ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前章(第6章)のあらすじ

 ティトはシャニーを自宅へと連れ出した。
そこで二人は今のイリア騎士の現状とあり方を議論するうち喧嘩になってしまう。
だが、ティトは喧嘩になるほど議論できるようになった妹の成長を喜び、妹へ問うてみた。
イリア騎士に必要なものは何かと。

――――イリアの礎となる為の行動なのか考え続ける事

それが妹の答え。
戦うと言う事を、戦場での名誉や報酬だけと捉えて欲しくなかったティトは、妹を優しく撫でた。

 妹の成長を確認したティトはカルラエ城へと戻り、十八部隊の配属人事に着手する。
戦後の資金に逼迫するイリアにおいて、十八部隊の処遇は他騎士団から非難の対象になっている。
外圧にある程度対応し、方針も変更しないため彼女は悩むのだった。

 騎士団外では、謎の二人の男が暗躍していた。
それはアルマを狙った組織の者たち。彼らは前回の失敗を共有し、次のステップへと踏み出していた。



第7章 妖精と魔剣
第1話 旅の傭兵


 なんてことだ。任務を終えて気持ちよく帰れるはずが今日は墓穴を掘った。口を尖らせながら両手で何本も槍を抱えてシャニーは一人で倉庫へと片付ける。

 

「じゃあ任せたよ、シャニー!」

 

 元気な声が恨めしい。皆は片付けに庭と倉庫を行き来するシャニーへ手を振っている。ムスッとしながら同じようにシャニーも応えてまた槍を数本抱えて歩き出す。ちょっとくらい手を貸してくれたっていいのに……。皆シャニーを助けようともせず、笑い声に包まれそのまま天馬で空へ消えていく。

 

「ちぇー、どうしてこう肝心な時に」

 

 空の向こうへ消えていく天馬を羨みながら、よいしょと掛け声を上げて重い槍を数本束ねて倉庫へと運ぶ。

 

 彼女はじゃんけんに負けて、片付けを一人でやる羽目になっていた。しかも言い出したのはシャニー自身のクセに。完全な自滅でぐうの音も出ない。ありがとうと皮肉を言って帰って行く背中に大きく舌を出して顔をくしゃくしゃにする。

 

 最後まで残っていた重い槍をあらかた片付け終えて、大きく息を吐き出して額を拭う。陽は既に半分以上沈み、あたりは藍色が覆おうとしている。たまには早く帰ってゆっくりバスタイムも悪くない。

 

 

 最後に自分の剣を磨いて帰ろうと、急いで研磨紙を取り出した時だ。背後に捉えた気配。たちまち彼女の目にスイッチが入る。とっさに動く左腕。鞘と剣が擦れる鋭い音と共に彼女の振るう細身の剣が、背後の首元を正確に捉える。

 

「動かないで。動いたら、容赦しない」

 

 この前、アルマが夜賊に襲撃を受けたことがまだ頭に残っていたシャニーはやや敏感になっていた。「あわわ……何するのよシャニー……」今回は早とちりだったか。聞き慣れた声が震えている。

 

 慌てて振り向くとそこにいたのは蒼い顔をしたルシャナ。シャニーは仰天して剣を放り出してしまった。

 

「ご、ごめん!」

 

「あー……。怖かった」

 

 ルシャナは剣の当っていた部分を手でさすりながら、ふぅっと力なくその場にへたれこむ。

 

「ホントごめん。あたし、夜賊かと思って……」

 

「あんたみたいなオッカないヤツを襲う夜賊なんていないって……」

 

「どういう意味よ!」

 

 あっという間にいつもどおりの会話に戻る二人。シャニーの早とちりも、ルシャナの毒舌も、昔から変わらない。しばらく頭を下げていたシャニーも、相手が許してくれると元のように元気になる。

 

「ところでさ、てっきり帰ったと思ったよ。どーしたのさ」

 

 シャニーは暗くなった空を眺めたかと思うと不意にルシャナへ訊ねる。もうみんな自分を置き去りにして帰ってしまったと思っていたのに、さすが幼馴染は優しいと感動していると「あ、そうだった」ルシャナも親友の疑問に、ポンと手を打った。

 

「ウッディも待ってるんだ、早く行こう!」

 

 そう言いながらルシャナがぐいぐいと手を引っ張り始めた。

 

(剣片付けたかったけど、ま、いっか。明日忘れないようにすれば)

 

 彼女は剣を腰に差すとルシャナに理由も行き先も問うことができないまま手を引かれ走り出す。

 

 

 

 着いたのは厩舎。ウッディが天馬の鬣を撫でていた。

 

「あ、ウッディ危ないよ!」

 

 びっくりしてシャニーはすぐ声をかけるが、天馬が大人しく受け入れていて首を傾げた。天馬は相棒以外にはすごい警戒心が強いはずなのに。ウッディは何でもないように天馬に話しかけながら、ゆっくり彼をさすっている。

 

「よーし、いい子だ。あれ、シャニー遅かったね」

 

 彼は天馬の翼へ綺麗にブラッシングをかけながらシャニーのほうへ視線を移し、天馬も自分の相方の姿を見つけて首をもたげた。当のシャニーだけが天馬の様子にぽかーんとしている。

 

「どうしたのさ? シャニー」

 

 ルシャナの声に我に返ったシャニーは、天馬のそばへ行って彼を撫でた。男には容赦ないはずが、ウッディに何もせずにいた彼をしっかり褒めてやる。

 

「ウッディ、男なのによく無事だったね」

 

「あー、きっとウッディは男だと思われてないんだよ。なよなよしてるし」

 

 女二人が意見一致と顔を見合わせて笑い始め、やれやれとウッディが頭を抱えた。彼は頭をボサボサと掻きながら、二人の笑いが収まるのを待つ。

 

 しかし、そんな彼の淡い期待はあっけなく裏切られる。日ごろなかなか時間がないためか、一度ヒートアップすると話題のネタが後から後から湧いてきて一向に収まりそうにない。気の長いウッディもこれには流石に堪りかねて二人の間に割って入る。

 

「ねぇ、盛り上がってるところ悪いんだけどさ、早く行こうよ」

 

「行こうって……どこへ?」

 

 シャニーの予想外の返事に、ウッディはガクッと拍子抜けした。「ルシャナ。シャニーに伝えてないの?」パスを出した相手へシャニーも目線を向けると、ルシャナは手を軽く握って口のところへ持っていき、クイっと首を傾けた。

 

「聞かなくても分かるじゃん、これよ、これ」

 

 シャニーも親友のジェスチャーに顔をニヤ付かせる。元々友達と遊びに繰り出すことが好きだった彼女が、これを拒む道理はなかった。

 

 夜の城下町。夜の警備で良く来るこの賑やかな場所だが、今日は何か違う場所に来ているかのような気分だ。賑やかさがひときわ際立っているような気がする。

 

 彼女らは行きつけの店の明かりに誘われ、笑いながら中へ入った。

 

「おや、譲ちゃん達、今日は夜に登場かい」

 

 店のマスターが入ってきた若い顔を見るなり迎えてくれた。ここは彼女達がよく昼食をとりに通っている店で、夜は酒場に姿を変える。店は既に大勢の荒くれたちが酒を飲み交わし非常に騒々しい。

 

 荒くれなど任務で幾度も相手をしているからへっちゃら。シャニー達は恐れることもなく、ずんずん店の中を進みカウンターへ辿り着く。ウッディだけが、山賊風の男にガンをつけられた気がして小さくなっていた。

 

「譲ちゃんって言い方そろそろやめてよ。あたし達、もう一人前の天馬騎士なんだよ?」

 

「がっはっは、そんなひょろっこいなら職業が騎士でも賊でもお譲ちゃんさ」

 

 シャニーが口を尖らせても、マスターはいつもの調子で笑い飛ばす。成人する前からこの店にはお世話になっていて、この年でも彼らは顔の知れた常連。もちろん彼らが天馬騎士になったことはマスターも知っているし、大戦を生き抜いた彼らの瞳に同世代にはない強さがあることも分かっている。それでも、昔から見てきた子供のような存在には変わらない。

 

 彼は三人にとりあえずつまみと軽い酒を出すと、皿を拭きながらパイプを銜える。

 

「それにしてもホントに騎士になっちまったんだなぁ。つい最近まで手に負えないガキンチョだったお前達がねぇ」

 

「もっちろん、そのために修行してたんだからね」

 

 得意げになって白い歯を見せるシャニーの横で、もうルシャナが一杯目を終えていた。一気に飲み干し、カウンターに叩きつけてお替りを要求する。この若さでこんなに酒が様になるとは、リキアで何を修行してきたのやら。そのまま独り酒宴に突入したルシャナから避難するように、シャニーたちはつまみで雑談を楽しむ。

 

 三人の様子を眺めながらマスターが新しい煙草をパイプにセットしようとしたそのときだった。突然響く荒くれの挑発する声。向こうで喧嘩でもあったのか。

 

「何だテメーは!」

 

 傭兵風のガタイのいい男が、黒いソフトに黒い外套で全身を覆ったバルボ髭の紳士に難癖をつけていた。深くまで帽子を被った紳士は、反論する事もなくただ黙って荒くれの怒声を聞いている。シャニー達から見えるのは、への字に固く結ばれた口元だけだ。

 

「なんかあのおじさん、かわいそうだね」

 

 シャニーが仲間にそっとつぶやいた。傭兵というより山賊風の大男。それが酒で気まで大きくなっているのだから手に負えない。酒場では良くある事なので、周りはイベントくらいの感覚で眺めており、中にははやし立てる者までいる始末。

 

「聞いてんのか! こら!」

 

 黙り込む紳士に浴びせられる恫喝。微動だにしない紳士に荒くれは胸倉を掴みにかかる。そうなって初めて、紳士は荒くれを突き放してようやく口を開いた。

 

「言いたい事はそれだけか?」

 

「あぁん?」

 

「言いたい事はそれだけかと聞いている。私はお前の戯言にいつまで付き合えば良いのかね?」

 

 血走った目が見開く。聞くや否や、頭に血の昇った荒くれは背に差していた大剣を引き抜くと、そのまま紳士に向かって振りかぶった。これには周りも流石に危機感を覚えて退く。

 

「危ない!」

 

 シャニーは荒くれが目を見開いた瞬間に剣を握り飛び出していた。治安を守る事も騎士の仕事。任務時間中ではないにしろ、こんな騒ぎを黙って見ていられるはずが無い。

 

(なっ、何?! この感覚……)

 

 だが、剣に手をかけたシャニーはゾッとする恐ろしい視線に身がすくんでしまった。その視線は間違いなく、帽子に隠れて見えるはずも無い紳士の目から放たれて自分のところまで突き刺さってくる

 

 ────……! 

 

 それはあっという間であった。気付いた時には荒くれが宙を舞い、向こうに置いてある空の酒樽に突っ込んでいた。皆も何が起きたか理解できずにただ唖然としている。

 

 時と時が連続していないかのような妙な感覚。紳士が刀で居合い斬りをして見せた事はシャニーも分かった。だが、その剣捌きを目で追えなかった。気が付いたら、もう剣は荒くれを吹き飛ばした後だった。

 

 この人が暴れる側で無くて良かったと心底ホッとする。あんな剣、とても相手にできそうにはない。

 

(なんだったんだろう……。さっきの何とも言えない嫌な感じ)

 

 シャニーは紳士の方を眺めながら先ほどの恐ろしい視線を思い出していた。紳士は剣を払い、鞘にしまうと再び帽子を深く被り直す。すっかり元のように深く被りなおすと、どうやらシャニーの視線に気付いたらしい。彼女は仰天して髪の毛が逆立った。

 

(あわわ……っ、ヤバい、目が合った……! どうしよう?!)

 

 無言のままこちらを向いた紳士は、固い口元のままそのまま向かって歩いてくる。見えぬ眼光が鋭く光ったようで戦慄すら覚える三人は、為す術も無くただ彼が距離を縮めて迫る姿を前に背筋を伸ばすしかできない。

 

 だが、紳士はそのまま三人を通り過ぎると、マスターへそっと右手を差し出した。何かと思って彼が紳士の手を注視すると、突然その手に葉巻が現れ、目を見開いて仰天するマスターを紳士は口元だけで笑っている。

 

「旦那、パイプもいいが一服の醍醐味は葉巻ってものじゃないか?」

 

「お、おう。だが葉巻は高ぇからよ。一服するのにそれ以上に働かなきゃいけねぇんじゃ割りに合わねぇってもんだよ」

 

 紳士はふっと口元で笑うと、そのまま葉巻をマスターに差し出す。

 

「こいつは私のおごりだ」

 

マスターが嬉しそうに葉巻を吹かすのを見ると、紳士はカウンターへ目を向ける。そちらには様子をじっと見ていた三人がいた。

 

「おっと、驚かせて申し訳ない。酒場とは言えやはりマナーは弁えないとな」

 

 彼はシャニーたちのすぐ横に腰掛けてマスターにつまみを注文し、剣を鞘から抜くと丁寧に手入れを始めた。

 

「おじさん、すごい強いんだね」

 

 すぐ横に座られ、無言でいるのも間が悪くなったシャニーが苦し紛れに話しかけてみると、紳士は動かす手を止め、彼女へ顔を向けた。

 

「大した話ではないさ。相手は酔っ払いだったのだからな」

 

 意外にも気さくに返ってきた。こうなるとシャニーも人懐っこい笑顔で声のトーンが上がる。

 

「でも、あたし、剣の動きが全然分からなかったよ」

 

「いや、君もかなり腕の立つ騎士と見る。あの状況判断の速さはかなり実戦を積んだのであろう。まだ若いのに、さすがイリア騎士はレベルが違う。……聞いていた通りだ」

 

 紳士は口元に笑みを浮かべると、調理されたばかりの腸詰に酒を味わいながら再び剣を眺める。シャニーはその剣の美しさに何か引寄せられる気がしてならなかった。妖艶さすら漂わせるその片刃剣からは、ゾッとするほどの力を感じる。

 

「その剣、きれいだね」

 

「ほう、ミュートの美しさが分かる者がいるとは。君は剣士か?」

 

 どうやら紳士はその刀にミュートと名づけているらしい。

 剣の事が分かる相手だと知ってか、紳士は親しみをこめて話しかけているのが声のトーンから伝わってくる。

 

「剣士じゃないけど、剣が自分を示す武器だとは思ってるよ」

 

「ふむ……。面白いな。持ってみるか?」

 

 すっと渡された剣を握り、刀身を眺めてみる。「キレイ……」その一言しか出てこない。こんな剣を扱えたらどんなに良いだろう。そう思えたのは最初だけだった。

 あまりに妖艶な刀身を見つめているとそのまま吸い寄せられそうで、彼女はすぐに剣を返す。今の自分では、まだ扱えるようなレベルではない。剣に嫌われている気がした。

 

「ちょっと君が腰に差している剣を見せてくれないか?」

 

 置いてくる暇がなく仕方なく持ってきてしまった剣。鞘ごと紳士に渡すと、彼は目線の高さで鞘からいい音を立てて引き抜いた。素材は何の変哲もない鉄製の剣だが、随所にこだわりが見え改造が施されているそれは興味をそそる。使い込まれた剣をじっと見つめる紳士。

 

「ほう、なかなか手入れのしてある剣だな。剣が嬉しそうだ」

 

「へへっ、ありがとう」

 

 彼は嬉しそうにするシャニーへ剣を返すと、お湯で割られ香り立つ琥珀色の酒を優雅に飲む。その立ち振る舞いはとても傭兵として剣を振るっているとも、剣士として道を究めんと欲しているとも見えなかった。

 

「そんな若いのに国を背負う立場とはな。イリアでも1,2位を争う女のエリート集団に所属するともなれば、そうも言っていられないといったところか」

 

 しばしの沈黙のあと、紳士は突然に独り言かとも取れるような声を漏らした。

 

「おじさんはあたし達が天馬騎士だって言うのが分かるんだ」

 

 シャニーは言ってから気づく。他の二人はともかくとして、自分は着替えず軍服のまま来ていたことを。袖には天馬をあしらった騎士団の紋章がくっきり刻まれている。

 

「無論だ。イリアと言えば天馬と美女と、美酒の国だからな」

 

「それってあたし達を口説いてるの?」

 

「さぁな」

 

 軽くシャニーからの突っ込みを酒でかわすと、紳士はつまみの腸詰にフォークを突き刺し食べ始めた。彼女もようやくオーダーしていた揚げパンがカウンターに置かれると、目を輝かせながらかぶりついて満面の笑みを浮かべている。

 

「女のエリート集団かぁ。ま、私達がそうとは言い難いよね」

 

 ルシャナはお湯割をスプーンでかき回しながら天井を見上げる。まるで他人ごとかのような言いっぷりに、ウッディはついつい突っ込んでしまう。

 

「何言ってんだよ。つい最近まで、もう一人前なんだから見習いの半人前と一緒にするなって言ってたくせにさ」

 

「そんな事私は言ってないよ? 言ってたのはシャニーじゃん」

 

 酔いが回ってきたのか、ルシャナは隣に座るウッディの背後から手を伸ばし、シャニーの横っ腹を突っついた。突然の攻撃に身をよじったシャニーが思わずカウンターに肘をつく姿を笑っている。

 

「すっかりライバルのアルマと差が開いちゃったよね。イドゥヴァさんに気に入られると昇進が早いってみんなが言ってたけど、すごいよホント」

 

 横目で刺してくるルシャナに、意地が悪いとシャニーは膨れている。互いにライバル視した者同士というのは彼女も認めている。その相手が活躍するところを見るのは悔しいし、焦る気持ちもあるのは事実だった。

 

「アルマ……?」

 

「私達と同期なんだけどさ。いつの間にかナンバー2の部隊に配属されててね」

 

 紳士がポツリと漏らした言葉にルシャナが即反応した。日ごろの鬱憤が溜まっているのか、酔っぱらった彼女は更にテンションが上がっていた。

 

「性格はイカれてるけど、凄腕だしね。ねー、シャニー」

 

 話を振られて、シャニーはムスッと口を尖らせるとまた揚げパンにかじりついた。

 

「ふん、あたしは別にアルマに負けたわけじゃないもん」

 

「アンタってホント負けず嫌いだよね。そろそろ認めちゃいなよ」

 

 シャニーを弄りながら酒がすっかり混ざったのを確認すると、ルシャナはコップの端でチンっとスプーンこすりあてる。そしてそのまま雫の落ちたスプーンをなめると、実に幸せそうな顔をした。

 

「あー、これがあるから厳しい任務をやりぬけるのよ!」

 

 そのままコップを手に取り見事な飲みっぷりを披露する。毎度、二人はしばしあっけにとられてしまう。仮にも成人したばかりの15歳である。ウッディは、彼女が見習い修行の間、リキアで一体どういう生活をし、何を学んできたのか本気で気になってしまった。

 

「何を年寄り臭い事言ってるんだよ。老けるの早すぎだぞ」

 

「うっさいうっさい! アンタに私の苦労が分かってたまるか!」

 

 ぐいぐい酒を飲み干すと、マスターの前に豪快にコップを叩きつけお代わりを要求する。マスターも呆れたようで、何も言わずにコップに酒を注いでやる。

 

「ほらシャニー、あんたの飲みが悪いから私だけ変だと思われてんじゃん。早くグラス空けなよ!」

 

(うわあ、始まった……)

 

 今回も飛んできた無茶ぶりにシャニーは苦笑いしながらグラスを空ける。マスターにウインクして、一番弱い酒をなみなみと注いでもらった。とりあえずグラスを満たしておかないとルシャナが何を突っ込んでくるか分からない。

 

「はっはっは、君達は本当に仲が良いのだな」

 

 落ち着いた感じの紳士には似合わない大きな声で笑う。それまでずっと厳しかった口元が、氷が解けたように笑って固かった空気が動き出した気がする。

 

「ははは……。僕達は、幼い頃から同じ村に住んでた腐れ縁なんですよ」

 

「なによ、その嫌そーな言い方は」

 

 空きっ腹で飲んだからか、ウッディにルシャナが絡みだした。いつも威勢のいい声だが、今聞こえてくる声はまるでブレーキが利いていない。

 

「別に嫌そうに言ってないだろ? ルシャナ、酔っ払ってるんじゃないのか?」

 

 ルシャナの隣に座ったことを彼は後悔した。少しでも被害を免れる為にシャニーのほうへ体を寄せる。

 

「まだ酔ってないよ! リキアに修行に行ってた時は葡萄酒の大飲み大会で結構上位に食い込んだんだから。その勇士をとくと見るといいよ!」

 

「一体どんな修行よ」

 

 自分が経験した修行と全く次元の違う修行内容にシャニーは唖然としてしまう。彼女の頭の中には、修行と言えば生きるか死ぬかの修羅場の連続しか思い当たらなかった。

 

 ベルン動乱で戦った軍の中には各国の英傑達も多くいたから、社交辞令や各国のトップ層の構造やら、とにかく勉強が出来て凄く良い修行になった。それしか修行という言葉のイメージはないから、親友の話は別の世界にしか映らない。

 

 そんな三人の凸凹したやりとりを、紳士はしばらくずっと眺めていた。彼は酒を一口すると、木管楽器のような深い声で語りだす。

 

「そうか、幼馴染か。仲がいいのは良いことだな。窮地に陥ったとき、背中を向け合える仲間がいる事は何にも変えがたい武器だからな」

 

「うん、仲間は家族だと思ってる」

 

 もう絶対に信じてくれる仲間を裏切らないと誓った。道具のように仲間を使った事を許し、リーダーと呼んで迎え入れてくれた時のことは今も忘れられない。何があっても仲間を守って見せる。そんなシャニーの意志を瞳に見て、紳士は口元で笑ってうなずく。

 

「そうか、ならばそれを大切にする事さ」

 

 紳士の言葉を重く感じるのは、失いかけた覚えがあるからこそか。深く頷いたシャニーは胸に手を置いてぐっと握りしめた。自分は誓いを守れているだろうか自問していると、横から紳士の声が聞こえてくる。

 

「それにしてもここは恐ろしい国だ。ほんの少女が身も心もすり減らして生きているとは。他の国の同世代なら、まだまだ遊んでいたい年頃だろうに。イリアという国ほど聖典にある地獄に近い国もないな」

 

 他の国では、女は麦を踏み、編み物をしその歌声で疲れた男たちを癒している。だがイリアの女はそんな平穏の中では暮らしてはいけない。編み棒を武器に持ち替え、癒しの歌は戦場にこだまする軍歌となって獲物を追う。

 

 自分の生きる証は、軍人としての名声だけ。屍の上に立ち、国の為とただひたすらに戦うその姿を人々は哀情と蔑視で見つめる。もはや生ける屍とすら呼ばれるものであった。

 

「イリアの悪口をいうな!」

 

 紳士の声に真っ先に反応したのはルシャナだった。あまりにも反応が早かったので他の二人も驚いて彼女へ視線を送る。だが、どうも酔った勢いであったらしくそれっきり。コップをぐい飲みしてつまみを汚らしく食い漁る。

 

「確かに、イリアは厳しい状況に置かれています。僕もどうして女神はイリアを救われないのか。皆が傷付くたびに思っています。でも……それでも国への愛着は捨てることが出来ません」

 

 普段あまり語らないウッディだが、このときは何故か口が勝手に動いた。医者として、わざわざ傷付きに行く彼女らを止められない事が悲しかった。せめてできることは、神に彼女らの無事を祈ることと、もし傷付いた時に治してあげること。

 

「あたしもイリアは好きだよ。自分が国を創ってるんだって実感があるもん」

 

 イリアの中を飛び回って人々の悩みを聞く仕事が、シャニーには何だか性に合っているように最近は感じることが増えていた。イリアにはイリアのいいところがある。皆、思いやりを持った良い人ばかりだ。村々を回って人々のに話を聞くようになって、その思いは強くなった。

 

 もっともっと良くしたい、皆に喜んでもらいたい気持ちは日に日に大きくなる。何か少しでも行動を起こせば、目に見えて変わっていく黎明の大地。シャニーにとっては自分の成長そのものに映っていた。

 

「他の国がイリアをバカにするなら、それに負けないくらいの良い国へ、あたし達が変えていけばいいんだ。最初はお姉ちゃんに憧れて騎士になったけど、今はそれだけじゃない。きっと良い国に変えてやる。この手で道を切り拓くんだ」

 

 シャニーは決意を露にするとぐいっと酒を飲み干した。

 

 ────まだまだなりたての新人騎士が、何をでかい口を

 

 そう言って蔑むベテラン達もいる。

 だが、仲間を見つけた彼女はそのくらいでへこたれるほど弱くはなかった。仲間の大切さは嫌というほどベルン動乱の中で学んできたし、それ以上に天馬騎士団に入ってから眠れない夜を経験するほど味わった。

 

「今までは守ってもらう立場だったけど、もう今は違う。一人前の騎士に早くならないと」

 

 シャニーの意気に満ちた明るい声を、紳士は帽子を深く被りなおしながら無言で聞いていた。そこに飛んでくるやたらテンションの高い壊れた声。

 

「そうだそうだ! 一人前じゃ足りないよ、三人前ぐらい持ってきてマスター!」

 

「……ルシャナ」

 

 呆れてウッディが声をかけるが彼女はへらへらしたまま。かっこよく決めたつもりだったのに、またルシャナのずれた相槌で台無しにされてシャニーも彼女の背中を叩いた。

 

「もう! 今せっかくいいところだったのに!」

 

「えへへへ……。シャニー輝いてるよ!」

 

 ルシャナの連れ二人は親友の新たな一面を見てしまい何とも言えなくなった。当の本人は気分がいいものだからわめき散らしてご満悦。ウッディはこのときだけ、他人の振りをしたくてたまらなかった。

 

「見てるこっちが恥ずかしいよ……。なんだよ三人前って」

 

 頭を手で押さえてウッディが騒ぐルシャナをなだめる。マスターももう相手をしきれなくなったようだ。シャニーのコップを満たすと、他の荒くれ共の酒宴の中に入って一緒に酒を飲んで騒ぎだした。

 やっと席に座ったルシャナを確認すると、シャニーはもう一回酒に口をつけた。

 

「おじさん、ごめんね。この子が酒飲むとここまで性格が変わるなんて知らなかったから」

 

「三人前か」

 

「……へ?」

 

「いや、三人前は必要というのもあながち間違ってはいないのかもしれん」

 

 大酔いして理性を失いかけているルシャナに同意するこの紳士も、酔っ払ってしまっているのかもしれない。シャニーはそう思い口元が引きつった。酔っ払いに両端を固められたことになる。だが、紳士の眼は帽子越しにハッキリとシャニーを見下ろしていた。その眼差しは、喋りはじめた最初よりも鋭い。

 

「君はもう叙任を受けた天馬騎士と言ったな?」

 

「え、うん」

 

「と言う事は言い換えれば、君は国を支えるプロフェッショナルと言う事だ。国から認められたプロが、自分の世話を出来るだけで満足していていいのかね?」

 

 意外な説教に言葉を失う。何と返せばいいか分からなくて沈黙がカウンターを包む。

 

(なんか、皆同じこと言うなぁ)

 

 シャニーにとってはティトが言っている事と同じに映った。

 

「自分の世話をすることが出来るのは、戦場に出るものとして当然だ。だが、君達はそれでは済まないだろう? 一人前ではプロとは呼べない。一人で三人分はこなせないとな」

 

 今までの穏やかそうな口元が、厳しい傭兵のそれへと変わった。その風貌や振る舞いからして、ただの剣使いではない事はうすうす気付いていた。それが、今の言葉で確信に変わった。「おじさん、どこかの国に仕えてたの?」シャニーの質問に、紳士は酒を飲む手を止める。

 

「いや、ただの雑学さ。あちこち放浪していればそのぐらいの情報は吟遊詩人から手に入れることが出来る」

 

 紳士は再びグラスを手に取ると、ソーセージをかじりながら酒を味わう。シャニーは改めて、姉の言った言葉が間違っていなかった事を確信した。そして今、自分は一人前から二人前になろうとしているのだろうかと考えてみた。自分が間違った方向に歩んでいないか。彼女にとって、それが一番の不安。何だか、一人前にすらなれていない気さえしてくる。

 

「おじさん、あたしはもっと強くなりたいんだ。このままじゃダメなのは分かってる。おじさんに言われてその気持ちがもっと強くなった。でも、何処から手をつけて良いのか全然分からなくて、今結構悩んでる」

 

 酔いが少々あったからなのだろうか。まだ会ったばかりの見ず知らずの相手に、自分の悩み事を素直にぶつけていた。

 紳士はしばらくソーセージを頬張っていた。ゆっくりかみ締めるようにそれを食い、酒で一気にそれを流し込み、ゆっくり語りだす。

 

「聞く事だ。何を皆が国に求めているのかを。そして考える事だ。何を皆が自分に求めているのかを。聞いて、考えて、そうしたら今度は見る事だ。何が皆の叫びを妨げているのかを」

 

 シャニーは紳士の言っている事が、一本の線で繋がっているように感じて止まなかった。でも、よくよく考えてみれば言われた事は既にイリアを飛び回って実践していた。

 

「でも、あたしは聞いてるし、考えてるし……」

 

「それでも答えが見えてこないのだろう?」

 

 自分の言うことを読んでいるかのようだ。途中まで言ったところで、言おうとした言葉が紳士の口から出てきた。

 

「うん……。色々考えてると頭がこんがらがってきちゃう」

 

「君は多くの事を一度にしようとし過ぎるようだ。まずは自分の実力を知ることだ。ここまで言ってしまっては失礼かもしれないが……君はまだ一人前にすらなっていないようだ」

 

 図星と分かっているし、自分でもそう思う事はある。だが、いざ他人に同じ言葉を放たれると自信を砕かれて心苦しい。流石のシャニーも少しばかり沈黙してしまう。

 

 ────金を貰っている以上は、見習いと言えどプロとして自覚を持て

 

 ベルン動乱の間、ディークから口を酸っぱくして言われた言葉をシャニーは思い出していた。今はもはや見習いとしてではなく、一正騎士として給金を貰っている。今まで以上の努力が必要な事は分かっているし、自分なりに努めてきたつもりだ。

 

 だが、結果が出ていないと言う事が自分でも痛いほど分かっているから、紳士の言葉を否定する事が出来なかった。

 

(悔しい……こんな見ず知らずのに人にここまで否定されてるのに、何も言えないなんて……)

 

 その思いをぐっと腹に押し込めた。

 

(……前にもこんなことがあった……)

 

 同じように自分を否定され、何度姉や師匠に食って掛かっただろう。その度に叱られて、ぷいっとその人たちから顔を背けて……。独りぼっちになってからいつも後悔していた。

 

「でも! シャニーだって……!?」

 

 シャニーは、ようやく反論ネタが見つかったウッディの口を押さえる。

 

「一人前ですらない。それは分かったよ。でも、あたしはさっきおじさんが言ってた事はやってるし、考えてもいる。でも結果がついてこないからあたし自身も悩んでいるところなんだ。どうしたらいいんだろう……」

 

 紳士はソーセージを食い終わり、酒を飲み干すとそのグラスをドンと音を立ててカウンターに置き、帯刀用のベルトを締めなおすとシャニーを睨んだ。

 そのとき、はじめて彼の眼光を見たシャニーは思わず退いてしまう。恐ろしいほどに厳しく、威圧感のある眼だった。

 

「君は手を引いてもらわなければ、天馬にも乗れないのか?」

 

 何を言われたのか最初は理解できなかった。今までフレンドリーだった紳士が、いきなりの形相で自分を責めたのだ。

 

「考え、答えを出すには知識が必要だが、一人の知識を活かすには十人の知恵が必要だ。もっともっと、多くの者から聞き、多くを見る。その積み重ねではないのかね?」

 

努力しているのは当然で、その努力が足らないとはっきり言われてしまった。

 

(結構頑張っているのに……)

 

それが顔に出たのか、紳士は厳しい眼光のまま突き放すように続けた。

 

「称号を持つ者は自分の百倍、千倍の努力をしていると思え」

 

悔しくても、何も言い返せない。今の不安の原因が努力不足なら、自身を納得させられるまで努力するしかない。向かっている方向が間違っていないと納得できただけでも成果だ。ならばまっすぐ前を向いて、やってやるとシャニーは紳士の顔を見上げた。

 

「あたし頑張るよ。だってあたしは誓ったんだもん。イリアをもっと住みよい国に変えるって」

 

 行く先々の村で約束したのだ。教えてもらった困りごとをきっと解決して、イリアを良い国にすると。半人前と言われても、あの人たちの顔を思い出したら投げ出せるわけもない。悔しさを乗せて、シャニーは瞳にぐっと力を込めてハッキリ言いきった。

 

「確かにあたしはまだ全然知らないし、考えも足りない。周りだってそこまで見えてるわけじゃない。でも、こんなのは嫌だ。絶対におじさんだってあっと言わせる騎士になってやるもん!」

 

 シャニーは威圧感を跳ね除けて紳士に向かって宣言した。三人前になってやると。紳士は帽子を深く被りなおし、口元だけで笑って見せる。

 

「ふ、悔しかったか?」

 

「うん!」

 

「ははは、実に素直だ。私は君みたいな性格が好きだ」

 

 紳士は笑いながら財布から札を取り出す。その札は居酒屋で使うにはどうも似つかわしくない、エミリーヌの画が入ったものだ。マスターもそれに焦る。釣りが足りるか急いで金庫を確認しに行こうとする背に待ったがかかった。

 

「旦那、釣りはいらねぇよ。少しばかり手荒な事もしてしまったし、その3人の勘定も合わせてそれで勘弁してくれ」

 

 金庫に手のかかりかけていたマスターは、紳士の予想外の言葉に一度目を見開いた。だが、すぐにいつもはしないような商売スマイルを見せてその場を取り繕う。

 やりなれていないのがまるわかりのその笑顔から視線を出入り口へ向ける紳士。シャニーは思わず席から飛び出すと、紳士の前に立ちはだかった。

 

「あの!」

 

「うん?」

 

「色々ありがとうございました。すっごく為になりました」

 

 頭を下げるシャニーに顔を上げさせ、紳士は軽くウインクしてみせる。

 

「なぁに、誰だって最初はそんなもんさ」

 

 紳士は懐から葉巻を取り出してマッチを壁にこすり付け、葉巻からは一筋の至福が立ち上る。その一服を味わいながら、彼はシャニーへ再び視線を落とした。

 

「君は自分で言ったな、この手で切り拓くと。いい言葉だ。これからもそれを忘れるなよ」

 

 彼はそう残すと革靴で床を叩き、いい音を出しながら酒場を出て行った。先ほど彼にボコボコにされた荒くれが、彼が出て行ったことを確認して出口の方に骨を投げつける。

 

「ふぅ、なんかすごい威圧感のある人だったなぁ」

 

 ウッディが渇ききった喉を水で潤す。シャニーはまだ出口の方を見ていた。まさかこんなところで、勉強が出来るとは思ってもいなかった。

 

(全然努力が足りないんだ。確かに、お姉ちゃんに比べればあたしなんてずっと楽してる)

 

 熟睡してしまったルシャナを放っておき、ウッディと自分達が何をすればいいのか整理を始める顔には普段の朗らかさは無かった。

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