ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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あらすじ

天馬騎士団への入団前日。シャニーは両親の墓に祈りを捧げていた。
志半ばにして倒れた両親へ自身の騎士の誓いを捧げて、村に戻ったシャニーは幼馴染たちに問う。

もし、戦場で自分に遭ったらどうするか…と。


第3話 凍てつく剣

 イリア傭兵騎士団。民を養う為に他国に傭兵として参加し、その報酬を祖国へ惜しみなく送る。

 常に死と隣り合わせ。だが、逃げればイリアの民は残らず死に絶える。

 国を背負って騎士達は戦場に立つ。そんな過酷な世界へ、まだようやく成人を迎えようという少女が足を踏み入れようとしていた。

 

 一年間の見習い修行を終えた彼女は、今度の叙任式で正式なイリア天馬騎士団の一員になる予定だ。

 姉の戦う姿に憧れ、自らも同じ天馬騎士の道を志した。彼女の名前はシャニー。

 短く整えられた青髪を揺らしながら、彼女はある場所へ向かっていた。

 そこは景色を一望できる小高い丘。

 

「おかあさん、おとうさん。あたし、来週から一人前の天馬騎士として認められるんだよ。一年間、あっという間だったなぁ」

 

 シャニーは一面に様々な色の花を広げる丘に作られた両親の墓に花を手向けると、祈るように話しかける。

 静かな場所にいると見習い修行の事が一つ一つ思い出されてくる。

 

 見習い騎士とは言え、英雄ロイの下で最後まで戦い、ベルン動乱を、そして第二次人竜戦役を未然に防いだ八英雄と呼ばれるほど功績を残した一人。

 多くのものに助けられながら彼女は見る見る頭角を現し、大きな功績を挙げて人脈も広がった。

 

「早く叙任を受けて、人々を助けてあげたいよ」

 

 それでも、故郷に戻ればただの見習い騎士であり、一人の少女。

 シャニーは両親に騎士の誓いを宣誓する。それは、騎士団で決められたものでは無い、自分だけの誓い。

 

 ベルンに攻め込まれ、騎士団と言う騎士団は壊滅してしまった。人々は不安な生活を送っている。

 天馬騎士団も、前団長シグーネ率いる精鋭部隊は自分が所属したエトルリア軍が壊滅させた。

 

 同胞をこの手で仕留めることなど、出来はしなかった。

 しなくてはいけないとシグーネの目が怒鳴っても、幼い騎士には団長のその命令はあまりにも過酷だった。

 叙任を受けてイリア騎士として自覚していた姉ティトと違い、彼女にはシグーネを攻撃することなどできなかった。

 

 そして戦後、ティトがなんとかバラバラになっていた天馬騎士たちを集めて天馬騎士団を再建。

 天馬騎士団は世界でも数少ないほぼ女性で構成される騎士団で、その大半が天馬騎士で編成されている。

 自分も早く叙任騎士として世界を巡り、人々を助けたい。そう彼女は思っていた。

 

 圧倒的に人手不足となった天馬騎士団、そして自分のベルン動乱での功績。

 憧れの第一部隊────団長配下の精鋭部隊に入る事だって夢では無い。

 自分が配属されるのはどの部隊だろう。

 

「よぉし、やる気になってきたぞ! さっそく帰って剣の稽古だ!」

 

 彼女は両親の墓を後にすると、ダッシュで家のある村まで帰っていった。

 何も知らない。騎士団と言う組織の大変さ、虚しさ、そして儚さを。見習いでは分からなかった国内の悲惨さを。

 それを知らない穢れなき『色』を持った少女が、イリアの寒空の下で懸命に咲く花達の中を颯爽と駆けて行く。

 

 その途中、彼女は今までの事を思い出していた。特にシグーネと師匠のこと。

 シグーネから名前で呼ばれた事はなかったが、一人カルラエ城の隅で棒切れを振り回す自分を度々指導してくれていた。

 

 あの頃、一人では寂しくなって、姉のいるカルラエ城まで幾度となく足を運んだ。

 だが、その都度関係者以外は立ち入り禁止と言われてしまい、姉に甘える事が叶わなかった。

 姉の帰りを待ちながら他の騎士が鍛錬する様子を見て、見よう見真似で棒切れを槍や剣に見立てて振って練習したものだ。

 いつか、自分があそこにいる騎士達と同じ立場になったときの為に。

 憧れの天馬騎士に、一日も早くなりたくて。

 

 ────────…………

「あんた……ユーノの末妹じゃないか。何やってんだい? そんなとこで」

 

 その時声をかけてきた人こそシグーネだった。

 いきなり怖そうな天馬騎士に話しかけられてシャニーは体を縮こまらせた。

 だが、ユーノがやってくれるように頭を撫でてくれて、いつものような人懐っこい笑顔をシグーネに見せる。

 

「あたしね、おねえちゃんを待ってるの」

 

「あぁそれは分かるよ。でも、棒切れを振り回したりして何やっているんだい?」

 

「あたしね! おねえちゃんみたいな天馬騎士になるんだ。だから、その練習」

 

 シグーネはそのまま黙って見ていた。他の騎士がやっているのを見てやっているだけの割には筋が良い。

 やはりユーノの妹。もしかすると良い騎士になれるかも知れない。

 しばらくして、シグーネは城へ歩いていき、そしてすぐ戻ってきた。

 

「あんた、マメだらけじゃないか。ほら、籠手つけて槍は振るもんだよ」

 

 彼女は素手で棒切れを振るい、マメやササクレで赤く染まったシャニーの手に気付いていた。

 それから彼女は、ユーノが迎えに来るまで一緒に練習してくれた。

 

「細っこい体だねぇ。そんなんじゃ槍に潰れちまうね」

 

「あうぅぅ…………」

 

 シグーネに本物の鋼製の槍を持たされたシャニーはふらついていた。

 すぐに取り上げられ、今度は剣を握らされる。槍に比べれば軽いものの、やはり重い。

 

「ふんっ……ふんっ!」

 

「こら、そんな肩に力入れて振ってたら懐に入られるよ。……こいつは結構イジメ甲斐のあるタイプかもねえ」

 …………────────

 

 それから毎日、彼女に特訓してもらう事が日課となっていた。

 ユーノにはあまり彼女に手をかけさせてはいけないと言われたが、シャニーはシグーネのことが好きだった。

 城ではシグーネに、家では姉二人に槍術を習い、彼女はみるみる成長していった。

 

 その後、彼女も見習い天馬騎士として世界へ羽ばたき、ロイ率いるエトルリア軍で修行を積んだ。

 他の天馬騎士では経験できないような、転戦に転戦を重ねた激戦。

 彼女は実戦の中で才能を開花させる。自分を受け入れてくれた傭兵団の仲間が良い人間ばかりであった事もそれを助けた。

 

 シャニーはその傭兵団のリーダーに憧れた。強くてかっこよかった。

 彼の名はディーク。手負いの虎と噂され、名前を聞くだけで兵が逃げ出すほどの実力を持った傭兵。

 シャニーはディークを師と仰ぎ、剣を習った。実践タイプだったディークには、活発なシャニーの扱い方も良く分かっていた。

 

「おい、剣はそんな風に扱うんじゃねーよ。槍じゃねーんだから」

 

「え?」

 

「もっと広く使うんだ。攻撃の時は切っ先で、受けるときは根元で受けろ。最初は怖いかもしれないがな」

 

 それまで槍を専門に扱ってきた彼女にはちんぷんかんぷん。

 イマイチ納得できていない様子のシャニーにディークは剣を抜き、彼女に向かって一気に切りかかった。避けられないように、意表を突いて。

 

「うわっ?! な、何するのよ! 殺す気ぃ!?」

 

「そうだ。分かってんじゃねーか。もう少し根元で受けるようにしろ。お前は力が無いから、先で受けるとそのまま剣を弾き飛ばされるぞ」

 

 ディークも自分の事をかなり気遣ってくれていた。

 本当に色々教わった。自分が激戦を生き残り、こうして修行を終えられたのもディークに助けてもらったから。

 剣を通じて戦いの心構え、傭兵としての心構え。それだけではない、自分の視野がかなり広がった気がする。

 

 いつしか戦場でも剣を握る時間が増え、悩んだ時も剣を振って自身を整理するようになった。

 そうしているとディークが助けてくれたし、今でも何か彼の言葉を思い出す気がするから。

 何度まわりから騎士と言うより剣士と笑われただろうか。もう今ではだいぶ慣れた。

 

「お前は救いようもねぇバカだが、光るものも持っている。他のヤツが持っていないぐらい眩く光るものがな。皆が願っても手に入らないものを、お前は持っているんだ。お前はそれをしっかり磨いて、皆の為に使え。俺には剣しかねぇが、お前はそうじゃない。これからお前が入っていく世界は、お前にとっちゃ過酷かもしれねぇ。だがな、それはお前が選んだ道だ。その中でも、自分を、光るものを失うんじゃねーぞ」

 

 それが、師匠と別れるときに貰った最後の言葉だった。

 シグーネからはイリア騎士の宿命を、ディークからは傭兵としての心構えを学び、二人から優しさや人を育てることの大切さを感じ取った。

 

 そして今、自分は叙任騎士になろうとしている。

 様々な事を吸収して強くなった。騎士としてだけではなく人としても、もう一人前だ。

 これからはもう誰かに甘えていてはいけない。

 自分を守ってくれる人はいない。逆に民を守る側に立ったのだから恩返ししていかなくては。

 

 シャニーは自分に色々言い聞かせながら村に帰って行った。「いちにんまえ」と言う言葉に半場酔いしれながら。

 

 ◆

「おかえり、シャニー」

 

 彼女を出迎えてくれたのは、幼馴染のウッディだった。

 やや長めのモスグリーンの髪はしっかり整えられ、落ち着いた口調でシャニーを出迎えるとメガネをずり上げた。

 

「たっだいま! ウッディじゃ剣の稽古の相手にはできないぁ。ねぇ、ルシャナやセラは何処?」

 

「さぁ。それにしても……本当に騎士になっちゃうんだね」

 

 彼は残念そうにシャニーを見る。

 やや凛々しくなったようにも見えるが彼にとってはシャニーは今でも幼馴染だった。

 近くにいるのに、何か遠い人になってしまったようにも感じる。

 

「うん、昔からの憧れだもん! ウッディのほうはどうなのさ」

 

「僕も、来週天馬騎士団に入団するんだよ」

 

「えぇ!? ウッディが?!」

 

 幼馴染の意外な言葉に、シャニーはややオーバーリアクションとも取れるような声をあげた。

 

「……オカマにでもなるの?」

 

 無理も無い。天馬騎士団はほぼ女性のみで構成される世界でも珍しい騎士団だ。

 稀に男の古代魔法使いや弓兵が入団する事はあるが、彼にそれらの才能があるとは思えない。

 

「シャニー。戦いは騎士だけでやるものじゃないって習わなかったっけ?」

 

「え? えーと……。じゃあ、魔法使いにでもなったの?」

 

「君達騎士が深く傷ついたら、誰が治してくれるの?」

 

 考え込むシャニーに、ウッディは呆れたように問いかける。

 あまたの戦線を潜り抜けてきたと豪語していた彼女なのに、答えが出てこない。

 やっぱホラだったのかと彼はシャニーを見つめた。

 第一、彼にはシャニーがベルン動乱を鎮めた一人だなどと到底信じられなかった。こんなお調子者が。

 

「軍医でしょ? 僕は天馬騎士団の軍医見習いになったんだよ」

 

 シャニーは手を打って分かった事を彼に伝える。

 そういえば、騎士見習いの修行に出るときも、彼は両手に一杯の本を持って見送ってくれた覚えがある。

 その時も彼は騎士見習いにはならず、軍医になるべく勉強をしている身だった。

 軍医になる条件で奨学金まで貰っているから、勉強をやめるわけにはいかない。

 シャニーにとっては、無理矢理勉強させられているかわいそうな奴だった。

 

「だから、これからはバッチリ怪我してくれていいよ。僕が治してあげるからさ」

 

「バカ言わないでよ! そう簡単にケガなんて出来るわけないじゃん。この白い柔肌が!」

 

「はいはい……」

 

 シャニーの言葉を彼は軽くあしらうと、横で鉄製の剣を振るう彼女を眺めていた。

 剣を持っている時は別人のように映る。

 つい最近まで、棒切れでチャンバラゴッコしていたが、彼女が今持っているのは真剣だ。

 

(やはり、本当に騎士になってしまったんだ)

 

 ウッディは現実の前に天を仰いだ。

 彼の前では天真爛漫な女の子だ。だが、彼女はイリアの天馬騎士。女傭兵として世界を飛び回ることになる。

 もし他の国に生まれていれば、今頃は普通に田畑を耕し、実りある生活を送っていただろう。

 それが、毎日命を危険に晒す傭兵として、これからは生きていかねばならない。

 

 不憫だと思った。不公平だと思った。

 どうして、イリアに生まれた彼女は他の国に生まれた女の子と同じように、穏やかな生活を送れないのか。

 

(エリミーヌ様は、どうしてイリアにだけこのような過酷な試練をお与えになるのだろうか)

 

 嘆いてばかりはいられない。自分には武の才が無い。でも、彼女を助けたい。その一心で軍医を目指した。

 そして、今見習いではあるけれども、ようやく彼女を助けることが出来るようになった。

 

(これからはずっと一緒さ。でも、できれば僕のところには来て欲しくない。苦痛に顔を歪ませる君の顔は見たくない……)

 

「あ!」

 

 目の前で金属が弾け飛ぶ音がして、ウッディはびっくりして現実に引き戻された。

 見ると自分が座っている目の前に、先程シャニーが振っていた剣が刺さっている。

 

「だ、だいじょうぶだった!? ケガ無い??」

 

 どうやらシャニーの手から剣がすっぽ抜けて飛んできたらしい。血の気が引いた。

 

「……生きた心地がしない。ん?」

 

 シャニーの手に目をやってみる。彼女の左手はマメだらけだった。余程鍛錬しているのだろう。

 普段は朗らかな彼女だが、一度集中すると人が変わった様に打ち込む頑張り屋でもあった。

 単に周りが見えなくなるだけとも言うのだが、ウッディはそんな彼女を応援したかった。

 そして、失いたくなかった。大切な友達、幼馴染……。

 

「手を診せてみなよ。沁みるけど我慢して」

 

「あぅ!」

 

 ウッディは持ち合わせていた手製の傷薬で彼女の手を治療する。

 彼女が悲鳴を上げる顔を楽しむかのように、彼は薬のついたガーゼを破れたマメに押し付けてやる。

 

「シャニー。沁みるって事は、生きてる証拠だ。命を粗末にするようなことだけはしないでくれ。約束だぞ?」

 

「わ、分かってるよ。あたしはウッディと違って、もう一人前なんだからね」

 

 いきなり彼にお説教をされたシャニーは、ウッディの優しさと知りながらぷいっと顔を背けた。

 元気な証拠だ。彼は無言で笑みを浮かべる。こういう顔が見られるなら嫌われても良かった。

 

「あ、こんなところにいた!」

 

 二人の許に元気な声が聞こえ、向こうからパーマのかかった紫のボブと紺のロングの女性がやってくる。

 二人は同じく幼馴染のルシャナとセラである。

 彼女たちは手を振りながら笑顔で寄って来るも、ちょっと距離を開けたところで立ち止まった。

 

「あ、二人ともやっほー。どーしたのさ、そんなとこで。こっち来なよ」

 

 シャニーが手招きするも、彼女たちは近寄ってこなかった。

 ルシャナはいかにも悪意ある笑顔を作ってシャニーに話しかける。

 

「あんた達の邪魔しちゃ悪いし、いいよ、いいよ。どうぞそのままごゆっくり~」

 

 意識とは無関係に、シャニーの口からは反論が飛び出す。

 

「ち、違うもん! 別にあたしはウッディとは何の関係も……!」

 

 ルシャナがセラと一度顔を見合わせて、来たと言わんばかりに焦るシャニーへ言い返す。

 

「私、別にあんたとウッディに何か関係あるとは一言も言って無いけど?」

 

 悪癖の早合点でまた赤っ恥をかいてしまった。

 やっと治療を終えたウッディに八つ当たりして憂さを晴らす。

 

「もう! ウッディがさっさと治療しないから誤解されたじゃない!」

 

「いてて! ルシャナは、僕が君を治療する邪魔をしちゃいけないって気遣ってくれたんじゃないか。だから丁寧に……」

 

「あたしはそこまでヤワじゃないもん!」

 

「……さっきは柔肌云々言ってたくせに」

 

「それは……。あー! もう、みんな性格悪すぎだよ!」

 

 シャニーは堪らず、下を向いて膨れ面を作った。

 みんなとはもう十年以上の付き合いのある仲間だ。からかうと面白い事も、三人はよく知っていた。

 いつもどおり彼女で遊ぶことが出来、腹を抱えて笑ってしまう。当のシャニーも、毎度のことなのにハメられてから気付いて地団駄踏むのだから、オモチャにされても仕方が無い。

 

「あはは! あー、おもしろ」

 

「ふふふっ、腹がよじれるよ」

 

 笑い転げる彼らを、シャニーは真っ赤に顔を膨らせて睨む。

 でも、シャニーもどこか嬉しい。戦争中は自分のことで精一杯だったが、戦争が終ると途端に故郷の人々が心配になってきた。

 亡くなってしまった人も当然いたが、自分の大切な親友は生き残ってくれていた。

 また幼い頃と同じように皆で笑っていられると思うと、これからの不安も多少なりと払拭できた。

 知らないうちに、シャニーも笑っている。何でだろう。自然に笑顔が漏れる。

 

「それにしても、またあんたの笑顔を拝めるとはね」

 

「何よ、神様でも見るみたいに」

 

 ルシャナの言い草にシャニーもおかしくてついつい声をあげて笑ってしまうが、ルシャナの目は本気だった。

 

「いやぁ、あんたのその抜け面に昔は結構元気を貰っていたからね。戦死してたら……どうしようかと思ったよ」

 

 抜け面と言われてまた怒ろうかと思ったが、ルシャナのいつもと違う様子にそれをやめた。

 彼女も彼女なりに、自分を心配してくれていた。

 自分だって彼女のことを心配していたし、ウッディに至っては何も出来ないから、故郷に帰るまでの間ちゃんと何か食べているかすら心配だった。

 

「あたしだってみんなの事、心配だった。みんな無事でよかったよ」

 

 シャニーの口から、自然とそんな言葉が漏れた。

 無事でよかった。今まで言われる側だったけれど、もうこれからは自分も一人前。相手を気遣う必要も出てくる。

 でも今の言葉は、必要に駆られて出てきたのではなかった。こういった言葉は意識して使う言葉ではないのかもしれない。

 

 みんな大切な仲間。彼らだけではない。イリアに住む人みんなが無事であれば、どんなに嬉しいだろうか。

 でも、イリアは傭兵の国。みんなが無事という事はまずありえない。

 ティトの部下の人たちや、シグーネが戦死してしまったことが何よりの証拠だ。

 

 こうやってみんなで笑っていられる時間が、今までより凄く貴重に思える。

 皆にしてもそうだった。極寒の傭兵国家イリアにおいては、ストイックな考えがどうしても先行する。

 そんな中で、いつでも笑顔を振りまいていたシャニーは仲間には春陽のようだった。

 だから失いたくなかった。皆が皆、お互いが尊い。

 そう言えば皆は戦争中何処に居たのだろう。ふとシャニーは気になって二人に目をやる。

 

「ねぇ、ルシャナやセラは何処に見習い修行に出ていたの?」

 

「私? 私はエトルリアの貴族の屋敷に行ってた。アクレイアでちょっとした戦いがあったけど、騎士団はその争いには参加しなかったの。だから運が良かったかも。ルシャナは?」

 

「私はリキア。私は裏方と言うか、物資輸送で戦場には出てないんだよね」

 

 派遣先で大きく変わる運命。ルシャナのように戦場に出ない者もいれば、セラのように第一線に放り出されることもある。

 アクレイアでの戦い……それはどう考えても、クーデター派とベルン南方軍の連合軍相手に、ロイ率いるリキア同盟軍にシャニーが所属して戦った、王都奪還戦である。

 

 一歩間違えば……セラと剣を交えていたかもしれない。考えたくも無い。

 もしそうなった時、自分は親友と戦えるのだろうか。

 自分は姉のように強く無いから、逃げ出してしまうかもしれない。そうシャニーは思った。

 しかしそれは、イリア騎士の誓いの中でもタブーとされることの一つ。

 例え同胞同士が主を違え、戦場で戦うことになっても、最期まで主の命に背いてはならない……。

 

「ねぇ、二人とも。もし……、あたしと戦場で剣を交えることになったら、どうする?」

 

 唐突なシャニーからの質問にルシャナは困惑したようだが、セラはさらっと答えた。

 戦場経験がある彼女にとっては聞きたいことだったから。

 

「……そのときは、あんたを殺すかもしれない。イリア騎士の誓い……。私たちは逆らうわけには行かない」

 

「そう……だよね」

 

 顔も声も沈み込む。分かってはいても、やはり避けたい。

 怖いという感情ではない。それでも、すくんで動けなくなってしまう。

 姉を相手にしたときも、シグーネを相手にしたときもそうだった。

 すくんだ自分を、二人ともイリア騎士として戦わせた。

 その後は、同胞の天馬騎士を相手にしても、何とか戦うことが出来るようにはなった。

 だが、それは同胞でも知らない人だったから。家族も同然の人たちを殺せるだろうか……。

 

 ────出来ないでは済まされない。イリア騎士なら当然に出来なくてはならない

 

 姉の言葉が蘇った。

 

「あたしは……出来ないかもしれない。皆を戦場で見かけたら、逃げ出すかもしれない。たとえ……ルールに反しても、あたしには……。だって、皆はあたしの大切な……!」

 

 泣きそうになるシャニーをセラが支える。

 分かっている、そんな事は。誰だってしたく無いし、ましてシャニーのような甘い性格なら、その選択は過酷過ぎる。

 

(あぁ、あんたはイリアに生まれてきちゃいけないヤツだったのかも知れないね。もっと心を殺せる人間じゃないと……)

 

 セラは自分も泣きそうになるのをぐっと堪え、ルシャナが二人の肩に手を乗せて祈りにも似た弱い声で励ました。

 

「ね、もし戦場であっても、できるだけ戦わずに済む方法を探そう? あんたの姉さんとゼロット様も、そうやって戦闘を回避して番になったんじゃない。あたし達にだって出来るよ」

 

「うん……。そうだね。そろそろ暗くなってきたし……帰ろうか」

 

 シャニー達は肩を寄せ合いながら自宅へと帰って行く。

 彼女らの背にのしかかる宿命は、あまりにも大きすぎて、重すぎて。

 

 姉に憧れて天馬騎士を志した。その道は、相手は勿論、自分の心すら殺さなければやっていけない厳しい世界。

 ましてあんな性格だ。自分を持っている者ほど、自らの考えと相反するものを掟だからと割り切る事は難しい。

 その考えが、現実と違えば違うほど、苦しむ。

 

「間違っているよな……。誰もが間違っていると思っていても、肯定しなくちゃ生きていけないんだ。何とか……何とかなら無いのか。僕は、またしても彼女らの力になってあげる事は出来ないのだろうか。こんなに、こんなに大切な親友が、あんなに悩んでいるのに。変えられないのか……この曲がった理を……!」

 

 なごり雪が降り始めていた。その中を歩く三人の姿を、ウッディはずっと見つめている。

 拳には力が入り、いつの間にか壁を殴りつけていた。

 戦争が終って、どの国も新たな理を引いた。イリアだけ、イリアだけ従来どおりでいいのか。

 今までも一番曲がったものを理としてきたこの国が。

 

 しかし、聖女エリミーヌは見捨てたわけではなかった。どこかの高僧が戦時中に残した言葉にこんなものがある。

 

 ────神が人を救わないのは、神が人を信じているからだ

 

 今、イリアの騎士団には、国を変える力を持った若者達が集結しようとしていた。考え方や手法は違えど、目指すものは唯一つ。それは……。

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