増員すれば……」
「増員する騎士がいないから見習い修行を免除しているのだし、仮に増員したとして、騎士の労務費はどうするの? 今でも騎士の労務費はかなり負担になっているのよ。ただ削減するだけでは士気が下がる危険もあるし」
色々意見を出し合ってみるが、なかなか名案は浮かんでこない。
イリアの抱える問題が矛盾に矛盾を重ねた多次元的な問題である事を改めて立証することになった。
「あぁ、いっそ一つの騎士団にまとまって国として動けるようになればいいのに!」
シャニーがとうとう頭を沸騰させて髪の毛をくしゃくしゃにし始めた。伸び始めている髪を止めていたピンが飛んでいく。
「……そうね。私もそれが最善だと思う。各地方の騎士団がまとまれば、人員不足も資金不足もある程度補えるわ。でも、それはなかなか難しいわね……。私もそこまで顔が広いわけでも、発言力があるわけでもないし」
結局結論はいつも同じだった。イリアのこの小国乱立状態をまとめることが出来れば……。
ティトもシャニーも改めて自分の無力さを思い知る。どれだけ剣捌きに、槍の扱いに長けていても、それとこれとは全くの別問題。ことのほかシャニーはまだ新人。動乱でどれだけ功績を残そうが、イリア内の騎士としては全くの無名。
「無理……なのかな。目の前の民も救えないあたしじゃ、やっぱりイリアを変えることなんて……無理なのかな」
無理、そんな言葉を口にしたくはなかった。
見習い修行に出てから、絶対に諦めないを信条にどんな事にも全力をぶつけてきたつもりだ。
だが、今目の前にあるものは、山より高い気がして光が見えない。
「そんな顔をしないの。レイサさんも言ったと思うけど貴女は貴方なりの最善を尽くしたんでしょう? なら、もういつまでも悔いていてはいけないわ」
そう簡単に立ち直れと言って切り替えられる話ではないことは分かる。それを仕方がないと言ってしまえる時点で、もはや思考は停止しているのだから。
「うん……」
案の定、シャニーの返事には魂が籠っていない。
「シャニー。過去は引き摺る為にあるものじゃないわよ。そこを良く考えなさい」
「分かってるよ! でも、そう簡単に忘れられないよ」
過去をいつまでも引き摺って苦しむ事は良くないこと。ティト自身が最もよく分かっていた。
かつて戦場で主を違え、妹と槍を向き合ったあの時、あの瞬間。今でもそれが脳裏をよぎることがある。
騎士としての誓いを全うしただけ……そう割り切ろうとどれだけ頑張ったことか。
だが、割り切る事など出来ない。忘れる事など一生出来ないだろう。
「……分かってないわね。過去を忘れなさいって言っているわけじゃないわ。いえ、決して忘れてはいけない。どうすればいいかは自分で考えなさい。考えることが、貴女の仕事よ」
────新人は考えることが仕事
あまりに重い宿題。ティトとカフェを後にするこの瞬間でさえ、失敗を引きずって歩いていることは自分でもよく分かっている。
無力な自分に一体何ができるのか。ティトの背を追いカルラエ城に戻る間、答えを求める青い瞳はずっとイリアの沈みゆく残照を見つめていた。