ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
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ベルン動乱を生き残った天馬騎士ティトは、各地に散らばった天馬騎士を訪ねて天馬騎士団を再興し、『伝説』の天馬騎士ユーノの助言もあり初代団長に就任する。
これを古参騎士のイドゥヴァは不服を覚えるも静観を決めることとする。
ティトは今年入団の新人たちを傭兵としてだけで終わらせてはならないとの自身の方針から、新人部隊である第十八部隊の部隊長に歴戦の天馬騎士ではなくアサシンとして酸いも甘いも知る前団長シグーネの妹レイサを就ける。
ベルン動乱で八英雄とまで称されるほどの活躍をしたシャニーは自身の功績から上位部隊への配属は間違いないと踏んでいたが、まさかの十八部隊への配属となり愕然とする。
―貴女が今他国に行って売ることが出来るのは、イリアの恥だけ―
姉である団長のティトに食い下がるも強烈な言葉を浴びせられてしまう。
十八部隊には同じくベルン動乱を生き残り、新人代表として実績の申し分ないはずの紅蓮の騎士アルマもいた。
レイサはシャニーを呼びつけて暗殺剣で斬りかかり囁いた。
イリアを変えたいのなら、この部隊でしか得られないものを得ろ、と。
思わぬ洗礼を受ける形で、天馬騎士団での生活が始まるのだった。
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第1話 青空と闇夜(1)
翌日からも、レイサからは本当に基本的な事柄しか教えられなかった。
天馬騎士として重要視されるであろう、槍術や騎乗術などは一切教えてくれない。シャニーやアルマにとっては、あくびが出るほどに暇な時間。
いつからかアルマはレイサの指示を無視して、ひとり黙々と稽古するようになっていた。
シャニーもそうしたかったのだが、横で他の隊員が必死な目で稽古しているのを見ると、どうしてもそれを実行に移せなかった。
とてつもなく時間が長く感じる。
ようやく部隊長の指示から解放されたと思えば、後は精鋭部隊の訓練風景でも見て独学しろとのこと。……無責任だ。誰もがそう思った。
シャニーは配布された修練用の剣を取り出すと、一人で黙々と振った。
誰かとペアで稽古したほうが確実に良いのだが、槍を持つことすら初めての隊員たちと稽古をしても彼女達に迷惑をかけるだけだろう。
姉は……こんな部隊で何を学べというのだろうか。
「へぇ、昨日の受け方でそうかなとは思ってたけど、あんた剣使いなんだ。騎士のクセに珍しいね」
後ろからの不意の声に振り向くとレイサがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
(またか……)
どこに行っても、剣を主戦武器として扱う姿を見た者は同じような反応だった。
天馬騎士なら槍を使えと指示された事だってある。
何か師匠までをもバカにされた気がしてその都度反論してきたが、今はそれよりも気配を感じさせることもなく,自分の背後に回りこんできた事への驚きのほうが勝った。
昨日のあの剣術といい侮れない。
「あたしに何か用ですか? 部隊長」
「んー。剣なら私でも少しは扱えるから見てただけ。あんた、それ我流? 結構いい太刀筋してるからさ。ついつい見とれちゃってたのさ」
褒められてついつい口元が緩み、自分の剣はちゃんと師匠がいて学んだものだということを説明した。
(ディークさん、今何処で何をしているのだろう。やっぱり戦場で剣を振るっているのかな)
同じ傭兵なのに、自分はこんな戦場にも出してもらえない部隊で一人稽古している。
何か師匠に申し訳が立たなかった。
「へぇ、ディークか。私は知らない名前だ。あんたの剣は、人を護れるいい剣だ。あんたの師匠も、きっと護りたいものがあったんだろうね。強いだけじゃないよ、その剣は」
レイサから放たれた言葉にシャニーは戸惑った。
(人を護れる剣? 護りたいもの?)
確かにディークは強かったし、何度も助けてもらった。
(強い剣に人を護れるも護れないもあるの?? 強ければ人を守れるじゃん?)
「でも、あんたが使っても、その剣術はモノにならないんじゃないの?」
その疑問を軽く吹き飛ばして余りある、いきなり実力を否定する声。
相手が部隊長とは言っても、今まで不満が溜まっていたせいか怒りが爆発する。
何も教えてくれないくせに、批判だけは一人前にする部隊長など。
「いくら部隊長でも、そこまで言われる謂れはありません!」
「……あんた、人を殺せる剣技、知りたい?」
彼女の怒りを軽く別の方向へ流し、レイサは彼女に話を振った。
どんな反応が返ってくるかと思っていたら意外なことを言うのでシャニーの目が揺れる。
────面白いじゃないか
目がそう伝えてくる。何も教えてくれない部隊長が、剣を教えてやると言ったのだ。
怒りは驚きの中に飲まれ、興味本位で彼女について行く。
◆
「いいかい? 今教えたのが、私たちアサシンの使う剣技、瞬殺術さ」
教えられた剣技に寒気を感じる。この剣は、自分の知っている剣とは全く違う。何が違うのかはよく分からないが。シャニーが戸惑っている様子をレイサはしばらく見下ろしていた。
「どうした? 強い剣を教えてやったんだよ? ちったあお礼ぐらい言ったらどうなのよ?」
「うん……。でも、あたしの剣とは大分違うものだし……」
「違わないよ、全然。ま、同じ剣でも、あんたじゃなくて師匠が使ってれば、違うのだろうけどね」
意味がサッパリつかめない。シャニーにはレイサが何を考えているかよく分からなかった。
大抵の人は、大体考えている事が表情から予測できるし、話を聞いていれば何を求めているかも分かる。
だが、この人は飄々としていて、本当につかみどころが無い。手強い……シャニーはそう感じていた。
「あんたの剣は、傭兵として人を殺せる剣だ。強いよ。でも、ただそれだけじゃん」
「……部隊長、何を言いたいんですか?」
「剣を振るのに、もう少し思慮を伴えって言ってるの」
(自分が思慮の欠けた剣を振っている? そんなはずない)
反射的に心の中でレイサの言葉を否定する。
ディークからその事を徹底的に叩き込まれた。相手の隙を、急所を、周りの状況を良く考えて戦えと。
シャニーの表情に曇りが生じ、自分の言ったことが理解されていない事を察したレイサは問いかけを続ける。
「分からない? あんたは、何の為に剣を振っているの?」
「何の為って……」
「それを考えて無いんなら、思慮が伴っているとは言わないよ。思慮の伴わない剣なんて、私らの使う暗殺術と変わんないね。人を殺せる。ただ、それだけさ。師匠が悲しむよ?」
そこまで言われてやっと分かった。今の自分と変わらないもの。だけど、使っている剣技がそれは違うと教えてくれるもの。
もう一度考えてみる。何の為に剣を振るい、何の為に血を流すのか。
「そりゃ、国の為です」
「国のため? そのために、あんたは何をするのさ。傭兵として人殺しをする? それだけ? あんたは騎士なのか傭兵なのかどっちだ?」
この人に最後まで言わせたら何か悔しい。馬鹿にするこの人をなんとかぎゃふんと言わせてやりたい。
シャニーは質問せずによく考えてみる。
自分が教わったものは、人を護ることができる剣。
でも、自分達の仕事は傭兵に出て報酬を貰う事。剣術も、その手段に過ぎない。……はずだった。
「部隊長、分かったよ。手段と目的を取り間違えていたみたい」
レイサはふぅっと笑って、シャニーの頭を撫でてやった。
「私たちアサシンは命令を受けてターゲットを殺す。それだけだ。でも、あんた達は違う。傭兵に出て、報酬を貰って……更にその先がある。あんた達の使命は、戦うことじゃない」
傭兵に出るのは、それしか民を養う術が無いからだ。戦う事はその手段でしかない。
戦って、報酬を得て、民を養い、守る。戦いさえ上手くこなせれば一流ではない。
ディークの『護りたかった』ものは結局彼女にはよく分からないままだが、自分の『護らなければならないもの』は……イリアの民であると。それをはっきりと頭に焼き付けて深くうなずいた。
────己の剣は全て民のためにあれ
ぱっと答えられなくて悔しかった。これが、思慮が無かったということなのか。
「うん、ありがとう。あたし、よく分かった」
「ま、そんな簡単に答えを出さなくていいんじゃないの? じっくり考えたらいいよ。考えて考えて、悩んでもがいて、そんで身の振り方を決めれば。考える時間は一杯あるんだから、この部隊にいる間はさ」
意外とあっさり分かったと言ってくれたようだが、頭で考えることと実際に動くことが出来るかは別の話。
行動を伴わなければ想像力など何も意味はないのだから。
警告したのに「大丈夫!」と元気よく返ってくる言葉がそれを物語る。
何か途方もない話をされた気がするが、シャニーはここに長居をするつもりなど全くなかった。
「でもさ、あたしは部隊長にも、誰かを守るためにその剣術を使って欲しいな」
「なぁに一人前なこと言ってんのさ。私はカッパライと逃げること専門の嫌われ者さ」
「でも、なんかあの剣技使ってるとき、部隊長悲しそうだよ? ホントは使いたくないんじゃないの?」
先が思いやられると額に手を当てていると、不意を突かれるような言葉をかけられた。
レイサにとって、表情を隠さないシャニーほど考えてることを読みやすい相手もいない。
だがまさかその子に自分の心を読まれるなんて。
(この子は……気のせいか。でも……)
レイサは何か胸を刺された様な感触に陥った。
「あたしは部隊長のこと、嫌いじゃないよ。色々教えようとしてくれてるって分かったから。誤解しててごめんなさい」
とどめを刺すかのように人懐っこい笑顔を見せてきた。さっきまでお節介される筋合いは無いとか言っていたのに。
でも、レイサには何かグサッとくるものがあった。
心へ何のためらいもなく入り込んできて、自分の失ったものを再び呼び覚まそうとノックしてくる。
盗賊として人を悲しませ、アサシンとして闇のうちに人を葬って家族を泣かせる。
そんな自分を、嫌いじゃないと言ってくれる人物が、亡くなった姉以外に居る。
自分でも驚くくらい、何か涙が溢れてきた。
「……ありがとう……」
「えぇ?! うわ、ちょっと、泣かないでよ!」
自分を愛し、育ててくれた姉は既にこの世に居ない。
自分を愛してくれる者は誰も居なくなった。そう感じていた矢先。
自分を愛してくれる人が居る事が、どんなに幸せな事なのか、失ってみて初めて気付いた。
「あんた、青空みたいな子だね」
「? それほどでも~」
また唐突に訳の分からない事を言われてきょとんとするシャニーは、とりあえずお決まりの台詞だけは言っておく。
(いいんだよ、分からなくても)
雨上がりの混沌とした白の如く、失って、空っぽになって、色を無くしてしまった者へ、新たな色を再びつけることが出来る者。
だからこそ、余計に思慮を伴わない剣を振るって欲しくなかった。
染め方を間違えれば大変なことになる。染める者が間違っていては、染められた側が正しい道を歩む事は無い。
傭兵と言うだけなら、それでもいい。
だが、託されたのだ。新人を傭兵としてだけで終わらすな、と。
だから、シャニーが正しく染められるように、自分は助けてやらなければならない。
それが、自分なりのイリア民を『護る』ということだ。レイサは決意する。
「よーし、じゃあみんなのところに戻ろうか」
「うん、了解、部隊長」
「部隊長とかさ、ガラじゃないから、名前で呼んでいいよ」
「え、でも他の部隊ではみんなそう呼んでるし」
シャニーには、この会話がどこかで聞き覚えのあるような気がして仕方がなかった。
「いいのいいの。レイサさんでいいよ。それよりさ、あんたはみんなに天馬の乗り方教えてきて」
「はーい」
今まで見せてくれなかった天真爛漫な顔で、青髪を揺らしながら駆けていく。
やっぱり若いって良い。レイサはそう感じていた。自分も昔はああいう風であったものだ。
シャニーが他の隊員のところに到着すると、化学反応でも起きたかのように空気が変わっていく様子がこちらから見ても分かった。
「きっと良い色に染めてあげてよ。私には何も教えてあげられないけどさ。さて……、次はあの子だな」
◆
レイサは向きを変えて部隊とは反対の方向へ歩き出した。
城壁に沿って曲がった先の誰もいないはずの場所には、部隊とは離れ独り黙々と手槍の稽古をするアルマの姿があった。
「みんなと別行動するっていうのは、感心しないね」
レイサが声をあげる前に、アルマは彼女の存在に気付いていたようだった。
だが、それでも振り向くこともなく、ひたすら手槍の稽古をしている。
本当に無口な人間。話しかけても返事どころか応答もしない。
「私は部隊長として聞いているんだよ? 部下なら答えなよ」
そこまで言われてようやく手槍を握る手が緩んだかと思うと、アルマは鋭く睥睨してきただけ。
「あんな子供遊びに付き合っていても、時間の無駄だからです」
彼女は休めていた手を再び動かし、手槍を放る。
その槍は放物線を描いて、向こうの的の枠内でも中心付近へ見事に突き刺さっていた。
────レベルが違うんだよ
そう、彼女の背は主張していた。
「でもね、そんな事してると仲間から浮くよ?」
レイサの言葉に、アルマは再び手を止めて、今度は体も彼女の方を向けた。
「浮いたら、何か問題でも?」
呆れたようにレイサは大きく息を吐き出した。
(これまた変わった子が入って来たもんだ)
こういう人間はたまにいるが、自信満々のまま戦場に出て行ってたいてい早死にする。
レイサの対応をする時間も惜しいと言わんばかりに、手槍を投げて背を向けたままアルマは喋っている。
「同胞とは言え私たちは傭兵。仲間同士で殺し合いをしなくてはいけない時だってある。そのときに、下手な仲間意識なんて邪魔にしかなりませんよ。そんな下らない感情に付き合っていられるほど暇じゃないし、興味もありません」
「新人のクセによく言うじゃないの」
「これは、大変なご無礼をお許しください」
感心するような、呆れるようなレイサにアルマは一礼する。
一筋縄では行きそうに無い。こいつの心は読めない。シャニーとは全くの正反対だ。
自分というものを絶対に見せてはこない。心の表面が漆黒に塗られているかのようだ。
「じゃああんたは……共同生活を強いられる天馬騎士団に、何故入ったの?」
「もちろん、天馬騎士団のトップに立つ為です。イリアを変える為にね」
冗談で入団当初に団長になりたいと宣言する者は居ても、団長になるために天馬騎士団に入団したなどと言った新人は初めてだった。
精鋭部隊の人間をも凌駕するほどの実力に、この性格。間違いなく、権力の階段を彼女は上っていくだろう。
力のある者が、人の上に立つ。騎士団では当たり前のことだ。
シャニーもイリアを変えたいと言っていたが、その理由も考え方も明らかに違う。
レイサにはティトが何故、この全く正反対の性格の人間を新人部隊に仲良く入隊させたのか、分かった気がした。
(団長……あんたも良くやるね。下手をすれば、どちらかが潰れてしまうかもしれないのに。それを潰れないようにしろってことか、私の仕事というのは)
予想以上の難題に息が詰まる。今は一旦退くしかないか。
「そうか、なら何も言わないよ。でもね」
レイサは背を向けて部隊の方へ帰る途中で、背を向けたままアルマに話しかけた。
「親友は作っておいたほうがいいよ。慢心と孤独は隙を生む。私はアサシンだ。正直、あんたともう一人の経験者の子。どっちが暗殺しやすいかって聞かれたら間違いなくあんたを選ぶよ」
アルマは無言で再び手槍の稽古をし始めた。
レイサは感じていた。アルマは、シャニーと何処までも正反対だと。
シャニーが青空なら、アルマは何者にも染まらない闇夜か。
そこに優劣はなく、イリアを変えていくにはなくてはならない人物だとも感じていた。
染める者と、染まらない者。調和と制圧。
どちらもなくてはならない、同じ志を持つこの二人をなんとか融合させる方法は無いか。
レイサは他の隊員に囲まれるシャニーを見ながら悩んでいた。
しかし、そんな心配をする必要はなかった。自分に無いものへ人は羨望の眼差しを送り、全部欲しいと囁く。そう、磁石の両極が引き合うように。