ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前話のあらすじ

シャニーは一日の任務が終わった後、ウッディやルシャナに誘われてエデッサの酒場へと赴く。

そこで出会った黒ずくめの紳士と知り合う。
最初は剣の事で話が合い、彼の愛刀『ミュート』を持ってみるがゾッとする感覚にすぐ手放してしまう。

その後、国を守る騎士としての姿勢にアドバイスをもらうのだった。


第2話 背中を押す者

 酒場から出た紳士はまっすぐ郊外の方へ歩いていく。行き先は自宅か、それとも雇われ先か。

 

 どんどん喧騒から離れ、明かりも途切れ途切れになる中を、口元を一切変えずに向かう先に広がるのは暗闇一色。

 街の外れまで来た紳士は、ベンチも無いのに立ち止まってしまった。

 また新しい葉巻を取り出して口にくわえ、間髪いれずに火花散り着く炎。

 

「本当にお前は、私を驚かすことが好きなようだな」

 

 誰かに話しかける紳士の視線は、間違いなく彼の足元にあった。眼下を睨むとあの男がいる。月光が浮かび上がらせる紳士の影の中にうごめく黒。

 

「マスター、随分お楽しみのようでしたね。私もご一緒差し上げられなくて残念です」

 

 紳士の前にその影の中から現われ、深く頭を下げて見せたのは彼の忠実な部下、ウェスカーであった。

 彼はずっと紳士の影に隠れて一緒に行動していたから、話は全部聞いている。正確には、途中から酒場に入ってきて影に紛れていたのだが誰も気づくはずもない。

 

「ふっ、そちらはついでのことだ。たまには人間の若者達と話をするのも悪くない。彼らからはいい情報を得ることが出来た。やはり、あいつは騎士団に与している」

 

 紳士の事実を語る口調は、相変わらず固く重い。

 だが、久しぶりに組織の者以外と話ができて口元は満足そうだ。思ったより長居をしてしまったことを月の高さが教えてくれる。

 

「ええ、具体的な所属部隊まで聞くことが出来るとは思いませんでしたが。しかも身内からとはなんと皮肉が効いて。面白くなってきそうです」

 

 肩を揺らすウェスカーはなかなかの喜劇に口元を道化師のように吊り上げた。

 どれだけ本人が気を張ろうとも、所詮は人間。崩すなら、周りからと言うのは定石だ。ただでさえ、本人から背を向けて、()()()を向いているのだから利用しない手はない。

 

「今日の3人は変わった連中だった。話していて楽しかったよ」

 

「ふふふ……私も聞いておりました。今のイリアには珍しい連中でしたね」

 

 前の戦争は今もなお確実に各国へ変化をもたらしている。二人はその光の世界に隠れてうごめく暗躍の阻止を急がねばならない立場。

 花のように一気に咲き、短く散る者たちが放つ輝き。その中でも特に光るモノを探して、その背中を押す仕事。

 直接手を下せない歯がゆさはあるが、蚊帳の外から変化を眺めているのも一興だ。

 

「マスターはあの青髪とかなり話し込んでおられましたね、お気に入られたのですか?」

 

 主があれだけ話し込み、アドバイスを送る光景などウェスカーは見たことがなかった。せいぜい、背中を押すために一言二言することはあっても、酒を全部飲み干すまで留まるなど記憶にない。おまけに、あんなに楽し気に口元を緩ませて。

 普段は顔を見られるなと顔を合わせる度に指示する紳士も、あれだけ話せば少なからず顔を見られたはずだ。もしやもう、見定めたと言うのか。ウェスカーの眼がぎろりと紳士を見つめる。

 

「盛んにもがく者は助けたくなる。何より……エーギルの流れが気になった」

 

 最初は口元が笑っていた紳士だが、あの娘に流れていたエーギルを思い出して厳しくなった。

 

 エーギルとは、その者の命そのもの。ある者はマナと呼び、ある者は波動と呼ぶ、誰一人、同じ色や広がりを持たない命の“流れ”。

 他人のエーギルの流れを見ることができる者はたいてい魔法の才があり、使い果たせば死を意味するその扱いには注意するものだ。

 

 主があれだけ話を聞き、大分そのエーギルを探っていたから何かあるとは思ったが、「なんと。あいつももしや」ウェスカーは主の言葉にピンときた。

 

 ────(セチ)の契約者

 

「おそらく、な。ミュートに勘づいたあたり、間違い無いだろう」

 

 そのエーギルの流れが紳士には気になった。人間でありながら、人間では無い流れを宿す者。異能を操り、人間の理の外に身を置く者。

 彼女はミュートを手にした途端、目つきが変わった。何も()()()いなければあんな反応にはならない。真っ青な顔をしてすぐ手放したあたり、中の住人が跳ね除けたと思って間違いない。

 

「きっかけは必要だろうが、これは将来が楽しみだ」

 

 ようやく見つけた。消えて久しい流れを見つけて期待を口にしながらも、紳士の声は冷然としたまま。

 

 紳士の言葉を聞き、ウェスカーは肩を小さく揺らして笑った。

 紳士は人の成長を見ることが好きだが、ウェスカーはそうではない。むしろ逆。彼の目には、3人は紳士と同じようには映っていない。

 

「あの青髪、シャニーと呼ばれていましたね。……これは面白い」

 

 面白い……ウェスカーにとってのその言葉の意味を知る紳士の口元が一層に硬くなる。

 

「どうした? またショーでも興すつもりか?」

 

 彼が惹かれる興味など一つしかない。まだ()()()てすらない彼女にそれを向けるのは、どうにも刺激が強すぎる。

 紳士の予感は的中していた。ウェスカーは魔道書を取り出し、中を眺める顔は実に嬉しそうだ。

 もう今から、ショーの結末をはっきりと描いて紫電走る手先を興奮に震わせている。

 

「マスターもご存知でしょう。シャニーと言えば、先の大戦でロイと最後まで戦った一人。それが契約者とはね。私めがきっかけを与えておきましょう」

 

 仕事は的確なウェスカーだが、困ったことに彼にとって仕事のモチベーションは破壊と殺戮。

 彼らは組織のトップからの命令で要人の暗殺を主な仕事としている身。それでさえも彼にとっては仕事などではなくショーだ。

 暗殺にもかかわらず、たいてい人の目のあるところで披露するから大騒ぎになる。決してこの世界に残ってはならない存在なのに。

 

「未来へ希望を持った人間ほど、灰にし甲斐があります。その希望が絶望に変わったときの顔を想像すると……これはヨダレが垂れそうです」

 

 またしても、焼き尽くそうというのか。今回ばかりは代わりがいないのだから大切に扱って欲しいのだが、彼に言っても無駄なことは紳士も知っている。

 何より、紳士も理解していた。()()()()いない今のままでは、使い物にならないことを。

 

「止めはしない。以前我らの作戦を妨害したのも彼女であろう。確かに今のうちに仕掛けておく策は悪くない」

 

 『滅蝕』(ウロボロス)が夜に自らの背を見せることが出来る相手など限られている。

()()()()いない状態で、一体どれくらい楽しませてくれるのか楽しみだ。仕事と楽しみを両立できる相手に遭えてウェスカーは嬉しそうに肩を揺らす。

 

「ご安心ください。人は絶望に向き合うことで輝く。私はその輝きを見たいだけですから。すっかり燃え尽きて灰に成り果てるまで、ね。その前に()()()ことが出来るといいですね、ふふふ……」

 

 どうしてそこまで楽しそうに振舞えるのか。大蛇の如く裂けて吊り上がる、部下の狂気に満ちた笑みを紳士はただ見ていた。

 彼をもってしても、ウェスカーの心の内はどうしても分からない。彼は殺人を好きでやっている。いつも忠告しているのだが、彼の心にそれが届いたことはない。

 

「ウェスカー。彼女はともかく他の二人は我々と何の関りもない。無意味な殺生は許さんぞ? 接触はできる限り最小限にせよとの長の命を忘れたか」

 

 紳士を見つめるウェスカーの眼は酷く残念そうだ。

 しかし、妙案が浮かんですぐに彼は元の笑顔に戻った。彼は本当に、ショーの為なら何でもする男だと改めて思わされる。

 

「マスター。きっかけを与えることが主目的のはず。ならば何の関わりもない、とは行かないでしょう?」

 

「だがな……」

 

「強いエーギルを眩く輝かせて灰にすることこそ意味があると言うものです。そのためには無くてはならないモノがあります。着火剤ですよ」

 

 これはどう話を持って行こうと、全てを消さないと気が済まないようだ。

 いつでもそうだ。この男は情けなどと言う言葉をまるで持ち合わせていない。自身のショーを完璧なものへと整えることだけを常に考えている。

 

「周りの枯れ木共も一緒に燃やしてやる必要があるのですよ。決して無意味などではありません。どうせ灰になるなら有意義に使わなければ。そうは思いませんか?」

 

 ウェスカーを見上げる紳士の口元には、はっきりと呆れが浮かんでいる。

 この男は何を言おうがやりたいように話を持っていく。当の本人は紳士に自分の気持ちが伝わった事が嬉しいのか、いつもどおりの微笑を浮かべ、渋い顔をする紳士に一礼して見せた。

 

「まったく、お前と言うヤツは。好きにしろ。ただし、顔は見られるなよ。全ては歴史に残らぬまま済ませなければならない。……それだけは忘れなるなよ」

 

 舌なめずりをするウェスカーにきつく忠告をする。

 組織を知られず、かつ邪魔者を始末するには闇に紛れた隠密行動のみしか選択肢はない。紛れるには彼の雷撃ショーはどうにも派手過ぎる。

 

「しかし皮肉なものですね。闇を葬るのに闇のうちに行動するというのも。ま、仕事ですから仕方ないですかね」

 

 ウェスカーは承知したと言わんばかりに、闇夜に溶け込んで見えなくなってしまった。彼の気配が消えた事を悟ると紳士は再び葉巻を吹かし始めた。

 しばらくその場に立ち止まり下を向いて考えを巡らせる。ウェスカーの荒療治でどこまで()()()だろうか。どこまで背を押せばよいだろうか。

 どこまで行っても、この葉巻の煙の様に自由になびく様は変えられない。それが、この仕事だ。

 

 葉巻が灰になり、足元にそれが落ちかけたその時、彼は顔をあげた。

 

「……お前では無理だ。お前の閃電で焼き尽くすには過ぎた相手だ。まぁ……今のうちにきっかけを与えておく事自体は懸命な判断、か」

 

 彼は再び歩みだした。カルラエの町から出て、山道からも外れて森の中へと抜けていく。そして、人里から離れた白銀の荒野まで辿り着いた時、彼もまた、闇夜を吹きぬける風の如く忽然と姿を消してしまった。

 

()()()を潰すには利用できるだろうからな。精々見守ってやろうではないか。焦らず、確実に仕留めればよいのだ」

 

 違和感は本物か、それとも思い過ごしか……。まずはこれから始まるショーをどのようにして切り抜けるだろうか。

 彼女はハッキリと言い切った。未来をこの手で切り開くと。そのための剣を握る資格があるのか、紳士は一観客として観測する事にした。

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