ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
クレインから届いた手紙を時間を忘れて読むティト。
そこにソランが訪れて単刀直入に問う。いつ、クレインの許へ行くのかと。
最初は狼狽していたティトは観念してソランに想いを吐き出し、同時に義務も口にする。
故郷の為にクレインの許へ行く事を躊躇う彼女に、ソランはもっと自分の幸せを考えろと背中を押し、ティトはようやく決心する。
ところが、直後にソランからもたらされた妹の状態に愕然となるのだった。
イリアは十月に入り、いよいよ冬に突入していた。
それを知らせるように、今日はこの季節で初めての雪が降っている。
しんしんと降る雪のエデッサを、一人で傘も差さずに歩く乙女の足取りは、彷徨うかの様に左右へふらつき、すれ違った人とぶつかって跳ね出されても謝る余裕さえなかった。
それでも目的地にたどり着いた彼女は、ドアを開けて賑やかな場所へと入っていく。
「何だシャニー、今日も来たのか。ひとりか?」
頭に雪が積もったままのシャニーの顔を見て、バーのマスターは驚いた様子でカウンターへと手招きしては、寄って来た彼女の頭を叩いて雪を落としてやる。
普段は幼馴染や部隊の連中と一緒に来てバカ騒ぎをしていく彼女の顔に浮かんでいるものは、まるで霧の湖のような静けさ。
「うん、ひとりだよ」
今日もだ。こんな雰囲気の女性が一人で飲み屋に入って来たら、荒くれが黙っていないものだが誰も手を出さない。昨日ちょっかいを出して酷い目に遭ったばかりだ。
「昨日と同じものをちょうだい」
外套を背もたれに掛け、剣を横に立てかけるとシャニーはカウンターに腰掛ける。
だが、彼女が当たり前のように口にした注文内容に、マスターはますます違和感を覚える。
「ほどほどにしておけよ」
まだ成人になって半年の人間が口にするには、あまりに強烈な琥珀色の蒸留酒。
浮かぶ氷がいい音を立てて万華鏡のように輝く琥珀色の酒を、シャニーは色の消えた顔でじっと見つめている。
「お前はルシャナほど飲めるクチじゃねえ。今日は寝るんじゃねえぞ」
昨日も同じものを頼んで、それを一回お替りしたくらいで彼女は寝てしまった。
いくら荒くれどもを黙らせた後とはいえ、こんな若い女が一人で酒に寝ていたら何が起こるか分からない。
マスターは仕方なく二階に連れて行ったのだが、今日も懲りずにチビチビとやっている。
「マスター、昨日はあの人は来なかった?」
──── 一流の戦士は一流の酒を知らねばならない
あの紳士が来るその時をじっと待ちながら、形からでも入ろうと彼の言葉、彼の選択の通りに飲む蒸留酒は苦いだけだった。
「ああ。お前が寝ちまってからも一応見ていたが、それっぽいのは来なかったな。ま、一週間に一度来るか来ないかだからな」
もっと彼に話を聞きたかった。叱られるかもしれないが、それでも。
また一口、酒を飲んで鉛のような気持ちを腹に押し込める。胸が焼け、腹に溜まった重いものが鈍く燃えるような感覚。
(ここって……こんなに静かだったんだっけ)
周りは騒がしいはずなのに、何も音が耳に入ってこない。空きっ腹で五十度を超える酒を飲んで酔いが回ったのだろうか。
「独り酒なんて……あたしには合わないな」
分かっていた事を改めて口にして、シャニーは自分に笑った。美味しくないし、楽しくもない。独りでいると、浮かぶのは思い出したくない事ばかり。
(天馬騎士になるって……こんな事だったの……?)
霧の湖のような眼差しで見つめる琥珀色の湖面に、色々な人の顔が浮かんでくる。みんな自分に色々アドバイスしてくれた。だが、それを一体どれだけ吸収することができただろうか。
今もこうして、得体の知れない力を求めて彷徨っている。ユーノは自分の強さより、仲間の力を引き出す力こそ必要だと教えてくれたのに。
「ディークさん……あたしの進もうとしている道は……正しいのかな……」
イリアの礎となり民と共に戦い続ける。そう誓った矢先からこうして折れている自分を見たら、師匠は何を言うだろうか。もう、来週には配属式があり新人は卒業だと言うのに。
琥珀色の鏡に映る師匠は答えぬまま遠ざかり、視界がどんどんぼやけてくる。
(……ごめんなさい。せっかく、守れる剣を教えてくれたのに……ディークさん……)
溢れる気持ちを押しこむ様に酒を腑に落とす彼女にマスターは敢えて声をかけず、しばらくしないうちに今日もシャニーは寝てしまった。
◆◆◆
翌朝、十八部隊では今日もルシャナが誰よりも早く来て槍の稽古をしていた。
この時間なら、自分が一番という事は普通なら無い事。ひっそりとする稽古場が部隊の異常を伝えてくるようで、槍を構えていても違和感ばかりが浮かんでまるで集中できない。
ふうっと降参する様にため息をついていると、ミリアとレンの二人組が登城して、副将代理に手を挙げて挨拶しながら声をかけてきた。
「ルシャナー、シャニーは今日も休み?」
同じ村に住んでいて、いつも一緒に登城するルシャナに聞くのが手っ取り早い。
この前ようやく帰ってきたと思ったら、またこんなことになるなんて。
いつも絡むミリアにとっては、シャニーがいないと十八部隊らしくなくてつまらなかった。
「うん。命に別状は無いって言ったってあんな戦闘した後だしね」
返ってきた言葉にしょんぼりとミリアは俯いた。あの時、どうすれば良かったのだろう。
恐ろしい光景だった。業火が吹き上がり、その中に炎の魔人とシャニーだけがいた。助けたくても、吹き上がる炎に天馬が怖れて降りることが出来なかった。
上から見ていただけの自分たちでも、これだけ残像が残っているのだ。戦った本人に焼き付いた記憶がどんなものかは想像すらできない。
「あー、ちくしょう! やっぱりあの時、皆で突っ込めば良かったんじゃないッスか?!」
あの場にいた者は皆そう思った。結局、シャニーだけが戦ってケガをした形になってしまった。
「ミリア、あの時睨まれて固まってた」
あの時自分たちが助けていたならば……地団太を踏んで悔しがるミリアだが、横から冷や水を浴びせられた。いつもレンがこうして冷たいツッコミを浴びせてくるので、毎回ミリアの目が吊り上がる。
「う、うっさいな。ウチのバラージショットなら」
「命中率、10~15%。仮に命中したとしてもダメージゼロです」
レンの分析能力にはキレが増してきている。元からそうした観察をすることは好きだったが、それを戦場で活かせると知ってからはデータ集めにも余念がない。
魔法を主戦武器とすることで、後ろから戦場を見渡すせる事も助けになった。
「それあの時言ってくれよ……」
だが、相変わらずワンテンポ遅いというか。虚勢を張ってあのまま突っ込んでいかなくて良かったと、ミリアは内心胸を撫で下ろしていた。
「あの男はエラーが多く、補正と修正に時間がかかりました。あの男は人ではないと思います」
このデータ人間がエラーなんて言葉を使うなんて。どうせ計算ミスだろうとミリアがレンの額を突っつく。
「その通りだよ」
木の上で相変わらず寝転がっていたレイサの声が聞こえてきた。誰もが朝から寝ているものだと思っていたので、上体を起こして見下ろしてくるレイサに驚きの視線を向けている。
「あいつは明らかな人外の力を操ってる。魔導書無しにあれだけ炎を召喚するんだ、タダモノじゃないよ」
レイサには正直自分では勝てる気はしなかった。あの炎の前では短剣は届かない。
だが、そもそも彼と戦う機会などなかった。彼にとっては、喰いごたえの無い、つまらない戦闘力だと見抜かれているからだ。
それどころか、彼が
「炎の精霊ファーラの力を取り込んでいる可能性があります」
レンが唐突に口にした精霊という言葉に、ミリアはすぐ苦笑い。精霊なんてお伽噺の本でしか見たこともない。
「そんな神話みたいな話あるわけないだろ?」
色々な角度から検証しても、魔導書無しで炎を召喚するなんて火竜くらいしか当てはまらないが、彼のエーギルの流れは竜族────マムクートではない。同時に、人の流れでもない。
「いや、可能性としてはなくはないよ」
レンが出した結論にミリアが手を払いながら苦笑いしているが、また木の上から声がした。表情の薄いレンの顔でさえ、どうだと言っているのがはっきり分かり、ミリアは困惑している。
「取り込んでると言うより、生まれた時から宿しているもんなんだと」
今日のレイサはよく喋る。しかも面白おかしく茶化してくる訳でも無いので妙な気分になってくる。彼女はオンのスイッチがあるのかと思うほどいつも緩いので、冗談なのかさっぱり読み取れない。
「じゃあ、あのソルバーンは火の精霊そのものってこと?」
「私のとこのばーさんが言ってた話だけどね」
精霊の化身なんてものがそこら辺をうろついている訳が無い。そう言いたげなルシャナだったが、今迄レイサの言っていた事が全てニイメからもたらされた情報だったと分かると一気に表情が固まった。
ニイメは闇魔法の大家。魔法の根源である精霊についても、かなり造詣が深い彼女の言葉とあらば、レイサのそれとはまるで意味が違ってくる。
「だからあいつには関わるなって言ってたあったのに……あのバカ」
こうなる事はレイサには予想がついていた。ソルバーンが初めてシャニーを見た眼は、間違いなく獲物を見つめる眼だった。
自分がいない時を狙ってくるとは迂闊ではあったが、わざわざ逃げずにあの場で挑まれた戦いに乗ってしまうなんて。
彼女だって気づかなかった訳では無いはずだ。勝てる相手では無い事くらい。
「あいつは賊討伐をする私たちを守るためにあの場に残ったんです」
即にルシャナがフォローする。少しでも早く賊を討伐し、住民を安心させたい。部隊の皆はその一心だった。
守られた側にとっても辛かった。彼女を犠牲にすることで、自分たちが今こうして生きる事が出来ているのだから。
「シャニーには、後で謝りに行かないといけないと思ってます」
ルシャナに続いてミリアやレンも頷いているが、二人は困った顔をしている。
「それがさー、あれから毎日仕事が終わった後、シャニーの家に見舞いに行ってんスけど、いつ行ってもいないんスよ」
「昨日もパンケーキを持っていきました」
負けたとはいえ、ミリアにとってはシャニーは憧れのままだった。
流星のように駆けて業火をかいくぐり、魔人相手に剣技を嵐のように繰り出す姿は自分には真似できない。
その憧れの人が敗れて傷ついているのだから、他の誰よりも先に行って癒してあげたかったのに、いつ行ってもシャニーはいなかった。
「バカッ言うなよ!」
おまけにレンが何の考えもなくぽんっと口にしたセリフは、いくら彼女の口に栓をしてもレイサに聞こえていないはずが無かった。
「昨日の領収書……それか。金、返しときなよ」
見舞いと称して毎日遊びに行っていたに決まっている。おまけにシャニーがいなかったとなれば見舞いに持っていったケーキは自分たちで片付けたと言う事になる。
バレてはしょうがないとミリアが舌を出して笑っている事からしても、どう考えても分かっていて部隊の経費から出したのは間違いない。
「でも、あいつが遅くまで家にいないのは本当です。私も家が近いから毎日見てますし」
一体どこに行っているのか。ここ数日、日付が変わってから、何処からか天馬に乗って帰ってくるところを自室からルシャナは見ていた。
昨日はついに、その時間でさえも帰ってくることは無かったので心配だった。
よく食べ、よく寝るを信条にする彼女が、そんな夜更かしをしているところを見たのは初めての事。
「シャニー……どこにいるのかな。大丈夫かな」
落ち込んだ声がため息とともに漏れて、ミリアは空を見上げた。
部隊の中を明るくしてきた二人。プライベートでも家族がいない者同士、よく互いの家に泊まって親しくしてきた。
何より、自分の未来を切り開いてくれた人なのだ。落ちこぼれだった自分に声をかけて、この弓銃の道を一緒に探してくれた憧れの人。
心配で、心配で仕方なくて、居ても立っても居られないのに、どこに居るのか分からなくて声も掛けてあげられない。
もどかしくて、息も出来なくなりそうだった。
「ミリア、元気出して」
レンは珍しく萎れるミリアを励ますが、気持ちは同じだった。何とかしなければ……部隊の空気が重くなっていく。
彼らの元気の無さも手伝って、レイサは焦りを覚えていた。
シャニーが夜な夜などこをうろついているのか、天馬で飛んで行ってしまうのではレイサにもまるで心当たりが無い。良くない事を考えている事だけは想像がつく。
休めと言ったのは、彼女に対してだけは間違いだったのかもしれない。彼女の家には家族はいないのだ。
「やれやれ……あと四日で配属式だって時に。ソルバーンのヤツ……!」
何もこのタイミングで無くてもいいのに……。
大きな変化はただでさえ負担が大きいのに、こんな余計な事まで背負っていたら、せっかくティトが育てて来たものが壊れてしまうかもしれない。
だが、こうなった以上はチャンスと捉えるしかない。部隊にとっての試練が、少し早く来たのだと自身に言い聞かせ、ここは彼女たちに任せてみることにした。
ここで躓いていては、この部隊には先はないのだから。