ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
シャニー達とカルラエの街にあるバーで歓談した黒尽くめの男。
彼は街の郊外で仲間と落ち合い、そこで情報共有を始める。
彼はシャニーに流れるあるものの異常を感じ取っていた。
それは、久しく消息が途絶えていたもの。彼らはそれをこう呼んだ。
────
違和感が本物かを確かめるべく、次の作戦へと進むのだった。
他の地方ではむしろ暑い8月も冬が間近なイリアの夜は、「寒い」の一言では言い表せないほどに冷える。
暖かな酒場を後にした三人は、吹きすさぶ極寒の槍の前に体を縮こませていた。
「うー、寒い寒い寒いぃ!」
「シャニー、叫ぶなよ」
「だって、寒いものは寒いもん!」
シャニーは外套を体にギュッと撒きつけながら足をジタバタさせている。じっとしていたらそのまま氷のオブジェにでもなってしまいそう。
幼い頃から付き合ってきた寒さではあるが、だからと言って慣れるわけがない。寒いものは寒い。
一人はあんな性格だし、酔いつぶれて自分の背中でぐっすり寝込むヤツもいる。ウッディはため息をつきながら嘆いた。
「……あぁ、僕の幼馴染には、どうしてお淑やかなヤツがいないんだろうか」
「なによ、十分淑やかじゃない」
シャニーへ返事もせず、とぼとぼと帰宅の路を歩む。
無言ほどダメージを与えてくるものもなく、シャニーは色々話しかけて誘導するものの彼には通用しない。
「お前が淑やかなら、世界中の女性が皆淑やかってことじゃないか」
終いにはキツイ一撃をお見舞いされてしまった。当然シャニーも顔を膨らせてぶーぶー文句を言う。
「どういう意味よ!? ごあいさつね!」
「怒鳴るなよ。お前さ、顔は可愛いいんだから、もっと淑やかにしてればモテるのに」
思わずドキッとして、視線が泳いだシャニーは口から出かけていた文句を飲み込んでそっぽを向いた。
幼馴染とは言え、異性に可愛いと言われたのは初めてのこと。それもウッディのような真面目な人に言われたのだから尚更だ。
月明かりに照らされながら、良い気分で帰り道を歩く。
「ホントだよ。別にイヤミで言った訳じゃないよ」
「ふーんだ。そんなありきたりの言葉で取り繕おうと思ってもダメだもんね。あー、傷付いた!」
わざと駄々をこねてウッディを困らせるが、もう10年以上の付き合い。軽くあしらわれた。
「お前は一日寝れば直るから大丈夫だよ」
「ちぇ、もうちょっとひっかかってくれてもいいじゃん」
ほろ酔いの楽しい帰路。その時だった。何か気配を感じる。殺気に満ちた何かがこちらをじっと見ている。焦って周りを見渡すも、周りには誰もいない。
「どうしたんだ?」
「しっ」
立ち止まってあたりを見渡しながら後ろをついてくるウッディに合図する。
(何……? この刺されてる様な……嫌な感じ)
この感じは間違いない。前アルマを狙った夜賊と同じ、殺意に満ちた視線。
しかも今回は前回とは比べ物にならないほど鋭く、今にも串刺しにされてしまいそうなほど。
(剣……置いてこなくて良かった。あたしが何とかしなきゃ)
思わず手が腰の剣にかかる。ルシャナを急いでたたき起こすも、彼女は丸腰。守れるのは自分しかいなかった。
「!!」
シャニーはとっさに、千鳥足でふらふらするルシャナを体当たりで吹き飛ばした。
不意打ちを食らって地面に叩きつけられるルシャナもようやく目が覚めたようだ。
だが、彼女の目が覚めたのは地面に叩きつけられたからではない。彼女には見えたのだ。今さっきまで自分がふらふらしていた場所を、無数のナイフが通過していくのを。
もしあのまま酔いに任せてふらついていたら、今頃蜂の巣になっていた。
シャニーにも追撃のスローイングナイフが飛んでいくのが見える。軽快な足取りでナイフを避け、避けられない分は剣で弾く。
ルシャナはシャニーが実戦で戦うところを初めて見た。何せ十八部隊に出撃命令など出た事は無い。
目の前にいるのは本当に親友なのだろうかと目を見張る。実戦に実戦を重ねた修行をしてきたその動きは、騎士団の誰にも見たことが無い素早さ。
彼女も応戦しようと腰に手を伸ばす……だが、遊び出るために着替えた普段着に、帯剣用のベルトはあるはずもない。しかたなく飛んできたナイフを拾い集めて装備する。
最も狼狽したのは非戦闘員であるウッディだ。何が起こったのか理解できず、その場であたふたしてしまう。
「バカ! そんなところでふらふらしてたら死ぬわよ!」
シャニーとルシャナが二人がかりで、パニックに陥ったウッディを後ろの方へつまみ出す。
しばらく目に見えない敵からの一方的な攻撃をかわし続けた。
(どこだッ、どこにいる?!)
やっとのことでスローイングナイフの雨が止む。タマ切れか、突然の静寂は焦りばかりを搔きむしる。
左右を鋭く目だけで牽制しながら相手の位置を探る。まるで気配を感じ取れない。嫌な汗がジワッと湧いてくる。
(一体何なの?! 夜賊にしては、ちょっと技術がオカシくない??)
二人は互いに背中を任せて相手の出方をうかがう。
(なっ……?! う、ウソでしょ?)
その二人を弄ぶかのように現れる人影。今まで何もなかった空間に水が湧くかのように漆黒が揺らぎ、人が突然現れた。
強国の王や、古代竜と対峙してきたシャニーもこれには瞠目して慌て、思わず後ろに引きながらも剣を握り直して目に力を籠める。
こんな奴は初めてだ。全く気配も感じさせずに、こんな至近距離まで近づいてくるとは。
(……こいつ、賊じゃない)
直感が彼女に危険をひっきりなしに伝えてくる。改めて相手を確かめずとも、やはり賊と言うような体格ではない。
スラッとして背も高い。まるでどこかの貴族かと思わせるような整った漆黒の服装。
そして顔は……鋼鉄のペルソナ。
ペルソナに開く二つの穴からは、自分達を貫かんとするほどに鋭い殺意。
(理由は分からないけど、どうやらとんでもない相手を敵に回してしまったみたい……)
シャニーもルシャナも、手汗に滑る武器を握りなおす。瞬きすら恐ろしくて出来ないくらいの緊張感に喉が張り付きそうだ。
そんな二人を嘲り笑うように、黒ずくめの男は明朗な口調で一礼してきた。
「夜分遅くに失礼します。アナタが、かの有名な八英雄の一人ですね? お名前は?」
「え、シャニーってそんなに有名だったっけ?」
知っていて聞いているに決まっている。標的の名前も調べない暗殺者がどこにいる。
横から幼馴染の未だ酔っているのかと思うようなツッコミが飛んでくるが、今それに応える余裕はない。
視線を逸らせば、殺られる。
「……別に。それより、人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るものじゃないの?」
とてつもなく危険な臭いがする。相手からは血の臭いがぷんぷんする。まるで体から血が滴り落ちているかのようだ。
「これは失礼しました」
彼は再び頭を下げてきたが、その肩は明らかに笑いに揺れている。
「歴戦の騎士様を相手にとんだ失礼を。ですが、私は名乗る名前をあいにく持ち合わせておりません。実に残念です。アナタがシャニー様。イヤァ、是非お会いしたいと切に願っていたのですヨ」
やたらと饒舌でベラベラ軽い口調が、警戒心で尖る神経を逆なでる。
剣を霞に構えて守りを固めながら、少しずつ、じりじり距離を詰める。
「あたしはあんたなんか知らないよ。何が目的なの? あの歓迎の仕方だし、会いたい理由は分かりきってるけど」
前髪の影の下から、鋒の向こうを見据える青の瞳が月光に煌めく。こういう奴は危険だと今までの経験で分かっていた。
少しでも相手に余裕を与えない為に、こちらが気を弱くしてはいけない。そんな虚勢が通用する相手ではないと分かっていても、師の教えは常に心にある。
師が見せ続けてくれた背中に少しでも恩を返すために鋒の向こうを鋭く睨む。
だが仮面の男には、シャニーが焦っていることが手に取るように分かっていた。何故焦っているのかすらも。
逆にシャニーも察していた。自分の心が読まれている事が。余裕が相手の振る舞いに現れている。
「アナタは以前、夜賊から赤髪の親友を助けましたね?」
赤髪……夜賊……忘れるわけもない。電撃が走ったかのように、驚きと怒りでまたシャニーの目じりが吊り上がる。
「! そうか。アルマを襲ったのはお前だったのか!」
何度も響く舌打ち。彼女の怒りを掌で転がすように弄んで男は立てた指を振ってきた。
「勘違いしないでください。私は彼女に何も危害を加えていませんヨ。指示はしましたがネ。アナタは親友のために実に良い行いをした。そう思っているだけです」
仮面の男はわざとらしい拍手をして見せ、そして口角を釣り上げる。彼の挑発に乗らないようにグッと自身を律しながら霞を向け続けるが、男がお構いなしに喋りかけてきた。
「……そうですか、やはりあの赤髪はアルマなのですね。これだけでもアナタにお会いできた甲斐がありました」
(しまった……!)
思わず舌打ちしてしまった。まんまと相手に乗せられて情報を渡してしまうとは。
細心の注意を払いながら、仮面の男ににじり寄る。相手がどんな話術を使おうと、敵であることに間違いはない。
「何が目的?」
「ん?」
「あたし達を襲った目的は何? アルマを襲った理由は何なの?」
いつでも斬りかかれる距離まで間合いを詰めると、正眼に構えて鋒に男を捉えた。ルシャナもいつでもナイフを投げられるように両手に構える。
二人に攻撃的な構えを取られても男は動じることもなく、後ろで組んでいた手を解くと手をゆっくりと体の前に突き出して、彼女たちを宥めるようにヘラヘラしている。
「アルマはですね、熱狂的なファンがいるんですヨ。その人が過激に出てしまった、と言う所でしょうか。いえ、私は別に良いんですけどネ。たかが子供一人に何が出来るという訳でも無いですから」
十中八九、嘘だと三人は思った。アルマが確実に、周りに敵を作っているという以外は。哀れに思いつつも、納得してしまうのは何故だろうか。
彼女は別に、間違ったことをしているわけでも、悪事を働いているわけでもないのに。
「じゃあ、私達は? 私達は恨まれる様な事何もしてないよ?!」
突然振って湧いた災難に、興奮気味のルシャナが叫ぶ声が荒野に響く。
面識なんて無いし、自分達のような騎士団に入ったばかりのいわゆる“ぺーぺー”が、人に恨みを買うようなことを出来るはずもない。
不安と怒りが煮える視線を前に、彼は敵を前にしているとは到底思えないような軽い口調であっさりと答えてきた。
「別に、何も」
思いもよらない理由を聞かされ絶句する三人。
ショーに理由など要るまい。表情の固まる三人の様子を楽しむかのように男は続ける。
「まぁ、それでは納得しないでしょう。じゃあ理由を作りましょうか。そうですね……よし、名案ですよこれは。……ではこうしましょうか」
真っ直ぐに腕を伸ばし、指先で一点を指す。その彼の指先にいるのはシャニー。
次の瞬間、耳が壊れそうな重く嫌な音と共に青白い閃光が一直線に迸り、見開いた瞳に吸い込まれるように突っ込んでくる。
(なっ、ま、魔法?!)
横に飛び退けて雪原に身を転がしながら何とか避けたが、髪の毛の焼ける臭いがシャニーの鼻を刺した。
後ろを見てごくりと息を飲む。針葉樹には穴が開いていて、穴の周辺は真っ赤になって向こうを覗く窓となっていた。
(あんなの当たったら、黒焦げじゃ済まないぞ……)
穴を開けるだけでは足らず、その奥では木が音を立てて倒れているではないか。
「へぇ、今のを避けるなんてスゴイですね。いやぁ、さすが八英雄サマですネ」
体勢を取り戻し、男のほうを睨む。彼は余裕を見せつけるように拍手をしていた。その口元はまるで曲芸でも見たかのようにぽかんと開いて笑っている。
油断があった。大量のナイフの雨に意識させられ、相手は盗賊かアサシンかと思っていた。だが、実際は強力な魔力をにおわせる雷使いのようだ。
彼は手先で嫌な音を立てながら青白い電撃を走らせ、シャニーを悦の表情で眺める。
「アナタは私の邪魔をした。だから攻撃されて仕方ない。そう言う事にしておきましょうかネ」
耳に障る電撃の爆ぜる音と含み笑いを漏らす声にハッとする。
いつの間にか、見せつけられた魔力に士気を折られかけていた事に気づいて己を戒めると、シャニーはもう一度霞を構え直す。
「大丈夫、私は全く根に持っていませんから。安心してください。だから、早く
相手の真意を読めないまま、脅威と向き合うこととなってしまった。逃げる事も出来ないし、仮に逃げられたとしてもまた騎士団へ襲ってくるだろう。自分のした事で騎士団──ティトに迷惑をかけるわけにはいかない。
魔法使い相手に天馬は居らず、投槍も無い白兵戦では完全に分が悪い。
(今二人を守れるのは、あたししかいないんだ。イリア騎士の誓い、守ってみせる!)
それでも、彼女は戦いから逃げなかった。剣を握り直し、雪原を駆け距離を詰める機会をうかがう。
魔術師の両手から繰り出される蒼の雷撃があたり一面を焦がし、白銀は真っ白の空間へと変貌していく。
輝きのある白は、それを失った万物の成れの果てへと変わってしまった。あんなものが当ったらひとたまりも無い。
(破魔の陣……もう少し練習しておくんだった……)
かつてディークから対魔法用の防御技を教えてもらったが、天馬乗りである自分では使いこなせなかった。なにしろディークは歩兵。歩兵だからこその自由性が騎士には無いからだ。
だが、今は天馬はいない。防御技を使いこなせたらどんなに楽だったろう。
天馬騎士団に入ってからむしろ天馬を降りて戦う機会も増えたのだから、もう少し練習しておくのだったと後悔するが、今更ではどうしようもない。
こんな強力な魔法の前でそんな慣れない技など使い物にならないだろう。
必死に間合いを詰めては連続剣を浴びせようとするが、相手も魔道の使い手。近づいたかと思えばすぐさま転移の術で逃げてしまう。
「ハハハ、流石にお強いですね。でも、一太刀も当りませんよ?」
剣を脇に構えながら突っ込み、隙小さく斬り上げても嘲笑うかのように転移したかと思えば、即座に指先から迸る蒼の雷撃。回避の身振りから流れるように駆け出して再び脇から斬り上げる。
「
天馬で滑空するかのように風に乗った一撃で一気に距離を詰め、すれ違いざまに下から斬り上げの一閃を浴びせる。
(捉えたか?! ……いや、掠っただけかッ)
「ハハッ、鬼ごっこか何かですかネ? お遊びなら砂場でやってもらえます?」
相手との距離を刹那の内に火花の如く縮める、自身の中でも一番に出の早い剣技でさえまともに触れられなくて、背後から雷撃だけでなく嘲笑まで飛んできて牙をむき出しにする。
「うるさい! そっちだって空振りばっかりで魔力を消耗しすぎなんじゃないの?!」
しばらく膠着状態が続く。戦っている側はともかく、見ていることしか出来ないウッディにとっては、いつまでもこの状態が続いても不安が募るだけだ。
(助けを呼んでこよう。このままじゃ二人が危ない)
ウッディは二人が激闘を見せる隙を見て、騎士団に事を知らせようと走った。
だが、一流のアサシンがそれを見逃すわけは無い。「これで終わりです!」とっさに向きを変え、彼の背面に電撃を浴びせる。
「ウッディ!」
ルシャナの悲鳴が聞こえる。ウッディも背中から殺意が近づいてきて、嫌な音と共に周りが明るく照らされだすのが分かったが、どうすることも出来ない。剣術も何も知らないのだ。この時、彼は自分に武の才が無い事を恨んだ。
人に直撃する蒼の雷。あっという間に包み、それを灰と化す。
悦楽の時……仮面の男は次の瞬間、笑顔を一瞬曇らせた。
「っつ……。ちょっと、ウッディ! 大丈夫?!」
ウッディは間一髪のところでシャニーに助けられていた。
「た、助かった……」
「何が助かったよ、このドアホ! 死んじゃったらどうするのよ。一体何考えてるのさ!」
ウッディは謝って頭を下げ、再び頭を上げてみて驚いた。幼馴染の瞳に浮かぶ涙。泣いている所を初めて見てしまった。
「ご、ごめん。皆に知らせてこようと思ったんだ。ごめん、泣くなよ」
先のベルン動乱で、シャニーは知り合いが倒れていく姿を嫌と言うほど見てきた。そして、祖国で自分を大切にしてくれた人達すら倒れたとき、何かが彼女の中で変わっていた。
────もう、戦で大切な人を失いたくない!
その想いは彼女にとって、他の天馬騎士よりも人一倍強い感情だった。
「……無理しないでよ」
「本当にゴメン、お前こそ大丈夫なのか?」
彼は鞄から手製の傷薬を取り出すと彼女に手渡した。手製とは言え、市販の傷薬よりはるかに効くと評判の一品。
シャニーはウッディに言われてから頭の激痛に気付く。額のあたりを触ってみると手は真っ赤。
どうやら先ほどウッディを庇った際に出来た怪我のようだ。白い髪留めも真っ赤に染まって痛々しい。
自分のせいで仲間に怪我を負わせてしまった後悔の念を押しつぶし、ウッディは一路カルラエ城へ走った。
「へぇ、破魔の陣ですか。いやはや、良い技をお知りのようで。もっとも、貴女の技量では私の魔法を封じきれないようですがネ。おやおや、お美しい顔が血で台無しだ」
口が達者な相手に乗る余裕もなく、傷に薬を塗りこみながら彼の注意をひきつける。
顔まで垂れてきた血腥い感触が、閃電の魔術師が放つ青の雷撃の威力を脳髄に伝えてきて震えが走る。
次、あれを食らえば、どうなるか分からない。
後がない恐怖を嚙み砕き、霞に構えて距離を縮めるところからやり直す。
(……それにしても、運がよかった)
教えてもらったと言っても、やっているところを見ていただけ。
見よう見まねの生半可な護陣だが、直撃を免れただけでも十分挑んだ価値があった。
たまたま成功したからこれで済んだが、もし失敗していればウッディのみならず自分もやられていたかもしれない。
────後先考えずに、その時の感情で動く事は止めなさいと何度言ったら分かるの!
頭の中で姉の言葉が蘇る。根拠のない行動はまた叱られてしまうだろう。姉の言葉が正しい事は、ズキズキ疼く頭が教えてくれる。
でも、そんな事を考えている余裕はない。こちらを眺めている目の前の敵は、未だ余裕綽々。
正しくないかもしれない。でも、雷撃を払った自分の剣を彼女は信じて、鋒で魔術師の額を捉えて相手の動きに全てを傾ける。
「何でウッディまで攻撃するの?! あんたの狙いは作戦を妨害したあたしのはず。他の人には手を出さないでよ。卑怯だよ!」
月が山に隠れて見えなくなってきた。
ウッディの姿が見えなくなったことを確認すると剣を握りなおす。
ここからなら、走ればカルラエ城まで10分もかからない。一人では抑えるだけで精一杯でも、応援があれば容易く撃破できるはずだ。
「卑怯って何ですかァ? アナタ……騎士のクセに随分と平和ボケしてるんですネェ?」
八英雄と言うのは所詮飾りか。魔術師は絡みつく様な声で侮蔑をシャニーの顔に吐きかける。
酒場で見ていた時は戦場に出れば変わるのかと期待したが、相変わらず隙だらけで、どこから突いたらいい声を上げるか悩んでしまうくらいだ。
「私は任務をこなしているだけ。アナタに
背筋の凍るような台詞。目的の為なら、手段を問わない。
それは狂気。命をチェスの駒の様に扱い、トマトを潰すかの様に握りしめ、叩きつけて飛び散る様に悦を叫ぶ狂気。
まさかその狂気を力を持たない者に振るうとは。
柳眉吊り上がる青の瞳の鋭さが、握る剣の如く切れ上がる。
(コイツ……! もう、許せないッ)
ウッディが帰ってくるまでは持ちこたえなければならないが少し荷が下りた気がした。
相手がその気なら、彼はこの場にいてはならない絶好の的。
正直、自分の身を守るだけ、生き残ることで精一杯だが、その中で民を守るという騎士としての務めを果たした。この安堵感が、シャニーの心を少しだけ楽にする。
危険の中でも、彼女はイリア騎士としての心を忘れてはいなかった。そうでもなければ、今頃とっくに逃げ出している。
その中に少しずつ燃え上がる怒り。青い焔がゴッと音を立てて少しずつ、心の中に燃え広がって強大な敵を前にした恐怖を焦がして行く。
「ルシャナ! 援軍が来るまで何とか凌ぐよ!」
「あいよ!」
彼女は大切な人達の為に、親友と共に狂気へと向かっていった。
相変わらず、威力は低下を見せない電撃の矢。
もはや周りには灰になるものが何もなく、森の真っ只中であったはずが平原かと思うくらい、傾きかけた月の明かりが降り注ぐ荒野と化していた。
ひしゃげた白の荒野に、若い騎士達が生き延びようと必死に喰らいついく。
「ふふ、良いエーギルですね。これは予想以上だ。もうそろそろ、灰にするのも悪くない。では、本気を出させてもらいますよ!」
楽しいショーはフィナーレへ向けてより一層に青い電撃が輝きを増し、出演者の顔をスポットライトのごとくくっきり浮かび上がらせ始めるのだった。