ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前話のあらすじ

投票終了時間まで残り2時間弱。ようやくに団長ティトが帰城する。
彼女が直属の第一部隊の隊員に指示した内容は自分を投票対象に入れない事。
ティト以外に団長に相応しいものはいないと、第一部隊は全員が投票を棄権する。
それを見届けて勝利を確信し、高笑いを始めるイドゥヴァとは対照的にアルマは不安に襲われていた。
その二人の横をすれ違う第十八部隊の面々。
赤の瞳を前に無言で交差した青の瞳は、視線を向けることなくただひたすらに、前を向いていた。


第4話 切り拓く手

 今日は一段と冷え込んでいる。窓には既に霜がつき、イリアの未来の如く外は全く見通せない。

 

 シャニー達の足音が、燭台の明かりだけを頼りにした廊下の凍てつき刺さるほどの空気に響き渡る。各部隊の詰所の中では、誰もがこの足音に耳を凝らす。運命を運んでくる足音。それがどんどん投票会場に向かっている。

 

 皆は部屋の窓に付いた霜をこすり落とすし、離れへ向かう通路を覗き込んだ。投票有効時間の終了まで残り30分……。そこには、レイサを先頭にして隊列を全く崩さず移動する第十八部隊の姿があった。

 

 ティト派最後の頼みの綱、第一部隊の突然の権利放棄。そして、いよいよ運命を決定付ける最後の票田。誰もが彼女らの投票を固唾を呑んで見守っていた。

 

「それにしても、なぜこんな時間まで投票を遅らせていたんだろう」

 

 第十八部隊が通過して行った事を確認したかのようなタイミングで、そんな声が第三部隊の詰所から聞こえてきた。

 

(第三部隊か……。確か、最初はティト派だった部隊だな)

 

 その内緒話を聞いている人物がいた。アルマだ。十八部隊の後をつけていた彼女は、部屋から聞こえるひそひそと紙をなぞるような声に耳をそばだてた。第三部隊は戦前からティトと関りのあった人が部隊長を勤める部隊。もちろん、選挙の時もティト派に回り、彼女を支援するはずだった。

 

 ところがいざ選挙へ向けた活動が始まると、イドゥヴァ派の勢いが強いことで部隊内でも意見が流動化して、部隊長も部下達の意見対立に歯止めを利かせることが出来ず、混乱は長い間続いた。

 

―私の力になっていただければ、素晴らしい未来を必ず約束して差し上げますよ―

 

 激化する部隊内対立に加え、イドゥヴァから直接の勧誘。その甘い言葉に、部隊長は堕ちてしまった。自分の今後を考えたとき、あまりにも強烈なその言葉。いくらティトと昔から知り合いだったとしても、天秤は明らかに自分の今後に傾いた。

 

 他のいくつかの部隊でも、そう言ったやり取りがあった事は側近であるアルマが知らないはずは無かった。そのことは別段非難されるべきことではないと考えてきたし、これからもそうだろう。いかなる手段であったとしても、結果が全てだから。

 

 プロセスを語る必要性など全く無く、世の中を動かす事ができるのは、歴史に残る文面は、その者が為し得た結果のみ。彼女はそう考えていた。言い訳など必要ない。求めるものは、結果を出すことのできる能力。

―手段を選んでいられるほど余裕があるなら、それは必死とは言わないんだよ―

 

「第一部隊が棄権したもんだから、勝機が薄いってんで相談してたんじゃないの?」

 

「だろうね。先の短い団長に忠義だの何だの見せてたって、バカなだけだし」

 

 部屋の中から聞こえてくる声に、アルマは反吐が出る思いだった。いつも人前では頭をぺこぺこ下げている連中が、裏では何を言っているか分からない。

 

「いくらレイサが盗賊上がりのおつむでも、そのくらいの計算はできるでしょ」

 

「違いないね、あはは」

 

 アルマは部屋の前を去った。甘言でたやすく動く者達の考えることなど、そこまで深く考えなくても分かっていたが、ここまで露骨であると彼らの愚かしさで笑いを抑えられなかった。

 

「ふふふ……。人間って言うのは、なんでこう汚いんだろう。自分のためなら他人のことなんかお構いなし。挙句陥れようとまでする。こんな奴らが……こんな意志のかけらも無いような屑共が天馬騎士団を支えている……? こんな可笑しい事が事実として存在するなんてね」

 

 アルマは急ぎ足で一足先に進んでいくシャニー達を追う。見たかった。自分の親友が、本当に自分の思っているような人間であるのかを。確かめたかった。彼女が、果たして自分と夢を共有するに足りる人物なのかを。

 

 

 きびきびとして、それでいてゆっくり重たい一歩一歩を踏みしめて。レイサ率いる第十八部隊は、ようやく投票会場の前まで到着してここで止まった。

 

 レイサは一旦後ろを向き、部下達の顔を一人ひとり見つめる。皆は、その合図に黙して答える。

 

―――――全員一致

 

 確認を終えたレイサは再び前を向き、会場の扉を押し開けた。中には、自分達の到着を待っていた受付が……いや第一部隊の面子全員が待っていた。皆何を語るでもなく、だが視線は痛いほどに十八部隊に向けられて、それを全身に浴びながら投票箱のところまで辿り着く。

 

 この部隊の投票が終れば、運命がいよいよ時を刻み始めるのである。ところが、投票箱の前まで来たレイサは何を考えたか、また隊員たちのいる後ろを向いてしまった。

 

「さて、私はあんた達の意見を聞いていただけ。起案者として最後まであんた達が責任を持って票の処理をしなさいな」

 

 それを待っていたかのように、レイサの前にシャニーがゆっくり歩み出てきた。その手には、彼女の意思表示の証明、投票用紙がしっかりと握られている。

 

 どれほどに、この一枚の為に苦悶し、時間を費やしただろうか。しかし、今の彼女は、いや多かれ少なかれ十八部隊の隊員達は心の悩みを解き放ち、更にはまた一つ、ニイメの言っていた“十”のための“一”を会得し、心に焼き付けていた。

 

「みんな、いくよ」

 

 十八部隊が目の前で執った行動を第一部隊は黙って見ている。

 

「!!」

 

 そこへ遅れて到着したアルマの表情は、第一部隊とは対照的だった。十八部隊の行動が想定の範囲内だったにもかかわらず、彼女は瞠目するばかり。だが、目は見開きながらもその口元はどんどんと笑みを湛えていく。やりやがった……あいつは本当にやりやがったのだ。

 

 何度も二人の候補を書いては消し、消しては書きを繰り返した投票用紙。それをシャニー達はビリビリと引き裂いていた。足元に散らばる、イリアの将来。

 

「我々十八部隊一同は、今回の団長選出選挙の投票を、この場で棄権します」

 

 

「た、大変です! イドゥヴァ部隊長!」

 

 首が吹き飛ぶかと思うほどの勢いで部隊の詰所に駆け戻ったアルマはイドゥヴァに十八部隊の棄権を単刀直入に知らせた。勝利を確信し、祝勝会の準備に取り掛かっていた部屋の中でイドゥヴァが驚かないわけがない。その自信も、ティト派の第一部隊が棄権し、彼女の得票が予想を大幅に下回ったところに、イドゥヴァ派の陣営に取り込んだ十八部隊の票が上乗せされる算段だったからだ。

 

「ど、どういうことなのです!」

「詳しい話は分かりません。とにかく会場へ!」

 

 アルマに言われるまでもなく、イドゥヴァの足は投票会場に向かっていた。

 

 

「貴部隊の投票権放棄、事務局側として認めます」

 

 事務局によって十八部隊の棄権は正式に受理された。だが、何としても受理されては困るイドゥヴァたちがそこへ駆け込んでくる。

 

「待ってください。第一部隊棄権の後の十八部隊の棄権。そして、十八部隊のリーダ格シャニーは、事前に姉であるティト団長と密会をしていたとも聞きます。何か団長による思想強制があったと考えざるを得ません。今一度、十八部隊の棄権受理をご深慮願います!」

 

 アルマの声が静まり返った投票会場に響き渡った。棄権に対する受理処理。それに対する突然の異議申し立てに事務局側も驚いた。

 

「第一部隊もそうですが、権利放棄には正当な理由があるはず。何でも権利だからと放棄して良い問題ではありません。この選挙は、イリアの将来を巡る非常に重要なもの。正当な根拠なくして放棄を受理する事は、イリア騎士の誓いに反すると思われます」

 

 ―イリア騎士の誓い―イドゥヴァの口からその言葉が放たれた。

 イリア騎士は、その全てをイリアの為に捧げなくてはならない。イリアの将来を創っていく大切な選挙。それを正当な根拠も無しに放棄するのは誓いに反する事になる……。そういう理屈である。「ふっ……」だが、その言葉をレイサは鼻で笑った。

 

「何がおかしいのですか、レイサ」

 

 言われて黙っていられる性格ではないイドゥヴァは即反応し、レイサを睨みつけた。

 

「だってねぇ。そりゃ笑うしかないでしょ。一番騎士の誓いとは縁遠い人間が、エラソーに騎士の誓いを盾に理屈こねてるんだからさ。根拠? 当然あるから、それに従った行動をとってるんだろ?」

 

 レイサの目配せに、シャニーたちがレイサとイドゥヴァの間に立った。彼女らはその位置から選挙進行役の方へ体を向け、綺麗に隊列を整える。

 

「十八部隊長レイサに代わって、私たちが、権利放棄の根拠を申し上げます」

 

 イドゥヴァの視線は、シャニーへ向けられていた。これほどの実力があり、現団長のやり方に不服を漏らしていた彼女に対し、出世の道を開いてやると誘った。その代わり力を貸せと。なのに、彼女のとった道は棄権。何が不満なのか分からなかった。

 

「今回の選挙はただの票取り合戦になっています。支持派以外の者に、うまい話を持ちかけてまで。昼に団長と会ったのは、選挙を実施した真意を聞く為です。何の為の選挙なのか」

 

 やはり密会をしていたの事実のようだ。イドゥヴァの口元がぎりっと歪む。それでもシャニーはまっすぐに前だけを向いて説明を続けた。

 

「その問いに、団長はこう仰いました。“今回の選挙は、騎士の一人ひとりが、イリアを創っている構成員であること自覚してもらう為に行ったもの。自分で考えて、悩んで、そして自分の意志でイリアの将来を決めて欲しい“と。あたしはそこで確信しました。今回の選挙は、間違っていると」

 

 そこまで言い切ったシャニーに横やりを入れようとイドゥヴァが口を開こうとした時だ。被せるようにレイサの声が飛んできた。

 

「職業柄、結構徘徊してるから色々聞いてんだよね。投票しなければ、部隊の経費を減らすという脅しがあったという話もあるってもんだよ」

 

 隊員たちの後ろから彼女らを助ける。その目線は、明らかにイドゥヴァへと向けられていた。視線にめった刺しにされ、飛び出しかけていた言葉を飲み込みながら思わず視線を逸らす。

 

「そんな団長の意志を知らず、造られた意志で投票するところでした。あたし達十八部隊は、団長の意志を考えて、この結論を出しました」

 

 シャニー達は事務局側にお辞儀をすると、部隊長の後ろに下がった。納得できるはずがないイドゥヴァが即切り返してくる。

 

「自分の正当性を主張することが、捻じ曲がった意志を作るとか言う事になるのですか??」

 

 激昂するイドゥヴァを前に動じることもなく、売られた喧嘩に上等とレイサが乗って来た。もっともっと吐かせてやればいい。自ら吐いた毒こそが自身を沈める最も危険な毒だと毒使い(ポイズンマスター)は知っている。

 

 

「意志を主張するって言うのは、他人に不安や恐怖を植え付けることなのかい?」

 

「なんですって?! 無礼にもほどがある!」

 

「そんな事言えるのかい? なんならあんたがしてきたこと全部ここで喋っちゃってもいいんだよ?」

 

 またしてもこの二人は口論を始めてしまった。だがこの口論、イドゥヴァが勝ったためしは一度もなかった。そしてそのジンクスは、今回も同じ結果を招くことになる。

 

「知られたくないから秘密裏に行動してたんだろ? 皆弱みを握られたら何も喋れないし作戦は完璧だったかもね。でも、残念だったね。こっちはそういうのを仕事にしてるんでね、ぜーんぶお見通しなんだよね」

 

 騎士団内では評価など無いに等しい人物だが、レイサにはいつもこうしてどこからか嗅ぎつけられて邪魔をされて来た。今回も、彼女は一つの帳簿を取り出す。それは高級レストランの来客者リスト。

 

「セイレーンでのお食事会は楽しかったかい? 私も一度でいいからああいう高級レストランで会食してみたいよ」

 

 セイレーンとは、イドゥヴァが良く会合で利用する高級レストランの名前。団長選出選挙実施が決まった後、その関係でよく彼女はそこへ訪れていた。密会にする為に、わざわざ場所をそこに選んでいた。

 

 どこでその話を聞きつけたのか、レイサはその場所を突き止めて盗み聞きしていた。それゆえに、彼女にはイドゥヴァ派が十八部隊の票を当てにしている事も筒抜け。それまではポーカーフェイスを装っていたアルマもレイサに自分達の考えている事、やっていることが全て筒抜けであったことには驚いたようだ。眉間にしわを寄せ、明らかに不機嫌な顔をしている。

 

 彼女以上に興奮したイドゥヴァだが、これ以上のレイサとの口論は自分で自分の首を絞めるだけということが明らかである。悔しさに目を見開いてレイサを睨みつけるも吐き捨てる言葉が見当たらず、無駄に勢いをつけて体の向きを変え、そのままへ地を踏み砕くように会場を後にした。

 

 アルマも彼女を一度は追いかけて止まった。その視線はシャニーのほうを向いている。二人の間だけで時が止まり、暫く互いの瞳をずっと見つめ続けていた。

 

「で、権利放棄は正式に受理されたんだね?」

 

「はい。十八部隊の権利放棄により、全ての部隊の投票が終了しました」

 

 レイサは確認を終えると、出入り口のほうを向いて隊員へ合図をする。

 

「ほら、権利は行使したし、私たちも部屋に帰るよ」

 

 レイサは一人隊列から取り残されて未だにアルマのほうを見るシャニーの肩をポンと叩き、彼女は慌てて隊列の最後尾に戻る。そして再び振り向くと、もうそこにアルマの姿はなかった。

 

 自分の正しいと思ったことを貫いた。自分の心に素直な気持ちで、投票権を放棄した。だが、ここに来て何かアルマに対して悪い気も起きている。結果的に、親友の顔を潰す結果になってしまったのだから。

 

(正しい事をすることが……本当に、皆に喜ばれる事なのかな)

 

 “一”をまた一つ知った彼女の心に、新たな難題がひとつ生まれていた。

 

 十八部隊の投票権放棄。それは各部隊に多大な衝撃を与えた。その反応は部隊によってさまざまだったが、良い反応を示す部隊は少なかった。

 

――勝ち目が薄いと知ってティト団長を見捨てた

 

――――直前に団長や第一部隊からの圧力があったのではないか

 

 棄権と言う行為を、両陣営ともどっちつかずの裏切り者として捉えていた。それは、両陣営が十八部隊を重要票田と位置づけていたから。

 

 戦前なら新人の人数など大勢に影響はなかった。だが戦後の生き残りで再建した騎士団では彼女たちの占める割合は無視できないものとなっていた。重要視していただけに、予想の斜め前を行くレイサたちの行動は各部隊の心理に大きな影響を与えたのであった。

 

 だが、一つだけ確かなことがある。十八部隊の投票が終った事、それはすなわち、全部隊の投票が終った事を指す。いよいよ、運命の扉を開く時が来た。

 

 開票は、事務局側である第一部隊が中心に行う。開票室である第一会議室には、第一部隊と第二部隊以外の各部隊の部隊長が集まった。想定外の出来事に満ちたこの団長選出戦の行方。天馬騎士団は、そのことに目を釘付けにされていた。深夜を回り、日付が変わったにもかかわらず。

 

 極限の緊張が皆を包み、静まり返る会議室。白狼の遠吠えが聞こえる。焦る気持ちを夜風は更に煽る様に色々仕掛けて、少しの物音にも皆は敏感に反応する。

 

 それを楽しむかのように、夜風は相変わらず色々な音を彼女らの耳に叩きつけ、また一つ、澄んだ空気が音を運んできた。その音は近寄っては離れていく風の音ではない。ゆっくり、しかし確実に、この第一会議室に向かっている。

 

 その音が複数人の足音であると正確に分かった時、その足音は止まり部屋のドアが大きく開かれる。そこに現われた存在に、一同は目を疑った。

 

「闇の隠者……。なぜあなたがここに」

 

「団長に頼まれたんじゃよ。わしは断ったんじゃが、どうもああいう瞳は、自分の若い頃を見ているようで敵わんわい」

 

 第一部隊の隊員に囲まれて現われたのは、雪のように真っ白な髪に、曲がった腰、縮んだ背、曲がった鼻……。いかにも老魔女といった言葉が相応しい山の隠者、ニイメだった。

 

 天馬騎士団の部外者が監査役を勤める……異例の事態だ。事務局側も同じ天馬騎士団内の人間。そして更に現団長配下の部隊となれば、どちらかの陣営にとって恣意的な開票になる可能性も否定は出来ない。公正な見地からの開票をお願いしたいと、ティトは事前にニイメに頭を下げていた。

 

 ある者は、本当に団長が公正な選挙を望んでいたのだと再確認し、更にある者は部外者を用いるほど騎士団内に誰も信用が無いのかと団長を心中罵った。

 

「では、開票を開始します。これより読み上げていきます」

 

 第一部隊の隊員が、投票箱を開けた。中から最初の一票を取り出し、二つ折りになっている紙を開く。次のイリアを作る最初の1枚が読み上げられようとしていた。

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