ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
賊討伐任務に出撃した十八部隊は、慣れた身ごなしで次々と賊を沈めていく。
任務も佳境に入り、根城に突撃しようとしたシャニーはゾッとするような殺気を背後に感じて立ち止まった。
そこに居たのはソルバーン。彼はずっとシャニーに目を付けていた。レイサが場を外している今は格好の
戦わねばならない理由も分からないまま、シャニーは襲い来る業火の魔人と対峙する事になった。
「どうもこうも……こう言う事だ!」
直感が危険を叫び、シャニーが剣を握り直した次の瞬間、ソルバーンの握り締められた拳に真っ赤な炎が走り、鋭く振り抜かれて飛び出した業火が獲物を喰らうかのように唸りをあげてシャニー目がけて突っ込んできた。
轟音が耳を劈き、刺すような熱波が頭を貫通して意識が飛びそうになった。かろうじて避けたが、髪が焦げる臭いが鼻をつく。
思わず宙を引裂いて行った業火の軌跡を追っていくと、火球は後方の壁にぶつかり、轟音を上げたかと思うと体が熔けてしまいそうな熱波が跳ね返ってくる。
「いきなり何をする!!」
立ち上がり、彼を睨み返そうとして思わず言葉を失い足がすくんだ。
────コイツ、人間じゃない……
直感が危険を叫んでくる。元から赤かった怒髪は燃え上がるように天を向き、炭が焼けるかの如く赤々と煌めく様は悪魔か戦神か。
全身から炎が吹き上がるような赫灼のエーギルに包まれており、その烈火は紅蓮すら焦がし足りないと言わんばかり。黒色の重い波動を迸らせてあたりを押しのけ、地面が熔けたかのように抉られている。
この距離でももう、体が焦げてしまいそうなくらいにヒリヒリして、震える足元を律して腰が抜けないように立っているだけで精一杯だ。
(な、何が起きたの?! さっきの攻撃! 魔導書も無くいきなり炎を飛ばすなんて見た事ないよ! それに……何なのよ、あの波動?!)
体の中から真っ赤な怒りを噴き出しているかのような、赫灼の波動に触れただけで消し炭にされそう。
今もバクバクする心臓が収まらずにシャニーの顔は青褪めたまま。
「さすがだな、今の一撃をとっさに避けるとは。誉めてやる」
すっと取ったサングラスの奥に潜んでいた眼に睨まれ、それだけで座り込んでしまいそうだ。
何者なんだ……この男は。さっきまでの気だるそうな男と同一人物とはまるで思えないくらい、黄金の邪眼が獲物に飢えて紅蓮に燃え上がる中でギラついている。
(この感じ……ベルン動乱でも遭遇した気だ。
燃え上がる男の眼は魔力が溢れ黄金に輝く。獲物を見下ろす姿は、もはや魔人としか言葉が浮かんでこない。
「シャニー! 大丈夫?!」
副将を心配してルシャナたちが寄ってくるが、彼らも高度を落とせずにいた。これ以上降りれば、火球を飛ばされなくとも熱波で天馬がやられてしまう。
威勢の良かったミリアも口をぽかんと開けて、自分たちを真っ赤に染め上げる圧倒的な力量差に呆然とするだけ。下手にあそこへボルトを打ち込めば、何百倍もの業火が跳ね返ってきそうで手先が震える。
頼みのレンの分析も聞こえてこない。燃え盛る轟音にかき消されているのか……いや、理解不能な領域に計算が追い付いていなかった。
今まで集めた情報の中に、あのような高純度の焔そのものなんていない。人ではない、マムクートのエーギルの流れでもない……完璧に研ぎ澄まされた純粋な焔そのもの。
「オイ、そこのお前ら、さっさと賊を制圧しに行けよ。出来ることは無いって分かってんだろ?」
そんな彼女たちをソルバーンは面倒くさそうに手で払う。せっかくの
「ルシャナ、賊をお願い!」
こうするしかない。このままでは賊たちが態勢を整えて反撃に出てくる。
近場の村に被害が出る前に何とかしなければ。その想いでシャニーはルシャナにありったけ叫ぶが、耳を疑うオーダーにルシャナは復唱しなかった。
「そんな事できる訳!」
「あたし達の剣は常に人々の為にッ、忘れたの?!」
しばらく躊躇っていたルシャナだが、ようやくに部隊を率いて離脱し、そのまま賊の根城の頂へ飛んでいった。あれだけ高度を上げて距離を開けても、この男の業火に対しては安全とはとても言えないが、魔人の視線は最初からひとつを凝視し続けている。
どうしてもやるつもりなのか……狙われる理由もよく分からないまま、剣を霞に構えてソルバーンの黄金の邪眼をしっかりと見据える。
「どういうつもりなの?! 賊を前にこんなことして!」
一刻も早く賊を討伐し、人々に安心してもらいたい。それだけの願いで協力を要請したのにこんな仕打ちをされる覚えはない。
────あの男には関わるな
今更ながらにレイサの言葉が脳裏をよぎってその真意を知るが、とにかくこの場を何とかしないといけない。
こんな炎の魔人を引き連れてあちこち逃げ回ったら、イリア中が消し炭になってしまう。
「賊? ああ……」
面倒くさそうに口を開いたソルバーンだが、その眼はすぐに見開かれ、拳を握るだけでごうっと音を立てて爆ぜた。
その炎を見て、シャニーはごくりと息を呑む。
(やっぱりこの人……魔導書なんか持ってない。なのに、今拳から火が噴きだしたぞ……どうなってんの……?!)
頭の中の何故が一つも飲み込めないシャニーを、今も好戦的な眼光はどこから喰うかと舌舐めずりする様に見下ろしている。
「メンドいこと言うな。俺は強い相手と戦いたい。それだけだ」
みるみる見開かれる瞳。青の瞳はすぐ赤に飲まれるが、宿した怒りが紅蓮を跳ね除けてシャニーの口から咆哮が飛び出した。
「そんなのっ理由に」
「イリアは殺しが許される国。俺がここにいるのはそれだけが理由だ」
小娘の怒りなど、業火の前ではただのそよ風か。
押し寄せるエーギルの波動だけで圧し潰されそうなのに、御託は無用と振りぬいた拳から放たれる火球が熱波となって襲い掛かってくる。
業火の走った後は全てが黒くねじ伏せられ、そして耐え切れず何もかも失って白くなった。
もうこれ以上は剣を下ろしている事はできない。シャニーは剣を握り直し、一度顔の前に掲げて誓いを心の中で唱えると、雪煙を上げて魔人目がけて駆け出した。
「
天馬が滑空するかのような電光石火の疾風。一瞬で距離を詰め、脇に構えた剣ですれ違いざまに一閃を浴びせて背後を取った。勢いのまま踵で反転すると、流れるように踏み込んで上段から叩き落す。
捉えているはずだ。でも、どうしても腰が引ける。
────熱ッ! 近寄れないよ!
男から噴き出す烈火を避けながらでは力が入らない。近付くだけで体が焼けてしまいそうだ。この炎は魔法なのか? 熱で意識がもうろうとする。
「いい太刀筋してんな」
明らかに見下されている。攻撃を与えて確実に捉えているはずなのに。
(何で?! 何でコイツはこんなに余裕なの?? 今のところ完璧じゃん?!)
剣で打った場所を見ても、かすり傷一つ付いていなかった。再度距離を詰めて斬り上げる。まるで鎧を剣で打ちつけたかのように硬い音が響いた。間髪入れずに振りぬかれる剛腕を機敏な身ごなしで避け、再び一閃を浴びせたが結果は同じ。
(剣を浴びせて、繰り出してくる炎の拳を全部避けて……それなのに、口元一つ歪まないなんてどうなってる?!)
剣だってこれ以上無いほどに攻め込める型に仕上げてきた。
あの魔術師との戦いが防御一辺倒に追い込まれた反省から、今回はとにかく前に出て自身の特長を生かすために勇気を振り絞っているのに。
────これだけ攻めているのに……何でだッ?!
焦りをどんどん顔に浮かべながらも、正確に斬撃を繰り出してくる必死の形相を見つめてソルバーンは楽しそうだ。
若いのに随分と良い剣を振るうものだとじっくり見ていたら、やはり覚えのある筋だった。
「……ディークだな?」
渾身で振り下ろした斬撃を小手で払われた際、彼が口にした名前にシャニーの目が見開く。
「師匠の名を何で知ってる!」
「あいつとは良く戦場で喰いあったからな。良い剣だぜ……今からすぐにでも戦いたいくらい、ぞくぞくするぜ」
こんな男と師匠は渡り合って生き抜いて来たというのか。今ここに彼がいてくれたなら……その弱気を自らの剣で払った。彼の剣を自分は継承したはずだ。もう教える事は無いと言って貰えたこの剣は、絶対に負けないはずだ。
止まることのない連撃。一度でも止めてしまえば、この溶岩のような男が一気に爆発して手を付けられなくなりそうだった。持ち前のスピードに任せて斬りまくり、相手の行動を封じていく。
だが、見えてしまった。魔人の口元が笑っていることが。思わずウっとして空いた間に、はっとして一回身を退く。
ここまで斬りつけているのに、全く効いていないと言うのか。本当に魔人だというのか、このソルバーンと言う男は。
「サカの剣も少し入っているか」
ディークの剣であって、あの男の剣ではない。それで良い。コピーではつまらない。
「何より……さすが
これは面白いと彼の口元がさらに笑う。
一体いつ、それを見せてくれるのだ、いつまでウォーミングアップのつもりなんだ? ソルバーンはもう少し相手の太刀筋を見ていくことにした。
────早く、早く見せてみろっ……お前が持つ風の力を……!
動きは確かにいい。使わずともこれなら、きっと楽しいことになる。
疾風迅雷の猛撃をソルバーンはその身で受けながら、じっとその太刀筋をひたすら追っていく。
「
先手を取り続け相手の思考を妨害し、行動を遅らせていく。
並大抵の相手なら圧倒できるだけのスピードを見せてくれているが、未熟。彼にとってはその一言だった。
攻めている内は成り立つ型だが、求めているものはこの程度ではない。
やれるはずだ。
しかし……気づく素振りも見せないのではさすがに飽きる。少々、きっかけがいるのか?
「戦いはスピードだけじゃないんだぜ!」
渾身を叩きつけた剣を跳ねのけられ、体勢が崩れたところへ拳が襲う。反応で剣を出すが、このまま受けたら自分の体重では跳ね飛ばされてしまう。
シャニーはとっさに剣に足をかけ、弾かれた衝撃を使って距離を取る。それを逃がさず、ソルバーンの開かれた拳から炎の螺旋が唸りをあげた。
「くそっ、なんてタフなやつ!!」
「その体術はレイサから仕込まれたのか? いい動きだぜ? 褒美をやる」
豪の波動が横を通っただけで体の中から焼けてしまいそうに熱い。
熱にやられて肌を露出している部分が真っ赤になっている事さえ分からないくらい、男の傍は煌々と赤く滾っていて一瞬も隙を見せられない。
おまけに、これだけ攻撃を叩きこんでいるのに崩れてくる気配さえ見せないのでは心が折れてくる。
(どうなってる?! 剣で体を打っているのに、斬れるどころかアザすら出来ないなんて……)
剣は確実に、当てたいポイントで、打ちたい箇所へ正確に打ち込んでいる。
持てる全てを男に浴びせても、剣から返ってくるのはまるで金属に打ちつけたかの様な硬い音。
サッパリ効いていないのは、拍手してくる余裕からも明らかだ
────やっぱりコイツ……人間じゃないのか……??
そんな事を考えているうちにも、ソルバーンはすっと拳を天へと突き上げている。
「ほれ、こいつはエグいぞ!」
突き上げられた拳を垂直に地面へ叩きつけ、轟音があたりを揺さぶり立っているだけで精一杯。
すでに吐き出された業火で周りは放射線状に真っ白の世界が広がる中、背後で起きる地響き。視界の端で真っ赤になった地面が盛り上がったかと思うと、槍のように溶けた岩盤が突き出てきた。
「そんなもの当たるか!!」
危険を察知して飛び出したシャニーがいた場所からも灼熱の槍が吹き上がり、まるで火竜が首をもたげるようにうねる。
スピードに乗ったシャニーは、左右前後から迫りくる火柱を避けながら、ソルバーンとの距離を詰めて颯のごとく一閃を与えて崩しにかかる。だが、不敵に笑う炎の魔人に刃が通った途端、妙な感覚に囚われる。
「そいつはどうかな?」
気づいた時には遅かった。あまりの熱に鋒が灼熱し溶けていたのだ。攻撃にできた隙を突いて投げつけられた火球をバックステップで避け、距離が空いた瞬間だった。
「なっ?!」
背後から火柱が意志を持っているかのように食いついてきていた。
風のごとき身のこなしで避けるも、一瞬でも切った視界をソルバーンが逃すはずがない。目の前に詰められ、黒き業火を握りしめた拳が迫る。
「へえ、いい動きだ」
今のは捉えたと思ったのだが。業火の拳が焦がしたのは砕いた城壁だけ。めり込んだ拳を開き、城壁を砕き取って灰に変える。距離の空いた相手をもう一度正面に見据えて嬉しそうに笑った。
「これなら、もう少し本気出しても楽しめるかもしれないな」
「もうやめろ! こんな事をして何の意味がある! 人々が困っている前で、こんな無駄なことを!」
不死身の化け物か……シャニーの顔には疲労が浮かんでいた。これだけ攻めていて自分はアップアップだというのに。
肩で息をしながら私闘を止めようとありったけ声を張り上げる。
「無駄なこと?」
そんな怒りの咆哮も魔人の熱波に跳ね返され、鼻で笑って見せるその顔には、破壊の宴を楽しむ高揚だけが火影に濃く浮かび上がっている。
「わりいな嬢ちゃん、お前らと違って騎士道精神なんて俺には興味無いんでな。強い相手を食えればそれが俺の意味よ!」
咆哮と共にあたりへ迸る強烈な炎圧。天さえ焦がそうかと言う炎のエーギルが立ち上り、シャニーの青髪さえも真っ赤に照らす。
お遊びはここまで、地面を踏み抜きすべてを熔かしながら迫る魔人の拳が、士気を失いかけているシャニーの胸元めがけて突っ込んでくる。
「さあ、見せてくれや! 嬢ちゃんが
防戦一方。猛烈な左右からのラッシュをひたすら避けるしかできず、どんどん後ろへ後ろへと追い込まれていく。何とか隙を見つけてカウンターの一閃を浴びせても、剣が炎圧に負けてソルバーンに届かない。
そんな状態を周りの竜炎が口を開けて見ている訳がなく、背後から容赦なく襲い掛かった。
────二度目はない
背後の一撃を避けるため視線を切った瞬間だった。
「しまっ」
目の前で不敵な笑みを浮かべていたのは、いるはずのない魔人。
「これでも浴びてさっさと目ェ醒ませや!
ゼロ距離で胸に吸い込まれてくる渾身の拳。とっさに剣を出したが、拳が剣にぶち当たった途端、拳の衝撃と共に爆風が炸裂してブレード部分が木っ端みじんに吹き飛ぶ。
「ぎはっ」
シャニーの潰れた声も、剣が砕けた音もすべて灼熱の轟音の前に飲み込まれて為す術なく宙に放り出されていく。宙を錐もみし、地面に叩きつけられて跳ね飛んだ彼女は岩壁にぶつかってようやくに止まった。
「あそこから直撃させられんか。さすがにしぶといな」
まだ全然だ。生きている。あの避け方であれば技自体による負傷はほとんど無いはずだ。
ソルバーンが近づこうと一歩を踏み出すと、やはり膝を突いて起き上がってきた。
向けてくる目や剣を握る左手にまだ闘志が見えこそするが、頭から流血し、真っ赤に染まった左腕を抑える姿からは、もう先ほどまでの威勢は感じない。
「そこまで攻撃特化にしといて最後は剣で受けようとは、剣がいくらあっても足らない戦い方だな」
一歩一歩、地面を熔かして魔人が命を奪いに近づいてくる。
身を起こしたとは言え、もう体は言う事を聞かない。一体どうすれば……剣折れ士気潰えた今、この状況で一体何ができる?
ベルン動乱でも絶体絶命は何度かあった。だが、その都度ディークやロイが助けてくれた。今彼らがここに居てくれたならば。
(……何回、みんなに助けを呼べば気が済むの……あたし。こんな姿……ディークさんに、どう……謝ればいいのよ)
敗北し、魔人が迫る。シャニーは動けないまま悔しさに身を震わせることもできずに、ただ左腕から流れ伝い赤く染まる視界を茫然と見つめていた。
(あたし……一人前の剣術騎士じゃなかったの? 配属を前にした一人前の……天馬騎士じゃなかったの? あたし……八英雄じゃ……無かったの?)
────あたしの剣は、誓いは、何も……何も通用してないよ……
そこに響いてきた仲間の声。背後に気配を感じ、視線を移して焦燥に目を見開いた。
「シャニー! 今助けるッス!」
吹き上がる業火に中が何も見えず、ずっと彼女たちは近づけずにいた。
ようやく炎が収まって視野が開けてきたら、灰色の大地にシャニーがうずくまっていて彼女たちは仰天して急降下し始めた。
「来ないで! 逃げて!」
あの頃は守られる側だったが、今は副将。守る立場だ。近づけば間違いなく殺される。
あの時も……あの時も、閃電の魔術師と戦ったあの時も仲間を守れなかった。
何故なのか、何度頭の中で自身に問うても答えなんて浮かんでこない。ディークが教えてくれたのは人を守れる剣だったはずなのに。四月の頃にもレイサに言われた。お前ではモノにならないと。
(まだ……まだ届かないの? 何も、何も成長していないのか……あたし。半年かけて何も……守れないのか)
────今回はそんな事にはなりたくない!
激痛に喘ぎながら、必死に叫ぶ。
「ミリア! みんなッ、お願い逃げて!!」
「そんな事、出来る訳ないッス!」
クロスボウを連射するミリアに止めるよう指示し退避を命じたが、彼女たちはそのまま降りてくるとシャニーを介抱しようと駆け寄ってくる。
それでもソルバーンは止まることは無く、彼女達より先にシャニーの目の前まで迫った。
目が合うだけで殺されそうな黄金の眼光に睨まれ彼女たちの足が止まる。筋骨隆々とした男が膝を突く華奢な乙女の顎を掴み上げて、今にも食いつかんとする程の怒りを湛える眼で睨み付ける。
リーダーが殺されかけているのに、足がすくんで彼女たちは微動だにする事が出来ずにいた。
「
触れられているだけで熱い。内側から燃えてしまいそうなほどに熱く、ただでさえ飛びそうな意識がもうろうとする。
「くっ……何のことよ……」
いきなり投げつけられた怒りが何を意味しているのかなど、考える余裕は欠片もなかった。途端、炎のエーギルを収めたソルバーンは掴んでいた顎を乱暴に地面に放り捨てた。
「宝の持ち腐れ……か。ちっ、つまんねえ奴だ」
心配そうに倒れた副将に声をかける者たちの隙間から、青の瞳が今もまっすぐに睨みつけてきている。
────仲間に手を出すな!!
剣を離さない血まみれの左手を見下ろしたソルバーンは、面倒くさそうに頭をかくと舌打ちした。
「さっさと
どきっとシャニーの瞳が震えたのが分かる。
「分かりゃ良い。安い授業料だったろ」
これ以上ここに居ても腹が減るだけと次の獲物を喰らいに背を向けようとした時だ。体が動かないことに気づく。
「ソルバーン!! 手出したら容赦しないって言ってあったよね!」
影縫い。ようやくにレイサが戻ってきたのだ。彼女はダガーを抜いて逆鱗をその目に宿して怒鳴るが、ソルバーンはごうっと炎を全身にまとわせて影縫いを全て焼き切って見せる。
炎の中から再び現れた彼は普段の気だるそうな顔に戻っていて、ポケットから取り出したサングラスをかけ直した。
「なんだ……帰って来たのかレイサ。まぁ固い事言うなよ。もう終わったし、殺してないし良いだろ?」
「良くない! うちの副将をよくも!」
飄々とした口調で何の悪びれる様子もない彼にミリアが反論するが、ギッとサングラスの端で睨まれて硬直してしまう。
思わず槍を取ってミリアの前に出たルシャナも、さっと出てきたレイサの手に止められた。
「シャニーだったな、今度は万全にしとけ。喰い甲斐がないわ、今のお前」
今も立ち上がれずにいるシャニーの正面に立つと、まっすぐに見下ろして落胆を吐き捨てた。せっかく
静かに背を向けた彼は思い出したかのように睥睨してきた。
「レイサ。気をつけろよ。思ってるより嫌われ者みたいだぜ、お前」
彼はぼうっと燃え上がった火影の中にその姿を熔かすようにその場から消えてしまった。
危機が去ったと見るや十八部隊は副将を担いで天馬に乗せ、カルラエ城目指してあっという間に東の空へと吸い込まれていく。
残されたレイサは落ちていた折れた剣を拾い上げ、じっとソルバーンが消えた場所を睨んでいた。