ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

31 / 135
前話のあらすじ

イリア内を暗躍する暗殺組織の男二人が情報共有にエデッサの郊外に現れる。
黒ずくめの紳士をマスターと呼ぶウェスカーは、天馬騎士団内でのアルマ暗殺に失敗したことをマスターに報告する。
紳士は計画の続行を指示すると共に、ある者へ興味を抱く。
そう、周到なるウェスカーの作戦を失敗に陥れ、アルマの背中を守ったシャニーへと。


第2話 来訪者

 団長選出戦から一週間経ったある日、今日もティトは忙しそうに部下に指示を出していた。色々な案件の承認処理に、第一部隊の営業に、そして部下の育成に。団長に再選してからますます踏み出す足に力を込めているからか、朝からフル回転しないとあれもこれも追いつかない。

 

 ようやく一通りの指示を終えてふうっと大きく息を吐きながら額を拭っていると、張り詰めた気を崩してくるような緩い声が聞こえてきた。郵便関係を担当している子だ。

 

「だんちょー。いつもどおり机の上に置いておきますねぇ~」

 

 やや抜けた感じのある声で、ティトに郵便が届いたことを知らせる。今日は一体どこからだろう。部下への指示を終わらせるとティトはすぐに部屋に戻って行った。向こうではまた抜けた感じの声が聞こえている。

 

「あれ、団長この頃どうしたんだろ。前は郵便なんか後回しだったのに」

 

 団長宛の手紙は誰から……よりも、どれだけあるかとうんざりするくらい毎日届く。その大半は仕事上の形式的なものなのでたいてい後回しにされがちなのに、すっ飛んでいった団長の後姿を部下達は不思議そうに見ていた。

 

 部屋に戻ったティトは整理もされずに積まれた大量の郵便群を漁り始めた。届いたものの大半は雇用先からの手紙で、やっぱりどれも読むに足らない形式だけのもの。いくらティトでもいちいち目を通してはいられない。

 

 机の上がぐちゃぐちゃになっていくのも気にせず、彼女はどんどん手紙の山を掘っていく。今日は無いのか? これだけ掘ってないなら、もう今日はダメなのかもしれない……そんな不安な顔がある差出人の名前を見つけたとき、凛とした団長の顔に嬉しそうな笑顔が咲く。

 

 封筒を開封し、中身を持って窓際へ歩いていく。内容を小さく笑いながら読んだあと、彼女は窓の外から見える西の山々を見渡した。

 

「あの方も苦労しているんだわ。私も頑張らなくちゃ。でも、やっぱりお会いしたいわ……。お会いして直接声を聞きたい。今頃どうしているのかしら」

 

 手紙を握り締めたまま、彼女は山々の更に向こうを思い描いていた。いつでも冷静だが大きく包んでくれるような優しさは信頼を越えて敬愛を抱き、羨望の眼差しを送っていたあの頃。会えるならば、今すぐにでも会いたい相手だった。

 

 

 同時刻、十八部隊にウッディが訪れていた。今日こそはとっちめてやると彼には珍しく、わなわなした様子だ。早歩きで十八部隊に近づき、目的の人物の姿を探す……探すまでも無かった。あの明るい声が隠れようとしたってそうはいかない。

 

「シャニー! 見つけたぞ!」

 

 彼はターゲットを見つけるや否や早歩きから小走りに変えて、仲間と井戸端会議を開くシャニーの許へ駆け寄っていく。何かが迫ってくることを感じ取ったシャニーは、反射的に体が走り出すが、仲間との雑談に集中していた体では時既に遅し。彼女はウッディの腕に首を挟まれてバタバタと足掻き始めた。

 

「いたたたっ。もう! 何すんのよ!」

 

 シャニーはとっさに体を翻し、縄抜けでもするかのようにウッディの腕から体を抜く。再度捕まえようとするウッディに、彼女は必殺の一撃を加えた。

 

「!! ……うお……」

 

 全身に電撃でも走ったのような一撃はすぐにジンジンと股間からせり上がってきて、痛みを越えた衝撃が脳天を貫いて崩れた。目の前には思い切り舌を出す悪魔が映る。

 

「へーんだ。急所ぐらい知ってるもんね」

 

 その場にへたり込むウッディからは苦悶の唸り声が聞こえる。周りの仲間達も、そのあまりにえげつない攻撃に苦笑いをするほかない。暫くの緊張状態が続いた後、ウッディは再び立ち上がった。

 

「ふぅ……死ぬかと。シャニーいきなり攻撃は酷いよ」

 

「仕掛けてきたのはウッディじゃん! ものすごい形相で追っかけてきてさ、あたしが何をしたって言うの?」

 

「何もしてないよ!」

 

 ウッディは言ってから、シャニーが悪いことをしたのでここに来た事を思い出した。あれだけわなわなしていたはずなのに、今の一撃で全部脳天から飛び出して行ってしまったかのようだ。

 

「じゃあ何で追っかけてくるのよ!」

 

「逃げるからだろ! あぁ、お前と話してると調子が狂う。本題に入るぞ」

 

 ウッディはやや強引にシャニーへ傾きかけた流れを引き戻す。彼は手に持っていたたくさんの資料の中から一枚の紙を取り出すと、シャニーに向けて突きつけた。

 

 やっつけ仕事をしました候の汚い字で数字が色々書いてあるわ、紅茶のシミらしきものが紙の下半分を覆っているわ、扱いが雑な紙はしわしわ。シャニーは最初こそこの紙が何なのか分からなかったが、そのシミが頭の回路を繋げた。その紙は、シャニーが担当している部隊の予算管理用紙。憂鬱だったあの時の記憶が蘇る。

 

 

―――数日前

 

「さぁて、今日の任務も終った終わった! 帰りに皆と街に繰り出そうかな」

 

 シャニーが一日の任務を終え、帰る支度に取り掛かっていたそのとき、何者かにいきなり後ろから肩を叩かれた。そのまま走って逃げ帰ろうとかと思ったが、後ろからの視線に串刺しにされ、身動きが取れなくなってしまう。「あのさぁ、これやっといて」レイサから渡された紙を黙って手に取り、そのまま机に座った。

 

「せっかくの自由時間がぁ……とほほ」

 

 渋々紙を表に向ける。その中身を見て更に幻滅した。嫌いな数字を扱う紙だったからだ。団長が姉という事で、少々経費に足が出ても何とか丸め込めるだろうと短絡的な理由で任せられたこの業務。

 

 だが姉はそんな性格ではなく、以前ミリアのクロスボウを買ってとんでもない予算オーバーをした時には山と始末書を書かされた。実際に金の管理は予想以上に難しく、ただでさえこういう頭を使う事は嫌いなシャニーにとっては地獄だった。

 

 それなのにレイサはいつもこうして帰りがけに、おまけに締め切りギリギリに持ってくる。口を尖らせ鬼だ悪魔だと罵りながら、指を折って計算していく。提出期限に目をやると、……やっぱり今回も今日中。

 

「レイサさんめ……また机の中にしまいこんで忘れてたな」

 

 泣く泣く皆からの遊びの誘いを断り、一人机に向かう。

 

 計算を間違えた。急いで訂正しようと消しゴムに手を伸ばす、その瞬間だった。「あ!! やばっ!」手が愛用のマグカップに当り、カップが音を立てて倒れた。机一面に広がっていく茶色い液体。とっさに拾い上げようとするよりも早く、机に広がる魔の手は紙を包んでしまった。

 

「だー!!」

 

 急いで拾い上げるも、もはや下半分は無情にも紅茶色に染まってしまっている。どうしてこうもツイていない時は不幸が重なるのか。廃雑紙を使い、焦って表面に残った紅茶を拭き取ると、自分は不幸な少女だと嘆きながら暖炉の前にかざす。

 

「あーあ、もうサイアク~」

 

 ──

「思い出した? シャニーがやったヤツだよこれ」

 

 ウッディの声に、自分の世界に入っていたシャニーははっと我に返る。彼に紙を突きつけられても、どうして良いか分からない。

 

「うん、思い出した。でさ、これがどうかしたの?」

 

 シャニーの反応に呆れながらも、ウッディは紙面の数字にペンを向けた。部隊の他の面子も寄って来て中身を覗くと、誰もが渋い顔をし始める。

 

「うわ、なにこれ。数字メッチャクチャッスよ」

 

 ミリアがあげた声で、ようやくシャニーはウッディが申請用紙の記入ミスで自分を咎めにきたのだということが分かったようだが、舌を出しながら苦笑いするだけでまるで反省している様子はない。

 

「まぁ……いつものことじゃん?」

 

 紙に紅茶をこぼしてそれを字が書けるほどまで乾かし終えると、時間はかなり遅くなってしまっていた。嫌いな仕事ということもあってかなりのやっつけ仕事で済ませた覚えがある。

 

「そういつものこと……。ってそれで済まさないでよ!」

 

「ウッディさん、シャニーに期待するの、無駄」

 

 いつもはたいてい、ウッディが計算しなおしてくれるのだが今回はとうとうダメらしい。彼の怒りにレンがフォローしてくれるがまるでフォローになっていない。それどころか後ろから刺されたような気分だ。

 

「どう計算したらこんな数字になるんだよ」

 

「え?? ちょっと待ってよ。えーと……四百が5本だから……えーと」

 

 指を折って計算を始める。前にも噂では聞いた事があったが、それを目の当たりにしてウッディは呆然とするばかり。十八部隊の面々は見慣れた光景なのかシャニーが再び間違える様子を指さして笑っている。

 

「もう、何やってんだよ。460Gの(ゴールド)槍が5本だから2300Gだろ? ほら」

 

 ウッディは懐から何やら珍しい品を取り出すと、すぐに再計算して見せた。面白そうなおもちゃが目の前でシャカシャカ音を立てるので、シャニーの目が爛々としている。

 

「わー、それすごいじゃん。なにそれ」

 

「これはサカ伝来の計算機、この珠を弾いて計算するんだ。この下のが一、上の奴が十を表しているんだ」

 

 目の前で動く珠にシャニーも、周りの連中も興味津々。もう叱られている事など頭から忘れられていた。

 

「シャニーもこれを使って計算しなよ。シャニーの計算はまるで暗号だよ」

 

 シャニーは何も言い返せず、頭の裏を掻いて苦笑いをして誤魔化そうとする。周りの面子も、彼女の計算の凄まじさは自他共に認めるところだったので笑うしかない。

 

「もう、笑い事じゃないだろ? “騎士になるから勉強なんて出来なくたっていいんだー”とか言って、寺子屋で居眠りばっかしてるからこうなっちゃうんだぞ?」

 

「あはは……ほら、寺子屋のセンセーが言ってたじゃん? 寝る子は育つって!」

 

 シャニーはとっさに出た諺で回避しようとするが、こういった分野でウッディに敵うはずはなかった。

 

「先生はこうも言ってたよ? “過ぎたるは及ばざるが如し”」

 

「ぐ……」

 

 重い一撃を受けて、シャニーは反撃が出来なくて口がへの字に曲がった。黙り込む彼女へウッディは彼らしくない得意げな笑顔を彼女に送る。その笑顔が、シャニーの反撃の気力を一層奪った。

 

(くっそー、こんなときだけ得意顔しちゃってさー!)

 

 口に出せば二言も三言も、自分が言い返せないような言葉で反撃されるのが目に見えるので反論も出来ない。悔しいが今回はこれぐらいにしておいてやろうと思う。

 

「うー。用はそれだけ?」

 

「うん、これだけ。今度からはしっかりやってよ?」

 

「はーい」

 

 シャニーは聞いているのかいないのか。ウッディからもらった計算機を上下に振って、珠でジャラジャラと音を立てて遊んでいる。「あ、そうだ」それを見たウッディは何かを閃いた。

 

「へ?」

 

「時間のあるときに計算ぐらいは教えてあげるよ」

 

 ウッディの口から出た台詞に、シャニーは猛反発して首をブルンブルン振り出した。やっと勉強という地獄の苦しみから解放されたのだ。その悪夢へ再び引きずり込もうとする親友を、凄まじい形相で睨みつける。

 

「勉強だってぇ!? 冗談じゃない!」

 

「でも、君はもっと知らないといけないことがあるって言ってたじゃないか。国を支える為には、こういった基礎的なことができないとダメだと思うんだ」

 

 ぐうの音も出ないことをさらっと言われて眉が歪む。勉強は別だと言いたいところだが、ウッディには何を言っても勝てない気もする。何とか反撃しようと視線をきょろきょろさせていたら止めの一撃をもらった。

 

「どーせ暇だろ? 昼寝をする暇があったら教養を身につけたほうがいいと思うよ」

 

 ウッと顔が歪む。図星を突かれているような気がしてならなかった。大きな夢ばかりに目が行って、その基礎となる部分を今まで疎かにしてきた。それを姉に見破られたから自分は新人部隊にいる。そして、親友も同じことを言う。

 

「暇だろって言うのが何か癪に障るけど……。はぁ……勉強かぁ」

 

「まぁそう言わずにさ。どーせシャニーなんか帰ったら寝るだけなんだし、仕事終ったら迎えに行くからさ」

 

「暇だ暇だって言うな!」

 

 一体ウッディは人の仕事を何だと思っているのか。シャニーがとうとう怒りを爆発させるが、爆発してもちっとも怖くなかった。ウッディにとっては、彼女の性格など分かりきったもの。膨れて下から睨みつけるポーズをとるシャニーの頬を突く。

 

「ごめんって。お詫びに幼馴染の好で、レッスン料はタダにしてあげるからさ」

 

「ちょっと! あたしからお金を取るつもりだったわけ?」

 

「冗談だよ。久々にゆっくり話もしたいし、早速今日の夜迎えに行くよ」

 

 資料をしまい、その足で研究室へと戻って行くウッディの背中に手を振る。彼は本当に優しい奴だ。本職の医師としての仕事以外に、天馬騎士団の経理などの事務仕事も彼はある程度引き受けているから、彼のほうが明らかに激務に追われているはずだ。

 

 ただでさえ、医学の発展の為の研究も貴族からの援助を基に行っているから、結果を出さなければ肩身の狭い思いをすることになる立場で時間がいくらあっても足りないはず。

 

(あいつ、イイ奴だなぁ)

 

 シャニーは向こうで転んで、資料を慌てふためいて拾い上げるウッディを心配そうに眺める。そこに手が伸びきてきたかと思ったら、突然頬を強く引っ張りだした。

 

「あ、いたたた……!」

 

 シャニーは抵抗する術もなく、その力のほうへ顔を向ける。視線の先にいたのは仲間達。しかし、いつもと何か様子が違う。

 

「……どしたの?」

 

「幼馴染の好で特別に、だってさ!」

 

 状況が良く飲み込めなくてぽかんとする。何でみんな敵を見るみたいに目がこんなに据わっているのだろう? なんだか嫌な予感がするが、とりあえず質問に答えてみる。

 

「あったり前じゃん。あたしがいなきゃごはんだってろくに作れないくせにお金をせびろうなんてさ」

 

 開放されるかと思ったのに、何だかさっきよりさらに周りの視線が鋭く突き刺さってくるようで、この場にいてはいけない気さえしてきた。それが気のせいではないらしく、ミリアが胸ぐらを掴む勢いて突っ込んできた。

 

「えー!? ウッディさんのご飯作ってあげてるんスか?!」

 

「だって、あいつ一人じゃなーんも出来ないんだもん。一人分作るのも二人分作るのも変わんないし」

 

 道理で頭が上がらないわけだ。しかしシャニーも少し疲れたとか、体の具合がちょっとでも悪くなるとすぐさま“名医”に優先して診てもらえるため、まんざら悪い話でもなかった。

 

 なにより、昔からずっと一緒にいた気心の知れた相手なので、ご飯も一緒に食べた方が楽しかった。夜遅く家に帰っても、誰もおかえりと言ってくれる人がいないのは寂しいし、どこか虚しい。

 

「へー……」

 

 これで分かったかと周りを見たシャニーだったが口元が引きつる。周りの空気が更に変わったことを敏感に感じ取った。その変化は残念ながら、彼女にとっていい雰囲気ではないようである。よく見れば、明らかにもの言いたげな横目で皆が視線を送ってくる。

 

「な、なによう……今度は……」

「ラブラブなんだねー!」

 

 はき捨てるようなその台詞に、頭に血が昇って倒れそうになった。

 

(ウッディとあたしが……ラブラブ……!?)

 

 とんでもない誤解を受けていることをようやく理解する。そういえば、他の面子が天馬騎士団では希少価値の高い、男であるウッディを狙っている事は予てから知っていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでそうなるのよ!」

 

 これはさっさと誤解を解いておかないと大変なことになりそうだ。ミリアという大の噂好きがいるから、下手をしたら騎士団中に広がってしまう。もしそうなったら今度は騎士団中が敵だらけだ。何故か分からないがウッディは男と言うだけでアイドルなのだ。でもやはり、多勢に無勢だった。砲門の数が明らかに違いすぎる。

 

「幼馴染で、あれだけ仲が良くて、おまけに夜一緒にご飯食べてるとか。そこまでやってて何の関係もないって言うわけ? そんなものが通用するもんか!」

 

 じわじわと追い詰められる。なんで、善意でご飯を作ってあげていたことを非難されるのか理解できない。自分たち幼馴染の関係を知っているルシャナに救いの眼差しを送ってみるが、案の定彼女はこの状況を楽しむように外から笑っている。

 

(くそー、ルシャナのヤツ!)

 

 昼休憩の時にどんな文句を言ってやろうかと睨もうにも、周りからの攻撃でそれどころではない。

 

「分かったよ! そんなにご飯を作りたきゃみんなが作ればいいじゃん! あたしだってそうすりゃもっと寝る時間が増えるんだし……」

 

「そんな簡単に手放しちゃっていいのかな~?」

 

 皆から散々おもちゃにされる。シャニーもムキになるので、どうしても相手の思う壺だった。

 

「別にあたしは、ウッディのことなんかタダで診てもらえるお医者さんとしか考えてないもん」

 

「……結構酷い事言うね……」

 

 唖然とする隊員たちのもとへ、レイサが木から降りてきた。彼女はずっと様子を聞いていたようで向こうを見て指を差す。「あ! ウッディが転んだ!」部隊長の声にシャニーは慌ててそちらを向くが、ウッディどころか誰もいない。良く考えてみればもうウッディが去ってから10分ぐらい経っているのだから、そこら辺をうろついているわけはなかった。

 

 再び視線を戻すと、そこにはニヤつく仲間や部隊長。

 

「やっぱり心配なんじゃない。可愛いねー!」

 

 レイサが指を差してシャニーを笑う。ここでようやく、シャニーはからかわれた事に気づき、顔を膨らせた。

 

「別に心配なんかしてないよ! バカなヤツだなって思ったけで……!」

 

 必死に弁解するシャニーを皆が一層面白おかしく囃し立てた。意地悪そうな笑みを浮かべる仲間達の間を割って、レイサがシャニーに近寄り耳に口を近づけた。

 

「あいつは結構人気だからねぇ……」

 

「だから何よ」

 

「うかうかしてるととられちゃうよ? 幼馴染の関係をフルに使っていかないとね」

 

 それにすかさず反論しようとするシャニーの口を押さえ、レイサが再び向こうを指差す。「あ、団長だ」今度は騙されまいと、レイサの手を口から払いのけると、大声で怒鳴った。

 

「お姉ちゃんなんかどうでもいいよ! あたしで遊ぶのもいい加減にしてよ! あたしとウッディは……!」

 

「……どうでもいい姉で悪かったわね」

 

 その聞き慣れた声に、シャニーは背筋の凍るような感覚に陥った。後ろから感じるのは、明らかに怒りの炎で燃える感情。なのに背筋は凍り、足元はすくんで動けなかった。

 

「あ、あはは……お姉ちゃん、ホントにいたんだ。そ、その……てっきりまたレイサさんが冗談で言ったのかと思ってさ」

 

 しどろもどろな弁解に、ティトは上目で空を仰いだ。彼女の言葉に悪意がない事は分かっているが、それでも妹にどうでも良いと言われると悲しいものだ。信頼できる人間の中でも、ひときわ貴重な存在の一人であるだけに。

 

「もういいわ。どうせあなたのことだから、お昼ご飯のことで頭が一杯だったんでしょう?」

 

「ち、違うもん! ねぇ! あたしとウッディは別に幼馴染以外の何でも無いよね!?」

 

 ティトはシャニーが何を焦っているのか大方理解したようだ。彼女には珍しく、軽く声を上げて笑っている。その笑顔がレイサには何か嬉しかった。久々に見る団長の笑顔。理由は何であれ、シャニーはやはり人の心を明るくできる力があることをレイサは改めて知る。

 

「お姉ちゃんまで!」

 

「あなたがそう思っているなら別にそれでいいじゃない。何をそんなに焦っているの?」

 

 どうとでも取れる答えを返してきて、何か姉まで周りの連中のグルに見えてくる。早くこの流れから脱出したいのだが、また煽るヤツが現れた。

 

「そうそう、大丈夫ッス。ウッディさんにとってシャニー以上に相応しい女の子なんて山のようにいるッス。たとえばウチとか!」

 

「な!」

 

「怒る事ないじゃないッスか? あの人のことなんか眼中にないんスよね?」

 

 ティトに加勢してミリアもシャニーをからかう。面白いようにシャニーが引っかかるので、いつまでもそうしてしまいそうだ。

 

「ミリアよりは私が」

 

「なにを! レンには渡さないからな!」

 

 すでに別の争いが起き始めようとしている。ティトもここでいつまでも温かくて楽しい雰囲気に飲まれていたかった。他の部隊にはない、この独特の和やかな空気の中で。だが、使命感が彼女にそれを許さなかった。彼女は笑顔を無理矢理いつもの顔に戻すと、シャニーの肩に手を置いた。

 

「ちょっと話があるの。一緒に来てもらえないかしら」

 

 そもそもの火をつけたレイサにはちきれんばかりの膨れ面で詰め寄っていたシャニーは姉の突然変わった口調にはっと後ろを向いた。姉の目付きを見て、即座に何かあると悟る。いつも硬い表情の姉だが、その硬さにも色々感情があることをシャニーは知っていた。未だにからかう仲間達に顔をしかめ、思い切り舌を出しながら姉についていく。

 

 てっきり団長室に連れて行かれるのかと思っていたら、ティトは城内への入り口を通過し、厩舎から天馬を飛ばして城外に出て行く。

 

「ねぇ、何処へ行くの?」

 

「ついてくれば分かるわ」

 

「もしかして、町でケーキでもおごってくれるの? よっ、ふとっぱら!」

 

 シャニーの願いを軽い笑顔で流すと、ティトはそのまま行き先を告げないまま先を急ぐ。話しかけようとするが、何か言葉が浮かんでこない。姉と一緒にいてこんなに間が持たないのは久しぶりだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。