ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
非番の日に仲間とエデッサ城下町へ遊びに出かけたシャニー。
彼女はランチを終えると武器工房へと向かう。
閃電の魔術師との戦いで砕かれた剣を新調するためだ。
そこで気が済むまで剣を改造して工房を出ると、もう空は紅に染まっていた。
太陽が山々の下に半分以上隠れ、薄暗くなって来たエデッサ城下町の街灯にはもう明かりが灯り始めている。
その中を、青髪を揺らして白い息を風に棚引かせながらシャニーは駆けていた。剣の事になるとついつい時間を忘れてしまうが、今回はさすがにやってしまった。
焦る足が天馬くらい早く駆けられたらと願ってもどうしようもない。腕時計を何度も見下ろしながら、アルマから聞いた親友との集合場所に向かう。
ようやく見えてきた目印のバリガン像。そこにはウッディの他にもう一人紫髪の女子がこちらに手を振っている。あれは間違いない。幼馴染のルシャナだ。どうやら勤務を終えて合流して来たらしい。
安心した途端に足へどっと疲れが来て、仲間たちの許にたどり着くと膝へ手を突いてぜえぜえと肩で息を整える。
「ようやく来たね、シャニー」
「ごめんごめん、ようやく終わったよ。セラは?」
あちこち見渡すがセラの姿がない。また一人で買い物に行ったのかと周りの店を覗き込んでいると、ルシャナから憐れむ声が聞こえてきた。
「あいつなら呼び出し喰らって戻っていったよ」
(あちゃー……、ごめんっ、セラ!)
休みの日のはずなのにこんな時間から呼び出しだなんて。そんな貴重な時間を待ち時間で潰してしまってシャニーは思わず顔をしかめた。今度菓子でも焼いて差し入れてやれば許してくれるだろうか。
その気持ちを察したのか、ルシャナがウッディの肩をポンと叩きながらシャニーの手を引く。これからがようやくに本番と言わんばかりの元気な声は、任務中よりもさらに威勢がいい。
「散々付き合ったんだし、今度は付き合ってもらうってウッディが言ってたよ」
苦笑いからして、彼の言葉では無い事はすぐに分かる。
ルシャナが仕事終わりに飛んできたのも、この後バーで酒をひっかけながら歓談する予定だったからに違いなかった。
酒は飲めない訳では無いが、ルシャナがいるなら話は別だ。胃薬を持ってくるべきだったかと鞄を漁ったシャニーは、救いを求めるように薬屋へと飛び込んでいった。
ルシャナの酒に付き合うには相当の覚悟が要るし、丸腰で挑んで勝てる相手ではない。
◆◆
「ルシャナ、今日はほどほどにしてくれよ」
意気揚々とバーの扉に手をかけるルシャナへウッディは先に釘を刺したつもりだが、酒飲みにそれはまるで意味のない警告だ。
通い慣れた足取りについていく二人はそのままカウンターに座り、適当に頼んだホットドリンクで冷えた体を温める。
彼らの視線は横でさっそく始まった独り酒宴へおろおろと向けられていた。いつ無茶ぶりが飛んで来ないかと焦る心が二人に雑談を始めさせ、早くも守りの態勢。
「かぁ~、この一杯のために今日一日働いたようなものよ」
彼らが酒を頼むよりも先に、既にルシャナは乾杯の練習で活きの良い飲みっぷりを披露している。
あまりにも慣れていてどこかおっさん臭い。呆れる二人の事などお構いなしに、彼女はもうお代わりを要求し始めた。
「あたしも何か飲もうかな。何にしようかな……」
何だか見ているだけで酔っぱらう気がしてシャニーはメニューを手に取った。とりあえずグラスを空けたままにしておくのは危険だ。
荒くれも多いこのバーへ女一人で入る気にはならないし、まして普段なら酒を飲む事なんて無い。今日は仲間がいるし、とりあえず優しいものでグラスを満たしておこうと品書きを眺める。
それを待っていたかのようだった。すっと何かが滑ってきて思わず受け止めた。冷たい感触と透き通った心地の良い音。
「あ、あなたは!」
シャニーを驚かせたのは、グラスに入っていた琥珀色の蒸留酒では無かった。
「一流の戦士は一流の酒を知らねばならない……そいつはおごりだ」
コート姿に帽子を深く被る黒ずくめの男。顎は黒い髭がバルボに整えられ、濃い口元のしわをより一層深く見せている。眼差しは帽子に隠れて見えないが、こちらを向いて微笑んでいる事が分かる彼は、親し気にその深い声で小宴へと誘う。
それは以前、このバーで偶然居合わせて、剣の事や心構えを色々教えてくれた男だった。
「おっ、おじさん分かってるね~。シャニー、その通りだよ。お酒知らないと仕事できないぞ」
横からルシャナが囃し立ててくる。同じ十八部隊に所属して営業などした事の無い彼女が、一体どんな仕事をさせようと言うのか。間違いなく飲みたいだけに決まっている。
でも、せっかくもらった酒を断ることもない。まだまだ初心者のシャニーはグラスから香る芳醇な香りにつられ、何も知らずにぐいっと行って目をぱちくり。その濃さに思わず咽こんだ。
喉や腹が焼けるようで、いきなり強烈な酒を浴びせられて腹が驚いているのが伝わってくる。
一流はこんなものを普段から飲んでいると思うと、なかなかハードルが高く感じた。
「相棒を変えたのか?」
どっしりとシャニーの隣に座った男は、彼女の素人そうろうの様子を見て笑っていたが、その視線はすぐに立てかけてある剣に向かった。
会話もしない内から彼が見せた反応に、シャニーは未だ焼けついて嗄れた声のまま驚きを口にする。
「え、何で分かるの? 抜いてもいないのに」
「鞘が細くなっているのだからすぐ分かる」
今日鍛えてきたばかりの新しい相棒だ。すっと男に手渡すと、彼は静かに鞘から引き抜いた。バーの美しい琥珀色の光を湛える刀身にじっと帽子の下の視線を映し、しばらくして良い音を立てて鞘にしまう。
「試行錯誤中と言う訳か」
前の剣も苦心の跡が見られたが、今回の剣は更に
これを使いこなすには相当な技量と覚悟が必要だろうが、今の彼女にそれがあるとは思えない。
まだまだ、視界が狭い。いや、むしろ以前よりさらに狭まっている。壁にぶつかっている事がはっきり分かる剣だ。
「変えたっていうより、折れちゃったから新調したんだ」
恥ずかしくてあまり言いたくは無かったが、やはりこの男はかなり腕の立つ人なのか、見透かされているような気がして先に白状しておいた。
あの屈辱は今でも思い出すと悔しさと恐怖が蘇ってくる。最高の剣技を受けてもびくともしなかったあの魔術師。しまいには剣を折られて為す術なく、無力を味わわせる為かと思うほどに木の幹へ打ち付けられ続けた。
無力感は仲間たちも同じでルシャナの声が沈む。
「あたり一面灰にするほどの魔術師と戦ってね。今でも生きた心地がしないよ」
槍もなく仮面の魔術師が落としたナイフだけで戦うにはあまりにも強大すぎた。
良く生き残れたものだとルシャナが本当に言葉通りに思っているかは、つまみをガツガツ食べる姿からはあまり想像できない。
「思い出すよな。あの日もこうして飲んだ帰りだった」
楽しく飲んだ帰り道にあんな恐怖が待っていたなんて。しかも狙ってきたあの魔術師はどうにも要領を得ないことを言っていた。
アルマを狙っている事は間違いなさそうだが、自分たちへ向けてきた殺意は純粋な狂気だった。
「お前が酔いつぶれてて大変だったよ」
おまけに最初はそんな危機の中でもルシャナは寝ていたわけで、だからほどほどにしろと言っているのに今日もペースが速い。警告を兼ねてウッディが肘で小突く。
「本当に、みんな無事で良かったよ、本当に」
仲間たちに目をやりシャニーは安堵を漏らす。
あの時以上にエリミーヌに感謝したことは無かった。傷つく中でようやく与えた大技での一撃。全力で戦ったはずだった。渾身を打ち付けたはずなのに。
「でも……倒せなかった」
それを目の前でいとも簡単に回復された時には絶望せずにはおれなかった。
自分に倒す力がなかったから、仲間たちまで殺されかけた。
八英雄と称された武勲、騎士団一と言われた剣術。そんなものは見せかけで、仲間を守れない事実を叩きつけられた。……無力さと屈辱にシャニーは無意識に唇を噛んでスカートを握りしめていた。
皆を守れない剣など……一体何の価値があると言うのか。
────無価値
木っ端みじんにされた剣と同じように、剣使いとしての矜持まで打ち砕かれた。
彼女の気持ちを汲んだのか、男はシャニーを俯かせたままグラスで小さく弧を描く。しばらく氷で奏でながら少しずつ蒸留酒を飲んでいたが、ふと思い出したように彼女に問いかけた。
「君は……使ったようだな。
「え……?」
一体何の事かと男を見上げたら視線がぶつかった。彼はじっとシャニーを瞰ていた。帽子の奥から青い瞳をじっと捉え、その向こうにある何かを見つめるように。
シャニーは見つめられてなぜか動けないまま紳士を見上げる。
(なんか……怖い……)
湧きあがるのは恐怖。そのままこの冷たい眼差しに吸い寄せられ、一閃されてしまうのではないかと思うほど鋭い視線に串刺しにされている。
「感じる。前に会った時はかすかに感じただけだったが、今日はあの時より強く感じる」
以前会った時にも感じたシャニーの特異なエーギルの流れ。人間のものの中に、明らかに違う波形の強いものがいる。
今日は
なるほど、ウェスカーは確かにこの戦乙女の剣に
「その様子だと、使ったと言うより、溢れ出した感じか」
しかし、期待できるものでも無さそうだ。自在に操っている訳では無く、むしろ操られただけである事は驚きと困惑をありあり顔に映す表情から分かる。
どうやら存在自体には気づいているらしく、居ても立っても居られない感じで彼女の方から問うてきた。
「おじさん、何で分かるの? 分かるなら教えて欲しい、あれは何だったのか」
あの仮面の魔術師に殺されかけた時、体の奥から湧き上がってきた得体の知れないもの。
内側から火でも着いたかのように熱く、だが何故か心地良ささえ覚えた。あの感覚が全身へ燃え広がるように行き渡ると、そこからは体が勝手に魔術師に突っ込んで剣を振り回していたのだ。
自分のものであって、どこか外から自分を眺めているような意識。自分なのに自分を止められない恐怖。体は激痛に悲鳴を上げているのに、それすら心地よく思えてくる破壊衝動。
「ああなっちゃうと止められないんだ。体が動かなくなるまで」
口にするだけでおぞましい。今でも思い出すと体が震えてくる。拒絶がはっきりと声にも滲むが、男の答えはユーノと同じだった。
「君の持つ力であり……誰でもない君自身だ。上手く付き合って行くしか無いだろう」
意志を持たない力ほど危険なものはない。それが分かっているのか、男から返ってきた答えにシャニーはまた下を向いてしまった。魔術師の魔法かと思ったらまさか自分が要因だなんて。姉の言った事は本当だったのだろうか。初代団長も使ったという、このよく分からないモノ。
「……抑え込む方法を知りたい」
恐怖以外の何物でもなかった。もし、あの状態が親友に向かってしまったら……胸に当てる手はぎりぎりと握り締められていく。ところが、紳士は思わぬことを口にした。
「だが、一方で君はこうも考えている。あの力を最初から使えていれば、負けはしなかったと」
胸を貫かれた気がして思わず顔を上げる。何故この男は自分の心の中を知っているのか。
魔術師に倒され、目覚めてからずっと心の中に抱いていた事だ。あの力さえ我がものと出来れば、誰にでも勝てる気がした。それこそ、師匠のディークにだって。
だけど小さく首を振った。強い剣だが、あんな恐ろしい剣は自分ではない。自分が自分でなくなってしまう恐怖は忘れられない。
「……って、何であたしがやられた事を知ってるの?!」
そこまで考えた時、シャニーは目を点にした。あの戦いは極秘事項として天馬騎士団内で処理されたはずだ。
外部に漏れだすことが無いはずの事を知り、そして自分の敗北まで知っているこの男が何者なのか。それに男は明確な回答は残さなかった。
「大地が灰白に変わる程の閃電……情報が命の傭兵が知らなければ飯を食えないだろう」
グラスに残った蒸留酒をグイっと一気に飲み干すと、カウンターにまたシャニーたちの分を支払っても釣りが出るくらいの金貨を放ってバーを出て行った。
その背を追う気持ちにはなれず、シャニーはまた自分の胸に手を置いていた。
「あの感じ……あの時と同じだった」
彼女はあの時を思い出していた。忘れもしない、死が隣で囁いたあの時を。
幼いころ、山でウッディと遊んでいるときに訪れた危機。あの時も全身が燃え上がり、気づいたら目の前には死体が転がっていた。血まみれの自分と、血まみれの死体と……。
(一体あたしの中に何がいるっていうの……?)
知ってはいけない事を、思い出してはならない事を思い出した気がして、その後何も喉を通らなかった。