ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前話のあらすじ

ティトはユーノを連れて、彼女を目当てに集まってきた人だかりから脱出を図る。
姉が提案したまさかの脱出ルートを経て、二人でイリアの山々を眺める。

彼女はユーノからいくつものアドバイスをもらい、自身の道が間違っていないと確信するのだった。


第5話 『閃電』の怒り

 曇天は我慢の限界を超えた。太陽が吹き飛び、風は彼のもたらした温もりを全て飲み込んで押し流す。

 やがて風は、万本の鋭槍をまとった冷たいカーテンとなってイリアを包み込んだ。

 その中を歩く二人の男が、傘を忘れたのか槍の全てを受けて歩いている。

 ところが、槍は彼らに突き刺さることなく、全てその目の前でかき消された。

 

「やれやれ、理の魔法は便利なものだな」

 

「このくらい朝飯前ですよ。ツマラないですけどね」

 

 彼らは例の黒ずくめの二人であった。

 葉巻を咥える紳士はいつもどおり黒の外套とソフトに身を包み、刀が雨に濡れないように外套の中へ包んで大事そうに運ぶ。

 

「おいおい、ミュートが濡れたら彼女が可哀相だろう。ツマラないなどと言わずによろしく頼むよ」

 

「マスターのお望みなら、仕方ありませんね」

 

 もう一人は、もちろんこの前シャニーたちを襲った仮面の男、ウェスカーだ。

 いつもどおりの笑顔で彼は頭上へ魔力を適当に集め、自分と主人の上に作った炎の壁で槍をかき消していた。

 雨は止むどころかどんどん激しくなってきて、槍は掻き消えるだけではなく悲鳴を残していくようになる。

 

「で、その傷は?」

 

 ソフトの端から斬り上げる視線は、ウェスカーの顔にできた傷を見逃さなかった。

 その傷の辺りを手で触るウェスカーの眼光は鋭く、いつもの笑顔が偽りかのようだ。

 

「いいえ、特に気にするほどではございません」

 

 この男なら、饒舌に話し始めるはずだ。ショーが上手く行ったのならば。それをこうしてはぐらかそうとするのは、決まって失敗した時だ。

 

「私は怪我の具合を聞いているのではない。不死身のお前に心配などせんよ」

 

 紳士の視線は移ることなく、まっすぐ彼の目を睨み付けている。

 ウェスカーは観念したのか、いつもどおりの笑顔に戻った。

 

「いえ、メインショーに移る前に少々遊びすぎましてね。人も集まってきて、ようやく楽しくなって来た所でしたのにね。残念な事に邪魔な奴が現れてしまったので。この傷は、そいつがつけた傷ですよ」

 

 ウェスカーが笑って何でも無い様に見せるが、紳士の目線は相変わらず鋭く、部下を睨み付けて離さない。

 しばらくそのままの状態で進み、彼らは道を外れて針葉樹林帯へ入り込んでいく。

 この鬱蒼とした樹林帯の中では槍も届かない。

 

「移らなかったのではなく、移れなかったのではないか?」

 

 いつまでも過ちを認めないとはずいぶんと彼らしくない。

 ついに核心を突く紳士の言葉にも、ウェスカーは表情を崩さなかった。

 

「いえいえ、なかなか()()()()くれなかったもので。あれで随分時間を割いてしまいました」

 

「ふっ、その傷をつけたのはそいつだろう。お前が思っている程簡単に倒せる相手では無かったと言う事だ。お前が撤退を余儀なくされる程に、周りが見えなくなってしまうとはな」

 

 紳士は、顔の傷を見ただけでウェスカーが相手を殺し損ねたという事が分かったようだ。

 予想通り、彼女はなかなか良く戦ったらしい。()()()()いない状態でも、ウェスカーを前に死者を出さなかっただけでも十分称賛に値する。

 おまけに、彼に傷まで残したとなれば、やはり握らせてみたくなる。この魔剣(ミュート)を。

 尤も、ウェスカーは認めたくないようで、もう一度顔の傷を手でなぞると、その傷めがけて火炎魔法を打ち込み炭とした。

 

「まあまあ、次やる時は手加減しませんので」

 

 彼の目元は笑っているが、そこには沸々と燃える怒りが燻っているのが分かる。

 不死身の体はどんどん再生していき、どんな傷もまるで無かったかの様に元に戻っていく。

 先ほどまで火傷を通り越して炭になっていた口元は、あっという間に肌色に戻って不気味に笑い出した。

 

「もう止めておけ。素顔を見られ無かっただけでも奇跡的なことだ。騎士団にはなかなか手練れがいるようだ。お前と戦った人間もそうだが、暗殺者もいるな」

 

 彼は、自分よりウェスカーの背が高いとは言え、その首筋に残る深い傷跡を見逃してはいない。

 これは、アサシンの使う暗殺剣特有の傷だ。例えその場で即死させることが出来なくとも、甚大な失血を伴い後遺症も大きい危険な闇の剣。

 

「下手な事をしてこちらの足元を嗅ぎ回れては困る。事は慎重に運べ。お前らしくないぞ」

 

 とうとう、上司からストップがかかった。こうなっては、ウェスカーも従う他は無い。

 もう少し楽しみたかったのに。彼は残念そうな顔をすると、軽く礼をした。

 自分の魔力を余すことなく使う事がなかなか出来ないので、たまには爆発させてみたいのだ。

 それを紳士は戒める。ただでさえウェスカーは失態を犯しているのだ。あの『滅蝕』(ウロボロス)に血を呑まれるという想定外の失態を。

 

「いいか、分かったか?」

 

 これ以上の失態は計画に影響しかねない。復唱を命じて、爆発しそうな溶岩をあっさり冷気で封じ込んでしまった。

 

(こいつをここまで追い詰めるとはな。なかなかやるではないか)

 

 賛辞を贈りながら新たな葉巻をくわえると、ウェスカーが今日は魔法ではなくちゃんとマッチを使ってくれた。

 だが、未だ気付かぬ者に花を持たせてそのままでいる訳には行くまい。

 彼は一服し、煙を吐き出すとその煙の行方きっと見据えた。

 

「いいかウェスカー。我々は、この世界の史実に残ってはいかんのだ」

 

 闇のうちに仕事を終えて、闇に消えなければならない。

 この世界の者しか、この世界の歴史に触れてはならない。それが組織の掟。

 その仕事を果たすには、ウェスカーのあまりに純粋な魔力は目立ちすぎてしまう。

 雷の精霊トォルの加護を受けたこの『閃電』の魔人の放つ螺旋の稲妻(トールハンマー)は。

 

「お前がその雷撃を使って良いのは、あくまで任務に対して必要性が有る時だけだ。それ以外で使う事は許さん。それが理解出来ないのであれば、お前とて私は容赦できないのだ。分かってくれ」

 

 主の言葉をソフトをかぶり直してうなずく。彼を怒らせると、いくら不死身でもどうなってしまうか分からない事は経験済み。

 笑顔から、彼は狡猾そうな細い目を光らせる。

 

「おぉ……恐ろしい。それだけはご勘弁を。ですがマスターのお話から察するに、私を戦わせたのは作戦上必要であったという事ですね」

 

「そういうことだ」

 

「ふふ、じゃあ私は十分勤めを果たせたわけですね。……相手の戦力を確認できましたし、何よりも、アイツが騎士団に在籍しているという事を確認できましたから」

 

 むやみに雷撃を浴びせる事は、絶対に紳士から許可が降りない。その紳士が渋々ながらも、雷を操る事を許したのだ。

 最初から理由があることに気付いていたし、使命は果たしたつもりだ。

 

「それだけ聞ければ十分だ。よくやった。()()()()ことは想定外だったがな」

 

 この情報が、紳士は欲しくてたまらなかった。

 戦闘自体は無駄ではあったがターゲットをおびき寄せることができ、標的を斬る剣までも目途がつくとは。

 とにかく、これで次の行動へ移ることができる。

 

「ウェスカー。そろそろ次のステップに移ろう。だが、再度忠告しておく。我々は表に出てはいけないのだ。それだけは気をつけてくれ」

 

「具体的にはどうすれば?」

 

 いつの間にか、ウェスカーの顔に笑顔はなくなっていた。

 背筋に寒気が走る、まるで妖弧のような細い眼つきで主からの指示を待つ。

 そんな寒気すらも凍り付かせてしまう様な、斬れそうな程に冷たく光る瞳が下からウェスカーを見上げた。

 何もかもを経験し、全てを悟ったかの様に落ち着き払う眼は、熱く煮えるウェスカーの赤い眼光をも凍らせる。

 

「最終目的は、()()()の息の根を止める事だ」

 

 ゴールは当初から変更はない。ターゲットを亡き者とすること。

 しばらく妖弧のような目を更に細めて笑顔を保っていたが、その眼から再び紅蓮の炎がギラギラと姿を現す。

 

「で、その方法は?」

 

 ウェスカーから催促をした。いつもはないことだ。

 どうしても、自分の雷で焼殺したいようである。殺意が彼の眼から轟々と滾っている。

 もちろん、紳士としてはそれを許すわけには行かない。

 自分達は、史実に残ってはいけない。これも使命のうちのひとつ。

 

「我々は、直接斬らずとも良い。ただ、その背中を押してやれば良いのだ」

 

「それはつまり……」

 

「我々が直接手を下す事は無いと思え。そう言う事だ」

 

 ウェスカーが残念そうな顔をしたことは言うまでも無いだろう。

 紳士の命令は絶対であり、それが自らに課せられた任務を果たす為に必要な事であるならば致し方がない。

 

「御意」

 

 彼は主に向かって頭を深々と下げる。その眼つきはいつもどおりの笑顔に戻っていて紳士を安心させたが、それでも、ウェスカーは諦めていなかった。

 任務に対してはマスターに従うつもりである。とは言え、傷をつけた者には相応の罰が必要だ。

 

「……それでは収まりません。燃え尽きる最後の輝きこそが最高に美しいショーとなるのです」

 

 今は、目的のため動くことになろう。だが、時が来れば必ず……。

 復讐の魔人はその赤く煮える細く蛇のような眼で遠くに見える城を睨むのだった。

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