ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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※今回はロイシャニが入っています


第2話 親友からの手紙Ⅰ

 日差しが一段と明るく感じて、思わず始まる伸びに声が零れる。

 重大イベントをクリアしたシャニーの足取りは軽く、つま先に力を込めてスイスイ歩くその顔はニコニコと鼻歌を歌いだした。

 

「ふふ~、今日は出し直し四回で済んだからちょっと時間ができたぞ」

 

 計算間違いやら申請内容の指摘で、普段なら六回も七回もダメ出しをもらう予算申請書は、彼女にとって毎月のラスボスだった。

 それが今回は四回で済んで、全身が解放感に包まれて翼でも生えたかのように軽い。

 

「あたしってばやればできるじゃん!」

 

 自画自賛を誰に伝えようかと周りを見渡していると、それを言えば鼻で笑われるだけであろう赤髪の同期が視界に映る。

 

「じゃあこれを今回も頼む」

 

 彼女は郵便配達係の騎士に何かを手渡すと、こちらへ向かって歩き出した。すぐに視線が合う二人は、互いに手を挙げて挨拶をかわす。

 出会って最初こそ付き合っていけるか心配になったほど対極な性格だが、今では友であり、良い刺激を与えてくれるライバルでもある。

 

「アルマ、誰かにお手紙? もしかしてラブレターだったり?」

 

 いつもの調子より更にトーンが高い。ニコニコを前に取り澄ました顔をするアルマから返ってきたのはドライな返事。

 

「だったら良いのだがな。暇な十八部隊と一緒にしないでくれよ」

 

 相変わらず口が悪い。こうやっていちいち嫌味を言うものだからなかなか誰も寄って来なくなるのに。

 いつも通り、シャニーは頬を膨らせている。

 

「母に仕送りをしていたんだ」

 

 親友のいつも通りの顔にアルマはふっと笑って見せて質問に答えてやった。

 

「ふーん……エライじゃん」

 

「普通だと思うが」

 

 それをとても珍しい事の様に、口をおっと開けてシャニーが驚くものだから最初は反応に困った。貧しいイリアでは、一人前の騎士になったら育ててくれた親に仕送りをすることは至って普通の光景だ。

 

「ああ……そうか、お前は」

 

 だが、目の前にいるシャニーはその普通が通用しない相手だと思い出して、ばつが悪そうにアルマは視線を逸らした。

 

「申し訳ないことを言ったな」

 

 両親が騎士だったシャニーは幼い頃に彼らを失っている。恩返しをしたくてもする事が出来ない彼女に()()なんて言葉をかけたら、傷に塩を塗るようなものだ。

 だが、シャニーはいつも通りにこっとすると軽く首を横に振った。

 

「ううん、いいの。でも大変でしょ? あたしたちの給金から仕送りって」

 

 騎士の給金は傭兵による契約金から支払われ、各々への支払額は傭兵としての稼ぎの大小から決められるランクに従って決まる。

 入団したばかりの新人騎士への支払など、騎士団の中で最低レベルであることは言うまでもなく、まして外国へ傭兵に出て行く事が無い十八部隊のそれは、武器を修理したら後は食べるだけで精一杯だ。

 

「ああ……だからはやく給金が増えるように。もっともっと上の高い椅子に座りたい」

 

 何をするにも、とりあえず金が要る。今の地位に満足などできはしなかった。

 自分より仕事をしない先輩のほうが、在籍が長いと言うだけで多くの給金をもらえる事に納得など出来なかった。

 しかし、それを変えるには力がいる。今座っている椅子よりも遥かに高く、大きな椅子に座る必要がある。

 するすると出世の道を登り、副団長の部隊で副将を担う実力派のアルマが放つギラギラした向上心は、シャニーには毎回別の世界の人と話している感覚になってぽかんとする。

 

「シャニー、あなたにも手紙が来ているわよ」

 

 先ほどアルマから荷物を受け取った騎士が、シャニーの姿を見つけてくるっと宙をとんぼ返りしてきた。

 

「マメね、あなたのボーイフレンド」

 

 誰からだろう、そうシャニーが言うよりも先に、その騎士はからかうようにして肩を突いてくるからシャニーもピンときた。

 

「ボーイフレンドってわけじゃ」

 

「ヨッ、憎いね。早く読んでお返事書かないと今日の便には間に合わないよ~」

 

 意地悪く言う騎士に向かって大げさに手を振って追い払う。いつもどこかでおもちゃにされては堪らない。

 

「またお手紙くれたんだ。大変だろうなぁ」

 

 つい数日前に返事を出したばかりなのに。

 早く読みたい所だがそろそろ見回りの時間になる。彼女はアルマと別れ、手紙をしっかりと鞄にしまって帯剣ベルトを締め直すと、天馬にまたがって空の彼方へと消えて行った。

 

 

 

◆◆◆

 見回りから帰ってくるとそれだけでもう午前は終わっていた。

 どうしても各地の人々に近況を聞いたり会話に花が咲いてしまうと、ちょっとの時間で済ますと言う訳には行かなくなる。

 今日もしっかり彼らから困り事をメモしてきたシャニーは、食堂でいつも通り幼馴染の同期と休憩に入ることにする。

 

「シャニー、誰からの手紙なの? ずいぶんしっかりした紙だね」

 

 ルシャナの視線はシャニーが持っている手紙に釘付け。

 普段なら昼食後は壊れた蓄音機のように喋るシャニーが静かだと思ったら、彼女は手紙に目を落としていた。

 その手紙に使われている紙はどう見ても貴族が使うような上質のもので、貧乏騎士がひしめくカルラエ城の食堂には不釣り合いな代物だった。

 

「これ? ロイ様だよ」

 

 親友の口から何の畏れもなく出てきた名前に、ルシャナは目をぱちくりさせた。

 

「ロ、ロイって、あの英雄ロイ様のこと言ってる?!」

 

「うん、だって知り合いだし。きっと一緒に戦った人みんなに出してるんだよ」

 

 横で医学書を覗きならスープをすすっていたウッディも咽って目が血走っているものだから、シャニーは首をかしげた。

 ロイとはベルン動乱を鎮めた英雄の名。彼にその動乱で雇われていたのだから顔見知りでも不思議では無いとシャニーは思っているのだが、周りにとっては違うらしい。

 ルシャナからすっと伸びてきた手の上に手紙を乗せてやる。

 

「シ、シャニーさ。これ……皆に出してる訳じゃないと思うけど」

 

 中を読んだルシャナは顔をこわばらせながら、どうしたの? とでも言いたげにニコニコこちらを見ているシャニーに手紙を返す。

 

「ロイ様呼んでるじゃん」

 

 どこを読んで彼女はこれを関係者全員に出したと思ったのだろうか。

 

「知ってるよ。そういう挨拶なんでしょ? しゃこーじれーってやつ」

 

 得意げに指を立てて口にした言葉にルシャナは呆れてしまった。

 遠回しな表現をするこのロイと言う人は、全くシャニーを分かっていない。

 シャニーから再び手紙を取り上げてウッディに回すと、彼も眉間にしわを寄せて彼女を見上げ始め、ルシャナは呆れを含んだ焦ったような口調で忠告した。

 

「いや……絶対違うって、これは。絶対返事書きなよ」

 

 警告を警告とまともに受け取っていないことは、両手が空いてもぐもぐと元気良く昼食を食べ始めた嬉しそうな顔から伝わってくる。

 

「えー、そうかなぁ。あたしみたいな傭兵呼んだってどうしようもないじゃん」

 

「あんたってロマンチストの割に妙な所は現実主義者だね……」

 

 手紙の中では確かにロイはいつ遊びに来ることができるのかを聞いているが、動乱を戦った関係者を呼んでパーティをする話を、面白おかしくまた仲間がからかってきている。シャニーにはそう映っていた。

 

(ルシャナの言う事だし一応見とこっかな)

 

 だが、親友がここまで言うとなると彼女も気になってきてしまい、食堂の喧騒から離れると、誰もいない静かな城の屋上に行って読むことにした。

 

 

 

◆◆◆

──元気にしているか心配だ。声を聴きたいし今度お茶でもしないか? いつなら来れそうだい? 

 

「いつって言われてもなぁ。そんな長い休み取れないし」

 

 やはりロイは呼んでいる。おまけに具体的な日取り迄確認していた。

 傭兵の自分まで故郷に誘ってくれる事は嬉しいし、ありがたい事なのだが、鞄から勤務カレンダーを取り出して、はぁっと大きくため息をついた。

 ロイのいるリキアのフェレまで往復してパーティにも出てとなると、一週間は必要になる。

 

「でも、あたしも会いたいなぁ。話したい事いっぱいあるし」

 

 その場で鞄から便箋と筆記具を取り出すと、そこから止まらなくなった。

 動乱中も年が近いという事もあって、よく隙間の時間を使ってお喋りを楽しんだもの。その延長線でついついあれやこれやと書いてしまう。

 

──また雇ってくれたら行けるんだけどな~

 

「あたしってば天才じゃん!」

 

 我ながら仕事も取れて完ぺきな返事だとニカっと笑う。

 

「お土産どうしようかな」

 

 もうすっかり、昼休憩の時間が終わっていることさえも忘れていた。

 

 

 

◆◆◆

 その日、シャニーは非番で朝から家の仕事に追われていた。

 長女のユーノは結婚して家を出、次女のティトは団長になってから多忙を極め、実家に戻ってきていない。

 相変わらずシャニーだけがこの家に住んでいる。

 

「あーもう、休みの日くらいゆっくりしたいよ、まったく!」

 

 おかげで非番の日は、積みあがった洗濯物を片付けるように次々処理しないと追いつかない。

 騎士と言っても他の地方と違って貴族でも何でも無い為、職場から離れれば普通の生活が待っている。

 自分が夜勤の時は居候のウッディがやってくれるが、彼も先週は忙しかったのか何も出来ていないらしく、シンクに白い筋が浮かんでいる。

 

「この後台所掃除してトイレ掃除して……ああ、リビングも掃除しろってお姉ちゃん言ってたっけ……」

 

 下手をしたら職場にいる時のほうが気楽かもしれない。もうそろそろ解放されたいと叫ぶ頭の中からどんどん出てくる新しいタスク。まるで中にレイサでもいるかのようにどんどん仕事を振ってくる。

 時計に目をやると、もう朝の時間が終わりかけていた。思わず大きなため息が漏れるが、家事の後でおやつを食べる自分を想像して頑張る事にする。

 

 

 

 鼻歌を歌いながら風呂掃除を始めて暫く経った頃だった。天馬の羽音が聞こえたかと思うとドアをノックする音に呼び止められた。

 

「はいはーい、今いきまーす」

 

 手を拭いて急いで玄関まで向かおうと一歩踏み出した途端、何か床とは違うものを踏んで視界が宙に一回転。

 

「うわぁ?!」

 

 どうやら洗い残しの石鹸に滑ったらしく、ドア越しで待つ郵便配達員の騎士は、外にまで聞こえてきた音と悲鳴に天馬と苦笑いしていた。

 

「またなんかドジってたの? 大丈夫?」

 

「大丈夫、大丈夫……あはは……どうもありがとう」

 

 今はもうすぐにドアを閉めたい気分だ。配達員も心配はしてくれているものの、いつもの事なのでその顔は苦笑いが抜けていない。

 服がびしょ濡れなので手紙を受け取るとすぐに家の中へと戻り、受け取ったものをテーブルに滑らせて寝室へと消える。

 

「うへえ、痕残らないと良いなあ、これ以上増やしたくないよ」

 

 思い切り膝から着地したので、膝の内側の骨が出っ張った部分がアザになっていた。

 ただでさえ幼少の頃、野獣に襲われた時にできた傷の痕が背中から消えなくて気にしているのに、もっと見えやすい場所にこんなアザが残ったらと思うと摩る手はなかなか止まらない。

 ふうふうと息を吹きかけていた彼女が、テーブルに滑らせたものに気づいた時には、時計の針同士がまた少しくっつこうとしていた。

 

「またロイ様からだ。一昨日くらいに出したばっかりなのに」

 

 しっかりとした紙質の手紙は、差出人を見ずとも誰が出してきたかすぐ分かった。

 生乾きの髪をヘアバンドで搔き上げると中から出てきた数枚の手紙に目を下す。

 

 ──仕事大変そうだね。手紙を読んでいると君の笑顔が思い出されるようだよ

 

 思わず笑みが漏れる。暖炉の鍋から湯を汲み、棚からお菓子を引っ張り出してテーブルに座るともう一度初めから読み始めた。

 優しいロイのあの声が今にも聞こえてくるかのように自然な書き口の手紙。そこには貴族らしい厳かさはない。

 

 ──契約の話、是非そうしたいのだけど、天馬騎士団からのリストには君の名前が無いんだ。どうしてかな

 

「へっ?!」

 

 思わず目が点になった。

 

「半分ジョーダンだったのに……」

 

 あの時は我ながら天才かと思ったが、まさかこんなド真面目な答えが返ってくるとは。

 どうしてかなと言われても、当たり前としか返しようが無かった。

 もはや稼ぎとならない国内案件の処理部隊くらいに思われている節がある十八部隊に所属しているのだから。

 

「これってやっぱり、ホンキなのかな」

 

 色々な意味でガッカリ来た。分かっていた事とは言え、今のままでは外からお呼びがかかることは絶対にないことが分かったし、何よりせっかくロイが呼んでくれているのに行く術がないのだ。

 ルシャナ達には軽く返したが、ロイの残念そうな書き口にシャニーはごくりと息をのんだ。

 

「ちゃんとお返事しなきゃ」

 

 親友に言われた通り真面目に答えておけば良かったと後悔しても遅い。

 どうやって返そうかと、髪を弄りクッキーをひとつポンと口に放り込んだ時、ふと時計が視界に入った。

 まだ掃除の後に、次の非番の日までの夕食づくりが待っているのに、それを考えながら書きたくなかった。

 

「後でやろーっと」

 

 きれいに畳んだ手紙を封筒に入れ直し、引き出しへと納めて彼女は戦場へと戻っていった。

 

 

 

◆◆◆

 シャニーが家で奮闘している頃、天馬騎士団の本拠地カルラエ城では、ティトとイドゥヴァが食堂から出てきて、早足にそれぞれの部隊の詰所へと急いでいた。

 お互いに昼からの外出予定に向けて早めの昼食をとった帰り。

 

「では、私は傭兵契約締結のためリキアへ向かい、今日はそのまま失礼します」

 

 先に部屋に着いたイドゥヴァは、奥にある第一部隊の部屋に向かおうとするティトに声をかけた。

 いつもならよろしくと声をかけるところだったが、「そのまま?」思わずティトは振り返った。

 

「夕方から部隊長会議があるのは知っていますよね?」

 

「ええ。しかし、複数の契約主を回りますので戻れそうにないので」

 

 ────またか

 

 ティトの顔にはそう書いてある。イドゥヴァは最近、二回に一回は部隊長会議を欠席するようなスケジュールをしている。

 副団長として影響が大きい彼女抜きで何かを取り決めても、後で仕切り直しとなる事も少なくないのに。

 それでも契約主第一のイリア騎士団においては茶飯事だし仕方ない事と昔から流されてきた。いくら国の中で会議をしていても金にならないのだ。

 

「では、これにて」

 

 それ以上の制止を拒むかのように部屋の中へ向かう彼女に再び声が飛ぶ。

 

「待ってください。今日は十八部隊の配属先について協議する場だと言う事は以前から伝えてあったはずです」

 

 他の案件ならまだ欠席裁判でも良い。しかし、新人の配属はそうは行かない。彼女の気に入らない決定になっていたら、後出しじゃんけんとなるに決まっている。

 ただでさえ、今までずっと新人の配属先はどこかと、耳にタコができるほどに問うて来ていたのだから。

 

「私は団長の決定を信じておりますから」

 

 それなのに、イドゥヴァはさらっとそう言って頭を下げると、部屋で待機する部下達に一声かけ、ぞろぞろ出てきた彼女たちを盾にするようにずんずんと城を出て行ってしまった。

 

「団長、怪しいと思いませんか?」

 

 物陰から会話をずっと聞いていたのだろうか。後ろから聞こえてきた声に振り向くと、第一部隊の副将ソランがイドゥヴァの消えた廊下の角を、じっと睨むように見つめて警戒感を滲ませていた。

 無理もない反応かもしれない。団長選出戦後、会議をキャンセルして席を外す機会が露骨に増えた。おまけにティトに対する態度もどこか柔らかく、気味が悪かった。

 

「確かに……違和感はあるわね」

 

 いつもは部下を窘めるティトも、配下を引き連れ天馬に乗って消えていく副団長の姿が、陽に入り消えていく様子を見上げながら隠し切れない思いが漏れた。

 

「少し調べたほうが良いと思うけど」

 

 分かっているなら話は早い。そう言いたげに窓辺に並んで、消えた副団長を睨む視線は明確な警告を発してくる。

 

「諜報部に連絡する?」

 

 だが、副将が具体的に動こうとしている事を察したティトは、首を縦には振らなかった。

 

「止めましょう、憶測だけで動くのは良くないわ。ただでさえ混乱が収束していない今、結束しないといけないのに」

 

 万が一イドゥヴァが何かを計画しているとしても、事態が表に出ることは避けなければならない。

 未だ復興の最中であり基盤が確立していない今、これ以上派閥間で溝が深まれば騎士団自体が崩壊してしまう。

 そうなれば騎士団間のバランスが崩れ、要らぬ争いに発展しかねない。

 

「でも、新人の配属先に意見しないなんてどう考えてもおかしいですよ」

 

 大方の腹は分かる。アルマを引き抜いた今、もはや十八部隊には()()()()しかおらず、あれだけ頭を下げてラブコールを送っていた副将にも、団長選出戦ではそっぽを向かれた。

 だが、だからこそ口を出して来ない事が不気味だった。今や十八部隊は顔に泥を塗った敵としか映っていないはずなのだから。

 

「とにかく、証拠もなく仲間を怪しむのは止めましょ。少し、様子見しましょう」

 

 ゴーサインは無く、これ以上言う事は無いと、歩き出したティトの背中が沈黙の中に伝えてきた。

 仲間……どこまで本心なのか。団長は動けなくなってしまっている。ソランは胸騒ぎを抑えられず、独自に調査を始める事にした。

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