ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
暫定団長だったティトは正式な団長を選出するための選挙を実施する。
それはただの形式典範ではなく、騎士が一人一人、イリアを創る意志を持つことを期待してのものだった。
だが、実際にはただの票取り合戦となり、挙句対抗馬のイドゥヴァは甘言に脅しと手段を択ばぬ行動に出る。
シャニーもまた任務に失敗し、守ると約束した民を守れなかった傷心に付け込まれるが、レイサの助言を受け、ティトに選挙開催の意図を確かめた彼女は確信する。
今回の選挙は間違っているのだと。
団長の意志を踏まえ、造られた意志では投票はできないと十八部隊は投票を棄権する。
十八部隊の票を勝ち切るための最後の切り札としていたイドゥヴァは焦り、敗北を喫するととなった。
その右腕アルマに呼び出されたシャニーは覚悟を決めるが、アルマは言った。さすが自分のライバルであると。彼女は甘言で揺さぶっても自分を崩さなかったシャニーを刎頸の友と認め手を取った。
迎えた朝は新たな出発だけではなく、新たな禍根も残すこととなり、敗れたイドゥヴァの目は怒りに震えていたのだった。
第1話 暗躍の太刀
―エレブ新暦1000年 8月
日の沈んだエデッサの城下町。店先には蝋燭の明かりが灯り、その灯に呼び寄せられるように人々が中へと消えていく。酒に酔うもの、袋をいくつも抱える者、様々な者が北へ南へ自由に歩き回って賑やかなのはイリアも夏だからか。城下町らしい夜が始まった。極寒のイリアも、ここだけは人々の活気に寒気が吹き飛んでいく。
繁華街と言える唯一の街の中を、インバネスコートを着込んだ黒ずくめの紳士が、そんな明かりを嫌うかのように歩いていく。手にした刀を大事そうにコートの中に潜めながら、深く被った帽子から見えない視線は何も映していないかのように表情がない。無言、ただ無言に歩き、立派なバルボは一切動かない。
彼は繁華街とは少し離れたところまでやってきた。着こんだ黒が灯を失った暗闇に溶ける。誰かと待ち合わせをしているのか、傍にあったベンチに腰掛けた彼は、外套のポケットから静かに葉巻を取り出した。葉巻は彼が口にくわえた瞬間、火花が飛んで一筋の煙が上がる。たまには落ち着いて一服したいものだが、いつもこうして着火するのではいくら好意とは言え趣に欠ける。
煙が螺旋を描き、座っている彼の前に渦巻いていく。何でもショーとして扱って欲しくないのだが「遅かったな、ウェスカー」声を掛けても姿を現さない。紳士が葉巻を口から離し、出来た螺旋の形を一息吹いて壊したその瞬間だった。突如螺旋の輪の中に男が現われ、紳士の前に膝を突く。
その男、ウェスカーも頭に帽子を被り黒いスーツに身を包んでいる。人々の前から気配を消さんとばかりの二人。ただ違うのは、彼は帽子を浅く被って顔を隠していないというだけ。紳士の顔は帽子の下に隠れて全く見えなかった。
「先程からお待ちしておりましたが、周囲への警戒には念を入れておこうと思いまして」
そこまでレベルの高い者は居ないようだが、万が一が許されない仕事なので自然と警戒は厳しくなる。見つかったら見つかったで、適当に始末すればいいだけなのだが、あまりやるとマスターが怒るので仕方がない。
「ふっ、お前の念の入れようは周到を通り越して殺意すら感じるな」
氷のように動かない紳士とは対照的に、ウェスカーは柔和な笑みを浮かべながら高めの声ですっと頭を下げる。
「お褒めいただき光栄です」
その仕草はとても丁寧だが、その丁寧さが逆に挑発的とすら映る。その細い目を紳士はじっと帽子の下から見上げていた。何も切り出してこないあたり、今日はどうやらいい話を聞けそうにない。
葉巻の先の赤だけが闇夜の中に揺れ、赤にはすぐ蛾が集まってきた。ウェスカーは紳士が葉巻を吸い終わるのを、魔道書を見ながらじっと待つ。しばらく静かな時間が二人の間を流れていたが、葉巻を手に取り大きく吐き出した紳士の口元が不意に緩む。
「ところでウェスカー。毎度思うことだが、葉巻に火をつけてくれるのはありがたいが、魔法でやるのは止してくれ。いつお前を敵と勘違いして斬り殺すか分からんぞ」
葉巻を吸いつつ、紳士は口元を再び無に固めて立ち上がる。深くお辞儀するウェスカーの体は笑いに揺れていた。ペルソナでもつけているかのように彼は笑顔を絶やさない。人々へ死を運ぶ笑顔を。
「例の件はどうなった」
郊外へ向けて歩き出した紳士は、見事な顎髭に手をやるとウェスカーを呼び寄せた本題を振った。この先の歴史を歪ませていく、
「その件についてなのですが、残念な報告をしなくてはなりません」
聞かずともある程度は理解していた。こちらから問わずとも饒舌に語るだろう柔和な笑みが今日は妙に大人しかったと思ったら、案の定だ。
「……失敗したのか?」
紳士の左目の眼帯から、鋭い視線をウェスカーは感じとった。失敗が許されない仕事における失敗……それは死。死して屍残すまじ……あのアサシンはこの指先で消してきたばかりだ。
「はい。射手によれば仲間がいたらしく、その者に気付かれたようです」
紳士はその報告に声を荒げるわけでも、狼狽する様子も見せない。それどころか軽く口元で笑うと、そのまま黙って歩いていく。
「あの闇夜で勘付かれるとは、私としても迂闊でした」
他でもないウェスカーの口から出る迂闊などという言葉を耳にしたのは初めてであった。ただ事ではないことが起きたという事か。少しだけ興味がある。紳士は自分より長身のウェスカーを、帽子越しに見上げた。
「お前にしては珍しい。流石は国を守る騎士団……いや、金目当てに慣れている戦闘集団というだけはあるか?」
皮肉も混じった口調で敵へ賛辞を送り、ウェスカーも一層の笑みを顔中に貼り付けた。そんな言い訳ができるような作戦を執ったつもりはない。入念に練り上げた作戦の更に上を行ったという事だ。
面白い、実に面白いではないか。そう来なくては面白くない。あっさり片付いてしまっては、自分が出る幕が無い。この手で興すショーの時間くらいあっても悪くない。失敗したにもかかわらず、ウェスカーの口調は嬉しげだ。
「いえ、いくら戦闘慣れしているとは言え指折りの射手を送り込みましたから、その存在に気付くとなればよほど鍛練された人間でしょう。我が組織に欲しいくらいの腕前です」
紳士はふっと笑いを声に出す。彼はコートの懐に隠していた刀を体の前にかざすと、親指で柄を押し、刀身を睨みつけた。その眼からは、何とも言えぬ威圧の気を部下であるウェスカーですら感じる。この目に、この刀に触れられたら、さすがに自分でも“死ぬ”かもしれない。
刀は月明かりの前で妖艶な輝きを放ち、主人に請う。
―――――早く誰かを斬らせてくれ
剣が血を求めている。凍てつく蒼白の刀身が透き通るほど月光を映す。果たしてこの剣が抜かれるほどの使い手がこの世界にいるだろうか。
「悠長な事は言っておれんぞ。あいつは必ず消さねばならん。奴を消すことが災厄の芽を摘むことになる」
言い終わるや否や、周りを飛び交う蛾へ浴びせられた剣。まるで時が止まったかのように、その場で刻まれて落ちていく。これでは足りぬと言わんばかりに怪しく光を放る刀は蒼白い。刀には申し訳ないが、自分では求めるものは斬らせてやれない。それが組織の掟だ。
「殺せ。時を計り、一瞬でな」
「はい、是非そうさせていただきます」
ウェスカーは紳士に向かって再度頭を下げたが、彼はウェスカーの頭を笑って上げさせ、不満そうな剣を鞘に収めると再び懐へ忍ばせた。どうにも血の気が多いものばかりが周りにいて困る。この仕事は、
「まぁいい。楽しみは後に取っておけ」
ウェスカーは無言で肩を揺らす。その顔は、いつもどおりの優しそうな笑顔だ。またショーを興す気を満々に湛えるその狂気を、呆れ交じりに再びふっと声に出して笑って見せた紳士は、新しい葉巻を取り出すと口にくわえて夜空を見上げた。その先にあるのは、天馬騎士団の本拠地、カルラエ城。
ウェスカー相手に偶然などない。この閃電の魔術師の作戦を見事退けた者……興味が湧く。一度会ってみるのも悪くはない。どの道、この妖刀をこの世界で振るう事は許されていない。
この世界の歴史は、
「ウェスカー、マッチは持っておらんのか。やはり魔法、おまけに雷撃の火花では葉巻には合わん。お前の魔法は人を打ってこそだろう」
再び跳ねた火花に紳士は呆れるが、ウェスカーは今日一番の笑みを返してきた。ようやく、ようやく認めてくれるというのか? この世界で、この閃電を迸らせることを許可してくれるのだろうか。不敵に吊り上がる口元からは喜びが零れる。人を打ち、焼き焦がす快感に酔いしれる狂喜を。
「おぉ、何と恐ろしい事を仰るのですか。マスター」
闇夜の中で、紅に光る黒い眼差しが揺れた。確実にターゲットを追い詰め、死へ至らしめる。その魔の眼差しは、葉巻の火も、月のおぼろ明かりをも飲み込んで、郊外の闇の中に溶けて見えなくなってしまった。いつかまた、必ず出会う……その含みをしっかりと口元に残して。