ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
仮面の魔術師からの襲撃を受けたシャニーたち。
相手の一瞬の隙をついて大技を叩き込み、魔術師を倒したかに見えた。
だが、話を聞こうと近づいた途端に豪魔道を受け、形勢逆転を許してしまう。
────私、不死身なんですヨ
目の前で、傷の全てを回復の杖も無く癒して見せる魔術師。
剣を突き立て、膝をついたまま動けないシャニーへ止めの蒼電が迸る。
絶体絶命の中で彼女を呼んで立ち上がらせたのは、忘れかけていた彼との誓いだった。
────絶対にッ、絶対に許せない!!
仲間を傷つけ、無力な者を巻き込んだこの男を絶対に許せない!
憎い、憎い憎い……この仮面の男が憎くて堪らないッッ。
何か痛い……堪えきれないほどに痛い……。
だけど今は……そんなことはどうだっていい!
気持ちイイ程に体がキレてる今は……壊れても、狂っても……、この剣が描く軌跡のままに……!────
「これ以上好き勝手はさせない。……この場で斬る!」
「おぉ……これは恐ろしい……」
燃え上がる殺気に身を任せた剣を、背後から首に押し付けられても、仮面の男の口元は嬉しそうにニヤニヤと口角を上げるばかり。
(なるほど、これが
男は仮面越しに舐めるようにシャニーを観察する。
うっすらと全身を包む、青い焔のごときエーギルが体を焦がしてくるようで、血走る双眸が剣の様にぎらつく。
あまりに荒々しい殺意を見るに、制御できていないかも知れない。
冬空さえ凍てつかせる殺気を前にしても、仮面の男の口元はただ笑うだけだった。
それを止めさせるかの様に、シャニーは歯をむき出しにして首へ斬りこむ。
「これは騎士のする事とは思えませんネ。背後から狙うなんて、騎士の道から外れてるんじゃないんですか?」
煽る様な高いトーンの声で舐め回してくるが、血走ったシャニーの目は据わったまま。静かに燃え始めた口調は爆ぜるように激しくなる。
「騎士道? それが通じるのは人間相手だけ。人間じゃない化け物なら関係ない話だよね。……終わりにしてやる!」
ルシャナはその状況を注視できなかった。自分の知っている親友とは、まとっている空気が全く違う。
何なのか。彼女から湧き出て髪を揺らめかせる青い焔は。親友の姿を蜃気楼のように歪める、禍々しく揺らぐ焔は。
「いたたた、何度やっても無駄ですってば!」
風となったかの様にかまいたちを浴びせる動きは、まるで妖精が閃光に躍るかの如く、青焔を軌跡だけ残していく。
それでも男は悲鳴を上げるだけ。不死身だと説明したのに、どうやら彼女は理解できていないらしい。
「それにしても、英雄ロイの周りを固めていた部下が、こーんな殺意に狂った悪魔なんてね。彼もとんだ殺戮者なのでしょうね。それに比べれば私なんて、カワイイものですよね。ケヒヒッ」
憧れであり、親友であるロイを貶されて、開ききった目を限界まで見開いて怒鳴る。
もう体全体に返り血を浴び血みどろ。
「うるさいッ、黙れ! 殺してやるッッ、殺してやるぞ!」
狂ったかの様な、背後からの執拗なメッタ斬り。
親友の悪魔のような振る舞いに、ルシャナはその戦慄に身を震わせるしかできないでいるが、シャニーの視界には友の姿など入っていない。
(許さない! 許さないッ、許さない!! あたしのッ、あたしの……!!)
美しい青髪が真っ赤に染まり、明らかに普段と違う眼光はもはや死神か。
────もう、このくらい引き出すことができれば十分
更なる一撃を加えようとしたその時だった。
不意に彼女の顔の前に、男の手のひらが向けられ、そして……。
「!?」
凄まじい鋭音がして剣の刃が弾けとんだ。
(なっ、何ッ……この距離じゃ!)
瞠目するシャニーを間髪いれずに豪魔道が襲い掛かる。
この近距離では為す術は何もなく、再び直撃を受けて吹き飛ばされた。
「うがっ」
体を強打し、思うように動けない。それでも、闘争本能はまだ崩れることを許しはしなかった。
折れた剣を杖代わりに辛うじて立ち上がり、男を睨みつける。
(……絶対に……殺してやる…………。あたしの大事なものを……よくも、よくもッ)
血みどろの眼光。揺らぐ青焔に焼け焦げた黒が混じり、前髪の下から翠緑に輝いて見据える眼が貫いてきて、男の口角が更に吊る。
「ふふふ、イイ目をしてきましたね。その殺気立った眼! 私はそれが大好きなんですよ! さぁ、早く眼を醒ましてくださいよ!」
相手に感化され、シャニーの動きが一層に激しくなっていく。
知っている親友からはこんな殺意に駆られた顔が想像できずに、ルシャナは表情が凍り付いたまま震えていた。
風に溶けるようにルシャナの視界から次第に消えていく親友の姿。殺戮兵器と化した悪魔の具現を簡単に捌く仮面の男。
もう何がどうなってこうなってしまったのか、全く分からなくて頭が真っ白だった。
「かはっ?!」
もう、あれから木に叩きつけられること早五回目。
もはや根元しかない剣だけはしっかり握っているものの、どう気力を絞っても、もう足が動かなかった。
何度も頭を強打した為、意識が遠い。
「あなたには随分楽しませてもらいました。
先ほどまで湧き上がっていた青いエーギルの流れは消えた。目も霞がかかったかのように青く戻り濁っている。すっかり使い果たしたか。
こうなってしまっては、もう楽しみは一つだけ。
「では、そろそろ燃え尽きて灰になっていただきましょうかね。その最後の輝きが、これまた格別に美しいのですよ」
男の甲高い笑い声が響き渡る。この耳に障る笑いを止めたくても、もう体が動かない。
返す言葉も出てこない。口の中が鉄の味で粘り、息苦しい。
覚悟を決めるしかなかった。
(……ロイ様…………ごめん。……ダメみたい)
今まで戦闘で傷付く事は数え切れないほど経験したが、ここまで完膚なきまでに打ちのめされたことは初めてで、そして最後。
しかし、最も彼女に恐怖の念を押し付けたことはその事ではなかった。
動けなくなるまで戦っても、それでも体が敵を殺そうと立ち上がろうとしていることだった。
頭では負けてしまったと分かっているのに、体は認めようとせずひたすら突っ込んでいこうとする。
その体にも思い知らせてやろうとでも言うのか、半開きの目で睨みつけるシャニーとの距離を、男がゆっくり歩み縮めてくる。
その時だった。急に止まる男の足。驚いて後ろを振り向くあたり、彼の意思で止まったわけではない。
男の背後にいたのは緑髪の女性……あれはレイサだ。
「おやおや、援軍がご到着ですか?」
ふうっとため息をつく男。乱入は歓迎だが、ショーの一番の見せ所でのそれは無粋というものだろう。
「援軍なんて代物じゃ無いけどね。どうだい、本場の影縫いの術は。敵を背後に回して動けないって言うのも、なかなかイイ気分だろう?」
レイサは男が身動きの取れないことを確認して軽く笑みを漏らと、目線を移してシャニー達を探す。
一人は確認。ルシャナがうつぶせに倒れているが、即座にまだ息はある事を見抜く。
「大丈夫かい、あんた」
闇に溶けるように消えたレイサが次に姿を見せたのはルシャナの隣。
仰天してアサシンから逃げようとする彼女の手を取って傷薬を握らせる。
「私は……なんとか大丈夫です。それよりシャニーを診てあげてください」
ルシャナの指差した方向を見ると、血まみれで木にもたれかかっているシャニーがいた。
ぽかんと半開きのままの口。糸が切れたように上を向き、青い瞳がとろんと濁っている。
男が何者かは気になる。だが、レイサは近寄った時から不吉なオーラを感じていた為、部下達がやらていてもそこまで驚きはしない。
(ここまでボコる必要があったかはともかく。……だけど)
それ以上に彼女を驚かせたのは、瀕死まで追い込まれているのに剣を離さないシャニーだった。
「やれやれ、派手にやられたねぇ。ほら、立てるかい?」
肩を貸してなんとか立ち上がらせ、シャニーの手から剣を離させた。この状態でも向かって行こうとするなんて。
途端、縛っていたものが解けたかのように、彼女から飛び出した悲鳴にも似た叫び声。
「あいつ、魔法使い!」
壊れた体ではそれしか絞り出せず、その短い言葉でさえ、もう遅かった。男はこちらに向かって手のひらを広げている。
とっさにレイサが投げたダガーに弾かれた男の手先から迸った雷撃は、獲物を失って地面を穿つ。
「うちの可愛い下っ端をこんなにしてくれて、たっぷり礼はさせてもらうよ」
再び木の幹にシャニーを預けると、レイサは新たなダガーを対で取り出してしっかりと手に装備する。
(あんなの……見たことない)
シャニーにはっきりと見えた。以前賊を一緒に討伐した時に見せたものとも違う顔。
レイサの顔に映えるのは、鋭くてどこか冷たい獲物を目の前にした狼。
「久しぶりだねぇ! 私の得意技を披露できるのはさ。今の団長になってからは暗殺なんて、絶対許してくれなかったもんね。ふふふ、何処から喰いついてぐちゃぐちゃにしてやろうか!」
明らかに籠る怒り。鋭い表情の中で、冷たく燃え上がる怒り。
熱く燃え滾らせた怒りより数倍恐ろしく感じる凍てつく怒りを、身動きの取れない相手に容赦なく浴びせ続け、まるでかまいたちに触れたかのように男から血しぶきが上がっている。
霞みがかる動かない視線の中に浮かぶその光景を、シャニーがぼんやり見つめていた時だった。
(あ、あれが……レイサさんの本当の顔?)
不意に見えてしまった。レイサの顔が、牙をむき出しにしたような恐ろしい形相に変わっていたことが。
冷たい怒りはそのまま極寒の鍵爪と化して散々切り刻んだ挙句、彼女はやっと止めを刺すべく、短剣を握りなおした。
「さぁ、一生に一度しか味わえない、とびきりの技をご馳走してやるよ!」
シャニー達の視界からレイサが消えた。
男も見失ったアサシンを追って周りを見渡すが時は既に遅かった。シャニーも男も、ほぼ同タイミングでレイサを見つけることになる。
それは、男の真上。跳躍による落下速度を余すことなく使い、相手の急所である脳天から首にかけて、えぐるようにして斬り殺す瞬殺の技術。
大分前にやり方だけは教えてもらっていたシャニーだったが、それを実際にプロが使って見せるところを見て、呆然とする意識の中でも再び寒気が走った。
(あたしの……ディークさんから教えてもらった剣とは全然違う……)
だが、瞬殺をかける寸前、横から飛んできた大きな気配にレイサははっとした。
とっさに空中で体を曲げて辛うじてそれを避け、バランスを崩して地面に叩きつけられながらも、転がって受身を取る。
レイサを狙って飛んできたものは、そのまま獲物を失い地面に落ちて甲高い音を立てた。投槍だ。
完璧とも言える技術がまさか失敗するとは誰が思っただろう。
仮面の男の仕業ではないことは、被弾を覚悟して弾く準備をしていたことからもうかがえる。
新たな敵かと、その場にいた者は皆、暗闇の向こうを覗く。
しばらくの沈黙の後、今度は男に投槍が飛んでいく。
影縫いで身動きを取れないでいる男にそれを避ける術はなく、直撃を受けるものの仰け反る事もままならない。
直後にかなり遠くの上空から、羽音と共に現れた騎士。
騎士は男の許まで天馬で素早く寄り付けると、男に刺さった投槍を引き抜き、更にもう一度渾身の力で槍を男に突き刺す。
顔を見なくても、シャニーには大体誰か想像がついた。
あんなに遠距離から、正確に相手を投槍で捉える技術。
いつも一緒に稽古をしている、あの騎士ぐらいしか持ち合わせていない唯一無二の力。
投槍の技術だけは敵わないと、的当て稽古の時に地団太を踏んだ覚えがあった。
「アルマ、あんた一体何のつもり?」
レイサが肩を抑えながらアルマに詰め寄る。
二回目以降はともかく、一回目は明らかにレイサを狙ったものだった。アルマがあんな失投をするとは考えられない。
「シャニーが賊と戦闘中だと聞いて駆けつけて来ました。賊が闇夜に紛れて襲っていると錯覚したんです。まさか部隊長だったとは。申し訳ありません」
白々しい。レイサは肩でため息をついて見せた。
(……間違える訳が無い。全く、避けると分かっていて面白半分に……。当っていたらどうするつもりだったんだか。いや……もしや……)
そこまで考えてレイサは止めた。いくら野心家の彼女でも、まさかそこまではしないだろうと。
アルマは槍をもう一度引き抜くと、男の前に立って睨みつけた。
「お前が、シャニーを狙った賊か?」
アルマをペルソナの下から見上げる眼が、明らかに笑っているのが見えなくとも分かる。彼は白い歯を見せながら、軽い口調でアルマに答える。
「狙ったとは人聞きの悪い。私は単に彼女が有名であったから、どの程度の腕を持った方か興味があっただけです」
男に言い草に、アルマは鼻で笑った。
(有名……か。ふ、英雄ロイに気に入られただけであるのに)
笑顔の裏に秘かな妬みを隠しつつ、シャニーのほうを見る。親友は、ぐったりとして木にもたれかかっていた。
一応実力では認めている親友が、あそこまでやられて無様な姿を晒している。
単なる夜賊ではないことぐらいアルマには分かっていたが、まさか自分ではなく親友を狙ったことが腹立たしかった。
「ところで、失礼ですがお名前を頂戴できませんか? アナタも相当な腕前のようで、惚れてしまいそうです」
男の質問で、アルマはピンと来た。親友を狙った理由はこれか。
あそこまで酷くやる必要があったかのかは微妙な気もするが、やり口としては常套手段か。
罠に素直に引っかかってしまった自分を、アルマは笑った。
「私のアルマと申す者。シャニーと違って全く無名の田舎騎士だ。それでもよければ名刺でもやろうか?」
アルマは懐から営業用の名刺を取り出すと、男に手渡してやる。
それを受け取った男は名前を確認すると、人差し指と中指で名刺を挟んで高くかざし、手首を返して裏をアルマに見せる。
まるで手品師がタネなど無いと証明する仕草のようだ。
彼はしっかりとただの紙切れであることを証明すると、その手をゆっくりとアルマのほうへ伸ばし、顔の前まで名刺を持っていく。
その途端だった。アルマも一瞬目を疑った。
「あっという間ですね
目の前で真っ白なチリとなって風に消えていく名刺。
それがすっかり彼の手からなくなっても、アルマは無言で男を睨みつけていた。
「いつかアナタもこうして差し上げますよ。私のできる最高のおもてなしでね」
男は今なお影縫いで拘束されている。
なのに何故ここまで余裕でいられるのか、後ろで見ていたレイサには不思議だった。
だが良く見れば、先ほど与えた傷が殆どなくなっていることに気付いて疑問は驚きへ、そして焦りへと変わっていく。
「あんた……何処に雇われてる? 今言えば命ぐらいは助けてやるよ」
短剣に猛毒を塗りこみながらレイサが男に詰め寄る。
自己再生能力を持っていたとしても、内側から来るダメージには対応できないはず。
それは短剣をも腐食させるほどの、
「あいにく命には困っていないんですよ。押し売りはご遠慮願いたい」
あまりに余裕ぶるので、レイサは一思いに手にしている短剣を男の額に押し込んでやろうと、両手に気を集中しながら狙いを定める。
だが、そのレイサの顔の前に、さっと腕が伸びてきた。
横目で視界を遮る腕の根元を見ると、そこにはいたのはアルマ。
「わざわざ部隊長のお手を煩わせては申し訳ありません。そいつは、私が殺します。相手もきっと私を狙っているはず。親友を傷つけた罪はしっかり贖ってもらいます」
「……へぇ、あんたも少しは人間染みた口を利くじゃないか」
アルマから仲間を思いやる言葉は出るとは意外だが、それはあくまでおまけなのだと、彼女の口から出てきた言葉で理解する。
「騎士として当然のことです。それに、邪魔者は消せるうちに消しておきたいですからね。機会は逃せません」
他人には任せられないという事か。
アルマの妙な笑顔がレイサの警戒心を刺激するが、今は部下の方が大事。そのまま後ろへ退き、シャニーの手当てにあたる。
役目を任されたアルマは男に再度近づき、彼の喉元へ矛先を突きつけた。
その眼光はいつも以上に鋭く、とても15,6の乙女の顔つきとは思えない。
怒りよりもっと強い他の感情が体全体から溢れていて「……死ね!」一言放たれる殺意。その威圧感たるや尋常ではない。
「ほぉ……これは恐ろしい」
────できるものならやってみろ
男も嬉しそうに受け入れる。ペルソナで素顔を隠していても、余裕の笑みを浮かべていることが、顔の筋肉の動きや口調からイヤと言うほど伝わってくる。
だが、その笑顔もほんの一瞬の話であった。
男は笑みを消し、視線を背後に回して空を見上げる。よく聞けば、天馬の羽ばたく音が曙の陽と共に大きくなってくるではないか。
天馬が朝日に希望を乗せて、向こうの空からたくさんやってくる。
もう少しだったというのに。男は慌てるように動けないまま頭だけを下げた。
「せっかくメインショーに移れると思ったのに……。非常に残念です。ですが、楽しみは後にとっておけとも言いますしね。今回はこれぐらいでショーは終了とします」
どんなに優秀でも、多勢に無勢では不利に違いない。
逃げようとする男へ、アルマはありったけの力で槍を振り向ける。
だが、男を貫いた槍に手ごたえはなく、そのまま男の中で空気を裂いていく。
それは男の残影。彼は消え行く闇の中に溶け込み、残像のみを残して消え去ってしまったのだ。
「随分楽しませてもらいましたよ。私は朝に弱いので失礼します。
逃がしたか。アルマはあたりを見渡して気配を探るが、もうあの禍々しい魔力のにおいはどこにもない。
ただただ、舐め回すような声が聞こえてくるだけ。
「シャニーさん。いやあ素晴らしい。ヘンな正義感など捨てて心の赴くまま、早く
全てを焼き払われた真っ白の空間に不気味に響く脅威は、突然にその場から去る。
仕留め損ねた……アルマは舌打ちをしつつ、背後にある木の根元へ視線をやる。
そこにはレイサや、やっと到着したウッディから手当てを受けて、激痛に喘ぎながらも立ち上がろうとするシャニーの姿があった。
アルマは親友の許へ寄り、膝をかがめて視線を合わせる。
「シャニー」
「アルマ……無事で良かった。あいつ、アルマを狙ってたみたいだったから」
親友が苦痛の中で見せる笑顔に、アルマは表情を崩しそうになった。
無事で良かったなどという言葉をかけられたのは、何年ぶりだろうか。
「こちらこそ申し訳ない。無事で良かった。まぁ、あの程度の賊に打ちのめされるとは、私のライバルにしては少々力量不足だが」
アルマの不敵な笑みから放たれる言葉を、ウッディは許せなかった。詰めよって拳を突き上げた。
「お前、まだそんな事言うのか! 誰のせいで二人がこんな目に遭って、誰のせいでこんなに大勢の仲間に迷惑をかけたと思ってるんだ!」
まだこの男はこんな口を叩けるのか。彼女は一呼吸置くと、シャニーからウッディへ視線を移した。
そして、突き上げられた拳を手で払いのけて、顔を近づける。
「申し訳ないことをしたと言っている。だが、賊討伐も立派な騎士としての仕事だ。どの道実力がなければ戦場で死ぬだけのこと」
とても申し訳ないと思っているような顔ではないし、シャニーへ侘びの一つがあったって良いはずだ。
ますますアルマのことが許せなくなって言い返そうとしたが、彼女に先手を取られた。
「シャニーは自分の力で自分の身を守った。誰のせいで余計な負担がかかったと思っている? ろくに自分の身も守れない人間が、でかい口を叩くな!」
ウッディには、自分を棚に上げて責任転嫁する彼女が許せなかった。
体を乗り出して言い返そうとするウッディだったが、何かが服に引っかかり動けない。
よく見ると、シャニーがウッディの白衣を下から引っ張っていたのだ。
────やめて
その力ない主張に、ウッディは止む得ず感情を抑えるしかなかった。
援軍に到着した者達は、騒動が既に鎮圧している事を知りほっとした表情を見せた。
周りが安堵に包まれると、ふいに服を引っ張る力が無くなって、シャニーのほうを振り向いたウッディは心臓がはじけそうになる。
緊張がぷつんと途切れた途端、体中を走り抜ける鋭痛でシャニーは気を失ってしまっていた。
再び緊張感が走り、皆はシャニーを運んで城へ急いで戻っていく。
今までの騒がしさがまるで嘘のように、普段見慣れた静寂のなかで寒く清清しい朝に戻る。
アルマは焼け焦げ、灰になった木々を見ながら、しばらくその場で独りになっていた。
「それでも、私の為すべきは変わらない」
奴らに気付かれている以上、余裕はない。だが今は確実に、ただまっすぐ進むだけ。
自身に言い聞かせるように一つ零したアルマは天馬にまたがり、朝陽を銀翼に掲げて山の彼方へと消えていった。