ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
ソルバーンに敗北を喫した翌日、シャニーは騎士団を休みベッドの上で自身を責め続けていた。
何も守れない剣、無価値な剣……かつて動乱を鎮めた八英雄とは何だったのか?
折られた剣を新調するべく武器工房へ向かった彼女は、試作品を振りながら頭の中で囁く声に少しずつ道を踏み外していく。
────あたしは八英雄なんだ
鍛冶師から剣を受け取った彼女は、据わった目で底無しの沼へと突き進んでいった。
昼休みの時間、団長室を静かで穏やかな時間が包む。
団長として、ある日は朝から晩まで営業に出て、ある日は会議室で缶詰となり。神経をすり減らす毎日にあって、短くともこれがティトに許された羽を伸ばすことのできるひと時だ。
彼女はティーカップから立ち上る紅茶の香りを一つ楽しみ、机の引き出しを嬉しそうに開けた。
その中に隠しておいた手紙を大事そうに取り出すとそっと封を切り、中身を両手に抱きしめるようにして窓際へと向かう。
「ふふっ、クレイン様ったら」
文通相手のクレインから届いた手紙は、鉄の女とさえ言われるティトの顔を容易く笑顔に変えていた。聡明で包容力のあるクレインの顔が思い浮かぶ。彼といると他の事などどうでも良くなってしまう。
この前、エトルリアで楽しんだ初めてのデートと言っても過言ではない時間は今でも宝物だった。
何もかもから解放されて、一日あの人の傍にいる事が出来たなら……。
「失礼します」
昼休憩はとっくに終わっているのに、忘れているのだろうか。副将ソランが部屋に入った時もティトは窓辺にいた。
「おや、いつも仏頂面の団長が部屋に入るなり笑ってるとは珍しいね」
ソランとは幼馴染で、見習い修行でも同じ釜の飯を食った仲。厳しい彼女は、いつも仲間へは最後に甘くなってしまうティトの右腕だ。
本題をすぐ振るつもりだったが、団長の様子がいつもと違うことに気づいて窓辺まで歩いていく。
ティトは背後から副将が近づいても気づかずに、声をかけられて肩を跳ね上げながら持っていた紙を慌てて隠す。目の前にいる意地悪な笑顔は全てを目撃されたことをありあり伝えてきて、彼女は思わず口を尖らせた。
「……仏頂面で悪かったわね」
「やだね、これも洒落よ。気にしないで」
親友のあまりの言い草に、ティトも硬い表情で固めるいつもの鉄の女へ戻ってしまった。
(もう、シャニーみたいな事をするなんて油断も隙も無いわ)
ゆっくり手紙を読む暇もないではないかと振り返った時、ふと時計が視界に入ってうっとした。 とっくに昼休憩の時間は終わっていた。ソランが現れた時点で気づくべきだったのにどれだけ気が抜けていたのかと自身を叱る。
せっかく良い顔をしていたのに申し訳なかったとソランは笑って見せると、後ろ手になっているティトの腰付近を指さした。
「おおかた、クレイン様から来た手紙を読んでいたんでしょ?」
何でバレたんだ。顔にはそう書いてあって、見る見る顔が真っ赤になるティトは何も答えないが、それが答えだ。
朝一番で郵便配達員がどさっと置いていった団長宛の手紙の中に、明らかに違うものが混ざっていた事をソランは知っていた。
二人の関係を第一部隊の連中……いや、騎士団中の皆がもう知っているのだから隠す必要も無いだろうに。
今も頑なで、部隊の者が進捗を聞いても一度も返してくれた事はない。
「で、どうするの?」
今回もいろいろ聞き出してやろうと身を乗り出し、俯いてしまったティトを下から見上げてやる。
「どうするって?」
ティトは全く心当たりがないような顔をして眉をひそめているが、演技に決まっている。あれだけ緩んだ顔をしていたのに、何も思うところが無いなんて言って一体誰が信じるというのか。
手紙を隠すティトの手を突っつきながら単刀直入に投げつけた。
「とぼけないの。クレイン様のところに行くの?」
ソランは許さなかった。エトルリアで見せられた二人の姿は、とてもただの友なんて関係には見えなかったし、クレインからこれだけ手紙が来るのはただ事ではない。何よりこの手紙の隠し方はあからさまだ。
これだけ愛し合っているのに、いつまでもこんな遠距離は良くない。二人で手を取り街へと消えていく時の幸せそうな顔を見たら、ティトが何処に居るべきかなんてはっきりしていた。
「なっ、な! 何言ってるのよソラン、冗談はやめて」
ところが話を振られたティトは真っ赤になって、破裂しそうなほど狼狽し始める。
相変わらず往生際の悪い彼女の目は口以上に真実を語ってくれているというのに、この期に及んでまだバレていないとでも思っているのだろうか。
いい加減に諦めろと、ずいっと顔を近づけて意地悪く笑ってやった。
「白を切ろうったって無駄よ。どこにでも噂好きは居るんだから。エダとかね」
第一部隊のムードメーカーはとにかく顔が広いので、あちこちで噂を拾ってきては話を広めてしまう。お膝元の第一部隊の話を彼女が拾わない訳が無く、ティトがクレインと恋仲だと噂好きから噂好きへとリレーされ、今や騎士団中に広がっていた。
(最近何か皆の視線が気になると思っていたら……そう言う事なのね……)
そこまで考えると、ますます顔から火が出そうで今にも破裂してしまいそうだ。
妹にも似たエダの悪気のない笑顔が浮かんで、ティトは思わず額に手をやる。ここまでされてしまったら、もう観念するしかない。
「正直なところ、行きたい気持ちもあるわ。でも、団長として再任されたからには──」
何も自分に課せられた使命が無いのなら、今すぐにでも飛んで行きたかったし、エトルリアであのまま彼に抱かれてついて行ってしまいたかった。
それを今ここに立たせているものは団長としての使命。天馬騎士団の再建という重責と、多くからの信任が彼女をエトルリアから発たせた。
多くの想いを背負って正式に団長と選ばれたのだから、私情で立ち止まるわけにはいかない。
「それとこれとは話が別だと思うよ」
だが、ソランはティトが言い終わらないうちに首を横に振ってきた。
「もう少し、自分の気持ちに正直になっても良いと思う。本当に貴女、笑わなくなった」
もっと自分の幸せも考えろと親友がその目で伝えてくる。
色々な人に言われてきた。もっと自分を出せばいいのにと。それが出来たら苦労しない性分なのだから仕方ないと、その都度思ってきたけれど、自分でも分かっている。最近全然笑えなくなっていることが。
何もかもから解放されて笑顔を見せる事が出来るのは、優しいあの人の胸の中だけだ。
その中に行く事を考えろと親友は言ってくれるが、やはり自らが選んだ道だ。けじめもつけずに途中で降りるのはあまりにも無責任に思えてしまう。
「……分かった。考えてみる。でも、私にもこれだけは果たさないと、と思うところもあるの」
彼女だって分かっている。いつまでもクレインの気持ちに答えを出さないで居るのは失礼だと。
彼は動乱終結の日からずっと、真っ直ぐな言葉で自分に愛を捧げてくれて来た。それなのに、天馬騎士団の再建を果たすまで彼には答えを待ってもらうことにして、もう動乱の終結から半年以上経っている。
自分のような傭兵の事など、その間に忘れてくれるかもしれない。そう思った時期すらあった。それほどにクレインは輝いて見えた。
しかし、エトルリアで会った時に彼がしてくれた全てが、その考えが間違いだったと気づかせてくれた。
「私だって、クレイン様の事は……愛しているもの」
もし、もしクレインが自分以外の誰かと結ばれるのだとしたら……そう考えたら途端に心が悲鳴を上げた。
それでようやくに分かった。自分はクレインの事を愛しているのだと。それはもう、他人に対しても口外できるほどに深く鮮明だ。誠意には誠意で返さなければならない。
「私たちも手伝うから。クレイン様の好意、しっかり受け止めてあげなさいよ」
ティトの手を取ってウインクしてくるソランが天使のように映る。
騎士団を放り出してしまおうという話なのに、自分を応援してくれる仲間がいる事が本当に嬉しくて、戦い続けて凍り付きそうな心を溶かしてくれる。
自分は孤独に戦っている、ユーノのような人望も無い。そんな風に考えていたことが愚かしく思えるほどに。
「ありがとう。私も決意が固まった気がする。そうね……後半年……期末までには必ず」
天馬騎士団の団長選出は基本一年に一回。三月中に固められて四月から新体制となる。
前回の七月の選挙は騎士団再建中で団長代理だったためで、期中での選出戦は例外中の例外だった。
もうあと数日で、この半年間に築いてきたものを手放すことが出来る。それを見届け、これから三月までの期間では、イリア内の関係を強化することに手を尽くすつもりだ。
ようやく決意した団長にふっと笑ったソランは、部屋に来た本題を振る。
「そうだ、そう言えば貴女の妹さん、昨日『赫竜』におもちゃにされたって知ってるわよね?」
持っていた手紙がするっと落ちて宙を舞う。
妹が……あの時が蘇る。おまけに今回は『赫竜』だ。あの男に目をつけられて
妹が……またしても。もう何回目だろうか。八月に夜賊から襲われて意識を失って、回復したらまた賊に短剣を向けられ。やっと完治したかと思ったらまさかのソルバーンだなんて。
なぜあの男が妹を狙ったのだろうか……。そんな疑問を押しやって余りあるのは、早く妹の顔を見たいと言う焦り。
「な、なんでそれを早く言ってくれないのよ!」
「あー、まぁ別に大した怪我は無いみたいだし。レイサさん、昨日のところは帰したみたいだけどね」
医学的治療が必要で絶対安静と言うわけでなければ、騎士団では重傷者扱いはされない。
だが、ティトにとっては気が気ではなかった。二週間眠り続け、そこから回復してまだ一か月も経っていないのに。
ソランは大したことは無いと言っているが、この人が大変だと言った時には瀕死だ。
ティトは城中探し、それでも足らずに天馬に乗って実家に飛んで帰った。
「どうしてあの子ばかり……」
実家には生活感が残されているものの、そこにあったのは静寂だけだった。
おかえりと、いつもなら朗らかな笑顔が飛んでくるのに、部屋を包む静寂は不安ばかりをどんどんと膨らませる。
台所の水切りラックに置かれた食器の下にはまだ水気があり、くしゃくしゃのベッドが生活感を醸し出しているが、当の妹はいなかった。
静かな空間は自分の幸せに現を抜かしていた事を責めるようで、ティトは自身に腹が立って仕方なかった。