ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前話のあらすじ

 ルシャナ達はまるで消息の掴めないシャニーを本格的に探す事にした。昼の予定をすべてキャンセルし、部隊総動員でイリア中を探し回る。
 しかし、広大なイリアで何処に居るか分からない人間を探すのは困難を極める。
 レンの魔力を頼りに、シャニーのエーギルを追って探すも、なかなか捕まえることが出来ない。
 視界が命の天馬騎士。一度は夕方に作戦を打ち切るも、日付をまたいでも彼女たちは探し続けるのだった。


第5話 真白の門出

 あれだけ必死に探したのに。部隊の者たちは夜通しシャニーを探したが、結局捕まえることが出来ないまま週末を越えて迎えた月曜日の朝。

 普段と変わらず高く澄んだ空は突き刺すように冷えて、緊張する背中が更に伸ばされるような気持になる。毎日通う場所なのに、今日は何か落ち着かない。

 

「おはよう! みんな」

 

 そわそわするミリアやレン達の許に聞こえてきた声は懐かしく、そして緊張を吹き飛ばす元気をくれる、皆が今一番聞きたい声。

 皆が振り向くと、ルシャナと共に登城したシャニーが、こちらに手を振りながらいつも通り白い歯を見せていた。

 

「チーッス!」

 

「副将、おかえりなさい」

 

 さっそく駆け寄っていく二人。すぐに明るい声が咲いて朝のカルラエに活力を与えてくれる。

 どこから見ても普段通りの光景。だが、こうしてこの場で集まることが出来るのは、もうこれが最後かもしれない。

 配属式当日。辞令が下ればそれぞれが各部隊に散って、任務のためにバラバラの場所へ旅立つことになる。

 

「みんな集まってるねえ。最初のころと比べたらみんないい顔してるよ」

 

 天馬にも乗れず、武器の扱い方を教えてくれと言いに来ていた、何もできない村娘たちばかりだった半年前が昨日のことのようだ。皆、自分の誓いをしっかりと手に入れて一人前の顔をしている。

 レイサには感慨深かった。これで少しは、姉に恩返しできただろうか。あの団長の期待に、少しは応えられただろうか。

 

「ルシャナ、シャニーを連れて来てくれてありがとうね」

 

 輪に入らずにシャニー達の様子を見つめるルシャナに声をかけてみるが、彼女の顔は渋い。

 

「いえ。でもあいつ、やっぱり無理をしてるみたいです」

 

 本当は全てを片付けてから十八部隊の解散と行きたかったが、ソルバーンがそれを狂わせてくれた。

 

「だろうね」

 

 笑顔が本物ではなかった。ルシャナから返ってきた言葉でそれは確信に変わった。

 ルシャナから話を聞くと、土日にいたってはシャニーは一日中家を空けていて、月曜に日付が変わった頃ようやく帰ってきた彼女に仕方なく突撃し、明日必ず迎えに行くと伝えて、こうして連れてきたらしい。

 

 その時に親友が見せた、別人のように疲れ果てた顔。ルシャナにとっては、今でも思い出すと辛い。

 

「……あいつ、引き受けてくれるかな」

 

 ルシャナからの報告に、仲間たちに囲まれてショートレイヤーを揺らしながら笑うシャニーの横顔をレイサは一瞥した。

 ティトは嬉しそうだった。妹が自分だけの誓いをはっきり宣言して、イリアのために戦う意志をしっかり見せてくれたと。

 

 だからこそ、彼女は反対が少なくなかった中でも部隊長会議で配属案を確定させ、こうして辞令の日にこぎつけたのに。

 受ける側のあの傷心具合では、期待は逆効果だと優に想像できる。

 事の行く末を見守るしかできない歯がゆさに、レイサも落ち着かなかった。

 

 

 

◆◆◆

「副団長、第十八部隊の配属式の時間ですが、出席されなくて良いのですか?」

 

 定刻の十時が近づいてきた。時計に目をやるがイドゥヴァは部屋から動く気配を見せない。

 ライバルがどのような表情で辞令を受け取るのか楽しみだったアルマだが、自分だけが式に参加する訳には行かないので上官に声をかけても、「我々には関係がありませんからね」彼女の反応は何とも薄っぺらなものだった。

 

「おそらく、どの部隊の長も出席しないと思いますよ。団長がお決めになった事ですから、我々は従っておきましょう」

 

 心にも無い事を。あれだけ団長に盾突いておいて良くこんな事を言えるものだと、アルマでさえも内心笑ってしまう。

 イドゥヴァにとっては胸がすく思いだった。目の前にぶら下がった団長の椅子を蹴飛ばした十八部隊が、こんな形で終了する事になろうとは。

 

(ふふふ……団長も血迷ったか。これであの部隊の傭兵ランクは永遠に最下位だ)

 

 

 

◆◆◆

「いよいよだね……」

 

 視線を右腕の時計へ下ろすと九時四十分。そろそろ移動しなければならない時間で、シャニーはごくりと息を呑んだ。

 

「みんな、今までありがとう」

 

 皆と手を取り、その顔を見ながらシャニーは笑って挨拶していく。

 この半年ずっと一緒に過ごしてきた仲間たちだ。それが十時を境に会えなくなると思うと感謝を伝えずにはいられなかった。

 

(みんなのお陰でここまで来れた。ホントは……皆に恩返しして別れたかったのにな)

 

 今の自分はこの場にいる皆と過ごした半年が無ければ存在しなかったし、誓いだって手に入れられていない。

 そんな彼らに何をしてあげられただろうか。そんな気持ちを今は払った。最後くらい、笑って別れたい。そう思っていると、不意に背後から肩を組まれた。見上げればミリアの笑顔が弾けている。何だか、とても眩しく感じた。

 

「なーに言ってるんスか! 別にどっか行っちゃうわけでもあるまいし」

 

 騎士団に入って出来た、幼馴染以外の初めての友達。そして自分の過ちで大怪我を負わせてしまった相手。それでもこうして慕ってくれるミリアは掛けがえのない存在だった。

 お互い元気な性格だから、どちらかが弱った時に励ましてきた。

 

 自分を育ててくれた師にも似た人と離れ離れになる事は、ミリアにだって辛いこと。

 

「またメシ食べに行こうッス!」

 

 彼女の顔にも涙が浮かんでいる。部隊は違っても仲間には変わらない。そう自分に言い聞かせ、シャニーの手を強く握り返してニッと笑ってみせる。

 

「おごりは勘弁してよー?」

 

 シャニーも両手をミリアの手に重ねて明るい声で返した。笑って別れよう、二人はしっかりと抱擁する。

 

「天馬の乗り方に武器の扱い方に色々教わりました。ご恩は一生忘れません」

 

 そこにレンも加わって三人で泣いた。

 天馬の乗り方はもちろん、自分に魔法と言う道を歩むきっかけを与えた暖かい風のような笑顔は、歩む道を共にする者がいないミリアやレンにとっては帰る場所だった。

 

 ────自分だけの力にすればいい

 

 その言葉を自らも剣をひたすら振るって貫く姿を見て、弓銃や魔法を鍛錬してきた。

 彼らに感謝の言葉をかけられて、シャニーは少しだけ心が軽くなる。

 

(少しくらいは……皆に何かしてあげられたのかな)

 

「第一部隊に行っても、私たちはずっと親友だよ。困ったら、いつでも話しに来てよ」

 

 そこへすっと差し出された手。この中でも一番付き合いの長いルシャナだ。

 彼女とは住んでいる家も隣同士だし、今日の朝でさえ世話をかけた。親友の温かさにシャニーは涙を抑えられず、彼女の胸に飛び込んだ。

 

(何だか、あたしだけ取り残されてる気がするな……。みんな……いい顔してる)

 

 何か、天馬騎士団に入ってから泣き虫になってしまった気がする。もうこれからはこうしている事もできない世界に出ていくのに。

 今も自分の剣が何をできるのか、見失ったまま。でも、今だけは……。

 

 

 

◆◆

 ついにやって来てしまった。感傷に浸る者たちの許へ、レイサが歩いて来てその時を告げる。

 

(さよなら、十八部隊のみんな……)

 

 ぎゅっと胸元のロケットを握りしめたシャニーは、仲間たちの顔を見つめて頷きあう。

 意を決し、副将を先頭に歩き出す。目的地は大講堂。重い緊張と、配属先への不安と。さまざまな思いを打ち消すように皆で一歩ずつ進む。

 大講堂までの道のりなど十分もかからないはずなのに、あまりにも遠く感じる。

 

(もしこのまま着かないままでいられるなら……)

 

 仲間との別れがこんなにも辛いものだとは。シャニーだけでなく、誰もがそう感じていた。

 

「ねえ、なんか様子が変じゃない?」

 

 無情にも目の前に見えてきた運命の扉。ところが、新たな世界の向こうへ踏み込んだ途端、ルシャナが困惑の眼差しを部屋中に向ける。

 

「ね。部隊長が誰もいない」

 

 シャニーもきょろきょろしてみるが、あまりにもガランとしている。入団式の時と比べると、アルマについて行った者たちがこの場にいないとしても、待ち構える側の人間が異様に少ない。

 

(どういう事? お姉ちゃんと総務部長さんだけ?)

 

 何度見直しても、やはりこの広い講堂にいるのは壇上にいる二人だけだ。

 広大な空間を包む静寂という圧に心細くなってくるが、このままでは居られないので壇の方へ歩いていき、指定された場所へ向かう。

 席には白い布が掛けられていて、一応()()である事が伝わってくる。

 

「第十八部隊の副将さん、代表で辞令を受け取ってください」

 

 心が落ち着きもしないうちに呼ばれて、確認するように思わず自分を指さしてしまう。

 ルシャナやミリアが彼女の腰を押して立たせると、困惑したままシャニーがしずしず壇上へと上がっていく。

 

「代表って。もしかしてみんな第一部隊っスか?」

 

「ミリア、静かに」

 

「あ、はい、すいません」

 

 てっきり、入団式の時と同じように一人一人呼ばれて辞令を手渡されるものだと思っていたのに。

 誰かに答えを求めるようにミリアがきょろきょろして周りに問うていると、横からレンにわき腹を突っつかれた。

 くすっと漏れる笑いには、彼女と同じ希望が湧いた喜びが混じる。

 だが、誰もが分かっていた。この部隊の者が第一部隊という精鋭部隊に配属されるなど、ありえないという事を。

 

(こうしてお姉ちゃんから辞令をもらうの、四月ぶりかぁ)

 

 いよいよシャニーが壇の前に着き、団長と対面する。

 

「辞令 第十八部隊所属の諸姉へ告ぐ」

 

 団長の読み上げが始まった。ある者は隣の者と手を繋ぎ、ある者はスカートを握りしめ、ある者は直視できずに下を向いた。

 席の先頭の列にいるルシャナやミリア、レンは自分達のリーダーの背中をじっと見つめている。

 どんな辞令が下りたとしても、この部隊の経験は忘れないし、この先もずっと一緒だ。

 

 

「第十八部隊を新人教育より解任する。同時に、第十八部隊は本日付けで公式部隊として、国内における国力向上および治安維持の任を命じる」

 

 

 頭が真っ白で体がぐらぐらする。

 

(え……? 十八部隊、存続するの? これからも、みんな……一緒……?! 一緒なの!?)

 

 今にも後ろに倒れてしまいそうなシャニーは、背後から飛んできた歓喜の声に押し出されるようにして一歩前に出て、気づくと辞令書を受け取っていた。

 

「聞こえなかったのかしら? 復唱しなさい」

 

 まっすぐにティトがこちらを見つめている。

 

 ──── 一緒に戦って欲しい

 

 姉のあの時の言葉の意味が、ようやくに分かった気がする。

 

「はっ、はい! 我々第十八部隊は、これより、国力向上活動および国内治安維持の任務に就きます!」

 

 背筋をしっかりと伸ばし、敬礼して見せた。姉に、団長に自分達の決意を見せつける為に。

 

(これで良かったんだ、これで)

 

 心の底から思った。外国へ金を稼ぎに出向くより、民の傍で声を聞き、剣を振り、叫びを届け続けたかったから。

 十八部隊の誓いを姉は認めてくれたのだ。悩みもがいていた気持ちが、少しだけ救われた気がする。

 信じてもらえている。その期待に応える為に戦い続ける、それが誓いだ。

 久々に澄んだ笑顔を見せた彼女は、一礼して仲間の許へ帰ろうと背を向けたが、「待ちなさい、シャニーさん」姉に呼び止められた。

 

「あなたにはもう一つ辞令があるわよ」

 

 後ろからざわざわと声が聞こえてくる。彼女達とも、またこれから一緒に仕事ができると思うと団長の方を振り向く足も軽い。

 総務部長から受け取った辞令書をじっと見降ろすティト。この辞令を、自分が団長の内に読み上げる事になるとは、当初想定していなかった。

 想定外の喜びと、辞令を受け取る妹がどんな想いを抱くか、その不安と。

 しかし、もう決断した事。ただひたすら、進むしかない。

 

 

「辞令、貴女を本日付けで上級天馬騎士に任命し、第十八部隊 部隊長を命ずる」

 

 

 何か、頭を後ろに引っ張られるかのような感覚。

 

(ぶ……ぶたいちょう…………って、え?!)

 

 これは夢なのか……音が遠く感じる……。

 時が止まったかの様な静寂の後、背後から拍手が沸き起こってはっと我に返ると、横にいた総務部長から何か白いものを手渡される。

 

 純白の服に空色のマント、それにマントを止める騎士団の紋章入りのブローチ……士官用の軍服一式だった。

 

「頼んだわよ。あなた達の誓い、しっかり貫いてください」

 

 差し出されるまま、ティトの手を握る。

 

(あ、あたしが……? 部隊長……って……そんな……そんなの………………)

 

 この時のシャニーの顔を見て、隅から見守っていたレイサは嫌な予感が当たった気がして唇を噛んでいた。

 シャニーの顔は先ほどの笑顔が消えて、蒼白になっていたからだ。

 普段の状態の彼女なら向日葵のような笑顔を見せただろうが、剣を折られたまま彷徨っている彼女には荷が重すぎたか。

 

「はい……。部隊長への任命……謹んでお受けいたします……」

 

 部隊長、それは部隊の方針の決定者であり、配下の運命を預かる責任者。

 

(みんなの命を、あたしに預かれって言うの……? この剣で? そんなの……そんな事……)

 

 仲間たちの拍手に迎えられながら壇を降りて彼女たちの許へ戻る足取りは、新たなる門出を迎えたとは思えないほど鈍く、引きずるように重かった。

 輪の中に戻ってもみくちゃにして祝福する声が遠く、ぼやけて聞こえていた。




※シャニーの新服はサイファの第16弾をモデルにしました
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