ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
配属式当日になっても、シャニーは立ち直っていなかった。
それでもルシャナが深夜に帰宅した彼女を無理やり捕まえて式にだけは引っ張ってきた。もう会えなくなるかもしれない時に、彼女だけ居ないなんて嫌だったから。
しかし、配属式で十八部隊に命じられたのは予想外の辞令
────本日付けで公式部隊として、国内における国力向上および治安維持の任を命じる
これからも皆と一緒に仕事ができる!
そう、希望に小躍りしたシャニーは次の瞬間絶望に叩き落される。
────貴女を本日付けで上級天馬騎士に任命し、第十八部隊 部隊長を命ずる
本来なら、幹部への昇進は飛んで跳ねるもので仲間は当然の様に歓喜を上げる。
しかし、剣を折られ道を失っていた彼女にとっては荷の勝ち過ぎた期待だった。
────みんなの命を、あたしに預かれって言うの……?
もみくちゃにされる中、そればかりが心を飲み込んでいった。
辞令を受け取り、大講堂から出たシャニー以外の十八部隊メンバーは、新たに副将となったルシャナを先頭にして自分たちの管理区へと戻ってきた。
一度足が止まると、それまで必死になってこらえてきた喜びが一気に爆発して、誰もが飛び跳ねて歓喜を叫びだす。
「驚いた……まさか私たちに部隊を用意してもらえるなんて」
まだ入団して半年しか経たない者たちが、独自に部隊を運営することなど前代未聞だった。今でも夢ではないかと思うくらいだが、周りを見渡すルシャナの視界には、どの顔にも喜びが満ちている。
「でもこれで、これからも一緒ってことッスよね? いやー、嬉しいッス!」
体いっぱいに喜びを表していたミリアは、レンと抱き合って今にも踊りだしそうだ。
これからも同じ部隊で同じ任務。大事な家族同然の人たちを守ることも誓いの一つであるミリアにとっては、昇進よりもこの辞令そのものが嬉しくてたまらない。
どの顔も数十分前まで泣いていたと言うのに。彼女たちの喜ぶ姿を見つめていたレイサは、視界の端へ映る気配に気づいて振り向いた。
「部隊長就任、おめでとう、シャニー」
彼女が呼んだ名前に皆が振り向く。
最初は知らない人が歩いてきたのかと思って、口元を手で覆ったり、指を差したりと皆興奮した視線を向け始めた。
(おめでたくなんか……ぜんぜん無いよ……)
そこには士官服に着替えてきたシャニーの姿がある。
純白の上着と空色のマント、肩口から手首までを覆う白いアームスリーブに身を包む姿は雪中花のよう。
かわいいスカートの一般隊員用の服と違い、小さくサイドスリットの入ったタイトなミニワンピース風となっていて、かなり大人の雰囲気を醸し出す装い。
これだけ見ても、この年齢での昇進は異例だということをうかがわせる。
「あ……。はい、ありがとうございます」
彼女の周りに隊員たちが駆け寄ってきてまじまじ見る。
今まで部隊長だったレイサが着ていたことなど一度も無いから、他の部隊の部隊長の服装を通りすがりに見てきただけだ。
皆にとって士官服は憧れであり、立派な鎧や白の服に映える空色のマント、それを留めるブローチに刻まれた天馬騎士団の紋章……どれを見ても大きく盛り上がる。
「よっ! 部隊長! その服似合ってるッスよ!」
「うん。異議なし」
指笛を吹いてミリアが囃し立てる。憧れの人が昇進する様はまるで自分のことのように嬉しい。いつもは彼女の突っ込み役となっているレンも今回は拍手している。
だが、彼女たちはすぐに顔を見合わせた。普段なら冗談の一つや二つ返してくるはずのシャニーが下を向いているからだ。
(みんな、何で……そんなに嬉しそうなの?)
今も自分を見つめて口々に祝福の声を掛け、念願だった士官着姿を喜んでくれる。
分からなかった。一体何を皆がそんなに期待してくれているのか。彼女達だって見てきたはずだ。自分の剣が木っ端みじんにされ、為す術なく地に転げるところを。
(今のあたしにはとても……誰か着たいなら着てよ……)
何も守れない自分が部隊の長に立って、皆の命を背負う。
考えただけでも震えが来た。姉が認めてくれたことは素直に嬉しい。けれど、今の自分には周りで一杯に喜ぶ者たちの笑顔を全て守り切る自信は無かった。
おまけに、今までずっと悩みを聞いてくれた人が、どこかに行ってしまう気がして仕方なくて。
闇夜に放り出されて、掴んだ手さえ振り払われた気がして、もう辛抱ならなくなった。
「レイサさん、どこか行ってしまうの?」
渡された職制表には、どこにもレイサの名前が無かった。
周りが祝賀ムードの中、もうどうにも我慢できなくなってついにシャニーが口を開く。
その手はしっかりレイサの手を握って、懇願するような眼差しで見つめてくるものだからレイサも驚いてしまう。
「いや、役職から外れただけで籍は十八部隊だよ」
安心したのか、へなへなと崩れて座り込んでしまった。大事な相談役が今いなくなってしまったら、とても立ち上がれそうにない。
「なんで……」
半開きの口から零れるように声が漏れた。
何一つ飲み込めない。どうして自分が部隊長なのか、どうしてレイサは降りてしまったのか、どうして……。
「何で教えてくれなかったの?」
心配して屈みこんできたレイサに、シャニーは今にも泣きそうな顔を向ける。
辛い思いをさせることは分かっていたが、この顔を間近で見せられるとレイサも胸が締め付けられる。
「あたし、いきなり部隊長だなんて……そんなこと言われても」
部隊長だったレイサなら事前に知っていたはずだ。自分が役職から外れ、誰が代わりに部隊長になるのかを。
なぜそれを言ってくれなかったのか。事前に知らされていれば、心の準備もできたし、断るという選択肢だってあったのに。
「しょうがないじゃん。私だって知らなかったんだし」
さらっと返してみるものの、シャニーの眼差しはとても許してくれそうにはない。
(そんなワケ、絶対に無い。知っちゃいけないことまで知ってるレイサさんが知らないはずが無い!)
あちこち暇さえあれば情報収集の為に飛び回っている人だ。その人が、この事だけ知らないなんて。
────ホントの事を言ってよ!!
怒りすら滲むシャニーの瞳に貫かれて、レイサはふっと視線を切った。
「……仮に知ってたとしても、機密情報をそう簡単には喋れないしね」
何も言い返すことはできない。職業柄予てより、情報の扱いには気をつけろと口酸っぱく言われてきたレイサにこう言われては。
自分達が思っていた事と全く違う事をシャニーは考えていた。それに気づかずに喜んでいた事が分かった隊員達も、居たたまれなくてその場に沈黙が広がる。
「だーいじょうぶッスよ、シャニー。困ったことがあったらレイサさんに押し付けちゃえば」
「うん、異議なし」
それを嫌ってミリアが元気な声で励ましながら肩を抱いて笑いかけた。それにレンも呼応してこくこくと頷き、周りも口々に元気づける。
(みんな、怖くないの? あたしの剣じゃ、みんなを守れないんだよ?)
皆の励ましが、今はとてつもなく重く、恐ろしく感じる。
とても守り切れないくらい大きく見えて、皆の笑顔を見つめる瞳はずっと湖面のように揺れている。
(もう、戦いで誰も失いたくないのに……。このままじゃダメだ、何とかしないと……)
手にした剣で、仲間の脅威を総て払う。それができると信じていた剣は幻だった。
剣を失って丸腰の自分が、上級天馬騎士として仲間の全てを背負う。守り切れるはずが無い。剣を……総てを薙ぐ剣を手に入れなければ。
地面の芝をぎゅっと握りしめていると、前方から笑い声が聞こえてきた。
「そこは異議大ありでしょうが」
一手に仕事が飛んできそうな気がして、レイサがレンに突っ込みを入れ笑いに包まれていた。
その様子をシャニーはじっと外から見つめる。
(この人たちを……守ってあげなくちゃいけない。部隊長なんだ、探さなきゃ)
ミリアが輪の中にシャニーを誘うが、その手を退けて、静かに立ち上がるシャニーの横顔には笑顔はなかった。
「ありがとう、ミリア」
そこから先が続かない。いつもなら一体どれだけ喋るんだと言う程に後から後から会話が続いて、レイサに少しは仕事をしろと叱られるくらいなのに。
普段、燦々と輝いて周りに笑顔を広げる太陽が、今日はまるで光を飲み込むくらいに沈んでいる。
「ちょっと今日はまだ怪我が治ってないから、これであがるね。初日からごめん」
マントを翻して立ち去る足取りは逃げ出す様に早足で、あっという間に城の中へと消えていった。
いつになく追い詰められた雰囲気の彼女に、誰もその場で声をかけることが出来ず、新部隊始動の初日なのに重たい空気が部隊を包む。
「やれやれ、さすがのあいつでも重かったか」
予想通りになってしまい、レイサは額に手を当ててため息をついた。
朗らかな性格で、めったなことでは落ち込まない彼女でさえ飲み込まれた底無しの沼。ただでさえもがいている時に、最悪のタイミングが重なってしまった。
彼女が悩んでいる事が何かなど、今迄もよく相談を受けてきたから知っている。だからこそ、彼女にとっては裏切られたような気持ちになったのかもしれない。
「レイサさん、私たちに任せてください」
いつも明るく笑っている、爽やかな彼女の顔に差した影。今まであの朗らかさにどれだけ勇気づけられ、引っ張ってきてもらっただろうか。
今度は自分たちが助ける番と、ルシャナ達はシャニーが消えた城のほうをじっと見つめている。
親友だけに、リーダーだけに抱え込ませるようなことはしない。
絶対にあの朗らかな暖かい風を取り戻すと決意する瞳たちを、レイサは静かに何度も頷いていた。
◆◆◆
城の廊下をブーツが叩く音がどんどん近づいてくる。
士官服に身を包んだシャニーが、空色のマントを揺らしながら真っすぐに十八部隊の詰所へと向かっていた。
「先を越されてしまったな」
突然の声にシャニーの足が止まる。視線の先には、柱の裏から出てきたアルマの姿があった。
彼女は柱にもたれかかって横目でシャニーをじっくり見つめる。
親友が着ている服は間違いなく、部隊長クラスの上級天馬騎士が着用する制服だ。
部隊長初任命の最年少記録を更新しただけあり、服だけが大人びてどうにも着こなせていない。
「あ、アルマ。知ってたんだ」
「ああ。私は事前にイドゥヴァさんから聞いていたし、さっき団報が出ていたよ、ほら」
渡された団報の二ページ目には騎士団全体の職制表が載っていた。
第十八部隊と記された下には大きく自分の名前があり、その横には副将として小さくルシャナの名前がある。
ここまで、部隊長と副将では扱いが違うものなのかと改めて思い知らされて、シャニーの口元はますます厳しくなる。
「部隊長就任おめでとう。ライバルの昇進、嬉しいし、悔しいよ」
アルマにかけられた祝辞は、今のシャニーにとっては毒でしかなかった。
「ありがとう」
口ではそう答え、顔は自然と笑っている。
不思議だった。まるで心と体がバラバラになっているかのようで。だが、心の強さもとっくに限界を超えているようだった。
「不安しかないけどね。今のあたしに部隊の皆を守れる自信ないよ」
ストレートに放られた不安。ぴくっとアルマの眉が歪む。
こんなことを言う人間ではないはずだ。謙遜も高慢もなく、いつも自然体でより良い方法を探そうと前向きだった。
世界で十八人しか居ない上級天馬騎士の一人とはとても思えない弱気が、それとは一番無縁な人間から毒の様に漏れ出す様は自然と口調を厳しくする。
「何を言っている? 守る必要など無いじゃないか。皆正規部隊の隊員なんだ、自分の身は自分で守ればいい」
戦場では仲間意識は命取りとなる。これは傭兵騎士としては常識だ。自分の身は自分しか守れない。
「あたしはそうは思わないよ」
(ふっ、らしいな)
だが、シャニーは頷かなかった。こうして自分をちゃんと出す者が部隊長になるべきだとアルマは思っていたから、一瞬彼女の顔に笑みが浮かんだ。
これこそ、自分が認めたライバルのはずだ。
「仲間だってイリアの民だ。あたしの剣は彼らも守れなくちゃいけない。守れなくちゃ……いけないんだ」
だが、その後に続いて絞り出されるように口にした言葉は、アルマの口元をきっときつくさせる。
何をこんなに気負っているのか分からなかった。部隊長になったからと言って、そんなに狼狽するような人間ではないはずなのに。
足早に立ち去ろうとする親友を呼び止める。
「お前の武器は、いつから大剣になったんだ?」
しばらく立ち止まったまま黙していたシャニーだったが、最後まで振り向くことは無く、またツカツカと歩き出して詰所へと消えていった。