ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
団長の怒りを買い、仕事を取り上げられたシャニーは先日捕らえた賊ゲベルの許へと向かう。
彼との会話の中で、新たな誓いを手に入れて彼に宣言して見せる。
────イリアの人に信じてもらえるような騎士になる
それを聞いてもゲベルは笑って突き放してきたが、そこから彼女は妙な情報を得ることになる。
聖天騎士団が執り行った開拓事業に駆り出されたカルラエ出身の男性が、天馬騎士団の者に連れられて二度と帰って来なかったと。
それが妙に引っかかったが、シャニーは子供達との約束を守り、ゲベルを開放するのだった。
ゲベルの姿が見えなくなった後、シャニーはまっすぐに元来た廊下を歩き出した。
任務に参加することは叶わない。反省しろと言われたが、もう自分なりに結論は出した。
昼まで時間はもう少しある。この時間を使って、どうしてもやっておきたい事があった。
十八部隊の詰所、さらに団長室の前をも通過して、西棟へと続く渡り廊下を青髪を揺らしながら駆け抜ける。こんな風に騎士団の中でうろうろするのは久しぶりだ。
たまに予算表を提出しに行くだけの西棟。周りを時々すれ違う人は皆事務方の者。軍服を着ている自分が何か浮いて見えてくるし、相手も珍しそうに見てくるから恥ずかしい。
同じ騎士団なのに、とてもそんな風には思えない。違う騎士団にいるかのような不思議な感覚だ。
自分を知る者、また自分が知る者が一人しかいないとこうも心細いものか。
「あら、シャニーさん。もうお怪我は大丈夫ですか?」
いきなり声をかけられてビクッと肩が動いたのが分かった。
自分を知るはずのない相手から、突然に名前を呼ばれて彼女は考える余裕もなく右を向く。
そこにはふくよかな女性がいて、こちらを優しそうな笑顔で見ていた。
彼女が誰だか全く分からないが、とりあえず相手は自分を知っており、心配をしてくれているようだ。
「え、うん。もうぴんぴんしてます。こんな感じで」
「それは良い事です。これからも管轄領の治安維持に勤めてくださいね」
「はーい。心配してくれてありがとうございます」
いつも通り返事をしてしまったが、一体何なのだろうか。思わず首を傾げてしまった。
(悪く思われている訳でもないし、ま、いっか)
その場で詮索をやめる。そんなことより、今はやりたい事がある。
ずんずんと歩いていくのは良いのだが、目当ての部屋がどこかイマイチ自信がない。
いつの間にか、彼女はふらふら、きょろきょろ。周りから妙な視線で見られても仕方ない。
ようやく目的の部屋につき、ほっと一安心。ドアの横には看板がかかっている。
──人事部入出管理室
「ここだ、ここだ。ふぃ~、何でこう迷路みたいなのかなぁ。もっとデッかく書いとけばいいのに」
ぶつぶつと独り言を漏らしながら部屋へと入っていく。中には中年の男女が座っており、どうももったりとした雰囲気が漂っていた。
だが、その雰囲気も来訪者によって破られた。軍服を着た人間がやってきたのだ。
「すいませーん、ちょっと投獄者リストを見たいんですけど」
「所属と名前を教えていただけます?」
シャニーの対応に当たった男性は、名乗って団員証を見せるとおもむろに紙を取り出した。
その紙には聞き慣れた名前がずらりと並んでいて、題目を見てシャニーはなるほどと心の中で納得する。それは職制表だった。
第一部隊にティトの名前があり、第二部隊はイドゥヴァで……最後まで眺めて驚いた。なんとその中に自分の名前があるからだ。
部隊長レイサの名前に横に、副将として自分の名前が職制表へ小さく載っている。何か不思議な気がした。
先ほどのふくよかな女性といい、意外と騎士団の中で名前が知られているのかもしれない。
「はい、シャニーさんにお見せできる一覧はこれですね」
男性が手渡したものは一冊のファイル。ファイルとは言っても紙は一枚しかファイリングされていない。
その事が不自然に思えた。中を確認してみて、それは疑問へと変わる。
「あの、これだけしかないんですか? 昨日投獄されたゲベルという男の名も無いんだけど……」
「その投獄者は第五部隊の管轄ですからね。各部の機密情報ですから、他部隊にお見せする訳にはいかないんですよ」
ここまで来て、シャニーはがっくりしてしまう。
彼女は先ほどゲベルが言っていた、聖天騎士団の開拓事業へ関わったおじさんが本当にここに捕らわれていたか確かめに来たのだ。
だが、肩書が有ると言っても所詮副将では自部隊のものしか見ることができない。通りでリストが貧相なわけである。
「おや、これはこれは重症患者のシャニーじゃないか。こんな所をうろついているなんて、暇で暇でリハビリでもしているのか?」
相変わらずなあいさつ。こんな事を言うのは一人しかないのでシャニーはすぐそちらを向く。
案の定、振り向いた先にはアルマがいた。久しぶりの再会なのに、どうしてこうも憎まれ口を叩けるのか。
「大きなお世話よ。別に暇でうろついてるわけじゃないもん。仕事だよ仕事」
「へえ、また賊でも捕まえたのか? 金にもならん仕事をご苦労なことだ」
シャニーはライバルの言い草が気に食わなくて、すぐに今何をやろうとしているのか話した。
最初こそ面白半分で聞いていたアルマだったが、その表情は見る見るうちに鋭く変わっていく。
最後まで聞き終わったとき、彼女はおちょくってこなかった。
また憎まれ口の一つでも叩くかと思ったが何も反応が返ってこなくて、これはこれではつまらない。
「シャニー」
「なに?」
ようやく反応がアルマから返ってきて、待っていたようにすぐに返事をする。
だが、アルマの答えはシャニーが想像していたものとは全く違うものであった。
「そう言う上のやってることにヘタに首を突っ込まない方がいい」
「何よ。アルマは何か知ってるの?」
「知らんさ。ただ、そうやって嗅ぎまわると良く思われないぞってだけだよ」
アルマなりに、かなり優しくシャニーへ警告したつもりだった。
ただでさえ、十八部隊は前回の団長選出戦の事で良くないイメージがついている。
だが、今はあくまで部隊に対しての評価だ。これ以上は彼女自身に係わってくる。
「すっごい知ってそうなんだけど。でも不思議に思わない? 聖天騎士団の事に何で天馬騎士団が絡んでんのさ」
アルマは少し考えた後、やはり分からないと顔で答えた。
「その盗人が見間違えたか、聖天騎士団と何かやり取りがあったかだろ? どちらにしても私達では分かるものじゃない」
シャニーはもう少しアルマと話をしたかったが、それを遮るようにまた別の騎士が入ってきた。
その騎士は先ほどのふくよかな女性と共に話をしている。
その声を聞いてアルマは向こうにいる騎士に向けて軽く頭を下げた。相手も軽く手を振ると、ふくよかな女性と共に部屋の奥へと歩いていく。
「さて、リハビリ患者のように私も暇じゃないし、これで失礼させてもらうよ」
シャニーの隙を見て、アルマはさっさとその場から立ち去ってしまった。
嫌味を言われて黙ってはいられなかったが、周りの視線には勝てずにすごすごとその場を後にする。
どうしても腑に落ちない。アルマは首を突っ込むなと言うが、そんな事を言われては余計に気になってしまう。
だが、時計を見た途端に髪の毛が逆立つ。収穫もないまま随分長居をしてしまった。
彼女は思い出したかのように事務の人間達をかいくぐりながら西棟の廊下を走り去っていった。
◆◆◆
一方シャニーが去った部屋では、先程から部屋の奥に座ったあのふくよかな女性とずっとイドゥヴァが話をしている。
それは他愛もない雑談から始まり、そしてその内に人事の話になった。
「あなたがこの時期に人事の話を聞かないなんて珍しいわね」
新人部隊は長くて半年ほどの在籍で、遅くても10月には配属先が決まり本格的な傭兵部隊へと送り込まれるのが例年の動き。
この時期になると、毎年イドゥヴァは自分の部隊に入って来る予定の名前を聞きに来るのだ。
「毎年渋って教えてくれないくせに」
「それが私達の仕事ですからね」
ふくよかな女性は事務方を取りまとめる総務部長。
彼女の頭には、各部隊の人員やら給金やらが全て網羅されている。
そして部隊長から転籍した身である為、騎士側の事についてもかなり詳しいし人脈も広い。
だからイドゥヴァも、彼女だけは事務方でも信頼を置いて対等に接していた。
「今年の新人は変わり者が多いですからね。あまり我が強い子は部隊の輪を乱すし」
ちょっと前までは何とか副将を自分の部隊に引き込みたいと思っていたが、どうやら考え間違いだったようだ。
団長選出戦で顔に泥を塗られた上に今も謹慎中だという。
これから先、あれこれ動いて行かねばならない時に、平気で盾突くような者は遠ざけておきたかった。
ただでさえ、あの小娘は……。
「変わり者……ね。ふふ、確かに変わり者ばかりですね、上位部隊でも戦力になりそうな子は」
総務部長は周りに誰も目の届く者がいないことを確認すると、机から一枚の紙を取り出した。
それは極秘中の極秘。十八部隊の戦力を分析した資料。
様々な観点から各隊員を分析した後、最後にS~Gのランクが付けられている。
むろん、こんな配属直前まで来てGなんてつく者はまずおらず、最低でもDまでだ。
その中でもSが一人、Aが三人いる。ここまでがボーダーだ。
「……まともに槍を扱えない者ばかりではないですか」
そのリストにイドゥヴァはひどく落胆した。副将からして槍を使っているところを見たことが無いし、ミリアとレンにいたっては使用戦術がクロスボウに魔法と、ふざけているのかと思うくらい。
この分析には希少価値も含まれるからこのランクになっているのだろうが、オーソドックスな騎士で役に立ちそうなのはルシャナくらいだった。
「どの子も今の騎士団には無いタイプばかりだから戦力になると思うけどね。特に地上戦をこなせるだけで欲しがる顧客は多いわ」
一体いつ、彼女たちのことを見ていたのかと思うくらい、総務部長は彼女たちの特長を物売りかのように伝えてくる。
一般の天馬騎士は天馬に騎乗した状態でしか戦えないので、場内の守備や森林帯での戦いなどの地上戦ではあまり戦力にならない。
ベルン動乱のような大規模戦闘の時はともかく、通常は地上部隊のほうに圧倒的な需要がある。
飛行部隊の需要は絶対に無くなりはせずともニッチなものなので、客のニーズへより応えることが出来れば報酬を決める傭兵としてのランクはそれだけで上がる。
「天馬騎士団の売りは空中戦よ。地上戦は聖天騎士団に任せておけばいいの。まったく、盗賊を教育係にするからこうなるのよ」
アウトローな人間が教育した結果、真っ新だった新人達も不良品ばかりになってしまった。
イドゥヴァにとっては、内心このままずっと十八部隊のままでいてくれた方が恥さらしを外に出さなくて済むとすら考えていた。
そうすれば、団長への糾弾は避けられまい。どんどん破壊されていく騎士団にイドゥヴァは焦りを感じていた。
◆◆◆
一方、拘束を解かれてシャニーとカルラエ城の城門で別れたゲベルの前には、暖かい日差しがあった。
拘留されていたのはわずか一日であるのに、その陽がとても久しくてありがたいものに思えた。
だが、その感情以上に今彼の心にあるものは子供達の安否だ。
あの騎士は食料を与えてアジトへ送り届けたと言うが、本当に彼らは無事だろうか。
今は大人でも自分が生きる事に必死で、他を省みない者も多い。子供を見てくれる人など居ないのだ。
その原因である戦争を始めた騎士達はその責任を果たさず、相変わらず他所の国へヘコヘコと頭を下げに行くばかり。
出稼ぎに行かなければ国が行き詰る事は彼だって頭では分かっている。
しかし、彼にはどうしても納得できなかった。自分達を見殺しにしてまで金を稼ぎにいくその姿を。
国と、国を構成する者達の命を天秤にかけた挙句、国を取るような連中にしか思えない。
「もっと信頼される騎士になる、か。……うぜえヤツだ」
ゲベルは自分より若い騎士がさっき口にした言葉を思い出し、行き場のない苛立ちを足元の小石に籠める。
騎士は憎い。だが彼女はその騎士のイメージとは違うように彼には映った。
なのに、その事が逆に彼の中に苛立ちを覚えさせていた。自分でも何に対しての苛立ちか分からない。
イライラする……その時だった。彼は急に背後からの殺気を帯びた気配に気づき、びっくりしてそちらを向くも誰もいない。
次に気配を真横から感じ取った彼は、迷いもなく拳闘をそちらへ突き向けたのだが、その拳は相手に突き刺さる前に、手で受け止められてしまった。
急に視界に現れた人物を横目に確認し、彼は慌てて拳を戻そうとしたが相手はそれを離さない。
「レイサさん!」
「いきなり女に拳を向けるとはね。でも、こんな拳……」
突然襲う鈍痛。よく見ると相手の手刀が自分の喉に食い込んでいる。
「子供だましってね」
痛くても声も出ない。喉を完全に押さえられていた。
「やっぱり暗の内に俺を始末しに来たのか?!」
しばらく呻いていたあと、顔を真っ赤にして怒鳴ったはずなのだが、まるで動じるそぶりも見せないどころか腹から笑われた。
「あはは、本当に可愛い子だねえ。それならさっさとあんたの喉を掻っ切ってるよ。どっからでも狙えそうだしさ」
そう言われてしまうと、ゲベルは反論が出来なくなった。
なぜか付いてくるレイサとはしばらく会話もなく、なんとなく気まずい雰囲気だ。
「それにして、あんたはホント騎士嫌いなんだねえ」
しばらくしてやっとレイサが話しかけてきた。
「……騎士が嫌いなんじゃねえ。騎士共がやってることが嫌いなんだ」
レイサはその言葉を聞いてふっと笑った。それは自分だって同じだからだ。
騎士たちは自分達がイリアを導いていかなければと豪語している。だが、実際はどうだ。民を置き去りにして国の為と外へ出て行く。
「確かに私もあんまり好けないヤツが多いね」
「だろ? でも知らなかったぜ。レイサさんみたいに元盗賊も騎士団にいたなんて」
元というか、今もそうだけど────その言葉が喉まで出かかったがなんとか腹に押し戻す。
だが、彼女は何か懐かしかった。自分にもこんな時代があった。
シグーネと出会うまでは、ゲベルよりももっと惨めな生活をしていた。
盗んで殺して、生き存える。自分のしていることは必要悪で、これを引き起こしているのは国のせいだと罵った。
「まあね。人のせいにして生きなるなら、自分の手で変えてやれば良いと思ったからね」
「なんかカッコいいな。でも、俺はあんな欲の塊達と一緒にいるなんてゴメンだぜ」
「はは、さすがの八英雄もあんたにはたじたじだったねえ」
レイサの口から出たいきなりの言葉にゲベルは頭がついていかない。
腕組みをして口をへの字に曲げてみるものの、やっぱり理解ができなかった。
「さっき喋ってたじゃないか。シャニーのことだよ」
彼の目の色が変わった事がレイサにはすぐ分かった。
ゲベルにとっては、予てからの疑問がようやく吹き飛んだ思いだ。他の騎士が彼女の名前を呼んでいた時から、どこかで聞いたことのある名前だと思っていた。
「とは言っても、あん中じゃヒヨっこの下っ端騎士だけどね」
彼は黙ってしまった。何が自分をこうもイラつかせているか分かった気がしたからだ。
それでも精一杯強がって見せた。弱さを見せる訳には行かない生活を送ってきた彼の癖だ。
「へ……。ハチエイユウ様ね。国の中の事を何も知らんくせに、何が英雄だよ」
「それね、あいつ自身もそう言ってたよ。だからこうやって呼ぶと怒るんだよ」
「……」
「あいつは今でも修行中だよ。毎日ふらふらどっかをうろついて色々知ろうとしてる。イリアを知って、変えたいと思ってるからね」
自分のしている事が、情けなくて仕方なかった。今までは、自分や子供の為と自分の行動を正当化してきた。
同じ盗賊が、イリアを変える為に働いている。同じ盗賊なのに、どうしてこうも相手のほうが輝いて見えるのか。そして、今まで軽蔑してきた騎士にすら。自分に納得がいかない。
「レイサさん、さっきの話。少し考えさせてくれ」
「へえ、どうしたんだい? あんなに嫌がってたじゃないか。騎士と一緒にいるのは嫌なんだろ?」
ゲベルは体の向きを変え、レイサと正面で向き合った。
どうしても胸元へ目が行ってしまうのを抑え、彼はその上を見据える。そこには自信たっぷりの顔。
「だから、だ。俺はあいつにだけは負けたくない」
彼はレイサの返事を待たずに再び体の向きを変え、街へと向かう。
ヤツに負けたくはない。しかし、今はその時ではない。そんな事よりも、今の自分にはやるべき事がある。
◆◆◆
街に帰ってきた彼の足はいつの間にか走り出し、町外れを目指していた。
貧民街にたどり着く。そこは極寒の中で戦争の後遺症を引きずる者達が生きていた。
ここに温もりなど無い。他人を省みる余裕などどこにも無い。
夢、希望、そして未来。今を生き抜くことに精一杯の者達に、そんなものはそこらを風に舞うゴミ同然だ。
目前に迫った死と毎日を戦っている。そんな混沌とした場所へ、ゲベルは戻ってきた。
「よう、騎士に連れてかれてくたばったかと思ったのに、戻ってきやがったのか」
街に入るなり、街人から声をかけられる。
そちらを睨むと、同世代の青年達が屯してこちらを眺めていた。
いつもはその仲に加わっているのだが、今日はそんな気分にはなれない。急ぐ足を進める。
「おい、昨日ここにガキ共を連れてきたねーちゃん。お前のカノジョか?」
仲間の言葉が、彼の足を百八十度反転させた。ゲベルは仲間の前で足を止め、彼の胸倉を掴み上げた。
「ここに騎士が子供達を連れて来たのか?」
「おお、青髪のおねーちゃんが来たぜ? 最初はお前の手下共を連れて行こうとしたのかと思ったぜ」
更に胸倉を高く掴みあげる彼に、仲間はストップをかける。
彼は血の気が多く、拳闘は右に出るものがいないため誰も向かっていこうとしない。
「お前ら、あいつに攻撃したのか?!」
「ば、ばか言えよ。相手は騎士だろ。お前でもあるまいし丸腰でどうやって挑むんだよ。それに、ガキ共みんなパンくわえてねーちゃんになついてたからよ。触らぬ騎士に祟り無しってな」
ゲベルは仲間を高く掴み上げていた腕を少し下した。
あの騎士が言った事が本当だった事を知り、彼女の顔を思い出して新たな決意を胸に焼付ける。
相手は少しだけ、約束を守った。自分が約束を破っては、自分に、アネキに嘘をついては男が廃る。
ヤツには絶対に負けないと誓った。自分に、そして小さいころよく世話してくれたアネキに。
「で、あいつはお前のカノジョなのか? 飽きたら俺にも回してくれよ。結構な上玉じゃん」
「ざけんじゃねえ!」
仲間を拳で黙らせた彼は、再び走って子供達の許へ向かう。子供達は相変わらず元気そうに遊んでいた。とてつもない安堵感。
「お前ら! 無事だったか!」
「あ! アニキだ!」
ゲベルが走り寄り、子供達も彼に向かってダッシュ。彼は子供達の顔を一人ずつ見渡す。皆元気そうで怪我もない。
「あの騎士に変な事されなかったか?」
「ううん。わぁ、お姉ちゃん約束守ってくれたんだ!」
子供達も安堵したようで顔中に笑顔が広がる。
彼らも知っていたからだ。ゲベルと仲の良かった同じ貧民街に住んでいた男が、騎士たちに連れて行かれて以来帰ってこなかったことを。幼いながらにその意味を。
自分達が敬愛する兄貴分が、同じような運命を辿ってしまうのではないかと不安な一日だった。
「約束……?」
「うん、あのお姉ちゃん、ぼく達と指切りしたんだ。絶対アニキにひどい目にしないって!」
「そうか……」
ゲベルは彼女に対して行った暴言を思い出し、自分に対し笑って見せた。
自分の周りに群がる子供達の顔には、笑顔だけが広がっている。この顔を、再び不安に陥れる様な事はしたくはない。
「なあ、お前ら。盗みをする事はどう思ってんだ?」
いきなりな質問に子供達は目を合わせて驚いたが、やはり純粋な子供。何のしがらみにも捕らわれない素直な答えが返ってくる。
「良くない事だよ。でも、しないとぼく達が死んじゃうんだ」
ゲベル自身もそう考えてきた。生き残るにはこれしかない、と。
だが、同じこのスラム出身のレイサが、国を変える為に盗みを止めてその身を国へ捧げている。
そのレイサの言葉に、彼の心は揺らいでいた。
────誰かがやってくれるなんて思うな
「そんな事は無いぜ。俺達は、盗みなんて情けない事をしなくたって生きていける。いいか、お前ら。盗みなんて、最低なヤロウのする事だ。つまり……今までの俺達は最低なヤロウって事だ」
子供達はとても不安そうな顔をする。いつも男としてのプライドを大事にしろと口癖のように言い聞かされてきた。
アニキのする事が男らしい事で、アニキのすることを真似れば、漢となる事が出来ると思ってきた。
それが今、こともあろうにそのアニキによって否定されてしまったのだ。
「だけどよ、これからは違う。このままじゃ俺のプライドが許さねえ。だから、俺はこれから国の為に働くぜ。心配すんな。俺達みたいな孤児上がりが、騎士達を手玉に取ってるとこを俺は見てきたからな!」
アニキの力強い言葉に、子供達の顔にぱっと笑顔が戻る。
殺されるかもしれない盗賊家業。盗人として討伐されるなど男として、いやイリア人としての誇りに傷をつける。
同じ命を懸けるならそんなちっぽけなことによりも、もっと大きなことに対して懸けて、自らの名を歴史に刻みたい。それが、漢というもの。
まずはどうしようか。きっと町の外で待っているアネキの許へ行くことにしようか。
彼は子供たちに手を振って、カルラエの街を後にした。