ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前話のあらすじ

開票まで半日を切った午後1時。シャニーはティトを迎えに南方の関所を訪れていた。
十八部隊が投票をする前に団長の気持ちを聞くために。
そこで団長の誓いを聞き、自身を痞えさせ続けた悩みを払う。
そして彼女は団長にまた一つ新たな誓いをはっきりと宣言して見せた。
ライバルが入団初日に行った、半年近く遅れて見出した自分だけの誓いを。

――――未来をこの手で切り拓いて見せる


第3話 『疾風』の覚悟

 夜が極限の緊張を漆黒と共に運んでくる。

 開票まで残り2時間を切ったカルラエ城は、戦場にも似た戦慄が周囲を包んでいた。

 息も凍てつく極寒の夜風。それすらも凍り付いてしまいそうな冷たい焔がゆらゆらと城の周りを渦巻いていた。

 

「もうこんな時間ですか……。レイサの奴、何を考えているのだか」

 

 イドゥヴァの声にも返さず、城のテラスからアルマは何処までも続く闇の彼方をずっと睨みつけている。

 まだ、何も兆しは見えてこない。一体いつまで待たせると言うのだ、あいつは。

 部屋の中でも、第二部隊の面々は一日千秋の思いでその時を待っていた。

 

「……、……」

 

 ちらちらと机と腕時計とを振り子のように動く視線。イドゥヴァが時計に視線を移す間隔も、陽があった頃より格段に短くなっている。他の皆も、じっとしている事すらままならない状態になっていた。

 殆どの部隊の投票は終った。残るは数字の一番若い部隊と大きい部隊……。ティト団長率いる第一部隊と、シャニーの所属する第十八部隊。

 両陣営共にもっとも重要な票田が、互いに投票を済ませていなかった。

 

 何度催促しても、互いに詰所から出てこようとはしない。

 中間報告では、イドゥヴァが若干数ティトを下回っているとのこと。

 彼女の焦りは最高潮に達し、平素を装うもいつもの冷静さがなかった。

 イドゥヴァの目が一点へ集中していないことに、アルマはずっと前から気付いていた。

 

 壁に持たれかかり、腕組みをしながら目を伏せてひたすらその時を待つ。

 聞こえ始める指が机を叩く音。それでも足らず、イドゥヴァは机の上に飾ってあった宝玉を二つ手に取り転がし始めた。

 

 この連中さえ……この連中さえ邪魔をしなければ……。

()()()がまたしても娘を使って立ちはだかるとは……。

 

 アルマには、転がす宝玉をじっと睨みながらガチャガチャと鳴らすイドゥヴァの落ち着きのなさがどうしても目に付いていた。

 

「部隊長、きっと良い結果が出ます。どうか気を楽にしてお待ちください」

 

 アルマの突然上げた声に驚くほど、イドゥヴァの気は高ぶっている。

 無理もない。長年夢見た団長の座が、今目の前にぶら下がっているのだ。

 暫くは落ち着いていたように見えたが、彼女は突然立ち上がるとそのまま急ぎ足で部屋を出て行った。

 

「……。所詮繋ぎだ」

 

 アルマは軽くため息を鼻へ流すとその後を追う。彼女には部隊長が何を思ったかすぐに予想がついていた。

 

(そんなに自信がないのか。これほどに部下を集めておきながら)

 

 アルマは募る不満をポーカーフェイスの中に溶かし込み、部隊長を追う。

 深々と冷え始めた城の廊下を赤のハイサイブーツで叩いて早足に抜けて、彼女がイドゥヴァの背を追い着いた先は、予想通り投票会場。

 

「全ての投票は終りましたか?」

 

 イドゥヴァは笑顔を作ることもなく机に手を突き、投票箱の前で受付をする隊員を覗き込むように声をかける。

 もう何度同じ質問をされただろうか。隊員は今までと同じ答えを返す。

 

「いえ、まだ当部隊と、第十八部隊の投票が済んでいません」

 

 答えなど分かっていた。それでも、それを聞いてしまうと抑えられない。

 

「何をしているのですか? もう投票終了まで2時間もないのに」

 

 イドゥヴァは受付に向かってついつい目を尖らせてしまった。

 彼女に言ってもどうしようもない事に言ってから気づく。気付いた事をまるでオウム返しのように答えられ、更に苛立ちが募る。

 

「団長が帰ってきてから、我々は投票をします。それまでは申し訳ありませんがお待ちください。もう帰城なされるはずですから」

 

 何も言えず、仕方なく投票会場の外で彼らの動向を監視する。

 アルマは再び空を見上げると腕を組みながら親友の帰城を待った。

 性格は正反対だが、騎士団で唯一心を許した友。語り合った夢を、今まで彼女が見せてきた軌跡を思い出しながら、ひたすらに闇の向こうを睨む。

 

(あいつは、投票から逃げ出してふらふらするような奴ではない。……きっと何かある)

 

 彼女の睨むその先に、漆黒を照らす満月があった。

 光と闇のその絶妙なコントラストが、カルラエの夜を更に戦々恐々とさせる。

 恐ろしいほどに透き通り、研ぎ澄まされた闇夜に獣の遠吠えが響き、ざわつく風に心が戦ぐ。

 

 

 

 ◆◆◆

 目を瞑ってひたすら時を潰すアルマの耳に、突然の騒がしい声が飛び込んできた。

 ばった開かれた赤の瞳。彼女は壁に立てかけていたショートランスを手に取ると、赤のウルフショートを揺らして投票会場へ戻っていく。

 

「団長、お勤めご苦労様でした!」

 

 第一部隊の隊員たちがティトの周りを取り囲む。労いの声に応えることもなく、ティトは部下たちをぐるりと見渡す。

 少なくとも、彼女達だけにでも分かってもらわねばなるまい。今回の勝敗だけで終わらない、己の覚悟を。

 ティトは冷厳な眼差しのまま部下達に目配せをすると、彼女らと共に団長室へ入っていった。

 

 しばらくしてから、団長帰城の知らせを聞いてイドゥヴァも急いで駆けつける。見えてきた赤髪の乙女。彼女は今も動きを見せずに会場を見つめている。

 

「アルマ、第一部隊の様子は如何ですか?」

 

 会場の外にいたアルマに声をかける。だが、彼女から返事は返ってこない。だんまりを決め込んでいると言う様子でもない。

 イドゥヴァは何が起こったのかと会場の扉を押し開いた。

 

「……っ!」

 

 中で起きていた出来事を、一体誰が予想できただろうか。

 ナイフで刺されたかのように目を見開いたイドゥヴァは、急いで中にいた第一部隊の隊員のところへ駆け寄って行く。

 

「ちょっと、貴女達は何をしているの!」

 

 下に散らばった紙を蹴り分けながら、イドゥヴァは隊員たちの行動を止めようとする。

 だが、彼女は選挙進行役の隊員たちによって動きを封じられた。

 

「私達は団長の意向どおり、選挙権を放棄します。私達は、最後まで信頼した団長に付き従うまでです。他に信頼できる人がいないのであれば権利も放棄せざるを得ません」

 

 

 ────30分前

 

 帰城後、第一部隊を団長室へ集めたティトから発せられた命令に、誰もが一瞬絶句した。

 

「今回の選挙は、選択肢に私を入れないで考えて欲しい」

 

 事実上、イドゥヴァに団長の座を譲ったことになるこの発言。

 当然皆は反発した。皆ティトに再選して欲しくて、必死になって様々な画策を講じてきた。それなのに当の本人がどうしてわざと敗北を選ぶような指示を出すのか。

 普段は団長の命令に快い復唱を返す者たちも、今回ばかりは驚きと、困惑と、そして憤りに顔を紅潮させている。

 

「なぜですか! そんな命令はいくら団長といえど納得できません! 私達は、ティト団長以外、団長として認められません。ティト団長が適任者だと信じています!」

 

 懇願にも似た叫びを浴びせる副将に、周りの隊員たちも呼応するかのように口々に考え直すように団長に迫る。

 しかし、もう肚を括ったことだ。彼女たちが信じてくれるからこそ、この選択をするのだ。

 自分が目指したものとまるで違う形で当選したとしても、それでは望んだ変化を騎士団に残すことが出来ない。

 妹に覚悟を口にした手前、それを貫くまでだ。

 

「……だから、私以外を選択肢にしなさいと言っているでしょう? イドゥヴァさんを団長として認めたくないのであれば、他にも選択肢はあるでしょう」

 

 こんな緊迫した状況で、どうしてこんなに落ち着いていられるのか。そして、なぜこのような狂気にも似た命令を下すのか。

 副将ソランの叫びを筆頭に隊員達はなんとか団長を思いとどまらせようと必死になる。

 

「選挙権を与えられているなら、私達は誰に投票しても自由なはずです!」

 

 ズバッと言い切った隊員を、ティトはキッと見つめる。見つめられた隊員は、今まで見たことのない団長の鋭い目付きに目をそばめた。

 

「そう、それなのよ。選挙は、本人の意志が忠実に反映されなければ意味がない……」

 

 

 ────

 

「私達は、団長の意思を正しく理解できていなかった。団長を信頼していながら、団長の信頼に応えることが出来なかった。これは……その罪滅ぼしです。私達は、ティト団長以外を団長と認める事は出来ません」

 

 音を立てて、投票用紙が床に落ちていく。

 イドゥヴァは破り捨てられた投票用紙を見て、ニヤリと不気味に笑みをこぼした。

 興奮……湧きあがるのは興奮。心の中が燃え上がり、一気に広がって湧きあがる興奮が身を包んで声が漏れ出す。

 

「ふふふ……あのバカ団長め……。自分で自分の首を絞めるとはなんて愚かなのでしょう」

 

「ふ、これで勝利は確定でしょうね」

 

 アルマも、選挙会場の外で高笑いするイドゥヴァの横で安堵の笑みをこぼす。

 ティト派最大の票田、第一部隊の投票権放棄……。それはすなわちこれ以上のティトへの投票がないことを意味していた。

 彼女の笑い声は、団長室に篭っていたティトにも聞こえていた。

 

「シャニー……。私は、これで良かったのよね。貴女と話をしていて、私はようやく決心がついたわ。今それを実践してみたの。これがどんな結果を生むのか……私は、これで良かったのよね」

 

 十八部隊の詰所を窓から見つめる。妹に色々教えてきた。そして、今度は妹に教えられた。揺るがぬ思い。不思議にも清清しかった。

 今の瞬間が一番団長としての仕事を果たしたように思えるのはなぜだろうか。

 

 求めるもの、理解されぬ想い。世間の目。それらに板ばさみにされていたティトが、一瞬だけ開放された瞬間だった。

 

 

 

 ◆◆◆

 第一部隊の権利放棄を見届けたイドゥヴァは、軽い足取りで詰所へ戻る。

 明日の朝には、自分は今団長のいるあの部屋に座っている。そう考えただけで、今にも飛び跳ねそうだ。

 

()()()が団長になった時から、ずっとこの瞬間の為に心血を注いできた。

 嫌な事でも、危険な事でも、そして腹が立つことでも。屈辱に耐えながら歴代団長のの命令は何でも聞いたし、少しでも評価を稼ごうと夜や、休日の登城……とにかく何でもした。

 

 そんな自分が団長に選出されなかった。

 

 ティトとか言う、イリア騎士の誓いを破ったも同然の行動を起こしたあの小娘。彼女に団長の座を奪われたときのあの悔しさは、思い出すたびに虫唾が走った。

()()()に掻っ攫われたあの瞬間と重なって今でさえギリギリ歯が軋る。親子共々……。そんな思いも、今日で終るのだ。

 

(散々コケにしたあの小娘など左遷してやる。これでやっと、念願を達成できる)

 

 明日の昼には、もうティトはイリア内にはいないだろう。

 不気味に笑う部隊長のいつにないご機嫌な様子に、アルマは黙って彼女の後をついていく。その赤い眼は、今も変わらず鋭いまま。

 

 ご満悦のイドゥヴァとは逆に、アルマは不安で仕方なかった。部隊長の勝利は決まった。なのに妙に心に引っかかるものがある。

 それが何か分からないが、それが強烈に、不安として自分へアピールしている。

 

 二人が第二部隊の詰所のある並びまで廊下を歩いてきた、そのときだった。

 一番奥の、階段に近い部屋から大勢人が出てきた。彼らは真っ直ぐこちらへ向かってくる。一言も喋らず、何か慄くほどの雰囲気を持って歩いてくる。

 

 その先頭を歩いている二人を見た途端、アルマは先程の不安が一気に爆発した。

 表皮が裂け、中から噴き出した熱く、絡むような不安が溶岩の如く心を覆い、それは不安から焦りへと変わり燃え広がっていく。

 

(これは……まさか!)

 

 その集団はイドゥヴァたちの横をそのまま素通りしていった。

 アルマはその先頭にいる見慣れた青髪の女性の目を見つめたが、ショートレイヤーを揺らす彼女の視線がこちらに向けられる事はなかった。

 

「部隊長、私は急用を思い出しましたので一時失礼します」

 

 彼女は直感していた。この時間に、彼らが重い腰を上げた。これは即ち、第一部隊の動向を窺っていたと推測して間違いない。もしそうならば、彼らのとる行動は大方予想がつく。

 

「シャニー……。団長と会って何を話してきたんだ」

 

 アルマは部隊長から離れ、すぐに親友の後を追った。

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