ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前話のあらすじ

対抗馬のイドゥヴァがあの手この手で票の囲い込みを行う中、
対抗しようとする隊員たちを、まるで選挙に興味がないかのように引き留めるティトに隊員たちは困惑する

迎えた団長選出選挙当日
十八部隊のシャニーが城にいない事を知り、アルマは嫌な予感がよぎる。


第2話 羨望と孤独(2)

 イリアの南方、サカとの国境であるシュベル山脈。

 ここには砦としての機能と共に、その国境の関所として機能しているダッドフィ城がある。

 険しい雪国への入り口、南方からの唯一の窓として機能するこの城を多くの行商人が通過していく。

 

 空を移動する天馬騎士たちは例外的に、出国する際は騎士団の承認を得て、それを認めた書状を予め提出する事で、関所の通過を免れている。

 だが、帰国の際にはいくら天馬騎士といえど、関所を通らずに入国すれば領空侵犯として罪に問われることになる。

 

 シャニーはこのダッドフィ城を訪れていた。

 ここで待っていれば、リキアへ仕事をしに行った姉と必ず会える。どうしても姉に確認しておきたいことがあった。

 

 昼を過ぎた午後1時、関所にティトが現われ、入国手続きを始めた。彼女の表情はいつもどおり、いやそれ以上に硬かった。

 

「おーい! おねえちゃぁーん!! おかえりぃー!」

 

 その表情を打ち砕くような、そんな元気の良い声。

 ティトは驚いて持っていたペンを落としそうになった。そちらを向けば、青の瞳を爛と輝かせる元気の塊が自分を迎えに来ていた。その顔を見ると、何か心が軽くなる。まるで凍り付いた体を湯船に浸けたような気持ち。

 なのに、口から出る言葉はそんな気持ちとは真逆のものだった。

 

「……良くこんな人が大勢いるところで、そんな大声を出せるわね」

 

「うん、だってお姉ちゃんのことが心配だったもん」

 

 自分のガードを完膚なきまでに砕かれたような、何か頭に突き刺さり目元が熱くなるのを感じる。

 自分の事を心配して迎えに来てくれる者がいたなんて。

 

 この頃は騎士団内でも古株との対立が絶えず、心をすり減らす毎日。シャニーの真っ直ぐで素直な優しさが、傷付いたティトの心を癒す。

 ティトは、もう彼女からは逃げられないと思った。羞恥心より、今回は嬉しさが勝った。大切な人が、傍にいる。

 

「……ただいま、シャニー」

 

 シャニーを抱きしめた。こんな事をするのは、妹がまだ小さい頃だけだった。

 久しぶりに抱く妹。その大切さを再確認する。数少ない、心を奥深くまで見せることの出来る相手。

 

「えへへ。……ねぇ、忙しいのは分かってるけどさ、たまにはお姉ちゃんと一緒にお茶したいな」

 

 妹の話口調が急に変わった。嬉しさに身を任せていたティトも、この突然の変化にはっと我に返る。

 何か、きっとある。姉としての直感が仕事を押し退ける。

 

「いいわ。その代わり、夕方までには帰らないとダメだから、長居は出来ないわよ」

 

「ありがとう!」

 

 今度はシャニーがティトに抱きつく。もう、ティトにも恥ずかしいも何もなかった。

 帰国の途上考えていた悩みすらも吹っ切れるぐらいに、凍てついた心が融ける。

 改めてシャニーのニコニコとする瞳を見て確信していた。妹を十八部隊に配属して間違いはなかったと。

 

「じゃ、行きましょうか。この砦のテラスでいいわね?」

 

「うん」

 

 久しぶりの姉妹としてのひと時を大切にするかのように、ゆっくりと城の廊下を歩いていく。

 高い高いシュベル山脈の頂上付近に位置するダッドフィ城。今日は天気がよく、イリアを何処までも見渡せそうな、そんな澄んだ空気がそこにはある。

 

「うわー、やっぱイリアって広いねー!」

 

 外に出たところで、柵に手をかけながら叫ぶ妹の後姿を見て、最初は目袋を緩ませていたティトだったが、妹の更に向こうに見える景色に視線を移すと、その眼差しはふっと悲し気に揺らいだ。

 もうこのまま、あの山々に吸い込まれてしまいたくなりそうなほどの悲しみだった。

 

「……こんな広いイリアを、一つにまとめるなんて、やはり無理なのかしら……。リキアやエトルリアのように、あんな大きくて高い城に、王が国を治める……イリアには無理なのかしら……」

 

「どうしたの? お姉ちゃん」

 

 再び空いた心の隙間。それをすかさず妹が埋めてくれる。

 ティトはこの頃の自分がいつも考え込んでしまっている事に、自分でも気付いていた。時には悩みすぎて寝られないこともある。

 

「なんでもないわ。ほら、行きましょう」

 

 団長が弱音を吐いてはいられないと、いつも我慢している自分がいる。

 団長である自分が頑張れば……そう自分に言い聞かせ、心の隙間を埋めようとしていた。

 

 

 

◆◆◆

 二人はダットフィ城の高層階にあるテラスでお茶を楽しむ。

 極寒の地イリアの頂。冬になればそこは地獄と化す場所。こうしてゆったりと空を眺めながら暖かいお茶でのお喋りも、もう9月も半ばになったら出来ないことだ。

 

「うーん、空気も美味しいしやっぱいいね」

 

 椅子に座ったままうんと体を反らして、気持ちよさそうに顔をくしゃくしゃにして見せる妹を見ていると何かほっとする。

 

「そうね……何か身体の疲れが一気に解けていくような気がするわ」

 

 なかなか仕事上の都合で一緒になれない姉妹。こういう機会には、自然と今まで溜まっていたものが開放され、ついつい長話をしてしまう。

 もっと話をしたい。けど、話さなければならないことがある。いつもお喋りする側のシャニーのほうが今回は自重した。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。教えて欲しいことがあるんだ」

 

「何かしら?」

 

 シャニーは持っていたティーカップを受け皿に置く。

 その温もりが手から逃げないうちに、彼女はすぐに質問を団長へぶつけた。こんなことは、いくら姉とて団長である相手へ直には聞きづらい。

 

「なんで、選挙なんかしたの? あんなの意味ないじゃん」

 

 小言に対して反発する事は茶飯事であったが、ここまでダイレクトに不満を口にする事は珍しい。

 ティトも流石に面を食らったか。彼女は暫く黙していた後、視線を注いでいたティーカップの湖面から目を離すと、広大なイリアの大地を眺めた。

 

「……そうね、全く意味がないものになってしまったわね……」

 

「え?」

 

「私が望んだ事と、全くの正反対になってしまったわ。どうして、皆は分かってくれないのかしら……。あれでは、今までと全く変わらないと言う事を……」

 

 ティトが団長による指名を避けた理由。その最も大きな理由の一つは、派閥と言うものを打ち壊したいからだった。

 皆一人ひとりが、イリアを創っていく構成員として自覚を持って、自らの意志を持った行動をとって欲しかった。

 

 しかし、皆の意識はなかなか変わる事はない。自分の損得ばかりに目が行き、それを中心に捉えた行動をする。

 

「皆は、イリア騎士の誓いを忘れてしまっているわ。決して自分のために戦ってはいけない。私利私欲のためではなく、イリアの発展を主軸において物事を考えなさいと言う意味のはず。私はそのために選挙制を導入したの。でも、イドゥヴァさんはそうではなかったようね」

 

 イドゥヴァが選挙制を推した理由は、言葉にしなくとも明白であった。

 野心は留まる事を知らず、権力は人を狂わす。人が手に入れることの出来る最強の力。

 

「私は、団長になる為に頑張ってきたんじゃない。団長であろうと、そうでなかろうと、私の目指すものは同じ。イリアを素晴らしい国へ……それだけだわ」

 

 広大なイリアの高く澄んだ空を見つめて語る姉の凛とした横顔。普段妹としてばかり見てきた姉の、団長としての誓いを目の当たりにして心が動く。何とか、団長の力になりたい。

 

「やっぱお姉ちゃんは凄いや。さすがあたしのお姉ちゃんなだけはあるね」

 

 妙な褒められ方をして何か恥ずかしくなった。

 イリア騎士としての誓いを忠実に守り、実践しているだけ。ティトはそう思ってきた。

 別段褒められるべきことでもないし、逆に出来ないことのほうが問題。それが彼女の認識。

 

 だからこそ、現状を変えようと必死になってきたのに、その願いや意志とは裏腹に現状はなかなか変わってはくれなかった。

 

 自らが動かなければ変わらない。それは分かっている。

 毎日あちこちを回っては、イリアを一つにまとめていくことの重要性を説いていた。

 なかなか理解されない毎日。理解できても、自分に不都合な部分が多いので認めたがらない。

 人間は、一度手にした力をなかなか手放さそうとはしない。例えそれが、国のためだと分かっていても。

 己の目先の損得が必ず脳裏に浮かんでしまうものなのだ。人間は。

 

「あたしには分からないよ。どうして、皆がお姉ちゃんの考えに理解を示さないのか。だってさ、平和が一番に決まってるし。他の国へ依存しなくても生きていけるほうが良いに決まってるじゃん」

 

「良かったわ。あなたがそう言った考えを持っていてくれて」

 

 シャニーは姉の顔を見ることが辛かった。大好きな姉であるはずなのに、その顔を見ることが辛かった。

 ティトの顔は疲労に沈んでいる。肉体的な疲れだけではない。精神的な疲れ。

 責任感が強すぎるゆえに、すべてを自らの力で解決しなくてはと意気込んでしまう。

 結果、悩みをすべて内に溜め込んでしまう。我慢強い彼女も、最近の重責続きでさすがに疲労困憊していた。

 

「早くお姉ちゃんの役に立てるようになりたい。なりたいんだ。でも、あたしは知らないことが多すぎて、このままで本当にお姉ちゃんの役に立てるかどうか不安なんだ……」

 

 入団当初は自信に満ち溢れていたシャニーも、十八部隊でさまざまな経験をしていくにつれ、いかに何も知らないかを思い知った。

 何をやっても失敗ばかり。傷ついて泣いてばかりだったが、それと同時に掴んだものも多かった。

 

 イリア騎士として何をすべきか、何を目標にしなくてはならないのか。そして、何のために血を流し、涙を呑むのか……。

 実にいろいろな、“なぜ”に対して、自分なりの考えを持つことができるようになってきた。

 

 考える時間を与えてくれた姉が目の前で疲れ果てている。助けたい、その一心が今、この城に自分を誘った。

 

「あなたは大分成長したわ。もう、一人前の騎士としてやっていけるほどに」

 

 その姉から褒められてシャニーは目を真ん丸にしていた。

 あの厳しい姉が、恥しか売れないと突き放したあの姉が自分を褒めるだなんて。

 

「嬉しいなぁ」

 

 思わず笑みが零れたのはわずかな時間だった。

 

「あたしにイリアの民を守ることができるかな……」

 

「出来るように努力すること、それがあなたの仕事でしょう?」

 

 失敗続きで何も成果何て出せていない。それでも姉は前を向けと言ってくれた。

 彼女の言葉に、暫くの沈黙の後シャニーは静かにうなずいた。そのために天馬騎士になったのだ。やれるだけ、とにかくやってみる。それがモットーだ。

 

「夢は叶えるものってユーノ姉さんも言っていたわ。叶える……そう、自分で叶えるのよ。他人頼みな目標なんて目標じゃないわ」

 

 妹を一人の天馬騎士として認めた上で、ティトは力強く言い切った。だからこそ、イリアを変えていける強い意志を持って欲しかった。

 ティトの思惑通り、恵まれた性格は他の新人からも慕われ、頼られる存在になってきた。

 多くのものから影響を受け、さまざまなことを吸収し日に日に力をつけていく妹。

 その妹が動くことで、新人たちもまた成長している。ティトはそれだけで、自分の仕事の多くは果たしたと思えるほどだった。

 

「どうすれば良いか、自分で考えて、自分で実践して。私は、他人に流されず自分の考えを貫く人間でありたいわ。あなたも自分の人生は、自分の意志で、自分の力で歩みなさい。流されるのでなく、自らの足で」

 

 姉の瞳から何か自分を突き刺すようなオーラが出ていることに気づく。その瞬間、今度は頭でぱちんと何かが弾けるような強い衝撃を受けた。

 

 ────他人の剣は己の剣ではない

 

────己が剣を持たずして、それで民を守ると言えるのか? 

 

(自分の力で現実に変えていく努力をしなくちゃ、後ろについて、理想に共感してるだけじゃいけないんだ)

 

 無責任に感じた。イドゥヴァに投票すれば、自分が夢見る世界を彼女が現実のものとしてくれる……。ほんの一瞬。彼女の話術に嵌ったその一瞬だけとはいえ、そう考えてしまった自分が情けなかった。

 

 信頼し、信任したのではない。自分の意志を放棄したのだ。

 

 そんなのが自分の道か? そんな事の為に天馬騎士になったのか? そんな気持ちで……約束したのか? 必ず守ると。問うてみたら答えはすぐに返ってきた。

 すっかり冷え切った紅茶で喉を潤すと、シャニーは団長を見つめた。

 

「あたし、きっと自分の誓いを守って見せるよ。その為にはどうしなくちゃいけないか。それを考えて、絶対夢を現実のものに変えられるように……。エラソーな事は言えないけどさ」

 

 シャニーはぐっと左手をティトの方へ突き出すと、己の意志を力強く握って見せた。これが団長への誓い。入団初日、ライバルも自分も宣言しなかった。だがライバルは代わりにした己だけの誓い。それを半年近く遅れてようやくに。

 

「あたしなりのやり方で、この手で切り拓いて見せる」

 

 青き瞳が湛える決意の焔を受け止め、ティトは無言でシャニーの頭を撫でた。

 いつもは絶対にしないこの行動。だが、今回は無意識のうちに妹の頭に手が添えられていた。

 

(シャニーは、もうすっかり大人になった。まだまだ脆いし幼いところもあるけど、これならきっとやっていける)

 

 ティトの願いは確信へ変わった。妹を新人部隊へ配属してはや4か月。レイサは本当に、自分の予想以上に頑張ってくれた。それなのに自分は……。

 自分への糾弾が先行するものの、純粋にうれしかった。次世代の天馬騎士団を支え、イリアを形創っていくであろう存在の大きな成長が。

 他の新人たちにも、個人差はあれど自分の、レイサの意志が伝わっているだろう。

 もうこれなら、きっとやっていける……。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。話は変わるんだけどさ、何かすごい悩んでない?」

 

 突然の妹の声に、ティトは一気に現実に戻される。

 いつもの眼差しに戻った妹が自分の顔を覗き込むようにして、こちらを見つめていた。

 彼女の瞳には嘘はつけない。自分自身にすら嘘をつけても、彼女には通用しないことは今までもずっとそうだ。

 何でもないと言っても、それでそうと済ませてくれる相手ではない。

 

 まだ帰らなければならない時刻までには時間もある。ティトは思い切ってシャニーへ悩みを打ち明けてみた。

 妹の悩みを聞いてあげることは茶飯事であるが、その逆は意外にも初めての気がする。

 

「私がリキアへ行った事は知っているわね? 正直、愕然としたわ。リキアは今、ロイ様の下に皆が集って復興の為に一致団結している。そのおかげでしょうね。もうリキアにはかつての輝きを垣間見せるものが多くあったわ」

 

 戦後半年ということもあって、かつてロイと共に戦った各国の要人が、その後の報告も兼ねて一度オスティアに集まろうという話があった。

 イリア連合騎士団の筆頭ゼロット将軍が参加することが決まっていたので、ティトは参加を強制されていたわけではなかったが、他国の状況を広く知る良い機会と参加した。

 

「何より目を惹いたのが、オスティアの街並みと新オスティア城の美しさかしら……」

 

 そのオスティアで見た光景に、ティトは思わず絶句してしまった。

 リキアを復興させ、かつてのように諸侯同士が手を取り合う豊かなリキアを目指すロイの許へ皆が集結。その意志に共感し、各々も復興に尽力していた。

 ロイは強力なリーダーシップを発揮し、反発しあう諸侯をもなだめ、皆を同じ方向へ向けることに成功している。

 

 皆が同じものへ向かって目標を明確にし、己の意志で行動している結果は目に見えて現れた。

 早くもリキア同盟は復活し、戦乱で少なくなった貴族達による領地統合が相次いだ。さすがにそこはいざこざなく進むことはなかったそうだが、それでも着実に計画は進捗している。

 

「はやくもオスティア家を中心とした公国制への移行案すら出ているそうよ」

 

 その知らせに、シャニーもただ驚くしか出来なかった。

 イリアはまだ騎士団が何とか旧来のように傭兵活動を出来るようになったに過ぎない。

 国家統合どころか、騎士団同士の守備範囲の条約の整備など、基盤となる部分すら未整備のところが多く、国というにはあまりにも粗末な状態であった。

 

 そんな状況下から脱出するには、兎にも角にも必要な金。それゆえ騎士達は、こぞって傭兵として他国へ遠征している。

 ただでさえ戦後少なくなった騎士達が皆外国へ出て行ってしまうのだから、イリア内を守れるはずがなかった。

 賊が溢れ、常に皆空腹と極寒に体を震わせている。

 

「リキアとイリアでは……国の根本が違うから比べても無駄かもしれないけど……」

 

 ティトはそこまで言って一旦言葉を濁そうとする。だが、自分から振った話を、途中で曖昧にするのも相手に失礼と思った。

 

「やっぱり、人を惹き付ける力を持った人がいるのといないのとでは、ここまで差が出るものなのね。自分の無能さに嫌気がさすわ……」

 

「そんなことない!」

 

 姉の言葉をすぐさま否定するシャニーの声がティトの腹まで響く。

 いつも朗らかなその目が明らかに怒っていて、ティトは思わず二度見してしまった。

 こんな顔を見たのはいつぶりだろう。いや、こんな顔もできるのかと思うくらい。

 

「お姉ちゃんはこんなに苦労してんだ。そのお姉ちゃんにそんな事を言える人なんていないよ!」

 

 ティトの言葉には力が篭っていない。

 

「……結果が全てよ」

 

 肩肘張って生きていた彼女。その彼女でさえ、もう身内の前で同様な態度をとることができなくなっていた。

 

「私がリキアへ行って、最も多く訊ねられた事はなんだったと思う? ……シャニーは一緒じゃないのかって。すれ違う皆から聞かれたわ。少しだけ、あなたを羨んだわ」

 

「へ?」

 

 シャニーはロイの数少ない同世代の親友だった。戦後会った事はないが、時折騎士団経由で手紙も来るし、イリアの状況をその中で訊ねられることもあった。

 でも、それだけのはず。何だか怒りが急にどこかへ吹き飛んでしまうような話。だが、ティトにはその理由が分かっていた。

 

 戦中、彼女はロイの周りを固める八英雄として最後まで共に戦った。

 明るく誰とでもすぐに打ち解けてしまうシャニーは、軍の中でもムードメーカとして有名で、当時見習いの身だったとは言え、各国の要人達はその将来を戦中から気にかけていた。

 特にロイやエルフィンといった者達は、イリアの発展を他国ながら切に願っていたからその存在は目に焼きつき、印象に残っていたらしい。

 

 色々な場所に出向いては名前を覚えてもらおうとしている自分に対し、ロイに認められた親友というだけで、自分より騎士としての経験がないシャニーの名が知れている事がティトには羨ましかった。

 

「“シャニーには、人に心を開いてもらえる不思議な力がある”そう、ロイ様が仰っていたわ。私もその通りだと思う。そんな力は、滅多に授かるような力じゃないわ。だから、あなたにはその力を精一杯活かして欲しいの。イリアのために」

 

「お姉ちゃん……」

 

 シャニーは一緒ではないと伝えた時のロイの残念そうな顔は今も忘れられない。

 ティトは椅子を立ち上がると、テラスの柵に手をかけて遠くを見渡す。

 

「……今のイリアが一致団結できない理由……私には分かる気がするわ」

 

 シャニーもティトの声に椅子を立ち、姉の横まで歩いていく。眼下に広がる白銀の大地を、姉が慈しむような眼差しで眺めている事に気付く。

 

「ずっと他に従わざるを得なかったイリアだからこそ……。皆、栄誉を、名声を異常に欲しがっている。傭兵に出て行くのも、復興資金の為というのは目的の半分に満たないのではないかしら」

 

 任務中には決して漏らす事の出来ない本音。それを彼女には珍しく口にした。

 思わず息を呑む。決して他人の悪口を言わない姉が、ここまで明確に他人を非難する言葉を放つとは。

 

「皆、向いている方向がバラバラなのよ。今回の団長選出選挙にも現われているわ。これでは、スムーズに事を運べるわけがない。結局は、皆に考えを理解してもらって同じ方向へ歩ませることが出来ない管理側に問題があるということなのよ」

 

 人をまとめるという事は、予想以上に難しいもの。

 自分の考えを理解してもらう為には、まず相手の考えを理解してあげなければならない。

 だが、相手の考えを理解する為には、相手に心を開いてもらう必要がある。そうでもなければ、相手は警戒して自分の本心を語ろうとはしない。本心同士で語り合わなければ、真の理解は生まれない。

 

 ティトは生真面目な反面、他人に対する警戒心のハードルが高かった。それ故なかなか自分を全面に出して話をすることが出来ない。

 話す側が警戒していれば、当然相手も警戒心を抱く。分かっていても、仕事だと割り切っても、自分を変える事の困難さは何にも例えがたい。

 

 シャニーは何とか姉の言葉を否定しようとした。こんなに頑張っている姉。理解されなくても、諦めずに頑張る姉。

 四面楚歌な姉の力に、一日も早くなりたい目の前で、姉が重責に圧し潰れそうになっている。

 なんとか姉が自分を責めることを否定したい。姉が納得してくれそうな言葉が思い当たらなくて、気持ちを言葉に換えられなくてもどかしい。

 

 姉は的確に現状を分析していた。その分析した現実を変えられないことを、自分の無能さとして自身を罵り、片付けようとしている。

 姉らしくない態度からも、姉が追い詰められていることがひしひしと伝わってくる。

 シャニーが何とか言葉を繋ごうと口を開いたその瞬間だった。

 

「まぁ! もうこんな時間。この頃つい話し込んでしまうわ。シャニー、急いで帰るわよ!」

 

 時間を見ると二時間以上経過していて開票開始まで5時間も無い。十八部隊の投票もそのぐらいの時間だ。

 もうゆっくり話し込んでいる時間はない。二人とも急いで城を出て、天馬を駆る。

 

「でも嬉しいわ。あなたと、イリアの将来をこんなに真剣に語り合える日が来るなんて」

 

「あたしも、お姉ちゃんとこんなに真面目に話したの初めてだよ。もっともっと、知りたい事は一杯あるからさ、また今度一緒にどこかへ行こうよ!」

 

 ティトが笑顔でうなずくと、シャニーははしゃいで天馬のスピードを上げた。その後姿を、ティトは半ば羨望の眼差しで見つめる。

 

「本当に……心が温かくなる子ね。あなたのその力を、他の騎士相手だけじゃなく、イリアの民へ向けて使って欲しいわ。最も今のリキアと違う場所、それは騎士と民の関係……。私はそう思っているわ……」

 

 前方から妹の声がする。こちらに振り向いて手を振る姿が見える。その笑顔に、ティトの顔も不思議と緩んでいった。

 

「コラ、シャニー! 何処に山賊の弓兵が隠れているか分からないのよ。気を緩めないの!」

 

 リキアで見た、あの高く美しいオスティア城。純白に平和を象徴するような、これからを力強く感じるあの城を、イリアにも……。

 

 ティトの頭には、あるべきイリアの姿がはっきりと映し出されていた。

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