ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
『閃電』の魔術師ウェスカーとの戦闘で受けた傷もすっかり癒えたシャニーは、ある日カルラエ城へ訪れたレイサの知り合いソルバーンに会う。
彼は根っからの戦闘狂で、シャニーが
最近はリキア地方に住むロイから手紙が良く届くようになっていた。ロイとは、ベルン動乱を鎮めた英雄であり、当時シャニーを雇っていた青年。年が近い事もあり、良く暇を見つけては話す仲だった。
剣を砕かれて自信を喪失しかけていた事もあってか、彼女は次第に想いを寄せるようになる。
────逢いたい。そう願う彼女だが、毎日仕事があり、ロイの許へ行って往復しようとすれば一週間かかる。長期休暇を申請するも、あっさり否認されてしまうのだった。
そんな中、幼馴染のウッディが持ってきた噂話。なんとアルマがもしかしたら副団長になるかもしれないと言うのだ。
ライバルがどんどん出世する中、自分は先に進むどころか道を失いかけている……。
そこへとどめを刺すかのように、賊討伐任務に出ていたシャニーを襲ったのはソルバーンだった。
彼はレイサが居ない隙を見計らってシャニーを圧倒的な力でねじ伏せる。剣を木っ端みじんに砕かれ、左腕を真っ赤に染めた彼女は、完全に自身の道を見失ってしまうのだった。
第1話 八英雄
──エレブ新暦1000年 10月
静かな朝。まるで誰もいないかのように静まり返る家の中。
その沈黙は、ずっとベッドの上でシャニーを責め続けていた。
無音は何の妨げもなく、昨日の激戦を彼女に思い出させては映像を鮮明に映し出す。
(あたしの握ってきた剣は……何を守れたって言うんだろう)
真っ赤に燃える体、振り抜かれる剛腕。噴き出す豪炎……。為す術なく吹き飛ばされた。
どれだけ稽古をしても、どれだけ屈辱に立ち上がっても、何も見えてこない。何も、守れない。
(未来を切り拓く……一体何を……切り拓けるって言うのさ)
姉に誓った。自分なりのやり方で、この手で、未来を切り開いて見せると。
無力……あまりにも無力で情けない記憶は彼女の心を、今も千の刃となって刻んでいく。
この無力が、大好きな人の顔を歪ませ、頭を下げさせたと思うとシーツを握る拳がギリギリ音を立てる。
────…………
「シャニー、明日から休んでいいよ。ただ、配属式までには戻るんだよ」
昨日の別れ際、レイサはシャニーにそう声を掛けた。
怪我自体は、以前に戦った仮面の魔術師にやられた時と比べたら浅かったし、ニイメの弟子となって半年みっちり鍛えられたレンがかけてくれたライブで一気に回復している。
だが、レイサはシャニーの負った怪我を見抜いていた。
表情から色を失い、固まった口元はレイサの言葉に何も返そうとせずに俯いたまま。
「その、ごめん。まさかソルバーンが本気であんたを喰らいに来るとは思わなかった」
…………────
レイサに頭を下げさせてしまう事になるなんて。それが何よりも悔しかった。
自分の剣は部隊を守る事が出来なかった。民を守る剣となると誓い、かつてベルン動乱を鎮めた八英雄と称されたはずの剣が、実は何も守れなかったのだ。
(この剣が何も守れないのなら、一体あたしに何の価値があるの? 答えてよ……ねえ)
ベッドの上で上体を起こしたまま、シャニーは無力な自分の両手を無表情に見下ろしていた。
応える声は何も無くて、それが答えのような気がしてくる。
「あたし、また失敗したのか……」
剣を砕かれて、叩きつけられたところまで映像が彼女を痛めつけ終わると、ようやくに独り言が漏れ出す。
また、まただった。こうして敗北を喫し、ベッドの上で己の無力さに涙するのは。
以前もあの仮面の男に瀕死まで追いやられ、今回だってソルバーンが興味を失ったから生き存えただけ。
(あたしはもう、二度も死んでる。二度も……仲間を殺してる)
ベッドからようやく降りた彼女だったが、その足は朝食を作りに台所へ行くわけではなく、立てかけてあった剣の方へ向かっていた。
鞘から剣を抜くと敗北を示すように砕けて、刀身が半分以上無くなっている。
剣を折られる事は、剣使いにとって最大の屈辱だった。それが……立て続けに二回も折られては、彼女にとっては剣使いのプライドも、騎士としての誇りも、全てが否定されて砕かれたも同然だった。
「くそっ! くそっ!! くそっ!!!」
珍しく咆哮し、拳を壁に打ち付けて自身への怒りを吐き続ける。
騎士としての屈辱、副将としての無力感、剣こそ我が道と言いながら、仲間を守る事が出来なかった自己嫌悪。
ライバルがどんどん出世していく姿に対して、失敗ばかりの自分。
散々怒りを吐き散らし、千切れるような声を漏らしながら、彼女は壁にも負けたようにその場で崩れて暫く泣いていた。
悔しい……。悔しくて、悔しくて、悲しくて……一体どこへ持って行けば良いのか分からない。天馬騎士団に入ってから一番増えたこの気持ち。
「……まずは剣を新調しに行かなくちゃ」
だから少しだけ、この感情との付き合い方にも慣れた。
泣き終わった彼女は立ち上がると、深呼吸して鏡の前に立つ。そこには目が真っ赤に腫れる、朝から無様な顔がある。これではいけないといつも通りの笑顔を作った。……笑顔を
そんな自分に何度も首を振ると、しっかり朝食をとって家を出た。
(一体あたしは……何をしてあげられるんだろう)
天馬で風を切る間も、ずっと頭を巡るのは自分の存在意義。
見習いの時は誰かに守ってもらえば良かった。それが今叙任を受け、十八部隊の中でも前衛に立って、あらゆる全てを守らなければならない立場となった。
それなのに、一体今まで何を守ることが出来ただろうか? 村人が賊に襲われても救えず、自身は仮面の魔術師に弄ばれ、『赫竜』にも蹂躙された。
「何が……八英雄だよ」
守れない剣に何の価値がある? 全てを折られて漏らす絶望は、視界から全てを奪っていった。
◆◆◆
彼女が天馬に乗って向かった先はエデッサの城下町だった。
絶望を引きずりながら喧騒の中を歩いても、何も耳に入っては来ない。一体どうすればいい……そればかりが頭を巡る。
それでも足は正確に行き先を目指し、彼女は剣を修理するべくいつも通う武器工房を訪れていた。
「こりゃまた酷くやられたなぁ。このザマでそんだけの傷で済んだのか」
シャニーから剣を預かった鍛冶師は目をぱちくりさせる。
いくらシャニーの剣が軽量化を図ってブレイドを細く、斬撃を重視してカッティングエッジを長く取った耐久に難のある作りとは言え、まるでウェハースか何かのように粉々になっている剣は初めて見た。
剣からシャニーへ視線を移すと、怪我と言える怪我に見えるのは、今も包帯が巻いてある左腕だけ。
「そんだけって……結構重症なんだけどね……」
これほどの衝撃をこの華奢な乙女が受けたにしては、奇跡とも言えるくらいの軽症だ。本人は口元を歪めて、さも痛そうにしているが。
「そうか? 元気そうじゃねえか」
「乙女は常に痛みと戦ってるの!」
いつも通りの元気な顔に見えるのだが、もちろん本人は苦笑いしている。見えないだけであばらを数本持っていかれているのだから。
魔法で治療してもらったとは言え、まだ神経が過敏なのか疼く。
何より自分の道自体が重症に思えて仕方なかった。このままではいけない。何かを変え、この無価値な剣を守る剣としなければ。
「すまねえな。俺の技が至らなくて客にケガさせちまうとは」
予想通り、鍛冶師からは修理不可と返ってきた。また初めから一振りこしらえなければならない。
「とんでもないよ、おじさんが謝ることなんてない」
鍛冶師にまで謝られてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
(レイサさんも、みんなも、おじさんも……謝らないでよ。慰められる資格なんて無いよ……)
こんなに皆に謝られるなら、まだ責められた方がマシだった。お前の剣は間違っていると、誰かにはっきり言って欲しかった。
「自分の未熟が悔しいよ。最高の一振りを扱える技量があたしに無かったんだ」
今回の敗北も自分の無力さが招いたこと。他の誰も悪くないことだった。
なのに何故、皆がこんなに謝ってくれるのか、その答えは分かっている。だからこそ悔しい。信じてくれた人たちに応えられない自分が。
あの時、鍛冶師は警告していた。これ以上に改造すると騎士剣と言うより刀だと。脆い剣だと承知で使ったはずなのに。
(どんな剣なら、守れる剣になるんだろう……。分からない、分からないよ…………)
次に一体どんな剣を鍛えてもらえば良いのか、まるで浮かんでこなかった。
今までの自分では何も守れないのに、それと同じ剣を作ったところで同じ結果が待っているだけだ。
「ま、お前さんはお前さんのスタイルを伸ばすことを考えたほうがいい」
そんなシャニーの悩みを見抜いたのか、鍛冶師は虚ろな目にすぐ声をかけた。
あれだけこだわって作った剣を簡単に折られた気持ちはよく分かるつもりだ。剣は己の姿勢を映す鏡。姿勢を全否定されたと同然なのだから。
だが、変えない勇気も大事だと、彼は道を外れて行こうとする若き騎士に警鐘を鳴らす。
「どのみち、そんなナリで相手の剣を受けて戦うなんて持たないだろ」
鍛冶師はシャニーが防御に重きを置いた刃幅の太い、これぞ騎士剣と言う構えの剣を見つめている事に気づいていた。
彼女がこんな重い剣を持ったら、良さがまるで消えてしまう。
「まぁ……ね」
シャニーだってそれは分かっている。自分の剣にとって最大の防御は、とにかく前に出て、電光石火にひたすら攻めて、相手の思考を妨害しながら行動をどんどん潰していくことなのだと。
「でも、さすがに落ち込むよ。二本目だもん、剣折ったの」
それが通用しない相手にはめっぽう弱かった。昨日のソルバーンといい、この前の仮面の魔術師といい……。
彼らには自分の剣技がまるで通用しないだけでなく、敗北を刻み付けるかのように剣を砕かれた。ただ敗北しただけとは訳が違う。
「失敗は成功の母ってな」
余程悔しかったのか、拳を握り締めて震わせている彼女の許まで歩いてきた鍛冶師は、ポンと彼女の肩に手を置く。
「失敗しまくれば良いんじゃねえか? 引き出しは多いに越した事はねえよ」
鍛冶師の手が伝えた衝撃があばらに響く。だが、少しだけ救われた気がする。失敗を失敗だと言ってもらえ、そして前を向けと励ましてもらえた。
朝からずっと独りでいた時間は、自分しか自身の声を聞く者がおらず、責め続けられていたのでちょっとだけ気が楽になった。
「俺もこの前の失敗を糧に、次はもっといい剣を鍛える。付き合ってくれよな」
「もちろん! お願いします!」
剣使いと鍛冶屋は一蓮托生。彼女は鍛冶師と剣の作りを相談し、試作品を打っては振るい、修正を繰り返す。
無心に振ろうと努めるが、彼女の中にいる騎士としての心はそれを許してはくれなかった。
今までと同じで良いのか? 今の無力なままで良いのか? これからもこんな誰も守れない無価値な剣を振るい続けて良いのか……?
何かを変えなければ、襲い来る全ての敵を倒せなければ……。
────さっさと持ってるもんを使えるようになれ。じゃねえと……守れねえぜ?
毎日毎日、欠かさず振ってきた。昨日の自分より少しでも上達したと今日の終わりに言えるように。
だが、ソルバーンは足らないと言った。一体何を言っていたのか、今でも分からない。心当たり……無いわけではない。
────その様子だと、使ったというより、溢れだしたという感じか
酒場であの黒ずくめの紳士にかけられた言葉。
鍛冶師に剣を鍛えてもらっている時、シャニーは無意識のうちに自身の胸を握っていた。
仮面の魔術師と戦った時に覚えた、あの自分が自分で無くなってしまうような感覚。胸から湧き上がってきた何か。
恐ろしかった。今でもそうだ。自分ではない自分が、青い焔の如く溢れて自身を支配する。
決して握ってはいけない剣だと拒絶してきた魔剣の存在が、心の中に浮かび上がってきて囁いてくる。
その背を押すように聞こえてくる、あの紳士の声。
────君はこうも考えている。あの力を最初から使えていれば、負けはしなかったと
忘れようとした。だが、今のままの自分ではいずれ仲間に犠牲を出してしまう。ユーノも言った。それも自分だから、抑え込むよりうまく付き合えと。今のままではいけない、今のままの何も守れない剣では存在価値が無い。
(あたしは……八英雄なんだ)
歴史に名を刻んだ。姉にもようやく認めてもらえた。民の傍で全てを守る剣と誓ったその剣が、こんな無様のままでは到底皆の前に出ていけない。
(あたしの剣は、みんなを守れなくちゃいけないんだ。全部倒せなきゃ意味が無いんだ)
その気持ちが、剣を受け取り、笑顔で鍛冶師に礼を言って店を出た彼女から仮面をはぎ取り、据わった目をあの場所へと向かわせていた。