ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
突然ティトに呼ばれたシャニーは行き先も分からないまま天馬に乗って姉の背を追う。
彼女が連れてこられた先は意外にも自宅で、しばらくどうしていいか分からなかった。
だが、そこはこれ以上無いほどに二人でじっくり話すにはうってつけの場所。
今まで姉妹としてしか話してこなかった二人は、いつしかそれ以上の関係として感情をぶつけ始める。
激しく感情同士をぶつけて戦い終わった部屋を包む沈黙。それから暫く、秒針が時を刻む音だけが鋭く部屋の中に響く。
こんな事は、長い姉妹喧嘩の歴史のなかでも初めてのこと。自分を主張して譲らず、周りの事を気にせずに、外に聞こえるほどの怒鳴りあいをするほどに本音をぶつけ合った事は。
二人とも意見をぶつけたはいいが、初めてのことでその後どうやって相手に話しかけようか困ってしまう。
お互いに下を向いて、ただ時間が過ぎるのに身を任せた。何とも気まずい。どうやって切り出そうかシャニーは俯いたまま唇を噛んで視線を左右させていた。何か、何か喋らないと。黙ったままでは何も動かない。
「ねぇ……その」
ようやくに絞り出して先に声を上げた。その第一声を待ち望んでいたかのように、ティトが沈んでいた視線を妹へ向ける。「その……ごめんなさい」妹の申し訳なさそうな顔。ティトはそんな悲しそうな妹の顔を見たくなかった。
「……謝らないで。あなたは悪くないわ。本当の事を言っているだけだもの」
どうしてこれをもっと早く言ってやれなかったのだろう。そうしたら、目の前にある悲しそうな顔をさせなくて済んだはずなのに。
だけど、声を掛けたらシャニーの顔からこわばりが消えてきた気がする。
「でも、あたしはお姉ちゃんの気持ちも知らないで。あたしって、いっつもこうだね。言ってから後悔するんだもん。あーあ、ホント進歩ないよなぁ、あたしって。こんなんじゃお姉ちゃんの足手まといになるだけだよ」
喧嘩をして、暫くするとシャニーが謝る、いつものパターン。今回も、シャニーは言ってから後悔していた。
実質、姉がイリアの発展を阻害する存在だという意味になってしまった。
誰よりもイリアの発展を願って、行動して心をすり減らしている姉に対してその言葉はあまりにも冷血。
自分が言われたら立ち直れるだろうか。疲れ果てた姉を支えるために、声をかけたはずなのに。
知らないうち、気付かないうちに、自分の言葉が何にも耐えがたい暴力になっている。しかもそれが一時の感情によるものであって、普段思いもしないこと。
いつもシャニーは後悔していた。普段は人の心を読む彼女だから、言葉を相手がどのように受け止めたかには敏感だ。それ故、喧嘩の後の対応にはいつも胸を痛めていた。
だが、ティトは体を妹の方へ乗り出してシャニーの自責を否定した。
「そんなことない! あなたはイリアの為に本当に頑張ってくれているわ。確かに……私の信頼は、上辺だけの信頼で、真にその人を理解しているわけではないのかもしれない。だって、最も身近で、最も頼りにしているあなたのことですら、認識間違いをしていたのだから」
今、姉は何と言った? 最も頼りにしていると言わなかったか? あの姉が……?
にわかには信じられなかった。今までずっと、叱られっぱなしだった。騎士団に入ってからさえも、あれこれ叱られ迷惑をかけてきた。そんな自分を姉は頼りにしていると言ったのだ。“最も”なんて飛び切りの言葉を添えて。
「え?」
「あなたはもう、私が思っているような、自信だけ一流の半人前天馬騎士じゃないってこと。第一部隊にも負けないぐらい立派な騎士だわ。これだけ、自分の考えを持って行動できているならね」
シャニーはテレを隠さなかった。姉が認めるという事は、他の誰からも認められたと同然に思えるほどティトは他人に厳しい人だ。
それでも、認められた喜びより今はなぜか不安が先に立ってしまう。不思議だった。
「もっと人の心を大切に出来る人になりたい。それにもっと、イリアのことを知りたい。きっと、もっと人として成長して、お姉ちゃんの右腕になるんだ」
こんな事を妹が口にするとは思ってもいなかった。妹の成長を身近で感じ、嬉しくてたまらない。自分の目標の一つである、これからを創っていく新人の育成が目の前で結果となって現われているのだから。
今はどれだけ敵視されようとも、新人達が創っていく未来ではそれが当然になる。
人の認識は、長い時を経て初めて変わるもの。結果の見えない努力、それがどれだけ忍耐力の要るものか。
「その気持ちを、いつでも忘れないでね」
ティトは満足げだった。疲れた顔の中に咲く心からの笑顔。
普段見る事の出来ない姉の笑顔に、シャニーも自然と心が軽くなり、いつもどおりの笑顔が彼女から零れると、ティトも元気が湧いてきた。妹の笑顔にいつも元気付けられているような気がする。
「ところで、あなたは第一部隊に所属したいと言っていたわね」
急に出た第一部隊の名。もしかしてついに第一部隊へ配属してもらえるのだろうか。だが、何か心の中でそれに背を向ける自分がいた。
「うーん、そうだったんだけど……」
「今のままじゃ不安?」
明朗な答えを口にしない妹だが、ティトにはすぐ理由が分かる。感情を隠せないシャニーの顔にははっきりと不安が浮かんでいる。
「うん。まだまだ、知らなきゃいけないこと一杯あると思うんだ。イリア内のことですらろくに知らないのに、第一部隊なんてお呼びじゃないよね。今考えると恥ずかしくって……」
髪の毛を手でくしゃくしゃにしながら視線を逸らす。
――――今他国に行って売れるのは、イリアの恥だけ
この言葉を聞いた時、シャニーは相手が姉と言うことを忘れて飛び掛りそうになったが、あの時の自分に言いたい。その通り、当然だと。
イリア内のことすらろくに知らない。それ以前に、イリア騎士としての自覚すら無に等しいのに、最も騎士団の中でも重責を担う精鋭部隊に所属しても、出来る事は明白。
それも分からず、ベルン動乱で言われたとおりに動いた結果、ちょっとばかり功績を残したというだけでイリアを担っていくことが出来るなんて考えていた自分が情けなく思えていた。
「そうね。でも、今あなたはそうやって考えるようになったのでしょう? 成長した証拠じゃない。私は嬉しいわ。あなたがそうやって成長してくれて」
「そ、そう?」
今日の姉は一体どうしてしまったのだろうか。こんなに褒められたことは今まで無い気がする。妙に優しい気がして、何か変なものでも食べたのだろうか。
でも、今も見つめてくる眼差しは真剣で、そして優しい。
「いつまでも、初心を忘れずに常に考える気持ち、現状に疑問を抱く気持ちを忘れないで欲しい。でも、絶対に自信を忘れないで。あなたは新人とは言っても、叙任を受けたプロなのよ。これだけは絶対に他人に負けない、この任務のことなら私に任せろって程の気持ちを持って欲しいわ」
たくさん教えてもらった気がする。しばらくシャニーは目を瞑ってひとつひとつ心の中で復唱していた。
「分かったよ。一生懸命に頑張ればいいんだよね?」
再び開いた瞳から返ってきた言葉はたったそれだけ。分からなければすぐ顔に出る彼女の瞳はまっすぐティトを見つめている。
「……あなた風に言えばそうなのかもしれないわね。でも、貴女は私が期待した以上に成長してくれているわ。流石に寝ることと吸収する事は早いわね」
「それほどでも!」
妹のいつもどおりの返事を期待していたが、いざ期待通りの言葉で返されると少しばかり呆れてしまう。
しかし、彼女は伝えておきたかった、自らの真意を。そのために、今日は忙しい時間を割いて、妹を呼び出したのだから。
「ねぇ、シャニー。貴女が半年で何を学んできたか、少し試させてもらうわ」
「え?? ……うん、任せて。どーんと来いってんだ!」
妹の笑顔を見ると、自然と口元が優しくなれるのはなぜだろう。こうして笑顔を見せられるだけで、大丈夫なのだろうと思う。
だが、ティトはすぐに笑顔をいつもの引き締まった顔に戻すと、シャニーを見つめる。
「じゃあ聞くわ。イリア騎士が最もしなくてはならないことって……なんだと思う?」
難しい問題。答えは無数にある。
イリア騎士として最も何を考えて行動するべきなのか。ティトはこれを学んで欲しかった。
どんな事でも、ただやればいいというものは決してない。何か目的があって初めて、仕事というものは発生する。その目的も知らずにただやるだけでは、仮に間違った方向へ進んでも修正が出来ない。
シャニーはその質問に、暫く下を向いてずっと考えていた。半年学んできた事を頭の中で再現し、一つ一つ整理しなおしていく。そして、その結果編み出された答えは、すぐさま口から出て行った。
「常に、イリアの事、イリアの人々の為に動く事」
「じゃあ、その為にはどうすればいいのかしら」
シャニーは唸りながら今度は上を向いて考え始めた。でも、既に一度整理しなおしたから今度は先程より考える時間は短かった。
「どうすれば、イリアの人々が幸せに暮らせるかどんな時でも考える事、かな。うーん、なんて言えばいいんだろ」
こういう時、アルマみたいに簡潔にスパッとカッコよく言える人が羨ましい。言いたいことは頭の中に浮かんでいるのに、なかなかそれがうまく言葉に表現できなくてもどかしい。もう喋りながら整理することにした。
「レイサさんも言ってたことの受け売りになっちゃうんだけどさ、何かするときには、それがイリアの人々の為の行動なのか、自分の為の行動なのか……ええと……そう! イリアの礎となる為の行動なのか考え続ける事。それが大切なんじゃないかなぁってこの頃は思うよ」
突然伸びてきた姉の手。とっさに身構える。何か自分は妙な事でも言ったのだろうか。人が言ったことをそのまま自分の考えとしていったことに問題があったのだろうか。
そんな心配をよそに、団長の手はそのまま真っ直ぐシャニーの頭に乗り、そして優しく撫でた。
「あー、びっくりした」
「なんで? 私が貴女を撫でることがそんなに驚く事?」
「そうじゃないけどさ……。お姉ちゃんが撫でてくれるなんて珍しいなぁって」
ティトは妹の頭の上に載せていた手を軽く握って、頭に押し付けてやる。
「それは貴女が悪戯ばかりして、私に叱られてばかりだったからでしょう? 人聞きの悪い事を言わないの」
口では怒っているが顔は笑っていた。妹の成長に嬉しさを隠せない。剣術や槍術の成長だけに留まらない。それ以上に大切な、妹の中にあるイリア騎士としての心の成長を。
イリア騎士としてその根幹に最も求められるものは武術でも、戦場での勇敢さでもない。イリアの為に熟考し、イリアの為に死力を尽くすその姿勢であり、精神。
――――イリア騎士は、自らの為ではなく、国のために戦わなくてはならない
世界中で有名になった、イリア騎士の誓い。一般には、国を支える為にイリア騎士は傭兵に出なくてならない。そう解釈されるこの誓い。
ティトも最初はそう捉えていたが、誓いの真意と比べてみると全くの正反対の解釈である事がベルン動乱を経て分かるようになった。
戦うということを戦場での名誉や報酬だけと捉える事は、イリア騎士として最もしてはならないこと。そうティトは至った。
――――イリア騎士は、イリアの礎たれ
半年をかけて妹に継承された意志。確かめた姉の手はまた優しく頭を撫で始めた。