ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
団長選出選挙が間近に迫った7月下旬。イドゥヴァ派の動きは激しさを増す。
十八部隊のリーダー格のシャニーへも彼女たちの手が伸びていた。
イドゥヴァの巧みな話術に、シャニーは揺らいでいく。
この人なら、自分の代わりに夢を叶えてくれるかもしれないと。
団長選出戦が三日後に迫った日の昼下がり。シャニーはいつもどおり食堂で話しこんでいた。
「あー、あたし達が入団してからもう4か月経つんだね」
あと数日で7月も終わり、8月になると夏の終わりが見えてきて寒さが本格的に厳しくなってくる。
彼女はまるではるか昔でも思い出すようにぼーっと上を見上げる。騎士団にも慣れ、失敗をしながらも着々と成長してきていた。
今思えば他の新人達も、まだ初対面で大人しかったことが嘘のようである。
「僕も騎士団に入ってから色々な仕事を任されてやり甲斐があるよ」
医学の研究に経理、庶務……実に様々な仕事に多忙を極めながらもウッディは天馬騎士団の中でも希少な男性スタッフとして重宝されていた。
「私もこの頃クタクタだよ。一昨日もエトルリアに遠征してきたばかり。イドゥヴァ部隊長はなかなか前線に出してくれないし。私達は荷物持ちみたいな感じ。あーあ、なんだかなぁ」
セラだけは何か不満のようだ。思い描いていた部隊ではなかったのだろうか。
もう何度も出陣しているが一度も前線を任されたことがなく、酷い時には野営時の給仕などの雑用だけで終ったことすらあるらしい。
「新人なんだから仕方ないんじゃないのか? それに、イドゥヴァさんはかなり焼畑的で新人があまり育たないって有名な人だよ。特に実力が無いとかなり冷たい態度をとるんだってさ。それを苦にやめた人もいるらしい」
「ちょっと! あんたそれって私を間接的にザコ呼ばわりしてない?!」
噂を噂のまま口にしてしまってからウッディははっとするがもう遅い。
怒るセラを慌てて宥める。だが、その途中で更に追い討ちをかけるような発言をしてしまう。
「あ、でも実力のある新人とか、目にかなった人物へのラブコールは凄まじいらしいよ。今年もあのアルマって子がいたろ? ラブコールを受けて今じゃすっかりイドゥヴァ派の一員、彼女の右腕になってるよ」
情報通のウッディの言葉に、セラは上目で口をへの字に曲げた。
ウッディがまるでその目で見たかのように語っていることを毎日セラは見てきた。
どこに行くにもアルマは呼ばれて、その期待に応えてそれ以上を見せる彼女には勝てる気はしない。それでもあんまりだと思った。
仕事はバリバリこなすイドゥヴァであったが、新人の育成に関してはあまり良い噂を聞かない。ティトが彼女を敬遠した最も大きな理由の一つであるほどだ。
「あ、そうそう、今度の団長選出選挙、どっちに投票する?」
今の会話で思い出してシャニーが突然声をあげる。
自分はあまり考えたことは無かったが、仲間はきちんと考えているのかもしれない。
案の定、ウッディの答えはとても早かった。
「僕は、きっとティトさんに入れるよ。昔からティトさんにはかなりお世話になったし。僕にとってはお姉さんだった」
「そうだよね、お姉ちゃん、あたしよりウッディに優しかったもん。やっぱさ、あたしよりウッディのほうがお姉ちゃんにとったら可愛いのかなぁ」
早速脱線していく話。いつものことだがウッディは即否定した。彼女ほど妹を大切にしている姉も居ない。
心からそう思うのに、当の本人はまた姉に叱られたと愚痴っている。
「ところでさ、セラはどーするの?」
そのまま脱線したままで居て欲しかったのだが、シャニーの問いかけにセラは一瞬目を逸らす。
セラにとってこの興味津々が今回に限っては迷惑だった。その好奇心に応えられるだけの話が出来ない。
「私は……イドゥヴァ部隊長に入れるよ。一応自分の部隊の部隊長でお世話になってるしさ。それに……」
「うん」
好奇心を丸出しにしてセラに迫る。セラはいよいよ迷惑そうに、語りたくなさそうな面持ちで仕方なくその好奇心に応える。
言い渋る理由が何かウッディには分かっているのか、同情の眼差しが逆に辛い。
「何かうちの部隊、皆イドゥヴァさんの味方みたい。イドゥヴァさんに入れなかったら、何か白い目で見られそうな雰囲気なんだよね」
彼女の部隊、第二部隊は一枚岩の如くイドゥヴァ支持に回っており、それは新人達にも伝播した。それに留まらず、彼女らは他の部隊へ支持依頼に奔走していた。
何が彼女らをそこまで駆り立てるのか、第二部隊へ配属された新人達には知る術はない。
だが、自分達もその波に飲まれなければ、取り残されるどころか敵視されそうで。
セラも例外ではなかった。彼女は幼馴染の姉で、自分も良く世話をしてもらったティトへ尊敬の念もこめて投票しようとしていた。そのことを部隊の先輩に話した途端、打たれたと言う。
「新人のクセに、部隊の風紀を乱すような真似をするとは何事だ!」
自分の意思を騎士団の未来に反映させるための投票であるのに、なぜ同じ部隊だからと団結しなければならないのか。それを疑問に思ったセラだったが、これ以上食い下がると先輩達をみな敵に回す。そう直感的に察し、仕方なくイドゥヴァに投票することに決めたのだと言う。
俯きながら語るセラにシャニーは首をかしげた。
「おかしな話だね。なんでそんな事するんだろ」
それを実際に面と向かい口に出す者が果たしてどれだけいるだろうか。
「イドゥヴァさんについていけば、将来ポストにありつける。そう思ってるんだよ」
ウッディが彼女の首を手で起こす。首がすくっと立つと、顔も分かったと言わんばかりにシャッキリとする彼女に、それまで元気のなかったセラの顔にようやく少しだけ笑顔が戻る。
「まぁ、そんなところだね」
「でもおかしいよねぇ、他人に頼ってさ、自分がやってやろうとは思わないかな?」
重い話題でも仲間となら楽しい。今日も昼の時間は、あっという間に過ぎていった。
シャニーは皆と別れると、天馬の手入れをしようと馬屋へと向かった。鼻歌を歌いながらブラッシングを丁寧にかけてやる。
「いっつもお世話になってるからね。これからも頼むよ」
天馬は気持ちよさそうで、主人に頬を近づけては甘える素振りを見せる。
隅々までブラッシングをかけ、最後にマッサージをして一緒に外へ飛び出す。城を出て、森を経て、小川を跳び越し、自宅のある村も通過した。
小一時間かけて着いた場所で降りると、天馬の背に乗せてあった花束を手に取る。それを十字架の上にかけるとその前で祈った。
ここは、両親の墓のある花一面の小高い丘。今はもう盛夏も過ぎ、花達は早くも皆枯れて草原となっている。
短い春に精一杯咲き誇り、そしてあっと言う間に朽ちていく。人も、それに似ているのかもしれない。
人竜戦役よりもはるか昔から続く長い歴史の中で考えれば、自分達の行動によって引き起こされる出来事、そしてその影響。それは花の一生よりも小さく、そして儚いのかもしれない。
「……でも、あたしは諦めたくないよ。諦めて何も行動を起こさなかったら、何も変わらない。どんなに影響が小さくても、ずっと頑張ればいつかきっと変わる。ロイ様みたいな凄い事はできないかもしれないけど、あたしなりの方法でイリアをもっと良い国へ変えられるように頑張るよ。それが、あたしのイリア騎士としての誓いだから」
雪崩による事故で非業の死を遂げた両親。天馬騎士団の団長だった母にそっくりだと皆は言ってくれる。
顔だけでなく母のように慕われる人となり、果たせなかった志を自分が諦めずに果たすと自らに言い聞かせるように、暫く手入れをしていなくて黒ずんだ墓標へ祈りを捧げる。
ベルン動乱を平定し、人竜戦役の再来を阻止したロイは英雄と呼ばれている。
年は1つしか変わらない憧れの存在だが、自分はロイではない。ロイのように人をひきつける魅力や、世界を動かすようなカリスマ性はないただの無名の騎士。
それでも、彼女には夢があった。
天馬騎士になると言う夢は目標へと変わり、今は一段高いステップを求めている。
イリアを変えるという夢も、少しずつでも近づいて目標としていかなければならない。
現状に満足して思考を停止させた時点で、もはや進展も発展もなくなってしまう。シャニーには、かつてニイメに言われた言葉がようやく理解できていた。
────ひとつの“なぜ”は、十の“なぜ”を生み出す
「あー……そういえば十の為の“一”って……結局何なんだろうな。うーん……」
ニイメはよく、一と十を使う。それに含まれている意味の深さに、シャニーはいつも考えさせられていた。
まだ足りない部分はいくらでもあるだろう。むしろ全てを吸収する事は出来ないのかもしれない。
だが、老人の一言がイリアを変えると言う壮大な夢を志す若い騎士に十の力を与えて、若者は得た一つ一つを、更に自分の力で十へ発展させていく。
「よーし! 村々の見回りをして帰ろうか!」
相棒の頭を撫でると、その背にまたがり元気いっぱいに大空へと飛び出す。その胸に大きな夢と使命感を抱いて。
◆◆◆
時は止まる事はなく、そのときを迎えようとしている。
団長選出選挙を明日に控えた第二部隊では、迫り来る決戦の日に備えて余念がない。
皆朝からせわしく動き回り、各部隊への最後のお願いに終始していた。
イドゥヴァが当初予定していた通り、全体の四割程度の得票は堅そうだ。
あの手この手で引き入れた浮動票もあわせれば、あともうひと越えと見積もられていた。
「いよいよですね、部隊長」
第二部隊の詰所で椅子に座って仕事をするイドゥヴァの許に、アルマが寄ってきて報告を行う。
今やアルマは部隊長の右腕となって様々な仕事に携わっていた。
「おぉ、アルマですか。十八部隊はどうなりましたか?」
「はい。そのことで参りました。どうやらシャニーは我々に手を貸してくれそうです。昨日改めて聞いたときには、こちら側に投票すると言うようなことを言っていましたから」
アルマの返答に、イドゥヴァは無言で笑みを漏らす。
「明言を貰ってはいないのですね?」
しかし、すぐにいつもの顔に戻すと、席を立った。
「念には念を入れておいたほうが良いでしょう。私自らもう一度行きます。あなたもついて来なさい」
「はっ」
廊下の真ん中を、さももう団長になったかのごとく堂々と歩く。
その威圧感に、廊下を反対側から歩いてきた者達は思わず隅へ避けてしまう。
その後ろには、恐ろしいほどに眼力強く真っ直ぐ前を見据え、力強く歩むアルマがついている。
新人とは到底思えない立ち振る舞い。そして人目も憚らぬ強引とも取れる大胆な行動。
イリアを変えていくような力を持った二人が今、理想郷の扉を開けるために真っ直ぐ見据えて向かって行く。
「シャニーさん、こんにちは」
一人黙々と剣を振りながら、どうしたらイリア内の荒れを防ぐことが出来るかをシャニーは考えていた。
彼女は後ろからの突然の声に剣を下すと静かに振り向く。
「これは……イドゥヴァ部隊長。あたしに何かご用ですか?」
彼女は未だに自分の悩みを振り切れていなかった。
自分の理想が、この人に投票する事で達成されるのだろうか。何かが、自分を決断のつかない状態へと追いやっている。
それが一体何かを考えていたのに、目の前で笑う顔を見ると、見えかけていたものがまたぼやけてしまうようで表情が曇る。
「あなたの意思を確認しておきたかったのですよ。どうですか、明日の選挙では、是非私に入れてくださいませんか? 貴女の考える理想も、きっと私が実現できるように尽力して見せますので、どうか」
シャニーは暫く黙っていた。何かしらの返事を貰わなくては、相手も帰りそうにない様子。
長い間合いの後、シャニーが声をあげようと彼女らの方を見直した、そのときだった。
「うちの部隊の子に、無理強いするようなマネは止して欲しいね。そこまでしてなりたいもんなのかね、団長って言う奴は。何の為の選挙だか分かりゃしない」
後ろから黒い風と共に現われたのは、十八部隊の部隊長レイサ。いきなり現われた邪魔な存在に、イドゥヴァは眉間にしわを寄せた。
「妙な言いがかりは止して欲しいですね、十八部隊長」
「イドゥヴァ部隊長は、シャニーと目指すものが同じだから、力を貸して欲しいとお願いしているだけです。無理強いなんて全くそんな気はありませんよ」
アルマも軽く笑いながら、レイサを何とか追い払おうとする。
どこか、彼女に自分の考えを見透かされているような、そんな感じがして止まない。
いつか必ず自分にとって邪魔な存在になる、そう予測はしていた。だが、まさかこんな早く。第一歩目から邪魔されるとは。
案の定、レイサは退かなかった。シャニーの肩を持つと、そのまま彼女を引っ張っていく。
「こっちの部隊で今からミーティングがあるんでね、この場で失礼させてもらうよ。行くよ、ホラ」
「貴女は、イリアを変えたいとは思わないのですか?」
後ろからイドゥヴァの声がする。一旦レイサの足は止まったが、イドゥヴァ達の方は見なかった。
「……あんたが本当にイリアを変える気でいるとは、私には映らない。それにさ、もしあんたが本当に団長として相応しい人間なら、こんなセコイ真似しなくても、過半数取れるじゃない」
「レイサ部隊長、それはいくらあなたでもイドゥヴァ部隊長に対して失礼ではないですか?」
むっとして反論しようとしないイドゥヴァを見かねてアルマが反撃に出る。
レイサ自体は敵に回したところで大した影響はないだろうが、今後の事がある。なんとしてもシャニーとだけは接点を持っておこうと思っていたが、そのシャニーをレイサが引き離そうとしている。
「失礼……ね。それを言うなら、まずうちの姉貴に謝って貰いたいもんだね」
それだけ言うと、レイサはシャニーを連れ去った。
(……どこまでも手強い人だ。これ以上私の邪魔をされないよう、手を打っておかねば……)
アルマは悔しさに拳を振るわせるイドゥヴァを心配する素振りを見せながらも、もはやその目は団長選出戦にはなかった。