ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前話のあらすじ

第一部隊に突然、アルマが現れる。
彼女はティトに頭を下げる。弟子として第一部隊に所属させてくれと。
ティトの腹心ソランは、アルマの企み警戒して追い返そうとするが、ティトは承諾してしまう。

それは、アルマの実力を測り、手綱を握っておくため。
だが、彼女の加入により、早速部隊の中に波風が立つことになる。


第2話 誓いと矛盾

 ティトは小走りに城の廊下を歩いていく。

 エントランスまで来ると、団長室を含めた部隊別の詰所がある東棟ではなく、西棟へと彼女は舵を切った。

 西棟は非戦闘員である本当の事務員達が働く場所で、近況報告以外では普段はあまり訪れない。

 向かう先は、その中ではある程度お世話になっている部屋。

 予想はしていたものの、その部屋の戸を開けた瞬間に特有のにおいが鼻についた。

 

「ティト団長、おはようございます」

 

 いつもどおり聞こえてくる礼儀正しい男性の声。見れば左手でウッディが会釈をしている。

 彼は実験室の中で試験管に囲まれていた。いつ来ても同じようなシチュエーションだ。

 

「毎日大変ね。本当は実験室と医務室を分けてあげられると良いのだけど」

 

 労いの言葉を彼女は忘れない。まだ見習いであると言うのに、傷付いた騎士の治療を一手に引き受けてもらっている。

 戦争は命だけではなく、経験や技術と言った無形なるものをも奪っていった。

 

「とんでもないですよ。こちらこそ感謝しています。勉強をさせていただきながら、給金まで支給していただけているのですから」

 

 部屋は殆どが医療道具や薬品、寝台で占められている。

 その隅っこに蚊帳でお情け程度に仕切られた場所があり、そこが実験室となっているものの、彼はそこで殆ど実験できずにいた。

 同じ部屋に怪我人がいるのに、細菌やらなんやらの研究など出来はしなかった。

 彼がそこで実験している時は大抵、研究結果をまとめる時や治療用の薬品を調合する時、そして試験薬を作製するときぐらいだった。

 

「そう言ってもらえると助かるわ。もう少しだけでも、お金に余裕が出来れば援助してあげられるのだけど、今は我慢してね」

 

「僕もいつか恩返しが出来るように研究に励みます」

 

 真っ直ぐで真面目な彼の様子を優しい眼差しで見守っていると、不思議とある人物を思い起こさせる。

 今でも文通をして親しくさせてもらっている間柄。疲れていても、文通相手も激務をこなしていると思うと自然とやる気が起きてくる。

 政治体制が大きく崩れた中、武器を置き、政治を進めるため昼夜なく動いて貴族の義務(ノブレス・オブリージュ)を貫く文官の鏡。

 

「どうかしました?」

 

 はっと我に返れば、ウッディが不思議そうにこちらを見ていた。

 こんな大変な時期に、男に現を抜かすとは。そう思うと情けなくなってくる。ティトは頭の中で自分を叩いた。

 

「何でも無いわよ。今は何の研究をしているの?」

 

「イリア風邪の研究です。あれの特効薬を開発できれば、命を落とす人も少なくなります。糸口は見出せたので、今は試験に試験を重ねている所なんです」

 

 まさにコツコツやってきた努力も佳境に入ったところ。

 イリア風邪……長く厳しい冬を越えて、春を迎える時に一緒に来る招かれざる客。

 毎年抵抗力の低い子供や老人を中心に、多くが命を落とす病。

 今までは特効薬と言うものが無かったのに、薬そのものが望まれてこなかった最凶の病。

 需要が無かった訳ではない。貧困に苦しむイリア民に、薬を買う金など無かった。

 彼らが出来る事は精々、村のシャーマンにお願いして祈祷をしてもらう事ぐらい。

 ウッディはそんな惨状を見ておられず、シャニー達が見習い修行に出ている時期からずっと研究をしていた。

 結果が出ず、認められず、理解されずとも。いつかきっと、役に立って見せると誓って。

 

「国の復興も大切ですが、それを行っていくのはイリア民一人ひとりです。ですから、皆には健康であって欲しい。国として、それを構成する民の健康へ目を向けるのは大切なことだと思っています」

 

 ティトはウッディが本当に立派に見えた。これが本当に、妹と同じ15,6には到底見えない。

 

「よく言ってくれたわね。幼馴染なのだから、シャニーにも少しは見習って欲しいわ……」

 

 ベッドの方に目を移せば、見慣れた顔の少女が寝かされている。

 ティトも登城してすぐ知らせを聞いたときは顔が蒼褪めた。

 妹が夜賊に襲われて大怪我を負い、意識を失っていると報告を受けたあの時は。

 命に別状が無いと知った今でも、意識が戻らない妹が心配でならない。

 だがその心配を断ち切って、ティトは団長としての態度を貫き苦言を零していた。

 

「とんでもない! あいつは僕を守ってくれたんです。僕が何も出来ない男ですから、余計な負担をかけてしまって」

 

 とっさに、幼馴染を庇っていた。あの魔法使いが放ってきた破壊魔法の前に立ちはだかって、シャニーは守ってくれた。彼女自身も頭からはっきり流血するくらいのダメージを負いながら。

あのダメージが無ければ、魔術師に負けなかったかも知れないと思うと申し訳なかった。

 

「彼女の治療だって、大方は魔法の杖によるものですし。僕に出来る事など微々たるものです。彼女には本当に感謝しています」

 

 彼は自分の無力さを思い知っていた。

 特に、アルマに言われた言葉は否定できない、とてもショックの大きいものだった。

 魔法に出来る限界と、医学に出来る限界。これには明確な境界があると彼は信じていた。

 そして今、目の前で親友に起きている苦しみは、魔法の領域でのみ取り除くことが出来る。

 自分の力では恩返しが出来ない。その無力さが歯がゆかった。アルマもきっと笑っているだろう。────口ほどにもない

 

 悔しさをばねに、彼は更に研究に勤しんでいた。

 魔法では到底解決できないような、医学にしか出来ない部分で親友と同じように国へ貢献しようと。

 それが、親友への一番の恩返しになる。

 

「あなたがそう言ってくれると、きっとシャニーも喜ぶわ」

 

 もう一度、シャニーの方へ視線をやる。やはり、変わらず寝ている。おまけに、先程と体位も変わっていない。

 本当に生きてくれているのか心配になってくるが、呼吸に上下するブランケットがそれを教えてくれる。

 

「……本当に、無茶ばかりして……」

 

 彼女はシャニーの許まで歩いて行くと、じっと寝顔を見下ろす。

 どこに触れて良いか分からないくらい、包帯があちこちに巻かれている。

 彼女の手はしばらく宙で触れる場所に困っていたが、そのうち静かに眠る妹の前髪を整えて頭を撫で始めた。

 その眼差しは泉のように静かで、そのうち屈むと妹に頬ずりを始めた。

 

「本当に……本当に困った子なんだから」

 

「僕はシャニーが羨ましいです。ティトさんのような自分の事を心から想ってくれるお姉さんがいて」

 

 なんだか恥ずかしくなって返す言葉に困った。視線を妹に戻しても、相変わらず目を覚まさない。余程体への無理が大きかったのだろうか。

 彼女達も入団してから半年が経つ。

 個人差はあれど何がイリアに必要なのかを考え、知って、理解し、どうすれば良いのかを考えるところまでは来ている。

 そろそろ次のステップに進まなければならない。

 

「……この子も随分成長したわ。責任感は見せてもらった。褒めるとすぐ調子に乗るから、滅多に褒めないでいるのだけどね。別に認めていない訳じゃ無いのよ。ただ……無茶はして欲しくないの」

 

 愛情表現に対しては不器用なティトだが、ウッディには彼女がシャニーを大切にしていることぐらい、言われなくても分かっていた。

 好きな相手だからこそ厳しくなる。それを地で行く人だ。

 

 彼女は出撃前にもかかわらず、両手にはめたグローブをおもむろにす。

 中から現れたイリアの女性特有の白く美しい手。

 

(こんなきれいな手をしているのに、血で濡らさないといけないなんて……)

 

 ウッディがそんな事を考えていると、ティトはその手で妹の額に乗っているタオルを取り、寝台から腰を上げると、汲み置きの水のある方へ歩いていく。

 

「あ、ティトさん。そういう仕事は僕がやりますよ」

 

「私にやらせて。この子、滅多に風邪も引かない子だったから、こう言う事をなかなかしてあげられなかったのよ」

 

 ウッディはそれ以上は何も言わずに任せて眺めていると、ティトの後姿を見守るその顔は自然と笑顔になっていた。

 タオルを冷たい水で硬く引き締めたティトは、きれいに畳んでシャニーの額にそれを戻してやる。

 

 静かに眠る妹の顔をしばらく見つめ、妹の頭をそっと撫で始める。

 シャニーはこうしてやると喜ぶという事をティトはずっと昔から知っていたが、なかなかそれを行動に移せなかった。

 これ以上に無いと言う程に親しい間柄なのに。それが今回、なんの躊躇いもなく自然と彼女の頭に手が伸びた。

 

 いつ会えなくなってしまうかも知れない、恐怖にも似た感情。

 妹が修行に出るまでは言うに及ばず、ベルン動乱時ですら二人は一緒だった。そして今度は、同じ騎士団で毎日顔を合わせる。その日常で、分かりきっている常がそうでは無いように思えてくる。

 それが、こうして妹が瀕死の重傷を負い、目の前で横になっている姿を目の当たりにすると、今まで隠れていた常が自分の心をその棘で痛めつけてくる。

 

(今だけは、せめてこの子の傍に居よう)

 

 時間の許す限り、妹の頭を撫でる。

 何か姉と言うよりは母に見える。その姿から溢れる妹への愛情に、ウッディは話しかける言葉が見当たらなかった。

 

「いつもは壊れた蓄音機みたいで、本当に喧しいぐらい元気な子が、こうして寝ていると何か不気味ね……」

 

 しばらくそうした時間が続いた後、ポツリと漏らされた不安。

 

「壊れた蓄音機ですか。ははは、シャニーにはお似合いですね」

 

「そうなのよ。うるさいからってガツンとやってやると、しばらくは静かになるのだけどね。またすぐ元のようになっちゃう困り者だったのよ。……」

 

 ウッディはびっくりして返そうとしていた言葉を喉で捺し留めた。

 何せティトの目から流れる光るものを見てしまったのだから。

 

「本当に無茶ばかりして……困った子なんだから……」

 

 無言で差し出されたハンカチ。恥ずかしさと相まってティトは感謝の気持ちを無言で伝えた。

 

 気を落ち着けた彼女は、ウッディにハンカチを返して大きく息を吐く。

 

「騎士ともあろうものが無様な姿を見せて恥ずかしいわ」

 

「別にいいじゃないですか。泣きたい時に泣けば。我慢したって体に毒ですよ」

 

 何かと我慢の多いこの仕事。自分をさらけ出す事ができる相手は数える程もいない。

 その中で、ティトはその相手が一人増えたような気がした。

 彼女はベッドから腰を上げると、妹の胸に耳を押し当ててみる。

 確かに聞こえる心音。これを聞いて安心した。

 

「ありがとう。じゃあそろそろ私は任務があるから失礼するわ。妹の面倒、もう少しの間お願いしますね。ドクター・ウッディ」

 

「お任せください。僕が付きっ切りで面倒見ますから」

 

 ティトは頼もしい言葉に笑顔で返し、部屋を出て行った。

 

 珍しい来客も退室し、再び静寂に包まれる医務室。

 聞こえてくるのは実験用のマウスが車を回す音と、シャニーの寝息だけ。

 

「ごめんな。僕が君にしてあげられるのはこれぐらいしかないんだ」

 

 彼はティトが換えてくれたタオルで、彼女の顔や体を拭いてやる。

 顔を隠す髪をたくし上げ、もう一度洗ったタオルを額に乗せた。

 一通り終っても、彼はずっとベッドの横から離れない。シャニーが目を覚ますのを待つために。

 再びあの元気な顔を、誰よりも早く見たかった。

 

「どうもー」

 

 そこに聞こえてくる新たな来客。ルシャナだった。どうも今日は来客が多い。

 

「なんだ、ルシャナか。何か用?」

 

「何か用って、それが患者に対する台詞?」

 

 あまりに対応が適当なので、ルシャナはウッディの脇腹を突いた。これだけ動けるなら軽傷だと、自分で言っているようなものだ。

 

「患者って言ったって、お前は言うほど重症じゃなかったじゃん」

 

 一応消毒剤と包帯を用意して持ってくる。ルシャナは痛そうに腕の包帯を慎重に取って見せている。

 あまりにわざとらしいその芝居に、ウッディはため息をついた。

 

「どーせ自分で出来るだろ? ほら、包帯ここにあるから」

 

「あー冷たい! 私がこんなに痛がってるのに。シャニーの時と随分扱い方が違うじゃない。やっぱりあんた……ははーん」

 

 ルシャナが得意げにウッディを見つめる。

 あまり彼女のペースにしたくはないので速攻で否定する。

 

「彼女は重症だったから、特に厚い看護をしてるだけ。君は魔法を使わなくても完治する程度の軽症患者。扱いを異にするのは当然だと思うんだけど」

 

「まーたそんな人が聞いたら本当かと思うような言い訳して。まぁ良いわ。私は影から応援してあげるからサ」

 

 どうもルシャナには敵わなかった。どんなにうまく言っても、必ず相手のペースに持っていかれてしまう。

 彼は半分聞き流しながら、さっさとルシャナの怪我の治療を済ませ、話題を摩り替える。

 壊れた蓄音機は、シャニーだけではなかったか。

 

「お前にも苦労をかけてすまなかった。君達がいなかったら、どうなっていたことか」

 

「とんでもない。私だって酔っ払っててどれだけ役に立てたか」

 

「そうだね」

 

 思わず本音が出てしまったが、これに懲りて深酒を止めてくれればしめたもの。

 

「ぐ……。あんたねぇ、そういう時はそんな事ないって言うもんでしょ?」

 

「自分で言うかよ……」

 

 やはり期待できそうにはない。ウッディは半ば呆れながら、血で汚れた包帯を片付ける。

 軽症とは言っても、彼女も頭を切ったりして流血していたから、今でもヘアースタイルを思うように出来ない状態だ。

 医者としてできる最大限のフォローで、彼女の全快を願う。

 

「なぁ、ルシャナ」

 

「うん?」

 

 治療が終ってもう用事はないはずのルシャナだが、一向に部屋を出て行こうとしない。

 ウッディは蚊帳の中に戻り試薬の調合を始めたものの、研究者と言う者はかがいると気が散るのだろうか。

 どうも波に乗れない様子で、ルシャナに声をかけた。

 

「お前も心配で様子を見に来たんだろ?」

 

 後ろからの声に、ルシャナはしばらく外の様子を見てごまかす。

 だが、この静寂の中で、ごまかしは通用しない事はすぐに分かる。

 

「ん……。そりゃね。でも、今はちょっと違うことを考えてた。シャニーのことには違いないんだけど」

 

「何かあったのか?」

 

 何か言いかけてルシャナはそれを飲み込むようにして止めてしまった。

 だが、もうウッディの視線はずっとこちらに向いてしまっている。

 どうやって説明しようか整理できないまま、意を決してありのままを伝えてみることにする。

 

「うん。あんたを逃がしてからね、こいつ人が変わったみたいに恐ろしくなってさ。殺してやるぞーって目を見開いて何度も怒鳴ってた。私怖くて見ていられなかったもん」

 

 親友の全く知らない一面を知り、ウッディは息を呑んだ。

 あのシャニーが、殺意をむき出しにして襲い掛かる姿……とても想像できない。

 だが、歴戦を戦い抜けてきた人間だ。一度タガが外れれば戦士としての血が滾って来るのかもしれない。

 

「でも、私も大怪我をして幻聴を聞いていたのかもしれない。だって、こいつがそんな事言うわけが……」

 

 思い出される地獄の光景。血走る眼光が獲物だけを捉えて剣を振り回す。だんだん鮮明になってくる記憶。

 

「でも……」

 

その光景の中でこちらをギラリと睥睨してくる親友の輪郭がくっきりしたとき、ルシャナは震えていた。

 

「私、見ちゃったのよ。あいつの体から、なんかぼうっと青い炎が噴き出て包んでいたのが。触れたら灰にされそうな……」

 

「……そうか。人には必ず眠っている性向があるって言うよ。彼女も人竜戦役以来続く騎士の家系だし、そういう気質があってもおかしくは無いのかもしれない。いつもがいつもなだけに、にわかには信じがたいけど」

 

 何とか理由を見つけて、ウッディは驚きを自身の中で抑え込もうとした。

 しかし、その隠れた性向も何かのきっかけがなければ眠りから覚めることなど無い。

 先日の襲撃は、彼女にとって極限を要求していたから、きっかけとしては相応しいものであった。

 そうでなくとも、襲ってきた相手は殺意に満ちた顔を見たいと言っていたぐらいなのだから。

 

「あの仮面の男……一体何者なんだ」

 

「結局、アルマをおびき寄せる為に私達を襲ってきたんでしょ? あんなヤツの為に私達が巻添えになったって考えると、何か腹が立つわ」

 

 ルシャナの考えに同意であったが、彼女と違ってウッディには何も言えなかった。

 自身すら守ることが出来ず、守ってもらうだけの自分が何を言えるだろうか。

 アルマの不敵な笑顔が脳裏に浮かぶ。悔しいが、無力な自分では反論が出来ない。

 

「なぁ、ルシャナ。僕でも必死になれば剣を扱えるようになるんだろうか」

 

「え?!」

 

 窓の外の風景をゆっくり眺めていたルシャナは、思わず声をあげて蚊帳の方を覗く。

 見ればウッディが製薬を止めて、こちらの答えが返ってくるのを待っていた。

 正直、どう答えればよいかに迷った。いきなり剣を振って上達するようなものではない。

 ウッディの口調から察するに、彼の意図は何となくは分かる。

 どう言えば、納得してもらえるか。何とか言葉を搾り出し、答えようと口を空けたその時だった。

 

「あー、ルシャナ先輩ズルいッス! ウッディ様を独り占めにしてたッスね!」

 

 突然の声と共に部屋に入ってきたのは壊れた蓄音機三号だった。

 ルシャナに詰め寄ってホンキで睨みつける。

 彼女は違うと手と表情で弁解するが、なかなか信じてもらえない。

 

「まったく、怪我の治療とか言って帰ってこないと思ったら! レイサさんがお怒りッスよ! 後は任せて早く部隊に戻るッス!」

 

「後は任せろって……」

 

「シャニーは任せるッス! 早く行ッス!」

 

 半ば強引にミリアに部屋を押し出され、ルシャナは仕方なく部隊へと戻っていく。

 それを確認すると、ミリアはウッディに何とも苦しげな顔で助けを求めだした。

 

「ウッディ様―、ウチ怪我をしちゃったんです。すごい疼くんです」

 

 聞きたい事を聞けぬまま、今度はミリアの相手をする羽目になるウッディであった。

 

 ◆

 早足で部隊へ帰るティト。もう皆支度を終え、自分の帰りを待っている頃だ。

 出発後の航路と天気を考えながら城の外へ出て、部隊と別れた場所に急ぐ。

 隊員達の姿を見つけ、お待たせ、と声をかけようとして目を疑った。

 部下達が皆、一点を見つめて瞬きもしない。その先を見れば、何と部下同士が私闘を行っているではないか。

 

「何をやっているの! 降りて来なさい!」

 

 戦っている二人を大声で呼び止めて引き摺リ下ろす。

 近くで改めて見てみると、アルマと対峙していた隊員は相当酷くやられていたようだ。

 周りの隊員にも数名、同じような者がいる。

 どうやらアルマ一人に何人もがコテンパンにされたらしい。

 

「これから出撃と言う時に何をやっているの!」

 

 様子を見ていることしか出来なかった隊員達から事情を聞く。

 それに連れ、これが単なる私闘などではなく、喧嘩であった事が明らかになっていく。

 アルマの加入によって、何かしらの波紋が生じる事は予想していたものの、まさかこんなに早くそれが訪れるとは。

 

「アルマ! さっき言ったばかりでしょう。何故勝手なことをするの」

 

「私は先輩の指示で槍をとったんです。あの状況で嫌ですとは、後輩としては言えなかったんですよ。決して自ら進んで行ったわけではありません」

 

 戦った先輩達も、アルマの実力を認めざるを得なかった。

 一人だけならまだしも、誰もアルマに参ったと言わせる事が出来なかったどころか、こちらが参ったと言わされたのだから。

 その悔しさと言ったら、言葉で言い表せるものではなかった。

 皆アルマから視線を切って下を向いてしまっている。

 

「まったく。騎士としての強さは槍術だけじゃないと、あれほど言っているのに。もう叙任何年目だと思っているの? もう少し騎士としての心を磨いてちょうだい。槍術なんかより余程重要よ」

 

 ティトに叱られ、皆は下を向くしかできない。アルマただ一人が、まるで他人事のように槍を磨いていた。

 叱るに叱れない。何せ先輩の指示に従えと命令したのが、他でも無い自分であったのだから。

 

(……流石に手強いわね。でも……)

 

 ティトは確かな手ごたえを感じていた。アルマが加入した事により、他の隊員たちの雰囲気が変わったのがもう分かったからだ。

 

 ────こんなヤツには負けられない

 

 この闘争心が良い方向へ向かってくれるように、今は見守り、願うしかない。

 

「さぁ、気持ちを切り替えて出発するわよ。ほら、服を着替えていらっしゃい」

 

 ◆

 エトルリアへの空路は、本格的な冬を前にした、高く青い空が何処までも続いている。

 何度も行き来するルートだし、事前に普段と変わり無い事を調べてあったから、何のトラブルもなく着々と目的地へと近づいていく。

 

「それにしてもあんた強いね。ベルンでも結構上位の部隊にいたの?」

 

 険悪なムードになるかと思われたが、部隊の中にはアルマの実力を認め、仲間として受け入れようとする者も少なからずいた。

 これから同じ部隊で仕事をしていくのだから、親しくなっておくことに越した事はない。

 そっけない奴という噂が広がっていたので懐くか不安だったが、そんな先輩の思惑とは裏腹にいろいろと口を開いてくる。

 

「いえ、特には。ベルンがイリアの見習い騎士を軍の中枢に置く訳が無いですから」

 

「じゃあベルン軍でどんな任務をこなしてたの?」

 

「雑用ですよ。別に騎士じゃなくても出来るような雑用です」

 

 先輩達は首をかしげた。

 団長の妹の腕が立つのは、エトルリア軍で転戦に転戦を重ねた激戦を戦い抜いてきたからだと理解はできる。

 だが、アルマは別に戦場に多く立ったと言う訳でも無いとはどういうことだ? 

 自分達より遥かに実力があるというのが理解できなかった。

 

「ただ、所属自体はマードックと言う将軍の直下部隊でしたから、戦略とかそう言う事は色々盗み聞き出来て収穫になりましたけどね」

 

「はぁ?! マードック??」

 

 マードックといえば、前ベルン王国にて三竜将と呼ばれた軍事幹部の中でも筆頭に当る人物。

 彼は外様と言えど、実力のある者なら対等に扱う人間だった。

 そんな人物に仕えていたとは、やはり何か人物として光る部分があったと言うのか。

 

 だが、イリア人にとって彼はそんな映り方はしない。

 マードックといえば、イリアを占領した憎きベルン軍の将軍に過ぎなかった。

 

「あ、あんたさ、敵国の将に仕えて何も思わなかったわけ?」

 

「別に。むしろ母国に腹が立ちましたよ」

 

 想定外の返事に、先輩はどう言葉を返せば良いか分からない。

 もし自分が同じ境遇であったのなら、まず見習い修行先を変えていただろう。

 母国を苦しめるような立場で修行など出来る訳がない。

 

「だってそうでしょう? あんな腐った国に侵略されても、抵抗と言えるような抵抗もろくに出来ずに占領されてしまうなんて。……それ以上に腐っていると言う事ですよ」

 

 イリアは戦わねば生きてはいけない国。

 侵略を受けた当時も、多くの騎士はエトルリアやベルンに雇われ、戦争に参加していた。

 当然、ベルンに雇われた騎士の中には、イリア侵略に加担する形となった者だっている。

 イリアの国を守るべき騎士が、イリアの外で戦いに参加している。

 国内に戻って来たかと思えば、あろうことか母国を滅ぼす側について戦いに参加する。国を支える金を得る為に。

 この矛盾が、アルマには許せなかった。

 

「敵国に雇われれば、母国を攻撃することが正当化されているんですよ。同志を殺すことが正とされているんですよ。イリア騎士の誓いとか言うヤツは。そんなおかしい事がありますか?」

 

「まぁ……そうなんだけど……」

 

 今までは騎士の誓いこそが自分達の拠り所と考えてきたが、具体例を出して矛盾を付かれるとおかしい気もしてくる。

 思わず納得してからはっとする先輩達。目の前でツンとした顔しているこの後輩は、自分たちと違って叙任式で誓いを口にしなかったことで波紋を呼んだ人物だ。

 自分たちは宣誓しているのだから、破天荒な後輩と一緒になってはおれない。

 今まで先頭を飛び、航路を導いてきたティトが話に加わった。

 

「確かに、それは今私達が抱えている一番の問題だわ。でも、信頼が無くては私達には仕事がない。イリアと敵対する国からの仕事を断っていたら、私達は食べていけない。そこはどう考えているのかしら」

 

 裏切りはタブーで、雇い主のいかなる命令にも従うその長年の姿が、今のイリア騎士への高い信頼を与えている。

 皆は、この若い騎士が難題へどう解答するのか興味津々だ。

 

「だから私は最初に宣誓したはずです。今の国をぶっ壊して、新たな国の基盤を作ると。今のイリアは国とは呼べませんから。修行に出る前からそう思っていましたが、ベルンを見てそれは確信に変わりました」

 

 先代が築き上げてきたイリアを否定して、新たなイリアを作ると今言ったのか? 

 あまりにも壮大で周りは苦笑いを浮かべるばかり。

 

「へぇ、すごい事考えてるね。これはすごい大物新人が入ってきてくれたよ」

 

 言葉とは裏腹に、誰もこの新人がそれを実現できるなどと思ってはいなかった。

 アルマ自身も周りの気持ちは分かっていた。だから、誰にも自分の心内を見せてこなかった。

 今でも自らの考えの核心は見せてはいない。そこまで話すのは、自らが認めた相手だけ。

 それに該当する人物は少なくとも、第一部隊の中にはいなかった。

 

「……新たなイリアを作る……ね」

 

 再び雑談に皆が戻る中、ティトだけが再び先頭に戻って独り言を漏らしていた。

 

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