ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前章(10章)のあらすじ

 医務室を脱走したシャニーは、セラを捕まえてカルラエの城下町へ向かい、昔からの懐かしの味を楽しんでいた。
 そこでこの町に巣食う盗賊ゲベルを見つけて捕まえようとするが、無理がたたって動けなくなった彼女へ突き向けられた短剣。そこへ現れたティトがゲベルを吹き飛ばして事なきを得る。

 ティトから当日の自宅謹慎を命じられたシャニーは、翌日十八部隊に久しぶりに顔を出す。
 どうやって姉に謝ろうかと沈んでいた彼女は、皆におかえりと声を掛けられて、帰ってくることが出来た喜びに不安が少し和らいだ。

 しかし、団長室でティトがシャニーへかけた言葉は意外なもの。
 自身の誓いに触れる内容だった事からシャニーは反発してしまい、部屋から追い出されてしまう。昼まで頭を冷やせと。

 団長の怒りを買い、仕事を取り上げられたシャニーは先日捕らえた賊ゲベルの許へと向かう。
 彼との会話の中で、新たな誓いを手に入れて彼に宣言して見せる。

────イリアの人に信じてもらえるような騎士になる

 それを聞いてもゲベルは笑って突き放してきたが、そこから彼女は妙な情報を得ることになる。
 聖天騎士団が執り行った開拓事業に駆り出されたカルラエ出身の男性が、天馬騎士団の者に連れられて二度と帰って来なかったと。

 シャニーはゲベルから入手した情報の真偽を確かめる為、カルラエ城の西棟にある人事部入出管理室へと向かうも、副将と言う肩書では自部隊が処理した案件しか閲覧出来ずとん挫してしまう。
 おまけにアルマからは上層部のやる事に首を突っ込んで嗅ぎまわるなと警告を受けるのだった。

 一方、解放されたゲベルはスラム街に戻り、子供たちの無事を確認する。
アニキ分の元気な顔を見て子供たちは口々に言った。あの騎士は約束を守ってくれたと。
約束を果たしたシャニーに対してゲベルは決断する。盗賊から足を洗い、レイサのように戦おうと。

 迎えた昼休憩の時間。シャニーは再度団長室を訪れ誓いを宣言する。

────イリアの礎になって、みんなと戦い続ける

これを聞いたティトは彼女の誓いを認めるが、その()()()には自分も含まれている事を伝え、その想いを口にする。

────無茶をしてもしもの事があったら、貴女を信じている人がどんな気持ちになるかを考えろ

 侘びの言葉と共に受け止めるシャニーの手をティトはしっかりと取った。

────私と一緒に、戦って欲しい

 背を任せられる戦友として。


第11章 恋慕のシルフィードダンス
第1話 『赫竜』のソルバーン


──エレブ新暦1000年 9月

 

 短い夏も終わりかけているイリアの朝。

 高く澄んだ空からは何も遮ることのない眩い光が、弓のように張り詰めた冷たい蒼にまっすぐに降り注いで、天馬騎士団の本拠地であるカルラエの白き巨城を明るく浮かび上がらせる。

 

 その日差しを浴びて飛び立つ天馬隊は、その人数規模からしてティト団長率いる第一部隊だろうか。

 その一角では身を引き締めるように鋭く空を斬る音が今日も響いている。

 

「よしっ、今日もなかなかキレがいいぞ」

 

 ふうっと大きく息を吐いて剣を下したシャニーは、青髪を分けて額に浮かんだ汗を拭いながら、体の中から湧き上がってくる気持ちを弾けさせるように小さく何度もジャンプして見せる。

 

「今日も気合入ってるね」

 

 閃電の魔術師との戦いで受けた傷もすっかり癒えて、特に後遺症もなく体にキレが戻ってきたのがはっきり分かる。

 部隊の集合場所にやってきたレイサは、今日も聞こえてくる剣の音で彼女の調子を察したが、「ま、でも今日はそれを使う機会はないだろうけどサ」意地悪く付け加えた。

 

「なんで?」

 

「なんでって、今日はあんたの大好きな予算書の締め切り日じゃないか」

 

 ずいっと顔の前に突き出されたものを見た途端、発作でも起きたかのようにわっと体中の皮が引きつったような気がした。

 何度見ても嫌な気分にさせられる紙も世界中探してもそうそうないだろう。

 

(うげーっ、またこれかぁ! 体痛いフリしちゃおっかな)

 

 この紙は最強だ。この紙の前ではいくら指があっても足りない。

 どれだけ早い時間から取り掛かったって書き終わるのは決まって22時過ぎ。これ以上机にかじりついていると剣の稽古が出来なくなるギリギリの時間。

 あからさまに顔に出たシャニーは口を尖らせる。

 

「部隊長なんだからこれくらいやってくださいよー。あたしの専門分野じゃないしさー」

 

 何でもかんでも振ってくる気がする。副将と言うより何でも屋と言うか、部隊長のお守り役と言うか。

 もう早くも半年この関係なので、今更言ったところで変わらない事は分かっているが、憎まれ口がついて出る。

 

「私はもっと専門分野じゃないよ」

 

 まるでシャニーの反応が分かっていたかのように食い気味にレイサは笑っている。

 

「どこの部隊も副将が案作って部隊長は承認するだけだよ」

 

 無理無理とでも言いたげに手を振ってくる部隊長を恨めしそうに見ながら、しぶしぶ予算書を受け取る。

 

(絶対違うし……)

 

 喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。そんな事を言っても、うちはうちと言われるだけ。

 何より、レイサが自分ではなく自分の後方を見つめていることに気づいたのだ。

 

「どうしたんですか?」

 

「あいつは……ソルバーンじゃないか。なんだってこんな所に」

 

 レイサの見つめる先では、サングラスをかけた長身の男がカルラエ城の中に入っていく。

 よく知るが、こんなところに来ることはまず無いはずのあの男。見間違えるはずがない。

 

 つい先ほどティトが出撃したばかりのこのタイミングを狙ったかのような出没に、レイサの眼差しが厳しくなった。

 こちらの気配に気づいていないかのように男を凝視しているから、シャニーはそっとレイサのズボンに予算表を引っかけてトンズラしようとしたのだが、あっさり首根っこを掴まれた。

 

(トホホ……これはもう、ルシャナに泣きを入れるしかないか……)

 

 

 

◆◆◆

 カルラエ城の第七会議室。城でも端にあるこの小規模の会議室はめったに使われる事は無く、他の会議室が埋まっている時に下っ端が仕方なく使う程度だ。

 

 今ここに集まっている面子を、そんな若手が入って来て目の当りにしたら腰を抜かすだろう。

 副団長のイドゥヴァに、その右腕アルマ、そして先ほど登城して来たサングラスの男ソルバーン。

 彼は椅子にもたれ足を机に引っかけながら、気だるそうにイドゥヴァからの報告を聞いている。

 

「……っつーことはだ、失敗したって事か? あんた」

 

 部屋を包む独特のイントネーションをした、どこか絡みつくような声。

 その視線は天馬騎士団副団長イドゥヴァへ向けられていることが、サングラス越しでもはっきりと分かる。

 失敗したとは言いたくない彼女は男から視線を外すが、目は口程に物を言うようで、怒りに震える眼を見て男は鼻で笑っている。

 サングラス越しの表情は怒っている訳でも焦っている訳でもなく飄々としたもの。

 

「次の案をすでに検討中です」

 

 だが、回答を期待していた声とまるで違う、落ち着き払った声が聞こえてくると眉間にしわを寄せた。

 

「あぁん……? 誰だテメェ」

 

 低い声はあからさまに興味が無いと言いたげに気だるそうだ。

 だが、声はそうでも視線は違った。それまでイドゥヴァに向けていたものとは明らかに違う、サングラス越しでも分かる突き刺すような鋭い眼差し。それを向けられても、まだ少女と言ったほうが良い顔つきの騎士は小さく頭を下げるだけ。

 

「貴方にはまだ会わせていませんでしたね。彼女はアルマ、私の部下です」

 

 息を吹き返した様に、いつもの絡みつく感じの声がこの小娘の正体を教えてくれた。

 第一部隊に所属しているはずのアルマだが、今日はこうして重要な密会があった為、理由をつけて出撃を回避していた。

 

「ほぉ、ずいぶんと若い右腕だな。そんなに人材がいねえのか?」

 

 ベルン動乱でこのイリアも主力部隊の大半を失ったことは、イリアに根を下ろしている以上この男も知っている。

 それでも、ここまで若い騎士が副団長の右腕と聞かされては、口調にも口元にも驚きより呆れが滲む。

 

「彼女は特別優秀なのです」

 

 この欲深いイドゥヴァがフォローしたとしても男の口元は変わらなかったが、サングラス越しにまじまじアルマを見る眼差しは、次第に興味に光り出し口角が吊り上がりだした。

 

(こいつは……()()()やがるな……。しかも……だいぶ濃い)

 

 なるほど、確かにイドゥヴァが言う通り優秀なのかもしれない。尤も、彼女がアルマのそれに気づいてそう言っているとは思えないが。

 

「その優秀な右腕がおっても取れんとは、天馬騎士団の団長っつーのはよほど競争が激しいんだな」

 

 そういう面倒くさい世界は御免。ポリポリと真っ赤な怒髪をかく男の口元が歪んでおり、ぴくっと一瞬イドゥヴァが眉をひそめる。

 どれだけ嫌味を言われても返すことはできない。今も胸に輝く勲章は銀色のまま。自身が副団長であるのは事実なのだ。

 

 あの時、あの団長選出戦の時……あの青髪が自分に投票さえしていれば……沸々と怒りが湧き上がってくる。

 あの顔を見ていると、その母親をどうしても思い出してしまう。顔も、気勢もそっくりの人生を狂わせてくれた憎い相手。

 まるで生まれ変わって邪魔をしているようで拳が震えだす。

 

「先ほどアルマがお伝えした通り、必ず取ります。機が満ちたらその時は……お願いしますよ」

 

「おう、こっちは任せろ。そっちこそ機が満ちる前に婆さんになるなよ」

 

 十八部隊の棄権は今思い出しても忌々しいが、今は腹に押し込めてただ頭を下げるしかない。

 聞き終わりもしないうちに部屋を出ていこうと背を向けた男は、笑いながら後ろに手を振った。

 そのままお行儀良く廊下を抜けて行くなどせず、窓から飛び降りてそのまま城壁を越えて行こうとした男へ、待っていたかのように声がかかった。

 

「こんな所で油売るとは、ずいぶん暇そうじゃないか」

 

 馴れ馴れしく話しかけてくる人間など知れている。

 声のするほうをサングラスの端に捉えた男は、見降ろした先に親しい顔を見つけて立ち止まった。

 

「よ~、レイサ」

 

 蛇の道は蛇と言ったところか。建前など要らない相手は話しやすい。

 気だるそうな口調は相変わらずだが、その声には親しみが込められている事が高くなったトーンから分かる。

 

「それはこっちのセリフだ。部隊長とか柄にも無い事をしてるっつーのは本当だったんだな」

 

 昔からの付き合いだ。それこそ、レイサがただの盗賊だった時からお互いの情報を売買するような仲。

 それも最近はレイサが騎士団の関係者になったので繋がりは薄れていたが、相変わらず元気のようで久しぶりに見る顔はどこか角が取れたようにさえ見える。

 こうなってしまうと、()()()も面白くない。

 

 久しぶりの再会を喜ぼうとしたのも束の間、サングラスの端に何やら若さ溢れる姿が見えて、男はシャニーを視界に捉える。

 

「レイサさん、予算書作ってきたよ。へへー、早いでしょ! はやくサインちょーだい!」

 

 闇の世界の住人同士の会話の中に、そんな世界とは無縁の元気な声が走りこんできた。どうやらこちらの右腕も随分と若いようである。

 だが、男の反応はアルマの時とは違った。

 

「んん~? お前……どっかで見た顔だな、どこだったかな」

 

 細い顎に手を添えて、気だるそうな声を漏らしながら口を尖らせる男にシャニーはにこっとして頭を下げた。

 

「初めまして。あたしはシャニーと言います。第十八部隊の副将をしてます」

 

「おー、思い出したわ。あの八英雄のシャニーは嬢ちゃんのことか」

 

 戦時新聞に載っていた顔を忘れていた訳では無いが、噂好きが作ったフェイクだと思っていた。

 こうして本人に会ってからでさえ、この隙だらけの娘が八英雄と呼ばれる活躍を見せたとは到底思えない。

 

 だが、だからこそ興味が湧く。腰に差す剣の状態を見れば下っ端騎士と片付けるレベルでは無い事は分かるし、レイサが傍に置いているのだ。

 改めてまじまじと舐めるように頭の先からつま先まで見てみる……。

 

(ほう……? こっちにも()()()る奴がいるのか。しかも……こりゃあ()()()るどころじゃねえ。ほぼ()()()じゃねえか)

 

 改めてシャニーの顔を見下ろすと、彼女はにこっとして返してきた。どうやら何も()()()()いないらしい。

 

「ソルバーン、うちの部下に手出したら承知しないからね」

 

 それを察したのかレイサから即警告が飛んできた。

 彼女が右腕の()()()いるものに気づいているかは定かではないが、なるほどさすがに見る眼はある。

 もう少し物色してみたいのだが、レイサの眼差しがどんどん黒く厳しくなってきたので舌打ちすると一歩退いた。

 せっかくの情報屋同士でケンカするものもったいない。

 

「ちっ、減るもんじゃねえだろうよ。ツマらん奴だぜ」

 

 しかし、彼女の言うとおりだ。このままここに居たら()()()しまう。

 あいさつ代わりに憎まれ口を叩いた彼は、とんとんと木を伝って城壁に飛び乗りそのまま姿を消した。

 

「レイサさん、お知り合い?」

 

 また、自分は知らないのに自分を知っている人が来た、くらいにしかシャニーは思っていないらしく、早くサインをくれとまた予算書を突き出してきた。

 知らないと言うのは実に恐ろしい事だ。ここが天馬騎士団の本拠地でも無かったら、今頃襲い掛かられていたなんてこの朗らかな笑顔は夢にも思っていないだろう。

 

「シャニー、あいつには係わるんじゃないよ。銀狼の旅団……そう言えば分かるだろ?」

 

 こう言う疑う事を知らない人間は釘を刺しておかないと間違いなくあの男……ソルバーンに()()()()しまう。あの男はそう言う人間だ。

 

「銀狼の旅団……」

 

 その名前を聞き、自身で口にしてようやくにシャニーも事の重大さが分かったらしく、ごくりと驚きを飲み込んでいる。

 

(あんなトコの人に付き合ったらいくら命があったって足らないじゃん!)

 

「あいつはそこの頭領だ。『赫竜(かくりゅう)』のソルバーンって呼ばれてるイカれたヤツだよ」

 

 銀狼の旅団、それは比較的イリアの中では新興の部類に入る傭兵団で、他と違い騎士団とは名乗っていない。

 リーダーからして強い者を見ると戦わずにはいられない戦闘狂で、出身が大陸南西の砂漠地帯ナバタにも係わらずイリアに根を下ろしているのも、戦いが許された地域だからと言うだけ。

 他の騎士団が拒否する仕事でも殺しなら何でも引き受ける好戦的な性格と、赫の怒髪から『赫竜』の二つ名を持っている。

 

「かわいそーに。あんた多分あいつに目をつけられたよ」

 

 直接口にしなくたってあの男の眼で分かる。

 レイサはため息交じりだ。あの男に目をつけられたら、戦いの場に立つまでいつまでも追いかけ回してくるし、挑まれた戦いに乗ったが最後、圧倒的な剛腕で全てを粉砕されてしまう。

 こんな同世代の中でも華奢な部類の娘では骨折で済めばマシな方だ。

 

「えええ?! レイサさん、何とかしてよ。あたし何もしてないよ??」

 

 どうやら焦り方からして、シャニーはまだ事の重大さに余り気づいていないようだ。

 だが、どれだけお願いされても、いくら親しいレイサと言ってもソルバーンの食欲を抑える事なんて誰にも出来ない話。

 

 ────諦めな

 

 そんな返事が聞こえたような気がして、シャニーの顔がげっと歪む。

 適当にサインした予算書をシャニーに持たせると、もうレイサは背を向けて彼女へ手を振りながら去り始めていた。

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