ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前話のあらすじ

 医務室を脱走したシャニーは、セラを捕まえてカルラエの城下町へ向かった。
 そこで昔からの懐かしの味を楽しんでいた彼女は悲鳴を聞きつけ走り出す。
 すぐにこの町に巣食う盗賊ゲベルを見つけて捕まえようとするが、剣は修理に出していて丸腰、おまけに体は完治しないまま。
 彼女は無理がたたって短剣を持ったゲベルの前で動けなくなってしまう。
 そこへ現れた疾風がゲベルを吹き飛ばして事なきを得るが、シャニーは最悪の光景に固まるばかりだった。


第2話 譲れぬ瞳

 あたし、一体何やってんのかなぁ……。

 みんなを守りたいって気持ちは変わらないはずなのに、いっつも何か空回りしてさ。

 昨日だって、何だかあたしが悪者みたいだし。

 あーあ、あの時何をするのが正しかったのかなぁ。あたし間違ってた……のかな。

 

 

 

◆◆◆

 翌日も曇天は続き、いつ雨が再び降り出してもおかしくない天気だ。

 もう明日から9月。この時期はみぞれ混じりの雨が降る。

 

「はあ……。もう朝かぁ」

 

 そんな重苦しい天気がシャニーの心を一層憂鬱にする。

 悔しくて床に入ってもなかなか寝付けず、いつ眠りに入ったのか分からない。

 おかげで目醒めは最悪だし、昨日暴れたせいか体が疼く。ウッディの言う通り安静にしていれば良かった。

 今日は安静にしていたいがそう言う訳にも行かない。昨日任務から帰ってきたセラから、気を重くさせる報告を受けていたからだ。

 

「団長、お怒りだったぞ。明日は這ってでも騎士団に顔を出せって言ってたよ」

 

 のそのそとベッドから出て着替えを始める。いつもならもうとっくに出発する時間なのだが、とてもではないが今日はそんな元気はなかった。

 

(熱でも無いかなぁ……)

 

 体温計にお祈りしてみるが、風邪なんか引いたことも無い癖にと舌を出された。

 怪我人が脱走して盗賊相手に追い詰められたなんて騎士団へ出す顔がない。

 姉が何があっても来いと言うのも、その事で叱る為に決まっている。ぽっきり首が折れる。どんな風に謝ればいいのだろう。

 だが、自分のしたことだ。ケジメはつけなければならない。それに、彼女は昨日の事件で新たな決意が湧いていた。

 

「あんな盗賊に負けたくない。今まで以上に頑張って、みんなに頼られるようにならなくちゃ」

 

 なんとタイミングの悪いことだろう。

 そう決意し、思い切って家を飛び出して天馬で宙に風を切った直後、待っていたかのように雨粒が落ちてきた。

 雨粒は見る見る大粒になって、天馬のスピードも加わって痛いほどだ。

 

「だーっ! なんなのよもう! ああもうッ、ツイてないよ、まったく!」

 

 空に向かって怒鳴る。せっかく火のついた気持ちに水を差されてしまった。

 結局雨は前が見えない程のスコールとなって荒れまくり、ちょうどシャニーがカルラエ城へ到着する頃にピークを迎えることとなる。

 

 十八部隊の控え室では、恒例の朝一番のミーティングが開かれていた。

 グループごとに分かれて、今日一日のスケジュールを報告しあう。

 副将不在のミーティングもはや三週間。最初はそれすらまともに仕切れなくて無駄な時間を割いていた。

 トップである部隊長のレイサが、それを見ても特に隊員たちを仕切らなかったので余計だ。

 未だにしっくり来ないそのミーティングを、ある時は木の上で、ある時は屋根の上で、そして今日のような雨の日は机で居眠りをしながら聞いてきた。

 ミーティングも半ば終りかけ、皆がそれぞれ任務の準備を意識し始めたころ、部屋の戸の蝶番が軋んで音を立てる。

 その音に振り返った皆の目に映ったのは久しい者の姿。

 

「みんな、おはよう」

 

 そこに立っていたのは、副将シャニーだった。

 体からは雨が滴り落ち、下には池ができている。顔には髪が張り付いてどうにも格好が悪い。

 

「うわ、どうしたのよ、それ!」

 

 口々に声をかけられる。自分の帰りを皆歓迎してくれている事が声のトーンや眼差しから伝わってきて嬉しい。

 皆待っていてくれたのだと思うと、濡れて沈んだ気持ちが一気に晴れ上がる。

 

「ほら、あんた達はさっさと仕事しに行け」

 

 ムダ話を始めだした隊員たちを部屋の外へ追い出すと、レイサは一人残ったシャニーへ改めて視線を送る。

 ずぶ濡れで久々に騎士として登城したとは思えない格好だ。

 

「やれやれ、さっそく何かやらかしたんだって? 団長に見つかる前にさっさと着替えてきな。そんな格好で団長の前に出てったら、生える角が増えるよ」

 

 シャニーは投げつけられたタオルで髪や体を拭くと、急いで外をきょろきょろと見渡し始めた。

 誰もいないことを確認し、着替えをとりに行こうと廊下へ足を踏み出した。その途端だった。

 

「シャニー!」

 

 びくっと目に見えて驚いたシャニーはすぐに声の主のほうを向く。

 向いた先には厳しい眼つきのレイサが立っていて、まっすぐに自分を見据えていた。

 その顔はすぐにいつもどおりの飄々とした顔に戻って笑顔へと変わり、待っていたかのように向こうの廊下の角から次々顔を出す同僚たち。

 

「おかえり」

 

 この言葉が、どれだけ彼女の心に染み渡っただろう。

 地獄を経験して戻ってきた者にとって、大切な人から掛けられたこの言葉は何ものにも代えがたい喜びだった。

 彼女はあらん限り精一杯の笑顔でみんなの笑顔に応えた。

 

「ただいま!」

 

「いい返事だ。それだけ声が出れば十分元気だね。よし、じゃあその調子でばーんと団長に叱られてらっしゃいな」

 

 せっかく映えた笑顔も、レイサのその言葉に一瞬で引きつる事に。

 その反応を見て皆は笑っている。帰って来るなりおもちゃにされ、もう苦笑いするしかなかった。

 

 

 

◆◆◆

 緊張はほぐれ、少しだけ心の準備が出来たシャニーは団長室へと続く暗い廊下を歩いていく。

 

(お姉ちゃん、怒ってるだろうな。とりあえず部屋に入ったら謝ろう)

 

 自分が悪い事は明白である。言い訳をすればその分だけ自分の首を絞める。

 今まで姉に何度も言い訳してきたが、それが通用した試しなど一度だってない。

 そしてそれは、相手が“姉”だったから許されていた行為。もはや今の自分が許されることではない。

 

(はああぁぁ……来ちゃったよぅ。トイレ行っとこうかな……)

 

 団長室の前まで来た。何か、すごい重苦しい雰囲気がある。できれば逃げ出したいような、そんな気持ちになる。

 

(昨日脱走何てしなければ……でも、街には行きたかったし、やっぱり揚げパンはおいしかったし……)

 

 どれだけこの期に及んで考えを巡らせても、選択の余地などない。彼女は意を決しドアをノックした。

 

「第十八部隊所属、シャニーです」

 

「入って良いわよ」

 

 名乗ってからしばらく経って、中から声がした。

 ドアノブを回す。口が渇いてきた。叱られる自分を想像すると惨めだが、もうここまで来たら逃げ場はない。

 思い切ってドアを開き、部屋へと入った。中は薄暗い。外ではまた雨が酷くなってきたようで、その音がとても近く聞こえる。

 部屋にいるのは、団長と自分の二人だけ。いや、二人もいるのに何だろうか、この静けさは。

 

(何で? 何でお姉ちゃん、何も言ってくれないの?)

 

 その静けさが、シャニーの緊張感を更に締め上げ、責め立てているようだ。

 団長は資料に目を通してはサインする、その繰り返し。なのに、とても威圧感がある。

 もうこれ以上は我慢ができなかった。

 

「あの、申し訳ありませんでした!」

 

 頭を下げ、相手に詫びを入れる。声はあっという間に雨に吸い込まれて、再び何も無かったように沈黙が押し寄せてきた。

 団長は聴いているのかいないのか、先ほどと変わらずペンを動かしている。

 しばらく頭を下げたままにしていたが、あまりに相手からの反応が返ってこなくて、目だけでそちらを向いてみる。

 

「何のこと?」

 

 その途端だった。まるでそちらを見たことがバレたかのように、ティトから答えが返ってきた。

 おまけに、まるで期待したような返事をしてくれないからシャニーは肩透かしを食らってしどろもどろ。

 

「え……、その、勝手に城を抜け出して城下町に行ったこと……」

 

 資料へ流れるようにサインし、机の右隅に積み上げる。そして次の資料を机の左隅から取りながら、またティトは口を開いた。完全に片手間で済まされている。

 

「剣を修理に出しに行ったんでしょ?」

 

「それはそうだけど……。でも……油売ってたのもホントのことだし……」

 

 それからまた、しばらくの間沈黙が続いた。

 シャニーにはティトが何を自分へ要求しているのか分からないまま、腹に重いものが溜まっていくばかり。

 どうも城を抜け出した事を怒っているようではない。

 だが、それ以外にシャニーには叱られる理由が分からなかった。謝るに謝れず、時だけが過ぎていく。

 

(ううう……これなら怒鳴られたほうがマシだよ)

 

 沈黙が、シャニーを無言で攻め続ける。

 ようやく大量の決済待ち資料から解き放たれたティトは、沈黙に縛られるシャニーを横目に席を立つ。

 外を見ても美しい青は見えず、黒ずんだ曇天が向こうの山々をも飲み込んで視界に入らず。

 その闇の向こうを腕組みして見据えるティトの瞳には、一体何が映ったのだろう。ふいに口を開いた。

 

「分かるわよ。貴女の気持ちも」

 

 俯いてこの沈黙を破る言葉を探していたシャニーは、ティトが立ち上がった事にも気付いていなかった。

 団長が破ったこの均衡も、これはこれでシャニーにとっては居心地の悪い感覚だ。

 何のためにここへ自分を呼びつけ、自分の何を怒っているのか余計に分からなくなってしまったのだから。

 

「へ?」

 

「死ぬ思いをしたんですもの。好きなものを食べたくなる気持ちも分かるわ」

 

 思ってもいなかった言葉だった。

 どうやってその言葉に返して良いか、すぐには浮かんでこない。何せ、昨日からずっとそのことで怒っていると思っていたのに。

 用意してきた侘びの言葉全てを使えなくなって困惑が顔に広がる。

 

「私も一度あったのよ。敗戦が決まったような仕事が。あの時一歩間違えれば命がなかったわ」

 

 覚悟を決めた戦いだった。その時、戦況を好転させる為、ティトは遊撃部隊を率いて突撃して行った。

 相手は百騎を超える騎馬隊で弓持ちだって相当数居た。たった五人の部隊で何ができるかなど知れていても、それが傭兵と言うもの。

 だが、まもなく本体が全滅し、協定により傭兵だった彼女は無条件に捕虜となり命拾いしたのだった。

 故郷に帰った彼女が真っ先に向かったのが、あの店だった。

 生きた心地のしなかった彼女の気持ちを故郷へと呼び戻したのはあの味。

 

「え、じゃあ……」

 

「確かに良くないわ。でも、貴女は任務を放棄していた訳ではないし、街に行った事を咎めるつもりは無いわよ」

 

 それでも、強い口調や固い目尻からして、怒っている事に変わりはなさそうだ。

 一体、姉は何に対して怒っているのだろう。早く謝ってすっきりしたい。

 でも、釈然としない気持ちが沸々湧き上がってくる。

 

(待ってよ。悪くないのに何であたしは謝ろうとしてるのさ?)

 

 自分が悪いと思っていた事を咎めるつもりが無いと言うなら、不安は疑問へと変わって行った。

 

「じゃあ団長、一体何をそんなに」

 

 その言葉は、怒りを堪えている団長の機嫌を更に損ねるには十分過ぎるものだった。

 彼女は組んでいた腕を解いて窓辺から部屋の中へと向きを変えると、机に両手を突いて部下を睨みつける。

 

「分からないの? 昔から本当に進歩の無い子ね」

 

 貶されて良い気分はしないが、それよりも何故怒られているのかが知りたくて仕方なかった。

 反論することなく、ただ真っすぐに姉の目を見つめて姿勢を崩さない。

 

「どうしていつも考えも無しに行動をするの?」

 

 シャニーにとって、その言葉はあまりにも聞き慣れた言葉であった。

 姉から耳にたこができるほどにいつも注意される事柄。

 それが分かっているから、彼女は彼女なりに考えて行動するように気をつけるようにしてきた。

 どれだけ頑張っても、姉は認めてくれない。その気持ちは、すぐに言葉となってティトに向けられてしまう。

 

「あたしだって最近はそれを気をつけているよ!」

 

「気をつけている人間が、仲間と居るにも係わらず動けない体のまま一人で向かって行くとは考えられないわね」

 

「でも! 街の人が困ってるのに待ってなんて!」

 

 シャニーの口答えにカチンときたのか、ティトは机を掌で叩き付けた。ドンと重い音が響いてシャニーの腹を揺さぶる。

 口うるさいのはいつもの事だが、こうやって怒りを顕にする事は稀でシャニーも黙ってしまった。

 

「もしあの時私が来ていなかったら、貴女はどうするつもりだったの? 貴女が考え無しの行動を執って怪我をするのは仕方ないわ。でも、そのフォローを誰がするの? 仲間の命に係わるかもしれないのよ、貴女の行動が。それを考えていたら、あんな行動は取れなかったはずでしょう!」

 

 ここまで怒鳴らせて、ようやく部下は気付いてくれたようだ。反論する素振を見せなくなった。

 本当は、ここまで言わなくても分かって欲しかったのだが。

 やはりこの気質では、きついくらいに言わないとダメなようである。

 

「もういい加減言わせないでちょうだい。貴女ももう新人ではなくなるのよ」

 

 確かに、そんな風に考えてはいなかった。知らず知らずのうちに、自分の行動が仲間の命を危険に晒しているかも知れない。そう思うと腹にズンと罪悪感が膨らむ。

 仲間の心配や迷惑を考えなければならない事はシャニーも言われて納得していた。

 

「でも……やっぱりあたしは納得できないよ」

 

 シャニーの口から出てきた言葉はそれでも了解ではなかった。

 ティトが驚いた事は言うまでもなく、妹が相変わらず子供である事に酷く落胆した。

 なんとか一人前の考え方を身に着けてもらうべく叱ろうとしたが、シャニーが先手を打った。

 

「仲間の迷惑を考えなかった事は、あたしの注意不足だったと思う。反省もしてる。けど、目の前で助けを求めている人がいるのに、それを見て見ぬ振りをするなんてやっぱり出来ないよ」

 

「貴女ねえ! 場合を弁えなさいと言っているの!」

 

「そんなの関係ないよ! イリアの為に剣を抜くなら場合も何もないじゃない。あたしはヤダよ。自分の都合で助かるものが助からなくなるなんて。例え団長や……騎士団の誰に反対されてもこれは譲れないッ、譲りたくない!」

 

 ティトは困ってしまった。こうなってはてこでも動かない。

 普段は朗らかで執着の無い性格なのに、こうと思った事には妙に頑固なのだ。残念な事にこう言う所は母親やユーノに似ている。

 急に怒りが退いてしまった。それどころか、胸をグサッと刺されたような感覚に陥り頭が一瞬真っ白になった。

 それでも、ここは部下の面前。情けない所は見せられない。

 

「……。掛ける言葉も無いわ。助ける為ならどんな事をしても良いと思っていたら大間違いよ。貴女には責任があるの。昼ごろまたいらっしゃい。それまで医務室かどこかで頭を冷やしなさい」

 

 部下の顔は今も不撓な瞳をより強くして睨むように自分を見つめている。

 

 ────誓いは絶対に譲らない! 

 

 そんな気持ちが溢れる瞳を、ティトも視線を逸らさず強く見つめて受けて立つ。

 

「部隊に戻って任務に参加する事は許さないわよ。今の貴女が出て行ったら足手まとい。周りの気持ちを少しは理解しなさい。言われなければ理解できないのでは、いつまで経っても見習い同然よ。後から入ってきた者に笑われてしまうわ」

 

 ────出ていけ

 

 目でそう指図され、シャニーは一礼する事も忘れて部屋を出ていき、ティトは崩れるように椅子に座ると額に手を当てて髪の毛を握りしめた。

 せっかく最後のピースになってくれると思っていたのに……何か裏切られた気がして頭を抱えるばかりだった。

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