ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前話のあらすじ

感情をぶつけ合った二人はどうやってその後切り出すか途方に暮れた。
その中でもティトは妹の半年の成長を確かに感じ取っていた。
そして彼女に問う。イリア騎士として最も大事なものは何かと。
シャニーはそれに4月に語っていた事とは真逆の事を口にし始めた。

彼女は第一部隊での活躍よりイリア内に目を向け始め、こう答えた。

――――イリアの礎となる為の行動なのか考え続ける事

戦うと言う事を、戦場での名誉や報酬だけと捉えて欲しくなかったティトは、妹を優しく撫でた



第5話 名誉の数字

 シャニーへ家の片づけを命じたティトは、懐かしい場所に再び別れを告げた。

 

 今までは全てが暫定だった。これからは違う。

 基盤を回復し、ようやく従来通りの天馬騎士団の体制へと戻った。ならば次に真っ先に思い当たるものは、その基盤の上に城を築いていく人材の選任。

 

 基本的には変わらないはずだ。変更する場所など、リキアや西方三島への派遣駐在者の変更ぐらい……普段ならそうなるが今回はそうもいかない。

 

 ティトは団長室へ戻ると、真っ先に二つの部隊名簿を机から取り出した。それはどう見ても駐在者名簿ではなく、たくさんの名前が連なっている。名前の横にある数字はどれも一桁ばかり。

 俗にいう”ランキング”だ。事務の人間達が作製した、戦場での功績や雇い主の評価を用いたチェックシートをベースとするその数字。

 数字自体はティトが依頼したものだが、それを眺めた瞬間にもうティトはため息を落胆と共に吐き出す。

 

 なぜこんな評価の仕方になっているんだろうか。見れば見るほど、求める評価基準と真逆ではないか。いや、もっと酷い。この子は本当に誓いの意味を理解しているのか……? なぜこの人にそんな高い評価が?? 

 

 目で追えば追うほど、厳しくなる目元。何も変わらない体質。自らが依頼したその数字を暫くずっと睨んでいた。

 

(こんなのは……何の参考にもならない。槍の腕がいくら立とうと、いくら雇い主へ忠実になれたとしても、それだけでは……)

 

 はっと我に返る。また、どうしようもない事にじっと考え込んでしまった。この頃こんなことばかり。

 要領が悪いことは理解してはいるが、やはり納得がいかない。“国を愛する心”などという項目があるが、一体どうやってそれを測るのだろう。

 

 国を愛する心があれば、戦場でも積極的な行動に出るだろう。ならば、戦場での功績を評価基準として選んでも差し支えはない。それが事務側の認識なのか。

 

 騎士は戦ってこそ、その意識が事務側にはあるようで戦場以外での行動は過小評価されがちだ。レイサのような陰の仕事人たちや、なかなか国外へ出撃することのないカルラエ城の守備隊は大きな数字を名前の横に抱えている。

 

 ……ここまで考えて、ティトはふと机の上に名簿がないことに気付く。

 ボーっとしてるうちに下に落としてしまったのかと辺りを見渡すが、綺麗に掃除され、整然とする部屋に紙など落ちてはいない。複写はしてあるものの、原紙あっての複写だからティトは焦って探す。

 

 あちこち探しても見つからず、彼女は視線を床から机の高さまで戻した。灯台下暗しか、ようやく姿を現す名簿。だが、宙に浮いている……? 

 

 いや、浮いているのではない。何者かが名簿を手にとって眺めていた。

 

「……レイサさん、気配を消して部屋に忍び込むのは止めてくださいと何度言ったら……」

 

「ごめんよ。仕事柄もうこっちのほうが普通でさ」

 

 レイサは視線を名簿から外すと、舌をペロッと出してティトのほうを向く。悪気がない事は分かるが、やはり騎士という職業上、背後に突然立たれるのはいい気分ではなかった。

 

「で、この数字何? この名前の横にある数字。私は……29か。シャニーが40……。なにこれ、居眠り回数かい?」

 

 こんな重要な資料に、そんな事が記載されているわけはない。レイサもそれは分かっているだろうに。

 

「レイサさん……シャニーはそんなに仕事をサボっているんですか?」

 

 真顔で返して来るティトに、レイサは息が詰まった。いくらシャニーがマイペースと言っても、空の上で居眠りはしていない……はずだ。

 

「冗談に決まってるだろ? まったく、アンタは生真面目すぎるよ」

 

「分かっています、そんなことは」

 

 呆れるレイサにティトは笑ってみせる。冗談が分かっているのか……それとも生真面目すぎて肩が凝ると言う事が分かっているのか……。

 

 整然とした机の上でせわしく仕事を始めたティトだったが「それにしても……へぇ……」レイサの独り言が、集中しかけていた神経をくすぐった。

 

「これが頭でっかち共の言ってたランキングってヤツか」

 

「そうですね。傭兵としての……」

 

 ティトがそこまで言うと、被せるようにレイサが口にした内容にティトは絶句した。

 

「イリアを滅ぼす度ランキングだろ?」

 

「え……!? ……」

 

 暫くの沈黙が部屋に広がる、聞こえるのはレイサが手先で振る名簿同士が擦れあう音だけ。

 

「レイサさん、それはいくらなんでも……」

 

 時々、レイサは人がびっくりするような物言いを平気でする。誰もが人目を気にして言えないような事も、サッパリと言い切ってしまう。「ホントの事だろ?」お決まりの言葉と共に。そう言われると、ティトはいつも言い返せなくなってしまう。

 

 レイサはもう一度数字が一桁の人間の名前を見る。どの名前も、騎士団内で上位を占める管理側の人間ばかりだ。もちろんそこには、団長選出戦で敗れたイドゥヴァの名前もある。その彼女の名前の横にある数字は……1だった。

 

 ティトより若いその数字。事務側はなんとか団長の数字を上にしようと画策したようだが、ベースにされているモノがモノであるだけに、完全に条件として不利がある。

 

(これだけの実績と外の評価を得ながら団長になれないなんてね……所詮上辺って証拠だよ)

 

 上辺の信頼は要らない。上辺の忠誠も要らない、上辺の愛などもっと要らない。表皮を貫いて出、中より込み上げるものがこのランキングには加味されているのだろうか。

 

「それに、アンタもそれは感じているはずだ。こんな数字に何の信憑性も無い事を。アンタ、私を否定する時に一瞬迷っただろ?」

 

 一瞬の間で、自分を全て読み取られてしまう。扱い方を誤れば一発で形勢をひっくり返される究極の勝負手。間というものは恐ろしいものだとティトは返事に窮した。

 

「それは……でも、最初から敵視すれば相手も心を許してはくれません。理解してもらうには、相手を理解することからはじめなさいと私は姉から学んできました」

 

「まぁそれは理想ってやつだね。……世の中そんなにうまく行かないのは……アンタが一番知ってるはずだろ?」

 

 レイサはどこまでも現実をティトに突きつける。ティトの古傷に触れることが分かっていてもなお、それを止めようとはしない。

 どんなに自分を抑えても、どれだけ相手と歩み寄ろうとしても。自分が不利になるような恐れのある考えに、決して首を縦に振ろうとは皆しないもの。

 

「どうして皆は……国の事を考えられないのかしら……」

 

 ティトの漏らす言葉に、レイサへの答えが凝縮して詰まっていた。慰めは逆に毒となる。

 

「それは簡単だよ。……国なんて、忠誠なんて、所詮上辺。自分を良く見せるための道具に過ぎないのさ。結局イリアは傭兵国家だからね。国があろうとなかろうと戦うことが生きることに繋がる。その思想が何かしらの理由で変わらない限り、なーんにも変わらないよ、きっと」

 

 国なんて飾り……。その言葉をティトは否定できなかった。騎士達の考えが変わらない限り、騎士を基盤とする現在の国家も変わる事はない。それを変えようと必死になっても、理解されないどころか針の筵に座るかのような悲しい毎日。

 

(私は……もしかすると私が間違っているのかもしれない……)

 

 ティトもそろそろ、自分の信条の拠り所を失いかけ始めていた。イリア騎士とは、一体何が使命だったか……ティトの脳裏に、3人の人の声が響いてきた。

 

 ────この腐った国を、他国に負けない強国にする、それが私の誓いです! 

 

 ────昔のイリアはもうない。天馬騎士団もまた、生まれ変わらなければならないのよ。

 

 ────イリアの礎となる為の行動なのか考え続ける事。それが大切なんじゃないかなぁって思うよ。

 

 目をゆっくりと閉じてその言葉達を何度も復唱した。皆全然違う性格の人間達。だが、先輩も後輩も言う事は同じだった。特に、シャニーの言葉は今でも鮮明に残っている。何せまだ2時間も経たないうちに聞いた言葉なのだから。

 

 ティトは静かに目を開けた。やはり、自分は間違ってはいない。自分の信じた道は自分だけしか歩けない。

 

「天馬騎士団は……やはり生まれ変わらなければいけない。上辺だけの変化じゃない根底から」

 

 零れだしたティトの言葉にレイサはふっと軽く笑みをこぼした。そして手に持っていた名簿を再び机の上に置くと、数字に羅列に指を置く。

 

「何の役にも立たないかと思ったけど、ここだけは正しいね」

 

 レイサの指の置かれた場所に視線を落とす。そこには大きい数字がやたら並んでいる。部隊別に層別されたその資料、部隊名を見てみると……十八部隊だった。40がずらりと並んでいる。

 

「数字のでかい順に、大切に育てなきゃいけない奴リストだね、これ」

 

「はい……!」

 

 ティトは撒いた種をしっかりと見守ろうと改めて腹を据えた。

 時には激しい風雨に晒される若葉たちの蓑笠代わりになってやることだって苦には思わない。それが、新生天馬騎士団復興という重責を任された自分の使命であるならば。

 

「民の為に、私は負けない……」

 

 覚悟を決めるティトの仕事をこれ以上邪魔しない為にレイサは再び影と消え、城の屋根に寝転んだ。視界の先に見えた眩しい光を手で遮りながらポツリと独り言漏らす。

 

「立派だよ、団長。諦めないことだね。でも……一つだけ間違えているよ。言われて出来るようになるなら苦労しないものだけどサ」

 

 空を飛ぶ鳥達。その下では自分の部隊の者達が何やら特訓をしている。

 日を追うごとに逞しくなっていく彼女らを見て、レイサは遠くない未来に何かが起こることを予測していた。

 

「神様って言うのは、どうしてもこうも意地悪なんだろう。あれだけ揃っているのに、最も肝心なところを与えないなんて」

 

 エリミーヌの教えが、それへ完全なる答えをもたらしている。

 

 ────人と交わりなさい。人と交わってこそ、人はより高い階(きざはし)を目指すことが出来るのです

 

 聖典にも載っている有名な言葉。レイサもそれを知らないわけではない。だが……納得しろと言われても出来ない部分もある。

 

「……ティト団長、哀れな人だ。どうして神はアンタばかりに苦しい思いをさせるんだろうね。でも……あんたはいい種を撒いていて育てているよ」

 

 苦労が報われるかは、新人たちがどれだけ人と交わって養分を吸収していくか次第だ。

 幸い、彼らはすくすく育っている。はやく団長を助けてやれるくらいまで早く伸びて欲しいものだ。あまりに一人で戦うには相手が大きすぎる。

 

 一方のティトは再び名簿を手に取り、ペンで色々名前の横に書き始めた。

 

 人事は余程のことでもない限り、期中に変更はしてこなかった。だが、今回はそうも行かない。外からの圧力もなかなか強いものがある。その代表例が、十八部隊の扱い方だった。

 

「半年が過ぎようというのに参戦回数が0とはどういうことだ」

 

 騎士団の代表が集まる報告会議でよく突っつかれること。

 イリアは今復興の為に膨大な額のお金を必要としている。その稼ぎ手を遊ばせておくとは何事だ。と言うのである。

 

 復興の為に金が要るのはティトも重々承知している。

 毎月の実行計画ともそこまで差異なく報酬を納め、管轄地の復興に充てている。それでは足らないと口々言うのだ。

 

 誰もが理解をしている。復興が着実に進んでいる事も、他の国と比べるとかなりの遅れがある事も。特にリキアとの差は比べることも辛いぐらい。

 遅れている原因を、誰もが見出したくなる。

 

 性質が悪いことに、決して自分達のせいだとは言わない。何とか自分達は悪者にならないように原因を作り出す。

 今回は天馬騎士団がその矛先。あまり矛先を集中されれば、騎士団同士の中で孤立しかねない。国としてまとまらなければならない中で、孤立する事は何が何でも防がなければならい。

 

 親族となったゼロットが最大規模の騎士団を統べているから、いざとなれば彼に話をするという選択肢もあるかもしれない。だが、それは選んではならない選択肢。

 イリア全体に係わる問題だから、ティトも外の意見に耳は塞ぎきれない。けども、新人には戦闘以外の事を中心に学んでほしいという考えに変わりもない。

 

 一方で、そろそろ天馬騎士団員として実戦を経験しても悪くはないとも思う。

 彼女らの人事をどうするかで迷っていた。やはりまだまだ学んで欲しいことがあって、戦いの中に出すには酷である者が多い。

 

 例年通り、一年以上の見習い修行をしたものばかりが入隊していればここまで気を遣うこともないのかもしれない。

 だが、今年入団した新人の大半はそうではない。実戦経験どころか、天馬に乗ることすらおぼつかない、村娘を卒業したばかりの少女達だ。

 

 ようやく天馬の乗り方を、武器の扱い方を覚えて慣れてきたところ。騎士としての心の持ち方も、少しずつ勉強している。見習い修行をした者とは、見えない部分で雲泥の差が生じていた。

 

 そんな者達を実戦に出しても、結果は目に見えている。

 大切な芽を、実どころかまだ葉も生え始めたばかりの状態で摘み取るようなマネはできない。外圧と現状の板ばさみに、ティトは暫く唸っていた。

 

 暫くして出した結論、それは名簿に現れていた。

 ティトの机の上には、3枚の名簿が置かれている。その一枚は十八部隊のもの。そこに連なる名前の殆どには、何も印はついていない。

 

 ただ一人だけ、赤字で名前の横に丸が打ってある。その状態の名簿を、ティトはペンを持ったまま硬直して眺めていた。

 

「この子は……。でも、将来を考えると同じように異動させたい」

 

 筆先が右に、左にとふれる。その振り子が時を流しているかのように、部屋の中の空気は重々しく、ゆっくりと流れている。そして時もまた、ゆっくり、だが確実に刻まれ、彼女の孤独を一層際立てる。

 

 彼女の視線の先にあるのは、12という数字。十八部隊に所属していながら、他の新人と別次元にいる人物の所属場所で先程からずっと悩んでいる。

 

 だが、いつまでも悩んでいるわけにも行かない。新人達の今後と、外側との調和。それを両立させなければならない。

 

(この子を利用するわけじゃないけど……)

 

 その難しい舵取りに決着をつけるべく、ペンを動かそうとしたその時だった。

 

「団長、月例報告会議の時間まで1時間ありません。今回の議題資料を作成しておいたので、登城までに決済をお願いします」

 

 部下の突然の声に手は止まり、意識もそちらに向かってしまう。時計を見ればあっという間に時は過ぎ、日は傾きかけていた。

 

 外を見れば騎士達が任務終了後に行う指差し呼称をしていた。イリア騎士の誓いを復唱して、結束力を高めようとする伝統。その様子を、ティトは無言で眺めだす。

 

「我々の槍は常に人々のために!」

 

 新人達の元気な声が聞こえてくる。その元気な声はティトの胸に突き刺さるように響く。皮肉にも、その元気さが逆にティトを苦しめる。

 

 暫く彼女達を無言で眺めていたティトは視線を向こうの部隊へと移す。そちらでも同じように騎士の誓いを呼び合っている。

 

「……国のため、ね」

 

「団長? なにかあったのですか?」

 

 その独り言に応える声があり、ティトは思わずそちらを向く。先程資料を持ってきてくれた隊員だ。

 

「なんでもないわ。資料ならそこに置いておいてもらえる? 目を通すから」

 

 隊員は資料を机の上に置くと、そのまま部屋の出口へ向かう。だが、彼女はすぐさま出口へは向かわず、「あの、団長」途中で立ち止まった。再びの声に、窓の方に振り向きかけたティトは隊員の方へ顔を戻す。

 

「どうしたの?」

 

「あの……。差し出がましい事を申すようですけど……」

 

 どうにも言いにくそうにしている彼女に、ふっと笑いかけてやったらこわばった顔に少しだけ笑みが浮かんだ。一度緊張が解けると、水を流すように祈りが溢れる。

 

「何かお悩みなら私たちにも話してください。私達は団長のお力になりたいんです。この頃ずっと部屋に篭りきりのことが多いので、皆も心配しているんです」

 

 隊員の目はティトをか細そうに見つめていて、その気持ちは痛いほど伝わってくる。その言葉が、その気持ちが、見えない敵の多い今のティトにとってどれだけ傷を癒すだろうか。心にぽっかり空いた隙間にすっと入って行っては塞いでくれそうな、そんな感覚がティトの心を包む。

 だが、彼女の口から出る言葉はそれとは正反対であった。

 

「ありがとう、その気持ちだけありがたくいただいておくわ。でも、これは団長としての問題よ。私が処理しなければならない問題なの」

 

 相変わらず。相手の気持ちがありがたいのはもちろんだが、口をついて出るのは手厳しい言葉ばかり。

 

 団長である自分が弱音を吐けば、その動揺は騎士団全体へと広がる。強い気持ちを維持し、荒廃した国を蘇らせなければならない。そんな時に皆の心をバラバラにする要因を、団長が作ってはいけないといつも自分を戒めてきた。

 

 昔より更に肩肘を張る団長を、昔から行動を共にしてきた部下が心配しないわけはなかった。

 ティトから放たれる言葉は、相手を突き放すような厳しいものが多い。知らない者が聞いたら、どんな冷たい人だと思うかもしれない。

 

 しかし、長い間付き合っているからこそ分かる、その人の本心の部分は非常に多い。隊員はティトの言葉に黙ってうなずくと、一礼して部屋を出て行った。

 

 ティトは隊員を気遣うあまり、厳しい言葉ばかりになってしまうことをいつも後から気付き、誤解されてはいないかといつも余計な重荷を背負っていた。

 そんな心配は無用である事を知れば、彼女の表情ももっと違ってきたに違いない。

 

 ツーカーの間柄である上司と部下。そんな関係にある部下にも唯一つだけ不満があった。ティトの生真面目すぎることが祟ってのこと。

 ティトが無意識のうちに作り出してしまっているものへ、部下達はもどかしさを隠せなかった。

 

(どうして団長はそこまで私たちを心配してくれるのに、自分の事を大切にしないのだろう……)

 

 昔からそうだ。だから尚更もどかしい。

 隊員はしばらく廊下で立ち止まっていたが、持っていた資料入れをぎゅっと握ると再び歩きだし角を曲がっていった。

 

 一方ティトも、隊員の思わぬ声に少しくすぐったくなったが、月例報告会議の方が頭に優先して残っていた。

 先ほど眺めていた名簿を何も書き込まぬまましまう。せっかく付いた決心にまた疑問が湧いて、どうしても記入出来なくなってしまったのだ。

 

(また明日ゆっくり考えるとしましょう……。焦ってはいけない事だわ)

 

 紋章入りのマントを羽織り、剣を腰に差す。凛とした若い団長は、資料を片手に部屋を出て行った。

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