ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
ティト派最大の票田、第一部隊の予想にもしない権利放棄はイドゥヴァを高笑いさせた。
これ以上ティトの票が伸びることは無い。
後は、自陣営の十八部隊が投票を済ませれば、勝利の二文字が転がり込んでくる。
だが、アルマは投票会場へと向かう親友のまっすぐ前を見据える瞳を見て確信していた。
彼女たちは、ただで投票を済ませる気はないのだと。
紅蓮の騎士の前で、青の騎士は投票権の棄権を宣言。
造られた意志でイリアを創るわけにはいかないと。
あたし達がしたことは本当に……本当にこれで良かったのかな?
ホントは、ホントはもっとしなくちゃいけないことがあったんじゃないかな……。
あの人の顔に泥を塗ったし……親友を裏切ってしまった。
彼女に謝らないと……でも、あたし達は最善を尽くしたんだ。尽くした……はずなんだ。
あたし達が信じた道だ。ほら、前を向いて先に進もう。ただひたすらに、前へ。
開票が始まった。部隊長未満の身分のものは各部隊の詰所で結果を待つ。シャニー達十八部隊もレイサ以外の面子は詰所で皆寝ずに様子を見守っていた。
何も音は聞こえてこない。先程まであれだけ色々な雑音が心を掻き立てていたと言うのに。無音になると、今度は色々な不安がどくどくと襲ってきた。
自らの手で引き裂いた、イリアの未来。だがその未来は、歪んだ誓いによって創られる未来。
この手で、未来を切り拓いたつもりだ。本当にこれで良かったのか、本当はまるで恐ろしい過ちを犯したのではないか。それに……浮かぶ友の顔。
勇気ある決断だったのか、ただの曲解だったのか……。それは今でも分からない。十八部隊の棄権は、確実に大きな影響を与えていることだけは事実だった。
自分達の起こした行動の影響の大きさに、皆は開票の様子が知りたくてたまらないのに、待機しか許されていない。その歯がゆさと緊張感が、部屋にこれ以上無い静寂を与え、各々の心をざわつかせ続けていた。
物事はいつもいきなり目の前に現れる。突然の物音に皆は一斉に主の方に視線を集める。開票結果が来た。どっちだ、どうなったんだ? 注目が万と集まるその知らせに、皆は扉へ駆け寄った。
「レイサさん、どうでした?! ……って?」
皆は扉の前に居た者を見てがっかりと肩を落とす。そこにいたのはレイサではなくアルマ。廊下があわただしさに包まれていないことからも、結果が出たわけではなさそうである。
「シャニー、今時間はあるか?」
アルマが指名したのは予想通りシャニーだった。親友同士の内緒話。そんなものは天馬も食わぬといった感じで皆は散り散りになっていく。
指名された当人はビクッと肩が跳ねていた。
(やっぱり来た……)
アルマが来ることはある程度覚悟していたし、待機と命じられていなければ自分から訪ねに行かねばと考えていたくらい。ぎゅっと胸元で手を握って震える瞳に凛と言い聞かせ、アルマの背中について城の中庭に歩いていく。
今日の夜は一段と冷え込み、防寒具を貫通して足を突き刺してくる。
だが、そんな寒さも空を見上げたらすっと薄れるから不思議だ。澄んだ星空には満天の星絨毯。二人は暫くそれを瞳に映しながら中庭を散歩した。何もかも忘れられるような美しさに心が洗われる。
その後、城門へと続く中央通路に聳え立つバリガンの像の足元に二人は座り込んだ。座り込んでからも、互いに言葉をなかなか掛け合えない。
どうやって切り出そうか、なかなかそれを見出せなかった。近いのに、重い間合い。
だけど、渦巻く長いモヤモヤはどんどん心に深く絡みついてきて気持ち悪く締め上げてくる。
黙ってちゃいけない……第一会議室の明かりを見上げながら、口火を切ったのはシャニーだった。
「ねぇ、今回の選挙のこと……」
「私もそのことでお前を呼んだのさ」
やはりそうか。シャニーの腹の中でわっと緊張が膨れ上がってくる。きっと、イドゥヴァに責任追及をされたに違いない。
十八部隊の票を手に入れようと必死になって、幾度となく足を運んでいた。イドゥヴァは十八部隊の事はアルマに任せていたようだから、アルマは票の獲得を結果的に失敗した。一番のキーポイントを取りそこね、恐らくイドゥヴァは焦っているだろう。
なんだか落ち着かない。冷たく張り詰めた夜風が沈黙の中で責めてくるようで、じっとできずに気づけばアルマに問うていた。
「ねぇ、イドゥヴァさんに怒られた?」
「いや」
アルマはシャニーの質問へ軽く否定を返してきた。少しだけほっとする。
イドゥヴァが団長になると言う事は、その右腕であるアルマも騎士団の中での位が上がることを意味する。
力を手に入れて、騎士団の長になること。それがアルマにとっての第一目標。シャニーは以前に聞かされて知っていた。だから今回の権利放棄は、間接的に彼女の目標を妨害したことになる。非難を浴びせられても受け止めるしかない。
ぎゅっとスカートを握り、もじもじと左右する視線。再びの沈黙が心を締め上げる。
もう、我慢できなかった。ばっと振り向いてアルマの顔を見つめ勢いのままに言い切った。
「あのね、アルマ。アルマの顔を潰すようなことしちゃってごめんね」
詫びた先にあるアルマの顔は明らかに眉が歪み、困惑とも怒りとも思える鋭い視線が返ってきた。
「なぜ謝る必要があるんだ?」
アルマは笑いを鼻から通し、首を傾けて困惑を表す。どうもアルマの考えている事は読めなかった。大抵の人なら、表情や話し方で分かるのに。
「お前は自分の考えに従って行動を起こした。別に誰かに唆されて権利を放棄したわけじゃないだろ。それとも面倒になって団長の言いなりになったのか?」
あれだけ考えて悩んだのに言いなりなんて、面倒なんて、そんな風に親友に思われたくない。しょげていた懇願の眼差しは見る見る力を取り戻していく。
「まさか! あたしは、あたし達は自分たちの意志で道を切り拓くために考えて、考え抜いたんだ」
息を吹き返した様に目を見開いてアルマを強く見つめ否定する。その目は投票会場で見せていたものと同じ。穏やかな中にも強い意志を湛えるまっすぐな瞳。
「だったら謝る必要なんかあるのか? お前には、お前の考えがある。お前の中にまで分け入って、考えを捻じ曲げる権利なんか誰にもない。まぁもっとも……」
「それすら出来てしまうのが、権力だーって?」
追及されている訳では無いと分かったシャニーはいつもの調子でアルマを茶化すが、彼女は表情を変えず、第一会議室から聞こえてくる舌すべりの良い声を聞く。
澄みきった空気の中に読み上げられる開票内容。一体どちらになるのか自然と耳をそばだて不安と緊張に心臓がどくどく言い出す。
造られた意志たちが読み上げられるなか、シャニーはティトとイドゥヴァ、二人がいるのだろう各部隊の詰所を見上げていた。このときこの瞬間を、二人はどのような心境で待っているのかと考えていたらようやくアルマから返ってきた。
「その通りだ。たいていの騎士は、イドゥヴァ部隊長の意見は鶴の一声と仰ぐ。それも全ては、あの人の顔が広く、権力を持っているからだ。傭兵としてのレベルも高いし、騎士団の殆どを知り尽くしている」
これだけ聞いていると、団長はイドゥヴァなのかと思えるほどに揃っていた。
だが、彼女が胸に付ける勲章はずっと銀色のまま。かれこれ十何年も、だ。その間に何人も団長は代わってきたと言うのに。
どうして……頭に浮かんだ疑問を簡単に吹き飛ばしたのはアルマの一言。
「団長は確かに人徳がある。だがな……。お前の姉と知って言う。正直あの人は、人の上に立つような性格じゃない」
じわじわ湧き上がってくる否定の気持ち。それはすぐにはっきりとした怒りに変わって柳眉が吊り上がる。
世界で一番大好きな姉がどれだけ苦労しているか知っているから、前置きがあったってアルマの言葉は受け入れられなかった。
「そんな言い方って!」
いくら相手が親友でもシャニーも黙ってはいられない。悪口をやめて欲しい一心で 思わず声をあげるが、アルマは目線を逸らし、ティトのいる部屋を見上げる。
彼女は知っていた。いつも日付が変わっても、団長室の明かりが消えない事を。
団長が毎日、縦割りになってしまっている騎士団の内部構造を変えようと苦悶していることを。
「怒るなよ。ティト団長は、平和な時代の団長なら聖人だったのかもしれない。だが、あの人の本来は保守的で世間体を重視する傾向になる事は否定できないだろう?」
「それは……。お姉ちゃんは優しいから。みんなの気持ちを大事にするから、だから!」
「分かったよ。悪かったよ。ムキになるなって」
恥ずかしがって口にはなかなか出してくれないが、姉が大事にしてくれていることは知っている。
何とか力になってあげたい気持ちが熱くなって、ついついこうなってしまう。
同時にアルマにも不思議と怒れなかった。それよりも湧きあがるのは驚き。
アルマはティトとそこまで面識はないはずなのに、姉の性格を大まかではあるが分析していた。よく人を見ている。そのあたりはさすがだと思った。
(あたしのことはどう見ているのかな……)
そう興味を抱きつつ、彼女は星を見つめながら第一会議室で読み上げられる名前を聞いていた。
◆◆◆
会議室ではただただ、名前を読み上げ石板にかかれている彼女らの名前の下に書記係が一本一本槍を描いていく作業が続く。
イリアでは数を数える時、槍を束ねるように線を引いて数える。4本の槍を縦に並べ、その上に、もう一本の槍を横に書く。これで五。
二人の名前の下には、同じくらいの槍が並べられていた。一本ずつ、意志が槍に変わり、槍がイリアの未来を決めていく。
シャニー達が外から眺める第一会議室。その中の空気は今までにないほどに緊張の熱気で包まれていく。ニイメは部隊長達の視線が一点に集まるその先を見ながら、じっと座っていた。
(騎士共のこの顔つき……。本当に真剣だわい。いつもは意志のない、従うだけの連中がこうも熱心になれるとは。“そっちのほう”にだけは異様に執着心があるんだねぇ。よーわからんわい)
◆◆◆
「ところでさ」
「なんだ?」
暫く静かに開票状況を見守っていたシャニーたち。
だが、周りは刻一刻と冷えてくる。その寒さは防寒具越しでも体を刺すようになっていた。
カタカタと体に腕に巻きつけながらチラチラとアルマを見るが、彼女は遠くを見つめたまま。
(もうそろそろ温かいミルクでも飲みたいよう……)
足先が凍り付きそうでシャニーはアルマに声をかけた。
「どんな用事であたしを呼んだの?」
「いや、別に用事はないよ」
「えぇー??」
シャニーの気が抜けたような声に、アルマの口元が思わず緩む。
アルマにとって数少ない気を許せる友。自分と性格も価値観も正反対だが、一緒にいると不思議と心が安らぐ。
何より今日確信できたのだ。夢を共にし、背中を任せられる人間ができたと。いつも気を張って生きていかなくてはならない自分にとっては、掛替えのない存在だった。
「でも、本当によかったよ。お前が、私の思っていた通りの人間でさ。流石はこの私のライバルなだけはある」
「ははは、そりゃどうも」
シャニーは半ば呆れ顔で相槌だけは打っておく。だが、アルマは反応に困っているシャニーを見つめなおした。
「本当にそう思っているんだ」
赤い瞳はまっすぐにシャニーの青い瞳を見つめ、その口元は珍しく優しい。こんな顔もできるのか。
「他の奴らの大半は、従ってるだけ。言われたことをこなすだけ。傭兵としては、それでいいのかもしれない。主人に忠実な犬であるほうが」
「犬……」
あまりの酷い言い草にシャニーの口元が歪んで眉が困っているが、アルマはお構いなしに続ける。
「そう、犬さ。犬より酷いかもな。自分の意志なんて持っていないし持つ気もないんだから。それだから、イドゥヴァ部隊長にちょっとうまい話を持ちかけられると、なりふり構わずついていってしまうのさ」
自分が支持をした方が団長になれば、それはすなわち自分達の格も上がるのに、なぜ自分が団長になろうとはしないのか。簡単だ。団長になれば、騎士団外にも公表できるような結果を残さなければならないから。
戦うことが自分達騎士の役割。そして、戦うことがイリアの生き延びる術。そう考えている騎士達は、戦闘以外の無駄な責任は被りたくなかった。
向いている方向が、皆バラバラだった。それを一つにまとめているのは何てことはない、ただの甘言。それを親友は跳ね除けたのだ。
普段朗らかにして元気だけが取り柄かと思っていた彼女の信念を見て、アルマは確信したのだった。
「だけど、お前はそうじゃなかった。あれだけ私やイドゥヴァ部隊長が揺らしても、自分を崩さなかった。私は、そういう人間が好きだ。確固とした自分を持たない人間など、人間じゃない。お前は、私の人間の友達だよ。大切な親友さ」
わっと心の中に広がるこの気持ちは何だろう。驚き……アルマは確かに言った、好きだと。あのアルマが。
心いっぱいに湧き上がってくるものが、気持ちをこれでもかと飛び跳ねさせた。
怒っていると思った、憎まれても仕方ないと恐かった。それが、認めてくれたのだ。
ほっとした以上に、決断して良かったと何か解放された気さえする。
気づけばアルマは立ち上がってシャニーを見つめていて、シャニーも自然と腰を上げて二人は向かい合った。
「イリアの生活水準を上げ、他に負けない強国に変える。その想いは、入団の時も今も変わってはいない。自分で動かなければ」
熱心に語るアルマへシャニーは手を差し出した。新人部隊に一緒にいた頃は槍を突き向けられてどういう人間かと思ったし、やり方は強引で自分とは食い違う事もある。
それでも、見つめる先を共に理解し合える大切な親友同志だと思えた。
「あたしも、アルマと同じ考えだよ。イリアを他国に頼らなくてもいい国にしたい。もう、寒さや賊に震えて、ひたすら春を待つなんて嫌だよ。自分の力で春を呼び寄せたい」
志を共にする者同志が、がっちりと握手を交わす。その握手は友情の印だけではない。契りを結んだ戦友同士の、意志確認の証でもあった。
二人は互いの顔を見つめあう。ここまで意気投合する知り合いも初めてだった。
「そろそろ寒いし帰ろうか。開票ももうじき終るはずだし」
アルマへ部屋に戻ろうと声をかけ、第一会議室のほうを見上げようとした、そのときだった。シャニーの視界の端に捉えた、何か違和感を覚えさせる影。影は動物などではない、うっとするようなもの。狂気も混じるほどの殺意に満ちた目線。
その視線の先には標的に狙いを定め番われた弓矢。早く放てと真っ直ぐ向く先を追い、仰天の直感が彼女へとっさの大声を出させた。
「アルマ伏せて! 危ない!」
反応良く身を翻すアルマ。殺意の主は勘付かれたことに焦った。電光石火の手際で弓を引き絞り、即座に矢を射る。
だが、標的はすでにバリガンの像の陰に隠れてしまい、矢は乾いた音を残してバリガンの足元に落ちた。
「ちっ」
「待て!」
舌打ちを残してまだ下に緑の残る森の中へ消えていく影。
シャニーが剣を抜いて後を追いかけるが、その肩をアルマがしっかり握って止めた。
「こんな夜に独りで深追いは危険だ」
「でも!」
「落ち着け、一度団長に話をしてくる」
アルマは小走りで城へと入っていった。
そこへ、声を聞いて駆けつけてきたレイサがやってきて、彼女は何かを見つける。
一瞬眉間にしわを寄せた後、布を当てて拾ったものをシャニーに見せてやった。
「これは?」
「そこに落ちてた奴さ。恐らくアルマを狙った矢だね」
シャニーは手渡された矢を見て息を呑んだ。それは、銀製の矢。
ただそれだけではない。殺傷能力を向上させるために矢じりの形を複雑な造りにしてあった。
その破壊力はバリガンの像の土台である硬い岩盤に穴を開けるほど。穴は大きく抉れ、傷口はかなり広がっている。
もう一度矢じりを良く見てみると返しが何箇所も付いており、一旦刺さったらなかなか抜く事は出来ないようにしてあるようだ。それに、放たれる微かだが鼻につくこの臭い……毒か。
驚異的な破壊力、そしてターゲットが慌てれば慌てるほど、ターゲットのダメージを増す造り。更には猛毒で内からも体力を奪っていく。
ターゲットを殺すために極悪なまでに強化されたその矢からは、裂空しなくなった今でもゾッとするほどの重く、鋭い殺意を感じる。
「そんなおっかないモンを使う夜賊が何処にいる?」
「……こんなの見たことない」
ベルン動乱でよく弓兵は見たが、彼らの装備していた弓矢にこんな造りは無かった。こんな、殺したくてたまらないと吐き気が来そうなほどの憎悪の矢なんて。
絶句するシャニーにレイサは当たり前と返した。
「そいつはプロの仕業さ。手馴れてるし、かなりの念を入れた仕事をするヤツのようだね」
レイサから辛く放たれたその言葉。シャニーにとっては理解できても納得の出来ない話だった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 何でこんな暗殺者みたいなことをする奴がこんなところに??」
「簡単な話さ。……誰かを殺そうとアサシンが狙っている。それだけのことさ」
誰かを殺そうとしている……。その誰かとは、この矢で狙われていた人間……すなわちアルマであることは間違いない。
「でも、アルマは夜賊だって言ってたよ? それに、狙われてるって知らなかったならあんな冷静でいられるわけないし、知ってるなら夜にふらふら出歩いたりしないんじゃないかな」
早口にあれこれと否定材料を探す。
(こんなの嘘だ、嘘に決まってる。アルマが命をなんで狙われなくちゃいけないの?!)
その様子にレイサはため息をついた。それは彼女の狼狽具合だけではなく、アルマの行動に対してもだ。未だに信じられない。
「あいつはあんたを試したんだと思うよ。自分が背を向けていても、あんたが助けてくれるかってね。一匹狼のすることとは思えないけど」
「……じゃ、じゃあなんでそんな危険な奴に狙われたりするの?!」
シャニーは何としても、アルマが狙われているということを事実として受け止めたくなかった。自分の親友が、命を狙われて毎夜怯えているなんて信じたくなかった。
「そいつは本人に聞かなきゃ分かんないよ。あんだけ周到な仕事を仕掛けてくるとなると、よっぽどの事をしたんだろうね」
あの毒を見れば分かる。
突き付けられる現実にシャニーは力なく俯いた。自分の仲間が命を狙われている、それだけでも胸を突き刺されるような気持になる。
「まぁ、あいつはあんな性格だし、どこでどんな恨みを買ってるも知れないって言うのは何となく納得できる話だけど」
どうして皆アルマに冷たい事を言うのだろう。口は悪いけれど、誰よりもイリアの事を考えている彼女を悪く言われると、何故か許せなかった。たとえ相手がレイサでも。
「レイサさんっ! そんな風に言わなくてもいいじゃない!」
珍しく目の色を変えて食ってかかって来たシャニーの頭をレイサは軽く押し下げた。
彼女だって分からないで話ではないだろうに。アルマの事を疎ましがっている上位幹部が少なくないことは。
それでも、シャニーは親友が殺意に駆られるほどの何かをする人とは思いたくなかった。自分と同じくらい、もしかしたら自分以上にイリアのことを思っているアルマが、まさかそんな。
だが、現実を正面から受け止められない心にレイサは釘を刺した。
「シャニー、あんたの今後の為にこれだけは言っておくよ。他人を疑わないで誰にでも朗らかにできるその性格は、本当に恵まれたものだ。でもね、度が過ぎれば単なる甘い人間ってだけだ。自分のひと時の感情で事実認識を誤るような事は、これから部下を持っていく人間として最もしてはいけないことだよ」
「甘い人間……」
ただ甘い人間なのか? 友を信じて背中を守ろうとするこの気持ちはただ甘いだけなのか? 困惑に揺れる青い瞳をじっと見つめて、レイサはシャニーの頭を撫でた。
「信じ貫く強い心は必要さ。でもね、事実は事実として受け入れる強さも必要なのさ。……さて、そろそろ選挙結果が出るし、私たちも城に戻るよ」
レイサに肩を抱かれ、シャニーは城へと戻っていく。その心に映るのは、親友を信じたい思いと、目の前に横たわる事実との葛藤か。それとも、仲間の無事を喜ぶ反面、いつまた再び狙われるかもしれない恐怖が交じり合う不安か。
どちらにしても、彼女は一つを強く願っていた。理不尽な理由で、命を狙われたり狙ったりしなければいけないような国でイリアはあって欲しくはない。
他の国と同じように、そしてそれ以上に住みよく豊かな国になって欲しかった。
そのために自分に何をできるのか? ようやく外殻が見え始めた気がする。
その夢を共にする仲間達や平和を望むイリアの民達。彼らに向かって自分は何を誓うのか。
同時に毎日のように感じるようになってきた自分の無知さ無力さ。
当初なぜ新人部隊に配属されたのか分からなくて、ティトに突っかかって行った。それを思い出すたびに恥ずかしくなる。
しかし、もう恥ずかしいでは済まされない。入団して早くも半年近くが過ぎた。早く姉や部隊長を安心させたい。その気持ちがどんどん強くなってくる。
今回、経緯はどうであれ、権利放棄という形でイリアの未来を放棄した。
早く真の意味で一人前になって、今迄の失敗ばかりの自分や今回貢献できなった分を取り返したい。
空の向こうは、暁にうっすらと染まりつつあった。
あるべきイリアの姿をレイサと話しながらシャニーは詰所へと戻っていく。昨日より少し成長した手で新たな一ページを刻むべく。