ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前話のあらすじ

 カルラエでの一件を受けて当日は自宅謹慎を命じられたシャニーは、翌日十八部隊に久しぶりに顔を出す。
 どうやって姉に謝ろうかと沈んでいた彼女は、皆におかえりと声を掛けられて、帰ってくることが出来た喜びに不安が少し和らぐ。

 しかし、団長室でティトがシャニーへかけた言葉は意外なもの。
 自身の誓いに触れる内容だった事からシャニーは反発してしまい、部屋から追い出されてしまう。
 部隊へ戻ることを許さず、頭を冷やして昼にまた来いと突き放したティトもまた、部屋で頭を抱えていた。


第3話 誓いの一閃

 結局、わだかまりの解けないまま部屋を後にする事となった。

 しかも、任務へ復帰する事は許されてはいない。一体どうしろと言うのだろうか。

 あの時つい口走ってしまったが、今更後悔の念が湧き上がってくる。

 

(あぁ……またお姉ちゃんを怒らせちゃったな)

 

 また姉の期待に応えられなかった。いつもいつも、失敗して後悔して、悔しくて……こればっかりだ。

 重い気持ちを引きずってあてもなく廊下を歩いていると、誰かが小走りでやってくる……セラだ。

 自分に会いに来た訳では無いらしく、そのまま素通りしようとする。

 

「ねえ、セラどこ行くの?」

 

「牢屋だよ、昨日とっ捕まえたヤツの関係をなんか私が担当する事になっちゃってさ」

 

「……邪魔じゃなきゃついてっても良い? 今あたし仕事しちゃダメだって団長に言われててさ」

 

 快く了解してくれる親友の後ろについて、例の賊に会いに行く。

 暗く肌寒い半地下牢の中で、ゲベルは上部にある採光用の窓をずっと見上げていた。

 彼に話しかけようとしたセラは既に先客がいる事に気付き、その姿を見てシャニーはセラの後ろに隠れる。

 

「何やってんだい? シャニー。こんなところで油売ってたらまた団長に叱れるだろ?」

 

 レイサ相手にはやはり無駄な抵抗だったか。暇人のようで新しい投獄者が来たら途端に見物らしい。

 とんだ先客と思ったか、取調べをし辛そうにするセラに気づいてすぐに席を立つ。だが、それをゲベルは止めた。

 

「お、おい。ホントなのか? 今の話は」

 

「ああ、嘘は言わないさ。シーフは嘘をついてもアサシンは嘘をつかないモンだよ」

 

 なんだか理屈の知れない話。セラとシャニーは互いに顔を向け合い首をひねりあう。

 ゲベルも流れに任せて視線を外そうとするのだが、レイサはそのまま逃がしてくれず、腰の短剣を半分だけ鞘から抜くと青白い刃を光らせた。

 

「もっとも、あんたに覚悟があればの話だけどね。失う覚悟があれば、ね」

 

「ちょっと待てよ! 失うって何をだよ!」

 

 短剣を鞘にしまって地下から抜けようとするレイサへ、ゲベルは鉄格子を掴んで今にも飛び出そうかという勢いだ。

 

「全部だよ。ぜーんぶ」

 

 その焦燥感に満ちた声に、レイサは振り向くこともなかった。

 

 

 

 ◆◆◆

 レイサがいなくなってようやくに仕事が始まった。セラは決められた手順に従ってゲベルから調書をとる。

 

「なんで盗みを働いたの?」

 

「聞かなくても分かってんだろ?」

 

「答えなさい」

 

 いつも聞いてきた親友とは違う、どこか威嚇するような声。年上の体格の良い男相手に物怖じしない態度は、だいぶ場慣れしている様子が伝わってくる。

 

「……ああでもしなきゃ俺が死んじまうからな。他人の事なんか構ってられるかよ」

 

 こういう理由の者は多い。戦争の後遺症とも言うべきものだ。

 その後もスムーズに、いつも通りの問答が繰り返され、何かを見て喋っているかのような取調べはあっという間に終る。

 この手の調書はもう作り過ぎて、次に相手が何を言うかすら大抵分かってしまうほど。

 他の仕事をさっさと済ませたいので、予想外の仕事にセラはさっさとピリオドを打つ。

 

「シャニー、残るならちゃんと鍵かけて総務に返しといてよ」

 

 セラはシャニーに鍵を投げつけると、早足に階段を上って行ってしまった。

 第二部隊から降格しているとはいえ、やはり一年目から第五部隊という上位部隊に配属されていると仕事量が違うらしい。いつも彼女は忙しそうだった。

 

(それに比べてあたしは……)

 

「てめぇ、シャニーって言うのか」

 

 空しさに俯いていると牢の中から声がした。見上げたらゲベルがこちらを睨んでいる。

 相手は牢屋の中だし、今の自分は時間をもてあましている。少しぐらい話をしてみようと思った。

 

「あんた、調書取る時に嘘言ったでしょ。嘘言うと後で困るよ」

 

「へ、何のことだ」

 

「盗みをしてたのは、子供達の為なんじゃないの?」

 

 何がおかしいのだろうか。シャニーの言葉を、ゲベルは大声で笑って見せた。

 怪訝な目を向けているとその笑いは次第に怒りを伴ったものへと変わり、ふっと声が消えた目がぎっと睨みつけてきて思わず退きかけた。

 

「知った風な口を利くな。お前みたいな奴に何が分かる。盗みはイケナイだと? 盗みでもしなきゃ生きていけないような状態にしたのはてめえらだろうが!」

 

 動乱を終わらせる為に戦った……喉元までその言葉が出かけた。

 だが、今自分は天馬騎士団に所属する騎士だ。ベルンに付き、エトルリア軍を迎え撃った天馬騎士団に所属する騎士だ。

 いくら個人では違っても、彼がそう見てくれる訳も無い。

 

「それで戦争が終ったら今度はどうだ! 全然復興は進まねえ。聖天騎士団の方と見比べても反吐が出るくらいのトロさじゃねーかてめえらはよ! そういう口を利くなら、もっと地元の状況を知ってからにしやがれ!」

 

 思わぬ反撃だった。反論のしようもない。

 いくら自分が頑張っていても、実際復興が思ったように進んでいない事は嫌と言うほど知っている。その街並みを毎日ずっと見つめ続けてきたのだから。

 イリアの民は、自分達の行動に不満を抱いている。その末端がこうした怒号なのであろう。

 悔しい……悔しい悔しい……。これだけ好き放題言われて、罵声を浴びせられて、何一つ言い返せない。

 今迄も村々を回って声を聞いてきたつもりだ。そう、つもりだ……聞いただけで何もできない。

 力も権限も何もない自分では、話を聞いてあげるだけしかできない。

 悔しくて、悲しくて虚しくて。血が出そうなほどに唇を噛むが、堪えきれない。

 

「ごめん……なさい」

 

 悔しい。みんな必死に頑張っているはずなのに、結果が出てこない悔しさ。自分の努力なんて本当にちっぽけに過ぎない悔しさ。誰も守ってあげられない悔しさ。仕事さえさせてもらえない悔しさ……色々な悔しさが一気に溢れ出てきた。

 

 自分がやらなければならないことは、一体何なのだろうか。分からなくなってしまった。

 シャニーの様子を見て困ったのはゲベルだ。

 ついカッとなって胸のうちを怒りに任せて相手にぶちまけたが、こんな事になるとは。

 

「お、おい……。泣くなよ」

 

「あたしは分からなくなってきたよ。あんたみたいな盗人を取り締まって意味があるのか。一体何をする事が、あたしのできる一番の貢献なのか……。イリアの礎に……どうやったらなれるのか」

 

 分かっている。盗みが悪い事で、被害者の立場に立ってみれば許されない悪行である事は。

 しかし、加害者の身に立って見たらどうなのだろうか。盗まなければ自分が死ぬ。加害者も戦争の被害者なのだ。

 そしてその戦争から民を守れなかった騎士団。その後の復興も満足とは言えず、被害者は増え続けている。

 その状況で自分なりにイリアの為と行動してきた。それが他ならぬイリアの民に否定された。悔しくてしょうがない。

 

「……俺が盗みをしていた理由は、お前の言う通りだよ」

 

「え……」

 

「悪い。つい癖が出ちまった。さっきレイサさんに注意されたばかりだったのにな」

 

 ゲベルは頭をかきながら恥ずかしそうに謝った。

 やはりレイサと何か話をしていたようだ。何故レイサが自分の部隊の管轄外の投獄者と話をしていたのかは分からないが、どうもゲベルはレイサのことを悪く思っていなさそうだ。

 

「盗みをしてたのは、もちろん自分の為でもある。でも、あいつらは俺を信じてくれているんだ。こいつは、自分達を助けてくれるって。自分で言うのも何だけどな」

 

「でも、だからって何してもいいって訳じゃないじゃない」

 

 どこかで聞いたことのある言葉だった。そう、自分が言われて閉口したあの言葉だ。

 だが、目の前の青年は違った。

 

「信じてくれる奴がいるから、俺は心を鬼にできる。信じてくれているから、俺もあいつらを信じている。見向きもしねえ大勢より、少なくても信じてくれる奴がいるなら、俺はそいつの為に自分を貫くだけだ」

 

 シャニーに口を挟むことはできなかった。それどころか、盗人の白状の先をもっと知りたくて知りたくて、聞き入ってしまっている。

 

「仲間のピンチは俺が守ると誓っている。俺のピンチは仲間が守ってくれると信じている。今回だってそうだ。あいつらは俺がお前にやられそうなとき、勇気を振り絞ってお前に石を投げつけてくれた」

 

 あまりにクサイ言葉。それを真顔で口にするこの青年を笑う事なんて出来なかった。

 その決意が子供たちの勇気であり笑顔を守っている。

 笑うどころか、この気持ちこそが今の自分にとても必要なことのように聞こえてくる。

 そして、自分の取った行動がその考えに対してどうだったのかを改めて問うて見た。

 

 ────信じてくれる人がたった一人でもいるなら、その人の為に戦えば良いじゃないか

 

「ありがとう、ゲベル」

 

「あ?」

 

「あたし、イリアの人に信じてもらえるような騎士になるよ。誓う」

 

 ゲベルへの感謝の言葉の中に、問いへの答えが含まれていた。

 戦いは一人でするものではない。ディークの教えの意味が少しわかった気がした。

 仲間を信じ、自分に出来る事を精一杯にこなす事、それが騎士としての仲間への、イリアの民への責任。

 ディークは同時に過信するなと傭兵の心構えも教えてくれたが、自分の周りにはそんな人はいない。もちろん、それを説いたディークを含めて誰もが信じられる人ばかりだ。

 

「へ、何を言い出すかと思えば。お前みたいな奴に誓われても嬉しくも何ともねーよ。勘違いするな。いいか、俺は騎士なんて大っ嫌いなんだよ。保身と自己満足で生きてる勘違い共なんてな!」

 

 先の戦争がよっぽど騎士への悪い印象を植え付けたのか、相変わらずシャニーのことを突き放し牙をむき出しにしている。

 彼にとってシャニーは仕事を邪魔する存在だったことが後押しているだろうし、彼の言うように騎士としての本分を踏み外している者がいることも事実だ。

 憎んでいる相手が言う事なんて、例えそれがどんな美しい話でもただの戯言にしか聞こえない。

 シャニーは彼に冷たく突き放され、どうすれば良いか分からなくなった。

 自分の生き方、戦い方にひとつの指標を見出すことが出来たが、相手は自分を“シャニー”とは見てくれない。あくまで天馬騎士団員。攻められても民を守ることができない腰抜け騎士団の一員でしかない。

 

「やれやれ。どんな理由があろうと男が自分より年下の女を怒鳴って威嚇するなんて見れたもんじゃないね」

 

 きつい上り階段に光が差して、ブーツが石段を叩く音がどんどん大きくなってくる。

 その音と光は確実に二人に近づいて、そしてまもなく声の主が姿を現した。

 

「レイサさん!」

 

 シャニーよりも先にゲベルが声を上げた。

 レイサの手にはいっぱいの荷物が抱えられており、自然と興味が行ってシャニーは驚いた。

 持たされたものは潜入服だったからだ。

 

「ほら、こういう服着てやんだよ。カッコいいだろ?」

 

「や、やめろよ。俺にそんなのは似合わねえよ」

 

「なんだい、まだそんな事言ってんのかい? 男のくせに踏ん切りのつかないヤツだねえ」

 

 シャニーにはやり取りがイマイチ飲みこめない。

 レイサは男物の潜入服を鉄格子越しにゲベルを見せつけ、その顔はご機嫌だ。

 だが見せられている相手はとても迷惑そうな顔をしている。

 

「ちくしょう、勝手に話を進めやがって。だいたい、あんたもどんな格好してんだよ。それがあんたの潜入服なのか?」

 

 どうも迷惑がっている理由のひとつには、彼女の格好もあるようだ。

 何しろ、彼女の服はかなり上半身の露出度が高いのだ。

 黒の薄いタンクトップで胸を隠しているだけと言っても過言ではなく、肩口や腹部の露出が逆に覆われている部分へ注視させる。

 ゲベルにとっては迷惑な話である。ただでさえ年頃なのだ。嫌が応にもそちらへ目線が行く。

 

「そうだよ。これでも冬バージョンに衣替えしたんだよ? ……何? 見たければ見ればイイだろ? なんならコレめくってやろうか? ほれほれ」

 

 レイサはただでさえぎりぎりまでしか隠していない服の端を前へ引っ張ってみせる。

 もちろんゲベルの狼狽加減はハンパではなく、後ろ手をついて全速力で後ろへ下がる。

 青臭い反応を見て大笑いをするレイサが、このときばかりはシャニーも悪魔に見えた。

 

「あははは、面白いヤツだ。で、どうなの? 入ったら私が色々教えてやるよ? 夜に二人でさ、こんな事やあんな事をさ」

 

 ゲベルは絶句してしまった。明らかに顔は紅潮している。

 

「レイサさん! やめてよ。聞いてるこっちが恥ずかしいよ」

 

 とうとうシャニーがストップをかけた。どう見てもレイサは分かっていて誤解を招くような言い方をしている。

 時たま部隊内でもこんな感じの事は言うが、女だけでの会話だからそれは許されているのだ。

 

「シャニー、ノリの悪いヤツだね。せっかく面白いトコなのに」

 

 レイサの呼ぶ名前をどこかで聞いた事があるような気が先ほどからずっとしていたのだが、ゲベルにはどこだったか全然思い出せなかった。

 この隙に思い出そうとするものの、レイサがそれを許してくれない。

 

「で、入るの? 入るんだろ?」

 

「入らねえよ!」

 

 力いっぱい怒鳴るゲベルに、レイサは立ち上がる。

 何の話なのかイマイチ分からないがゲベルの言動にレイサの反応。

 諦めたかに思えたレイサだったのだが、事もあろうに視線はシャニーへ向いて嫌な予感がわっと広がる。

 

「ちょっと、こいつを十八部隊の密偵に雇おうと思ってんだけど。副将のあんたもなんか言いなよ」

 

「えぇ?!」

 

 ようやく話の内容が分かったかと思えば、とんでもない内容だった。

 思わずシャニーも声を上げてしまう。捕らえた者を自分の部下として使おうというのだ。

 ここは叙任を受けた者のみが在籍する騎士団。レイサは特殊なだけだ。

 

「はぁ?! こんな奴に使われるってのか? 冗談じゃねえ!」

 

 だが、シャニーが意見する必要はなかった。それより先にゲベルが声を上げたからだ。

 

「レイサさんよ、あんたも何でこんな奴らと一緒にいるんだよ。同じ境遇とは言え信じられねえよ!」

 

 ゲベルの怒りを受け、レイサはシャニーへ預けていた潜入服をまた手に取った。そしてまたゲベルの座り込む牢獄に向かって、鉄格子越しに話しかける。

 

「何でだと思う?」

 

「分からねえから聞いてるんだよ」

 

 レイサは笑顔でゲベルの前に再びしゃがみこみ、彼に近寄るように手招きをする。何かシャニーは嫌な予感がした。

 その笑顔は、いつも自分に見せているものとは違う気がしたからだ。

 

「うっ……」

 

 案の定というべきか。素直に近寄ってきた彼の喉元にはいつのまにか短剣が光っていた。

 

「何でも誰かがしてくれると思うな」

 

 彼が固まって動けなくなったところで、レイサは短剣を離した。

 そして、すくっと立ち上がるとまっすぐ階段の手前まで歩き、そこで止まった。

 

「ま、今のが答えかな? なぁに、あんたなら深く考える必要なんてないだろ?」

 

 彼女はまた歩き出すかと思いきや、すぐにまた止まって今度はシャニーへ何かを投げつけた。

 突然の出来事に慌てたシャニーだが、見覚えのある形だったのですぐに反応して両手でそれを受け取る。

 

「あんたも団長に仕事を取上げられたからっていつまで丸腰でいるんだい」

 

 剣だった。自分の剣は今エデッサにある。渡されたのは何の調整もされていない修練用の安価な剣。

 だが、帯剣しているとそれだけで気持ちは変わってくる。騎士なのに剣も持っていないなんて、確かに気が緩んでいたのかもしれない。

 

「ああ、そいつの処分はあんたに任せるよ」

 

 二度目の驚きは、驚愕と言った方が正しいものだった。

 何せゲベルは第五部隊管轄の囚人であるので、勝手に十八部隊が処理して良い訳はないからだ。

 だが、シャニーの気持ちをレイサは簡単に読み取って、シャニーの反論を潰す。

 

「良いんじゃない? 第五部隊の部隊長も怒ってたからねぇ。十八部隊の不始末を何でウチが負担しなきゃいけないのかって」

 

 ドキッとした。第五部隊長にも、自分の上司である十八部隊長にも行動が筒抜けだ。

 その行動とはもちろん、城下町で油を売っていたこと。

 シャニーが唇を噛んで下を向いてしまったので、レイサはため息を鼻から抜いた。

 

「第五部隊の部隊長はどうか知らないけど、私は別にどうとも思ってないよ。あんたは普段どおりの町の治安維持を行った。そうだろ?」

 

「でも、仲間がいるのに満身創痍で突っ込んで……」

 

「あんた、ホントに間違った事したと思ってんの?」

 

「……いえ」

 

 どうしてこうも、レイサは自分の事がよく分かっているのだろう。

 シャニーはいつも不思議に思っているが、今回もまたこうして心を見透かされているような気持ちにさせられた。

 

「じゃあ良いじゃない。あんたは信じて戦ったんだから」

 

「うん」

 

「人の言う事を素直に聞く事は大事さ。自分を変えるって言うのは勇気がいるからね。でもね、何も変わらないって言う強さも失くしちゃいけないと思うよ。そう、自分を信じるってことだね」

 

 姉の言う事には反発してしまうのに、どうしてレイサの言う事は聞けてしまうのだろうか。

 彼女はシャニーのした事が他の部隊へ波及した事実は知っているし、そのことで恐らく第五部隊から非難を受けているはずなのに、気持ちを汲み取ってくれた。

 上官の優しさがたまらなく嬉しかった。何をすべきか少しだけ見失っていたから。

 

「ま、団長の言う事も尤もだから反省はしなくちゃいけないけどね。どうすりゃいいか、ちょっとは見えたんじゃないの?」

 

 うんうんと、シャニーは部隊長へ首を縦に振る。

 実力はある。間違いなく実力だけならそれはイリアの中にとどまらず大陸中でも指折りのもの。

 だがそれを、若さゆえの心の弱さや、絡みつくしがらみが押さえつけている。

 レイサが課せられた使命は、このような若い者の精神を鍛える事。

 

「じゃあ、そういうことで」

 

「ちょっと! それとコレとは話が別!」

 

「なんだい、自分の不始末は自分で処理しなってことよ。そろそろ影分身が切れるから呼び止めないで」

 

 シャニーに後始末を押し付けて、レイサは急いで階段を駆け上っていく。

 早く部隊に戻らないと、今頃木の上にいる自分の影分身へ隊員達が必死に話しかけているはずだ。

 アサシンとしての幻術は、こうやってあちこちぶらぶらするには実に使い勝手の良いものだ。

 残された方はどうして良いか途方にくれる。処分と言っても、一体彼をどうすれば良いというのか。

 自分を見渡してみると、手にはこの部屋の鍵と先ほどレイサから手渡された剣が握られている。

 その時、彼女の脳裏には昨日のあの子供達の顔が浮かんだ。

 彼らはゲベルの帰りを心待ちにしている。盗みが悪であることは否定できない。

 だが、彼らには何の罪もない。どうすれば良いのか。

 

「おい、てめえ、殺すならさっさと殺せよ!」

 

 考える余裕を与えてくれないのは、処分される側のゲベルだ。

 彼は鉄格子を掴むと、シャニーに向かって怒鳴りつけた。

 

「いきなり何なのよ。誰もあんたを殺すなんて言ってないでしょ?」

 

「騙そうったってそうはいかねーぞ。てめえらは自分達に都合の悪いヤツを理由を作っては捕まえては葬ってるじゃねーか!」

 

 シャニーにとっては寝耳に水の話だ。いくら噂でもそんな事が市民の間で流れているなんて。

 だが、身に覚えの無い事を言われて黙っていることができるわけもない。

 

「バカ言わないでよ! そんな事する訳がないじゃない。だいたい都合の悪い事って何よ! そんな事をするヤツはいないよ。だってそんな事、騎士のすることじゃないもん!」

 

「じゃあお前らは騎士じゃないんだな。俺の知り合いのおっさんも、騎士団にしょっ引かれて二度と帰ってこなかったぜ? あれは忘れもしねえ。この前の北東部開拓失敗のすぐあとだ。その事で話があると言って怪我を負って帰ってきたおっさんを、てめえら……!」

 

 シャニーには一体何の事だがさっぱり分からなかった。

 北東部開拓事業と言えば、それは聖天騎士団が行ったもの。多くの犠牲者が出たとシャニーも人伝いに知っている。

 天馬騎士団と聖天騎士団の違いは、先ほどからの会話の流れからしてもゲベルは知っている。

 となれば、聖天騎士団の行った開拓事業のことで天馬騎士団が動いた事になる。そんなことあるのだろうか。

 

「ねえ、それホントに天馬騎士団の人間だった?」

 

「ああ。てめえの腕についてるその紋章と同じだったぜ? まだ白を切るのか?」

 

 どうにも腑に落ちないところがある。

 騎士団間の話には団長であるティトが必ず入っているはずだ。ティトがそんな事を許すはずがない。

 シャニーは牢獄の鍵を開けると、縄で後ろ手に縛られているゲベルの背後に立つ。

 鞘から剣を抜く音がした。ゲベルは覚悟を決める。頭に浮かぶのは悔しさ、怒り、そして残してきた子供達。

 再び後ろで金属の高い音が聞こえ、その途端、腕が自分の前に弾けるように飛んできた。

 背後を見てみれば、そこには切れた縄があった。

 

「少なくとも、あたしが知ってる天馬騎士団はそんな事はしない。ほら、早く立ちなよ。城の外まで案内するから」

 

 ゲベルは信じられないと言った顔から、すぐに苛立ちを滲ませた表情へ変わる。

 

「てめえみたいなヤツに情けをかけられるなんてな」

 

「違うよ。あたしは一緒にいた子供達に約束したから。あんたは殺さないって。さっきの話は、少し調べてみるよ。あたしだってその話が本当なら納得できないし」

 

 それを聞いた途端、ゲベルの顔からこわばりは消える。無言だったが、シャニーには彼が分かってくれた事が伝わってきた。

 彼女は城の外に出るまでに、ゲベルが城に連行された後、腹を空かせた子供達に揚げパンを食わせてアジトまで送り届けた事を知らせた。

 彼の顔には口元に笑みがあった。待つ者がいる。早く帰って無事を確認したい。

 

「てめえ、思ってたよりまともなヤツだったんだな」

 

 城の外まで出たとき、ゲベルはようやくシャニーへ言葉をかけた。

 

「ごあいさつね。ま、分かってもらえたなら良いけどさ」

 

「……ガキ共が世話になったことには礼を言う。俺も男だ。これから一切盗みはしない。ガキとの約束を守ったお前との約束だ」

 

 こんな流れになるとは思っても見なかった。

 でも嬉しい。自分のやった事が間違いでは無かった。それが目の前に結果として現れて。

 騎士団として見れば、それは些細な事かもしれない。だが、誰かを救ったのならば、それは大きな事のはずだ。

 

「でも、あんたこれからどうやって食べていくのよ?」

 

「……それはてめえが心配する事じゃねえよ。約束は守る。だからてめえもさっき俺に誓った事は守れ。俺らが動く為には、てめえらがちゃんと働かないと回らないんだからよ」

 

 シャニーは遠くなっていくゲベルへずっと手を振った。一握りの希望と決意を、新たなライバルに見せ付けるかのように。

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