ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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あらすじ

天馬騎士団に晴れて入団したシャニーはついに憧れの正式な天馬騎士となる。
ベルン動乱で功績を残し、史実に名を刻んだ彼女は口に出さずとも確信していた。
戦後の人手不足の中、自分の配属先は間違いなく上位部隊だと。

だが、彼女の天馬騎士団での生活は、団長からの思わぬ洗礼から始まることとなった。


第4話 第十八部隊

 ──エレブ新暦1000年 4月

 

 翌日、四人は軍服に着替えて外で待ち合わせをすることにしていた。

 シャニーは新しくデザインされた軍服を着て、叙任騎士の証でもある天馬騎士団の紋章が入ったマントをクローゼットからそっと出すと、やっとお披露目とばかりに羽織る。

 最後に自分の相棒をしっかり帯剣ベルトに差すと背筋を伸ばして鏡の前に立た。

 

 何か気が引き締まるものを感じる。鏡に映る自分が、ちゃんとした騎士に見える。

 もう、後戻りは出来ない。もう、村一番のやんちゃ娘には戻れない。

 これからはイリアを支える天馬騎士団の一員として、敵と、そして自分と戦っていかなくてはいけない。

 

 ふうっと深呼吸し、ふともう一度鏡を見るとそこに母がいたような気がした。

 責任感が強くて、いつもイリア騎士の誓いを幼い自分に言い聞かせてくれたらしい。

 物心がつくか、つかないかの自分を残して逝ってしまった両親だが、顔はうっすらと覚えている。

 

 ユーノにもよく言われていた。自分の目元が母親にそっくりであると。

 明るく、しっかりとした自分の考えを持って生きていたそうだ。

 そんな母や姉と同じ道を、自分は歩んできて、これからも歩んでいく。もう、甘えてはいられない。そう言い聞かせた。

 

 ────イリア騎士として何があっても、命を危険に晒しても、仕事を投げ出していけない。

 

 ────自分の考え、自分なりの誓いをしっかりと持ちなさい。自分の拠り所となるものを、明確にするのよ

 

 あのころは、うんうんと聞いているだけだったが、今になってようやく、母の言葉が分かる。

 

「あたしの誓い……それは、イリアのみんなが戦わなくても幸せに暮らせるようにしたい……いや、してみせる! でも、そのためにあたしが戦わなくちゃいけないんだよね。なーんかムジュンしてる気もするけど。うーん、でも、おねえちゃんみたいに、自分が頑張ってみんなを助けるって言うのも悪くないかなー」

 

 彼女にとって、ユーノこそが憧れの対象であり、目指すものだった。

 姉のやっている事は、どれも必ず正しい事で見習うべき事。そう信じて疑わなかった。

 

 ◆

「お待たせ!」

 

 シャニーが待ち合わせ場所に行くと、もう三人は彼女の事を先に来て待っていた。

 皆、昨日会ったときのような普段着ではなく、自分と同じ軍服。別人にでも会っている様な気がする。

 

「へぇ……。馬子にも衣装って言うけど、本当だね」

 

「なんだとぉ!」

 

 シャニーは村の学問所でずっと寝ていたし、どうせ諺を使っても分からないだろうとウッディは思った。

 彼は「それほどでも!」と返して欲しかったのだが、彼女には珍しく反論してきたので面食らう。

 

「うわ、シャニーも諺知ってたんだ。すごいじゃん」

 

 セラも便乗してからかいに入る。朝っぱらから緊張感などない。

 

「知ってるよ! だって、見習い中にも傭兵団の人に言われたし!」

 

(何処に行っても同じ事言われているのかよ……)

 

 そうとは言えず、セラもウッディも黙ってしまった。シャニーも、ディークに言われた時は褒められたのだと思った事は黙っておく。

 

「あんた、どうせそれほどでも! とか言ったんじゃないの?」

 

 ルシャナだけが厳しく突いてきてシャニーは視線を外すとさっさと歩き出し、彼女に連れられるように残りの三人も叙任式に参加するべくカルラエ城へと向かう道を行く。

 

 今までは関係者以外立ち入り禁止だった城へ、関係者として堂々と入場することが出来るようになるのだ。

 一度だけ見習い騎士の手続きをする為に入城した事はあったが、こうして軍服を着て、武器を腰に差しては初めてだ。

 妙に緊張してきた。手洗いに行っておけばよかったと周りをきょろきょろと振り向く。

 

「はーいはい、新人さんだね。あんた達はこっちに来て、前から座っといて」

 

 到着すると、何か騎士というより盗賊のような格好をした人がまるで客寄せでもするかのように声をあげて、自分達や他に到着した新人達を席へとつかせている。

 

 ウッディはシャニー達とは違う列に案内されていった。

 自分達の周りに居るのはきっと天馬騎士ばかりなのだ。

 それにしても……女ばかりの中に男が居ると、やはり目立つ。皆もついついそっちを見てしまっていた。

 シャニー達はその正体が分かっているからその視線の先にいるのは先程の女性。

 

「なんだろ、あの人」

 

 どう見ても盗賊風の格好に、天馬騎士団のマントを羽織っているだけのあの女性。

 シャニーはついつい隣のルシャナにに話しかける。自分達は席の一番先頭列だというのに。

 

「さぁ、人手不足で盗賊にも手伝ってもらってるのかな」

 

「そんなわけ無いでしょ」

 

 シャニーの右隣に座っていたセラも加わって話しだした途端だった。

 

「……お前達、静かにしてもらえないか?」

 

 突然の声に、シャニー達は目線をその声の主の元へ向けた。

 声の主は、ルシャナの横にいた同じ新人。

 短く切り揃えられた、イリアには珍しい炎のような赤髪の間から、鋭い視線が真っ直ぐこちらを突き刺してきていた。

 

「ごめんなさい」

 

 シャニー達は謝るがその女性は返さなかった。

 

 ────分かればいい

 

 そんな様子が滲み出ている。

 三人にとってはバツが悪いがこの場から立ち去るわけにも行かず、妙な緊張感が包む。

 

 叙任式がついに始まり、団長ら幹部が壇上にが出てきた。

 その女性を見てシャニーは思わず声をあげそうになる。

 そこには、自分の知るよりも格段に凛々しく見える、姉ティトの姿があった。

 噂では、ユーノが団長の座に就くのではないのかと言われていたから、シャニー以外にも驚いた新人はいたようだ。

 

 ティトは他の叙任騎士や士官服に身を包む部隊長達ともと少々色の違う軍服を身にまとい、マントには団長の証である大きな金のブローチを止め具として用いていた。

 自分の姉では無いような感じすら、彼女は漂わせている。

 

「一年の見習い修行できっと色々なご経験をしたと思います。しかし、それらはこれから貴女方が踏み込もうとしている世界の、ほんの序に過ぎません。これから色々辛いことがあるでしょう。しかし、イリアを支える騎士として誓いを胸に世界に向けて羽ばたいていってください。そして、命を大事にしてください。傭兵は、生きて帰るまでが任務です。生きて、イリアの発展に力を尽くしてください。私たちは、夢を共にするイリア騎士。先輩も後輩もありません。分からないことや意見があれば、どんどん発表してください。イリアもまた、他の国同様、生まれ変わらなければならないのです。そのためには、貴女方の若い力が必要なのです」

 

 団長の祝辞が終ると、皆からはいっせいに拍手が送られた。

 シャニーもまた姉に睨まれながらも手を振りつつ、彼女へ拍手をした時だった。

 ふと横を向くと、先程の赤髪の騎士は拍手をするどころか、舌打ちをしていた。

 

「……。イリアも生まれ変わらなければならない……。当たり前だ。こんな腐った国、必ず……!」

 

 ぎょっとした。赤髪の女性の目線は真っ直ぐ団長や部隊長などの幹部に向けられ凄まじい形相で睨みつけていたのだ。

 

(……この子、近寄らない方がいいタイプかもしれない)

 

 そう考えながら相手の目を見ていたら気付かれたようだ。

 鋭い視線が今度は自分に注がれて、全身の毛が逆立つようにシャニーは焦って視線を逸らした。

 もう一度そちらを見ると、彼女は自分のほうを見て笑みを浮かべている。

 やはり、何考えてるか分からない。シャニーの勘がビンビンと警告を発していた。

 

 先輩達のありがたい言葉やら何やらが続いて、シャニーはついつい居眠りをしそうになる。

 こういう風にじっとしているのは苦手だ。何度ルシャナに足を踏まれて起こされただろう。

 そのたびに壇上からティトが睨んでいるのが分かった。

 

 式も後半に差し掛かり、新人達がイリア騎士の誓いを皆で宣誓するところまで来た。

 ティトが壇上へ上がり、新人の代表者 ────新人でも一番見習い時に功績を挙げた者もその壇へ上がるはずだ。

 シャニーは自分の名前が呼ばれる瞬間をワクワクしながら待っていた。

 何と言っても自分はベルン動乱でずっとロイの傍で戦い、それを鎮めた英雄の一人と戦時報にも載ったのだから。

 

 姉の前で騎士宣誓は少し恥ずかしいが、姉に自分が一人前になったことを見せ付けることが出来る。

 昨日しっかり練習もしたし、準備は万端だ。

 

「新人代表……アルマさん」

 

 シャニーも、幼馴染たちも顔が引きつった。引きつったと言うより、頭が真っ白になった。

 自分より功績を挙げたヤツがいる……? 自分より、上がいる? 

 あれだけ、あれだけ死ぬ気で戦ったのに、姉はまだ自分を認めてくれていないことになる。

 名前を呼ばれて立ち上がったのは、自分の横にいたあの赤髪の子だった。

 彼女は名前を呼ばれるときっと団長を見据え、そのまま静かに、しかし力強く壇上へと登っていく。

 

「あいつ、ベルンに修行に行って、動乱でエトルリア軍と直接戦って唯一生き残って帰ってきたヤツらしいよ……」

 

 後ろから声が聞こえる。自分達と戦って、生き残って帰ってくる。見習いの身で、正規軍を相手に遜色ない戦い方をする。

 

(でも、でもあたしだって、相手はベルン正規軍だった。なのに、なんでおねえちゃんは……)

 

 シャニーの頭の中は、それがぐるぐる回っていた。

 

 皆が壇上の代表の後に続き、騎士宣誓を行う。傭兵として決して雇い主を裏切らず、最期まで使命を全うする事。

 例え戦場で同胞を見つけても、敵であるなら容赦しない事。イリアの民を大事にする事……。

 シャニーは二つ目の誓いは黙っておいた。守ることも出来ない誓いなど出来ない。

 ルシャナは、そんな親友の様子を見て、その気持ちが痛いほど伝わってくるのを感じた。

 

(昔から思ってたけど、コイツは自分の考えを曲げないなぁ……。芯が強いというか、ガンコというか……)

 

 先頭の列だから目の前には団長ら幹部がいて、宣誓してなければバレそうだ。

 それでも、彼女は口にしない。自分だってそうしたいところだが、ルシャナは敢えて宣誓を行った。

 

(だからこそ……戦いを避ける方法を探さなくちゃいけないんだ。シャニー、考えよう、その方法を。仲間同士で殺しあわなくちゃいけないようなことがなくなるような方法を)

 

 騎士宣誓も最後の段階を迎えていた。────イリア騎士として、自分のためではなく、国のために戦うこと

 

 そのとき、誰もが予想だにしないことが起きた。

 この場所に聞こえるはずのない高い音が突然響く。

 壇上に居たアルマが、宣誓の書いてある紙の一部を破り捨てていた。騒然となる講堂。

 もちろんティトも目の前で起きたハプニングに、動揺を隠せない。

 

「お騒がせして申し訳ありません。しかし、守る事が出来ない誓いを宣誓するほど、私も卑屈ではありませんので」

 

 余計に講堂は慌ただしくなる。新人がイリア騎士の誓いを拒否するとは前代未聞だ。

 慌ててイドゥヴァがアルマのところへ駆け寄る。

 

「君、なんてことを言うの? 新人ならほら、早く宣誓しなさい!」

 

 何という鋭い眼光なのだろうか。

 自分よりはるかに若いアルマに睨みつけられたイドゥヴァは、威圧感に押されて一歩退いた。

 アルマは彼女の方から視線を外すと、ティトに一礼する。

 

「代わりに、私個人の騎士宣誓をします。この腐った国を、他国に負けない強国にすることに、私の持てる力すべてを、命ある限り注ぎます。以上です」

 

 彼女は再度、団長に一礼すると静まり返る講堂の中を静かに歩いて自分の席まで戻っていく。

 彼女が席につき終わるまでティトはずっと彼女を見ていた。

 

「団長、お騒がせして申し訳ありません」

 

「謝らないでください、イドゥヴァさん。求めているものは……きっと同じです」

 

 それだけ言うとティトも席につき、何事もなかったかのように式が続けられた。

 シャニーは隣に座るアルマに圧倒されて体が押し飛ばされそうな気分。

 堂々と人前で、あれだけ型破りな行動に出ることが出来るなんて。

 

(あたしは……宣誓代表にならなくて良かったのかもしれない)

 

 もし自分なら、あそこでアルマのように誓いたくない誓いを誓わないと言ってしまえただろうか。誓えば一生縛られることになる。シャニーはこの時、初めて同世代の同性で凄いと思える相手を見つけた。

 

 しかし、周りはそうは見ていなかった。規律に従えない愚か者。当然の反応だ。

 特に先輩騎士達は、生意気なあの赤髪に敵意すら感じ取っていた。

 自分達の世界を壊そうとしている人間が入ってきた……と。

 

 

 

 ◆

 半日くらい経ったのではないかと思うほどの式が終わり、いよいよ団長から配属先が発表されはじめる。

 普段なら掲示で済まされるのだが、今年は戦後の次の年度という事もあって、新人数は見習い修行に出ていない者を含めても例年に比べて極端に少ない。

 ならば、団長直々に指名していきたい。皆戦争を生き残った者なのだから。そうティトは幹部達を説得していた。

 新人達の顔を、一人ひとり覚えておきたい。シグーネのように。

 

 皆が次々に配属先を言い渡されていく。

 それなりに見習い時代に功績のあった者は、即戦力として上位部隊に配属されていった。

 ついに呼ばれたシャニーの名前。とうとう自分の番。

 

(さぁ来たよ! どの部隊に所属して、どこで活躍しちゃうのかな!)

 

 シャニーが胸を躍らせていると、アルマがティトから配属先を書いた紙を受け取って帰ってきた。

 彼女の手は震えていた。紙が握り潰れるほどに。

 

 そんな彼女に疑問を抱きながら、団長である姉の許に歩いて行く。

 姉に向かってニコニコしていたが、相手はいつものようには接してこない。

 

「頑張ってね、シャニーさん」

 

 シャニーさん……姉にさん付けで呼ばれてしまった。ここでは、自分と姉は部下と上司の関係。

 

 ────特別扱いはしない

 

 姉の顔がそう自分に語りかけている。

 姉が何か遠い人になってしまったように感じて妙な違和感が体をぞくそくさせるが、自分も一人前の叙勲騎士。

 ここは姉を安心させる為にも、凛とした態度で臨まなければならないと気を引き締めた。

 

「はい、ありがとうございます。団長」

 

 笑顔でティトから紙を受け取り、ティトもそれに笑顔で返した。

 必死に隠そうとしているが、シャニーへと他の人へとは、笑いかけ方が違う。

 妹が、騎士としてしっかり成長している。それが嬉しかった。

 

 シャニーは席へ戻ると、逸る気持ちを抑えられず早速紙の中身を空けてみる。

 

(第一部隊かな? さすがにいきなりそれは無いよね~。ワクワク……。……ん?!)

 

 ────貴下へ、第十八部隊所属を命ずる

 

 全身の血がすうっと頭から抜けていくかのようだった。

 姉は、渡す紙を間違えたのではないのかとすら思った。

 

 第十八部隊……それは、今年から新設された部隊。

 人手不足で見習いを免除された実戦未経験者や、修行をしたというだけであまり実績の無い者が所属する、いわゆる『新人部隊』。

 

 信じられなかった。ベルン動乱であれだけの功績を残した自分が、世界を救った一人である自分が。

 まさか、他の槍をまともに扱ったことも無いような人たちと同レベルだと姉に思われていただなんて。

 もしや、さっき宣誓しなかった事を姉に見抜かれてしまったのだろうか。

 ティトは固い人だから、そういうところにルーズな人間にはかなり厳しい。

 それでも、あんまりな仕打ちだと思った。

 

 

 

 ◆

 式が終ってすぐに、シャニーは姉のところへ突撃して行った。

 

「ねぇ! おねえちゃん!」

 

 振り向いてくれない。忙しそうでもないのに、彼女は聞こえていないかのように背を向けて歩いていく。

 

「おねえちゃんってば!」

 

 しつこく騒ぐがティトは見向きもせず、式の片づけをしていた。

 我慢ならなくなったシャニーは姉の腰を引っ張り、無理矢理こちらを向かせる。

 

「どうしたの? シャニーさん」

 

「なんで、なんであたしが新人部隊なのよ! おねえちゃん、あたしの実力を見くびりすぎてない?!」

 

 ティトにとっては、来たなと言ったところだ。妹が黙って十八部隊の管理区へ向かうわけがない。

 予想通りの質問が飛んできて、やはりその目は怒りに満ちている。

 

「じゃあ、逆に聞くけど、貴女は自分を買いかぶりすぎてない?」

 

「え……?」

 

 自分を突き放すような姉の言葉。その眼差しはとても冷たい。

 

「確かに、貴女はベルン動乱で大きな功績を挙げた。エトルリアでもロイ様を助けた仲間として、史実に名を刻んだようね。でも、今の貴女はそれだけ。剣や槍を扱うことに長けているだけ。本当にそれだけだわ」

 

 姉から予想だにしない強硬な態度を取られ、シャニーは縮こまってしまった。

 精鋭部隊でやっていけるほどの剣の腕は、姉も認めているのだ。

 実力を認めていて何故……。シャニーの頭にはそれしかなかった。

 

「今でも、貴女は私の事をなんて呼んだの?」

 

「え? あ……おねえちゃんって呼んだ」

 

 言われてようやくに気付く。ここは騎士団。そして、姉と自分は完全な上下関係にある。

 相手は団長。仕事中は姉ではないのだ。

 

「でしょ? 基本すら分かっていない貴女を、今実戦に出したらどうなる?」

 

「……」

 

「貴女が今他国に行って売ることが出来るのは、イリアの恥だけよ」

 

「な……っ!」

 

 ついつい反論しようとした。だが、ぐっと奥歯を噛みこんでよく考えてみた。

 今の自分の言動を考えて見ると……姉の言う事は否定できない。悔しかった。

 

「分かったら、基礎を学んでいらっしゃい。よろしい? シャニーさん」

 

「はい……。了解しました……」

 

 シャニーは胸に痞える悔しさをぐっと押し込めてその場を後にした。

 その様子を姉として見送るティト。そこに突然現われる、一筋の黒い風。

 

「団長、いいのかい? 実の妹にそんな酷い事言って」

 

「レイサさん。良いんです。あの子はあのぐらい言わないと、分からない子ですから」

 

 レイサは笑ってしまった。彼女は自分にそっくりだとも思う。

 自分も、姉に完膚なきまでに言い負かされて、ようやく動いていた。悔しさに身を震わせた覚えがある。

 

「誓いを言わなかったこと、怒っているのかい? あの赤髪の子も新人部隊に配属したんだろ?」

 

 ティトにはすべて見えていた。シャニーが誓いの一部を宣誓しなかったことも、アルマが配属先を見て体を震わせていたことも。新人達の顔を少しでも多く覚えたくていろいろ見ていたのだから。

 

「いいえ、シャニーが宣誓をしないことぐらいは分かっていました。あの子は、ああ見えて自分の考えを持っていてなかなか曲げようとしないので。でも、あの子達を新人部隊に配属したのは、もっと違う理由です」

 

「へぇ、何さ?」

 

「私は以前言いましたよね? イリアは変わらなければならないと。なら、一番報酬を稼げそうな二人をわざわざ新人部隊に配属した理由。レイサさんなら、きっと分かってくれていると思いますが」

 

 ティトの言葉に、自分の任務の重さを再確認したレイサは、硬い空気を嫌って笑ってみせる。

 この団長がこう言って、この仕事を任せてくれたのだ。きっといい結果を出してみせようと誓う。

 

「へ。分かってるよ。じっくり育ててやるさ。だから、あんたももう少し肩の荷を降ろしなよ?」

 

 レイサは短剣を回転させて遊びながら、ふらふらと廊下を出て行った。その背に、期待の視線を浴びながら。

 その視線を送る主は視界を移し、中庭を歩いていく妹を窓から見送った。

 

(シャニー……やはり貴女は成長しているわ。昔の貴女なら、きっとあの後も悔しさに身を任せて反論してきたでしょうね。シグーネさんの言っていた、イジメ甲斐のあるタイプって言う意味、ようやく分かったわ。頑張るのよ)

 

 傭兵としてだけで、新人を終らせてはいけない。その気持ちが、シャニーを新人部隊配属へと動かしていた。もっと色々知って、様々なことを考えて欲しい……と。

 

 

 

 ◆

 思わぬ洗礼を受けた。中庭を歩き、新人部隊の集合場所に向かうその青の瞳には闘志が漲っていた。

 絶対に、姉がケチの付けようも無いくらいに成長して、彼女の一番隊に入ってやると。

 

(何さ何さ。礼儀ぐらい、ちょっとやれば身につくはずだもん)

 

 彼女はそう考えていた。足りないものはいくらでもあるというのに。

 それを持ち前の吸収力を生かして身につけて欲しいと姉が願っていることに気付かずに。

 今の彼女には、地面に転がっているものは全て石に見えて蹴飛ばしていた。

 

 集合場所には思ったとおり、まだ槍を持つことすら不慣れなものが一杯集まって不安げな顔をしている。

 自分も一、二年前はこうだったと思うと、シャニーは何か照れくさい。

 

 その集団から少し外れたところに、目立つ赤……アルマが居た。

 当たり障りの無いように接しておこうと思っていのだが、やはり興味を惹かれる。自然と足が話しかけに向かう。

 

「ねぇ、あなたってアルマさんって言うの?」

 

「……そうだが? 何か用か?」

 

 やはりぶっきらぼうな返事しか返ってこない。

 しかし、シャニーには相手の気持ちが分かっていた。アルマも不満を隠せないで居るに違いない。

 

「あたし達が新人部隊とか、信じられないよね!」

 

「ああ。……お前はどうか知らないが、私がこんな素人と一緒の部隊だなんて。あの団長は舐めすぎだ」

 

 予想は的中した。やはり配属先のことで不満だったようだ。

 アルマの見習いの時の事を聞いた後、自分も同じことを話した。

 最初こそあまり興味は無いと言った感じだったが、人懐っこい性格のシャニーに対し、少しは心を許してくれたようで目元が最初よりは緩んでいる。

 剣や槍も然ることながら、この誰とでもすぐ仲良くなれる性格は、本人には自覚は無くとも大きな武器だった。

 

「そうだったのか。お前となら稽古のレベルも合わせられそうだな」

 

「今度一緒に稽古しようよ。あたしだって負けないから!」

 

 にこっと白い歯を見せて笑うと、あの鋭い眼差しが少しだけ緩んだ気がした。

 その後も互いの好物だの他愛もない話をしていると向こうから人が歩いてきた。叙任式で自分達を先導してくれた人だ。

 

「お、集まってるね~」

 

 その女性はニヤニヤしながら、まだ初々しい顔をしている隊員たちを眺める。

 どいつもこいつも……可愛い顔している。

 こんなのが戦場で互いを殺しあうのかと思うとやはり虚しい。

 

「私はレイサって言うんだ。今日からあんた達と行動を共にすることになったからよろしく」

 

 いきなりさらっと挨拶をするレイサ。皆は意表を突かれた感じで、焦って会釈する。

 だが、彼女たちはまた城の方を向いて隊列を整えている。

 まるで挨拶する前に巻き戻ったかのようだ。

 

「どうしたのさ、あんた達。挨拶終ったし、とりあえず解散していいよ?」

 

 皆は顔を見合わせる。ここに集まるようにと言われたのは、自分達の上司となる部隊長が来るからだった。

 しかし、その部隊長はまだ現われていない。目の前に居るのは盗賊風の人だけ。

 皆はそのまま隊列を崩さないようにして待機していた。

 

「ねぇ……? どーしたの、あんた達」

 

「あたし達は部隊長がお見えになるのを待ってるんですけど」

 

 緊張する新人達。シャニーは見習い時代にこういう雰囲気は慣れたし、周りが不安がっているのが分かっていたからハキっと発言したのだが、途端レイサがあからさまに肩をがくっと落として見せた。

 

「え?! いや、私がこの部隊の部隊長だから」

 

 皆は思わず声をあげてしまう。

 どんな風貌の天馬騎士が目の前に現われるかと思ってみれば。

 これを聞いたアルマは舌打ちを残して去っていった。どこまで舐めれば気がすむのか、あの団長は。背から伝わってくるそんな思いをシャニーは感じていた。

 彼女もティトが基礎から学んで来いと言うから、どんな厳格で立派な天馬騎士が部隊長なのかと思っていたのに、目の前に現われた女性はどう見ても騎士ではない。

 彼女もまた、へそを曲げてしまった。やはり、姉は自分の実力を見くびっている。

 

「まぁ仲良くやろうよ? ということで、解散、解散」

 

「えっ、え? 待って欲しいッス! 稽古は?」

 

 新人の一人がレイサに声をかけるが、もう彼女は木の上だった。

 

「稽古?」

 

「ほら、ウチら、まだ何も知らなくて。槍の扱い方とか、天馬の乗り方とか」

 

 若草色の髪をヘアバンドであげた少女が桃色の瞳に困惑をありあり浮かべながら木にかじりつくようにして部隊長を見上げている。

 どうやら彼女は見習い修行にも行っていない()()の一人のようだ。

 

「あ、私ね、カッパライと逃げることが専門なの。槍の扱い方なんかこれっぽっちも知らないし、天馬なんか触った事すらないよ。だから私に聞いても無駄」

 

 戸惑う新人達。部隊長から色々教えてもらえると期待していたのに。

 部隊長も教えられる側だったのでは、自分達はどうしたらいいのだろうか。

 それを尋ねると、彼女は木の上からアゴで向こうのほうを向くように指示した。

 そこには精鋭部隊が訓練する様子が見える。自由自在に天馬を操り、槍が自分の体の一部かと思うようにきれいな動きをする。

 

「あれ見ればいいんじゃない? 精鋭部隊ならきっと参考になるよ。いいかい? 誰かにやってもらおうとか、そんな甘えた考えは捨てなよ。強くなりたきゃ自分でなんとかしな」

 

 それだけ言うと、彼女は頭に被っていたバンダナを目の上に被せて木の上で寝転がってしまった。

 全然頼りにならない……。しかたなく、新人達は精鋭部隊の訓練風景を眺めだす。

 見ているだけでは体が鈍るのでアルマと一緒に稽古をしようとシャニーが歩き出した、そのときだった。

 

「ちょっと、そこの青くて短い髪の子!」

 

 木の上から突然呼び止められる。何かと思って後ろを振り向こうとしたそのときだった。

 

 ────!! 

 

 迫る強烈な殺気。意識より先に騎士としての血が剣を引き抜き、牙をむいた短剣を喰い止め火花が散る。

 鋭い金属音に、他の新人たちが焦ってそちらを見て思わず悲鳴が漏れた。

 部隊長が、新人の一人の背に二つの短剣を食い込ませようとしており、青髪の子はなんとか剣で受け止めていた。

 

「へぇ……私の瞬殺剣を回避するとは。やっぱあんた、実力はホンモノのようだね」

 

「いきなり何をするんですか?!」

 

「あんた、シャニーってんだろ? 新人部隊なんかに入れられて不満のようだけど、仲良くやろうね? あんただって、仲間と殺し合いなんかしたくないんだろ? 誓いを宣誓しないほどに」

 

「何故、それを……」

 

 この人は何処で自分の事を見ていたのだろう。

 確か壇上には彼女の姿はなかった。なのに、何故? おまけに、自分の動きを知って攻撃を仕掛けてきたと言うのか。自分が不満に思っていることまで。

 

「なら、この部隊でしか得られないものを得るんだね。仲間同士が殺しあうイリアなんて……変えたいんだろ? 私だって変えたいし、仲良くやろう、ね?」

 

 レイサは短剣をしまうとシャニーの肩をポンと叩いて再び木の上に飛び乗った。

 何か、心を見透かされているような、そんな気分に陥る。

 

 盗賊が新人部隊の隊長だなどと聞いたときは、腹が立って仕方なかったが、侮れない。

 きっと、自分を助けてくれる存在に違いないとシャニーはそう直感する。

 怒りや落胆はいつの間にかその感情の後ろに退いてしまっていた。

 

(それにしても……なんか悲しそうだったなぁ)

 

 木の上で寝転がり、バンダナの下に隠れてしまった瞳を思い出す。

 

「大丈夫だった?!」

 

「うん、全然へーきだよ」

 

 ルシャナや他の新人がシャニーの周りに集まってくる。

 心配する同僚にシャニーは剣を鞘に納めると朗らかに返した。

 不安でいっぱいの中で起きた事件は新人たちの心をますます震わせていたが、目の前で笑顔を見せられると何故かほっとする。

 

「ねぇ、武器の扱いには慣れてるの?」

 

「まぁね~」

 

 皆が口々にシャニーに話しかける。彼女も喋る事は大好きな人間だったので、そのまま会話を楽しむ。

 いつの間にかレイサが昼寝をする樹の下には新人たちが集まっていた。

 

「ウチ、ミリアって言うんだ。よろしく!」

 

「あたしはシャニー。こちらこそよろしくね」

 

 先ほどレイサに稽古を懇願していた若草色の髪の子が元気よく声をかけてきた。

 早口でお調子者っぽい釣り目の彼女はどこか自分に似ていて、シャニーはいつの間にか握手していた。

 桃色の瞳はどこにイタズラできる場所がないか探しているかのような活発さが伝わってくる。

 

「その剣、どこで習ったの? もっと見せて!」

 

「いいよ。その構え、剣持ったことないでしょ。あっちで一緒にやろう」

 

「シャニー、その前に天馬の乗り方からだよ」

 

 ミリアを連れて行くシャニーの後ろからルシャナが走っていく。

 いつの間にか、重い雰囲気が柔らかくなっていく。

 レイサは木の上から感じていた。彼女が団長の言うとおり、人の気持ちを明るくすることが出来る人間であることを。

 

 他には無い、大切なものを持っている。だが今は原石。磨かなければただの石。

 その手解きぐらいしか出来ないが、これでいいのだ。ティトもこのやり方で不服は無いだろう。

 知ってもらわなければならない事は山とある。

 彼女は知らなさ過ぎる。騎士としての心構えも、傭兵の厳しさも、姉の想いも。

 

(それが分からなきゃ、あんたはただの傭兵で終わるよ。そうさせないために、私がいるんだけどね)

 

 レイサはシャニーの周りで天馬と格闘する新人達を眺めていた。

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