ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
仲間を守る為の剣を手に入れる為、シャニーは連日のようにある場所を訪れていた。
そこは、魔剣の存在を口にしたあの黒ずくめの紳士と会ったバー。
彼女は彼をひたすらに待ち、沸き上がる苦悩を無理やり酒で押し込んでいく。
一体何が正しい事なのか、考えるほどに分からなくなる……師匠を想い、今日も寝てしまった。
一方、十八部隊のメンバーたちも帰ってこないシャニーへ心配を募らせていた。
彼女がこんな風になってしまう何て、守られた側だって辛い。
配属式が四日後に迫る中、彼らはリーダーを探し始めるのだった。
昼の休憩時間。多くの騎士でごった返す食堂は本当に騒がしい。
この時間ばかりは冷たい鉄の仮面を被る者も、普段の優しい顔に戻って楽しげに笑う。
その中でもひときわ、窓辺の一角は毎日騒がしいはずなのだが、最近は火を失った暖炉のように静かだった。
「はぁ……」
机の上には、ほとんど手が付けられずに残ったままの昼食が広がっている。
その前に座っているのがレンならいつもの事なのだが、今日はそれがミリアだから、一緒に昼食をとっていたルシャナやレンも心配そうに彼女を見ていた。
おまけに、ミリアは腹の奥から全部出てきそうなほど深いため息を何度も、何度も吐くものだから、余計に場の空気が沈む。
「ミリア、さっきからため息ばっか」
目線で突っつくようにレンがミリアに横目を向けるが、彼女からはいつものような反応が返ってこない。
(やっぱりか……)
ルシャナは彼女の視線を追ってみて、しばらく誰も座っていない席をミリアと一緒にじっと見つめていた。
普段なら一番に明るい声が咲き、朗らかな笑みで場を包んでいた人が座っていた場所。
周りはこんなに騒がしいのに、まるで夜に灯を奪われたかの様にこの場所だけ沈んでいる。
(あいつが一人いないだけで、こんなになっちゃうものか)
如何に一人が引っ張ってきたかを思い知らされるようで、ルシャナは唇を噛んだ。
これではあの時と変わらない。五月の、シャニーが暴走した時と、何も。
「ルシャナ、相談があるッス」
ぼんやりとそう考えていた時だった。ふいに名前を呼ばれるままにミリアへ視線を移す。思わず目の前に座っているのがミリアかと疑ってしまった。
こんな据わった目をしているのを初めて見た気がする。いつものいたずら好きとは別人のような顔だ。
でも、こんな若草色の髪に桃色の瞳なんて、イリアではかなり珍しいから見間違えるはずもない。
「何? 酒の事なら任せてよ」
溜息を吐いていたと思ったら、今度はこんな据わった目をして。
沈んだ場がさらに重く沈み込んでいきそうで、とっさにルシャナはリーダーを真似て冗談を口にしてみたのだが、ミリアの顔は緩むどころか眉が吊り上がった。
「違うッス! シャニーの事ッス!」
強い言葉で返されてルシャナはすぐには言い返せずに、思わずレンに視線を送ってしまった。
彼女も驚いたようで、小さな口をぽかんと開けてただミリアを見上げている。
だが、二人ともその心は同じだった。たまたま、ミリアが最初に話を切り出しただけで、どうにかしたい気持ちは一緒。
「ウチ、シャニーを助けてあげたいッス」
ミリアは立ち上がると机に上体を乗り出し、両拳を握って懇願するようにしっかりとルシャナの目を見つめた。
周りは背の高いミリアがいきなり立ち上がったので何事かと見上げている。
(やっぱり、そう言う事か)
ミリアにとって、シャニーが憧れの人だと言うのはルシャナも知っている。
どうにかしたい気持ちは彼女も同じだったから、頷いているとレンの視線も二人に加わってきた。
「ん。いつもしてもらってばかり。助けたい」
このまま帰ってくるのを待っていては駄目なのは分かっている。
ルシャナの目にも、最近のシャニーの行動は異常に映っていた。絶対に、何か変な事を考えている。
普段あまり落ち込まない彼女だからと最初は放っていたが、日に日に遅くなる帰宅が、底なしの沼に沈んでいく姿に見えて仕方なかった。
今思えば、もっと早く声をかけてやれば、こんな事にならなかったのかもしれない。
「あいつがずっと引っ張ってきてくれたからね。何とかしないとって思ってるよ、私もさ」
ルシャナはふと窓から外を見上げた。今頃、どこで何をしているのだろうか。リーダーは。
────なら!
そんなミリアの眼差しがまっすぐに突き刺さってくるようだ。
彼女は今も立ち上がったまま、机に手を突いて更に身を乗り出してきた。普段はそうも感じないが、やはり上背がある分、迫られると結構な迫力がある。
「ウチは前の時はケガでシャニーを支えられなかったから、今度は守ってあげたい」
あの時、部隊が崩壊しかけた五月の事件の時、皆は帰ってきたシャニーを迎えて、許した。そしてその背中や肩に手を添えて、一緒に前を向いて新しい十八部隊をスタートさせた。
その大事なシーンの中心で、憧れの人の背中を一番に支えて、一緒に未来を切り開く一歩を踏み出したかったのに、それが出来なかった。
今度は、自分があの人を救いたい。ミリアの瞳が今まで見たこともないくらいに強くて、ルシャナも席を立った。
「よし、じゃあ今日はあいつがどこに行ってるのか探そう」
今はこれが一番重要な任務だ。ルシャナは午後からの予定をすべてキャンセルする事にして、本格的に部隊としてシャニーの行方を追うことにした。
(でもな……闇雲に探しても捕まるわけないし)
この広大なイリアで、どこにいるかも分からない人を一人探すのはあまりにも難しい事。
まして、シャニーは天馬でどこへでも飛んで行ってしまう。あの性格だから普通なんて通用しない。
少なくとも、カルラエの町にはいないとゲベルから話が上がってきている。さっぱり手掛かりがない。
配属式に間に合うだろうか。間に合わないにしても、何とか一週間以内には見つけ出さないと……。何か良い案が無いか……辺りをぐるっと一周見渡してみる。……何もあるはずが無い。
でも、一周してみてレンが視界に映った途端、ルシャナはポンと手を打った。
「レン、エーギルの流れでうまく捕まらないかな?」
「ん、頑張る」
こうなったら魔法使いのスキルに頼るしかない。自分しかできない事とレンも銀の瞳に力を籠める。
「シャニーのエーギルの流れ、他の人と少し違うから、もしかしたら分かるかもしれない」
今まではあまり気にしてこなかったが、あれだけ分かりやすいくらい変わっているなら、近づけばきっと分かるはず。
この魔法の道も、シャニーがいなければ開花することは無かった。
自分の未来を切り開いてくれたリーダーを必ず救い出すと、レンは小さな口元にきゅっと気合が入った。
「あいつに全部背負わせちゃいけないんだ。十八部隊として、あいつを守ろう」
厩舎のところまで戻ってきて、残りの仲間も呼ぶとルシャナは槍をすっと掲げた。
普段はリーダーが行う事。大事な任務の前に行う十八部隊のルーティン。
一人足りないが、今日の最重要オーダーを前に、ミリアとレンもそれぞれ弓銃と杖をルシャナの槍に添えて掲げた。
「第十八部隊 作戦を開始する! ウチ達のリーダーを守れ!」
武器を強く掲げて高らかに叫ぶ。ところが、ルシャナが腹に力を込めていると先にミリアが叫ぶものだから二人の目が点になる。
「それは副将代理の私のセリフでしょ?」
「言ってみたかったッス。これ」
あれだけ真剣な眼差しをしていたのはやっぱり見間違いだったのか。
照れ笑いしながら頭の後ろに手やるミリアに若干調子を狂わされながらも、彼らは天馬に乗って高いイリアの蒼穹へと消えていく。
どこかにいる、底なしの沼に飲み込まれてその輝きが遠ざかる、大事な人を求めて。
◆◆◆
陽はとうに沈んだ。詰所には続々と十八部隊のメンバーが戻って来る。
視界が命の天馬騎士にとって、夜空を飛び続ける事はかなりの危険を伴う。結局昼の時間を全て費やしても、シャニーには辿り着けなかった。
ルシャナは開けっ放しの詰所の入口をじっと見つめていたが、姿を見せるどの顔も俯いていて、報告など聞くまでも無い。
「ほとんど戻って来たね。……成果無しか」
彼女の言葉がますますメンバーの心に疲労を膨らませる。皆で地図の周りに集まり、訪問先へ次々印を入れていく。イリアの中心にあるカルラエ城から放射線状に伸びる線は余すことなく地図を赤色に染めた。
「これだけ探して居ないって、洞窟かどっかに籠って修行でもしてるのかな」
そう口にしてみて、ルシャナは即自分で首を振って否定した。狭い所を嫌う彼女がわざわざそんな事をするはずが無い。もし一人で修業するなら、小高い丘のような開けた場所のはずだ。
念のためエデッサ城にも顔を出してみたが、ユーノを心配させるだけになってしまった。もうあらかた、行ったことのある場所は潰したはず。
腕組みをして渋い顔をしていたルシャナは、頼みのレンが部屋の外に見えて身を乗り出した。
「レン、どうだった?」
「ううん。捕まらない」
ガッカリと肩を落とすルシャナにレンもしょんぼりと俯いた。手元の地図にはびっしりと経路と計算が書きこまれている。
シャニーのエーギルは掴んでいる。だが、彼女の飛んで行くスピードがあまりに早くて追いつけないのだ。同じ天馬なのにどうしてこんなに移動能力に差が出るのか……。
いつもは気にしなかった馬術の差がこんな所で足を引っ張るとは。実技試験でも自分は下から数えた方が早いほう。相手は騎士団でぶっちぎりにトップの成績。
「レンでダメじゃな……。皆、今日はもう危ないしここまでにするしかないか」
副将代理として、これ以上無理な捜索にメンバーを駆り出す事は出来ない。止む無くルシャナは皆に作戦終了を伝えて解散を促したが、途端にミリアが立ちはだかった。
「ウチはまだ探すッス! ルシャナも付き合って欲しいッス!」
────見つけるまで諦めたくない!
ミリアの目にそう言われて、ルシャナの足が止まる。諦めたくないのは同じだ。ミリアに合わせるように他のメンバーも再び出撃の準備を始めている。
「ルシャナ、まだ私、魔力残ってる」
くいくいと服を引っ張るレンが下からぷくっと頬を膨らせて見上げてくる。だいぶ範囲は絞られてきているのだ。もう一息なのに、ここで諦めたら今までが全部無駄になってしまう。どんどんと引っ張る力が強くなってきて、とうとうルシャナは命令を撤回した。
「よし……。腹を括ろうか! ただし、日付をまたぐまで。そこがデッドラインだ」
皆、手に灯を持って二人一組で天馬の許へと戻って行く。
「レン、ウチらで絶対にシャニーを見つけるッスよ!」
「ん、絶対」
ミリア達は昼間とは反対に西の空へ向かって飛び出していく。
もう眼下には何も見えない。けれど、この黎の空のどこかに必ずいるはずなのだ。二人にとっての帰る場所が。
嗄れても、それでも彼女の名前を叫び続け、その声は月が薄れ始めても途切れる事は無かった。