ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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※今回はロイシャニを含んでいます


第5話 親友からの手紙Ⅱ

 初心者にはあまりに強烈だった蒸留酒も、数日経ってようやくに体から抜けてきたらしい。

 翌日の午前中は世界が回っていてこの世の終わりかと天を仰いだら、そのまま頭が地面にくっついて動けなくなった。それでもレイサには心配なんてしてもらえず、静かで良いぐらいに思われていたようにさえ感じる。

 

 しばらく真っ蒼で死にそうな顔をしていた彼女も、今日は朝陽に向かって大きく背伸びしていつもの明るさが戻ってきていた。

 ふいに羽音が聞こえ、その音だけでパっとシャニーの顔には笑顔が咲いた。

 

「シャニー、手紙だよ」

 

 音を追って見上げてみれば、やっぱりそこには朝から忙しそうに天馬にまたがって飛んできた郵便配達係の姿が見えてくる。

 ここ最近、毎朝顔を合わせる間柄となり、何だか姉妹にでもなったかのようだ。

 

「ほぼ毎日だね、最近」

 

 相手もシャニーを探すことは日課となっているから、大分スムーズに彼女の出没パターンを読めるようになっていた。

 手紙を渡すと満面の笑みを浮かべるあたり、手紙の内容が何なのかはだいたい分かる。

 

「またロイ様だ、うふふ、今日は何かな」

 

 いつも面倒ごとを持ってくるレイサと違って、あの騎士は幸せを運んでくる。朝から彼女に会えるとはなんて幸せなのだろう。

 受け取った手紙はその紙質からすぐにロイからのものと分かって、風に唄いスキップが始まる。

 今日も手に伝わる封筒の感触はなかなかに厚く、思わず頬ずりしてしまう。

 一体何が書いてあるのか、朝が始まる前から昼休みが楽しみ……。そんな気持ちに横槍を入れるかの様に、頭に何か固い感覚がぶつかった。

 

「よそ事は家に帰ってから考えな」

 

 また飛んできた。何か、硬くて軽いものがコツコツと頭に当たって眉をひそめながら頭を手で隠す。

 あざ笑うようにまた一個飛んできてそちらを見上げてみた。レイサが木の上から見下ろしており、何かを投げつけてきたかと思うと今度は顔に当たって飛んでいく。

 地面に転がった物へ視線を下ろすとどんぐりだった。思わず拾い上げてレイサに投げ返し、口を尖らせ歩き出す。

 

「なにさ、いっつも寝てるくせに。ちょっとくらい……」

 

 また朝からおもちゃにされそうな流れ。ぶつぶつと捨て台詞を吐きながらそそくさとその場を後にしようとしたシャニーだったが、次の瞬間周りも、そして彼女も顔を真っ青にしていた。

 レイサが彼女の首に短剣を突き付けていたからだ。初めて覚える感触はシャニーを戦慄させるには十分すぎて固まっている。

 

「普段のあんたなら、こんな事にならないよね?」

 

 入団してきた当日からできたことだ。城の外ではどうだか知らないが、少なくとも天馬騎士団の騎士として動いている時は、シャニーの首に短剣が通った事は無い。毎回剣で弾かれてきた。

 それが今日はどうだ。剣に手がかかる事も無く、今も大事に持っているのは手紙だ。それどころか、帯剣すらしていない。

 

「死ぬよ。あんた」

 

 冷たい口調が更に首へ剣を押し付けるので、思わず背筋がピンとして亀のように首が伸びる。

 蒼褪めた顔でうんうんと頷いたシャニーは、半ば強制的だがようやくにスイッチを入れる。鞄へ大事そうに手紙をしまい、軽く体を動かして剣を取ると見回りへと出かけて行った。

 

 

 

◆◆◆

 幸いその日は見回り中に賊と遭遇する事は無く、心に余裕がある午前となった。たまにはこういう日があってもいい。

 十八部隊の仲間たちに声をかけて異常が無いことを確かめ、普段できない稽古や剣技開発の時間に充てているとあっという間に昼休憩の時間。

 

 同じ十八部隊所属の幼馴染ルシャナと一緒に食堂へ向かい、窓辺の明るい席をいつも通り陣取ると、しばらくしてセラやウッディもやってきた。

 彼は相変わらず騎士団内ではアイドルらしく、あちこちから黄色い声が飛んでいる。

 

「ねえねえ、この前の勝負アクセの効果はどうだった?」

 

 四人揃って昼食を取り始めるや否や、主役が来たと言わんばかりにシャニーが振ってきた話に思わずセラが咽る。

 こんな皆がいるところで堂々と。彼女の高い声はご機嫌でさらにトーンが高く、騒がしい食堂でも声が良く通るのに。

 

「だから違うって」

 

 明らかにからかいに来ている彼女の頭を軽く小突くと、その手が何か触れた。

 

「それよりシャニー、あんたがヘアピン使うなんて珍しいね」

 

 見るとそこにはヘアピンがあり、どこか違和感を覚える。

 無理もない。シャニーは幼い頃からずっとショートヘアで、ヘアピンをしている所など見た事が無かった。

 ちょっとでも伸びると髪を乾かすのが面倒なのか、すぐにいつもの長さに切り揃えていた。まじまじ見るとやっぱり自分の知る輪郭とぴったり来なくて、どうにも落ち着かない。

 

 団長選出戦あたりからドタバタし始めて、8月は半分寝ていたから髪を切る暇が無かったのだろうか。

 そんなセラの予想に反してシャニーの口から返ってきた答えは周りの目を点にさせた。

 

「うん、ちょっと髪を伸ばしてみようかなって思ってさ」

 

 三人が思わず顔を見合わせる。どの顔もお互いに自分の驚きと疑念を確かめ合うようにして頷き、改めてシャニーへ視線を移す。

 今までずっとあの髪型だったのに、彼女から髪を伸ばすなんてセリフを聞くことになろうとは。

 

「ねえウッディ」

 

 そんな三人に彼女が続けた質問は更に彼らを困惑させる。

 

「あたしってどんな髪型がいいかな」

 

 手鏡を取り出して髪に手をやる様子は満更冗談とは違うようだ。

 話を振られたほうは困ってしまう。ショートヘア以外見たことがないので何が似合うかと言われてもイメージできない。

 いくら毎日いろいろな女性騎士と顔を合わせているとは言え、そんな目で見た事は無かったから、ウッディにとってのボキャブラリーは周りの三人ぐらい。

 とっさにルシャナが彼の服を引っ張って周りを見るように視線で指示する。たくさんいる騎士たちの髪型は皆バラバラだ。

 

「うーん。ポニーテールとか? あんまロングは雰囲気が合わない気がする」

 

 よく頑張ったとルシャナに足をポンポンとタッチされた。

 割と無難な答えだったからか、シャニーもヘアピンをとって髪を結おうとしてみるがまだ短くて全然だ。この時ばかりは何も考えずにいつも通り髪を切ってきた事を後悔した。

 

「オトナじゃないとぱっとしないよね、ロングはさ」

 

「どういう意味よ!」

 

 おまけにルシャナからきつい一言をもらい、頬を膨らませながらジト目で幼馴染を睨む。

 ついつい笑ってしまったウッディにも視線が突っ込んできた。それ以上を思わず飲み込んで首を横に振ると、不思議にも今日はお咎めなし。

 ヘアピンを付け直した彼女は、さっさと食器を片付けると食堂を後にする。

 最近ずっと続いているので女二人は彼女の行く先は分かっていた。

 

「髪型の好みを聞いてくるなんて、あいつあんたの気を引こうとしてるんじゃないの?」

 

 面白おかしくルシャナがウッディの肩をバンバン叩いてちょっかいをかけ、ウッディも満更でもない表情をするものだからセラも笑ってしまった。

 内心は二人とも彼への同情を注いでいたのだが。

 

「……」

 

 そんな明るい笑い声に包まれるテーブル席のすぐ近くでは、シャニーが消えた出口のほうを今も睨むように見つめるアルマの姿があった。

 

 

 

◆◆◆

 夏の終わりかけた9月初旬。

 今日も空は高く、そしてどこまでも青くて手紙を読むには絶好の天気だ。

 城の屋上まで青髪を揺らしながら駆け上がったシャニーは、日当たりの良い場所に座って壁にもたれかかると、早速ポーチに入れていた手紙を取り出して封を切る。

 彼の顔が浮かぶようで、この瞬間が毎日最高に興奮する瞬間だ。

 

 ──最近は諸侯との会合で衝突する事も少なくなくて、悩んだり疲れる事も多いんだ。でも、こうやって君から来る手紙を読んでいると自然と元気が出てくるよ

 

 思わず手紙に顔を突っ込んでもう一度同じ場所を読み返す。

 すっかり文通相手となったロイからの手紙には、珍しく弱音とも取れるような言葉が紡がれている。いつもまっすぐ前を見据えて凛々しいあの彼が、である。

 その後ろへ添えられていた言葉に思わず口元が優しくなる。

 

「うんうん、あたしも元気出る。落ち込まずにいられるのはロイ様のおかげだよ」

 

 まるで目の前に相手がいるかのように感謝を口にする。

 手紙で彼を元気づけられるならいくらでも書いてあげたい。自然と湧き上がる気持ちは彼も同じなのだろうか? 

 最近シャニーにとっても辛い事が続いていたので、ロイからの手紙はいつでも励みになった。

 最初は一枚だけだったが、お互いに聞きたい事を聞き、聞かれた事に返すうち便箋は十枚くらい入っている。

 

「ロイ様も疲れてるんだなぁ。何かしてあげられると好いんだけどな」

 

 それを半分まで読み終えると、シャニーは南の空を見つめてぽつりと漏らした。

 自分はただの傭兵、相手は世界の英雄。置かれている立場も、背負っているものもまるで違う、雲の上にいるような別世界の人。

 だけど、彼が手紙でこうして自分だけに教えてくれる弱音を知ってしまうと、何も出来ない事をもどかしく感じる。

 イリアから遥か南のリキアにいる彼の為に、一体何をしてあげられるだろう……想いを巡らせながら言葉を視線でそっとなぞっていく。

 

 ──僕もパスタは好きだ。特に魚介を使ったものは最高だね。休み、取れそうかい? 美味しい行きつけがあるから招待するよ

 

 彼と好きなものが一緒。何か嬉しい。おまけに招待してくれると言うのだから、もはや夢心地に手紙をぎゅっと抱き寄せて満面の笑みを浮かべた。

 だが、そこまで来ても、手紙の中にもある言葉が彼女を現実へと引き戻す。

 

「はぁ……会いたいなぁ、ロイ様」

 

 カレンダーを取り出して祈るように見つめてぽっきり首を折った。

 手紙の封を切る事が幸せの日課なら、カレンダーを見下ろす瞬間は憂鬱な日課だ。

 でも、もう我慢できない。彼女は立ち上がると階段を駆け下りて行った。

 

 

 

◆◆◆

「レイサさん。これ、どう言う事ですか?」

 

 翌日、ティトが十八部隊を訪れていた。団長直々の視察かと新人たちはざわざわし始める。

 稽古を普段以上に励む者、わざとレイサの近くで声を張り上げる者、見回りに出発する者。とにかく慌ただしい。

 だが、ティトは彼らの様子をゆっくり眺める事は無く、今日も木の上で居眠りを決め込むレイサの許へ行って手にした紙を突き出した。

 

「どう言う事って」

 

 団長が来たからにはレイサもタヌキを決め込む訳にも行かず飛び降りてきた。

 

「あいつが休みたいって言うから好きにしたらって」

 

 明らかに、団長の頭に角が生えたのが分かった。眉が吊った顔がレイサの答えへ食い気味に妹を呼ぶ。

 

「あの子を呼んでください」

 

 こういうところを部隊長として止めて欲しいのだが、どうにも放任主義が過ぎる。本当は団長と新人という立場なのだから、部隊を飛び越えて直接指導はしたくない。

 だがティトの顔には呆れがありあり滲んでおり、我慢を超えている事はレイサもすぐ察した。どうやら庇ってはやれそうにない。

 

 

 

「何をバカなことを言っているの」

 

 数分後、ティトの叱り声が木陰から響いてきた。その声は稽古をしていた十八部隊の仲間たちの許にもはっきりと聞こえて、振り向いてそちらを見ている。

 叱られ慣れているのかシャニーは小さくなる事も無く、頭に手をやって苦笑いしながら何とか宥めようとしている様に見える。

 

「貴女新人でしょ? 一週間の長期休暇って一体どう言うつもりなの?」

 

 ベテランに対して功労を称えて休みを与えたり、家族に不幸があったりとやむを得ない時は誰もが長期で休むが、シャニーにそんな事が無いのは分かっている。

 

「そこをなんとか!」

 

 それでも頭を下げ、手を合わせて食い下がってくる妹に彼女はため息をつくと最初と同じことを繰り返した。

 違うのは、先ほどより眉の角度が明らかにきつくなっている事だけ。

 

「貴女ね、正当な理由も無く認められる訳ないでしょ? 理由を言いなさい、理由を」

 

 妹にだって色々とあるから、ちゃんとした理由があれば否認することはない。筋の通った理由があれば、こちらから聞かずとも妹は主張してくるはずだ。

 だが、やっぱりシャニーからは「それは……」とだけしか返ってこず、逸らした目線が下を向いているところからしても、ロクな理由では無い事が伝わってくる。

 

「大方、遊びに行きたいって言うんでしょ?」

 

 ドキッとして髪の毛が逆立つ。その反応で確信を得たティトは一段と大きなため息をついて見せた。

 彼女にとっては、妹の性格で半年よく頑張ったと思いたいくらい予想通りで、城壁に申請用紙を押し当ててペンを取り出し、その場でさらさら短く記すと妹の頭に押し付ける。

 

「今年の新人は変わり者が多いって専らなのだからしっかりしてちょうだい」

 

 キッと向きを変えるとすたすたと歩いて行ってしまう姉に、シャニーはがっかりしながら頭上の申請用紙を手に取り中を開く。

 

 ────否認

 

 でかでかと書かれた赤文字が怒りを伝えてくるようで、逃げ場のない現実にぽっきりと首を折った。

 

「はは……やっぱりそうだよね。でも、今もイリアのみんなは苦しんでるんだ。遊んでる時間なんてないよね」

 

 姉に否認される事は分かっていた。姉がこの十八部隊に自分をわざわざ置いている理由は自分なりに飲み込んでいるつもりだ。

 姉に憧れて飛び込んだこの天馬騎士団の世界。外回り営業は出来ないままだが、自分なりにイリアの発展に尽くそうとやってきた矢先。

 ちょっと浮かれて小躍りし過ぎていたと自戒し、見回りに出かけようとした時だ。

 

「ふん、団長も自分を棚に上げて良く言うもんだ」

 

 意外な人物が肩を持ってくれて驚いた。そこにいたのはアルマ。

 一体いつからいてどこから話を聞いていたのかは分からないが、「だよね!」とシャニーは相槌を打って姉の去ったほうに舌を出してやった。

 だが、相手はやっぱりアルマ。

 

「男に現を抜かしてるんなら、お前も一緒に辞めてしまえよ」

 

 直後に飛んできた言葉で頭がぐわんぐわんと殴られたようになった。

 ロイのことはルシャナたちに少し喋っただけで、彼女たちだってそれ以上は知らないはずだし、アルマに話した事など一度も無いのに。

 なぜバレたのかと一瞬表情が固まっていたシャニーだったが、すぐに目を三角にして切り返した。

 

「なーにさ! 好きな相手がいないからってさ」

 

 何故同期のしかもライバルに説教じみたことを言われなければならないのか。おまけに一度肩を持ちかけたくせに。

 売られたケンカに黙っていられずについツンとしてしまうが、「……って、コラ!」直後に紅潮していた。

 今更取り繕っても遅い。アルマはふっと鼻であしらうと、切り返しに踏み込む事も無く言いた事だけ言ったまま去って行った。

 

「……あれ? 棚に上げてって……お姉ちゃんが??」

 

 一人取り残されたシャニーは、持っていた休暇申請書にでかでか押してある否認の文字を見て、アルマの言い草を思い出して違和感を覚えた。

 ティトも誰かに会いに行こうとしているのだろうか。

 生真面目な姉に限ってそんな事は無いと、彼女はそれ以上の詮索はせずにいつも通り見回りに出ることにした。

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