ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:右利きのサウスポー
『閃電』の魔術師ウェスカーとの死闘で意識を失っていたシャニーが目を覚ます。
彼女は見舞いに来たユーノへ、自分の身に起きた事を話して啾啾と涙を流した。
死を前にして抜いた魔剣を、抑えるのではなく活かせと言うユーノの言葉に驚きながらも、初代天馬騎士団団長も用いたとされる力と逃げずに向き合おうとシャニーは顔を上げたのだった。
『伝説』の天馬騎士と称されて今なお信望篤い姉ユーノの存在感に憧れながらも、周りを取り巻く状況にティトは不安を隠せずにいた。
反団長派閥のトップ、副団長イドゥヴァが騎士団内の不協和音となり、聖天騎士団のフェリーズとの密会も目撃してしまった。
何か良くないことが起きようとしている……その気持ちがどんどん膨らむのだった。
騎士団外では謎の組織に与する紳士とウェスカーが情報共有を行い、次のステップへ進んでいく。
紳士はシャニーへ興味を持ち、背中をどれだけ押すか図り始めていた。
彼女の手に、いつ自身の持つ
第1話 瓦礫の勇者
今にも雲が落ちてきそうな低い空がカルラエの城下町を包む。こんな天気ではいくら昼間の市場と言えど人通りは少ない。
「おばちゃん! おかわり!」
そんな重い雲ですら吹き飛んでしまいそうに元気な声が向こうから響いてくる。そこには、店の軒先で顔中に笑顔を浮かべて揚げパンを頬張るシャニーが居た。
「はいはい、ホント好きだね。でもあんまり食べると太るよ。天馬乗りは体重制限あるんだろ?」
昔からこの市場で惣菜屋を開いているおばさんは、うろうろと歩き回りながらパンに食いつくシャニーへ、今揚がったばかりでパチパチと表面が爆ぜるうまそうなパンを紙に包んで渡してやる。
警告を聞き流すかのように彼女は食べながらパンを受け取ってふらふら。もう片方の手に持ったかじりかけのパンを口へと運びだした。
この味は、幼い頃から慣れ親しんだ味。おばさんがお姉さんの頃から知り合いだ。
「いいのいいの! 何週間も食べてないんだもの。ちょっとぐらい食べ過ぎたってバチ当たんないよ」
いつもの元気の塊が帰ってきて、静かな店がふいに騒がしい。
包帯だらけの体を見た時は肝っ玉のおばちゃんも流石に心配して見せたが、ここまで元気な顔を見せられては、彼女でなくとも心配して損をしたと思うだろう。
そんな穏やかな時の中、ずっとそわそわして落ち着かない人物が居た。
「ねえ、あんたヤバいって! こんな所見つかったら大目玉じゃ済まないって!」
シャニーがうろうろと歩き回る度に、セラは空や周りをきょろきょろと見渡す。
彼女が気が気ではないのも無理はない。脱走先でうまくセラを捕まえたシャニーは、任務時間中にも係わらず彼女を町まで連れてきていた。
何せ動けるようにはなったものの、天馬を扱えるような健全体ではないから、悪友の操る天馬に乗って城下町まで来たのだった。
「大丈夫だって! こんな時間には十八部隊以外に来る部隊なんていないよ。あたし、いつもここに来てるから知ってるもん」
「そう言う問題じゃないじゃん! あんた、剣を修理したいって言うからわざわざエデッサまで連れて行ってやったのに、何やってんのさ!」
セラはシャニーにとって悪友とは言っても、仕事中にさぼるなんてした事はない。
今回だって、前の戦いでぼろぼろになった愛用の剣を修理したいと言うから、シャニーのお気に入りがあるエデッサまで連れていったのに。
「あんた……いっつもここに来てサボってんの? 部隊長があれじゃ副将もこんなんか」
それを口にした途端だった。今までご機嫌だったシャニーの顔が変わったのがセラには分かった。
彼女はセラに近寄ると、その口にもらったパンを突っ込んだ。
「あぢぢぢぢっ!」
「レイサさんの悪口を言うとこうだぞ。あの人はサボってるわけじゃない」
シャニーの言葉に一瞬ドキッとしたが、セラはなんとかパンを口から離すとシャニーの口に突っ込んでやった。
ちょっとだけ目を白黒させたかと思うと、嬉しそうにパンを頬張りだす悪友。この顔を見ると、何か怒る気が失せてくる。
「はあ。じゃあ、あんたは何やってんのさ。怪我をしてようが副将は副将でしょうに」
「剣を修理に来たついでじゃない。ここに来たらコレを食べないと来た意味が無いもん。セラだって好きでしょ? そんな所できょろきょろしてないで食べれば良いじゃない。息抜きも大事だって!」
いつも息抜きしているのではないか……と言う疑問は口に出さないでおく事にする。
シャニーの言う通り、この店には自分達が子供の頃からずっとお世話になってきた。
安くて早くて、そしてウマい。あの頃の、そして今の自分達にとって、下町ならではの素朴な贅沢だ。
少し位良いか……。第二部隊から第五部隊に異動した途端、忙しい毎日を送るようになったセラも、親友が旨そうに好物を食べる姿には勝てなかった。
「ったく。それ食べたらもう帰るよ。あんたの所の部隊長は油売ってても許してくれるかも知れないけど、私のとこの部隊長はそうは行かないからね。ホント自由で良いよね、十八部隊はさ」
愚痴を垂れながら、おばさんからパンをもらう。昔から本当に変わらない二人だ。
違う事と言えば、着ている服が一般着から騎士団の紋章の入った軍服へ、そしてシャニーが腰に差しているのが木の棒から真剣に変わったぐらい。
二人が悪さをすれば叱ったし、泣けば慰めてやった。
「おばちゃん、コイツが油売ってたら叱ってやってよ? いっつもココに来てんでしょ?」
「はいはい、そうだねえ、いっつも来てるね。アンタ、ここだけじゃなくて、ちゃんと隅々まで回ってんだろうね?」
「もっちろん! ちゃんとやってるよ! それが仕事だもん」
突然おばちゃんに怖い顔をされるが、即答するシャニーの顔はいつも通りの笑顔。
おばちゃんを怒らせると怖いのは、今までの経験から嫌というほど知っている。
「ああ、ちゃんと自治任務で来てるんだ」
意外だと言わんばかりの悪友の顔に、シャニーは威張って見せた。
「あったりまえよ。あたしがそうサボってばかりの人間に見える?」
親友から返ってきたのは、もの言いたげな無言の返事。そんな風に見られているなんて残念でならないと言わんばかりに額に手をやる。
「ははは、ここらでこの子を知らない人は居ないんじゃない? それぐらい、いっつもぶらついてるよ。よっぽど暇なんだね」
「全くだよ。十八部隊は羨ましいよ」
二人の言い草に、シャニーが怒ったのは言うまでもない。
◆◆◆
イドゥヴァを連れ、急いで騎士団へ向かう。
向こうの空は暗い。雨も少しぱらつき始めている。急がなければずぶ濡れだ。
だが、ティトにとっては、そんな事よりも心が重くなるようなことばかりであった。
特に最近は良い情報がどんどん消えていく。
もとより壊滅状態からの復活である為に資金繰りは苦しく、復興は遅れ他騎士団の視線は厳しくなる一方。
そして頼みの内部からも不協和音が広まる。
その代表が横を飛ぶ人物。彼女の影響力を団長ですら無視できない。
彼女の派閥に反対される事で、どれだけの案が日の目を見ることなく、机へ封印される事となったろう。
例え国の為であろうと、自分に痛みを伴うものについては、なかなか首を縦に振らない。資金繰りよりも、それこそが復興を遅らせる大きな要因だった。
案はあっても決定事項とならないまま時間ばかりが過ぎていく。その間に騎士たちは国内の復興よりも国外への遠征ばかりに気を取られる。悪循環だ。
「団長、我々第二部隊は午後、デルダムにて街道復興事業を警備する予定でしたが、得意先の呼び出しがあり急遽外征する事となりましたので、その任については別部隊の配置をお願いします」
早速これだ。イドゥヴァは復興関係の内部任務があると、必ずと言って良い程このような理由で外へ出てしまう。
もちろん得意先の命とあれば断るわけには行かない為、ティトも承諾せざるを得ない。
こうなると他の部隊との調整に追われる事となり、余計なミーティングに時間を費やし、一向に本来やるべき事が進んで行かない。
「ええ、得意先の依頼なら仕方ないわね。でも、もう少し国の中の事にも積極的に部隊を向けてください」
「仕方ないじゃないですか。それに、外で仕事を取れる部隊は外で仕事をするべきだと思います。国の中の事まではやっていられません。それこそ、先ほどフェリーズ卿も仰っていた様に、十八部隊の様な下位部隊を差し向ければ良いと思うのです。警備の任務であれば、経験も何も必要ないのですし」
稼ぎにならない仕事、傭兵ランクを下げるような仕事は一切しない。明言せずとも行動がはっきりそう言っている。
国外の仕事は国内のそれより優れた者がすること。こんな風潮を垂れ流す重鎮に思わず口調もきつくなる。
「それは違うわ。国内案件だからこそ、私達が率先してやらなければいけないのよ。人々を置き去りにしては意味がないわ」
意見は平行線を辿るばかり。いつもの事なのだが、どうしてこうなってしまうのだろう。
ティトにとっては、外で仕事を取ることよりもまず国内の情勢。ことのほか失ってしまった信頼関係を取り戻す事を優先したかった。
だが、イドゥヴァにとっての肝要は、まず仕事を取って資金を蓄え、復興を推し進める事にある。
「団長、もっと現実を見てください。月々の収支を団長だってご存知でない訳が無いでしょう。我々稼ぎ頭が稼がないでどうするのですか」
「分かっているわ。でも、たまには顔を出して住民とコミュニケーションを取る事だって大事だと思うわ。何の為に、私達が外へ出てお金を稼ぎに回るのかを考えれば、それは執って然るべき行動であるはずよ」
だからそんな事は下位部隊にさせておけば良い。喉まで出掛かっている言葉をイドゥヴァは飲み込んだ。言ったところで納得する相手ではない。
団長がなんと言おうと、自分のやり方を変えるつもりは無いので、言い争った所でイライラするだけ。
「とにかく、今回はムリです。それより、先ほどのフェリーズ卿のお話に戻りますが、騎士団間の話を団長へ全て通さなければ進められないのでは、実務的に考えて不便すぎます。規程を改訂されてはいかがです?」
「ダメよ。そんな事を許したら何がどうなっているのか分からないじゃない。そんな管理できない状態を許すような規程は設けられないわ。あまり顔が利くからと言って、勝手に色々と取り決めをされては困ります。天馬騎士団としての決裁者は、団長である私だけです」
これが、ティトにできる最大限の警告。それはこの事だけに限らず、さまざまな事であまり勝手な行動をとるなという事。
(団長……力も継承していないのに何が団長か)
面白くない事この上ない。勝手な事をするなと注意された挙句、年下の小娘に自分よりも強い権限がある事を主張され、否定できないのだから。
「そんな効率の悪い事をしているから、復興が遅れるのですよ。何故分かってただけないのですか」
それっきり、城へ向かう二人には会話がない。
ティトはイドゥヴァが自分に対抗心を持っていることを悟っていた為、何か企んでいると疑っていた。
実際にそうかもしれないのだが、その疑心から彼女の意見に対してことごとく心を塞いでしまっている。
いけない事とは分かっていても、認めてしまえば何が起こるか分からない不安。 それがイドゥヴァの対抗心を更に増長させて、悪循環を引き起こしている。
今のティトの周りには、こう言った悪い事だらけだ。
そしてつい最近では、イドゥヴァの右腕だったアルマが第一部隊に入隊してきた。頭が痛い限りである。
副将のソランをはじめとして、第一部隊は信頼の置ける者ばかりだ。
だが、もっと信用の置ける人物を増やしたかった。自分の直属の配下にすら、その心が余り分からない人物が入ってきた以上、一枚岩といえるか疑問な状況。
自然と頭の中は再び人事を思い巡らす。
(やっぱり……)
あの時、人選を悩んで悩んで判断を急ぐべきでないと決定しなかった事を再び迷いだした。
不安な状況で、彼女にあの時の様な選択肢は無くなっていた。もっと……自分の周りを固める部下が欲しい。
そんな時、ティトの目に何か映ってはいけないものが映った気がして天馬を止めた。
「団長、いかがされたのですか」
「いえ……。先に帰城してください。すぐ追いかけますから」
ティトはそう言い残すと、天馬をどんどん降下させていく。
イドゥヴァは追いかける事もなく、そのまま城を目指して再び天馬を駆る。
「団長の成り損ない……。しかし、住民にはあれを慕う者も多いし、ユーノ様もどうやら実の妹がかわいいようだし。どうしたものか……」
午後からの出撃内容を確認しながらも、イドゥヴァの頭を巡るのは目の上のこぶをいかにして排除するかに終始していた。
自分の考えと事あるごとに対抗する、あの生意気な団長が一番の障害。次はあの青髪。
姉妹揃って、いや……親子ともども、どこまで邪魔をしてくれれば気が済むのか。
今回のフェリーズとの密会の件で一層その気持ちは強まる。
せっかく彼と親しい仲にあって協力的な状況でも、団長の存在がそれを台無しにしてしまった。
取れる仕事も取れなくなってしまうかもしれない。
その苛立ちが、握る手綱をさらに強く握らせ天馬に伝わっていた。
◆◆◆
シャニーはその場にいる時間を惜しむかの様に、ゆっくりと揚げパンを口へと運ぶ。
ゆっくりと周りを見渡す。もう随分長い間ここへ来ていない気分になる。
自分の来なかった間に、何も無かっただろうか。今一度、さっきよりゆっくり周りを見渡すが、いつもどおりの風景しか映らない。
どうやら何も起きていないらしく、ニコニコと口に運ぶパンが一層美味しく感じる。
一方のセラは、ポシェットから時計を取り出した。
ここに着てからもう30分にはなる。自分だって無断で部隊から抜け出してきているのに、もうこれ以上はここに居られない。
「ちょっと! シャニーもう帰るよ!」
セラがいつまでも油を売るシャニーの腕を掴み、シャニーが焦って残り半分のパンをかじりかけた、その時だった。
向こうから突然に男の叫び声が響く。シャニーはパンを頬張ると、残ったパンをおばちゃんに渡した。
「帰ってきたら食べるから置いといて!」
「あ、シャニー!」
セラは走り出す悪友を追いかけるが、途中まで走って天馬の所まで戻った。
彼女は槍を彼から取ると、シャニーの走って行ったほうまで天馬を飛ばしてすぐに急ブレーキをかける。
眼下ではシャニーが男と対峙していた。
(大丈夫なのか……あいつ、剣は確か今……)
「ゲベル! その人から離れろ!」
商人と思しき男を押し倒して襲おうとしていた青年は、聞き慣れた嫌な声にびっくりして声の主を探す。
その間に、商人は荷物を拾い上げると急いで逃げていった。
「げ……、またてめぇかよ。しばらく見ないからくたばったと思ってたのに」
ベルン動乱は、貧しい者から家や食べるものを奪った。
もとより貧しいイリアでは、親を失った子供はこうして街の隅に不良街を形成する。
悪態をついている青年は、シャニーより二つぐらい年上のカルラエに巣くう不良の一人。
今やっているように、シャニーにちょっかいを出そうとして痛い目を見て以来、運が悪い事に何かする度に彼女に見つかって追い回されている。
今回もこうして、悪さをしようとしている所に見つかってしまった。
「おあいにく様。また盗み? いい加減にやめないと容赦しないぞ!」
「うるせえ! やんのか!」
ケンカ文句を吹っかけてきたゲベルが今日は短剣を持っている事に気付いてから、シャニーは腰が軽いことを思い出す。
今は剣を修理に預けている。もし、相手が短剣を抜いてきたら危険だ。
だが、相変わらずと言うか、今回もと言うべきか、彼は拳で襲い掛かってきた。
シャニーは腰の後ろに忍ばせていた短剣を引く抜くと、殴りかかってきた彼を軽い身ごなしで避け、短剣の柄で思い切り背中を突いてやった。
勢い余って壁へ突っ込み、顔を抑えて悶絶するゲベルを見て、呆れ気味にシャニーは短剣の先を彼に向ける。
何度やったって負ける気がしない。
「もう今回は容赦なしだよ。今から城に連行するからね」
シャニーが彼に縄をかけようとした、その時だった。
足に何かが当たった気がした。一度目は気のせいだと思ったが、すぐに痛みを伴うものへと変わる。
後ろを見ると、小さな子供達が自分に石を投げつけている。
「アニキにひどいめするな!」
どうやら、子供達はゲベルと一緒に暮らす孤児のようだ。
そちらにシャニーが気を取られているまさに一瞬だった。ゲベルは隙を逃すかと、シャニーへ足払いを食らわせて子供達の所まで駆け戻る。
「よくもシャニーを! 覚悟しろ!」
そこへセラが応援に駆け付けた。彼女は使い慣れた槍の穂先をゲベル達へと向ける。
ゲベルはすくむ子供達の前に立ちはだかって叫んだ。
「お前ら! 早くアジトへ戻れ! 連れてかれて殺されるぞ!」
子供達は彼の言う事を素直に聞き入れ、走って家々の路地の奥へと消えていく。
シャニーが体を起こそうとすると、彼はとうとう腰の短剣を引き抜いた。
「う、動くな! 動いたら命はないぞ!」
これではセラも手を出せない。シャニーとゲベルは至近距離。
槍が届く前に彼の短剣がシャニーをえぐってしまうと言うのに、突きつけられている本人は全く驚かなかった。
その短剣はまるで手入れされておらず、刃は錆び、先が欠けてしまっている。これなら手刀でだって負けるつもりはない。
立ち上がろうとした、その時だった。
「つっ……」
どうやらまだ体は完全に癒えきっていなかったらしい。
先ほどの足払いが完治していない体には相当効いたらしく、激痛が走り思わず声を上げる。
ここは言われたとおり、大人しくしていたほうが良さそうだ。
それにしても、いつも歯牙にもかけなかった盗賊の成り損ないの様な男に負けるとはとても気分が悪い。
ただでさえ気分が悪いのに、ゲベルの言葉がなおさらそれに拍車をかけた。
「お、おい、大丈夫かよ」
その行動にはセラも驚いた。が、最も驚いたのはゲベル本人。
そんな怪我をさせるほどに強く蹴ったわけではない。逃げる時間を稼ぐ為のものだったのだから。
彼がシャニーに近づこうとした、その時だった。この狭い路地を、凄まじいスピードで駆け抜ける白い風。
その疾風に轢かれたゲベルは、風にもてあそばれる帽子かの様に宙を舞い向こうに倒れた。
「だ、団長?!」
セラの叫び声に、シャニーは背筋が凍りついた。
最も今、遭遇してはいけない相手の呼び名がセラの口から放たれたのだから。
ティトは天馬を降りると、ゲベルが気を失ったことを確認する。
「セラ、第五部隊長には私からうまく言っておくから、彼を城に投獄しておいて」
どうやらティトには、セラが何故ここにいるのか大方見当がついているようだ。
セラは心の中で団長への感謝と、悪友への申し訳なさを漏らしながら、ゲベルを連れて空へと消えて行った。
「団長……あの……」
「言い訳は要らないわ。まったく、予想はしてたけど、まさか本当にこんな事をするなんて」
「剣だよ、剣を修理に出してたんだよ!」
必死になって姉に許してもらおうと取繕うシャニーだが、そう易々と許してもらえる訳が無い。
こうなる事は分かっていた。でも、どうしても彼女は街に来たかった。
「言い訳は要らないと言っているでしょう? 貴女はもう入団から半年経とうと言うのに、騎士としての自覚が無さ過ぎるわ。いつもまでそうやって見習い気分でいるの?」
ティトから叱られても、姉の目を直視することも出来ずに俯くばかり。そんな情けない姿を晒していたら、ティトの怒りが爆発してしまった。
「もうっ、情けなくて涙が出る。いつまでもそんな事をしているなら、事務に転籍させるわよ!」
恐ろしい宣告を受けてしまった。騎士としての身分を剥奪するというのだ。
無理もない。外からの攻撃を全身に受け止めて十八部隊を育てているのに、そこの副将ともあろう者がこんな認識不足では泣きたくもなる。
「ごめんなさい……。でも、でも……どうしてもここに来たかったんだよ……」
泣き出す部下に、ティトは叱咤する言葉を飲み込んだ。
何故、部下がこんな行動を取ったのか、彼女には分かっていたからだ。
シャニーが毎日のようにこのカルラエの城下町へ来ていた事は、住民達から聞かされていた。
「……。本当に困った子。今日は自宅で謹慎しなさい。それだけ元気があれば家に帰れるでしょ? しっかり反省なさい」
一人残されたシャニーは、自分の浅はかさを悔やむしかなかった。
大きく外れた事をしていたつもりもない。でも、結果団長にはとんでもない所を見られてしまった。
結果は見えていたはずなのに……ただそう悔やむ事しかない。
再び泣きそうになって俯いたシャニーは、ふと気配に気付く。よく見れば自分は先ほどの子供達に囲まれていた。
「ねえ、アニキは殺されちゃうの? ねえ!」
「そんなことは……」
最悪の結果を否定したら子供達は周りで飛んで跳ねて喜ぶ。
あんな悪党でも、子供達にとっては大切なアニキであり、自分達を守ってくれる頼りになる人物なのか。
今の自分と重ね合わせる。
(あたしは何も守れていないのに……あいつは子供たちを守ってる……)
……悔しいがとても勝てた気がしない。どう考えても、自分の負けだ。情けない。
悔しくて悔しくて。体の痛みも忘れて、シャニーは情けない自分の姿をこれ以上晒したくない一身で走り出した。