ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
今まで暫定だった団長の正式な選出が行われることとなった。
選出方法はイドゥヴァの提案により選挙制で争われることとなり、現団長のティト派とイドゥヴァ派に分かれて両陣営が鎬を削ることとなる。
だが、それはティトが選挙制を導入した意図とは全く真逆の行動だった。
一方、シャニーは毎日をイリア内の村々を巡ってイリアを知ることに時間を充てていた。
ベルン動乱で敵国に付いた天馬騎士団と村々の関係は予想以上に悪化しており、それらを修復しつつ、彼らから実情を聞いてはメモを続ける日々。
そんな折、彼女はある村で山賊の襲撃を目撃し、自身の誓い―イリアの民を守る―に従い彼らを退ける。何かあったら必ず守ると彼らと約束した彼女だったが、後日、討ち損ねた山賊の頭領が再び村を襲撃し、村は全滅してしまう。
最善を尽くしたのだから後悔するな……レイサやティトに言われても簡単には前を向けない。
手を出しさえしなければ、あそこまで大きな被害にはならなかったはずなのに。
誓いを実践しようと勇気を出したその結果、守るどころか滅ぼしてしまうなんて。
イリアを変えたいと願う剣を折られた彼女の許へ、イドゥヴァ達が訪れる。
――――貴女がもし私に票を投じてくれれば、きっとイリアを良い方向へ導く
この人ならやってくれるのかもしれない……シャニーはイドゥヴァへの投票に傾くのだった。
第1話 羨望と孤独(1)
なぜここまで、動かずにいられるのだろうか。
第一部隊の副将ソランはティトに再三同じことを進言してきた。そして今日もまた、録音のように繰り返すその口調は今までよりさらに厳しい。
「団長、このままだと再選できるかどうかは五分五分といったところです。相手も相当な準備をしていますし、どんな手段を使っているかも分かりません。今日ぐらいは他の部隊に挨拶して回ったほうが良いのではないですか?」
エトルリアの将軍に宛てた報告書を書く手を休めないティト。
そんな生真面目な団長を慕い支えてきた第一部隊の隊員達は、ソランの言葉に頷きながら、選挙に興味がないのかとすら思える団長の行動にやきもきしていた。
「本当に私が団長に相応しい人間かは周りが評価すること。それに、私にはするべきことが山とある。団長であるうちは、私は自分の使命に尽力しなければならない」
手を休めないままいつも通りの答えが返ってきた。
出来上がった報告書に団長印を捺すと、伝書係の騎士に封書して渡す。その足ですぐにマントを羽織り、剣を腰に差した。
一瞬、隊員達は考え直してくれたのかと思ったが、どうもそんな様子でもない。
「今から傭兵契約の関係でオスティアへ行って来るわ。帰るのは遅ければ明日の昼。私の居ない間、しっかり頼むわよ」
「だ、団長! 選挙を明日に控えているのに、今からオスティアへ向かわれるのですか?!」
隊員たちが焦ってティトの進路を塞ぐ。
仕事熱心な事は見ていても分かるし、責任感が人一倍強いことも嫌と言うほど伝わってくる。だが今だけは、今だけは
どうして、どうして分かってくれないのだろうか。焦りの眼差しを注がれても、ティトの表情は鉄仮面でも被っているかのように変わらない。
「開票は明日の夜でしょう? それまでには戻るわ」
それでは間に合わないと言いかけるソランに被せるようにティトは一歩踏み出した。
「イリアには時間がないの。冬になるまでに、少しでも多くの貯えを作っておかなければ。今年の冬は例年以上に余裕をもって迎えないと、復興資金も必要なのだから。団長であっても、そうでなくても、やることに変わりはないわ」
ティトの言っていることは正論だ。民の事を考えれば、本来すべきことは城に籠っている事ではない。
もうすでに隊員達の防衛ラインを越えて、ドアに手をかけているティトにソランは一度唇を噛むが、とうとう折れて肚を括った。
「……分かりました。そこまで団長が仰るなら、私たちも団長の仰せのままについて行きます」
団長のガンコさは昔から知っていた。
彼女は地位より国を取った。そこまで懸命な姿を見せられては、もはや止める言葉は浮かんでは来なかった。
「ありがとう。じゃあ、後は頼むわね」
ティトは一人、廊下を歩いていく。その背には苦労が滲み出ていた。言葉では言い表せないような不安が肩にのしかかって、気を抜けばその場に膝を突いてしまいそうな不安。
第一部隊の隊員達は彼女の背を見て虚しさを感じずにはおれない。一人で背負って、一人で苦しんでいるようで。
ティトは目を固く瞑って、自分に敬礼をする他部隊の隊員にも気づかないほどに急ぎ足で廊下を歩いた。
自らの革靴が床を叩く音を聞きながら。その音が、更に自分を急かすように聞こえる。
そのまま城を出て厩舎から天馬を連れ出し、宙へ舞った。
羽と共に、彼女の悔しさの塊が、やっと光をまともに得た瞳から零れ落ちる。
「私が選挙を実施するのは……こんな事をする為じゃない。なぜ、皆分かってくれないの?」
◆◆◆
まんまとアルマたちの口車に乗りかけたシャニーを部隊に連れ戻したレイサがふと空を見上げると、水色の髪が宙を舞っていた。どうしてこうも両極端なのか。傍から見ているとどうにももどかしい。
「……。ちょっと! 皆集まりな!」
レイサが珍しく大きな声をあげている。突然召集され、新人達は何が起きたのかと顔を見合わせた。
「あんた達、今回の選挙、どう思う?」
突然振られた質問。しかも、その質問はあまりに漠然過ぎて、どう答えればよいか戸惑うもの。
その質問へ真っ先に答えたのは、先程レイサに言葉を止められたシャニーだった。
「何の為の選挙なのか、あたしには良く分からなくなってきたよ」
団長を選ぶ為の選挙。それは確かにそうなのだが、雰囲気が何か違う。
何の為に団長を選出するのか。候補者本人だけでなく、その配下や取り巻きまでもが必死になり、本分を忘れた行動に出ている。
団長になることそのものへ、血心を注いでいるように見えた。
「権力って言うのは……人をああも変えるのかね」
ポツリと漏らすレイサの顔に浮かぶのは怒り。キリキリと凍り付いた刃のような、触れられそうにない怒りが滲む。
彼女には分かっていた。なぜ、イドゥヴァがあそこまで団長の座に拘るのかを。
だからこそ、彼女の言葉に中身があるかどうか何か聞かずとも知れたことだ。
言葉巧みに他の者を操り、思うが侭を手に入れる。
野心から出た言葉は、見た目は柔らかく暖かい。だがその化けの皮を剥ぐと、そこには実に冷酷で毒を湛え牙を研ぐ蛇が潜んでいる。
真の姿を知らない者はその見た目に近寄り、痛い目を見る。
「今回の選挙は、団長が意図した選挙じゃない。自分の一票をどうイリアの将来に反映させるか。それは各自で考えて欲しい」
何やらレイサが真面目な話をし始めるものだから、隊員たちはぎょっとして注目し始める。こんなこと、今まで覚えがない。
「でも、これだけは言っておく」
鋭い眼差しがそんな面食らう隊員達を見据える。
「甘言を鵜呑みにするような真似だけは、絶対にするんじゃないよ。考えるんだ。何が真実で、何を信じればいいのか。一人で悩む必要はないさ。迷ったら、誰かに相談すればいい」
甘言の裏には、必ず何かが牙を剥いている。
毒を迸らせながら、それでいて絶対にそれを見せず、ただ獲物が寄って来るのをひたすら待つ。
騎士団内にも、良くない流れが未だに蔓延っていた。
イリアを変える上で最も排除しなくてはならないものの一つ。にもかかわらず、最も必要とされるもの。それが権力への執着。
一歩間違えればイリアを暗転させるその力を、正しく行使できる能力がイドゥヴァにあるとはレイサには到底思えなかった。
そもそも、正しく行使しようとする意志があるのかすら疑問符が付く。
イドゥヴァの考えている事は大方予想がつく。目的ははっきりしているから、その目標の為にどんな手段に出るか分からない。
それでも、ここは敢えて隊員たちの意志に任せることにした。未来を創っていく新人達。彼女らが自らの意志で歩み、責任を持って行動することを教えるために。
たとえ、天馬騎士団が滅んでも、新人達には未来がある。天馬騎士団に執着するより、彼女はそれを優先した。
尊敬する姉が大事に守ってきた騎士団より、新人達の未来をとった彼女の心は、まさにブリザードの如く激しく渦巻いていた。
◆◆◆
──7月31日 AM6:50 カルラエ城──
一番鳥が、イリアに運命の光を伝えてきた。
窓から入るうっすらとした光を、鋭い瞳がしっかりと捉える。
アルマは光を遮るカーテンを開け放つと、暁に燃える雪原の向こうをじっと見つめた。
「……」
マントを羽織ると、意志を固めたような更に厳しい目付きで部屋を出る。
午前7時。早くもイドゥヴァ陣営は第二部隊の詰所に集まり、結束を固めていた。
アルマは部屋に入るや早速イドゥヴァの許へ行き最敬礼。相手も笑顔で答えた。無言のやり取りに、周りにいた第二部隊の隊員たちも息を呑む。
とても新人とは思えない。先輩である自分達ですら、何か威圧されるような感覚。
イドゥヴァも彼女を認め、新人ではなく実力者として扱い右腕とすら呼ぶほど。
当然長年従ってきた自分達をあっさり抜き去った新人に悔しさがないわけではない。
だが、その実力と厳しさに、皆畏怖の念すら覚えている。
彼女の黒には、全ての色を退ける力がある、何か人を凌駕する力があった。
「いよいよですね。皆さんには今までついてきてもらって本当に感謝しています。団長は敗北を察してか昨日から遠征のご様子。ここはどっしり構えようではありませんか」
イドゥヴァの挨拶が部屋に響く。静寂に包まれながらも、そこには何か異様な空気が流れている。
どの騎士も、戦場を前にするよりも高まる気持ちを抑えることに精一杯だった。
今までイドゥヴァに従ってきて、ようやくここで慕ってきた人物が団長となる。その瞬間を一分一年の気持ちで待ち侘びていた。
◆◆◆
投票は予定通り昼前、午前10時から始められた。
部隊ごとに、皆が大会議室へ投票をしに集まってくる。順調に行っても開票はまだ10時間ほど先だ。
尽くせる手はすべて尽くした今は、ただ待つのみ。そう肚を括ったはずだが、まるで違う現実が待ち受けていようとは。
「た、大変です!」
詰所で静かに進捗を窺うイドゥヴァやアルマの許へ、投票を終えた配下の隊員たちが駆け込んできた。
どうにも様子がおかしい。まだ投票は始まったばかりだというのに。
「どうしたのですか。落ち着きなさい」
イドゥヴァが嗜めるが、彼女らの動揺は止まらなかった。
「第一部隊が……選挙進行を務めています!」
イドゥヴァは判断に困ったような表情を見せる。
数字が若い部隊から順に投票していくルール。第一部隊は当然先頭を切るはずだった。それが、選挙進行役として投票を先延ばししたのだ。
アルマはそれを聞いて鼻で笑ってしまった。イドゥヴァも事態を飲み込んだのか、静かな笑みを浮かべた。
「まぁ……団長不在で統率が取れないのでしょう。きっと団長が帰城してから投票するつもりなのです。気にする必要はありませんよ」
「はい……。しかし、もう一つ気になることが」
落ち着きを取り戻したイドゥヴァに放たれたもう一つの事実は、にわかに詰所を騒然とさせることとなった。
「十八部隊が、どうやら詰所に姿を見せていないようです」
投票が済むまでは、各部隊に充てられた部屋で待機しているはず。
流石にイドゥヴァも、そしてアルマですらも、驚きの表情を隠せなかった。彼らの票がなくては、勝ちを確定させることが最後まで難しくなってしまう。
イドゥヴァは目でアルマに合図をしようとしたが、そのときにはもう彼女はいなかった。
肩で空気を切って、そしていつしか小走りに十八部隊の詰所へ彼女は向かっていた。ノックもなしに扉を開ける。そこには事務業務をしている隊員が数名残っているだけで、目ぼしい面子はいない。
「部隊長やシャニーが何処へ行ったか知らないか?」
「え? いつもどおり中庭で稽古をしているはずだよ」
礼を言うのも忘れ、階段を降りて中庭へと向うと、いつもどおり十八部隊の温い稽古が展開されていた。
早足で部隊をまわり、目当ての人物を探す。人数が多いこともあってかなかなか捕まえることが出来ない。
選挙はとうに開始されている。それにも係わらずここには主要人物がいない。
時間の経過に我慢できなくなったアルマは、傍で槍の稽古をしてた隊員の許へ歩み寄ると、隊員が振る槍を自分の持っていたショートランスで弾く。
突然の障害物にびっくりして目を丸くする隊員にも、アルマはお構い無し。
「部隊長やシャニーは何処へ行った?」
「え?! あ、アルマじゃない」
「部隊長やシャニーは何処へ行った?!」
話には全く聞く耳がないようである。隊員は腹が立つよりむしろ恐ろしくなって、早く傍から離れたいと答えを急ぐ。
「シャニーは、団長を迎えに南方の砦に向かった。レイサさんはいつものとこだよ」
隊員に指差された方角を見て、アルマは無性に腹が立った。
軽く挨拶をすると、すぐさまその場を後にする。何か拷問から解放されたような、そんな安堵の気分が隊員を取り巻いて持っていた槍がだらんとする。
肩で風を、そして十八部隊の隊員を押し分けながら、アルマは真っ直ぐ歩んでいく。城壁の近くまで辿り着くと大きな落葉高木をギッときつく見上げた。
ずっしりとし太く力強く見えながらもどこか頼り気のない、雪国特有の高木のやや太い枝の上で昼寝をするレイサに向けるかのように、渾身を込めて幹に突き刺さるショートランス。
その衝撃音は十八部隊の隊員たちをも振り向かせるほど。当然、その衝撃に最も近いところにいたレイサはすぐさま降りてきた。
「なんだい、珍しく挨拶しに来たかと思えば、いきなりな態度だね」
「これは失礼しました。私が叙任を受けてからの初めての恩師が、イリアの将来を左右する選挙を前にここまでどっしり構えられているので、少しばかり驚いてしまいました」
「……で、何しにきたわけ」
「かつての部下にそのような冷たい態度とはあんまりです。私はただ、もう選挙が始まっていることをご存知か確認しに推して参っただけです」
アルマは軽くお辞儀をしてレイサに笑顔を見せる。
その様子を十八部隊の者達はじっと見ていた。二人を暫くの沈黙が包む。互いに決定的な言葉を欠いていた。
(こいつが新人部隊に現れるなんて……今度は何しに来たんだ)
何か打算的な目的がある時以外にはないはずだ。レイサも警戒するが、今回は退けることが出来るような理由はなく、相手もなかなか尻尾を出さない。
二人は互いを手強い相手だと警戒していた。
アルマの心を包む漆黒が、レイサにその心中を覗かせない。だが、周りの事を考えると早く部隊へ戻ってもらわなければいけなかった。
「どうせ私たちの部隊の投票は最後だからね。焦る必要なんてないのさ。それより、大切な部隊長をほっぽり出してきて良いのかい? 今のあんたにとっちゃ、何処の誰よりも大事なんだろ?」
アルマは目線を逸らしながらフッっと一瞬笑い、背を向けながらレイサの問いに答えた。
「私にとって一番大切な人は……。……フッ、まぁそういうことですね。イドゥヴァ部隊長は貴女達の票をとても心配していましたから」
とりあえず、ここに居てもこれ以上の収穫はない事だけは分かった。一番その気持ちを知りたい人物がここにはいないのだから。おまけに……その真意を量りかねる行動に出ている。
一つ礼をして踵を返したアルマだったが、すぐに振り返った。
「あ、それとシャニーに一つ伝言をお願いできますか?」
「なんだい?」
アルマは再びレイサのほうを向くと、皆にも聞こえるようなはっきりとした声で言い放った。
「付き従う師は、よく選んだほうが良い、とお願いします」
静まり返る十八部隊。その只中をアルマが石詰めの道に沿って歩いていく。皆はしばらく、ただ彼女の小さくなっていく背を見ているしか出来なかった。