ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前話のあらすじ

 シャニーはゲベルから入手した情報の真偽を確かめる為、カルラエ城の西棟にある人事部入出管理室へと向かう。
 彼の言葉が本当なら、投獄者リストの中に対象の名前があるはず。
 だが、副将と言う肩書では自部隊が処理した案件しか閲覧できずとん挫してしまう。おまけにアルマからは上層部のやる事に首を突っ込んで嗅ぎまわるなと警告を受けるのだった。

一方、解放されたゲベルはスラム街に戻り、子供たちの無事を確認する。
アニキ分の元気な顔を見て子供たちは口々に言った。あの騎士は約束を守ってくれたと。
約束を果たしたシャニーに対してゲベルは決断する。盗賊から足を洗い、レイサのように戦おうと。



第5話 決断の時

 早足にブーツが廊下を叩き、シャニーはまっすぐ前を見据えて団長の許へと向かう。その顔には朝見せた不安そうな硬さは無く、ずんずん進む足取りははっきりしている。

 いよいよ部屋の前にたどり着くと、彼女は大きな深呼吸をした後ドアをノックした。

 

「十八部隊所属、シャニーです」

 

「いいわよ、そのまま入って」

 

 何かおかしい。耳は確かに、後ろから声を拾った。団長は部屋の中のはず。はっとして後ろへ振り向いた目がまん丸になった。

 そのまま後ずさりしようとして、開けるはずだったドアにゴスっと後頭部を打ち付けてシャニーは顔を歪めている。

 

「何もそこまで驚かなくてもいいのに」

 

 あまりのオーバーリアクションにティトはため息混じり。相変わらずの性格は気持ちを和らげてくれるものの、そろそろ落ち着いて欲しい所だ。

 そんな姉の気持ちなど欠片も知らない顔は、今も非常事態から逃げ出そうと頭を扉へ押し付ける。

 

「げ、なんで外にいるの?」

 

「何、それ。私が休憩してちゃいけないって言うの?」

 

 姉の眉間にしわが寄ったのがはっきり分かった。このままだと、第二ラウンドへ入る前からますます姉に生えた角が増えてしまう。

 何とかあれこれ考えを巡らすが、やっぱり気の利いた言葉なんて簡単に出てくるはずも無い。

 

「いや、そう言う訳じゃ」

 

 そこから先が出て来ない。思い付きを口にしたって角が飛び出すだけだ。

 

(うー……奇襲攻撃なんてズルいよぉ)

 

 バッチリ準備して来たはずだったのに思わぬ先制パンチを受けて、逸れる視線が降参を訴える。

 

「いいから中に入って」

 

 ティトもシャニーと同じように食堂からこの部屋へと戻って来ていたのだが、どうやらシャニーは背後に団長がいる事をずっと気付かずに来たらしい。

 この場で小言が始まりそうな程の呆れ顔をティトから浴びせられ、ドアを開けられて半ば押し込まれるように部屋へと入る。何か出鼻をくじかれた気分。

 

「……で、ここに来たという事はちゃんと考えてきたんでしょうね」

 

 余計な雑談を挟んでくれるような相手ではない。シャニーの気持ちがまだ切り替わらないうちに、ティトが先手を仕掛けた。

 

「え?! えーとね、えーっと!」

 

「……座ったら?」

 

 急に振られたシャニーは今まで考えてきた事を次から次へと口にしてみるのだが、頭がまとまらず何を言っているのか自分でも分からない。

 ティトは口をへの字に曲げるとシャニーへ座るように命じ、言われるままのシャニーは姉が武具を装備する姿を眺めていた。

 どこか自分の知っている姉とは違う雰囲気。つっけんどんできつい眼つきをしている事は今までもしばしばあったが、その中に優しさもあった。今の彼女には、それが無いような気がしてならなかった。

 

 しっかりマントまで羽織ったティトが装備を終えてこちらへ向けた顔はやはり固い。疲れているのだろうか。自分もその重荷の一つになっていると思うと気持ちが重くなるが、今は姉へ誓いを見せる為に来たのだ。姉の力になりたくて。

 

「待たせたわね。それで? 頭は冷やしたの?」

 

 真っ先に結論を要求された。しかし、今度はシャニーだって落ち着いてみせる。一度目を瞑って大きく深呼吸する。……姉は怒るかもしれない。だけど、これが自分の出した答えであり誓い。相手が誰であろうが、信じたものはそう簡単には覆せない。

 たった一人でも信じてくれるなら……今の自分にはそんな人がたくさんいる。

 

「はい。あの場は仲間に任せても良かったかもしれないと思います」

 

 ようやく言わんとしている事を分かってくれたと、ティトの眼差しが少しだけ優しくなる。分かってくれれば良い……そう思った次の瞬間、ティトの目元と口元が歪むことになる。

 

「でも、あたしがした事が間違った事だとは思っていません」

 

 妹は一体どこまで失望させれば気が済むのか。あの場は明らかな失敗だった。未熟な賊が相手だったからあれで済んだが、斧でも持ち出した荒くれ相手なら死んでいたかもしれないというのに。

 当然、ティトは反論しようとするものの今度はシャニーが先手を取った。

 

「だって、あたし仲間を信じてたんだなって気づいたから」

 

 ────考え無しの行動じゃない! 信じて、前に出たんだ! 

 

 落胆はますますティトの目元を厳しくさせるばかり。一体見習い修行時代に何を学んできたと言うのか。

 イリア騎士団は矛盾の塊のようなもの。その代表が騎士同士の信頼関係。騎士団として動き、軍として行動する以上チームワークは大切だ。

 でも、傭兵として生き残り、祖国へ金を送るには時として仲間へ刃を向けなければならない事もある。

 妹の言っている()()()は明らかに過信だ。

 

「前にも言ったはず。過度の仲間意識は任務に支障をきたすわ」

 

 一つのミスで命を落とし、イリア騎士の信用すら落とす世界。過酷な虚空の戦場では、()()()など通用しない。それでもシャニーの瞳が俯く事は無かった。彼女にとってそれは、()()()では無いから。

 

「任務にも大切な事だと思う。あたしは仲間を信じてる。だから、ちょっとぐらいムチャをしても前に進む。いつも仲間がフォローしてくれるから。そうした方が、余計な犠牲も出ないよ。十八部隊はそうしてきたもん」

 

 結局、口では悪かったと最初に詫びたが、朝と考えはまるで変っていないらしい。フォローしてもらえる。そう考える時点で彼女を他の部隊で戦わせることは難しい。

 

「あなたねえ……」

 

 苛立ちを露にするティトをシャニーが遮った。誓ったのだ、イリアの人に信頼される騎士になると。

 

「もし、仲間を信じる事を否定されても、あたしが信じた皆が信じてくれるなら構わない。騎士同士ですら仲間と心から信じあうことを拒むなら、人々とはもっと分かり合えないよ。そんなのがルールなら……戦ってぶっ壊してやりたいよ」

 

 ────現状をぶっ壊してやる。戦ってやる! 

 

 ティトはその言葉をどこかで聞いた事があるような気がした。いや、他でもない自らが団長に就任した時に誓った思いだ。

 苦労しているからこそ、その難しさが分かる。理想と現実の間にあるしがらみは、どんな光さえも遮ってしまいそうだ。

 そのしがらみこそが、天馬騎士団の地位を揺るぎないものにしている原動力でもある。それを代々継承する事で、天馬騎士団は地位と業を護って来た。

 

「……貴女の言う事は、理想を超えて詭弁に近いわね」

 

 ティトも呆れているのだろうか。先程迄の怒りがまるで萎んでいることが分かる。

 だがもう少し聞いてみたかった。彼女がここまで言うということは、少なくとも彼女の周りには信じてくれる人と、信じられる人がいるということだ。この天馬騎士団の中に。

 

「イリアの人々との約束を守る。それが騎士の役目だと思うから。みんなを信じて動かないと、変えられないことばかりだと思うんだ」

 

 守ると約束したのに守れなかった者たちがいる。希薄になった信頼関係の中、足しげく通ってようやく信じてくれた顔が不意に弱って悩みを語ってくれたのに、何もしてあげられずにいる自分がいる。信頼に応えられなかった悔しさ。そして突きつけられた怒り。

 

 ────お前に何が分かる! もっと地元を知りやがれ! 

 

 そんな怒りを向けてきた彼は、最後に少しだけ信じてくれた。自分も彼に、イリアの民に姿勢を見せていかなければならない。彼らとの約束を果たし、失われた信頼を取り戻す為なら戦うつもりだ。

 

「それと、無茶をする事は何も関係無いでしょ?」

 

「うん。だから、それは反省してる。でも、目の前で困っている人がいるのに、それを見捨てる事は出来ない。あたしの……誓いに反するから」

 

 やはり今回も梃子でも動く気はないらしい。いつもならガツンと言うところだが、今日はそんな気分にならない。見習い時代には決して聞けなかった事をシャニーが口にしたからだ。朝も見せてきたこの眼差しは決して半年前の妹にはなかったもの。

 

「あなたの誓い?」

 

 聞きたかった。この半年間で彼女が掴んだものを。蒔いた種が芽を出し咲かせようとしているものを。それさえしっかりと咲かせて、無茶を控えてくれるのなら他に何があっても目を瞑ろう。傘となって戦ってきた事も報われる。

 じっとシャニーの目を見つめるティトの眼差しは、戦場で敵を突くかの様に力が籠る。

 

「イリアの礎になって、みんなと戦い続けること」

 

 それを口にした騎士の瞳は、半年前の自信と幼さに輝くものではなかった。

 一人の叙任騎士として心に刻んで来た多くのものを湛え、幾多の空知らぬ雨を越えて自身に決断させた意志をはっきり感じさせるもの。

 

「貴女……、半年前とだいぶ変わったわね」

 

 思わず漏れた言葉はティト自身にも不思議だった。人はこうも変わるものなのか。

 一番隊で活躍することだけを願い、叶わなくて怒りに身を任せてきたあの時の顔とまるで違う顔が目の前で決意を口にしている。

 守るべきものをはっきりとさせて、彼らを見つめているかのような鋭気に満ちる瞳。姉にこの半年の内に積み上げてきた誓いと言う名の剣を見せるように、シャニーは最後まで言い切った。

 

「国の外で戦う事が自分の使命で名誉だと最初は思ってた。戦うって言葉の意味を間違えてたんだ。人々に寄り添って、彼らの声を聞いて訴え続ける事。彼らの為に振る剣をどれだけ非難されても、自分を信じてくれる人がいるなら彼らの為に誓いを貫く事。それが戦うって事なんだと思う」

 

 辛い事や悲しい事、悔しい事、この半年いろいろ経験した。何もできない自分が悔しくて、大事な人たちを道具のように使える自分が恐ろしくて、自分がどうありたいのか自身の言葉で言えなかった自分が情けなくて……。

 今までの人生の中で一番泣いたし、眠れない夜を過ごした気がする。その涙すべてが今自身の誓いとなって心に湛えられている。

 

「分かったわ」

 

 あの人たちの力になってあげたい。あの人たちに信頼されたい。民をじっと見つめる青の瞳が語った誓いに、それまで怖い顔をしていたティトが不意に見せたのは優しい顔。

 

「貴女の誓いを私は尊重する。イリアの人々の事、頼むわよ」

 

 どきっとした。あの姉が、自分を認めると言ってくれたのだ。頼むなんて言われた事は初めてかもしれない。

 

(お姉ちゃんが……あたしの事、信じてくれた……!)

 

 嬉しくて言葉が出ず頷くしか出来なかった。何だか、入団から半年経ってようやく一人前の叙任騎士になれた気がする。

 ティトにとっても、ようやく妹が決断させてくれてほっとしていた。時間はかかったが十八部隊はようやく形になってきた。

 

「ただし」

 

 それでも、褒めただけではやはり終わらなかった。

 

「あなたの傍にいる人々の言葉に、非難に、耳を塞がないで。戦うと言うのは意見する人と対立する事ではない。それだけは肝に銘じて」

 

 周りの意見を聞かずに突っ走るだけならそれは独善でしかない。あらゆる意見を聞き、想いを融合させること。屈しない強さと同じくらい、過ちは認め、正していく事も大切な強さ。

 姉の言葉にシャニーは何度も首を縦に振った。

 

「なら、一番傍にいる人の声を早速聞いてちょうだい」

 

 もう、少し前までの口答えばかりの妹ではない。自分もまた、彼女の誓いの中にいて最も傍にいるイリア民。それをはっきりと彼女に伝え、そしてそっとシャニーの手を取った。姉としてではなく、戦友として。周りは敵だらけだが、背中を任せられると信じた、失われた天馬騎士団の名を取り戻すために戦う仲間として。

 

「自分が無茶をすればって言う考えは絶対に止めて。お願いだから」

 

 姉がこんな顔をしてお願いなんて言葉を使うのは初めてだ。いつも表情が乏しい姉だから、こんな悲しげな顔をされてシャニーは思わず息をのんだ。

 今にもティトは泣きそうで、あまりに驚いて何も返すことが出来ないでいると、ふいに姉のいい匂いがした。抱きしめる姉の優しい感触に目を真ん丸にして驚く。

 

「貴女にもしもの事があったら、貴女を信じている人がどんな気持ちになるか……少しは考えてちょうだい」

 

 もうあんな思いはしたくない。意識を失い、真っ白な顔でずっと眠り続ける妹に何もしてあげることが出来なかった。傍にいてあげたくても、成すべきことに背中を押され続け食事も喉を通らない。もう、あんな静かな顔は見たくない。

 ようやく目覚めたと思ったら賊の前で膝を突き、短剣を向けられて……それをどんな気持ちで見ていたのか。少しでも妹に知って欲しかった。

 

「……分かったよ。無茶しないって約束する。心配かけてごめんなさい」

 

 そっと乗っている姉の手をしっかりと両手で包むようにして握り、シャニーは小さく頭を下げた。

 

(お姉ちゃんの力になりたい。絶対になるんだ!)

 

 いつも感謝している。十八部隊が周りに何を言われているか。自分が周りからどんな評価を受けているか。その全てを姉が傘になって守ってくれてきた事を。

 なかなか素直になれずに口答えばかりしてきた自覚はある。だが、もう姉にも心配をかけたくない。

 誓いを掲げ、彼女にその姿を見せたかった。ティトが一人で戦ってきた相手へ、共に対峙して剣を握る覚悟を。

 

「信じているわよ、シャニー。私と一緒に、戦って欲しい」

 

 姉がようやく認めてくれた。その喜びは体をふわっと浮せるかのようだが、自分の手を両手でしっかりと握ってきた姉の眼差しに背筋が伸びた。

 10月には配属が待っている。もう明日から9月というこのタイミングでかけられた言葉の意味を、シャニーは強く頷いて受け止めるのだった。

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